離れていく背中に手を伸ばした。
待って──なんて言う暇もなく、背中は遠ざかっていく。
指先は虚しく宙を泳ぎ、その場に一人取り残される。
──ふと顔を上げれば、眩しさに思わず目を細めた。
「──っ」
言葉にならない。
羨ましい。
喜ばしい。
妬ましい。
様々な感情が綯い交ぜになり、激情が荒れ狂う。
ただ拳を握ることしかできなかった。
膝から崩れ落ち、込み上げてくる感情を押し殺す。
──結局最後まで、半端なままだった。
■
ばちり、と空間に紫電が弾ける。初めは小さな静電気程度のものだったそれは、やがて激しさを増し、迸る。
次いで、空間が縦に裂ける。隙間から見える向こう側に存在するのは、闇一色の不気味な世界。さらにその向こうには、およそまともな生物とは思えないほどの、強大な気配。
その目前に立つは、異形の男。人ならざるモノの血を取り込み、人外へと昇華した元人間──ヘンドリクセン。
裂け目が光を放つ。それは一瞬のうちに膨張し、津波の如き勢いでヘンドリクセンへ降りかかる。
「──、──!」
言葉を紡ぐ。封印の解放に際して放出される莫大な光にその身を焦がしながらも、決して止まることはない。
一際強く裂け目が輝き、封印が綻んだ。
残る力全てを捧げ、最後の一節を叫ぶ。
「消え、よ、無垢なる、呪い!」
刹那、空間が極光に塗り潰された。歓喜の表情を浮かべたヘンドリクセンはそのまま光に呑まれる。
その際、魔に属する肉体を獲得してしまったが故に莫大な光の魔力に耐えきることができず、光はその肉体を侵食する邪悪な部分のみを消しとばした。その場に崩れ落ちたヘンドリクセンの肉体は元の、正真正銘人間のものへと遡行した。
人ならざる異形の血とはいえ、下位個体程度のモノでは到底耐えきれなかったのだろう。薄目を開けたまま空をぼうっと見上げるヘンドリクセンの瞳には、人間らしい理性の色が見える。
そんなヘンドリクセンの側に、一人の男が姿を現す。
その姿に見覚えがあった。だからこそ、信じられなかった。
「ご苦労だったな。封印は解かれた。その労に免じて、お前は生かしておいてやろう」
「ドレファス……? 何を言って……その目と額の紋様は……?」
良き友人でもあり師匠でもあった、自分と並んでリオネス王国元・聖騎士長だった男。
──ドレファスその人だったのだから。
しかし、靄がかかったようにうまく回らない頭でも理解できる。
目の前の男が、ドレファスでは無いことを。
(この男は……
気味が悪い。ドレファスの皮を被ったコレは一体……。
ゆっくりと回転し始める思考はしかし、次の瞬間に再び錆びつく。
──相対する
それは本来ならば、3000年前の大戦以降決して現世へ姿を見せないはずの者達。
心臓を直接鷲掴みにされているかのような圧迫感は、一目見ただけで呼吸すらままならなくなるほどだ。
それぞれ容姿こそ異なるものの、発する気配はそのどれもが尋常ではなかった。
彼らの名は〈十戒〉
魔神の王へ仕える、直属の精鋭部隊。
恐怖と災厄を象徴する怪物たちが、今蘇った。
裏切り者への憎悪を燻らせ、戒めたちは動き出す。
同時刻、リオネス王国にて。
七人の凶悪な大罪人から構成された最強の騎士団──〈七つの大罪〉は、波乱を含んだ勲章授与を終え、雑談を交えながら城下町を歩いていた。
「ねえ団長、王様の予言……なにかわかった?」
「さてさてさーて? わかってるのは、キャメロットで何かデカイことが起こる、ってことだけだ。肝心なことはなーんにも」
「ふむ、いざというときの対策はしておくべきか?」
「フッ、なにが起ころうともこのホーク様にかかればちょちょいのちょいよ!」
一人は30フィートにも及ぶ巨躯を持つ巨人族の少女──〈
一人は人形のように整った中性的な容姿の青年──〈
一人は妖艶な、常人ならざる雰囲気を纏う妙齢の女性──〈
一人は小柄でありながらも、 大人びた雰囲気の少年──〈七つの大罪〉団長、〈
現在この場にいる団員はこの四名。彼らと並んでいる人語を解する謎の豚──ホークは残飯処理騎士団という架空の騎士団の団長を務めている。
彼ら〈七つの大罪〉は魔に堕ちた元聖騎士長・ヘンドリクセンを討ち、リオネス王国を未曾有の危機から救った英雄たちだ。彼らは十年前、王国転覆の罪により王国から追われていた。真実は、魔に堕ちたヘンドリクセンの画策によるものだったのだが。
今回の件によって各地に散り散りになっていた〈七つの大罪〉は〈
「しっかし、バンたちは一体なにを考えてんだ?」
「さてな。……しかし、バンだけならまだしも、キングも同時に姿を消すとは妙なことだが」
「……そうだね。キングったら、どこにいっちゃったんだろ……」
「バンがいなくなったことにより、豚の帽子亭の利益は200%ダウンだ」
「ぷきゃー! またメリオダスの残飯食わなきゃなんねえのかよー!」
「おい、今なんて言った豚野郎」
そうして歩いていると、突如王国──いや、大陸が大きく振動する。
「のわー! なんだこの振動!?」
「東の方角から凄まじい波動が伝わってくる……これは……!」
「な、なに!?」
混乱は混乱を呼ぶ。未知なる振動に対し、団員たちは警戒態勢を取る。
振動は徐々に小さくなっていき、最終的に何事も無かったかのように静けさを取り戻す。
「な、なんだったんだ一体……。ん? どうしたよメリオダス。柄にもなくビビっちまったのか?」
「……団長の様子が変だな」
ゴウセルの言葉通り、普段はあまり感情を表に出さないメリオダスが、荒れ狂う激情を抑えつけるために拳を強く握っている。
「あいつらが、目醒めたのか……!」
血を吐くように、重々しく。短い言葉だったが、それだけで団員たちはそれほどまでの事態だということを嫌というほど理解させられた。
運命の歯車が、動き出す──。
■
──どこか遠く、人の寄り付かない空洞。
王の血筋でありながら、戒めを拒絶した者の封印が今、解かれようとしていた。
お久しぶりです。初めましての方は初めまして。
大罪の二次創作が少ないことに嘆いている
この物語は基本原作沿いに進めていきます。所謂習作というもので、色々手探りしながら書いていきたいと思います。ちなみに構想自体はだいぶ前からあったりしました。
では、ここまでの読了ありがとうございました!