──最悪だ。
ひたすらにその一言だけが浮かぶ。
七つの黒い流星──その正体は、グロキシニアとドロールとの戦いで撒き散らされた殺気に誘われてやってきた〈十戒〉だ。
一人だけ姿が見えないが、恐らくはエスカノールに敗れたのだろうと推測する。
しかし、こうなってしまっては各個撃破という目標は既に不可能となった。
一人一人が今のメリオダス以上の力を持つ精鋭である以上、逃げ切ることは容易ではない。仮に逃げれたとしても、ドロールの魔力により閉じ込められた他の参加者たちは間違いなく死ぬ。
つまり、ここで全員を倒すしか、道はない。
メリオダスの眼前にはゼルドリスが。
フロランスの眼前には銀髪の青年──エスタロッサが。
〈十戒〉の中で最も力のある二人が立ち塞がっていた。
「兄様! まずは正面からの離脱を!」
メリオダスの身を案じてそう叫ぶが──メリオダスはまるで聞こえていないとばかりに神器を強く握り、水平に薙ぎ払った。
並みの相手なら認識すらできずに死へ向かう斬撃を──ゼルドリスはそれを遥かに上回る剣速を以て、刹那の間に神器を握る腕を切り落とした。
その一瞬の攻防が合図になったのか、なんの動きも見せなかったエスタロッサが手に魔力で刃を形成し、フロランスの心臓をめがけて突き出した。
「"
それを数倍の威力にして跳ね返し、続けて空いた手から獄炎を放出して大きく後ろへ飛ぶ。
「おいおい、久しぶりの再会だろ? 出会い頭にそれは酷えんじゃねえか?」
「──っ!?」
背後。囁くように聞こえた声に、フロランスは咄嗟に肘鉄をぶちこむ。
しかし容易く受け止められ、そのまま肘の骨を砕かれる。
「っあ、」
電流のように走る激痛に呻きつつも、即座に闇を総動員して回復させる。
そんなフロランスを、エスタロッサは軽薄な笑みで見下ろす。
「どうした? 随分と弱いなぁ。あの頃のお前はどこへ行ったんだ?」
「だ、まれっ!」
憐れむような声色にフロランスはエスタロッサを睨みつける。その目は射殺さんばかりに鋭かった。
激発に任せて、技術の一切を捨て去り、ひたすらに力を込めて剣を振り抜く。
大地をも裂く斬撃を前にして、エスタロッサは酷く冷静だった。
霧散させていた魔力を再び刃の形へ収束させ、軽く腕を振る。
次の瞬間──フロランスの放った斬撃は
線だったはずの攻撃は面となり、炸裂した。
「くぁっ……っ」
寸前に闇を全身に張り巡らせ被害は最小限に抑えたが、完全に防ぐことはできなかった。
ピリピリとした痛みはあるが、致命的なモノはないようだ。
所々から血を流しながらも、毅然としてエスタロッサと向かい合う。
「まさか、忘れたわけじゃねえよな? 俺の"
「そのまさかですよ、我ながら馬鹿だと思います。……しかし良かったのですか? 私の前でそんな技を見せて」
「あん? そりゃどういう──」
エスタロッサの言葉は途切れた。
突如横合いからメリオダスが吹き飛んできたからだ。
「っと、危ねぇな」
「な、兄様──!?」
危なげなくメリオダスを受け止めたフロランスは、その体に刻まれた傷を見て絶句する。
両腕は粉々に砕かれ、全身には深い打撲痕があった。更に呪いのような魔力も埋め込まれており、この状態では戦闘どころか剣を握ることすらできないだろう。
「"
まずは埋め込まれた呪いを解くために魔法を発動させようとした直後、全てを焼き尽くす黒炎の鳥が、二人を飲み込んだ。
とてつもない衝撃と爆炎が辺りを包み──しかしそれを切り裂いて二つの小柄な影が現れる。
「ふむ……手応えはあった。
影の片割れが、すさまじい速度で黒炎の鳥を放った魔神──モンスピートへと迫る。
その身から溢れる殺意はモンスピートのみに収束し、あまりに強烈なそれにモンスピートは思わず硬直した。
「モンス……ピートォ!!」
腕を振りかぶり、モンスピートの顔面をめがけ、かたく握った拳が突き出された。
──轟音。
その細腕からは想像もつかない剛力によってモンスピートの体が沈み、なおも衰えない衝撃は大地に巨大なクレーターを作り出した。
間違いなく瀕死の状態だろう。
だが上位魔神族の回復力はよく知っている。故に確実にトドメを刺すために剣の柄を握る。
直後、地面を陥没させるほどの踏み込みでもって、フロランスへ吶喊する者が一人。
「テメェェ!」
怒りの色に染まった瞳をそちらへ向ければ、激情のままに拳を振り下ろすモンスピートの相方的存在──デリエリがいた。
フロランスは避けるそぶりも防ぐ動作も見せず、正面から拳撃を受け止める。
「っらぁ!」
「……そんな雑な拳が通用するとでも?」
ダメージを受けた様子もなく、嘲るように呟いた。
それを聞いて、デリエリの憤怒が増大する。
「舐めてんじゃねえぞ!」
叫び、先ほどよりも威力の上がった拳撃がフロランスを捉える──ことはなく、
「"
「なっ──!?」
正面からまともにその衝撃を受け止めたデリエリは吹っ飛び、激痛に身を捩らせる。
対するフロランスはというと、全くの無傷だった。
付着した土を払いながら、ポツリと呟いた。
「あと、六人」
フレデリカの左額に三角からなる漆黒の紋様が浮かび上がる。跳ね上がった魔力を肌で感じて、〈十戒〉の面々は冷や汗を流す。
そして、地面を踏み砕く勢いで、フロランスは〈十戒〉たちへ肉薄した。
戦闘は、激化していく。
■
「な、なんつー戦いだよ……!」
ドロールの"
今まで経験してきた戦いとは、文字通り次元が違う。
国一つを簡単に滅ぼすほどの威力の攻撃がポンポンと放たれているのだから。
「これが……〈十戒〉……」
〈十戒〉の力を始めて目にする者たちが弱々しくもらす。仮にも迷宮を突破してきた実力者だが、ここまでの存在は流石に見たことはない。
フロランスはそれに単身で対抗できてはいるが、このままいけばなんとか──と考えられる者はいなかった。
「不味いな、押され始めた」
「それはそうだよ。あんな埒外の存在に対してあそこまで粘っていたこと自体が奇跡のようなものなんだから。たとえ、彼女がどれだけ強くても」
バンの言葉に、キングが反応する。
二人の言う通り、戦況は傾きつつあった。いくらフロランスが〈十戒〉を凌ぐほどの強大な力を持とうとも、所詮は個だ。群に対抗するには厳しかった。
不安げに水晶を通して戦場を見つめるエリザベスの背後で、マーリンが口を開く。
「このままでは、いずれここにも被害がこよう。というよりも……フロランスは我らを気にして力を抑えているようだ」
「でも、脱出しようにも手段が……」
「私を誰だと思っている? この程度の人数を運ぶのは造作もない」
「なら早く安全な場所に連れてってくれ!」
「まぁ待て。ここで我らが脱出したとして、その後はどうする?」
「その後……?」
「見ての通り、旗色は悪い。このままではフロランスが倒れるのも時間の問題だろう。そうなれば奴らは大挙してブリタニアを制圧しにくるはずだ」
──そう、ここで逃げたとしても、〈十戒〉の手から逃れられる可能性は低い。
最高戦力の二人が倒れれば、〈十戒〉に対抗できる人材は少ない。たとえ〈七つの大罪〉が総力をあげて〈十戒〉を迎え撃ったとしても、勝利できるか定かではない。
特に〈十戒〉の中でも図抜けているゼルドリスとエスタロッサがいる限り、正面からではどう足掻いても勝ち目はない。
「私が加勢したとしても、勝算はゼロに近い」
「じゃ、じゃあどうすんだよ!? このまま黙って殺されるのを待てってか!?」
「──戦うのが無謀ならば、初めから戦わなければいい。それだけだ」
堂々とそう言い放ったマーリンにその場の全員が面食らう。
戦わないと。そう言ったのだ。
冷静な判断ができなくなっているギルサンダーは、掴みかからんばかりの勢いでマーリンに詰め寄る。
「どういうことですか! このままメリオダスたちを見捨てろと、貴女はそういうのですか!?」
「マ、マーリン様……」
「誰が見捨てると言った? ──説明は後だ、時間がない」
「待っ──」
ギルサンダーの言葉を無視して、半ば強制的に"
一瞬視界がブレたと思えば、次の瞬間立っていたのはリオネス城の中だった。
「こ、ここは……リオネス城?」
「ひとまずここならば安心だろう。私は
「なっ!?」
「マーリン、どうするつもりだ?」
驚愕や疑問に答えることはなく、マーリンの姿は掻き消えた。
■
「はぁぁ……!」
刀身に魔力を通して、振るう。
打ち出された魔力刃が〈十戒〉を襲うが、無駄な足掻きだと言わんばかりに打ち消された。
幾度となく繰り返した一連の動作だが、徐々にフロランスの動きが鈍くなってきた。
目にも止まらぬ剣閃は目で追えるようになり、モンスピートを沈めた剛力は落ち、簡単に受け止められてしまう。
細かい切り傷や重度の打撲に加え、激しい出血。立つことすら辛いだろう状態でも、フロランスが剣を手放すことはなかった。
両腕は力を失い垂れ下がっていて、気合いだけで剣を握っている状態だった。
しかし満身創痍の状態であろうとも瞳に宿る戦意は衰えておらず、むしろより鋭く〈十戒〉を射抜いてすらいる。
無論、〈十戒〉も無傷というわけではないが、戦闘に支障が出るほどでもなかった。
闇の魔力をもってすれば傷を治すことはできる。しかしそんな余裕はフレデリカには無かった。少しでも隙を見せたら即座にやられる、そんな状況なのだ。
肩で息をしながらも、冷静に思考を巡らせる。
現状、〈十戒〉側で戦闘不能なのはドロールとモンスピート、デリエリのみ。そしてエスタロッサとゼルドリスのツートップは未だ健在。
対するフロランスは今にも倒れそうな状態だ。
「はぁ……はぁ……っ、」
絶望的。その一言に尽きる。
「エスタロッサ、メリオダスにトドメを刺しておけ。奴が回復しきる前に」
「……あぁ」
ゼルドリスの指示に気怠げに返すエスタロッサは、意識を失い倒れているメリオダスに歩み寄る。
その手に、それぞれ形状の異なる七本の剣を携えて。
「っ、待て!」
「お前の相手はオレだ」
エスタロッサに攻撃を仕掛けようとした刹那、視界にゼルドリスが割り込む。
「ど、けぇっ!」
もはやなりふり構わず、全力の剣撃をゼルドリスに叩き込む。当然防ごうとしたゼルドリスだが、想定を超えた膂力により弾き飛ばされる。
「なあメリオダス、本当はこんなことしたくはねえんだ。……分かるよな?」
エスタロッサの声に振り向けば、そこには胸に剣を突き立てられて絶叫しているメリオダスと、2本目の剣の切っ先を向けているエスタロッサが見えた。
「エスタロッサァァ!!!」
「うるせえな」
その光景に、全てが嚇怒に塗りつぶされた。
燃え滾るような怒りと、堰を切ったように溢れ出すドロドロとした憎悪。
それらに任せてエスタロッサを切り刻もうとした──直前、強烈な斬撃が横からフロランスを襲った。
「ゼルドリス!! 邪魔をするな!!」
「早くしろ、兄者。そう長くは持たんぞ」
「チッ、分かったよ」
罪を罰するように、あるいは見せつけるようにしていたエスタロッサはゼルドリスの言葉に渋々従い、残る5本を一斉に突き立てた。
──上位魔神には心臓が七つある。どんな魔神でも、それを全て潰せば死ぬ。
たとえ魔神王の子息だろうとも、例外はない。
エスタロッサの手によって、メリオダスの命はあまりにもあっさりと途絶え、同時に、ゼルドリスとの剣戟に敗れたフロランスの体から力が失われ──ゆっくりと、その矮躯が倒れた。
同時に、それを見ていた者たちは顔を蒼白に染める。
──次はお前たちだ。
そんな言葉が聞こえてきそうな光景だった。
〈七つの大罪〉の団員、そしてメリオダスに恩のある者たちは、メリオダスの死を間近で見て涙を流した。
最後の砦は壊され、待つのは蹂躙。
そう思っていた矢先、戦場だった場所に新たな人影が現れる。
「……死んではいない。団長殿は……もう、手遅れか」
七つの大罪〈
彼女は憂いを帯びた怜悧な瞳で、ぐるりと辺りを見渡す。戦闘の余波で破壊しつくされた中で、消えかけている命と、既に消えてしまった命が横たわっている。
しかし悼む暇もなく、ゼルドリスがマーリンへ問いを投げかける。
「誰だ、貴様は?」
「……会うのは初めてか。だがここで自己紹介など無意味極まるだろう? その殺気が証明している」
「……」
「争うつもりはない──と言っても、無駄か」
〈十戒〉は既に戦闘態勢を取っている。対話の余地はなかった。
だが元より戦うために来たわけではない。メリオダスとフロランスの両者を連れ戻すために来たのだ。
〈十戒〉が動き出すよりも早く、マーリンは魔術を発動させる。
「"
薄紫色の立方体が、〈十戒〉を包む。
魔界の秘術は〈十戒〉とて突破するのは容易ではなく、足止めとしてこれ以上最適なモノはない。
しかし突破できないわけではない。保って5秒と言ったところだが、それだけあれば"
メリオダスとフロランス、そして自分を対象に"
(なに──? 少なくとも魔力は底をついていたはずだが……なんだ、この魔力は……?)
例えるなら──無造作に食材を入れてかき混ぜた鍋のような、ごちゃごちゃとした魔力。一個人の持つ魔力としてはどう考えても異常だった。
事態はそれだけに収まらなかった。
瀕死寸前だった体は綺麗さっぱり治っていて、何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がったのだ。
剣の刀身は根元から破損し、元々必要最低限しか身につけていなかった鎧甲冑もその役目を失っている。
そんな状態で、フロランスは一歩踏み出した。
"
倒したと思った相手が万全の状態で復帰し、あまつさえ再び向かってきたという状況は、多かれ少なかれ混乱を与えた。
しかしそれを押し殺しながら、油断なくフロランスを見据える〈十戒〉。
──風が、戦場に吹く。
いつのまにか、黒い霧が漂い始めたことに気づくと同時に──
「──っは、」
それは誰の声だったか。
呼吸に近いそれを聞いて、全員の意識がはっきりと現実を認識する。
「なん、ッスか、今の。たしかにあたしら、首を──」
緩慢な動作で、首に手を当てる。
飛ばされたと思った首は、初めから何事もなかったかのように
首を失った己の体すら見えたというのに、それら全てが嘘のように消えた。
あまりにも唐突に引き起こされた未知の現象に、混乱が広がる。
「"
そこに、一つの声が響く。
先程とはまるで別人のような、冷たい声音だった。
誰もがそちらを注視する。
「なんてことのない、単純な幻覚ですよ」
なんでもないように、声の主──フロランスはそう言った。
次回こそ神器出るよ!多分!
エスカノールの外伝読んで一つ思ったんですが、殲滅状態制御できるならなんでバイゼル喧嘩祭りのときに暴走したんでしょうね?マーリン曰く常に力の暴走を抑えていた(らしい)状態でも制御できるってことは……うーむ?なんででしょうね。
あと
エスカノールしなないで。