Dotted bridal veil   作:天葵

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第19話/太陽vs深淵

 

 

 

 

 

 

「エリザベス……体は大丈夫なんですか?」

「ええ、もう平気よ。それに、みんなが頑張ってるのに私だけいつまでも寝てるわけにはいかないもの」

 

 心配そうに顔を覗き込むフロランスを、心配はいらないと言って優しく撫でる。割れ物を扱うような繊細な手付きに、フロランスは目を細めた。

 

「そう、ですか。それは良かったです……でも、私はもう子供ではないので、頭を撫でるのはその……」

「あっ、ごめんなさい。つい……」

 

 フロランスの頭から手を離し、困ったように頬を搔く。

 

「……ディアンヌが心配で出てきたけど、私の出番は無かったようね」

「エレイン、あまり無茶をしては駄目ですよ。あなたは病人なんですから」

「分かってるわ。でも、友達を見殺しになんてできないもの。なにもできなかったとしても、私はきっとここに立っていた」

 

 優しく、しかし固い決意を感じさせる声色でそう言ったエレイン。体が弱っていようとも、力を十全に発揮できなくとも、彼女がディアンヌの友である限りどんな状況でも同じことを言うだろう。

 何物にも代え難い友情。それを目の前にして、フロランスは反論する気概を失った。その過程で命を落としたとしても、エレインはきっと後悔しないのだろう。

 

「その頑固さ、キングにそっくりです」

「うふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 凡そ戦場には似つかわしくない雰囲気。穏やかな会話は、突如現れた殺気によって中断された。

 

 

 

「──忌々しい」

 

 それは、蛇だった。

 強大で、巨大な、禍々しい大蛇。

 

 血のように真っ赤な瞳は獲物を捉え、口から覗く鋭い牙は獲物を容易く貫くだろう。その身から迸る魔力は、そのまま大蛇の力量を表していた。

 

「我らに歯向かう〈七つの大罪〉。メリオダスの心を奪い、操り、寝返らせた怨敵エリザベス。魔神族を裏切ったフロランス……あら、仮初の命をあげた半死の妖精の小娘まで一緒じゃない」

 

 人の頭ほどの大きさの瞳をギョロリと巡らせ、目の前に立つ不届きものを睥睨する。

 

「──魔神王様に代わって、この『信仰』のメラスキュラが、汝らに罰を与える!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『初めまして。本日より〈十戒〉の補佐を務めることになりました、フロランスと申します』

 

 無口で無愛想な子供。

 それが、メラスキュラのフロランスに対する第一印象だった。なにを考えているのか分からない、感情を伺わせない黒瞳。三桁にも達していない年齢とは裏腹の超然とした佇まい。

 

 ──気に入らない。

 

 苦労して手に入れた〈十戒〉の地位。そこに近づいてきた厄介者。なんの労力も要せず、生まれだけで決まっているも同然の未来の〈十戒〉。それが『信仰』なのか、はたまた残る9つのどれかなのか定かではないが、自身の地位を脅かしかねない存在を前に、メラスキュラは顔をしかめた。

 

『あら、可愛げのない娘。〈十戒(私たち)〉の補佐っていう大役を任せられているんだから、もう少し喜んだらどう?』

 

 嫉妬と羨望を込めた、ほんの少しの意地悪。

 

『あなたは……メラスキュラですね。魔神族ではないものの、その功績と実力を認められて『信仰』の戒禁を与えられた者。師からそう伝えられました』

『へえ、中々分かってるみたいじゃない』

『しかし、その経歴故か傲慢で、相手の力量を見誤り油断する傾向がある。その精神性が〈十戒〉に相応しいものになるにはまだ時間がかかるだろう、とのことです』

『……ふ〜ん、そう。あなた、口下手でしょう? 死にたいなら素直にそう言ってくれたら良いのに♡』

 

 フロランスのあまりにも明け透けな物言いに、青筋を浮かべて殺意を剥き出しにする。メリオダスならばまだしも、己よりも未熟で幼い少女に欠点を指摘されたメラスキュラは、端的に言ってキレていた。

 

『……なるほど、たしかにアンドレイの言っていた通りです。その調子では、格下の女神族にすら遅れを取りそうですね』

『──殺す』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ば、馬鹿な……! この私が、魔神王様に選ばれた私が──』

『ほら、油断したでしょう? 私を無力な少女だと思い込んで甚振ろうとした結果です。もし私が初めから殺す気なら、もう死んでますよ?』

 

 ──気に入らない。気に入らない。気に入らない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フロランス、昔からあなたのことは気に食わなかったの。あなたのことを思い浮かべる度に、どうやって殺してあげようか悩んじゃうくらいにね」

「それはそれは、とても光栄なことですね。まさかあの『信仰』のメラスキュラに想われるとは」

「〜っ! そういうところが気に食わないのよ! 真っ先に喰い殺してあげようと思ったけど、気が変わったわ」

「ほう」

 

 余裕のある返事をするフロランスに苛立ちを覚えながら、メラスキュラは大口を開け、身体をしならせる。

 標的はフロランス──ではなく、〈強欲の罪(フォックス・シン)〉のバンだった。

 

「お仲間を一人一人丁寧に殺して、絶望したところを食べてあげる。バン、まずはあなたからよ。あなたのせいで心臓を6つも潰されるわ、顎の噛み合わせも悪くなるわで超最悪! そのお礼に、あなたは私の胃袋で一生飼ってあげる。溶けては再生し、また溶けては再生する生き地獄を味わいなさい。不死であることを後悔させてあげるわ! そしてフロランス、そこで見ていなさい。この男が手も足も出ずに溶かされる様子をね!」

 

 民家数軒ほどもある巨躯に見合わない素早さで瞬く間に距離を詰め、鋭い牙でバンを捕らえる。

 

「ぐっ……! オオ……!」

「あら、中々抵抗するじゃない。でも無〜駄。あなた程度じゃどうしようも無いわよ」

「くそっ……!」

 

 メラスキュラの咬合力とバンの腕力では、メラスキュラに軍配があがる。元々魔界という険しい環境で生まれ育ったメラスキュラの牙は、そう容易く脱せるものではない。バンも必死に抵抗しているが、徐々に閉じてきている。このままでは宣言通り胃袋に送られ、ドロドロに溶かされる未来が待っている。

 

 しかし、そこに飛び込んでいく人影が一つ。

 

「バン──!」

「エレ、イン……やめろ……!」

「嫌! 私だって守りたいの! 守られてばかりじゃ、頼ってばかりじゃ、駄目なの!」

「エレイン……」

「もう、鬱陶しいわね! あなたの魔力なんて蚊ほども効かないのよ!」

「うあっ!」

 

 風を操りバンを奪還せんと攻撃するエレインの体を、鞭のような尻尾が打った。踏ん張ることもできずに吹き飛ばされるが、それでも諦めずに風を放つ。

 

「私だって、戦える! バンの隣に立てる! だから、絶対に助ける──!」

「だから言ってるじゃない。あなたじゃ無、理──は?」

 

 一瞬。

 花の香りを乗せた風が吹いたかと思えば、バンはメラスキュラの牙から解放され、エレインの隣にいた。

 想定外の出来事に、メラスキュラは唖然とする。

 

「キング……あの姿……!」

「う、うん……」

「愛する人を想う気持ちが、力へと姿を変えたのよ。キレイだわ……」

 

 エレインの背には、羽があった。

 その心を示すかのように淡く輝く、エレイン自身を表すような美しく大きな羽だった。

 

「エレイン……バカヤロウ。お前はいつだって俺の救いなんだよ。……ありがとな」

 

 ふわりと、バンはエレインを抱きしめる。

 

「小生意気な小娘が、よくも私の獲物を……! こうなったら一人一人なんてどうでもいいわ、皆殺しよ!」

「もう終わりですか? あなたの与える絶望とやらは」

「フロラ──ぎゃぷ」

"黒杭(ブラック・パイル)"──では、私の番ですね」

 

 メラスキュラの口が、漆黒の杭によって地面に縫い付けられた。言葉を紡ぐことも、痛みに声をあげることもできない。ならばと体の構造を利用し、尾をしならせ頭の横に立つフロランスを攻撃しようとするが。

 

「そうくることも想定済みです」

 

 口と同じように杭で縫い付けられ、残された唯一の武器すらも封じられた。

 

「んんっ……!」

 

 声にならない声をあげ、瞳が恐怖に染まる。

 たった数秒で生殺与奪の権利を握られ、反撃の余地も無くなってしまった。

 

「……ふむ? もう少し抵抗するかと思ったのですが、随分と大人しいですね」

「よ、容赦ないね……まるで処刑だ……」

「怖いよフロランス……」

「何を言いますか。これでもまだ足りないくらいですよ。なんせ相手は、魔神王に選ばれた精鋭なのですから。生半可な手段では通じません」

 

 甘い、と反論し、それでもなお足りないと言う。

 比較的耐久力の低いメラスキュラだからこそこの状況が成立しているのであって、他の〈十戒〉ではこうもいかない。

 

「真正面からのみではダメです。特にこれからの戦いは搦め手や小技も存分に使わなければ」

「うん……肝に銘じておくよ……」

「さて、ではメラスキュラにトドメを──っ!?」

 

 そうしてメラスキュラの命を絶とうとした瞬間、街の中心で闇が爆ぜた。嵐のように荒れ狂う負の魔力は、それだけで本能的な恐怖を引き出すに足るものだった。

 その波動に、フロランスたちは見覚えがあった。

 

「っ、これは!」

「間違いない、団長殿によるものだ」

「まさか……!?」

 

(まさか……闇の魔力を……? だとしたら今の兄様を止める術は──)

 

「──来るぞ!」

「我が意志に応えよ、神斧リッタ」

 

 鋭く声を飛ばすマーリンに追随するように、神器を手元に呼び出すエスカノール。

 闘気と魔力を迸らせるエスカノールを、しかしフロランスは顔色を変えて引き留めようとする。

 

「エスカノール! 今の兄様はあなたの手にすら余る存在です! 下手に手を出せば間違いなく殺されますよ!」

「要らぬ心配です。それに、私は子守が得意でしてね……これは実にあやし甲斐がありそうです」

 

 淀みない足取りでメリオダスの眼前に立つエスカノールに、フロランスは歯噛みした。

 

「フロランス……何か知っているのかい? あれは……団長にいったい何が起きたんだ?」

「私もこの目で見るのは二度目です……あれは、〈十戒〉ですら恐れた"殲滅状態(アサルトモード)"。かつて私はああなった兄様を止めようとして、手も足も出ずに殺されかけたことがあります」

「なっ!?」

 

 今のメリオダスは、キングたちの知る〈十戒〉よりも強いフロランスよりも遥かに強いという。

 絶望的なまでの戦力差。しかし、それでもエスカノールは悠々とメリオダスを見下し、佇んでいる。

 

「興味深い変化です。どうやらいつもの団長とはまるで異なる様子……私の言葉は通じていますか?」

 

 

 

 

 

 

「黙れ。下賤な人間がおこがましい。オレはメリオダス。〈十戒〉の統率者」

 

「おこがましい」

 

 

 

 

 

 

 遍く全てを照らす太陽と、遍く全てを呑み込む闇。

 

 方や人間、方や魔神。

 方や光、方や闇。

 

 生まれも、育ちも、能力も、なにもかも違う二人。

 それでも共通している思いがあった。

 

 それは──

 

「人間ごときがオレを見下したこと、後悔させてやろう」

「魔神ごときがこのエスカノール様の前に立ったことを、地獄の底で後悔させてあげましょう」

 

 目の前に立つ愚かな男を、完膚なきまでに屈服させてやろう、ということ。

 

「──すぐに殺してやるよ」

 

 空間が歪んで見えるほどの殺気を真正面から受けて、それでもなおエスカノールは余裕を崩さない。

 

 殺気が膨らんで、膨らんで、膨らんで──臨界点に達した瞬間、遂に太陽と闇が衝突した。





サブタイ候補は
「最も強い者、最も凶い者」
「太陽の化身と破壊の化身」

でしたが、なーんか違うなーということで太陽vs深淵になりました。闇とか暗黒でも良かったけど、深淵の方がかっこいいので深淵になりましたとさ。
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