Dotted bridal veil   作:天葵

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第20話/兄妹喧嘩

 

 

 

 

 

 

 大気を引き裂く快音を立てて、エスカノールの拳がメリオダスに迫る。魔力ばかりに注目されがちだが、エスカノールの本分は武器や拳を用いる近接戦である。〈十戒〉の一人、『慈愛』のエスタロッサに膝をつかせたその拳撃の威力は計り知れない。

 

「むぅんっ!」

 

 ──だからこそ、誰もが目を疑った。

 

「なっ、あ──」

「そんな……()()()()()()……!?」

 

 〈十戒〉にすら通用するその一撃を、メリオダスは容易く防いでみせた。それも、大して力んだ様子もない片手で、だ。

 

 メリオダスが邪悪に嗤う。

 お前の攻撃なぞ蚊ほども効かん、オレとお前の戦力差がよくわかったか、と言外に嘲笑していた。

 エスカノールはそれを見ても気を落とすことなく、むしろそう来なくてはつまらない、といった表情をしていた。

 

「なるほど……私を殺すと豪語するだけの力はあるようですね」

 

 ゴキリ、と首を鳴らして、エスカノールは再び拳を握った。先程よりも強く、硬く、熱く。

 腕を引き絞り、引き絞り、引き絞り──放たれる。その巨躯に見合わぬスピードで、鋭さで、真っ直ぐメリオダスへ突き進む。

 

「ふん……」

 

 溜めに溜められた必殺の一撃を前にしても、メリオダスの余裕が崩れることはなかった。迫り来る拳を鼻で笑い、左足を下げ半身になることで避けた。

 空振りした拳は宙を叩き、拳圧が"完璧なる立方体(パーフェクトキューブ)"を激しく打った。

 

 これにはエスカノールも瞠目する。

 間違いなく全力で、殺す気で放った一撃。威力もスピードも、エスタロッサに向けたものとは比べ物にならないほどのそれを、容易く避けた。

 

 侮っていたつもりはなかった。かつて()()()()()()()()ときと同じ姿をしているメリオダスに対し、エスカノールは言動とは裏腹に最大級の警戒を向けている。だからこそ、先の二撃は正真正銘殺すつもりで打った。

 

 攻撃後の僅かな硬直。普段ならば大した弱点にならない腹を、槍のごとき衝撃が穿った。

 懐に潜り込んだメリオダスが、思い切り蹴り上げたのだ。あまりの威力に、その巨躯が浮き上がる。

 

「っ……!」

 

 腹に穴が空いたような錯覚に、エスカノールは顔を歪めた。

 足が再び地を踏みしめる──よりも早く、エスカノールの顔面に肘鉄が突き刺さる。頬が爆ぜるような衝撃と共に、エスカノールの体が吹き飛ぶ。

 

「エスカノール……っ!」

「やはり無謀です! いくら彼が太陽の力を宿していようとも、このままでは正午を迎える前に──」

 

 フロランスが言外に"完璧なる立方体"を解けとマーリンに詰め寄る。しかしマーリンの表情を見た瞬間に、その気勢は衰えた。

 

「──分かっている。私とて口惜しいのだ。こうして仲間の危機を見ていることしかできない自分が腹立たしくてしょうがないほどに」

 

 普段の様子からは想像もつかないほどに感情を表に出しているマーリンに、フロランスは思わず瞠目する。

 何しろ普段が普段だ。目的のためならどんなことでも厭わず実行し、得られた結果に微笑を浮かべる倫理観の怪しい魔術士、という認識を持っていただけに、フロランスは己を恥じ入るしかなかった。

 

「……勝機があるとすれば、それは太陽が昇りきったとき。ならばせめて、残り数分──私が時間を稼ぎましょう」

「な──」

 

 驚愕する間も与えず、マーリンの前からフロランスの姿が消える。"瞬間移動(テレポート)"だ。

 

 一瞬の内にフロランスはメリオダスとエスカノールの間に割り込み、今まさにエスカノールの命を絶たんとしていた凶刃を防いでみせた。

 

 

 

 

 ──怖い。

 只管に、そう思う。

 

 魔神族の英雄。次期魔神王。最凶の魔神。

 いくつもある呼び名を思い起こす。どれもこれも、かつての兄様の尋常ではない功績に裏付けされたもので、自然と顔が強張る

 目の前に立つ兄様は、凍えるような殺気を放ちながら私を見た。

 

 たったそれだけで、汗が吹き出して呼吸が浅くなる。

 私の身を硬直させているのは、間違いなく恐怖という感情だ。長い人生でそう何度も体験したことのない感情は、私の精神を削るのに十分だった。

 

「フロランス……そこを退け」

「いいえ、退きません。だって、兄様はエスカノールを殺すでしょう?」

「そうだな。それがどうした?」

「今の兄様は、正常ではありません。闇の魔力に呑まれてしまっている。ならば、それを止めるのも、私の役目です」

 

 カラカラに乾いた口で、必死に言葉を紡ぐ。

 怖い。今すぐ道を譲りたい。

 でもそれは許されない。家族として、仲間として、兄様にこれ以上過ちを犯させるわけにはいかない。

 

 だから、絶対、止めてみせる。

 

「はっ……」

 

 息を吐くような笑いをこぼす兄様。そして、静かに私の目を見つめた。

 兄様の瞳に込められた感情は怒りか、呆れか──それとも()()か。"殲滅状態(アサルトモード)"となった兄様は蹂躙を至上の悦びとするが、それと同じくらい、対等な闘いも望んでいる。この場でその条件を満たせるのは、太陽の加護が本領を発揮する正午を迎えたエスカノールか、魔神の力を全て、本気で解放した私くらいなものだろう。魔力、という一点に絞るならエリザベスも候補に挙がるが──彼女をこんな危険な場所に呼べるはずもない。

 

「エスカノールを殺したいなら、私を殺してからです」

「ごほっ……私を庇うなど、あまりにも、おこがましい……! 今すぐ、立ち去りなさい……!」

「強がりが招くのは破滅だけです。しばらく大人しくしていてください」

 

 神器を支えにして立ち上がろうとするエスカノールにそう声をかけて──首を刈らんと強襲する蹴りを、身を低くすることで避ける。

 

 ……一瞬、反応が遅れた。

 カウンターを決めるくらいの余裕はあった。兄様はそれほど()()()()()()()

 

 これ以上兄様の前でエスカノールと会話を続けるのは危険だと判断して、"完璧なる立方体"の外へ転移させるためにエスカノールの体に触れて、"瞬間移動"を発動させる。その隙にいくらでも攻撃できたはずなのに、兄様は一連の行動をじっと静観していた。

 

 視界の端で、エリザベスが慌ててエスカノールの治療をしているのが見える。エリザベスの魔力ならば死の一歩手前であろうとも、生きている限り完璧に治してくれるだろう。心配はいらない。

 

 故にそちらへの意識を完全に断ち切り、兄様に全ての意識を集中させる。一挙手一投足が必殺級で、武力も魔力も格段に劣っている。唯一優位を取れるとしたら、数多の魔法と魔力。

 

 常に新しく、間を置かずに叩き込む。

 対応して攻略される前に、必ず倒す。

 

 額に熱がこもる感覚と共にそう決意した私の眼前に、兄様の神器の切先が迫っていた。真っ直ぐで、鋭い突き。

 

「──っ!」

 

 間一髪。頭を逸らして回避する。

 返す刀でもう一度。神器が袈裟懸けに迫る。

 

 後ろへ大きく跳ぶ。これで一先ず神器の射程からは外れた。それと同時に、頬を生温かい液体が伝う。どうやら完全には避けれていなかったらしい。手の甲で乱雑にそれを拭って、地を蹴る。

 

 景色が高速で流れていく中、ゆっくりになった視界の先で、兄様が迎撃のために神器を構えている姿が見えた。接触まであと僅か、という所で──"瞬間移動"を発動させ、兄様の背後に回り込む。

 

 今の兄様は、闇の魔力が暴走し精神が逆行してしまっている状態。だから、私のこの技も知らないはず。けれど、仮に知っていたとしても間違いなく一撃は加えられるという自信もあった。

 そう、思っていたのに。

 

 ほう、という兄様の感心するような声が聞こえたかと思えば、私の右腕は真紅の螺旋を描きながら宙を舞っていた。

 

「くっ──!」

 

 体の一部が切り離されるのは、これが初めてではない。足も腕も、首だって切り落とされたことがある。それでもなお慣れない苦痛に喘ぎながら、私は即座に闇を用いて右腕をくっつける。傷こそ綺麗に治るが、痛みだけはどうにもならない不便さに思わず苦言を呈したくなる。

 

「"墜ちる炎塊(メテオフレア)"!」

 

 魔力を引っ張り出し、炎に変換。形状を固定し、少し多量に魔力を注ぐ。やがて顕現した巨大な炎は轟、という音を立てて、兄様──ではなく、大地に炸裂した。"完璧なる立方体"の中を、砂塵が埋め尽くす。

 

 兄様の魔力『全反撃(フルカウンター)』は、ほぼゼロの力で相手の魔力的攻撃を数倍にして跳ね返すというもの。見様見真似とはいえ私も『全反撃』を使えるため、その厄介さは骨身に染みている。

 

 だからこそ、使わせないことが重要になる。

 『全反撃』に限った話ではないけど、戦いの場ではどれだけ相手の行動を制限できるか、というのが鍵になる。例えば、相手が魔力主体の戦法なら徹底して近接戦で。武力主体の戦法なら徹底して遠距離戦で戦う、といった風に。

 

 そして武力と魔力、両方が優れているならどうするか。

 

 どちらも凌ぐのは容易ではない。対策、というほどのものではないが、とにかく()()()()()()()というのが重要になるはず。

 兄様が近接を望めば遠距離で。兄様が遠距離を望めば近接で。常に戦いを自分のペースで展開しなければならない。

 

 砂塵の揺らぎ。それは兄様の攻めを事前に知らせてくれる。それを視認すると同時に、ディアンヌの魔力『創造(クリエイション)』で、大地に細工を施す。恐らく最初は、雑に振ったとしてもこの狭い空間故に避けづらく、最も命中率の高い横薙ぎの一閃。

 

「──!」

 

 私の予想は的中したようで、砂煙に混じって神器の刀身が閃いたのが見えた。

 辛うじて防ぐことはできるかもしれない。しかしそうするにはあまりにも遅く、かと言って避けれるかと言われればノーと答えるしかない。だから私は後退も、避ける素振りも見せない。ただ自然体で佇むだけ。

 

 兄様は疑問に思うはず。

 だからと言って攻撃を中断するという選択肢を選ぶはずもなく、予想通り兄様の力強い踏み込みによって、僅かに地が揺れる。そして、私に向けて生命を刈り取る銀閃が描かれる──ことはなく。

 

「──なに!?」

 

 兄様の動揺した声が耳朶を打つ。

 クソ、と悪態をついてその場から飛び退く兄様。

 

 私がしたことは簡単だ。

 『創造』の魔力で私の周辺に簡易的な落とし穴を作った。それだけ。それだけで、兄様は体勢を崩して離脱せざるを得ない状況となった。

 

 いくら兄様の武力が優れていようとも、剣という明確に射程が存在する武器である以上、どうしてもある程度は相手に近づかなければならない。

 

 兄様の実力を10、私の実力を5としよう。

 間に大きな差こそあるものの、仕留めようと思った場合生半な攻撃では倒すことはできない。精々が先ほどのように四肢を切り飛ばされる程度だろう。

 

 つまり兄様は、私を倒すため──もしくは殺すために、それ相応の強さで踏み込んだはず。踏み込む力が強ければ強いほどその先の行動はより重厚さと破壊力を生む。しかし逆にその踏み込みで地が沈めば、その勢いの分だけ強く躓き、大きすぎる隙を生む。

 

 小細工に過ぎない技術だが、きちんと効果はあったらしい。

 

 煩わしそうに顔を歪める兄様。

 これぐらいは、許してください。

 

 こうでもしなければ、私ごときでは兄様に一矢報いることもできない。小細工と搦め手、そして兄様の手心。それらがあって、私は初めて対等に戦えるのだ。

 

 此方を睨み付ける兄様に手を翳し、闇の魔力を顕現させる。

 

「"蠢く大蛇"」

 

 私から漏れ出た闇が巨大な蛇を象り、一斉に兄様へ殺到する。一匹一匹が上位魔神すら拘束できる代物を、合計で十匹。普通ならばこの時点で勝負は決したも同然のはずが、兄様は煩わしげに神器を振るって十匹の大蛇全てを切り捨てた。

 

「"デッドリー・レイン"」

 

 続けて、手のひらから出現した拳大の闇の球体を空中に打ち上げる。見た目は小さな、威圧にすらならない矮小な球体。しかしそれが秘めた密度は凄まじく、小さな街程度なら容易く消し飛ばすことができるほど。

 けれど、これの真価はここから。

 

「……?」

 

 兄様は球体の危険性には既に気が付いている。それでも手を出してこないのは余裕か、それとも警戒か。

 その答えを、私が知ることは永遠に無かった。

 

 球体が、勢いよく破裂する。

 

 破裂、とは言っても、指向性を与えられた闇たちは全て兄様に向かっている。視界が真っ黒に染まるほどの物量と、それらに備わる膨大な質量を前に、兄様は初めて顔色を変えた。

 

「──呑め」

 

 世界から音が消えたと錯覚するほどの轟音が鼓膜を揺さぶる。

 

 私が使えるものの中で特に殺傷力に特化した技。並みの相手なら肉片すら残さずに闇に呑まれて消える。例え仕留められなかったとしても、掠るだけで致命傷になり、傷口から闇が侵蝕するというおまけ付きだ。

 

 未だに砂塵立ち込める兄様の周囲を睨むようにして見据える。ここで勝負を焦って下手に突っ込めば、却って不利な状況を招く。冷静に兄様の動きを予測し、それに先回りする形で封殺する。

 

 自身の鼓動さえもうるさく感じるほどの緊張感。額から流れ落ちる汗が煩わしい。

 かつてない集中力で砂塵の動きを観察し──銀色の光が瞬いたかと思うと、眼前に兄様の神器が回転しながら迫っていた。先ほどのような刺突ではなく、不意をつく投擲。戦場で武器を手放すはずがない、という先入観から、私はそれを避けることができなかった。

 

 光に照らされて鈍く光る刀身が、なんの抵抗もなく私の肩を裂いて。

 

 

 

 続いて飛来した兄様の手刀が、私の腹部を貫いた。

 

 

 

 

 フロランスの口元から、一筋の血が流れ落ちる。

 一拍遅れて、ごほ、と血を吐いて咳き込む。

 

 その様子を遠巻きに見ていたエリザベスたちは戦慄する。手助けどころか、間に割って入ることすら許されないほどの苛烈な戦闘。到底追いつけない次元だった。

 フロランスが最後に放った技。あれは、メリオダスを除くこの場の全員を殺してもまだ有り余るほどの殺傷力を有していた。

 

 だというのに、メリオダスの体に刻まれているのは数ヵ所の小さな抉られたような傷のみで、そのどれもが致命傷にも至らない程度の被害に収まっている。傷口に滞留するはずのフロランスの闇はメリオダスの闇に塗り潰され、全て消え去っていた。

 

 度重なる初見殺しの魔法と技術。

 たしかにそれはメリオダスを翻弄こそしたが、しかし倒すには至らなかった。純粋な力量不足──とは言っても、メリオダスの武力、魔力が異常なほど高次元にまとまっているため、相手が悪かったとしか言いようがない。

 

「ぐっ……げほっ……」

 

 皮膚を裂き、臓物を掻き分け、貫かれ、腹の中に異物が侵入する感覚と痛みに顔を歪める。

 なんとか引き抜こうとメリオダスの腕を掴むも、絶望的なまでの武力の差か、空間に固定されたかのようにピクリともしない。

 

 そんなフロランスを見て、メリオダスは愉悦の笑みを浮かべる。

 

 小細工や取るに足らない技もあったが、概ね満足できる代物だった──少なからず楽しめた、という意図が込められた表情を見て、フロランスは悲観するでも絶望するでもなく、薄く笑っていた。

 

 そも──フロランスの目的はメリオダスを倒すことではなく、足止めすることだ。

 数多の魔力も、災害級の魔法も。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()までの時間稼ぎに過ぎない。

 

 

 

「後は……頼みましたよ──エスカノール」

「──っ!?」

 

 背後から凄まじい熱気を感じ振り返ると同時。

 

 

 

 

 

 

 

 灼熱の魔力を纏った巨拳が、メリオダスの体を打ち抜いた。

 

 





前回の投稿からまだ二週間しか経ってないらしい。
早い(確信)

そういえば作中でフロランスが使う技について、これ具体的にどんな技なの?ってなる読者さんもいるかもしれないので、適当にですが一覧載っけときますね。



"幻視の霧(マカブル・ミスト)"
吸い込んだ相手に幻の死を見せる。3000年前はこれで死んだ人もいたとかなんとか。

"墜ちる炎塊(メテオフレア)"
巨大な炎の魔力を押し固めて対象にぶつける技。相手は圧死か焼死する。(一部例外を除く)

"爆ぜる雷槍(バーストライトニング)"
接触した瞬間に凄まじい爆発を起こす雷の槍をぶん投げる技。相手は消し飛ぶ。(一部例外を除く)

"影の拘束(シャドウ・リストレイント)"
対象を闇の魔力で拘束する技。一応絞め殺すくらいはできる。

"蠢く大蛇'
"影の拘束"をより強力かつ凶悪にした技。一匹でも上位魔神を拘束できる上、噛み付いてきたりもするので普通に死ねる。もちろん絞め殺すこともできる。

"デッドリー・レイン"
予測変換でよくデッドリー・ラインになっちゃう技。現状フロランスの扱う技の中で最も凶悪で、魔神王の魔力を持つゼルドリスも危機感を覚えるほど殺傷力の高い技。まともに喰らえば肉片すら残らず消し飛ぶ。
範囲を広げれば文字通りデッドリーレイン(致死の雨)になる。
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