くだらない。
そう言えば、数多の同胞は揃って顔を顰めた。
愚かな。
そう言えば、数多の敵対者は殺意をむき出しにした。
どこへいっても反応は同じで、どの種族も止まることなく無益な闘争を繰り返していた。
悲劇と復讐しか生まない争い。
なんの意味がある、そう問いかけても返ってくるのは敵意のみ。
ああ──本当に、度し難い。
オーダンの村に到着して初めに目撃したのは、一匹の魔神族が子供をいたぶっている光景だった。魔力も無い、剣も持てないようなただの子供を相手に、本気で拳を振るっている。
魔神族は強力な種族だ。下級の個体であろうとも、その力はリオネス王国の平均的な聖騎士の数倍はある。最上位の魔神族ともなれば、国の一つや二つ簡単に破壊することができるだろう。
ギルザンダーやハウザーといった上位の聖騎士ならば下級の個体──
だが、なんの力も持たない平民たちには魔神族に立ち向かう術が無い。ましてや、訓練も積んでいない子供が。
何も変わらない同胞を前に、フロランスは表情を消して歩み寄る。
「ウヒョヒョ! さっきまでの強気な態度はどうした〜? 我らに歯向かうことの愚かさを教え──あがっ!?」
子供を嬲ることに夢中になっている
血を吐いて倒れ込む黄土色魔神は、そこでようやくフロランスの存在を認識する。
下級の魔神にとってはメリオダスやゼルドリス同様恐怖の対象だった人物を前にして、黄土色魔神は動揺を露わにした。
「フ、フフフロランス様!? ど、どうしてこんな所に!? 何故、私の心臓を!?」
「黙りなさい」
メリオダスのみならずフロランスまでもが魔神族を裏切ったことは末端の魔神たちには伝えられていないのか、状況を理解できていないようだった。それは側に控えていた赤色魔神や灰色魔神、
「フロランス様、そいつ、我らを倒すなどと、世迷言を吐いた」
「──聞こえなかったのですか? 黙りなさいと言ったんです」
恐る恐る進言した灰色魔神の言葉を一刀両断し、ほんの僅かに闇の魔力を解放する。たったそれだけで魔神たちは震え上がり、無意識のうちに服従の体勢をとってしまっていた。
村人たちの間で満ちていた恐怖はフロランスの一声によってあっという間に霧散したが、今度は魔神たちを一瞬で鎮圧したフロランスに対する畏怖が芽生えつつあった。
その空気を察したのか、フロランスは魔力を霧散させ柔らかく話しかけた。
「初めまして、私はフロランス。彼らは〈七つの大罪〉という聖騎士団です」
「せ、聖騎士様? もしかして、ワシらを助けにきてくださったのですか?」
「ああ。魔神たちから民を守るのも、オレたちの役目だしな。それに」
ちらりとゴウセルを一瞥する。
自身の髪を腰ほどまで伸びた少し癖のある黒い髪に変えて、子供たちとなにかを話している。その表情を見れば、あの子供たちがゴウセルの友人であると、すぐに理解できた。
「聖騎士様?」
「いや、なんでもねえ。とりあえず、アイツのおかげでここは暫くの間安全になるはずだ」
「ほ、本当ですか!?」
「〈十戒〉からすれば不定期に少量の魂しか供給されない上に、下手に手を出せばフロランスが行動を起こすかもしれないって考えると、リスクに対するリターンがあまりにも小せえしな」
「ありがとうございます……聖騎士様……! この御恩はいつか必ず……!」
「いいって。それに、やったのはオレじゃなくてフロランスだ。礼をするならそっちにしてくれ」
苦笑いしつつフロランスを指差すメリオダスに、村の長は頷いてフロランスに向き直った。
既にフロランスの周りは多数の村人で溢れていて、慣れない英雄扱いに戸惑っているようだ。〈七つの大罪〉に視線で助けを求めるも、フロランスの反応を楽しんでいるのか応えるものはいなかった。
(う、恨みますよ……!)
迷惑です、と声にだして言えるわけもなく、フロランスは身動きが取れないまま数十分の間感謝を受け取り続けるのだった。
■
「──さて、ではここでやることはもうないでしょう」
こほん、と気持ちを切り替えるための咳払いを一つ。
村人たちは総出で英雄たちを送り出すため、一人も欠けることなく集合していた。
フロランスは、それを大袈裟だとは思わない。
魔神族という人間よりも遥かに強大で凶悪な怪物を撃退したということは、裏を返せばフロランスたちがいなければ村が滅んでいたということなのだから。
「そうだな。さあ、コランドヘ急ぐぞ」
メリオダスが主導でホークママに命令を出し、村を後にする。
「また来てくだされー! 英雄様ー!」
「またなー! 絶対、また来いよー!」
村長とゴウセルの友人の一人──ペリオが、小さくなっていく背中に叫ぶ。
微かに、しかし確かに耳に届いたその言葉に、フロランスたちは優しく頷いた。
■
「着いたぞ……城塞都市コランドだ」
オーダンの村からコランドまでは決して長い道のりではなかったが、空気が重かったせいか本来の何倍もの時間がかかったような錯覚があった。
コランドを見渡す。
当然だが人などいるはずもなく、ただ荒れ果てた街の様相のみが見える。
「さてさてさーて、さっさと次元のひずみを解除してキャメロットに乗り込むぞ」
「迅速に片付けてみせましょう」
「……あんまり気張るなよ?」
「はい。分かっています。焦りはなによりも禁物、ですよね」
「そういうこと」
よし、と意気込むフロランスの背後でエスカノールがなにかに気づいたのか、コランドヘ続く橋を指差す。
「あの、団長……橋の上に誰か……」
小さな、子供ほどの人影。
それが何者か、なんて疑問は一瞬で晴れた。
「ここへ来たのはエリザベスのためか? ということはまだ生きているらしいな……どこまでもしぶとい女だ……」
メリオダスに瓜二つの容姿と声。
腰に佩いた剣。後方に撫でつけられた黒い髪。そして憎悪に塗れた常闇のごとき黒瞳。
その全てに見覚えがあり──同時に、堪えようのない怒りがあった。
「兄様──!」
静止する暇もなく、メリオダスは本気でホークママの背中を蹴って飛び出し──容赦なく、魔神の力すら解放し、全力で神器を薙いだ。
その威力は、余波だけで大爆発を想起させるほどの破壊を巻き起こし、瓦礫を津波のように散らした。
「まずい! 飛散した瓦礫がキャメロットの方に……!」
「安心しろ、問題はない」
マーリンの言葉に疑問を覚えるキングだが、すぐに納得した。
なにもない空間に呑み込まれるようにして瓦礫が消滅したためだ。
「あれこそがキャメロットを覆う絶対的な壁、次元のひずみだ。結果的にとはいえ、次元のひずみの強度と位置を確認できた。ふむ……」
感心したように吐息を漏らすマーリンとは対照的に、フロランスは焦りを露わにした。
「兄様! 早くその場から離れてください! メラスキュラの手が!」
「──ッ!」
警告は一歩遅く。
メリオダスは、メラスキュラのものであろう闇に包まれ、姿を消してしまった。
「くっ──」
「クソが!」
「団長がさらわれた!? ど、どうしよう!」
「……いえ、きっと大丈夫でしょう。兄様の魔力は街の中心部から感じます」
「それほど離れてはない……ってだけなら良かったんだけど……」
フロランスの言葉に安心したのも束の間、周囲に散らばっていた人骨が一人でに動き出し、それぞれのパーツが継ぎ合わされる。
頭、胴、腕、足──数えきれないほどの骨たちはあっという間に人の形を成し、その場は無数の骸骨によって埋め尽くされた。
「おいおいおいおい! なんだよこれー! まさかこれ全部、虐殺された街の奴らじゃねーのか!?」
「ホーク、下がっていてください。彼らはメラスキュラの"怨反魂の法"によって蘇った死霊……なにが仕込まれていてもおかしくありません」
油断なく神器を握り締め、空いた手に魔力を込める。
──しかし。
「今更んな雑魚で俺らを足止めできっと思ってんのか〜!?」
バンが怒り心頭といった様子で骸骨の顔面を殴り飛ばし、粉々に砕く。耐久性は普通の骸骨となんら変わりないのか、〈七つの大罪〉とフロランスは微塵も阻まれることなく骸骨を殲滅していく。
「行くぞてめぇら♫ さっさとひずみをぶっ壊して団ちょをかっさらうぞ!」
「言われなくとも!」
殴り壊し、切り刻み、圧し潰す。
考え得る限りの暴力を骸骨へ向けて、"怨反魂の法"すら意味をなさないほど徹底的に破壊する。
「一気に燃やします! 避難してください!」
フロランスの発した声が鼓膜を震わせるのとほぼ同時に全員がその場から飛び退き──直後、怨念を押し流す獄炎の奔流が骸骨を呑み干した。
一度着火すれば骨すら残らない獄炎は、たしかに全ての骸骨を燃やし尽くした……かに思われたが。
「あん? なんだありゃ♫ あの馬鹿げた威力の炎喰らって、一匹だけ
「私を退かせるとは実におこがましいですが……余計な手間が省けたことに免じて不問にしてあげましょう」
「ね、ねぇ……なんかあの骸骨、だんだん纏う魔力が強力になってない?」
「……興味深いな」
そう呟いたマーリンが人差し指を骸骨へ向け、魔力の玉を発射する。
直径10cmほどのそれは岩を砕くほどの威力を秘めていたはずが、容易く払われてしまった。
「なるほど……急激にパワーが上がったようですね。そして供給源は街の中心部から迸る負の力……すなわち兄様の力。通りで尋常ではないはずです」
「それに加え、魔力への耐性も遥かに上昇している。どうにかサンプルにできないものか」
「いやいやいや、流石にそれは無理でしょう」
「言ってみただけだ。本気ではない」
「……目が本気でしたが」
「気のせいだ」
胡散臭いものを見るような目でマーリンに視線を送るが、当人ははどこ吹く風といった様子だ。
「まあ、たしかに、ただの人骨にしては目を見張るものがありますが──」
ちら、と骸骨を一瞥し、呆れたように肩を竦める。
「所詮、その土台はただの人間」
骸骨を通して戦況を観察しているであろうメラスキュラに対して、フロランスは嘲りを含んだ笑みを浮かべる。
「その程度で、兄様の力に耐えられるわけがないでしょう」
フロランスの言う通り、許容ギリギリまで力を詰め込まれた骸骨はミシミシと音を立て──呆気なく砕け散った。
「次期魔神王とまで言われた兄様を、舐めすぎですよ」
フロランスからすれば当然の、あくびが出るような結末。言うなれば、悪趣味な人形劇に等しいものだった。
そしてメリオダスの元へ向かおうと一歩踏み出した瞬間──呪いにすら匹敵する膨大な怨念が頬を撫でた。無論、今まで数え切れないほどの憎悪や怨みを受けてきたフロランスだ。これといった影響も障害も無いが、〈七つの大罪〉はそうも行かなかった。
「全員、意識を強く保て! 乗っ取られるぞ!」
「くっ……! これは……ディアンヌ、大丈夫!?」
最愛の少女を案じてキングが振り返る。
そこには『大丈夫だよ』と力強く頷くディアンヌの姿は無く──
「えへへ。ねえみんな──殺してもいーい?」
殺気を振り撒く、怨念に呑まれた少女がいた。
「そ、んな……」
ディアンヌを責める者は誰もいない。
最早怨念の領域を通り越えて呪詛とでも言うべき存在に昇華している彼らを受け入れるのに、ディアンヌという少女ではあまりにも小さかった。
「ディアンヌ! 呑まれちゃダメだ! 帰ってきて!」
「あははぁ。みーんな、殺すよー?」
唸りを上げて、ディアンヌの神器──戦槌ギデオンが空間を叩く。しかしそれは攻撃的なものではなく、むしろ舞踏のような──
「はぁぁぁ……!」
"ドロールの舞い"
ディアンヌが巨人の王ドロールより受け継いだ技。流麗かつ雄大な動きは自身を大地と同調させ、更なる力を引き出す。踊れば踊るほど、舞えば舞うほど、ディアンヌの闘級は上昇し続けていく。
「どうやら、ただの催眠や譫妄状態とは違うようだが」
「あれはメラスキュラの魔力じゃない……虐殺されたコランドの人たちの怨念が取り憑いているみたいなんだ」
「なるほどな……厄介なことをしてくれる」
「んなもん、どうやって倒すんだ?」
「……分からない。でも、どうにかしなくちゃ!」
単純な幻覚や催眠程度ならばいくらでもやりようはある。しかし相手が相手だ。積りに積もった怨み辛みを全て晴らさない限り、ディアンヌが解放されることはないだろう。
「一体どうやって? 彼らが怨みを向けている相手がまだこの世に存在しているかすら疑わしい……それに、仮に仇を打ったとして、彼らが大人しく成仏するとは思えません……けど!」
その巨体からは想像もつかない速度で無造作に振り払われた神器を弾きながら、フロランスが苦言を呈する。
怨念たちがディアンヌに取り憑く前ならば有無を言わせず焼き払うこともできたが、こうなってしまってはどうしようもない。
中途半端に手加減をして誰かが脱落するか、加減を間違えて殺害してしまうか。どちらにせよ最悪の事態は免れない。
「多少、痛いですよ……!」
けれど、なにもしないよりはマシかとフロランスが攻撃を仕掛けようとした直後、キングがディアンヌの前に立ちはだかった。
「待って! ディアンヌを傷つけても、彼女に取り憑いた怨念は倒せやしない!」
「では、このまま黙ってディアンヌが暴れるのを見ていろと?」
「そうじゃなくて! ……ディアンヌ! 怨念なんかに呑まれちゃダメだ! キミの心はもっと強いはずだろ!?」
「闘級……4万8000!? キング! 離れて!」
「ッキング!」
必死の説得も虚しく──剛脚がキングを捉える。
抵抗する間もなくキングの小さな体は吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられた。
慌ててゴウセルがキングに駆け寄る。
「出血が少ない……兜が上手く直撃を防いでくれたみたいだ」
「不幸中の幸いと言うべきですが……今の一撃、完全に殺す気でしたよ。結果的に助かったとはいえ、手加減している余裕は無いのでは?」
気絶するキングを一瞥し、ディアンヌに視線を戻す。
悪意と殺意と憎悪に浸食された瞳から血の涙を流す様相は、魔神族であるフロランスから見ても悍しいものだった。
「アハハ♡」
「やれやれ……多少の荒療治は必要そうですね」
悦に浸るように笑うディアンヌの腹に、エスカノールが容赦なく拳を叩きつける。人が鉄を殴ったとは思えないほど重厚な音が響き、あまりの威力に鎧が剥げる。それでも加減はしていたのか、痣一つできていなかった。
「くふ……」
「女性であることに免じて、顔だけは避けてあげましょう」
余裕の表情でそう言ったエスカノールを、ディアンヌは逆に殴り返した。あまりダメージが無いのか、動きは微塵も鈍っていない。
「なんと剛気な……この私の好意を無視するとは。では是非、気の済むまで拳で語り合いましょう」
「待ってくれエスカノール、キングの言う通りだ。ディアンヌを傷つける必要はない」
ゴウセルは両手に魔力を纏わせ、ディアンヌに照準を合わせる。
「俺が助ける」
「では念のため、動きを封じておきましょう」
フロランスの魔力がディアンヌの肢体を絡め取り、ゴウセルが魔力を用いてディアンヌの意識へ侵入する。
いっそ不気味なほどの静寂が訪れ、皆固唾を飲んでゴウセルとディアンヌを注視する。
どれだけ時間が経ったか。
二人の指先がピクリと動き、ディアンヌの発する殺意に衰えが無いことを一早く察したフロランスは、拘束を解いて二人の間に割り込んだ。
「アハ♡ ──アレ?」
「怨霊程度がいつまでも……調子に乗りすぎですよ」
瞬間、フロランスの纏う空気が絶対零度へ変化した。
本能的に危機を察知したディアンヌはギデオンを引き、再び全力で振り抜いたが──フロランスは魔神の力を解放し片手で防いでみせた。
己よりも遥かに矮小な少女に全力を受け止められたという事実に、ディアンヌの喉が引きつる。
「ひ──」
目が合った。
言葉にすればたったそれだけのこと。
たったそれだけのことで、ディアンヌは無意識のうちに距離を取っていた。
たったそれだけのことで、ディアンヌはギデオンの柄を力いっぱい握り締めていた。
呪いにも匹敵する怨霊たちが今、フロランスを明確に恐れていた。
深淵のような瞳に。
闇よりも暗い闇に。
全身から発する冷たい殺気に。
小動物のように怯えていた。
「仲間の体を使って、安全圏から嘲笑う……」
その呟きが耳に届いたときには、ディアンヌの視界は真横に倒れていた。
「──え?」
足払いをかけられたと気づいたのは、その数瞬後。
そして気付くと同時に、ディアンヌの眼前に剣が突き立てられる。漆黒の刀身を携えたそれを視認して、背筋に悪寒が走った。
「いつまで寄生しているつもりですか? それとも、跡形も残らずこの世から消えるのがお望みで?」
にこり、と。フロランスは笑った。
花のように綺麗で、儚い笑顔だ。
その裏に潜む強烈な殺意さえ無ければ見惚れていただろう笑顔を見て、怨霊たちは──
「──ッッ!」
慌てて、我先にとディアンヌの肉体から脱出していく。
「元はと言えば、あなたたちも被害者であることには変わりません。ですが少々、おいたが過ぎましたね」
獄炎渦巻く手のひらを、宙に舞う怨霊たちへ向ける。
地獄の具現かのような光景に震え上がる怨霊たちを獄炎が呑み込む寸前、親しみすら覚える燐光が現れ──
「もう、それ以上傷つける必要も、傷つく必要も無いわ」
聖なる光が、怨霊たちを浄化した。
「エリ……ザベス……?」
震える声のまま振り向けば──そこにはかつての全てを取り戻した、呪われし女神が立っていた。
お久しぶりです。二ヶ月ぶりの更新となりますが、皆さんに忘れられてそうでビクビクしています。
完成してはいたんですけど、あーでもないこーでもないと加筆修正を繰り返していたらいつのまにかこんなに時間が経ってました。
結局、完璧に拘って出せないなら妥協してでも出せというおばあちゃんの言葉に従って更新した次第です。
次はもう少し早い更新を目指したいと思います(定期)