カルデアには立香が召喚したサーヴァントが他にも幾人かいる。
旅を始めたばかりの立香は、ルーラーの生前のカルデアほどサーヴァントがいるわけではない。
しかし彼らのおかげでカルデア内はいつも賑やかだった。
「あ、クー・フーリン」
「ん、よぉ、ルーラー」
特異点、冬木からの付き合いだというキャスターのクー・フーリンにルーラーが話しかけてきたのは、珍しくオフな日だった。
毎日のようにレイシフトを繰り返す立香には珍しく長めの休暇である。
「ちょっと、折り入って頼みがあるんだけど」
「頼みだぁ?んだよ。言ってみな」
「うん。あのさ…」
**************
その日の訓練を終え、マシュ・キリエライトは部屋に戻るために歩いていた。
立香は戦闘訓練後サーヴァントとの打ち合わせがあるとかで引っ張られていったため、珍しく一人での行動だ。
…おそらくバーサーカー(清姫とか清姫とか)に引っ張られていったので大変なことになっていると予想されるが、マシュはそんなこと知る由もない。
「ん?あれは…」
マシュがその二人を見つけたのは食堂だった。食堂には食事好きのサーヴァントや幾人かのカルデア職員がいるほかは閑散としていた。
今は昼食時間ではないからだろう、厨房にもエミヤやブーディカの姿は見られない。
そのなかで唯一、騒いでいる二人組がいた。
「お願い!ほんと!一生のお願い!」
「だから嫌だって!一生って俺ら死んでるだろうが!」
「いやだって私のは未熟なままで終わっちゃったし!お願い!キャスターなんでしょ!?」
「キャスターだけどよぉ、俺は教えるタマじゃねぇっつうか。ほかのキャスターに頼めよ」
「だが断る!」
「なんでそこまで頑ななんだよ!」
一見してよくわからなかった。
ルーラーがクー・フーリンになにかをお願いしているようなのだが、乗り気でないクー・フーリンに対しルーラーが食い下がっている。
なにがあったのだろうか。
「あの、二人とも、どうしたんですか…?」
おずおずと話しかけると、二人は騒ぐのをやめてこちらを見やった。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせて黙ってしまった。
「なにか問題がありましたか?なら先輩に報告を…」
「あ、いや!違うんだよマシュ!」
慌てて否定しようとするルーラーに、クー・フーリンはため息をつく。素直じゃないサーヴァントだ。
「いやな、お嬢ちゃん。こいつ俺に魔術を…」
「わーっ!黙れゴラァ!!」
「げはっ!?」
マシュに事情を説明しようとしたクー・フーリンはルーラー渾身ボディブローによって吹っ飛ばされた。
「大丈夫だから!ちょーっとごめんね」
「は、はい…?」
わけがわからないマシュを置いて、ルーラーはクー・フーリンを引きずって去っていった。
「な、なにがあったんでしょうか?」
**************
「クー・フーリン、なんでマシュに言おうとしてんの!?」
「むしろなんで言っちゃいけないんだよ…」
廊下に連れ出されたクー・フーリンは腹をさすりながらうんざりといった様子で言う。
「いやだって、恥ずかしいじゃん…」
「……。どこがだ?お前さん、マスターとお嬢ちゃんを守りたくて、魔術を教わりたかったんだろ?」
「そうだけどさぁ…」
ルーラーは元々魔術師だったわけではない。生前だって礼装の補助でやっと魔術が使えていたのだ。
しかし今はサーヴァントとして多少のステータスアップがある。気休めにしかならなくとも、せめてマスターを守れる程度の魔術を使えるようになりたかった。
それでクー・フーリンに魔術を師事しようと思っていたのだが…。
「はぁ…。なんでこう、素直じゃない奴ばっかなのかね」
「クー・フーリン、そっちがその気なら私も強硬手段に出るよ…」
「あ?なんだよ」
「いいのか…食事に誘った上で犬の肉を食わせても…」
「はぁっ!?ふざけんなよ!?」
(*クー・フーリンはゲッシュにより目下の人の食事の誘いに断れず、犬の肉を食えない。)
「わかったわかった落ち着けって」
ルーラーを宥めながらクー・フーリンは考える。教えることはやぶさかではない。仮にも仲間だ。頼ってくれているのなら、それに応えたいと言う気持ちもある。
クー・フーリンはよっしゃ、とルーラーの頭をがしがしと撫でる。
「教えてやってもいい。だが条件がある」
「なに!?なんでもするよ!」
クー・フーリンは一つ条件を提示した。
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食堂にて
「ルーラー、なにやってるんだ?」
その日の真夜中、立香が発見したのは厨房で危なっかしく包丁を握っているルーラーの姿だった。
その手の中にはいくつか料理の材料らしきものが握られている。
「ちょ、ちょっと夜食をと思って」
「へぇ、ルーラー夜食とか作るんだ」
意外だな、と言いながら立香は厨房に入る。
ルーラーは不器用ながらも野菜を切っている最中だった。
「なに作るの?ルーラーの故郷の料理?」
「まあ…もう食べれないけど、お母さんがよく作ってくれてさ」
「…家族がいたんだね」
「うん。恋人はいなかったけどさ」
その言葉に思わず立香は吹き出して笑ってしまう。
「なによ?」
「いやごめんw恋人とか気にしてるんだと思ってw」
「はぁ!?私だって生きてるうちに一人くらい欲しかったよ!無理だったけど!」
「ちょっ、包丁振り回さないで!」
ルーラーはいつも飄々としているから、気にしてないと思っていたのだ。しかし見た目の年相応に悩みもあったらしい。
(そうだよな…英霊といえど皆元々人間だったんだ。生前は家族もいただろうし、恋人もいたか…)
「よし」
ルーラーは野菜を切り終わるとじゃがいもを水にさらした。それから牛肉を一口大にして切り、しらたきをゆで出す。
その後玉ねぎ、牛肉、人参、じゃがいもを鍋で炒めた。
「?なにそれ?麦茶?」
唐突にルーラーが冷蔵庫から出した薄い茶色の液体に立香は反応する。
麦茶を料理にいれるのだろうか。
「あぁ、違う違う。これはエミヤが作り置きしてるかつおだしだよ」
ルーラーは適当な量のかつおだしを鍋にいれて、沸騰したところで醤油、みりん、砂糖をいれて蓋をした。
「あとは待って、アク抜きしたら完成かな」
「わあ、美味しそう」
「作るの久々だから、うまく作れた自信がないんだよね…」
「でもちゃんと作ってたじゃん。味見させて味見!」
「はぁ…これ食べたらとっとと寝なよ」
「わかってるって」
ルーラーはしばらくしてから皿に料理をよそり、立香に箸と共に差し出した。
ほくほくと湯気を立てる出来立ての料理に立香はすぐに飛びついた。こっそり食べる夜食ほど美味しいものはないのだ。
「いただきます!」
「……」
立香が美味しそうに料理…肉じゃがを食べているのを、ルーラーは無言で眺めていた。
そして肉じゃがをつくるきっかけとなった数時間前のことを想起した。
数時間前、キャスターのクー・フーリンは言った。
「教えてやってもいい。ただし条件がある」
「なに!?なんでもするよ!」
クー・フーリンは少し口ごもってから頭を掻きながら言った。
「……。マスターには言わねぇ。ルーラー、お前の真名を教えちゃあくれないか」
「え…っ」
「戦士の誓いだ。お前さんがマスターに言いたくねーんなら、この戦いが終わるまで誰にも言わないと誓おう」
「……」
思わず黙ってしまう。言ってはいけない。本能的にそう思った。
この真名は戦いに混乱を起こすだろうし、そもそも、真名を明かすのは闘いが終わったあと、マスター達にと誓っている。
クー・フーリンを信用していないわけじゃない。前の世界の年月もいれれば、かなり信用しているといってもいい。
だが、これだけは、言うわけにはいかない。
「ごめん、なさい。クー・フーリン。それだけはどうしても言えない…」
「…ったく、なんて顔してんだよ」
真名を明かせと言ったときのルーラーは、とても悲壮そうな顔をしていた。それだけ明かしたくない理由はなんなのか。気にはなるが、そこまでして明かそうとは思えなかった。
「しゃあねーな。なら、ひとつうまい料理でも作ってくれや。それで手つけにしよう」
「……わかった」
「おら、わかったらさっさとその顔治せ。そんなんで残り7つの特異点でやっていけんのか」
そう言うとクー・フーリンは笑ってルーラーの頭を杖で小突いた。
ルーラーは頭を抑えながら怪訝そうに言う。
「……7つ?フランスを終えたから、残りは6つじゃないの?」
「あ?寝ぼけてんのか」
「特異点は全部で8つだろうが」
**************
(この世界はたしかに私の元いた世界に酷似してる。だけど違う。この世界には特異点が8つある…。8つ目の特異点は、私にも読めない)
ルーラーは7つの特異点を無事に修正したが、最後に失敗して死んだ。
この世界はもう一度やり直すチャンスとして送り込まれた世界だ。元々の世界にないイレギュラーがあるならば。
(…それを乗り越えろということか)
「ルーラー!」
「うわっ!な、なに?」
突然の大声にルーラーは顔を上げる。
そこには皿を空にした立香の姿があった。
「これめっちゃ美味しい!いや、実はうちの家族もこれ好きでさ!味が懐かしくて…」
ルーラーは目を見開いてしまった。そこにあった立香の目から、涙が溢れていたからだ。
「そんなつもりはなかったんだけど、本当、美味しくて…俺…」
そういえば、とルーラーは思う。
(私は誰かに弱音を吐いたことが、なかったな)
そうだった。人類最後のマスターである前に、彼は一人の人間だった。まだ子供だった。肩の荷が重すぎるってこともある。
それを、忘れていた。
「はぁ、泣かないでよ。泣かせたことがバレたら私、清姫に殺されちゃうし」
「ごめん、ごめん…、でもまた作ってね。絶対だよ」
「……はいはい」
涙を拭いて笑う立香の肩を撫でながら、夜は更けていった。
**************
なお、その後立香の口からルーラーの肉じゃががうまいと広まってしまい、ルーラーはまた厨房に立つ羽目になったのだった。
弱音を吐ける存在がいるって、いいよね