プロローグ
地獄を見た。
唐突にそれを思い出した。
私、いや、【私たち】の原点。
炎に包まれ、瓦礫が降り注ぐあの部屋。
全ての始まりにして、私が普通の女の子でいれた、最後の瞬間のことを。
『先輩、手を、握っていてくれませんか』
そう頼まれたとき、私はあの子の震える手を握りしめた。この手は絶対に、離すものかと思った。
たとえここで死ぬとしても、この子に寂しい思いをして欲しくない。
だから私はせめて、笑っていよう、と。この子が最期に見る顔が、私の泣き顔だったら悲しいだろうから。
そう思っていたのに、私たちは幸運に恵まれていた。
運良く生き残り、レイシフトを繰り返し、色々なところを旅した。一心不乱に駆け巡り、さまざまなことを知った。
マシュ・キリエライト。シールダーのデミ・サーヴァント。あの子とともに。
世界を救うための、最後のマスター、藤丸立花として。
ああ、でも。
(…私にはやっぱり無理だったんだ)
血が流れている。手足が冷たい。何もかもが霞み、なにも見えなくなる。
なにがあったんだっけ?
そうだ、私は。
ーー負けたのだ。
敵に負けた。勝たなくてはならなかったのに。こんなにあっさり。
右手には一画の令呪も残っていない。連れてきたサーヴァントは皆消滅した。
その上、土手っ腹に穴を開けられて、生きていられるはずがない。
ーーそもそも無理があったのだ。なにもかもに。
私が人類最後のマスターをすることも。
沢山の英雄たちを率いることも。
人類を、救うことも。
人理を、修復することも。
「は、ははは…」
口から思わぬ笑い声が出た。
諦めと、やっぱりか、という思いが込められた笑いだったと思う。
私は平凡な子供だった。魔術など欠片も知らない、どこにでもいる、たまたまマスターになってしまっただけの存在。
探せばどこにでもいる。私の代わりなんて、どこにでも。
だけど。
「先輩…っ!」
この子は違う。
「先輩、止血を、今すぐ治療を…っ!」
顔に水滴が落ちてきた。それがマシュの流した涙だと気付くのに、数秒かかった。
なんで泣いてるんだろう。悲しいことでもあったのかな。大丈夫?マシュ。
「目を閉じないでください!先輩!先輩!」
マシュは私にとって、唯一無二の、宝物のような存在だった。
私を守ってくれる後輩であり、サーヴァントであり、友達であり、もはや家族にも近い存在だ。
いつか、カルデアの外にマシュを出してあげたい。それが私の夢だった。
ーー無理なのはわかっている。
マシュの寿命は短かったし、今、人理修復は失敗した。
「先輩、いかないで…先輩がいなくなった世界で、私はどう生きればいいんですか…?」
マシュ、そんな弱気なこと言わないでよ。私がいなくなっても、ロマンと仲良くね。
もちろんダ・ヴィンチちゃんとも。謝っといてくれ。無茶してごめんって。
ああ、でも、たとえ世界が壊れちゃうとしても、君には消えて欲しくないな。
「マ、シュ…」
私は笑った。いつもみたいに笑えているだろうか。
「先輩!」
「手を、握っていて、ほしい…」
マシュはその言葉に、さらに嗚咽を大きくした。ぼろぼろと涙をこぼしながらも、とっくに令呪のなくなった私の手を、力強く握りしめてくれた。
「あぁ…あったかい、な…」
目の前が暗くなる。
なにも見えなくなる。
だが怖くなかった。
あの子が近くにいる。支えてくれている。
だから私は怖くない。
そう思って。
ーー人類最後のマスター、藤丸立花は、その生涯を終えた。
**************
「……認められません」
立花の手を握りしめたままの状態で、マシュ・キリエライトはつぶやいた。
「認められませんっ!!なぜ貴女が死なないといけないんですか!?」
声が荒れる。涙はとめどなく目から溢れ、頰を伝って落ちていく。
「嫌です…嫌です!死なないでください、先輩、お願いです…」
わかっている。
マシュは頭の中では理解していた。
先輩が、マスターが眼を覚ますことはないだろうということを。
私は生き残ってしまったのだ。
マスターをお守りすることもできず、無様にも生き残ってしまった。
傍に落ちた盾を見やる。
この身に宿る英霊に貰った、鉄壁の盾。
「マスターを守ることもできずに、なにが盾ですか…なにがシールダーですか!」
思わず拳で地面を殴りつける。
あまりにも強く殴ったせいか、地面の一部に拳のあとができた。
「……」
その時ふと、目に入ったものがあった。
キラキラと金色に輝くなにか。そこから溢れ出す魔力の塊。
あれは…。
「聖、杯…」
マシュはまだ暖かさの残る藤丸立花の体を背負いあげた。
「必ず、必ず私がお助けします。先輩」
決意を固くし、マシュ・キリエライトは駆け出した。
ーーその場には、マシュ・キリエライトの宝具である盾が残された。
**************
01
…
……
…………
…………………………
ふと目が覚めた。
そう表現したらいいのかわからないけれど、私の意識は唐突に覚醒した。
ここはどこだろう。
気がつくと、真っ暗な暗闇の中にいた。上も下もなく、光もない。
ありとあらゆる感覚がない。
これがーー死というものか。
とりあえず思い出せる限りのことを、私は頭から捻り出した。
私の名前、藤丸立花。
たまたまマスター適正があって、カルデアに呼び出されて。
Dr.ロマンに出会い
爆発、崩落
レイシフト
マシュ
オルガマリー所長
レフ・ライノール
ダ・ヴィンチちゃん
特異点の旅。
冬木
フランス
ローマ
オケアノス
ロンドン
アメリカ
キャメロット
バビロニア
そして、魔術王、ソロモン。
そのなかで沢山の英雄に会った。沢山の人々に出会った。
時に泣いていた。時に笑っていた。
旅の途中にはいつも、マシュがいた。
「…辛かった。けど、楽しかったなぁ」
そう呟いたときだった。
その声が鳴り響いたのは。
『君はまだ、世界の歪みを治す気はあるかな?』
驚きを隠せなかった。誰の声だ?
聞いたことがあるような気もするけど、思い出せない。どうしてこんな暗闇の中に響いてくる?
『もう疲れちゃったかな?特異点を旅するのは嫌かい?』
「そんなわけないでしょ」
即答だった。
たしかにやり直せるものならやり直したい。でも過去を改変するのはいけない。
それって魔術王とやってること一緒だし。
『いやいや、過去を改変するんじゃない。君には別の方法で、世界を救う手段がある。君はそれに乗るかい?』
「別の方法…?」
なにを言っているんだろう、この人は。
マスターとして特異点にレイシフトし、世界を修正する。それ以外に世界を救う方法があるの?
『もちろんあるとも!……教えたら面白くないから言わないけど』
は?
『とにかく君は乗り気なんだね?よぉしっ!張り切っちゃうぞぅ!』
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
まだ返事してないんですけど!
アホか、アホなのかこいつは!
いや、多分この気配は人類史始まってのクズの気配だ!
いきなり話しかけてなにするつもりだ!
私死んじゃったんだよ?またマスターになれるわけが…
『いや、君は、死んだからこそ価値がある』
どういうことだと聞く前に、いきなり眩いばかりの光が暗闇を照らした。何も見えない。
思わず目を細め、手を掲げる。
いきなり世界はホワイトアウトした。
**************
「…………」
光が落ち着いたので目を開けると、目の前に誰かいた。
何度か瞬きをして目を慣らすと、それが男であることがわかった。
黒い短髪に、透き通るような青い瞳。
そして…見慣れた白い魔術礼装。
「召喚に応じてくれてありがとう!俺がマスター、藤丸立香だ。よろしくね」
そう言って、男の子は赤い令呪の光る手を差し出し、握手を求めてきた。
ふと、足元を見ると、そこには、召喚術式が記してある。
つまりここは…。
「……え?ええええええええええーーっ!?」
絶叫が響き渡った。
…ここはカルデアだ。
私は誰かの取り計らいでこの藤丸立香という【男】のサーヴァントになったらしい。
ご都合設定という便利な言葉に感謝