Dotted bridal veil   作:天葵

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第6話/救えていた、救われた

 

 

 

 

 時々、思うのだ。

 あのとき──兄様が魔界を出るのを阻止しようと立ち塞がったアラナクとゼノを殺したとき。

 

 もっと他に方法はあったはず。

 犠牲を最小限に抑えて、なおかつ戦いを終わらせられる方法があったはずだと。

 

 けれど、私は動けなかった。

 ……結局私は、怖かったのだ。兄様のためなら死をも厭わないと覚悟していたのに、いざ同胞を──父を裏切るとなると足がすくんだ。

 

 だから、だから──

 

『ごめん……なさい……』

 

 差し出された手を、拒絶してしまった。

 そのとき、兄様が何を思ったのか推し量ることはできない。

 

 

 私は、最低だ。

 

 

 保身のために、兄を見捨ててしまったのだから。

 

 

 

 

 修練窟から一番に出たフロランスは、手頃な岩に腰掛け空を見上げていた。

 燦々と輝く太陽とゆったりと流れる雲、そして澄んだ青空を見ていると、心に巣食う負の感情が洗い流される気がした。

 

 これから戦う敵は、かつての同胞。

 そんな彼らを殺すことに抵抗はあるかと言われれば無い、と答えられるが、罪悪感が無いわけではない。

 しかし、彼らが〈十戒〉である限りメリオダスたちとの敵対は免れない。戒禁を捨てれば、あるいは──。

 

「いえ……そんなもしもを考えても無駄ですね」

 

 IF(もしも)なんてものはどこまでいっても可能性だ。それに、そのもしもを考えるのは少しばかり遅すぎた。

 

 フロランスは知っている。

 恋人と一族を天秤にかけ、苦しんでいる弟を。無理矢理一直線に進まされている家族を。

 彼女はまだマシなのかもしれない。明確な目的への道は見えており、それに向かって歩いて行けば良いのだから。

 だが弟は違う。誰よりも魔神族を思う彼は、きっと己の意思よりも父の意思に従う。それが己にとってマイナスに働くことであろうと、彼には抗う術がない。

 

 言い方を変えれば──理不尽に対抗する力が無い。

 

「私にもっと、力があれば──」

 

 兄も弟も救えたのか、と。そんなもしもがよぎった。

 あるいは──

 そんな思考を遮るように、見慣れた顔が横から飛び出してくる。

 

「よっ! そんなところでなにしてんだ?」

「っ兄様!? いつの間に……、体は大丈夫ですか?」

「ああ、ばっちりだ。心配かけちまったな」

「いえ、そんな」

 

 そうか、と呟き空を見上げる。

 強い風が吹いて、思わず目を細めた。

 

「……すまねえ、フロランス」

「……」

「許してくれとは言わない。ただ──」

「兄様、その先は言わないでください。……私は、兄様の選択を間違っていたとは思いません」

 

 一拍おいて、言葉を続ける。

 

「私は……苦悩していた兄様に手を伸ばすことのできなかった自分が憎い。……そして、魔神王を──父を恐れて兄様を見捨てた自分が、」

「──フロランス、これだけは言っとくぞ。オレはお前の存在に救われたんだ」

 

 予想外の言葉に、バッと顔を上げる。

 

「否定されてばかりだったのに、お前だけはオレを信じてくれていた。それがどれほど救いになったか」

「でも……私は結局なにもできなかった……!」

「お前はこれ以上ないくらい助けてくれたさ。──ありがとな」

 

 そう言ってメリオダスは、いつものように明るく笑んだ。

 

「は、い……!」

 

 悔しさで埋め尽くされていた心は、いつの間にか晴れていた。

 

 

 

 

「遅いぞお前たち、何をしていた」

「いやー、わりいわりい。ちょっとな」

「こんな状況で呑気な……で、成果はどうじゃった?」

「もちろんばっちりだ、いつでもいけるぜ」

 

 呆れ顔のジェンナに笑顔で答える。ジェンナとしても心配だったのか、安堵の息を漏らした。

 

「では、今から力を戻す儀式を──」

「ジェンナ」

 

 始めるぞ、と言い切る前に声がかかる。振り向けば、そこには拳を握りしめたキングの姿。先とは違い、その顔には明確な決意が浮かんでいた。

 少しはマシな顔になったな──とは口に出さず、短く尋ねる。

 

「なんじゃ?」

「オイラも修練窟に入る」

 

 告げられた言葉は、やはり予想通りで。ジェンナは思わずニヤけるのを自覚した。

 

「良いぞ。しかし、修練窟には二人一組で入るのがしきたりじゃ。誰か連れてくると良い」

「んじゃ、オレが一緒に入る。力を戻す前に慣らしておかねえとな」

 

 誰かいないものかと思案していたキングの横で、メリオダスは服を脱ぎながらそう言った。

 

「預かっててくれるか?」

「はい、頑張ってくださいね」

「おう!」

 

 手渡された上着と武器を抱え、笑顔を浮かべる。

 キングもそれに倣って服を脱ぎ、トネリコの枝を受け取る。

 

「よし! 準備はいいな? ならば二人とも中へ!」

 

 緊張した面持ちで修練窟へ入っていく二人を見送る。それと同時にジェンナは水晶に修練窟の様子を写す。

 

「部屋に出たらそこらに浮いとる女神の琥珀を一つ選ぶがよい。なにが出るかはお主らの運次第じゃ」

 

 そう言うと、二人は言葉を交わしながら女神の琥珀の選定を始める。

 しかし──突如、キングがトネリコの枝を操り、メリオダスに向けて叩きつけた。

 

「なっ──」

 

 押し留めることは難しいと判断したのか、受け流して距離を取ろうとした瞬間、あらゆる角度から縦横無尽にトネリコの枝が襲う。

 それらを弾き、受け流して対処する。

 

「な……なんじゃ!? いきなり喧嘩を始めよったぞ!」

「どういうことですジェンナ殿! なぜ二人が!?」

「知るか!」

「……まさか」

 

 慌てふためくジェンナたちをよそに、メリオダスとキングの戦いは激化する。

 

 キングがトネリコの枝を操作し、叩きつける。

 メリオダスがそれを弾き返し、防ぐ。何百とその応酬を繰り返していくうちに、防ぎきれなかった攻撃により擦り傷が増えていく。しかし、軌道を見切りすれ違いざまにトネリコの枝を掴み取ったことで、キングの攻撃手段は封じられた。

 キングにしたり顔を向けるが、次の瞬間──肩口と頰に引かれた小さな赤い線が大きく裂け、真紅の花弁が散った。

 

「今のは!?」

「……キング本来の魔力、"災厄(ディザスター)"だ。かすり傷を重症化させ、毒を猛毒に変え、小さな腫瘍を増大させる。木々や植物を成長・繁殖させる一方、間引くことで森を維持し、統べる妖精王からではの魔力だろう」

 

 そうしている間にも、事は進んでいく。

 キングが再び魔力をぶつけようとするのを、全反撃(フルカウンター)で跳ね返す。負傷はしていないため無駄に終わったが、思わぬ反撃に一瞬怯んだことにより精神的な優位性を失う。その隙をついてメリオダスはなにかを口にするが、直後にキングが額に青筋を浮かべながら魔力を使用する。

 

「ええい、奴らは何故こんなことを……」

「──不信感」

「……なるほどな」

「ど、どういうことです?」

「……恐らく、キングは兄様を()()()()()()のでしょう」

「信じ、られない?」

「ここまで兄様を見てきて分かったのですが……兄様は貴方達に語っていないことが多い。心当たりはありますよね?」

「た、たしかに、メリオダスのことはあまり知りません……ですが、誰にだってそんなことはあります! それだけで──」

「それが、大切な人が傷つくかもしれないことでも?」

 

 その言葉に思わず瞠目するギルサンダー。彼はメリオダスを尊敬している、し過ぎていると言ってもいい。盲目的なのだ。だからこそ、そこにまで目が向かなかった。

 秘密がある。それだけならばいい。だが、恋人や家族に危害が及ぶとなれば、それを放置するわけにはいかない。それが付き合いの長い仲間だとしても、敵対する理由には十分だ。

 

「キングが悪いわけではありません、当然の感情なのですから。けれど、兄様の抱えることは事情が事情なだけに、おいそれと話していい内容ではないのです」

「どっちも悪くない、ってことかの。それよりも──お主ら! いい加減にせい! 今すぐ出てくるのじゃ!」

 

 ジェンナのその一声で、ようやく事態は収束した。

 

 

 

 

「まったく、いきなり喧嘩なぞ始めるでない」

「おっぱい派かお尻派かで白熱しちまって、な?」

「ふん! ───っ」

 

 同意を求められるが、言葉も交わしたくないとばかりにそっぽを向いた瞬間、突如背中に走った痛みに一驚する。まるで内側で何かが出てこようとするような痛みだった。思わず背中を見るが、そこにはいつも通りの薄い背中が広がっているだけだった。

 

(今のは……?)

 

「……よし。ではこれから、メリオダスの『力』を戻すぞ。──ラクシダ・ツミダマシ」

 

 そう唱えて杖を一振りすると、ジェンナの頭上に巨大な──通常のものと比べると数十倍以上の規模を誇る──女神の琥珀が現れた。

 

「まさか──これが!?」

「その通りだとも。入れるのに苦労したわい」

「……たしかに。しかし、これは……」

 

 ──()()。それが率直な感想だ。本来フロランスの知るメリオダスの力に比べて圧倒的に弱い。何故なのか、フロランスには一つ心当たりがあった──否、既に()()()()()

 

(魔神王……! どこまで兄様を弄べば気が済む……っ!)

 

 思い切り、拳を握った。爪が皮膚を突き破り血が流れても、力が緩むことはない。むしろ強まっていく一方で、彼女の手は真っ白に染まっていた。その怒りに呼応するように闇がパチリと弾け、無意識のうちに漏れ出した怒気が大気を揺らし、一部を除いた面々は硬直する。

 誰もが黙ってフロランスを見つめる中、ジェンナが声を上げた。

 

「あー、その辺にしてくれないかの。私やメリオダスならともかく、他の者はそうもいかんのでな」

「……すみません、少し取り乱しました」

 

 ゆっくりと拳を解き、感情に振り回されたことを恥じる。

 今すぐじゃなくとも、必ず()()()はやってくる。それまでは、耐え忍ぶしかない。

 そう自分に言い聞かせて、怒りを鎮める。

 

「他の者は下がっておれ。……ではやるぞ、メリオダス」

「オス!」

 

 杖を掲げる。

 

「ゼハロ・ジケハロ・バトレシホ」

 

 そして呪文を唱えた──瞬間、世界が闇に染まった。

 夜になった──のではない。解き放たれたメリオダスの力が、世界を闇に染めたのだ。

 再び杖を掲げる。

 

「カリヨデライシ・タフタミヤビヨ・モンドラ!」

 

 もう一つの呪文を唱えると、世界を侵食せんばかりの闇は、元の宿主であるメリオダスへと返却された。その小さな体躯に見合わぬ圧倒的な暴威の余波は世界に異変を齎した。

 波が激しく揺れ、大気が震える。それだけの力を、()()が感じ取れないはずもなく──。

 

 

 

 

 

「……ゼルドリス、これは……」

「ああ、間違いない……奴だ!」

 

 

 

 

 

「……くっくっく……これだ……! 我が力、確かに返してもらったぞ……!」

「メリオダス……?」

「お、おい……なんかやばい雰囲気じゃねえか?」

 

 不穏な空気が漂い始める。それにあてられたのか、各人は自然と構えを取っていた。

 まさか──、と最悪の展開が脳裏によぎった瞬間。

 

 

 

 

「なーんつって」

 

 全員ずっこけた。

 メリオダスを見る。外見上は今までと特に変わった様子は無い。そう、外見上は。

 

「よかった……!」

「つか、何も変わってねえじゃん」

「キミ……馬鹿?」

 

 いつも通りのメリオダスだと安堵するギルサンダーたちとは対照的に、キングはメリオダスを見て息を呑む。

 

「本当に今までと同じだと思うのか……?」

 

 メリオダスという人の形に押し込められた闇の魔力は、妖精王たるキングを戦慄させるには十分なものだった。

 そんなキングをよそに、メリオダスはフロランスから渡された服に袖を通しながら衝撃的な一言を発する。

 

「マーリン、オレを〈十戒〉のもとに転送(とば)せるか?」

「!?」

「正気ですか!? 敵陣真っ只中に乗り込むなんて自殺行為です!」

 

 声を張り上げるギルサンダー。当然だ、つい先日殺されかけた相手の場所へ行くなど命を捨てる行為に他ならない。しかしマーリンは短く、可能だ、と答えた。

 

「転送先は私が認識できるガランの至近距離。そして一度転送すればもう一度発動できるのは10秒後。その間奴らが黙っているとは思えん、つまり団長殿は10秒間一人で凌ぎ切らねばならない。さもなくば10秒後に戻ってくるのは肉片……それでもやると?」

「おうっ、やるやる」

「軽っ!」

「……兄様、私も付いて行きましょうか? ゼルドリスは少し難しいですが、それ以外なら数人程度は倒せるかと」

 

 いくら力を取り戻したとしても、相手は規格外の力を持つあの〈十戒〉だ。故に同行しようかと声を上げたが──

 

「ほんの挨拶に行くだけだって」

 

 次の瞬間、メリオダスの姿が消えた。

 

 ──10

 

「本当に大丈夫なんだろうな……」

「兄様が大丈夫と言うなら大丈夫なのでしょう。信じるしかありません」

「それにしても……メリオダスは本当に怒りを捨て去ることができたのか?」

 

 そんな風には見えなかったが……、と首を傾げるジェンナに背後から声がかかる。

 

 ──9

 

 ──8

 

 ──7

 

「いいや、捨ててはおらんぞ」

「ザネリ……捨てとらんとはどういうことじゃ? それではまた怒りに呑まれて暴走する危険性が……」

「今の奴の中に存在するのは、荒れ狂い、全てを破壊する烈火の如き憤怒ではなく、静かに全てを呑み込む深海の如き憤怒だぞ」

 

 そう言って、ザネリは試練を終えたメリオダスを思い出す。

 

「メリオダスは、怒りを完全に支配している」

 

 ──6

 

「……」

「どうした、フロランスよ。何か気になることでもあるか?」

「いえ、ほんの少し引っかかっただけなのですが……」

「引っかかった?」

「はい。……その、兄様は私よりも長く生きていて、力の扱いも上手いです。それなのに怒りで力が暴走するなんてことに、どうしても違和感を感じて……」

「……ふむ、言われてみればたしかにな」

 

 ──5

 

 ──4

 

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「昔のメリオダスはどんな人物じゃった?」

「そうですね……非情で、一切の感情が抜け落ちたような人でした」

「……アレが?」

「はい、しかし今は──今、は……」

 

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 ──1

 

「なにか心当たりでもあったか?」

「──なるほど、そういうことでしたか……」

「おーい? どうした? 気になるんじゃがー?」

「すみません、今はまだ話せません。これは、兄様の根幹に関わることなので……」

「あー……そういうことか。分かった、ならこれ以上は聞かんでおこう」

「助かります」

 

 ──0

 

「ただーい──ま! っと」

「兄様、ご無事なようで」

「おう、言っただろ? 挨拶だって」

「お主……挨拶って、一体なにをしてきた?」

 

 恐る恐る尋ねるジェンナに、メリオダスは軽く答えた。

 

「なになになーに、下手なことをしたらぶっ飛ばすって伝えただけさ」

「っ!?」

「なにを考えているんだ! 下手なことをしたのはキミの方だろう!? それじゃただの挑発じゃないか!」

「うーん……まあそうなるかな」

「わざわざ寝た子を起こすような真似をしおって──っ! それで奴らが侵略を始めたらどうするつもりじゃ!」

 

 激発と共にメリオダスに抗議するキングとジェンナ。

 二人の言う通り、メリオダスのやったことは完全に挑発であり、それによって発生するかもしれない被害を考えると眩暈すら起きる。

 しかし二人の抗議に対しメリオダスは。

 

「そこまで怒るかね」

『これが怒らずにいられるか!!』

 

 二人揃って怒号を発する。

 だが当の本人は"やらかした"という意識すら無いようだ。

 僅かな沈黙の後、徐に口を開く。

 

「……今やブリタニアにはたくさんの国や町がひしめいてる。侵略するにはバラバラに散った方が効率的──奴らは必ずそう考える」

「〈十戒〉が一つに固まっている限り勝ち目は薄い。だから彼らを分離させて少しずつ潰していく……ということですね?」

「正解」

 

  その戦略は、力で圧倒的に劣っている彼らにとって最適解と言える。真正面からぶつかるのは愚策。だから一対二、もしくは二対二の状況へ持ち込んで確実に倒す。

 

「なるほどな……おもしれえ、俺も鼻が鳴るぜ」

「お前も鍛錬が済んだようだな、ホー……」

 

 ホークの声に振り返ると、そこには──。

 

「…………ク?」

 

 ドラゴンのような翼と角が生えたホークがいた。心なしかドヤ顔を浮かべているようにもみえるが、それよりもその角と翼はどうしただとか、何があったと疑問が頭を駆け巡るが──。

 

「……ようザネリ! お前がここにいるってことはエリザベスの試練も終わったのか?」

「え……ああ」

「無視かぁい!」

 

 最終的に取った行動は、何も触れないことだった。端的に言って、触れるのが面倒だったのだ。

 そんな遣り取りをしている側で、ハウザーが修練窟の入り口を指して言った。

 

「スレイダーたちも出てきたようだぜ!」

「王様とお人形も御帰還のよう──ん?」

 

 出てきた面々を見て、ジェンナは怪訝な顔をする。

 

「アーサー、その頭の上の珍妙な物体はどうした?」

 

 マーリンも同様に、怪訝そうに問いかける。アーサーの頭に猫のような丸々とした生物が乗っていたからだ。

 

「謎」

「な……謎……」

 

 更にその側では、何故か小さくなってしまったグリアモールをあやすスレイダーの姿。

 

「はい、よちよち。いい子ねー♡」

「グ、グリアモール……だよな……?」

「何があったんだ……?」

 

 揃って困惑の声を上げるが、返ってくるのは泣き声のみ。

 

「……なんなのでしょうか、これは……」

 

 その呟きは、軽く混沌と化した空気に流されて風に溶けていった。

 そんなとき、新しい声が響いた。

 

「メリオダス様ー!」

「おっ、来たなエリザベス!」

「すみません、着替えに手間取ってしまって」

 

 そう言ってパタパタとこちらに走ってくるエリザベス。その装いは今までの制服や王家としての服と違い、動きやすさを重視したものだった。

 

「前の服じゃ動きにくいだろうって、ザネリ様がくださったんです! どうですか?」

「いい!」

 

 スカートの中に顔をうずめながら親指を立てるメリオダス。

 

「これ以上足手纏いになられても困るからな! 服ぐらい身動きの取りやすいものを着るべきだ!」

「ヒュウ、いい目の保養に──」

 

 ハウザーの両目にメリオダスの指が突き刺さる。不意を打たれた一撃に、ハウザーは両目を押さえて転がり回る。

 

「教育的指導」

 

 その一連の流れを見ていたホークが声をかける。

 

「エリザベスちゃんも無事パワーアップを果たしたようだな!」

「あっ、ホークちゃ……」

 

 声に振り向く。そこにはドラゴン擬きと化したホーク。一瞬思考が止まり、どう言葉をかけるべきか思案するが──。

 

「メリオダス様の力はもう戻ったのですか?」

「うん」

「無視かぁい!」

 

 どこから触れれば良いのか分からなかったのだ。

 

「それで、エリザベス。修行の成果はどうだった?」

「はい! ──ダメでした」

 

 きっぱりと言い切ったエリザベスに。思わずずっこけるジェンナたち。予期していなかった返事に、メリオダスは思わず聞き返した。

 

「ダメでした?」

「……ダメでした」

「全然?」

「……全然」

 

 

 

 こうして、波乱の鍛錬は幕を閉じた。

 

 

 

 

「ジェンナ、ザネリ、世話になったな!」

「今度はのんびり遊びにこい、バンも連れてな」

「おう。……テオの奴はどうした?」

「お昼寝じゃよ」

「昼寝……って、本当にガキだな」

 

 ホークが呆れたように言う。ちなみに変身はまだ解けていない。

 役2名は鍛錬の成果を得られなかったものの、メリオダスの力を戻すという本来の目的は達成できただけでも十分な収穫だろう。

 

「メ……メリオダス」

「ん? どうした、ザネリ?」

 

 おずおずと声をかけたザネリだったが、何かに怯えるようになんでもない、と言うと口を噤んだ。

 

「お前の気持ちなら分かってるさ」

 

 その言葉に、ザネリは弾かれるように顔を上げる。しかし目に映ったのはメリオダスが自分に笑いかける光景──ではなく、メリオダスが俯くエリザベスの頭を撫でる光景だった。

 

「はい……でも、このままじゃメリオダス様の……みんなの役に立てないって──」

「お前が王国での戦いでオレたちを救ったのは事実だ。お前がすげえ魔力を秘めてることはオレが保証する! 一度や二度の失敗がなんだ? オレなんて怒りをコントロールするのに何千回失敗したか」

「……ハイ! こんな私を信じてくれるメリオダス様のためにも、二度と泣き言は言いません……!」

 

 ザネリはそれを、寂しげな目で見ていた。

 反して、ジェンナはそれぞれの別れの挨拶をしていた。ヘンドリクセンたちには激励を。フロランスには小言を。

 

「お主……女神の琥珀から魔力を抜き取りよったじゃろう……? 貴重な魔道具なんじゃからこれっきりにするのだぞ!?」

「その件にはついてはすみません。状況が状況だったもので……」

「うむうむ、謝ってくれるならよい。ただ全てが終わった後、きちんと補填はするのじゃぞ」

「分かりました」

 

 フロランスも内心やりすぎたという意識はあったのか、素直に頷く。

 

「よし! それでは世界を救ってこい!」

 

 激励を受け、ゲートへと向かう。

 

「あばよチビ共! 俺様がいなくなって寂しいだろうが──」

「早くしろ偽豚野郎」

「イダダ! ミミガー!」

 

 最後まで賑やかにゲートを通過するのを見送る。メリオダスがホークの耳を引っ張っていくのを最後に、彼らはドルイドの里を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ、軽ーく一杯ひっかけてえな!」

「メリオダス様ったら」

 

 風を受けて大きく伸びをするメリオダスに、ギルサンダーがやや興奮した様子で問いかける。

 

「メリオダス、〈十戒〉と一戦交えたというのは本当ですか?」

「ん? ガランってやつと軽く手合わせ程度にな。一戦ってほどじゃねえな」

 

 そのときのことを思い出してそう答え、しかし、と続ける。

 

「ギル坊、ハウザー、お前らも強くなったみてえだな。なあ、フロランス?」

「……たしかに、少し魔力が強くなった、ような……?」

「おぉい!? 曖昧だな!」

「ならば私が見てしんぜよう」

 

 思わず叫ぶハウザーの横で、ホークはバロールの魔眼を使用して二人を見る。

 

「フーム! ギル坊の闘級、1970から2330に上昇。ハウザーの闘級、1910から2350に上昇」

『……おお!!』

 

 ギルサンダーは360、ハウザーは440の上昇。こうして実際に数値で聞くと実感が湧いてきたのか、顔を見合わせて喜色を浮かべる。

 

「お前、よく前の数値覚えてるもんだね」

「まあな、闘級マニアホーク様と呼んでくれ」

「……それにしてもお前、なにがどうしてそうなった?」

「話せば長くなるんだが──」

 

 ホークが語ったのは、修練窟での激闘の一部始終だった。曰く、暴龍(タイラントドラゴン)に飲み込まれたホークは、逆にその腹を食い破って脱出した結果こうなったという。

 

「俺は無敵の力を手に入れた! 鼻から火を噴き──あぢっ! あぢぢ! ………耳は翼と化し、大空を飛翔する! うおおお!」

 

 そう言って手に入れた能力を披露するが、どちらも到底実用的ではなかった。火を噴けば火傷をして、耳を羽ばたかせれば数センチ浮く程度と、完全に見かけ倒しだったようだ。

 

「まあ……みんな色々あったみてえだな」

「私は、メリオダス様が力を取り戻してもなにも変わらなかったのが一番嬉しいです!」

「ええ、なにも変わりませんとも!」

 

 流れるように繰り出すセクハラには、最早だれも突っ込まなかった。

 そんなメリオダスを見て、

 

「と、ところでホークさん……メリオダスの闘級って……」

「やはり気になるかね、実は私もだよ。どれどれ……闘級──3250!」

「やっぱりメリオダスはすごいよな! な!」

「ま、まあな……でも、そのくらいすぐに追いついてやる」

 

 自分たちを上回ってはいたが、鍛錬次第では届く現実的な数値。しかし、前回ホークがメリオダスの闘級を測ったときの数値は3370と、むしろ下がっていた。

 

「おいおいメリオダス、力を取り戻したわりに前より下がってんじゃん!」

「一桁0をつけ忘れているぞ、ホーク殿?」

『へ?』

「……ってことは、闘級──3万2500!?」

 

 驚愕に満ちた声に、メリオダスはにしし、と笑ってフロランスを指差した。

 ギギギ、と壊れた人形のように首を動かしフロランスを見る。魔眼が表示した数値は──

 

「と、と、闘級──7万!?」

『ななま……!?』

「こ、壊れてねえよなこの魔眼!?」

「安心しろ、正常だ」

 

 あまりにも現実離れした数値に、揃って絶句する。ガランが優しく見えるほどの強さを持つ二人を前に、マーリンと当事者たち以外は言葉も出ない様子だ。

 

「さてさてさーて、そんじゃ次は──エスカノール探しだな!」

「大罪最期の一人か。今更捜して、役に立つのか? もうお前ら二人で十分じゃね?」

 

 それを聞いて、メリオダスは得意げな顔で更なる驚愕の真実を告げた。

 

「エスカノールはオレらよか強えぞ?」

「……はい? 私よりも、兄様よりも?」

「おう」

「えっと……人間、なんですよね……?」

「一応、な。多分お前なら()()()はずだ」

 

 含みのある言い方が気になったが、いずれ分かることなのだからここで気にしても仕方がない。

 それよりも今は目先のことに集中しなければ、と気合を入れ直した。

 

 




フロランスの闘級内訳は以下の通り。
闘級7万(武力50000 魔力18000 気力2000)
ちなみに通常時です。魔神化時の闘級は追々公開します。

ちょっと冗長になってしまった、反省。次回はもう少し簡潔にまとめたい。

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