なお、作者は料理ネタが好きな模様
「な、なな……」
マシュ・キリエライトは絶句していた。
それはもう絶句していた。
そこは見慣れた立香のマイルーム。普段となにも変わらない……と思っていたのだが。
そこに、ピクリとも動かない三人が転がっていた。
マスター、エミヤ、ルーラー、そしてタマモキャットである。
タマモキャットに至っては地面に倒れ伏したままダイイングメッセージまで書いている。
「な、なにがあったっていうんですかぁあああ!?」
混乱したマシュは思わず叫び声をあげる。
しかしこの状況を説明をするには、時を数時間ほど巻き戻さねばならないだろう。
**************
「実はさ、お礼がしたいんだよね」
「んにゃ? 誰になのだ? ご主人」
立香がそう言ったのはメディカルチェックを終え、朝食の席に着いた時だった。
マシュは時間がかかっているのか、ほかのサーヴァントに捕まっているのかまだ食堂には赴いていない。
これはチャンスだと、立香はタマモキャットに話を持ちかけた。
曰く、『普段からお世話になっているマシュやサーヴァントたちにお礼がしたい』と。
「何故それを私に話すのだ? 私に手伝えることがあるとは思えのないのだがな」
「あー、いや。形に残るもの作るのって、やっぱり無理があるでしょ? それなら料理はどうかなーっと思って」
「ははーん、それで私に相談したというわけか。いい心がけだなぁ、ご主人」
生前の嗜好や暇つぶしとして、カルデアには料理好きのサーヴァントが数多くいる。タマモキャットもその一人だった。バーサーカーでありながら、熱心に料理をしてくれているのだ。
たとえ料理に興味がある英霊でなくとも、マスターに振る舞われた料理を不愉快に思うサーヴァントはいないだろう。
「それで、なにかオススメはある?」
「まず聞きたいのは、ご主人にどれくらい料理経験があるかだな」
「うーん……恥ずかしながら、そんなにあるわけじゃないんだよね」
立香は恥ずかしそうに頭を掻く。実際、日本にいた時は家事の多くを家族に任せきりだったのは事実だ。
カルデアに来てからの自室の整理整頓は、マシュや遊びに来るサーヴァントが気付いてちょくちょくやってくれているが、自分一人だったらと思うとぞっとしてしまう。
「そうかそうか! それなら簡単な方がいいだろうな」
「うん、頼むよ」
「だがご主人、カルデアにいる全サーヴァントに作るのは、無理があるのではないか?」
「うーん、まあ、そうだよね……」
ここ数ヶ月でカルデア内も随分賑やかになった。
それに、ヘタに渡すとサーヴァント内で殺し合いが起こりかねない。具体的にはマスター立香に対し執拗なストーキングを繰り返しているサーヴァント達とか……。
「よし、じゃあこの際いっつも頑張ってくれてるマシュに感謝を込めて渡そうかな!」
「それがいいと思うのだな! うむ!」
懸命な判断だと言わざるを得なかった。
「おはようございます、先輩、タマモキャットさん。なにか話し合いですか?」
そんな話をしていたとき、メディカルチェックを終えたマシュが朝食の席にやってきた。
おっと、と二人は黙る。サプライズがバレてしまっては本末転倒だ。
「あー、今日の昼食はなにかなーって。素材集めのとき、お弁当作ってくれるって話でさ、あはは……」
「そうだったんですか。楽しみにしてます、タマモキャットさん」
「う、うむ。楽しみにしているのだな!」
二人は顔を合わせて、なんとかごまかしたのだった。
**************
「……それで、私たちが呼ばれたんだ」
「マスター、お菓子を1個作るのにこんなに雁首を揃える必要があるのか?」
辛辣なエミヤに、立香は少々苦笑する。
あのあと、レイシフト後に立香が呼び出したのはルーラーとエミヤ、そしてタマモキャットの三人だった。
立香がエミヤとルーラーの二人を呼んだのは、よく料理をしていることと、マシュとよく話しているのを見ていたからだ。
「いやぁ、マシュがどんなお菓子が好きなのか、エミヤとルーラーなら知ってるかなって思ってさ」
お菓子といっても沢山種類がある。マシュが好きなものと立香が作れるものが噛み合うとは限らない。
そのためにも沢山情報が必要なのだ。
「定番としては、クッキーなんかが妥当じゃないかね」
エミヤが言った。
「クッキーなら初心者が多少焦がしても美味しいし。あんまり物資に余裕があるとは言えないから、丁度いいんじゃない?」
「クッキーか……」
「んにゃ、クッキーといっても種類があるんだな。あのデミ・サーヴァントがチョコレートが嫌いとか、好みが違ったら面倒なのだな。あの子にそういう好き嫌いはあるのか?」
「あんまり聞いたことないなぁ、エミヤは?」
「基本的にマシュ嬢は好き嫌いなくなんでも食べてくれるからな。特にそういうのは聞いたことがない」
普段人に料理を振る舞うだけのことはある。話がとんとん拍子に進んでいくことに、立香は感謝してしまう。
「喜んでくれるといいんだけど……」
「大丈夫でしょ。マシュはあなたのくれたものなら…………」
「ん? どうしたのルーラー」
その先に言おうとした言葉を、ルーラーは思わず飲み込んでしまう。
なぜならその先に言おうとした言葉は、
『マシュはあなたのくれたものなら、なんでも喜ぶと思うよ』
なんていう台詞だったのだから。
マシュの心の中を、藤丸立香というマスターが多く占めていることは知っている。でもそれを立香に言ってやるのは癪だった。
いわば、それは嫉妬、とでも言うべき感情である。
確かにこの世界のマシュはルーラーのいた世界のマシュとは違う。しかし自分を守ってくれていたマシュ・キリエライトと同一の存在であることに違いはない。
(くそー、あの子を嫁がせるのはもっと頼もしくて背の高い超絶イケメンで性格も良くて一途で優しくて家事炊事洗濯完璧の男がいいのに!)
理想が高すぎてもはやどこにもいないレベルだった。(ていうかそれエミヤじゃね? というツッコミはナシである)
まさに娘を嫁にやりたくない父親のような心境だ。
そんなことを考えている間に、話は進んでいたらしい、エミヤが最後にこう切り出した。
「それでは、試しにふつうのプレーンクッキーとチョコクッキー作ってみるとしよう」
「う、うん! 俺頑張るよ!」
エミヤのスイッチが入ったので、それからはスパルタだった。厨房に移動し、生地の作り方から卵の割り方、ミルクをいれるタイミング、時間、焼き加減、その他諸々の指導が、寸分違わず行われた。
ちなみにルーラーはマシュが近付いてこないかを見張り、タマモキャットはエミヤと共にマスターの補佐や手伝いをしていた。
「ふぅ……っ!」
立香は頰にかいた汗を袖口で拭った。慣れてないことをしているからだろう、なかなか緊張する。
生地が出来てから、エミヤは色々な形の型抜きを投影して出してくれた。
その中で立香が選んだのは星の形の型だった。五芒星もあれば、六芒星もある。選んだのは、カルデアの名前の由来と、マシュと一緒に見た空を思い出したからだ。
レイシフト先の空は、満天の星で美しかった。
「あとは焼くだけだな、マスター」
「よし、一緒に運ぶのだな」
温めておいたオーブンにクッキー達をいれれば、あとは待つだけだ。
焼くのを待つ間に、エミヤが紅茶を淹れ、マスターとサーヴァント達はホッと一息ついた。
「結構かかったね〜。ごめん、皆。つき合わせちゃって」
「気にしないでマスター。私たちがやりたくてやったことなんだから」
ルーラーは紅茶を啜りながら言った。なかなかに上機嫌だ。どうやら紅茶とクッキーが好きなようだな、とエミヤは思案する。
こういう顔をしている輩は大抵甘いものを渡せば機嫌が良くなる。経験則上。
エミヤの頭の中をおかわりを催促するどこかの金髪の英霊と、虎柄の女性が掠めた。
「ご主人、ラッピングは決めているのか? 私としては先に決めておいた方が良いと思うがな〜」
どこからか貰ったのか幾本かのリボンを抱え、タマモキャットがやってきた。
そこから焼けるまで、四人はラッピングをどうするかを話し合い、立香はメッセージカードにメッセージを書き込んだりして、時間は過ぎていった。
――数十分後
「お、おお〜〜……!」
手袋をつけたまま、オーブンから出したクッキー達を見て、立香は歓声を上げた。
少し焦げたところや形が崩れたものもあるが、程よい焼き加減でいい匂いがする。初めてにしてはなかなかだった。見ているだけでよだれが垂れてしまいそうだ。
「ふむ、なかなかよくできているじゃないか。マシュ嬢にあげるものは冷ますとして、暖かいうちに食べると美味いぞ」
「それじゃ、休憩と冷ましがてら部屋に行こう。ここにいたら、マシュに見つかっちゃいそうだし」
立香の指示通り、三人はクッキーを安全にマイルームまで持ち帰り、テーブルの上に載せておいた。
再びエミヤの紅茶タイム(至福)が訪れ、ほっとひと心地つく。まだ暖かいクッキーは、作った者にしかわからないおいしさだった。
「あれ? こんなの作ったっけ?」
立香が声をあげたのはしばらくしてからだった。皿の上に、見覚えのないハート型のクッキーがいくつか紛れ込んでいたからだ。
形や生地からして、自分が作ったものではないことがわかる。
「あぁ、それは私が作ったやつなのだな、ご主人」
「タマモキャットが?」
「口に合うかわからないがよかったらマシュ嬢にも振る舞うといいんだな。お二人もよかったらどうぞ」
「あ、ああ」「……どうも」
綺麗なハート型のクッキーがエミヤとルーラーにも渡される。
渡されるがまま、立香を含め三人は口に含んだのだが……。
「んなっ!?」「うわっ!!」「えっ!?」
三人は同時に叫び声をあげることになった。
何故ならそのクッキー……口に含んだ瞬間、びっくりするほど「ラム酒」の香りがしたからだ。
「タマモキャット、こ、これは!?」
「ふふふふふ、これは二人の距離を縮めるスパイスのようなものなのだな」
ニヤニヤと微笑むタマモキャットの手には、ラム酒のボトルが握られている。確かラム酒好きのサーヴァント達が、冷蔵庫でとっておいたものだったはずだ。
「馬鹿なのか君は! マシュ嬢もマスターもまだ未成年だぞ!」
「あらあら、若い二人を邪魔するなんて野暮なのだな」
ルーラーとエミヤが猛抗議した時だった。
「……きゅう」
バタンッ!
と漫画のような音を立てて、唐突に立香が椅子から崩れ落ちた。
「「マスター!?」」
「あ、ありゃりゃ? 強過ぎたのか?」
タマモキャットが戸惑った声をあげる。
三人が倒れたマスターに駆け寄る。
「と、とりあえず水を持ってこよう、エミヤ」
「わかった。とりあえず酔い覚ましを……」
何はともあれ、酔いを醒まそうとルーラーは立ち上がる。
ルーラーが水を取りに行こうと立ち去ろうとした瞬間、
「へ?」
いきなり、藤丸立香はガシッとルーラーの腕を掴んだ。
「どぉぉおこ行こうとしてんのぉ? ルーラーァア」
「ぅえっひゃ?」
「ま、マスター?」
「水なんかいるかぁあっ!! 酒もってこい酒ェエ!」
「「は、はぁああああああっ!?」」
「エミヤぁあっ! なに逃げようとしとんじゃあ! お前も付き合うんだよぉおお!」
「いやマスター、ま、待ってくれ」
「待てるかぁごらぁ! タマモキャットォオ、どうせ持ってるんだろぉお?」
「勿論なのだご主人。ラム酒にワイン、ウィスキーなのだ」
その服装のどこに隠してたの? と突っ込みたいほどボトルを出していくタマモキャットに、ルーラーとエミヤは思わず顔を青くする。
「ひゃっはー! 宴だぜぇええええっ!!」
「にゃははははははっ! 最高なのだご主人――ッ!!」
「タマモキャット! アンタなにしたのっ!!」
「んにゃ? 後遺症は残らないと思うのだな。男の子はこれくらい強引じゃないと」
「俺の酒が飲めねーってのかよー、エミヤァ」
「なんでさぁああああああっ!!」
人類最後のマスターは酒に弱かった。しかもダル絡みだった。
**************
こうして数時間後には酒気に当てられた四人の死体がマイルームに出来上がった。
第一発見者のマシュが発見し、漸く明るみに出ることになる。
勝手に酒を飲ませたタマモキャットは粛清対象になり一部のサーヴァントに連れて行かれ、藤丸立香はDr.ロマンにかなり叱られることになる。
**************
「あの時は災難だったわね、マスター」
「うん……アタマが痛いよ……」
次の日、マイルームのベッドの上で立香は二日酔いに悩まされていた。酔っていた時の記憶はほとんどない。
覚えているのはハート型のクッキーを食べたこと、そして気がついたら正座させられDr.ロマンに叱られていた。
一体なにがあったの? とその場にいたサーヴァントに聞いてみたが、皆、苦笑いするだけで教えてはくれなかった。
「そうだ、ルーラー」
「ん? なに?」
話していた途中、立香は唐突に引き出しからなにかを取り出した。
「はい、これ」
「……これって」
「余り物みたいになっちゃったけど、よくできたやつ。いつものお礼。あ、皆には内緒ね?」
立香が引き出しから取り出したのは、星の形をしたクッキーだった。丁寧にビニールでラッピングされ、赤いリボンがつけてある。マシュに選んだリボンは薄いピンクだったはずだから、これは、ルーラーに用意したものなのだろう。
「……あ、ありがとう、マスター」
「どうしたの? 嬉しくない?」
戸惑うルーラーの姿に立香は不安そうな声をあげる。
「いや、貰えると思ってなかったから、驚いただけ」
ルーラーはそういうと、形のいい唇を綻ばせた。
「大事にするね、マスター」
キャラ崩壊のコーナーでした。