Dotted bridal veil   作:天葵

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第14話/誓い

 

 

 

 

 

 ──守りたいものは、あるか。

 

 いつか聞かれた、素朴な疑問。

 奪い、殺し、そうすることでしか生きられなかった無感情な兄に、初めて感情を見た。

 闇一色に染まった瞳の奥に、暖かさを感じた。

 

 私はそのとき、どう返したんだろうか。覚えていない。

 でも、ただ一つだけ。

 

 ──そうか。

 

 その寂しそうな横顔だけは、覚えている。

 

 

 

 

 リオネスへ集った〈十戒〉の全員の撃退、及び討伐を終え、既に日は暮れようとしていた。

 飛び交う怒号も、振り撒かれていた殺意も霧散し、悲惨な破壊痕のみが残っている。

 その中心とも言える場所で、バンとメリオダスは立ち尽くしていた。

 

「……いつまでつったってんだよ。なんか、言いてえことあんだろ?」

「……まあな」

 

 いつまでも口を開こうとしないバンに、メリオダスが声をかける。バンは、それにいつもより覇気のない声で応え、メリオダスの肩を優しく叩いた。

 

「生きててくれて嬉しいぜ、親友」

 

 それだけ言うと、バンはスタスタとその場を離れる。

 

「さて……と。今夜は祝杯でもあげるか」

 

 その様子を遠目に見守っていたエスカノールは、困惑のままマーリンへと問いかける。

 

「マ、マーリンさん……僕たちは団長が命を落とすところを、この目でたしかに……」

「メリオダスは何度死のうと蘇らせられる」

「え……?」

「魔神の王にもたらされし呪いの力でな」

「死なない……呪いですか? すごいですね」

「──すごい? 兄様にかけられた呪いが?」

 

 二人の会話を聞いていたフロランスが、底冷えするような怒気を放ち、エスカノールを睨め付ける。

 人すら殺せそうな鋭い眼光に怯むエスカノールに、フロランスは怒りを乗せて言葉を叩きつける。

 

「あの忌々しい呪いが、そんなに羨まれるものとでも思っているのですか? 兄様から大切なものを奪っていく呪いが、すごいもの? ──ふざけないでください」

「よせフロランス。エスカノールはなにも知らんのだ、そう思うのも仕方ないだろう」

()()()()()ですよ。その身に太陽の呪いを受けていながら他人の呪いを褒めるなんて、あなたはよっぽどおめでたい思考回路をしているようですね」

「……っ」

「言葉が過ぎるぞ。今のお前は冷静ではない。どこかで頭を冷やしてこい」

「……ええ、そうさせてもらいます」

 

 頭痛に襲われたように頭を押さえ、フロランスはどこかへフラフラと去っていく。

 相当に今回の事態が響いているのか、まるで病人のような人相をしている。それを察したエスカノールが声をかけようとしたのを、マーリンは制した。

 

「そっとしておいてやれ。誰にも解決できんだろう」

「……分かりました」

 

 数々の悲劇を生んだ防衛戦は終結した。

 しかし刻み込まれた悲しみは消えず、人々の啜り泣く声が絶えることは無い。

 亡くなった者を悼むように、人々の悲しみを代弁するかのように、空からは雨が降り出していた。

 

 

 

 

 夜の帳が降りた頃。

 はぁ、と。リオネスから少し離れた平原で、フロランスは憎らしいほど輝く月を見上げてため息をこぼす。

 胸中には後悔や無力感が駆け巡っていた。

 

 あのとき、もう一歩でも深く踏み出せていれば。

 あのとき、もう少しでも冷静に剣を振れていたら。

 

「あんなことには、ならなかったのもしれない」

 

 かもしれない、だ。

 しかし、どうしてもあの一瞬が──フラウドリンへ向けて剣を振るったときの一瞬が、脳裏から離れない。

 あそこでしくじらなければ、メリオダスが余計な感情を背負うことも、余分な悲劇を生むことも無かった。

 できたはずだ。やれたはずだ。

 焦燥のままに動いたせいで起こったつまらないミスで、また背負わせてしまった。それがなによりもフロランスの心にのしかかる。

 

 それは傲慢だと、誰もが口を揃えて言うだろう。

 その考えは思い上がりで、自惚れだと。

 

 ああ──その通りだ。

 

「私程度が救えるだの、救えなかっただのと、どの口が言うんでしょうか。いつだって自己中心的で、利己的に生きてきた悪魔が、今更なにを」

 

 敵に捕らえられた同胞を見捨てた。

 命令に従い罪のない女子供を殺した。

 実の兄を命惜しさに拒絶し、実の弟になにもしてやれずに苦悩させた。

 まさしく最低で最悪な悪魔だ。

 

「……それでも。兄様を、ゼルドリスを助けたいという思いは間違いじゃない。作られたものでもない。紛れもない、私自身の願い」

 

 だからこそ、何度も自分に言い聞かせてきた。

 今度こそ、と。

 その結果がこれだ。

 〈十戒〉の侵攻を許し、危機に駆けつけたときにはもう遅く。

 

「救う? 今度こそ助ける? 思い上がりも甚だしい。私にそんな力はない。そんな高尚なことはできない」

 

 遥か高みに座する満月に手を伸ばす。

 当然届くはずもない──けれど、それでいい。

 

「助ける、ではなく、並び立ち──共に打ち砕く」

 

 理想を掲げるだけでは、なにもできない。

 現実を──今を見つめ、自分にできる最大限を。

 

「迷ってはいられない。ここから先は、ただ直進するだけ」

 

 フロランスは、己の手のひらに視線を落とす。

 シミ一つ無い真っ白な肌。穢れの無い、小さな手。けれど同時に、夥しい数の死体を築き上げて血に染まった、悪魔の手。

 今度はそれを、その力を、善い方向へ。

 弱き人々を、大切なものを守るために。

 強き仲間と、支えてくれる人たちと歩むため。

 

 精一杯、振るってみよう。

 

 ぐっ、と。強く拳を握る。

 その瞳にはもう、翳りは無かった。

 

 

 

 

 翌日。

 〈七つの大罪〉とフロランスは王城の一室にいた。

 王城は〈十戒〉との戦いでフロランスとマーリンが破壊したはずだが、マーリンによって修復されたようだ。少なくとも外見は破壊前と遜色無い。

 

「いやまあ、それは置いておくとして……戒禁にかかった聖騎士たちがキャメロットへ向かったと聞きましたが、こんなに悠長にしていて大丈夫ですか?」

「急いては事を仕損じる。焦るのは却って逆効果だろう。なに、今度の戦は我らの勝利に間違いない。少しはうかれても罰は当たらんぞ? 団長殿」

「ん? ああ……」

 

 マーリンの言葉に「たしかにそうですが……」と少し不満げにするフロランスの隣で、メリオダスは生返事を返す。

 

「団ちょ」

「……なんだ?」

 

 フロランスがキャメロットへ逃亡した聖騎士たちに関して思考を巡らせていると、バンがいつもの調子でメリオダスを引き寄せ、拳を頭に当てぐりぐりと捻る。

 どこか突き放すような態度だったメリオダスは、そうしてようやくバンと顔を合わせた。

 

「……昨日は悪かったな。あん時……どんな顔して声をかけりゃいいのかわかんなくてよ……。俺とお前のなにが変わるわけでもねーのにな♪」

「お前は別に悪くねえさ」

「だよなー♪ 団ちょはいつだってそのトボケ面だしよ、心配して損し──ごあっ!」

「うっせ」

 

 軽口を叩くバンの横腹へ強烈なパンチを叩き込み、沈黙させる。不死身であるバンが相手だからこそできるツッコミだ。普通の人間ならばまず間違いなく死ぬだろう。

 フロランスは少し引いている。

 

「『おお、我が友、気高き憤怒。たとえ呪いが我らの身を冒そうと、心に咲く美しきバラを冒せはしない。おお、我が友、勇壮なる罪よ!』」

「……(ポエム)?」

「あ……誤解しないでくださいね? 団長の気持ちが全てわかるとか偉そうなことは言いません! ただ、互いに呪いを受けた身として……その辛さだけは分かるというか……。だからその、元気を出してくださいね?」

「8点」

「え」

「は、8点? 何点中8点なんですか!?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐエスカノールを適当にあしらうメリオダスの眼前に、フロランスは腕を組んで立った。

 

「兄様! 気負う必要はありません! 〈七つの大罪〉が、そして私がついています!」

「フロランス……」

「ですから安心してください! 私は今度こそ、最後まで並び立ち、戦い抜きましょう!」

 

 ふんすと擬音が聞こえてきそうなほど気合の入った表情で、フロランスは堂々と宣言する。今までのような己に言い聞かせるようなものでなく、誓いとして。

 それを見て、聞いて、メリオダスは毒気が抜けたように笑顔を浮かべた。

 いつも通りの快活な、好ましい笑顔を。

 

「バン、エスカノール、フロランス。サンキュ!」

 

 そう言ってから、ふと思い出したようにフロランスを見る。

 

「そうだ。フロランス、この後ちょっと付き合ってくれねえか?」

「はい? 構いませんが……どこへ?」

 

 首を傾げるフロランスへ、んー、と少し悩んだ後。

 

「そこら辺?」

 

 と答えた。

 

 

 

 

「手合わせ、ですか」

「そ。今のオレがどれくらい動けるか、かるーく本気でな……っと」

「なるほど……了解しました」

 

 連れてこられたのは、リオネスの聖騎士たちがよく使っている訓練場だった。手頃な広さで人目に付きにくいこの場所は、軽い手合わせ程度に用いるならば絶好の場所だ。

 準備体操を終えたメリオダスは、拳を手のひらに打ち付け戦闘態勢に入った。

 

「魔神化は?」

「無しで」

 

 そこで会話は途切れ、互いに構えて出方を探る。

 フェイントをかけながら徐々に深く、強く踏み込み──先手を取ったのは、メリオダスだった。

 地面が陥没するほどの踏み込みで、常人の目では消えたという表現しかできない速度で一直線に拳を伸ばす。

 フロランスは咄嗟に半身になることで躱し、同時に伸び切った腕を掴む。当然メリオダスは振り払おうとするが、それよりもフロランスがメリオダスを投げ飛ばす方が早かった。

 空中で体勢を立て直し──直後に背中へ強烈な打撃が捻じ込まれ、メリオダスはすさまじい速度で地面に叩きつけられる。

 

「いてて……」

 

 人形の窪みができるほどの力で殴りつけられたというのにダメージは然程無いようで、軽やかに立ち上がる。

 

「よっと。……今のはあれか? "瞬間移動(テレポート)"でオレの背後に回ったのか?」

「ええ、これが中々有用でして」

「たしかにあれは厄介だな。いきなり視界から消えて背後からってのは、反応が遅れちまう」

「多用すればそれだけ警戒心を植え付けて判断を一瞬でも迷わせることもできますので、大抵の相手には通用しますね」

「なるほど、そりゃあ怖い。──っと、喋りすぎたな。続き、いいか?」

「もちろんです」

 

 言うが早いか、今度はフロランスがしかける。

 手に"獄炎(ヘルブレイズ)"を発現させ、それをメリオダスではなく地面に向かって投げつける。

 着弾と同時に小規模の爆発が起こり、砂煙がフロランスの姿を覆い隠す。メリオダスは油断なく砂煙を見つめるが、その頬を高速で飛来した礫が掠めた。

 

「──!」

 

 後を追うように無数の礫がメリオダスへ殺到するが、躱し、時に叩き落とすことでそれをやり過ごす。

 礫では効果が無いと悟ったのか、砂煙がゆらりと動き──メリオダスの眼前には石と土の塊が迫っていた。

 

「おわっ!?」

 

 慌てて後ろへ跳ぶが、着地と同時に透明ななにかがメリオダスの足を掬い、宙へ吊り上げた。

 

「一本、でしょうか?」

「……だな。いやー参った、まだ足りねえか」

「流石に正面からなら厳しいですよ。私の戦闘スタイルは、言ってしまえば豊富な魔力と手段に任せた初見殺しの連発、ですからね。基本的に一度の戦闘で同じ手を使うことは無いので対応されることは無いんですよ」

「あの石ころを飛ばしてきたのは魔力なのか? それとも魔術か?」

「どちらでもない、というのが答えですね。礫とその周辺の空気にそれぞれ反発しあう魔力を付与して打ち出したんです。魔力を込めるほど反発力も上がるのであれだけの速度を出せた、といったところですね」

「はー、器用なことで」

「それが取り柄なので」

「昔っから得意だったもんなあ、そういうの。オレはその辺りが雑だからよくわかんねえや」

「よろしければお教えしますが?」

「や、遠慮しとく」

「ですよね」

 

 一瞬の沈黙を挟んで、二人は同時に噴き出した。

 兄妹ということもあり、互いの性格や得手不得手などは完璧に把握しているのだろう。

 一通り笑い合った後、メリオダスは再び立ち上がり、指を鳴らした。

 

「んじゃ、もういっちょ頼んでもいいか?」

「喜んで」

 

 好戦的な笑みで構えるメリオダス。

 柔らかな笑みで構えるフロランス。

 

 にっ、とメリオダスが笑みを深め──二人は同時にぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、拳を交える度にテンションが上がり、ついには魔神化を解放しての本気の戦いになりそうになったためマーリンが不意打ちで二人の意識を沈めたという。

 

 




実際にメリオダスとフロランスが本気で殺し合ったら、割と余裕を持ってフロランスが勝利します(現時点では)
フロランスって簡単に言えば魔術・魔力にリソースを多く割いたチャンドラーですからね。まあ地力で劣ってるのでチャンドラーと戦えば負けますけど。

剣技はメリオダス以上ゼルドリス未満。
魔力はゼルドリス以上メリオダス未満。
魔術はマーリンに匹敵するくらい。
身体能力はそれだけで魔力を使わないゼルドリスを圧倒できるくらい。

オールラウンダーって感じですね。
なお魔力は量ではなく出力です。魔力量自体は今のメリオダスより多いです。多分。
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