ただただ、少年がドSお嬢様に振り回されるお話 作:雨が嫌い
現代魔術科の町スラーはどこかツギハギめいた街だ。西にはそれなりに歴史の経た町並みが広がっているが、ロンドンに近い東にはやたらと近代的な建物が顔を覗かせている統一感がないというよりは大手術を行った後、傷口を覆い隠しているような風景だ。
なぜこんなことになったかといえばまあつまり金がないからである。 魔術協会・現代魔術科がこのあたりの通りを買い上げた時、周囲を立て直さなくて良いのかと確かに打診されたらしい。というのも周辺環境は大いに魔術と関係するからであって買うならば古式の建築物で統一するのが望ましいのだが、いかんせん現代魔術科には金がなかった そもそもこの辺りの土地を買い上げで以前から借金があるのだ・・・
悲しいことに世界の全てとは言わないが7割ぐらいは予算によって決定される。それは魔術の世界においてすら変わらない。悲しきかなそもそも世界の価値を数字に換算しようという金銭の概念が神秘的なのだから仕方あるまい。
常に、インフレーションし続ける地球上の資産は、それ自体が合的無意識の作り出す神秘である。実際、金銭にまつわる魔術は洋の東西を問わず一定の需要があるらしい。
蔦の絡まるレンガの塀を曲がって坂道から十字路を直進、遅からず、目的の建築物が見えてくる。
時計塔十二科中、本部としては最も小さな学術棟であった。周囲にはとある大学の附属施設という名目になっていたちなみに第一科―――全体基礎の学術棟は大学そのものを偽装しているのだが、現代魔術科の規模ではその言い訳は難しい。
玄関ホールに足を踏み入れるとひんやりした空気が俺を出迎えた。せめてここだけはっとノーリッチ卿からの融資の重点的にかけた玄関ホールだけにそれなりの落ち着きと品位を保っている。
が、わずか数十秒でその品位は破られた。
ヤッホーという掛け声とともにホールの螺旋階段の手すりを座る人影が滑り落ちてきたのである。短い金髪に青色の瞳 あまりにも楽しそうな笑顔であったがちょうど同じ螺旋階段へ足をかけようとしていた俺を見てその表情が反転した。
「うわわわわわーアークくん!?」
急制動も虚しくつるっと尻から滑って少年が加速する。ジェットコースターかという勢いで、滑落する金髪の少年が涙目で訴えた。床に激突する寸前 少年が FLOW と一小節を口にした。おそらく慣性制御などの魔術だろう。何かの護符も併用しているのだろうがよくもまあ落下しながら使えるものだと感心する。
元来、魔術には極度の集中を必要とする理由で よほどの高位の魔術師であっても同じことができるかと言うと首を振るだろう。
『天才バカ』とも『天恵の忌み子』とも呼ばれる少年の瞳を見つめ少しばかり嫉妬に駆られた。本当にその才能が・・・羨ましい。
「フラット・エスカルドス、階段の手すりを滑りたくなる気持ちは分からなくはないが 先生がすぐに見つかったら大目玉だぞ」
「流ッッ石、アーク君!!!分かってる~そこに螺旋階段があるなら滑らなきゃ失礼だよね?こんなにも綺麗に磨かれた手すりが俺のことを待ってるんだからそれはもうふらふらと行くのがマナーです」
凄まじい程の超絶理論を振りかざすがこの少年的には何も間違っていないのだろう。
「その言い訳もこれで30回目だぞ」
フラット螺旋階段の上から咎めるような鋭い声がかかった。
フラットが滑り降りた手すりに頬を寄せていたのは目の覚めるような美形だった。
スンっと、手すりのそばで鼻を鳴らす。
「相変わらずのむやみにピカピカ光ってとらえどころのない匂いだ真っ先に教室を出て行ったかと思えばまたこれか」
年齢はフラットと呼ばれた少年と同じく14歳ぐらい。ふわりとカールした金髪は昼下がりの陽光を受けて飴細工のごとく見えた。物憂げに伏せられた瞳の色は緑と群青の間でゆらめきてあっている。ほっそりとした指先から鎖骨までのバランス、そしてギリシャの石像ならばかくあらんと想起してしまうほとんど奇跡的なまでの造形・・・思わず舌打ちしたくなるようなその美少年が刺々しい語り口で話しかけてきたのだ。
「エルメロイ先生に何度怒られて宿題を3倍にされた!?」
「え?だって宿題を増やすのは先生なりの励ましでしょう?ル・シアンくんだって先生にレポート増やされたら嬉しそうにしてるでしょ?」
「人をル・シアンとか言うな!スヴィンだ!スヴィン・グラッシュエート!何年経ったらそのスカスカの頭に入る!?」
眦を釣り上げビシッと人差し指を突きつける。その人差し指からゾクッとこちらの首筋を冷やす何かが、照射された。ガンドと呼ばれる北欧の魔術は指差しただけで人を病に陥れると言うが、こちらは獣の如き獰猛な殺意という凝縮したものだ。濃縮された殺意はそれ自体が呪いに等しい。これは例えば東洋で使われる蟲毒などの事例をあげれば分かるだろう。あ、念のため付け加えておくとこれは魔術でない・・・彼にとっては生態だ。
「だって、ル・シアン君はル・シアン君だよ!」
直撃しているはずのフラットは呑気にも気づいていない。生まれもっての強靭な魔術回路が半端な呪いを弾き返してしまうのだ。全くもって羨ましいことである・・・俺はため息をついて話しかける・・・
「お前らいつまでそうしているつもりだ?」
思ったよりも低い声が出た。
「す、すまない。アークライト君に、失礼なことをするつもりはなかったんだ」
「まあ別に失礼だと思ってないよ面白い見世物だった」
ウェイバー・ベルベットが、ロードに封じられてからそこそこの時間が経った。彼は、相も変わらず時計塔で授業をしている。特筆して、変わったことといえば、ライネスからの無茶ぶりで胃が壊滅的な被害をこうむり、大変なことになっていることぐらいだ。
「アーク君、今日は一人なんだね。ライネスちゃんは?」
ああ、後はライネスの護衛としてトリムマウというゴーレムが、ロード・エルメロイⅡ世のアドバイスが加わってできたことだろう。月霊髄液にライネスが擬似的な人格付与と機能限定を施しメイドゴーレムとした。
おかげで、俺は比較的自由になった。常に、ライネスのそばにいる必要もなくなったし・・・ライネスの家事全般をやることもなくなった。まあ、それでもなるべく私の傍に居ろと言われるが。
トリムマウは万能ではない。主人であるライネスに忠実で、簡単な会話と家事雑役を行える程度の思考力を持つが・・・最近フラットに要らん知識を吹き込まれて彼と一緒に映画鑑賞に出かけるなど高度な魔術礼装とは思えない突飛な行動を取る。
「今日は私用でな。先生はいるか?」
「たぶん先生なら、私室にいると思う。匂いがするし」
「了解・・・それじゃあな」
そう言って、俺はロード・エルメロイ二世の私室へと足を運んだ。
「やあ、先生」
「ノックをせずに入ってくるな。アークライト」
扉を開くと整った部屋が広がった。
やはり最初に目につくのは隙間なく置かれた本棚だろう。几帳面なぐらいにジャンルとサイズとで区別され、かつ日差しに焼かれないよう窓からの角度も配慮されている。・・・スライド式の本棚にはざっくりと2000冊ほどの蔵書があるはずだが、もちろんコレクションのごく一部である。机に置かれた純銀軸の万年筆やギロチン式のシガーカッターも実に洒落ている。ここだけ切り取れば、めちゃめちゃ仕事のできる男の仕事部屋と言っても遜色はない。
「アークでいいよ。先生」
「・・・アーク、何の用だ?」
「用がなければ、来てはいけないのかな?先生」
彼は、眉間に深い皺を寄せ右手で額を押さえた。
「それにしても、最近は特に体調が悪そうだ。ちゃんと胃薬は飲んでる?」
「・・・最近君がくれた胃薬が底をつきかけているよ」
俺の愛用していた胃薬、瓶一本を三週間前に挙げた筈なんだけど・・・どんなペースで飲んでるんだよ。ほんとに、胃が破壊されるんじゃないだろうか。
「ハハハハ、そうですか。じゃあ、また今度持ってくるよ。ライネスの無茶ぶりを一緒に受ける仲間だからね」
「うれしくない仲間だ」
「先生のおかげで、俺に対する無茶ぶりも減って助かってるよ。この調子で、スケープゴートされてくれ!」
「お前ら主従は私の胃を破壊して何が楽しいんだ!」
「失礼な!俺は、別に先生の胃を破壊するつもりなんてない!!!ただスケープゴートされて欲しいんだ!!!」
「結果、私の胃が破壊されつくしているだろうが!」
「まあ、冗談は置いて言いて・・・」
まあ、冗談というわけでもないんだが・・・。
「本当に冗談なんだろうな・・・」
「ロード・エルメロイⅡ世のコネクションを使いたいんだ」
「・・・詳しく聞こう」
もう少ししたら、原作に入ろうと思います。
評価をくださった神下狛犬さん 灰原朔夜さん 至高のから揚げさん millionaireさん 最果てさん ぼるてるさん、ありがとうございます。