宴会を終えた翌日。体力を使い果たし泥のように眠っていたフロランスは、差し込む陽光で目を覚ました。
「ん……ふあ……」
漏れ出るあくびをそのままに、寝ぼけ目でキョロキョロと部屋を見渡す。酔っぱらったまま歩いたせいでぶつけた箇所があるのか所々散乱しているが、さほど気にするものでもないだろうとベッドから足を下ろす。
フロランス以外の面々は既に活動を開始しているようで、〈豚の帽子〉亭内外で慣れ親しんだ魔力を感じられる。
「くぁ………よし、浮かれていいのは昨日まで。万全の準備で臨まなければ」
ぱちんと頬を両手で叩いて眠気を吹き飛ばす。
キャメロットには『敬神』のゼルドリスという最強格の魔神が待ち構えているのだ。同格のフロランス、メリオダスがいたとて油断はできない。してはならない。
フロランスはリオネスでの一戦でゼルドリスに勝利したが、それはあくまでゼルドリスの行動を制限した上で魔神王の魔力を行使できたからだ。現状、ゼルドリスと真正面から戦えるのはフロランスとメリオダスのみで、他のメンバーでは戦いにすらならないだろう。
一通り体をほぐして、朝食でもとろうかと扉を開けた瞬間──〈豚の帽子〉亭が眩い光に包まれた。一滴の悪意も含まれていない清廉な魔力。発生源は、一つ下の部屋だ。
(下はたしかマーリンの部屋だったはず……いったいなにが……?)
湧き出る疑念を抱え、慌ててマーリンの部屋へ向かう。先ほどの光は間違いなくエリザベスのものだ。それが行使されたということは、少なくとも重傷……あるいはそれに匹敵するほどの状態ということ。気が気ではなかった。
「どうしました!?」
壊れそうなほど勢いよくドアを開く。
そこには不安げな表情のエスカノールとヘンドリクセン、そして多量の汗をかいて額に手を当てているマーリンと、かなりの量の魔力を一瞬で消費したためか息を荒げているエリザベスの姿があった。
遅れて、外にいたメリオダス、キング、バンの三名も慌てて部屋に入ってきた。
「エリザベス、なにがあった!?」
「……私としたことが、ゼルドリスの魔力に囚われ深い眠りに落ちていたようだ。エリザベス王女の力が無ければ危なかった……礼を言わせてくれ」
「エリザベスが、ゼルドリスの魔力を……?」
「ああ。たいしたものだ」
いくらエリザベスの魔力が強大であったとしても、ゼルドリスほどの魔力を打ち破れるとは思わなかったのか、メリオダスは怪訝な表情を浮かべる。
「それからエスカノール、お前にも礼を言わねばな」
「い、いえ……僕は当然のことをしただけなので……」
「エリザベス、どこか痛むのですか? なにか体に違和感は?」
「……いえ、大丈夫……平気よ……」
「エリザベス、肩貸すぞ」
「本当に平気……少し疲れただけだから……」
「そんなこと言って、なにかあったらどうすんだ」
「……一人で風に当たっていたいの」
顔を見せようともせずに、足早に部屋を出て行くエリザベス。
「団長……本当になにをしたの?」
「んー……」
エリザベスの突き放すような態度は、さほど付き合いが長くないキングでも違和感を覚えてしまうほど。ただ単純に怒っているだとか、そういった類のものでないことは辛うじてわかる……が、当の本人でさえもなにが原因かわかっていない以上、解決のしようがない。
「些細でも思い当たることとかないの? あんなエリザベス様初めて見たよ」
「まったくこれっぽっちも」
「なにか思い詰めたような顔でしたが……兄様がエリザベスに対して接し方を間違えるはずもないですし……」
「すごい信頼だね……」
「たしかに胸を揉んだりお尻を触ったりはしますけど、エリザベスが不快になるようなことは絶対にするような人じゃありませんからね、兄様は」
エリザベスから怒りや憎しみなど、負の感情は感じなかった。故にメリオダスではなく、全く別のことが原因なのではないか、とフロランスは考える。
「話し合える雰囲気でも無いし、時間が解決してくれることを祈るしかないね……」
「そう、ですね……それで解決すればいいのですが……」
一抹の不安を残して、いよいよ作戦は決行の時を迎えた。
フロランスの装備は黒を基調とした長衣と右手に簡素な手甲を着用しただけの軽装だが、〈七つの大罪〉は皆しっかりとした鎧を着込んでいる。
フロランスが鎧を着ていない理由は二つ。
一つ、そもそもフロランスは聖騎士でもなんでもないため鎧を着る必要がないから。
二つ、ガチャガチャとしたフルプレートがあまり好きではないから、である。
「昨晩も言った通り、オレたちの目的は人質の救出とキャメロットの解放だ。ところが──だ、事はそう簡単じゃないらしい。だよな、マーリン?」
「うむ。現在キャメロットは、"
「"瞬間移動"や"絶対強制解除"も拒む……ですか、厄介ですが、それならば『魔神王』の魔力でどうにかなるのでは?」
「もっともだ。しかしフロランス、お前とて魔力は無限ではない。次元のひずみを解除する端から再生させられてしまえば打つ手は無くなる。もしひずみの内部で魔力が尽きたなら、まず生きて帰ることはできなくなるだろう」
「……なるほど。たしかに、その方がメラスキュラを無視するよりはるかにリスクが少なく、かつリターンが大きい」
「そういうことだ」
「……んで? 当然方法はあるんだろーな♫」
「ああ。王国より南東に250マイル。そこが、このひずみの発生地点だと特定した」
「リオネスから250マイル……いったいなにがあるんだろ?」
「イスタール……いや、それよりもずっと南か……」
「城塞都市コランド、何百年か前に大虐殺で滅びた廃都だ」
「だだだ……大虐殺〜!? そんなところへ行くんですかぁ?」
不穏なワードに、エスカノールは声を震わせる。昼に近い時間帯とはいえ、マーリンの魔道具で魔力を抑制している間は人一倍臆病で弱い人間故、そういった反応は仕方のないことだ。
「南東か……じゃああそこも通過するよね……」
「あそこ?」
「少し、寄り道してほしいんだ。どうせ一日じゃ着かないでしょ?」
「それくらいなら構わねえよ。馴染み深いとこなのか?」
「うん。俺の友達がいるんだ」
ゴウセルの返事に、そっか、と笑顔で応えるメリオダス。十年前は〈七つの大罪〉以外での交流が全くなかったゴウセルの口から友、という言葉が発せられたのは新鮮で、それ以上に嬉しかったのだ。自主性や人間性、そして雰囲気は、好ましい方向へと向かっている。
「コランド……コランド……どこかで聞いたことある名前だな……ねえヘルブラム──あれ? ヘルブラム?」
キングの唯一無二の親友ヘルブラムの魂が宿った兜は、着用すれば兜を通してヘルブラムを見ることだけでなく、言葉すら交わすことができる──のだが、なぜか親友の姿はなく、キングの呼びかけは宙に溶けていった。
■
「なあ、フロランスよ」
「どうしましたホーク。残飯ならばバンか兄様に頼んでくださいよ」
「オメエは俺をなんだと思ってるんだ!」
「……なんなんでしょうね?」
「俺に聞くな!」
プゴー! と鼻息荒くフロランスに怒鳴る。
喋る不思議な豚と言えばよかったのかと、フロランスは首を捻る。
「それで、私になんの用で?」
「いや、そんな大それたもんでもねえんだけどよ……ずっと思い詰めたような顔してるから心配になってな」
「……ふふ、らしくないですね」
「なんだとー!? 俺ほど仲間想いの豚はいねえぞ!」
「そうですね。……これはあなたたちにも話していなかったのですが、実は私とゼルドリスは兄弟なんです」
「……マジ?」
「マジです」
「っつーことはお前ら……兄弟同士で……」
「そうなりますね。……客観的に見れば、悪人なのは私たちの方です。同胞を裏切って、殺して……実の弟にすら殺意を向けられている」
「……」
「私は弱虫で、臆病者で、最低な女ですよ」
吐き捨てるように言葉を並べるフロランスを、ホークは黙って見つめる。なにも言えることが無い故に。
「もし」
先程よりも幾分か柔らかい声色。
フロランスは、目を細めて彼方を見た。
「ゼルドリスが私を許さないと言うのならば、私はその怒りを一生背負って生きていきましょう」
それは、愚かな自分に対する自嘲で。
「ゼルドリスが私に苦しんでほしいと言うのなら、快く受け入れましょう」
後悔で。
「──ゼルドリスが、私に死ねと言うのなら、私は喜んで七つの心臓を抉り出しましょう」
揺るぐことのない決意だった。
──それはきっと、防ぎようのない事態で。
いつか必ずやってくると分かっていたことだった。
「離してディアンヌ! バルザドが
「バ、バルザド……? 誰……?」
なにかに駆られるように叫ぶエリザベス。その様子は尋常ではなく、誰一人として状況を理解できずにいた。
「なにがあった!?」
「団長! 急にエリザベスの様子が変に……」
「──ああ、メリオダス……バルザドが重傷だって騎士団から連絡があって」
「お前……まさか……」
「私が見よう。エリザベス王女、私が誰かわかるか?」
「……マーリン! 見違えたわ、あんなに幼かった子が……まだ一人でベリアルインにいるの? 今日はまたメリオダスのところへ遊びに来たのかしら?」
異様な雰囲気に息を呑む。
〈七つの大罪〉とは全く無関係の人物の名前を出したかと思えば、今度はマーリンと昔からの知り合いであったかのような言動をしている。
「いったい、なんの騒ぎで──」
騒ぎを聞きつけて降りてきたフロランスは、原因となるエリザベスを見て言葉を失った。
「エリ、ザベス……
魔神族特有の恐怖を抱かせる闇のような瞳とは正反対の、見るものに安心と畏敬を抱かせる輝く瞳。中心には
「なんで……」
喉の奥から絞り出したか細い声は、エリザベスが倒れ込む音に掻き消された。
■
「エリザベス様の身になにが起こってるの?」
「ボクもわからない……エリザベス、大丈夫かな……」
「……原因はわかんねえのか、マーリン」
「私の呪いを解く際、ゼルドリスの魔力に干渉した影響だろう」
「じゃあ、今度はエリザベスがその呪いに──」
「違う」
最も考えられる可能性を、しかしメリオダスは確信を持った口調で否定する。
「エリザベスの記憶が戻り始めたんだ」
「……へ? 記憶って、前世の!? すごい!」
「……ん? 前世ってなんの話?」
「キング、絶対驚くよー! なんとね! エリザベスは3000年も昔から記憶を無くしながら何度も転生しているんだって!」
「えええ!? 嘘!?」
「だからエリザベスはね、前世の記憶を取り戻したいってさっきボクらに──」
「ディアンヌ!!」
まるで自分のことのようにはしゃぎながらキングに事情を伝えるディアンヌに、フロランスは堪えきれずに怒声を発した。
「な、なに……?」
「私、言いましたよね。エリザベスのことについては、もう話さないでくださいって」
「で、でも、エリザベスがどうしても知りたいって……」
「私と兄様が、なんのわけもなく秘匿するとでも? 言えないから、言ってしまえば取り返しのつかないことになるから言わなかったのだと、思いもしなかったんですか?」
「それは……」
バツが悪そうに視線を伏せるディアンヌ。いくら本人たちにその気が無かったとはいえ、次から気をつけてください、で済ませられる範疇を超えている。
その証拠に、メリオダスからは表情が失われ、湧き上がる様々な感情を歯を食い縛って殺している。そんなメリオダスを見て、フロランスは泣きたくなるような激情に包まれた。
「フロランス、いい……もう、終わりだ。エリザベスが全ての記憶を取り戻せば……エリザベスは三日で死ぬ」
空気が、凍った。
メリオダスの口から伝えられた信じがたい一言は、団員たちの思考を凍てつかせるのには十分だった。
「エリザベス様が……三日で死ぬ!?」
「じょ、冗談はやめてよ団長……だって、そんな……」
「本当だ。……もう隠してる必要もなくなった。お前らに全部話す。オレの、3000年の旅の目的を」
下手に口を出しては事態を複雑にするだけと思ったのか、フロランスは顔を伏せて静観の態勢に入った。
「全ての始まりは3000年前だ。聖戦の最中、オレとエリザベスは冒した罪から奴らに罰を受けた。……魔神族でありながら女神族の手をとり、更には同胞を裏切り殺した罪。女神族でありながら魔神族と結ばれ、敵をも救った罪」
「ば、罰……? いったい、誰に?」
キングの当然の疑問に、メリオダスは滔々と答える。
魔神族を統べる者──魔神王。
女神族を束ねる者──最高神。
メリオダスとエリザベスはこの二柱の神に、ある呪いを受けた。
エリザベスには、死するたび生まれ変わり、必ずメリオダスと出会い、そして必ず恋に落ち──必ずメリオダスの前で命を落とす永劫の輪廻を。
メリオダスには、死すら許されぬ肉体となり、絶対的な力によって殺されてしまうエリザベスをただ見届けることしかできなくする、永遠の生を。
エリザベスは3000年の間記憶を失いながら転生を繰り返し、メリオダスは聖戦の終結から3000年を深い絶望の中過ごしてきた。
あまりにも悲惨で、悲痛で、無慈悲な行いだ。
メリオダスの話を聞いた団員たちは、表に出す感情の大小こそあれ、心中は皆同じだった。
二人に呪いをかけた神への強い怒りと、二人への深い同情だ。
「……3000年の間、107人のエリザベスと出会い、106人のエリザベスを看取った。何度繰り返しても、これだけは慣れねえな……」
「そんな……呪いを解くことはできないの……?」
「オレたちの呪いは神々にかけられたものだ。呪いを解くには、神々に匹敵する力がいる」
「……何度も検証したのですが、ゼルドリスが魔神王から借り受けた魔力は所詮借り物で、呪いを解くほどの力は発揮できませんでした。やはり、魔神王か最高神、あるいはそれに伍するほどの力でなければ解呪は不可能かと思われます」
「そっか……それであのとき……」
宴会の前日にフロランスが言っていた意味がようやく理解できたのか、ディアンヌは声を震わせる。
「ごめん……ごめんね……ボクのせいで……」
「……魔神王たちを倒さない限り、遅かれ早かれエリザベスは記憶を取り戻していたでしょう。今回はそれが少し早かっただけ。……こうなった以上は、悠長に構えることもできません」
「うん……っ」
「マーリン、行き先をキャメロットへ変更することは可能ですか?」
「可能だ……が、現在向かっているオーダンの村は魔神族の支配下にある可能性が極めて高い。それを無視してまで進むのは本意ではないだろう?」
「う……それはそうですが……」
「別に今すぐなにが起こるわけじゃねえ。進路はそのまま、オーダンの村を経由してコランドに向かって、ひずみの発生源を潰して全員でキャメロットに乗り込む。のんびりするつもりはねえが、焦りはなによりも禁物だからな」
「……分かりました」
不承不承といった様子で、フロランスは首を縦に振る。
今のブリタニアでは魔神族の影がない場所の方が少ないだろうが、手の届く範囲であれば見捨てる理由は無い。
「色々言いてえことはあると思う。けど、今は目の前の目的だけに集中しろ」
メリオダスの指示に、フロランスは大きく、そして強く返事をした。
前回の更新から二ヶ月近く経っててビビりました()
シンプルにモチベが死んでて全く書いてなかったです
もう少しで書きたいところを書けるのでそこまでは更新頻度低いかと思われ
あと最近グラクロ復帰したので更に遅くなるかもしれない()