Dotted bridal veil   作:天葵

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第11話/今在るもの

 

 

 

 

 

 また、守れなかった。

 

『いつもそうだ』

 

 また、こぼれ落ちた。

 

『お前にはなにもできやしない』

 

 

 どうして、届かない。

 なぜ、空を掴む。

 

 視界は、暗闇に突き落とされたみたいに真っ暗だった。

 悔やむ。恨む。己の無力を。

 手を伸ばしても、指先すら触れることは叶わない。

 いつだって誰よりも前にいて、誰よりも戦って──誰よりも傷ついていたのに。少しの幸福すら、許されないというのか。

 

 私は傲慢な神々を、決して許さない。

 いつか必ず、その首に刃を添えてやる。増長しきったプライドを、粉々に砕いてやる。

 覚悟しておけ、と。届かない叫びを吐き出す。泥中で、憎悪の念を曝け出す。

 どれだけ無様でも、不格好でも、諦めない。泥を掻き分けて、死に物狂いで足掻く。

 まだ、死ねない。こんなところで死んでたまるか。

 その一心で、ひたすら上を向く。前へ進む。

 

 ──不意に、とん、と。背中を押された気がした。

 

 その感覚に弾かれたように振り向いても、そこには誰もいなかった。当然だ。ならば錯覚だったのだろうか、と一瞬思考するが、それは一条の光が差し込んだことによりすぐに頭の隅に追いやられてしまう。

 きっと、私の思いが作り出した幻覚だったのだろう。

 だから、私は振り返らずに、まっすぐに闇を払い、光を求めて進んだ。

 

『──あなたなら、きっと為せます。だから、決して諦めないで』

 

 

 泥から抜け出す瞬間、そんな優しい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「……ん、ぅ……」

 

 汚れ一つない真っ白なシーツと布団に挟まれた小さな体が身動ぎをする。釣られてシーツが皺を作り出し、先程までは人形を寝かせているような光景に生気が宿った。

 薄目を開ければ、窓からわずかに差し込む陽光を直に浴びて、ぎゅっと強く瞑ってしまう。

 ようやく目が慣れたところで、次は全身に重りをつけられているかのような感覚に襲われた。小さく呻きながら体を起こし、床に足をつける。

 長く寝込んでいた影響だろうか。立ち上がった瞬間に視界が歪み、思わず膝をつきそうになった。

 しばらくベッドに寄りかかり、治ったことを確認すると、寝ている間に着せられたであろう清潔な衣服を脱ぎ、『起きたらこちらに着替えていてください』というメモと共に置かれてあった服に袖を通す。

 

「ちょっと露出が多いような……」

 

 肩から二の腕、そして背中まで大胆に肌を晒し、トドメに割と際どい短さのスカートときた。申し訳程度の黒いストキッキングを着用するが、却って扇情的な格好となってしまったような気がする。

 ただ、外見が幼いこともあり、どちらかと言えば背伸びをしているようで微笑ましい印象を受ける。

 元々着ていた服たちはもう使い物にならなくなったのだろう。その代わりなのか横にはもう一着、黒を基調とした長衣が置いていた。

 こっちを着ればよかった、と少し後悔したが、どのみち変わらなかったでしょうね、とため息をついた。

 

 直後、着替え終わるのを見越していたようにコンコン、とノックの音が響く。

 扉の向こうから感じる魔力はとても清く、持ち主の心をそのまま表しているかのようだった。

 

「どうぞ」

 

 短く告げれば、キィと音を立ててドアが開かれる。

 そこから顔を覗かせたのは、エリザベスだ。

 エリザベスはフロランスを見た途端、花が咲いたように表情を明るくした。その様子から、相当長く寝込んでいたことが窺える。 

 

「起きたのね! よかった……! それにその制服、よく似合ってるわ!」

「おはようございます、エリザベス。……ええ、まあ。少し露出が多いような気もしますが……」

「あはは……」

 

 スカートの端を摘まんでみせると、エリザベスは曖昧な笑みを浮かべる。思うところが無いわけではないようだ。

 

「ところで、私はどれほど眠っていましたか?」

「ええと……二週間ほどかしら」

「そんなに……」

「死んだように眠っていたから不安だったけど、無事みたいでよかった」

「無事……とは、言い難いですけどね。幸いにも心臓は潰されていないようですが、とてつもない倦怠感が……」

「じきに治ると思うわ。気になるなら治しましょうか?」

「いえ、これくらいなら平気です。それよりも今は……やるべきことをやらなければいけません」

「……ええ、そうね」

 

 エリザベスの悲哀のこもった微笑みに、胸が痛んだ。

 刃物を突き立てられて、ひび割れるように、酷く痛む。

 それを悟られないように、血が出るほどに唇を強く噛んだ。

 

「……すみません」

 

 胸中を満たす負の感情を表に出さず、努めて平静を装いながら、消え入りそうな小さな声で謝罪を口にする。

 それはメリオダスを死なせてしまったことに対してか、それとも真実を秘匿していることに対してか。それは本人にしかわからない。

 

 重苦しい沈黙の中、フロランスは爪が皮膚を突き破るほど強く拳を握った。

 

 

 

 

「お待たせしました、大ジョッキ3つです」

「待ってました!」

「しっかし、こんなに小せえのに偉えなぁ!」

「む、私は子供ではありません」

「おっと、わりぃわりぃ」

「こっちにエール2杯追加で!」

「はい! ただいまお持ちします!」

 

 魔神族にブリタニアが侵略されている中、唯一活気の溢れている〈豚の帽子〉亭にて、フロランスは新調された制服を着てエリザベスと共にウエイトレスとして働いていた。

 現在は魔神族の目から逃れるため白夢の森に腰を下ろしているが、来客はそれなりに多い。

 酒を飲んで現実逃避している、と言われればそれまでなのだが、そうせざるを得ないほどに今のブリタニアは追い詰められているのだ。

 客の一人が、聖騎士を捕まえて〈十戒〉に差し出せば魂を喰らう猶予を与えられるという話をしていたのを聞いてからは、魔力探知の範囲を限界まで広げて、魔神族の魔力が引っかかれば即座に飛んでいき、〈十戒〉に感づかれないようこっそりと始末するということを繰り返していた。

 

「お待ちどおっ!」

 

 そして既に、メリオダスの死から一ヶ月が経過した。

 多少無理をしてでも魔神族を──〈十戒〉を討つためにフロランスは日夜奔走していたが、それでも数は減ることがなく、侵攻が止むことはなかった。

 〈十戒〉に立ち向かう勢力こそ存在していたものの、彼我の戦力差を考えればあってないようなものだった。

 

「そういや聞いたか? さまよう銀の騎士の噂」

「ギンギラの鎧を着込んだ、最近出没するっていうユーレイ騎士だろ?」

「三番テーブルのお客様! 『アップルっぽいパイ』お待たせしました──キャー!」

 

 足が滑ったのか、エリザベスの運んでいたパイが客の顔面に吸い込まれていくのを尻目に、今しがた耳に入った噂話の詳細を尋ねる。

 

「お待たせしました、ミートパイです。……あの、そのさまよう銀の騎士とやらの噂を、知っている範囲で教えてくれませんか?」

「ん、おお、いいぜ! つっても、俺らもそう詳しいわけじゃねえが……なんでも魔神族に襲われたところを助けてもらっただとか、怪我人を不思議な力で治しただとか、そんな話をよく聞くな。まあ十中八九聖騎士だろうが、その正体は謎に包まれてる……って感じさ」

「なるほど……貴重なお話をありがとうございました。ミートパイ、冷めないうちに召し上がれ」

「おう! こりゃあ美味そうだ──」

 

 機嫌よく返し、男はミートパイを口に放り込む。直後、顔を蒼白に染めて勢いよく噴き出した。

 

「まっず──っ!?」

「おや、やはりですか?」

「可愛らしく小首傾げてんじゃねえよ!? 一体なにをどうしたらこんな味になるんだ!?」

「私にもさっぱり。ちなみに私の兄弟の手料理も同じくらい不味いので、もはやなにかの呪いなのではないかと思ってきました」

「な、なんつー娘だ……」

「恐ろしいぜ……」

 

 その後、好奇心でミートパイに手を伸ばした男たちは、例外なく倒れ伏した。

 その横で、フロランスは何故こうなるのだろうと首を捻り、客は引いていた。

 

 

 

 

「──ん?」

 

 客足が減ったころ、テーブルを拭いていたフロランスは、少し離れたから徐々に近づいてくる見知らぬ魔力を感じ取った。

 人間。それも、力だけで言うならば〈七つの大罪〉に匹敵する。

 万が一敵であった場合に備えて、フロランスは静かに臨戦態勢に入った。

 巧妙に気配を隠しているとはいえ、魔神族──ひいては魔神族に味方をする聖騎士たちが来ないという保証はないのだ。

 ホークも同様にその存在に気付いたのか、鼻をひくつかせながらドアを注視する。

 

「な、なんだ? この金属くせえニオイは?」

 

 やがてドアが開かれ──現れたのは、銀色の鎧を纏った聖騎士だった。

 銀の聖騎士は店内を見回すと、ゆっくりと足を踏み入れる。

 

「ここが、〈豚の帽子〉亭……?」

「で……出たあぁぁ──!」

「何者です。名を名乗りなさい」

「ホークちゃん!? 大声を出して、なにがあったの!?」

 

 フロランスの射抜くような視線にたじろぐ聖騎士だが、ホークの叫び声を聞いて降りてきたエリザベスの姿を視認した途端に、声色が穏やかなものへ変わる。

 

「おお……エリザベス様……立派に成長されましたね。バイゼルでお見かけしたときはまさかあなたとは思わず声をかけられなかった。最後にお会いしたのは、もう10年以上前にもなりますからね……」

「そ、そんな……あなたは……」

 

 懐かしむように語る銀の聖騎士は、ゆっくりと兜を脱いだ。

 その顔を見たエリザベスは、信じられないものを見たとばかりに目を見開いた。

 

「聖騎士長──ザラトラス様!」

 

 二人が顔見知りだと察したフロランスは、神器から手を離し警戒を解いた。

 

「これは夢なの……? だってザラトラス様は……」

「ザザザザラトラス!? 10年前二大聖騎士長にブッスブスに刺されて死んだ元・聖騎士長か――!?」

「死んだ……?」

 

 呆然とするエリザベスだが、それも当然だろう。

 ホークの言った通り、リオネスの元・聖騎士長ザラトラスは、フラウドリンに乗っ取られたドレファスとそれに操られていたヘンドリクセンによって10年前に殺害されている。

 既にこの世に存在しない──するはずのない人物、それがザラトラスなのだ。

 

「そう……そ──なんですよ! あのときヘンディに〈黒猫のあくび〉亭のフィッシュパイを差し入れにもらったばっかりに! もうそれが、アツアツサックサクのできたてで……夜勤明けの空腹に我慢できるわけもなく!」

「……」

「考えてもみてよ!? まさかパイに毒が盛られてるとは思わないでしょう!? 聖騎士長だって人間ですからね! お腹は空くんですよ──!」

「……へ?」

 

 知的な雰囲気から一転した軽薄な言動に目を丸くする。

 とても一度死んだとは思えない態度に、フロランスでさえも呆気にとられていた。

 

「一生の不覚でした。フィッシュパイの誘惑にさえ負けなければ……!」

 

 体を震わせるザラトラスから、悔悟の念が発露する。

 

「ドレファスもヘンディも、暗闇から救い出してやれたものを……!」

「ザラトラス様……」

 

 フロランスは、その姿が重なって見えた。大切なものを救えず、悔やむことしかできなかった、愚かな自分と。

 それゆえか、普段は積極的に人と関わろうとせず、興味すら持たないフロランスが、ザラトラスへ声をかける。

 

「ザラトラス……といいましたか」

「あ、ああ。そういえば……バイゼルにもいたが、君は一体……?」

「申し遅れました。私はフロランス。メリオダス兄様の妹です」

「メ、メリオダス殿の!? 驚いたな、妹君がいるなんて初耳だ……」

 

 メリオダスと長い付き合いである〈七つの大罪〉ですら知らなかったのだから、ザラトラスがフロランスのことを知らないのは当たり前だ。

「そう言われればどことなくメリオダス殿に……」とフロランスを見て呟くザラトラスに、エリザベスが紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

「かたじけない……!」

 

 紅茶の入ったカップに目を落とし、ザラトラスはなぜ死者であるはずの自分が現世に存在しているのかを語る。

 

「──どうやら私は、一時的ではあるが蘇ったらしい。あの恐るべき魔神族、〈十戒〉の魔力によってね。とてつもない魔力だ……この世に未練ある魂に怨みの念と体を持たせ蘇らせるとは……」

「メラスキュラの"怨反魂(おんはんごん)の法"ですね。……相変わらず趣味の悪い……」

「相変わらず……? まるで〈十戒〉と知己であるかのような言い方だが……」

 

 事ここに到れば、もはやもう隠す必要はない。意味もない。

 いずれ話さなければならない、隠していてはならない事実。

 自分が言わなければ、兄はギリギリまで隠し通そうとするだろう。そうなれば、積もり積もった遺恨がどんな影響を及ぼすか分からない。

 だから、今、この場で話す必要がある。

 

 二人と一匹の視線を受けて、フロランスは徐に言葉を紡ぎ始める。

 

「兄様は──〈七つの大罪〉団長のメリオダスは、3000年前、〈十戒〉の統率者だったのです」

「なっ──!?」

「メリオダス様が──」

「〈十戒〉を!? 嘘だろ!?」

 

 激しい動揺、そして瞠目。それらを見て本当です、と首を振り、けれど、と続ける。

 

「兄様は次期魔神王とまで噂された、魔神族の希望であり英雄でした。ですがある日突如魔神族を裏切ると、魔界を破壊し姿を消しました。……居合わせた〈十戒〉二人を殺害して」

「なんと……!」

「兄様と〈十戒〉の二人がいなくなったことで魔神族の戦力は大幅に減少し、女神族はこれを好機と見るや、他種族をけしかけて魔神族に戦争を仕掛けました。それが聖戦の始まりです。そして我ら魔神族は聖戦に敗北し、女神族によって封印されていました」

「そんな……」

「妖精王グロキシニアと巨人王ドロール、そしてエスタロッサ。この三人は兄様と、兄様に殺された〈十戒〉の代わりとして席についたのです」

 

 フロランスは重くなった空気を肌で感じ、自然と表情が固くなっていくのを自覚する。

 しかしエリザベスたちの内心は、フロランスの想像しているそれとはまったく違うものだった。

 

 程度は違えど、エリザベスもザラトラスもホークも、メリオダスのことを信頼している。それは少なくとも多少の悪事で揺らぐようなやわなものでない、絶対的と言ってもいい信頼だ。

 驚愕した。愕然とした。だが──落胆はしていなかった。むしろそれをおくびにも出さず、孤独にずっと抱えていたことに痛ましさを。そして力になれなかった自分に無力感を抱いていた。

 

「兄様は、〈十戒〉を統率していた。その過程でたくさんの命を奪ったこともたしかです。でも、それでも──あの人はいつも誰かのために戦っていた」

 

 エリザベスに目を向ける。

 ──そうだ、兄様は私欲で力を振るうことはない。仲間を、友を、そしてエリザベスを守るために力を振るうのだ。

 

「それだけは、どうか忘れないでください」

 

 その言葉に、エリザベスたちは我が意を得たりとばかりに頷き。

 

「ええ、もちろん。私も今まで、何度も、数えきれないほどメリオダス様に助けられてきた」

「残飯は不味いけど、あいつがそういう奴だっていうのはよく分かってるぜ!」

「そうですね。彼は不思議な人物でしたが、決して悪人ではない。むしろ溢れんばかりの善性を備えた、騎士の鑑だ」

 

 ──ああ、そうか。兄様を取り巻く環境は、3000年前から遥かに、劇的に変化しているのだ。

 兄様を恐れ敬う部下も、人形のように扱う父も、今はいない。

 『英雄』でも『次期魔神王』でもなく、『メリオダス』として振る舞える環境がある。

 

 フロランスはそのことに喜びと仄かな羨望を滲ませ、しかし決してそれを悟られないよう、静かな笑みを浮かべた。

 

 それがエリザベスたちにはどう映ったのか、フロランスは知る由もなかった。

 

 




エスカノール……散々言われてましたがやはりダメでしたね……。
ゼルドリス、ワイルドに並ぶくらい好きなキャラだったので普通に泣きました。

そしてマーリン。なにやら不穏な雰囲気ですが、恐らくは"不倶戴天"の魔力を吸収した湖を利用してアーサーを生き返らせる……のだろうか。たしかアーサーはキューザックに心臓を破壊させられていたので、湖が溜め込んだ莫大な魔力を凝縮して心臓の代わりとしてアーサーに埋め込むのかなぁ、なんて予想したり。
たしか原典でもアーサー王は竜の因子だか心臓だかなんだか(曖昧)を持っていたような気がするので、そうなる可能性は高そう。
これが見当違いだったら殺してくれ。
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