灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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た、大変長らくお待たせしました。
もう腕のなさやら、リアルやら、色々ありましたが、どうにか完成した所存であります。

今回は、まあ前回の引きから予想できそうですが、ちょっとアレな回なので心が余裕がある時にお読みください。


第ⅩⅢ話 使命

 フレイムヘイズ。

 “紅世の王”に在ったはずの過去、現在、未来を奉げる事で異能の権現を借り、掌る者。その大半は、“紅世の徒”に対する復讐心によって契約、誕生する。

 しかし、少女が成った『炎髪灼眼の討ち手』はその大半の中から外れた、例外の中の例外だった。

 数百年前の“大戦”で契約者を喪った“天壌の劫火”アラストールは、己が使命と運命(さだめ)を果たすに相応しい契約者を欲した。そして同志たちと共に、移動式城塞宝具『天道宮』にて討ち手候補となる人間に、苛烈な鍛錬を施した。時に多数、時に一人の人間を育てたが、その大半は討ち手となる資格(・・)を手にする事無く、『天道宮』より出された。

 数百年と数百人の果てに、ようやく“天壌の劫火”アラストールに認められ、『炎髪灼眼の討ち手』として契約したのが少女であった。

 

 

「先代炎髪灼眼の討ち手候補……」

 

 

 目の前のフレイムヘイズが過去に炎髪灼眼の討ち手候補だった(・・・)としても、今まで数百人の候補がいたのだ。その中の誰かがフレイムヘイズになったとしても、特別珍しい訳ではない。ましてや、アラストールが動揺する理由になり得ない。何か他にも事情があるとしか思えなかった。

 

 

「まさか、お前がフレイムヘイズになっておったとは……」

「くくっ、驚くのも無理はないか。まあ、俺からすればアラストールがこんなに早く契約した事の方が驚きだ。後、百年は契約者が見つからないと思っていたが……おっと、その前に紹介がまだだったな。“理治の薙(りちのてい)”ナベルスのフレイムヘイズ『弐得の巻き手(ふたえのまきて)』だ。間違えるなよ?」

「……ああ。忘れぬ」

「…………」

 

 

 少女は久しく持たなかった寂しさを感じる。アラストールが自分の知らない相手と話すとき、決まって過ぎる感情だった。

 と、少女は眉根を寄せて、しかめっ面を作る。惰弱な感情を抱く己を嫌って、慶次から進んで離れたのだ。ここでまた、そんな無駄な感傷に浸っていたら、ここまでの行動が全て無意味になる。

 何より、封絶に飛び込んだのは、事件を解決するため。アラストールの動揺、先代炎髪灼眼の討ち手候補の出現と想定外が続いたとはいえ、やる事は変わらない。

 少女は贄殿遮那を降ろすも、決して警戒を緩めずカルに訊く。

 

 

「お前が討ち手候補だった事なんて興味ない。“燐子”を操ったのは、前田慶次を襲ったのは、お前なのか。それとも別に首謀者がいるのか。それだけ、答えて」

 

 

 凛とした、聞く人によれば慄然とする声音。

 カルはなぜか呆れたように肩をすくめ(左腕はほとんど動いていない)、ため息を吐いた。

 今度は見せかけではなく、不快にしかめっ面になる。

 

 

「……何よ」

「生まれた時からアラストールに育てられた影響か? 性格がアラストールに似すぎだ。だから、あまりアラストールと一緒にいさせるなと、ヴィルヘルミナにも言ったのだが……オムツ変えていた時の面影は、どこにいったのやら」

「はぁっ!? て、適当な事言ってんじゃないわよ!!」

「適当かどうかは、アラストールに訊いてみろ」

「アラストール!!」

 

 

 少女はカルの無神経な言葉に激怒しつつ、アラストールを睨む。

 

 

「……そんな事も、あったか」

「~~~~~~!!」

 

 

 思わぬ肯定に、少女の顔が一瞬で赤くなり、カルは小さく笑う。その笑いが癪に触って何か言おうとするが、反論しようにも事実を指摘されただけなので言葉が思い浮かばない。

 

 

「あ、赤ん坊の時の事はいいから、早く答えて!」

 

 

 少女は結局、話を無理矢理元に戻して誤魔化す。まるで、自身の養育係と話しているようで、やりにくくてしょうがなかった。

 ――が、そんな懐かしい空気も、ここまでだった。

 

 

「ああ。『宝具』で“燐子”を作り、人間を襲わせた。確かに、全部俺の指示だ」

「――っ」

 

 

 カルは事もなげに、あっさりと告げた。

 柔らかい空気が霧散し、緊張感が周囲に蔓延する。

 羞恥の赤みは一瞬で高揚の赤面に変わった。

 場の空気は戦場のそれとなる。

 

 

「一体、何を企んでいるの」

 

 

 言いながら少女は贄殿遮那を構えると、カルはまるで駄々っ子を扱うかの如く困ったように笑う。それが不愉快で、少女の贄殿遮那を握る力が思わず強くなった。

 

 

「企むとは人聞きの悪い。当然、フレイムヘイズの使命を果たすためだ」

「……はっ」

 

 

 今度は少女が笑った。ただし、明らかに相手を小ばかにした嘲笑だった。

 『宝具』を使ってまで“燐子”を作り、人間を襲う。それが、フレイムヘイズの使命たる、この世と“紅世”のバランスを保つために必要だとカルが言う。

 当たり前の話だが、人間を一人殺したところで“紅世の徒”は減らない。世界の歪みも、元には戻らない。

 カルは頭がおかしい、もしくは、ふざけているとしか思えなかった。

 が、

 

 

「……まさか、“紅世の徒”の排斥を……『天道宮』で我らに語った夢を、成すつもりなのか……?」

「!?」

 

 

 少女はアラストールの真剣な問いかけに驚愕する。

 彼は決して戦場で冗談を言うような性質じゃない。カルの言葉の真偽はともかく、アラストールの見立てでは、カルはふざけている訳ではなく、本当にフレイムヘイズの使命を果たすために慶次を襲ったのであろう。

 少女はカルの言葉を戯言と聞き流す事を止め、一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

 

「ああ。俺の計画が成った時、“紅世の徒”はこの世からいなくなる。世界は救われる。俺の、俺たちの夢が、現実に成る時が来たんだ!」

 

 

 “神器”らしき深紅の宝玉が埋まったペンダントを握り、目に力を宿し熱く語るカル。

 少女には彼が嘘を言っているようには見えない。これで騙っていたとしたら、余程の狂人かペテン師だろう。もちろん、嘘を言っていないとしても、彼を信じるかどうかは別問題である。

 

 

「……そんなの、不可能よ」

「不可能ではない……と言いたいところだが、まあ、その反応は当然だな。いきなり信じる奴がいれば、そいつはただの馬鹿だ」

 

 

 少女の否定は想定内だとカルは頷く。

 だが、とカルは言葉を続け、視線を神器“コキュートス”へと向ける。

 

 

「だが、アラストール。お前なら分かっているだろう? 俺が嘘を言っていない事も、俺がそれを成すだけの知恵と力を持てる可能性があった事も」

「……」

 

 

 アラストールは否定しなかった。それは無言の肯定だった。

 少女の胸の鼓動が大きく跳ね上がる。もし、カルの言う通り、“紅世の徒”をこの世から追い払える方策があるなら。フレイムヘイズの使命を完遂できる言うなら。使命のために生きる『炎髪灼眼の討ち手』たる少女にとって、これほど心躍る言葉はなかった。

 だが、そんな上手い話、本当になるのだろうか。アラストールの肯定があっても、疑念は拭い去れない。むしろ、アラストールの異常な動揺を見たせいか、疑念はますます大きくなる。

 

 

(使命を完遂(・・)するなんて、考えた事もなかった)

 

 

 しかし、それと同程度に心惹かれているのも確かだった。カルを信じるか否か。少女の心は揺れる。

 と、それを迷う少女を見たカルは、これ以上ない大きいため息を吐き、最上級の落胆を示した。

 

 

「考えた事もなかった、と?」

「……そんな非現実的な事、普通は考えないわ」

「そうだな。普通のフレイムヘイズでは、考えもしないよな。ふ、ふふっ」

「……?」

「まあいい。それよりも、だ」

 

 

 カルはどこか粘っこい視線を少女に向け、

 

 

「前田慶次を殺してくれないか?」

 

 

 あまりに簡単にそれ(・・)を口にした。

 

 

「……えっ」

 

 

 その唐突な言葉を聞き、少女は呆然と呟く事しかできなかった。

 慶次を殺す。使命を果たすのに、なぜそんな事をしなければいけないのか。意味が分からなかった。

 だが、それ以上に少女を戸惑わせたのは、“吐き気”だった。

 今まで、使命の遂行のため、幾度となく人を、トーチを消してきた。無論、一度たりとも自らの意志で進んで行った事はない。が、使命の為なら躊躇せずやってきた。

 しかし、僅かながらも時を共に過ごした彼の顔を思い浮かべるだけで、その行為に嫌悪しか感じられなくなっていた。

 

 

「……どうして、そんな事する必要があるの」

 

 

 少女は不愉快なそれを無理矢理飲み込み、冷静を装って訊く。

 カルは明快に答える。

 

 

「あいつは俺の計画には邪魔だ。早々に殺す必要がある」

「お前の計画は、たかが人間一人に崩されるほど、脆いものなの?」

「そうではないが、蟻の一穴とて馬鹿にし失敗しては、目も当てられないからな。懸念があるなら、全て潰すべきだろう?」

「……っ」

 

 

 喉がヒンヤリと冷えて、酷く乾く。たまらず飲み込んだ唾の音が、酷く耳にこびり付く。

 使命の為なら、人の死さえ厭わない。少女も幾度となく、そういう選択をしてきた。使命を完遂するという大義の前では、それも致し方ないと思った。

 だが、なぜか心は燃え上がらず、どんどん冷めていく。頭ではどれだけカルの言い分が理解できても、少女の感情は一片も納得できない。

 口から出てくるのは否定ばかりだった。

 

 

「本当に、殺す必要があるの?」

「ある……と言っても、計画の詳細を知らなければ分からんか。だが、今のお前の様子を見る限り、どうも信用しきれないんだよなぁ……」

「どういう意味?」

「たかが人間を殺すだけで、拒否反応を示し過ぎだ。そんな覚悟で、世界を救う事などできん。計画の全ても、とてもではないが教えられんなぁ」

「それぐらいの覚悟、私だって、」

「馬鹿かお前は。世界を救う大仕事……それを前にして、使命を信条とする『炎髪灼眼の討ち手』が燻っていて信用できるか。そもそもだな、俺が信用できないならできないなりに何かすればどうだ。例えば、口先だけでも承諾し、内情を探ればよいだろう? だが、お前はそれさえもできない。口先だけでも飲み込むと言えない、加えて、使命を完遂するという到着点も直視できない……そんなお前の覚悟など、とてもではないが“信用に値しない”」

「……っ」

 

 

 少女は答えに窮する。

 カルの言う覚悟……己が全てを使命の完遂(・・)に捧げる覚悟。

 使命の完遂など、世界から戦争を無くすに等しい非現実的な思想。そんなもの少女は考えた事もなかった。当然、それに相当する覚悟など持っているはずもなかった。

 しかしながら、夢とでも言うのだろうか。

 ――いつか、自分の手で、全てを終わらすことが出来たら。

 覚悟というにはあまりに幼稚過ぎるものが、少女の心の隅に確かに転がっていた。

 だからと言って、そんな非現実的な計画に、簡単には乗れない。

 肯定も否定も出来ない。ならば、傍観が少女の取るべき行動なのだが――、

 

 

「まあ、お前が殺す気がないなら、俺が前田慶次を殺すだけだが。まさか、やめろとは……言わないよな?」

「っ! それ、は……」

 

 

 傍観、それはすなわち、慶次を見殺しにする事。これが少女が答えに窮する、悩む理由だった。

 慶次を突き放したのは、弱くなっていく己が許せないというのもあった。使命遂行の邪魔になる、という理由もあった。が、それと同程度に、慶次をこれ以上危険な目に遭わせたくないという、感情のままの願いもあった。

 傍観すれば、彼は危険な状況に陥る。もちろん、そんなの嫌だった。

 だが、反対してしまえば、使命を完遂するという大義を妨害する事になる。“その程度”の理由で妨害してしまえば、それは今までの使命そのものを否定する事になるのではないか。できれば、こんな選択肢は取りたくなかった。

 大義を果たしたいという使命感。

 慶次を助けたいという正義感。

 少女はその狭間に立たされ、どうすればよいのか分からなくなっていた。

 

 

「……はぁっ」

 

 

 一転、カルは長い溜め息を吐き、目を細める。失望、とその顔には書いてあった。

 

 

「……本当に来る気はないんだな?」

「何であんたにそんな事――」

「『炎髪灼眼の討ち手』……その称号の重みを知っていれば、前田慶次だから殺したくない、などと下らない感情は抱いてはならない。そう思わないか?」

「……私には、慶次が邪魔をするとは、思えないんだけど」

「また下らない感傷を……まあ、お前もまだ若い。そう思っても仕方ないかもしれないが、使命のために人間の知り合いを殺す程度(・・)あまり気にするような事ではない。それにあれぐらいの男、探せば幾らでも代わりはいる。そのうち誰か一人ぐらい、見繕ってやろうか?」

「そんなこと……!」

 

 

 ――“慶次”は一人しかいない。

 ――喪えば、二度と会えない。

 そんな“人間の常識”を、少女は声にする事が出来ない。

 ――“トーチ”がないから、代わりに死にかけの人間を“存在の力”に変え、封絶内を修復する。

 ――人に狼藉を働く“紅世の徒”を止めるのではなく、討滅こそに力を注ぐ。

 今まで少女が人間に対して取っていた行動の数々。目の前に使命と人間がいれば、使命を選び続けていた。カルの人間に対する価値観は、使命の為だけに生きるフレイムヘイズである少女と、大差なかったのだ。ゆえに、そんな当たり前の常識も、口にする事は憚られた。

 否定も出来ない。でも肯定もしたくない。そんな状況――。

 

 

「話しはこれぐらいにしよう。そろそろはっきりと、答えを聞かせてくれないか?」

「…………」

 

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、もう何が何だか分からない。それでも、カルは今すぐに答えを欲している。迷う暇さえない。

 

 

「……その前に、教えて」

「? 何だ?」

 

 

 少女は今にも掻き消されそうな声音で、カルに尋ねる。答えを出す前に、知らなければならない事があった。

 

 

「最初にお前を見た時のアラストールの態度は普通じゃなかった。一体、お前とアラストールの間に何があったの?」

「――っ!」

 

 

 胸元のペンダントから、震えるような衝撃が伝わってくる。

 この、アラストールの異常とも言える反応。その意味を知らない限り、とてもではないが、カルを信じる事はおろか、答えを出す事なんて出来なかった。

 

 

「待――」

「教えて。何が、あったの?」

 

 

 何か言おうとする彼を、少女は神器を握り無理やり黙らせた。ほとんど初めてと言える少女の反抗だった。

 カルは満足そうに唇を歪めると、視線を少女に真っ直ぐ向け……本当にあっさりと告げる。

 

 

「俺は『炎髪灼眼の討ち手』になる直前に排除されたんだよ。他でもない、白骨に、ヴィルヘルミナに……アラストールに」

「っ!?」

 

 

 少女は言葉の衝撃に身を固めた。

 カルは続ける。

 

 

「フレイムヘイズは過去と未来を奉げる。当然、現在をベースとした姿でフレイヘイズとなる。お前だったら、子どものままの姿で、『震威の結い手』だったら年配の姿、といった感じにな。言い換えれば、契約時の状態で姿が固定されるんだ」

「じゃあ、その左手と、右足、は……」

「ああ、俺をフレイムヘイズにさせたくない三人が、二度と動かせない様に完璧に腱やら神経やらぶった斬った。こうなってしまえば、生まれるフレイムヘイズは五体不満足。で、五体不満足の『炎髪灼眼の討ち手』は不要だと言う事で、実に合理的に排除された、という訳だ」

「何で、そんな事を」

「少々頭に血が昇って、三人と口論になってな。その際、先代のフレイムヘイズの在り方を批判した……」

「……それだけ、なの?」

「ああ」

「アラストール?」

「……っ」

 

 

 アラストールは何も言わない。たったそれだけの事なのに、いつも頼もしく思っていたネックレスが、とても小さく感じた。

 カルは小さく鼻を鳴らし、続ける。

 

 

「だが、俺はあの時の言葉を撤回するつもりはない。どれだけアラストールたちが先代を大事に想っていたとしても、使命の完遂も夢見さえせず、一人で勝手気ままに彷徨う非効率的な旧世代的フレイムヘイズは、使命と『炎髪灼眼の討ち手』の在り方に反している……無論、今のお前も、な」

「……あんたに、私の在り方を指図される覚えはない」

「お前が数百の年月と屍、俺という理不尽の上に立っていなければ、それも通じるかもしれないな。もちろん、事実は違う」

「……っ」

「だが、今ここで手を結べば、お前はその“間違った在り方”を正す事ができる……まあ、一先ずそれは置いておいて、アラストールの過去の所業は以上だ」

 

 

 少女は口を閉ざした。

 アラストールが否定しないのに、少女にこれ以上反論できるはずがなかった。

 カルの過去が事実だとすると――。

 

 

「アラストールは、アラストールたちは、あんたの才を認めた上で、自分たちの思想に反したから『炎髪灼眼の討ち手』にさせなかったの?」

「ああ」

 

 

 事もなげに頷くカル。

 実力不足ではなく、感情でカルを排除した。しかも、少女の尊敬する人たちが。

 思った事もない嫌な考えが、少女の頭を過ぎる。

 

 

 ――“そんな事”あるはずがない。いや、そうだったとしてもだからどうと言うのだ。

 

 

 思い浮かぶそれを何度打ち消しても現れる。

 鼓動がうるさいほど胸を叩き、息が震える。

 明らかに顔色を青くする少女を前に、カルは止めない。言葉一つ一つで、少女の小さな胸を抉り続ける。

 

 

「しかし、俺を潰した後に“自暴自棄で拾った捨て子”がここまで育つとは、予想外だったな。まあ、それでも俺より才も使命感もないが――」

「……それは、どういう、意味……!」

「あのな、どうしてお前のような“捨て子”を育てようなどという発想に至る? 才能の有無も分からず、どうして一人の赤子に英才教育を施そうとする? 簡単だ、俺という至宝の“穴埋め”をしたに過ぎない」

「……っ」

 

 

 考えてみれば、おかしい箇所は幾つもあった。

 ――完全なるフレイムヘイズを育てるなければならないのに、なぜ偶然目に留まった捨て子を拾ったのか。

 ――拾ったとして、どうして適切な施設に預けなかったのか。

 ――育てるだけならまだしも、なぜ物心つかない内から苛烈な鍛錬を施したのか。

 通常であれば、何一つ起きなかった事柄。

 しかし、現実はその全てが少女に起きている。

 少女をフレイムヘイズにしたものは、愛情などと甘い物ではなく、使命などと崇高な物ではなく、カルを損失した事による狂気ではないか。

 そんな嫌な考えが、少女の脳裏にこびり付く。

 

 

「代替品、オモチャ、操り人形……表現する言葉は無数にあるが、少なくとも、全員お前をまともな精神状態で育てたはずがない」

「だとしても、私は、何度だってこの道を選ぶ……!」

「さすが、『炎髪灼眼の討ち手』に選ばれただけある、いい心意気だ……俺の後じゃなかったらな」

「っ!!」

「――やめよ!!」

 

 

 堪らず、アラストールが割って入ってきた。だが、そのあからさまな感情の発露が、少女を庇っていると分かり、彼女はさらに傷つく。

 言い合いは続く。

 

 

「確かに、我はあの行為を悔いておる。貴様を想わなかったと言えば、嘘になる。だが、例えあの事がなくとも、我はお前を契約者に選ぶことはない! 必ず、我はこの子を育て、契約者に選ぶ!」

「ほう。つまり、能力の優劣ではなく、お前の好みで契約者を選んだ、と? 完全なるフレイムヘイズはどうした?」

「そうではない! 我にとって、この子は――」

「うるさい、うるさい、うるさい!!」

 

 

 少女は絶叫を上げた。

 ここは自分が選んだ場所だ。フレイムヘイズは自分が望んだ使命だ。二人の間に何があろうと、それが少女にとっての全てであり事実だ。

 それを人形だの、選ぶだの、まるで自分が意志も何もないモノだと言われているようで、これ以上こんな嫌な言い合い、聞きたくなかった。

 

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

 

 知らず荒れた息を整えるために、呼吸を繰り返す。少しだけ頭に上った血は落ち着いたが、胸の気持ち悪いモノは止まらず、むしろ悪化していた。

 

 

「……すまん。我は勝手な事を、」

「謝らないで。私も、冷静じゃなかった」

 

 

 少女はアラストールにそう答えるものの、頭の中はちっともまとまらない。彼女が思った以上に、アラストールに、そしてカルに告げられた事実は、少女の心を傷つけていた。

 それでも答えは出さなければならない。少女は使命と己が誇りを支えに、灼眼に燃えた瞳でカルを睨みつけ、精一杯を口にする。

 

 

「二人に何があったか分かった。あんたの言い分も……きっと、一理あると思う。その上で私は……やっぱり、あんたは信用できない。何も計画について説明されないままで、信用できる訳ない」

「ならば、手伝わないと?」

「……手伝う。私もあんたの夢が実現できるなら、実現したい。だけど、計画がおかしかった場合のために、私は慶次を殺さず宝具を預かる」

 

 

 宝具を預かる。使命も感情を守れる選択は、これしかなかった。

 

 

「……ほう、前田慶次という保険を残し、しかし力を削ぐ、か。」

「計画の邪魔になる可能性を持ちながら、でも実際は実行するための力を持たない鍵にする。お互い、当面の信頼を得るには丁度いい条件でしょ」

 

 

 カルは視線を外し、僅かに俯く。

 考えがまとまったのか、外した視線を再び少女へと戻すと大きく頷いた。

 

 

「よし、分かった。お前が前田慶次から宝具を回収すれば、殺すのは止そう。もちろん、計画の全ても話す」

「……決まりね」

 

 

 少女は安堵のため息を漏らす。

 もし断られたら、カルと協力する道は絶たれる。そうなれば、戦うしかなかっただろう。そうなったら、今の心理状態では結果がどう転ぶか分からなかった。少なくとも、無傷で済まなかった。

 カルはそんな少女の心情を知らないのか、口の端に笑みを乗せながら、封絶を解く。

 

 

「あの日から十余年……あの時はもう駄目かと思ったが、ようやくお前たちと共に夢へ踏み出せる」

 

 

 薄桜色の陽炎が上部から消えていく。色彩の変わっていた景色は、徐々に本来の色を取り戻し、そして、地面の紋章も陽炎のドームも完全に消え失せた時、隔絶された世界とこの世が繋がった。

 

 

「っ!?」

 

 

 現れるこの世の堂森市の姿に、少女は、アラストールさえも絶句した。

 幾本も上がる黒煙。

 木霊する悲鳴。

 電柱は倒れ、生垣崩れ、人々は降り積もった雪の上に倒れ伏していた。

 そして、街道に積もった白雪の上を駆け回る黒点たち。彼らが赤く染まった粉雪の原因である事は、明白であった。

 少女がカルに詰め寄る。

 

 

「――『弐得の巻き手』!! これは、どういう事!!」

「無論、計画のためだが……地震か? また余計な横槍が入ったか」

「こんなのが、あんたの言う計画なの!?」

 

 

 少女はカルの胸倉を掴み、引き寄せる。カルの視線が少女を射抜く。細められた視線は、それがどうしたとでも言わんばかりに冷めていた。

 少女は両目を見開き、強烈な敵意をカルに向ける。

 彼はため息一つ吐くと、逆に目を滾らせ睨み返し、少女は僅かに怯んだ。少女のような感情の発露から来るものではなく、そこには確かな覚悟が感じられた。

 

 

「世界を救う計画の一端を、こんなのとは何だ」

「……これが計画だなんて、正気じゃない!」

「この程度で正気じゃないとは……お前は本当に使命を果たす覚悟があるのか? 使命のために人間を襲う、その程度の覚悟を持たないお前に」

「でも、幾らなんでも、これは……!!」

「いい加減にしろ。計画のために、“燐子”を使って人間を襲っているだけだ。世界のバランスは崩れていない。そもそも、なぜ人間どもの命と使命を比べる? 使命を果たすためなら、人間の命など安い」

「……っ!」

 

 

 少女は音が鳴るほど強く歯軋りする。

 眼前の惨劇の元凶たるカルが、この上なく許せない。

 だが、それ以上に――。

 

 

(何で、こんな嫌な気持ちになるのよ……!)

 

 

 感情は、口が良く回るこの男をぶん殴りたいと叫んでいる。だが使命……それを考えると、湧き上がる感情が、己が取ろうとしている行動がとても間違っているものに感じられて、手も足も出せなくなる。

 フレイムヘイズの使命が、自ら決めて選んだ道が、誇りを持って生きていた全てが己を雁字搦めにしている。それが途轍もなく悔しくて、惨めだった。

 その苛立ちのまま、少女はカルを突き飛ばす。カルは抵抗もなく、そのまま力なく尻もちをついた。

 

 

「何をする」

「うるさい!」

「おい、どこに行くつもりだ? 早く宝具を――」

 

 

 少女はカルの制止を振り切り、足裏に紅蓮の爆発を生む。

 堂森市を襲った惨劇。計画を潰すにしろ手伝うにしろ、その惨劇の只中にいた慶次がとても無事にいられるとは思えない。すぐにでも、慶次の元に駆け付けるべきだった。

 

 

(慶次……!)

 

 

 物という物が崩れ壊れた堂森市。悲鳴とサイレンが混じり合う街を眼下に、少女は一点に向けて飛翔する。

 向かう先は新市街地、堂森高校。慶次が先刻までいた場所だ。

 堂森高校にはすぐに着いた。

 校門に着地し、少女は祈るような気持ちで周りを見渡し、すぐに見つけた戦闘の跡に息をのむ。

 校庭のほぼ中央。そこには四足動物特有の小さな足跡が無数と、何かが叩きつけられて雪が抉られた跡、そして……人を飲み込むほどの大きなクレーターがあった。

 “燐子”と戦える者は、『宝具』を持った慶次以外考えられない。この戦闘跡を見て、とてもではないが慶次が無事とは思えなかった。

 しかし、慶次らしき人影は外にはない。それどころか、人もいない。

 少女の向かう先は自然と校舎内へと向かう。

 彼女は胸を刺す冷たくものを懸命に抑え込み、正面から校舎に入った。

 

 

「……っ」

 

 

 校舎の中は、まさに惨状だった。

 物という物は壊れ、人という人は傷つき、血と煙の臭いが充満していた。そして、その中でも一際傷つき、血を流していたのが慶次だった。

 数えきれない小さな切り傷に打撲。所々穴の開いた衣服から見える肌は赤く焼き爛れ、右肩にはあるはずの腕が損失していた。

 そして何より少女の目を引いたのは、彼の瞳だった。静かなさざ波を思わせる、落ち着いたそれを、少女は知っていた。白骨――戦いを教えてくれた師――が最後の力を振り絞り、少女と戦った時も同じ瞳をしていた。

 ――今まさに、慶次は命を燃やし尽くそうとしている。

 なぜ、こうなったのか。

 答えは明確だ。

 

 

(私の、せいだ……)

 

 

 心をかき乱されたくない。それだけの事で、慶次を突き放した。分からない感情から逃げた。

 その結果、何一つ守れなかった。

 

 

(私は――)

 

 

 全ての惨状は、慶次の制止を無視したせいだ。言い訳のしようのない失態だった。

 どんな失敗でも糧にした。より強くあろうとした。

 だが、眼前の片腕を失った慶次。彼の腕は、もう戻ってこない。そんな当たり前の事を、慶次を通して突きつけられた。たったそれだけの事で、その“反省”が途轍もなく無責任で理不尽なような気がして、少女はいつものように強くある事ができなくなってしまった。

 強くなれないのは、それだけではない。

 

 

(この慶次から、『宝具』を奪う――)

 

 

 先に結んだカルとの約定通り、今の慶次から宝具を奪えば……間違いなく死ぬ。ならば、奪わなければいいのか言えば、そうではない。どうしても、カルの計画が知りたいからこそ、苦肉の策としての約定だったのだ。それを簡単に覆してしまったら……フレイムヘイズの使命を軽んじた事になる。そして、それは即ち、自分の生き方をも否定する事になる。自らが選んで生きていたからこそ、それはとてもではないが、簡単に選べるものではなかった。

 ぐるぐると結論のでない思考を繰り返している間に、慶次がとうとう少女の気配に気づき、視線を向けてきた。

 

 

「遅かった、じゃ、ねーか……」

「!?」

 

 

 死を覚悟していた瞳が、一瞬で生へと生まれ変わっていく。自分のせいで絶望へと叩き落とされたはずなのに、希望へと変わっていく。少女にはもう、慶次を直視する事は出来なかった。

 

 

(他に、何か方法は――)

 

 

 必死に思案するが、妙案は思いつかない。

 とにかく、まずは慶次を治療しようと少女が近づこうとすると、

 

 

「……おい、何か、あったのか?」

「……っ」

「……椿?」

 

 

 目敏く少女の異変に気付いた慶次が、彼女の瞳を覗き込み、次いで徘徊する“燐子”に目を向け――顔が再び絶望へと染まった。

 しまった、と思った時にはすでに遅かった。『宝具』の輝きは弱くなり、目に見えて傷の再生速度が落ち始めていた。

 

 

「お、おい……やめろ、冗談、だろ……? “燐子”は敵、なんだろう? なあ、早くそいつらを、倒してくれよ? その、俺を……守るんじゃ、なかったのか?」

「それ、は……」

 

 

 少女は答えに詰まると、俯いて口を強く結んだ。

 確かに守ると言った。慶次の命を最低限守るために、勝手な約定まで結んだ。それなのに、慶次の全くの正反対の状況に追い込んでいる。

 こんな情けなくて、惨めったらしく、そして残酷な事……幾ら少女が直情径行と言えども、とてもではないが、本人を前に口にする事はできなかった。

 少女が逡巡していると、指一本動かく事さえ辛いはずなのに、慶次は立ち上がった。もはや、その瞳に希望も絶望もなく、ただただ呆然と少女を見つめ、

 

 

「教えてくれよ、アラストール」

「…………」

「お前は、お前たちは――」

 

 

 ごくり、と。

 慶次は一際大きく、唾を飲み込むと、

 

 

「『敵』――なのか?」

 

 

 それはあまりにも的外れで、しかし残酷過ぎるほど正鵠を射た、慶次の現状であった。

 

 

「っ!? 違――」

 

 

 

 “コキュートス”を握り、少女が慌てて否定しようとした。

 使命と慶次。そのどちらもとった結果が今なのだ。決して、見捨てた訳でも、ましてや『敵』になった訳でもない。

 そう伝えようとした矢先、

 

 

「お前ら矮小な者に敵も味方があるか。たかが人間が調子に乗るな」

「……っ!」

 

 

 カルが、来た。

 少女は振り返り、カルを見遣る。

 

 

「それにしても、まだ(・・)生きていたとはな。前田慶次……しぶとい人間だ」

 

 

 どう交渉すれば、慶次を生かせるのだろうか。

 それを必死に考える暇もなく、

 

 

「だがそれも、ここで終わりだ」

「っ!?」

 

 

 カルがいつの間にか距離を縮めて、松葉杖の先端を慶次の胸に向けていた。

 

 

「慶次っ!!」

 

 

 床を蹴り上げ、手を伸ばす。

 ――あの松葉杖さえ止めれば。

 しかし、間に合わない。

 

 

「慶――」

 

 

 少女の手が杖の先端に届く事はなく、トン、と慶次の胸は軽く小突かれ、

 慶次は力なくうつ伏せに倒れこんだ。

 どっ、と肘から先がない右腕から血が噴き出す。

 指先の一本も微動だにしない。

 胸の鼓動も聞こえない。

 

 

「けい……じ……」

 

 

 少女はただただ、呆然と呟くしか出来なかった。

 

 

 

 

「いやあああぁぁぁぁっ!!」

 

 

 自失していた少女の意識を取り戻したのは、女性の悲鳴だった。

 声の主は新発田美代。綺麗な黒髪と、非常に利発で運動神経もいい女性だったと記憶していた。

 だが、今の彼女は髪を半ばまで焼き落としており、全身のほとんどに包帯を巻き、胸に大きな切り傷まで負っていた。

 地面を這いずりながら、異様に瞳を見開き、倒れ伏した慶次に近寄ろうとしていた。

 

 

「嘘、ですよね……。慶次さん? 慶次さん!? 返事をして、慶次さ――」

「黙れ」

「ひっ!?」

 

 

 カルは煩わしいとばかりに、必死に呼ぶ美代に怒声を浴びせるどころか、松葉杖を振り下ろした。“存在の力”で強化された杖は、美代の顔面のすぐ横を穿ち、人の頭ほどの大きさを床を砕ききっていた。もし、これが顔に振り下ろされていれば、頭蓋ははじけ飛び、無残な死体が一つ増えていただろう。

 

 

「今すぐ殺されたくなかったら、静かにしていろ。分かったな」

「――っ!」

 

 

 カルに脅しつけられ、口を押え何度もカクカクと頷く美代を見せられて、ようやく少女は自失から完全に立ち直る。

 

 

「――『弐得の巻き手』!!」

 

 

 大太刀『贄殿遮那』を抜き放ち、カルの首筋に突きつける。斬りかかる、まさに直前。怒りと不甲斐無さに震える少女の、感情が抑制できるギリギリ場所がここだった。

 

 

「ひぃぃっ!」

「もう嫌だぁっ!」

 

 

 砕けた床、身の丈を遥かに超える大太刀、そしてそれを軽く持ち上げる少女。

 常識という常識をぶち壊した光景に、周囲から一際大きな悲鳴が上がり、這うように生徒たちは去っていった。ただし、美代だけは顔面の真横に穿たれた松葉杖、人の身を大きく超える大太刀を眼前で見せつけられ、身を抱くようにして縮こまる。

 少女は怒りに顔を強張らせ、カルは松葉杖を壁に突き立てたまま、視線だけが交錯する。

 

 

「これはどういう意味だ?」

「約束を破って……慶次を殺して、どういうつもりよ!!」

 

 

 倒れ伏した慶次を指差し、空気を震わせるほどの怒号をカルに浴びせる。しかしカルは全く堪えた風もなく、汚らわしいモノを見るかのように、見下した視線を倒れ伏した慶次に向ける。

 

 

「その点に関しては済まない。まさか、“燐子”に立ち向かうとは俺の想像以上にこの人間は愚かだったようだ」

「っ! 質問に答えて!」

「どうせ、あのままでは死んでただろう? 生きていたとしても、あの身体じゃ辛いだけだ。だから、苦しまない様に、止めを刺した」

「……そんな理由で、あんたは……!」

「両腕が使えるお前には、分からないだろうな……まあ、それは兎も角、これでお前も気兼ねなく『宝具』を回収できる。相手を苦しませず、目的を達成する……一石二鳥だとは思わないか?」

「一石二鳥って……!!」

 

 

 逆に感謝しろと言わんばかりに傲慢な態度で受け応える。

 切っ先が、震えた。

 こんな理不尽な理由で、慶次は殺されてしまったのか。

 もう怒りは湧いてこなかった。ただただ、慶次に対して申し訳なくて、それ以上に、カルが許せなかった。

 音が鳴るほど、歯軋りする。今にもカルを斬り捨てようとしているように見えるが、

しかし、切っ先は震えるばかりで振り下ろされない。否、振り下ろせない。

 結局、使命……その言葉が脳裏を過ぎり、最後の一歩を躊躇させていた。

 その姿を見て、カルは鼻で笑った。

 

 

「何とも半端な覚悟だな、『炎髪灼眼の討ち手』? 逆らうなら逆らう、従うなら従うでそろそろ腹を決めて貰えないか。こちらも、対応に困る」

「……っ」

「答えられないなら、こちらで選択肢を用意するぞ」

 

 

 そう言うと、カルは慶次の残った左腕を――正確には『宝具』――松葉杖で差す。

 

 

「一つ、今すぐ『宝具』を前田慶次から奪う。前田慶次は確実に死ぬが、お前は俺から計画の全てを聞き出せ、かつ俺に対する対抗手段を得る事になる」

 

 

 次いで、カルは松葉杖を床に着く。

 

 

「二つ、何もしない。前田慶次が死ぬだけで、特にメリットもデメリットもない。まあ、強いて言うならば、間近で俺の使命の完遂する瞬間を見られるだけだ」

 

 

 そして再び、カルは松葉杖を慶次に向け、

 

 

「三つ、前田慶次を助ける」

「っ!」

 

 

 カルに言われ、少女は慌てて振り返る。

 うつ伏せに倒れこんだ慶次。欠けた右腕から止め処なく血が流れ、心臓さえも動かない骸のような姿だが、その左腕には今もしっかりと『宝具』が握られていた。

 校舎に飛んできた時と姿形は変わらない――ただ一つ、心臓が止まっている事を除けば。逆に言えば、蘇生処理を急いで施し心臓を動かせさえすれば数分前の姿に戻り、再び『宝具』の力で息を吹き返す可能性もあった。だが、同時にとある予測も立てられる。

 

 

(こいつ、私が試すために、こんなことを……!)

 

 

 眼前の惨状を仕組んだのは目の前のカル。慶次の心臓を的確に止めたのは、三つ目の選択肢を残し『炎髪灼眼の討ち手』の覚悟を問う試金石にするためだったのだろうと容易に予想がついた。

 

 

(こんな事のために、理不尽な……!)

 

 

 少女はカルを睨みつける。普段なら、敵を怯え、震え上がらせるはずの眼光は、今や苦し紛れの物に過ぎず、カルは余裕の薄ら笑いで返しながら選択を迫る。

 

 

「さあ、選べ」

「……私は……!」

 

 

 選択肢は『協力』『傍観』『反対』の三つ。今、こうしている間にも『反対』の選択肢は失われつつある。

 感情的には『反対』を選びたい。だが、使命を考えれば、『フレイムヘイズ』の同士討ちも使命完遂の大義も捨てたくない。瀕死の慶次を目の前にしても、少女の心境は何一つ進んでいなかった。むしろ、慶次が生き残る可能性を提示されて、焦りは積もるばかりだった。

 

 

「私は――」

 

 

 まともな精神状態ではなかった少女が、それでも決断を下そうとした矢先、今まで決して声を発しなかった人物――アラストールが、その重い口をとうとう開いた。

 

 

「前田慶次を助けろ」

「えっ?」

「っ! それは正気か、アラストール?」

 

 

 少女も、そしてカルさえも予想外だったのか、二人のフレイムヘイズは驚愕をその顔に浮かべる。対照的に、アラストールは今までの揺らぎが嘘だったかのように、遠雷のように重厚で尊大な声を響かせる。

 

 

「お前の意志に反するかもしれぬが、今だけ我の願い(・・)を聞いてくれぬか」

「アラストール!?」

「……気でも触れたか、アラストール」

 

 

 これまで、“契約者”(もちろん、仮も含む)の意志を尊重し続けたアラストールに珍しいお願い(・・・)。当然、付き合いの短くない二人は理解が追いつけず、カルは正気まで疑った。

 アラストールはあくまで冷静に続ける。

 

 

「手遅れになるかもしれん。早くせよ」

「う、うん!」

 

 

 少女は首肯すると、慶次の傍へ寄る。素早く傷の状態を確かめると、特に大きな出血箇所を『夜笠』から包帯を取り出し、簡単に止血をする。

 応急手当てを終えると両の掌を胸に置き、心肺蘇生――所謂、心臓マッサージ――を始めた。

 

 

「……意味、分かっているのか」

 

 

 アラストールが選んだのは三つ目の選択肢。それはカルと敵対する事を意味する。当然ながら、アラストールはそれを理解していながら、『反対』を選択している。

 アラストールは重々しく口を開く。

 

 

「お前のその命を弄ぶ行動を見て、我は確信した……我が知っている『炎髪灼眼の討ち手』になり得るカルは死んだのだ、と」

「死んだ? 確かに、お前たちに俺の道は絶たれたが、死んだは言い過ぎだろう?」

「……何を見て、我はお前が『炎髪灼眼の討ち手』になり得ると確信したか、知っているか?」

「知らないな。無論、知ろうとも思わない」

「貴様が提唱した『フレイムヘイズ育成計画』を知らされた時だ」

「っ!? ふざけるな!!」

 

 

 アラストールの言葉を聞き、カルが初めて激情を現した。

 

 

「『フレイムヘイズ育成計画』だと! あれは、お前たちが俺を排除する切っ掛けにした計画ではないか!! お前は俺をおちょくっているのか!!」

「“虹の翼”メリヒムを『カイナ』に据え全教育の道筋を立案し、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが補佐と実行、資金源や人材は我とカルが調達する……我ら三名の数百年を活かしつつ、我らの未来を提示した“お前らしい”計画だった」

 

 

 『フレイムヘイズ育成計画』。

 大仰な名前に似合わず実際の計画は至極簡単、空になったこの世に“紅世の徒”を留め置く宝具『カイナ』に、教育係だった“虹の翼”メリヒムを据え、そのまま『フレイムヘイズ』の育成を続ける……というものだった。

 だが、とアラストールは語尾を強める。

 

 

「今のお前は何だ! 自らの恋心さえ抑え込み、“虹の翼”を『万条の仕手』を理屈だけではなく、感情でさえも救おうとしたお前が、なぜ人の命を弄んで――!」

「その計画を否定したのは、お前たち三人だろう! それを今になって……仮にその時の『カル』が死んだのは、お前のせいだよアラストール!!」

「お前の言うとおりだ! だが、だからこそ……今のお前に使命は完遂できん! 完遂できるだけの実力がない事を、我は確信した! ゆえに、我はお前を止めねばならん!」

「っ! だったら、止めてみろ。俺はお前が何を言おうとやり遂げる」

 

 

 それだけ言い残すと、カルは一跳びで校舎を飛び出した。

 あとに残された少女は、その間も黙々と慶次の胸を規則的に両の掌で押し込み――時にその口に息を吹き込み、

 

 

「――っ、アラストール!」

「! うむ」

「――っは!!」

 

 

 適切な蘇生術が功を奏し、慶次は息を吹き返した。

 少女はほっと胸を撫で下ろすが、まだ事態は何も好転していない。むしろ、悪化の一途をたどっているだけだ。

 浅い呼吸を繰り返す慶次。彼の欠けた右腕を見ながら、少女は暗澹たる思いになるのであった。




精神攻撃は基本(キリッ


表現が難しかったので、一応、我らがシャナが結構早い段階で精神的に参っていた理由を説明すると、

1、アラストールが認めた人だったから、使命を完遂という尊大な題目をちょっと真に受けて考えてしまった
2、1という理由があるのに、感情だけで慶次殺害を躊躇してしまった
3、自分の育った環境が、カルの替わりと思ってしまい、今までの愛情(大なり小なり、感じていた)が本物かどうか信じられなくなった

と、かなり複合的かつ複雑になります……というか、なってしまいました。
また、最初に協力しようとしたのも、『私は替わりじゃないし、使命の完遂ぐらいできんだからね!』という見栄が少々含まれますが、結局はカルを信じきれずアラストールを信じているという迷走っぷり。

ここら辺の心理描写をもっと上手く表現できるように努力……の前に、まずは早く書けるようになりたいと思います。
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