Dotted bridal veil   作:天葵

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第3話/叛逆の嚆矢

 

 

 

 

 

「三千年の間封印されていた魔神族……十戒のガラン……」

「か、体が震えが止まらねえ……なんなんだよアレ……!」

「早く……住民を避難させねば……!」

 

 阿鼻叫喚を極めたキャメロット。本来こういった災害から民を守る聖騎士も、今回ばかりは訳が違った。蛮族や獣とは、生物としての格が違うのだ。それこそ指先一つで人間程度、簡単に殺害してみせるだろう。

 

「確かに想像以上の闘級だが……妙だな……。ホーク殿、奴の魔力はいくつだ?」

「魔力? ……なんだよこれ! 魔力ゼロ! 本格的にぶっ壊れてるぜこの魔眼!」

「なるほど……恐らくは女神族の封印の影響か……」

「つまり、叩くなら今しかないってこと……?」

 

 マーリンのこぼした言葉に反応するディアンヌ。体を震わせながらも、神器である戦槌ギデオンを強く握り戦意で恐怖を誤魔化す。

 ガランの一挙手一投足に意識を集中させる。瞬きの間に殺される可能性さえあるのだ。緊張と恐怖で固まる体を叱咤し、各々武器を構える。

 興味無さげにその光景を一瞥すると、メリオダスたちではなく、その奥──キャメロットの民が住む家々に目を向けた。

 

「……ここが人間共の巣か。多少は進歩したようじゃが、うじゃうじゃと群れる習性は変わっておらんか」

 

 一通り街を眺め、ふむ、と声を漏らす。

 

「──狭いな」

 

 絶大な破壊の波がキャメロットを蹂躙する。虫でも払うかのような動作とは裏腹に、その威力は人知を超えていた。

 

 建物も、人も、何もかもが消し飛んだ。

 一瞬で瓦解したキャメロットを目の当たりにして戦慄く聖騎士たち。

 

 まさしく怪物。魔の神に相応しい圧倒的暴力。

 聖騎士たちの心は完膚なきまでに圧し折られ、そこに残ったのは死を待つだけの哀れな人だった。

 

「これで少し、動きやすくなったか」

 

 愉快そうに笑いを飛ばし、ゆっくりと振り向く。視線はメリオダスに向けられている。

 

「さてと……メリオダス、お前さんとは一度手合わせをしたいと思っておった」

 

 直々の指名。即座にその場から飛び出し、ロストヴェインを振るう。首を落とすつもりで振るったが、擦り傷にすらならなかった。僅かに仰け反りはしたが、次の瞬間にはガランのハルバードがメリオダスの腹を貫いていた。

 獲った、と確信するよりも早く、()()()()()()()()が飛びかかる。ハルバードを振るい掻き消すが──

 

(この妙な手応え……残像……いや、実像を伴う残像か)

 

 神器ロストヴェインの特性である実像分身を瞬時に見破り、次のメリオダスが仕掛けてくるであろう所を予測する。

 

「後ろ──と見せかけて上か」

 

 的確に本体を見抜き、リーチの差を利用して首を締め上げる。背後の分身は必死にロストヴェインを振るうが、ただでさえ本体より闘級が低い分身であることが災いし、小突くような一撃で消滅してしまう。

 

 なんとか抜け出そうともがくが、万力の如く締め付ける魔手はゆっくりと力を増していく。圧迫された首がミシミシと音を立てる。

 

「かっ……」

 

 死を幻視する。

 食いしばった歯の隙間から命のカケラが零れ落ちる。暗んでいく視界。直後に耳に届いたのは、勇気を振り絞った少女の声だった。

 

「──団長を、離せっ!」

「"魔力解除(マジックキャンセル)"、"物体転移(アポート)"」

 

 ディアンヌにかけられた魔力が解かれ、肉体は元の大きさへ戻る。巨人族専用の衣装とギデオンがディアンヌの元へ転移し、同時にギデオンを大きく振りかぶる。

 

「はぁっ!」

 

 渾身の力を込めてギデオンを振り下ろす。巨人族の並外れた武力から放たれる一撃の威力は底知れず。

 

「カァッ!」

 

 しかし、大地を割るほどの威力でさえも、ガランにとっては児戯に等しい。一瞥もせずにギデオンを蹴り返し、勢いに乗った打撃面がディアンヌの額を打ち抜く。衝撃で一瞬意識が飛び、軽い脳震盪を起こしたのか派手に倒れる。

 

(想定を遥かに超える戦力差……!)

 

「一旦作戦を立て直すぞ!」

 

 言葉と共に指を鳴らし、ガランに向けて魔法を発動。瞬時にその姿が搔き消え、拘束されていたメリオダスが解放される。

 

「ディアンヌ……無事か……!」

「ぐぅぅ……っ」

「き、消えた……?」

「お姉様の瞬間移動よ」

 

 

 

 

 

 

「──いや、違う。私が消したのではない。奴は数マイルに及ぶ私の魔力圏内から一瞬で跳躍し離脱したのだ」

 

 安堵したのも束の間。ガランがマーリンの背後に現れる。その語気は苛立ちからか荒い。

 

「お前さんのような小賢しい魔術士が一番嫌いなんじゃよ、儂は」

「マーリン! 逃げろ!」

 

 アーサーがそう叫ぶも、既にガランは目と鼻の先。硬直するマーリンに、ガランは拳を振るう。

 

 ──回避、不可能。

 ──防御、不可能。

 

 拳は目前。掠るだけでも、魔術士の貧弱な肉体では耐えきれないだろう。

 

 死の直前、マーリンとガランの間にスレイダーが割り込む。

 

「"威圧(オーバーパワー)"!」

 

 スレイダーの魔力は、威圧を浴びた相手の身体の反応を鈍らせ、動きを封じるもの。かつてメリオダスにも通じた魔力だが、果たしてガランには通用しなかった。

 魔力抜きの純粋な威圧がスレイダーの威圧を塗り潰す。山の如きそれを真正面から浴びて、本能的に硬直するスレイダー。

 

 標的を変えた拳が振り抜かれ、鈍い音を立ててスレイダーが吹き飛ばされる。ともすれば即死していたかもしれない拳打を受けて生きていたのは、奇跡としか言いようがない。或いは、ガランが甚振るために加減を加えたのだろうか。

 

 このままではこの場で全滅する。

 かつてない危機に焦燥が募るが、なんとか内心に押し込め、不敵に笑う。

 

「待て、取引といこう」

「ほう……?」

「十戒のガラン、貴殿の手並みと強さは想定以上だった。……なあガラン殿。貴殿がその気になれば、我らを殺すことなど容易かろう。どうだろう、ここは一度引いてもらえないか?」

 

(10秒で考えろ! 全員で無事にやり過ごし、これ以上キャメロットに被害を与えず、ガラン退却させる方法を!)

 

「代わりに私は貴殿らの最も欲するものを用意しよう。私なら用立てることが──」

 

 ガランという災害をやりすごすために、マーリンは虚偽を口にした。

 

 ──してしまった。

 

()()()、マーリン……! ガランには……」

 

 心臓が強く鼓動する。それを起点に呪いが発動し、マーリンの体を侵食する。

 体に錆び付いたような感覚を覚える。しまった、と思った時には遅かった。

 

「お主、嘘をついたな」

 

 ──ぱきん、と。あまりに呆気ない音を立てて、マーリンの肉体は石と化した。

 

「マーリン!」

「マーリン様が……石に……!?」

 

 これこそがガランを〈十戒〉足らしめる力。

 

 

 

「──儂は〈十戒〉、『()()』のガラン! 儂の前で偽りを口にすれば、何人だろうとその身は石と化す!」

 

 魔神の王より与えられし戒禁に抗う術は無し。

 拳を握り、石化したマーリンへ死を宣告する。

 

「さあ、粉々に砕け散れい!」

「やめろ……! やめてくれ──!」

 

 アーサーの慟哭を嘲笑うかのように拳打を放つ直前、メリオダスがガランに斬りかかる。その瞳は漆黒に染まり、額には同色の痣が浮かび上がっていた。

 

「おおっ!? メリオダスの闘級が4400に!?」

 

 マーリンの作成した魔道具(マジックアイテム)、バロールの魔眼を所有しているホークから驚愕の声が上がった。

 その隙にスレイダーが石化したマーリンを抱え、戦いの余波が届かない場所へ離脱する。

 

「メリオダス殿に続け──!」

 

 勝機がある。そう判断した聖騎士たちは奮起し、一斉にガランへ突撃する。

 しかしそれは勇気ではなく、ただの無謀だった。

 

 蟻が核兵器に抗えるか?

 

 人間が生身で大海を制覇できるか?

 

 そういう次元なのだ。当然蟻は消し飛ぶし、人間は海の生物に殺されるか、荒波に揉まれて溺死するだろう。

 聖騎士とはいえ、ただの人間。古の大戦を生き抜いた上位魔神族に対抗できるわけがない。

 

 だからこれは、当然の結果で、当たり前のことだ。

 

「──あ?」

 

 斬撃の嵐とでも形容すべきだろうか。一つ一つに致死の威力が込められたそれに抗う間もなく、メリオダス以外の聖騎士は一瞬で命を散らした。

 ある者は縦に両断され。ある者は上半身と下半身が分断され。ある者は──。

 そうしてできあがったのは、肉の海だった。無数に転がる肉塊は、最早誰が誰の体なのかすら分からない。

 

 一の斬撃を防げば即座に二の斬撃が飛んでくるような地獄の空間で、メリオダスは両腕を失いながらも、生き残った。

 

「ムチャクチャだ! 強すぎだぜ……!」

「やめて! もうこれ以上殺さないで!」

 

 何をどうしても、勝利のイメージが湧かない。例え一手先二手先を予測して対策しても、その対策ごと叩き潰すことが可能なのがガランという理不尽だ。

 

「こうなりゃ、やるしかねえか」

 

 呟いた直後──闇が溢れる。

 痣が拡大し、顔の右半分を覆う。同時に切断された両腕と全身の傷が、闇の魔力により治癒する。

 

 溢れた闇が立ち昇り、メリオダスを包み込むように広がる。

 

「その姿……」

 

 なにかを思い出すように首を傾げるガランに、威力、速度共に底上げされた強烈な蹴りが叩き込まれる。衝撃で後ずさり、鎧が凹む。

 普段の飄々とした様子からは想像もつかないほど変貌したメリオダスに、団員たちは息を呑む。

 

「闘級──1万300!? や……やっべぇ!」

 

 魔眼の表示する数値に、ホークが叫ぶ。たしかに先ほどとは比較にならない闘級だが、理性の色が見えない。敵味方の区別は付いているのか、それとも本能的に危険だと感じたからか。メリオダスがガランへ右手を突き出すと、闇の形状が変化し襲いかかる。

 

「おぉっ!?」

 

 削り取り、切り裂き、刺し穿ち、叩き潰し、弾き飛ばし、捩じ伏せる。

 殺意を形にしたような怒涛の攻撃に、徐々に押され始めるガラン。迎撃しようにも間髪いれずに押し寄せる闇に手が追いつかない。

 

「団長……!」

 

 悲痛なディアンヌの声が届いたのか、それとも偶然か。まるで傀儡が糸に逆らうような歪さで、メリオダスの動きが止まる。荒れ狂う闇に精神を乗っ取られないよう心を強く持ち、自らに言い聞かせる。

 

「闇、に……呑まれる、な……! 制御、しろ……」

「何をブツブツ言って──っ!?」

 

 ──無差別に拡散する闇を一点に集中。極限まで範囲を絞り、対象の真上から押し潰す。

 

 もはや後のことなど考えている余裕は無い。魔力を使い切る勢いで収束させ、渾身の一撃を放つ。

 宙から放たれた極大の闇。流石のガランもこれには堪えるのか、僅かに膝を折る。

 

「お、お前さん……この闇の力! まさか……──まさかここまで腑抜けておるとはな」

 

 ──なんだ、これは? 

 ガランの内心はそれに尽きる。かつての威容、権威を微塵も感じられない。ふざけているのかと言ってやりたいほど弱り切った闇の力。

 残念としか言いようが無い。どうしようもないほどに──弱い。

 これがあのメリオダス? 冗談ではない。そう吐き捨てたい気分だった。

 

「興が醒めたわい……時とは残酷なものじゃのう」

「メリオダス様……メリオダス様──っ!」

「裏切りの戦士メリオダス、そして〈十戒(我ら)〉に刃向かう愚か者どもよ……あの世で己の無力を戒めるがよい」

 

 静かにハルバードを振り上げる。憐れむような瞳で見下ろし、ハルバードがメリオダスの眉間を穿つ──直前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音を上げながら石畳が爆裂し、何者かが降り立つ。大量の砂塵が舞い上がり、一帯が覆われる。ガランに続く新手か、とボロボロの体で構えるディアンヌ。

 

 

 ──砂塵を裂いて現れたのは、穏やかな顔立ちを怒りと焦りで歪めた、一人の少女だった。

 

 肩に少し掛かる程度の烏の濡れ羽のような黒髪。今にも溶けそうな白肌。覗き込めば吸い込まれるのではないかと錯覚する魔性の瞳は、刃のような鋭さで真っ直ぐにガランを射抜いていた。

 

 ガランはそんな少女を見て、愉快そうに哄笑をあげる。

 

「──カハハ! お前さんも封印から抜け出しておったか!」

「やはりあなたでしたか、ガラン」

 

 少女は不愉快そうにすっと目を細め、側に倒れ臥すメリオダスを一瞥し、腰に差された剣の柄に手をかける。

 

「今すぐ()()から離れてください。そして私の前から失せてください」

 

 さもなくば殺す、と。言葉ではなく目が語っていた。

 それに対する返答がくる前に、ディアンヌが驚愕に声を上げる。

 

「に、兄様ってことは──君は団長の妹さんなの!?」

「……? 団長とは、メリオダス兄様のことでしょうか? それならばはいと答えさせていただきます」

 

 団長に妹がいたなんて、と衝撃の事実に瞬きを繰り返す。アーサーたちも言葉にはしていないが相当驚いているようで、じっと少女を見る。

 確かに顔立ちはそっくりだ。髪色こそ似ていないものの、どこかメリオダスを彷彿とさせる雰囲気を感じる。

 

「……して、フロランスよ。まさかそちら側に着く、などと世迷言は吐かぬな?」

 

 弛緩した空気が一気に引き締まる。ガランから特大の殺気が放出されたためだ。

 対する少女──フロランスは、それを超える殺気を叩きつける。

 

「こんな状況で、よくそんなことを言えますね。挑発のつもりならば効果は絶大ですよ」

「カッハッハ! そうじゃったのう、お前さんは()()()()()メリオダスの味方じゃったな!」

「っ! ……そこまでして死に急ぎますか。長生きしたいのであれば口は慎むべきですよ、ガラン」

 

 話している間に救助されたメリオダスは、闇の力で傷を修復しながら告げる。

 

「今すぐここから離れるぞ……!」

「へ?」

 

 焦燥と共に告げられた言葉の意味が分からず反射的に疑問の声を上げるホークだが、次の瞬間その意味を理解する。

 

 

 

 

 

 

「残念じゃ……お主をここで殺さねばならぬとは……」

「寝言は寝てからほざいてください、貴方ごときが私に勝てるとでも?」

 

 その遣り取りを最後に、両者の間に濃密な殺気が漂う。

 ガランは油断なくフロランスを見据え、一挙一動に神経を集中させる。

 対照的にフロランスは自然体で佇み、剣の柄に手を添えているだけだ。

 

「お、おい……やべーんじゃねえのか?」

「ああ、超やばい。──全員退避だ!」

 

 急いで立ち上がり退避を指示した瞬間──キャメロットの一角が消し飛んだ。

 

「ぷごー!? なんだよあの女、化け物かよ!」

「口より足を動かせホーク! ミンチになるぞ!」

 

 フロランスが配慮しているのか、メリオダスたちが走り去るまで、不気味なまでに両者の動きは無かった。

 ガランの獲物であるハルバードは、フロランスの指先の間で静止していた。

 ピクリとも動かない。想定以上の力量に、ガランは内心で冷や汗を流す。それを悟られぬよう、おどけた表情でフロランスに言う。

 

「──ほう、儂の一撃を容易く防いでみせるか。腐っても魔神王の娘、といったところか」

「……あなたが衰えたのでしょう。時の流れとは残酷なものですね」

「抜かせ、お主とていつかはこうなるのじゃよ」

「では、そのときが来る前にあなたを殺すとしましょう」

 

 フロランスの拳がガランの顔面を捉える。サッカーボールのように軽々しく吹き飛ばされたガランは、激痛と共に頰がゴッソリと抉られたような錯覚を感じていた。

 

 だが、瞬時に追撃の気配を察し、意識を切り替える。空中で不安定な体勢を無理矢理整え、ハルバードを地面に突き立て勢いを殺す。

 そうして再び大地に足をつけたころには、ガランは既に瀕死の域にあった。顔面は複雑骨折すら生温い状態になっており、原型を留めているのが奇跡とも言える状態だ。既に魔神族としての力が自動的に回復を始めているが、治癒にはそれなりの時間を要するだろう。

 

 あまりにも大きすぎるその隙を見逃すはずがない。足に力を込めて地を蹴り、思い切り前へと体を進める。傍目からは掻き消えたように見えるだろう。

 一瞬にして眼前に現れたフロランスに足払いをかけられ、ガランの視界が傾く。そうなれば当然、横倒れとなった体は地面へ向かう。

 

 このままではどう足掻こうと衝突は必至。それだけの隙を晒せば致死の一撃を食らうのは確実だ。落下は防げない、ならばフロランスの方をなんとかすれば良いと、流れ落ちる視界の中拳打を放つ瞬間──

 

「甘い」

 

 その小さな手にあまりにも似つかわしくない剛力を以ってガランの顔面を掴み、そのまま腕力に任せて地面へ叩きつける。放射状に罅が走り、巨大なクレーターができる。

 

 中心では冷たい瞳で見下ろすフロランスと、ボロボロのガラン。誰がどう見てもフロランスの勝利で、ガランの敗北だった。

 

「ぬ……ぐぅ……っ……!」

「──やはり、衰えましたね。昔のあなたならもう少し粘れたはずですが」

 

 唸りながら這いつくばるガランを見下ろしため息をつくフロランス。彼女にとってガランは敵としてすら認識されていないのだろう。

 

 今のガランでは勝ち目は無く、ただ死を待つばかりだ。

 

 ──そう、()()()()()()()

 

「──ガァッッッッ!」

 

 互いに封印の影響で魔力はゼロに等しい。そしてガランは武力に特化しているため、魔力がゼロであろうともそれなりに戦うことはできる。

 そんなガランが正面から戦い、圧倒されたということは即ち、武力で圧倒的に劣っているからに他ならない。

 

 しかし、ガランには魔力を回復させる方法があった。それはメリオダスに味方するフロランスにはできない方法──即ち、人間の魂を食らうこと。

 ガランがキャメロットへ降り立った際に仕掛けたハルバードによる一振り。その時点で死者は三桁にも届くだろう。それだけの魂を喰らえば当然、魔力は全快に近い状態となる。

 

「──時間にして一程度あろうとも、それだけあればお前さんを殺る!!」

 

 限界突破(クリティカルオーバー)

 自身の魔力により武力を極限まで高めるガランの魔力。本来ならば四万にまで闘級が上昇するが、弱り切った状態で使用したため、少し数値が落ちてしまっている。しかしそれがどうしたと言わんばかりに、力強く吼えた。

 

「その、姿は」

「さ十戒(我ら)向かったこと悔するがい! ──ァッ!!」

 

 裂帛の気合いと共にハルバードを横薙ぎに振るう。突き抜けた衝撃が地殻を捲りあげ、山を裂く。

 確実に胴体を泣き別れにした。

 そう確信するほどの渾身の一撃だった。だというのに──

 

「……そもそもの話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あまつさえ私を殺す……と。力量の差すら理解できませんか」

──!」

 

 ガランの歩んできた千年近い生の中でも、最高の一振りだった。そのはず──だった。

 だというのに、眼前のフロランスは無傷で。

 ガランの胸を、フロランスの腕が貫いていた。

 

「オォ……ァァ──!」

 

 ずるり、と腕が引き抜かれ、ガランが後ずさる。僅かに心臓は外れていたようだが、それでも重傷には違いない。

 魔力すら維持できなくなったのか、攻撃的なフォルムが解除され、元の姿へと戻る。

 

「確かに私は、貴方たちに底を見せたことはありませんが──まさか、ここまで甘く見られているとは」

 

 フロランスの手から黒い炎──獄炎が発現する。それは剣を象り、触れるもの全てを焼き切る地獄の刃として顕現した。

 底冷えするような鋭い殺気とはまるで正反対の暴れ狂う灼熱の暴威は、怒りに満ちたフロランスの内心を具現化したかのよう。

 

「せめてもの慈悲です。一瞬で殺してあげましょう」

「──ッ!」

 

 奇跡だった。

 炎剣がガランを切り裂く直前、ガランは自身と炎剣の間にハルバードを挟み込み、逸らすことに成功した。

 結果として炎剣はガランの左腕を消しとばすに終わり、同時にフロランスの体勢が崩れた。それは致命的な隙となり、好機と見たガランは残った力を振り絞り、その場から全力で逃走する。

 

 取り逃がしたことに舌を打ち、今すぐにでも後を追いかけようとするが、追いかけた先で他の〈十戒〉に遭遇する確率が高い。万全の状態ならまだしも、魔力が尽きている現状では死にに行くようなものであり、愚策極まる。

 

 そう結論付けたフロランスはガランが去った方角を睨みつけると、メリオダスの安否を確かめるためにキャメロットへ引き返した。

 


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