灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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第ⅩⅣ話 絆

 鼻孔を突く刺激臭。最近、すっかり嗅ぎ慣れた消毒液の匂いに、慶次の意識は数瞬もしない内に覚醒する。

 ゆっくりと瞼を開いた慶次の目の前には、薄暗い白い天井が広がっていた。胸の鼓動は規則正しく脈打っている。意識を失う直前、止まったはずの心臓は動いていた。あの絶望的な状況から何が起きたかは分からないが、全身包帯の重傷ではあるものの、生き残れたのは確かのようだ。

 しかし、慶次の胸の内に湧き出るのは、生き残った喜びはない。ただただ、悔しさばかりが込み上げてくる。

 

 

(くっそ……俺は、一体何をやってるんだ……!)

 

 

 生き残った。力なき人間である慶次にとって、それは何よりも喜ばしい事かもしれない。

 目の前で起きた惨劇に、慶次は懸命に立ち向かった。それも、賞賛されるべき勇気あるこうなのかもしれない。

 だが……何も守れなかった。

 己の()を考えれば、出来た方だろう。しかし、慶次は眼前で全てを壊され、傷つけられた。そんな仕打ちを受けて、喜べるはずもなかった。

 能力の有無なんて関係ない。敵がどれほど強大であろうと、立ち向かう事がどれだけ無謀であろうと、絶対に敵は許せなかった。

 そしてそれ以上に赦せないのは()だ。

 

 

(本当に、俺は馬鹿だ……!)

 

 

 少女に吐き捨ててしまった残酷な言葉。あの時、椿は酷く傷ついた顔をしていた。慶次の無神経で暴力的な言葉が、命の恩人を……否、少女の心を深く深く傷つけてしまった。

 

 

(最っ低だよ、ホント)

 

 

 今、慶次は生きている。本当に裏切った奴が、慶次を生かすはずがない。あんな顔をするはずがない。

 

 

(……謝らないと)

 

 

 謝って済むような問題ではないと分かっている。それでも、謝らなければ前に進めない。

 

 

(とにかく、先に状況を把握だ。それから、椿の居所を――)

 

 

 部屋の壁や天井は白く、しかし異様に寒く、暗い。強いアルコール臭から、おそらく病院だろうと推察するが、個室なのだろうか。慶次の横たわるベット以外では、備え付けの家具が設置しているだけだった。

 周囲を確認し、段々と慶次にも心の余裕が出来てくる。

 ――と、ここでようやく、慶次は自分の左半身に何か柔らかく、温かいものが“しがみ付いている”事に気づく。

 

 

(? 一体何が――)

「すぅっ」

「!?!?」

 

 

 肩に熱い息を感じ取り、慶次はぎょっとして振り向くと、熱を帯びた瞳と視線がぶつかる。

 顔の半分は包帯に覆われ、長かった黒髪をバッサリ切ってはいるが、間違いなく“あの”美代が隣にいた。というか、腕を足を慶次に絡みつけていた。ただし、いつもの感情をひた隠しにした冷徹な表情ではなく、頬を上気させ、熱い吐息を絶え間なく吐き、大きな瞳から熱線を放ち続けている。

 吐息は頬に掛かり、一つ身じろぎすれば柔らかな弾力が腕を押し返す。少し寄りかかれば、唇さえ奪えるであろう距離。

 哀れ、一瞬で慶次の頭の中から椿が吹き飛び、視線は美代に固定される。

 ――そして、美代はそっと目を閉じた。

 

 

「ちょ、おま、そこで目を閉じるなって。おかしいおかしい空気がおかしい」

「…………」

「おい、やめろって口をこっちに突きつけんなだからヤバいヤバい雰囲気がヤバい」

 

 

 慶次が訴えても答えは返ってこない。代わりに、可愛らしく唇を突き出して、仄かな甘い香りと共に慶次のまともな思考を奪ってくる。

 暑くもないのに異様に喉が渇き、思わず唾を飲み込んでしまう。ごくり、という音が聞こえ、皮肉にもその淫靡な響きに慶次は理性を叩き起こされる。

 

 

(落ち着け。ワガママボディの幼馴染が、時と場所を考えずに色仕掛けをしているだけだ。冷静に対処しよう。俺ならできる、かもしれない)

 

 

 慶次は理性と本能を綱引きさせながら、結局、異常状態を放置している間も、事態は悪い方向へ進行していく。

 

 

「おいこら、おま、顔が近づいて来てるってこの野郎止まれ――」

 

 

 貞淑な彼女はどこへ行ったのか、ぐいぐいと唇を押し付けようとする美代。慶次は逃げようともがくが、がっちり左半身を捉えられており身動きが取れない。右腕で押し退けようともしたが、そもそも右腕は炎上して無くなった事を思い出す。

 

 

「ああ、右腕生えてこないんだ――」

 

 

 そんな事を悠長に呟いている隙に、美代が一気にその距離を詰め、まさにゼロになろうとして――その側頭部に拳が落ちて大きな痛々しい音をたてる。

 

 

「何やってんのよ!」

「~~~~っ」

 

 

 痛みに悶絶する美代を気遣う事を忘れ、息が、心臓が止まるかと思うほど、慶次は驚いた。

 薄暗闇に溶けるほどの黒く艶やかな長髪。椿が美代の背後にいた。安っぽいパイプ椅子に座っている彼女は、綺麗な姿勢も相まってどこかアンバランスな印象を受ける。ただし、その瞳はどこか不安に揺れ、声音も張りがなく、いつもの凛とした彼女の姿はどこにもなかった。

 

 

「『宝具』を使うために一緒に寝かせてるだけでしょ!? 何でキ、キスしようとしてんの!? というか、起き掛けの怪我人に、本当に何やってんのよ!?」

 

 

 ――ないのだが、ツッコミのキレだけは健在のようだ。

 慶次はそんなどうでもいい事を考えながらも、状況に得心がいった。

 美代の負った傷は、慶次に次いで重い物だった。おそらく、あのまま放置していたら、命を失っていたかもしれない。そこで、慶次の左手に握られている『宝具』を共有させる事で、命を繋ぎとめようとしたようだ。栄養補給は左腕に繋がれた点滴から行っており、輸液の減る速度が異様に早い。口で吸っている訳でもないのに、まるで管をストロー替わりに吸っているようで、かなり不気味だ。

 

 

(栄養補給は楽だけども、何かいよいよ化け物って感じだな……ここは、見なかった事にしよう)

 

 

 それはともかく、美代に何かを言われたのかもしれないが、隣に寝かせるのはけしからん。

 

 

「そもそも、誰が抱きついて良いって言った!? 私はバットを握ってるだけでいいって言ったでしょ――って聞いてるの!!」

「…………」

「こっち見なさいよ!」

 

 

 慶次の隣で、明後日の方向を睨みつける美代を、叱りつける椿。慶次の与り知らぬところで、随分と仲が良くなったようだ。

 その時、慶次に視線を向けた椿と目と目が合うが、すぐにどちらともなく視線を逸らした。謝らなくては、と思いはするが、いざ本人を目の前にすると躊躇してしまう。というか、普通に気まずくて話づらい。

 

 

「……よっこいしょ」

 

 

 誤魔化す様に(全然誤魔化せてない)慶次はゆるゆると身体を起こす。寝たままでは話づらい、というのもあったが、今は少しでも心を整理する時間が欲しかった。ついでに美代が左腕にくっ付いてくるが、これも心配を掛けた責任だと思って諦める。

 ベッドの上に座り、椅子に座った椿と向かい合う。気まずい空気は変わらない。それどころか、膝を突き合わせるほど近づいたせいか、相手の緊張感がダイレクトに伝わり、もっと気まずくなった。

 慶次は我ながら情けないと思いながらも、ついつい第三者である美代に話を振ってしまう。

 

 

「……あー、何つーかお互い生き残れて何よりで。何か恥ずかしい事言いまくったかもしれないけど、今のところは置いといて、身体は大丈夫か? ……片腕の俺が言うのも変な話だけど」

「…………」

「その、どこか痛い所とかないか?」

「…………」

 

 

 何度も美代に尋ねるが、なぜか答えが返ってこない。替わりと言うべきか、慶次に強く腕に抱きついてくる。まるで『大丈夫』とでも言うように。

 慶次は美代の事を多少なりとも分かっているつもりだが、それでも声で聞かねば何も分からない。

 

 

「どうしたんだよ、美代? どこか痛いのか? 話してくれなきゃ、幾ら俺でも――」

「慶次」

「――っ」

 

 

 今度は強く尋ねようとした慶次を、椿が悲痛な声と面持ちで遮る。

 椿の表情と声音。嫌な予感しかしなかった。

 

 

「どうした?」

「……その…………声が出ないの」

「――っ!」

 

 

 声が出せない。怪我の大小よりもまず先に、慶次は自分の知らない間に、さらに美代は傷ついていた、その事実に大きな衝撃を受ける。もし、自分が倒れなければ、などとまでは思わないが、それでも後悔は沸々を湧き上がった。

 椿は心なしか先よりも痛々しそうに続ける。

 

 

「……あんたが胸を突かれた後……その、美代が叫んでいたのが、『敵』にとって気に喰わなかったみたいで。『喋るな』って脅されて……」

「それじゃあ、今は心因性のショックで喋れないって事か?」

「ええ」

 

 

 慶次はようやく、いつもの美代では考えられない、まるで心の箍が外れたような、よく言えば情熱的、悪く言えば狂気の籠った姿に合点がいった。

 おそらく、美代が今まで望んでも出来なかった事を行い、負荷の掛かり過ぎた心のバランス保とうとしているのだろう。もしくはただ単に、慶次を喪う危機感から極端な行動を取っているのかもしれない。

 

 

「…………」

「――っ、美代」

 

 

 美代が慶次にもたれ掛り、肩に頭を乗せる。目尻を下げ、頬を緩ませ、警戒の欠片もない安心しきった表情を慶次に向けてくる。その依存しきった姿が、今まで起きた惨劇を象徴しているかのようで、鈍い痛みが胸に走った。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 誰も声を発しない。

 嫌な沈黙だった。

 

 

「……ふぅー」

 

 

 慶次は荒れた心を落ち着かせるため、長い息を吐きながら周りを見渡す。

 隣見れば、心身ともに傷ついた幼馴染。

 前を見れば、今にも不安に揺れる命の恩人。

 そして、窓の外は薄暗闇にも関わらず、電灯一つ点いていない荒廃した街。

 どこへ目を向けても、事件の暗い影が落ちている。惨劇の逃げ道など、どこにもなかった。

 

 

(逃げられない、か)

 

 

 だが、追いつめられたからこそ、逆に腹が据わった。

 逃げられないなら、辛い現実と向かい合い、出来る事からやっていく。それだけだ。

 

 

「椿」

「――っ」

 

 

 慶次は逃げ腰ではなく、真正面から僅かに目を伏せた椿と向かい合う。

 

 

「すまん!」

「――え」

 

 

 慶次は頭を深く下げた。

 無意味に少女を傷つけた。それを癒す術も、慰める方法も慶次は知らない。慶次にできる事と言えば、謝る事だけだ。

 椿の顔が見れない。覚悟を決めたのに、それっぽっちしか出来きなくて、正直、嫌だった。情けなかった。

 それでも、それが慶次の唯一出来る事なら、どんなに情けなくても、彼女と再び手を取り合うために、慶次は何でもするつもりだった。

 

 

「八つ当たりみたい当たって、本当にすまなかった」

「――めて」

「お前が裏切るはずないって、分かってたのに。謝って済む問題じゃないってのは分かってる。けど、今だけは謝らせてくれ」

「――だからっ!!」

 

 

 それで少しは伝わると思った。

 ――だからこそ、無関心でもなく無愛想でもなく、少女が本気で激昂した意味が本当に分からなかった。

 

 

「やめてって言ってるでしょ!!」

「…………」

 

 

 今にも胸倉に掴みかかりそうな勢いで椿が立ち上がり、頭を上げた慶次に怒声を浴びせかける。

 何を間違ったのだろうか。致命的なミスを犯してしまったのだろうか。

 危機感、不安、恐怖が押し寄せ、全てを投げ出したくなるが、左腕に伝わる温もりと、胸に宿った確かな覚悟が慶次をその場に踏み止まらせてくれる。

 衝撃は一瞬で飲み込み、決してその場から逃げ出さず、真正面から少女の瞳を見つめ返す。不安に揺れる瞳は、確かに慶次を見ていた。しかし、そこには慶次を映してはいなかった。

 

 

「何でよ、何でなのよ! あんたの言う事を訊かなかったのも、あんたを追いつめたのも私でしょ! 私が悪いでしょ!! それなのに何で、何であんたが謝ってるの!! 何で私を責めないの!! そんなのおかしいでしょ!!」

「……どんな事情があったにせよ、俺がお前を傷つけたのは事実だ。その事は、謝らなくちゃいけない」

「うるさいうるさいうるさい!! 何よ、何なのよあんたは一体!! 私の事、何も知らないくせに、知ったような口利いて!! もう、あんたに会ってから、滅茶苦茶、全部、あんたのせいで――っ!!」

 

 

 あ、と今にも消え入りそうな声で、椿が呟いた。小さく「ごめん」とだけ言うと、安いパイプ椅子に腰掛け項垂れた。

 両手で顔は覆われており、その表情は伺えない。唯一隠されていない小さな唇はわなわなと震え、白い息が何度も何度も吐き出されていた。

 

 

「確かに、お前の軽率で俺は……俺たちはこうなったかもしれない。だけどな、それはだたの結果だろ? 結果が伴わなかっただけで、世界のバランスを守るために、戦ったんだろう? それに、失敗したとしても、そこから俺たちを救ってくれたじゃないか。感謝はあっても、責める訳がない」

「っ、そういう事、やめて。あんたが何て言おうと、私の軽率で、慶次の腕はなくなった。街が壊された。どっちも、もう取り返せない」

「だから、そんな自分を卑下するような事、言ってくれるな。失ったものもあるが、生きてさえいれば、取り戻せるものだってあるだろ? これから一緒に取り戻しさえすれば、それで十二分じゃないか」

「……それだけじゃ、ないの」

 

 

 慶次はありったけの感謝を込めるが、椿は言う先からぎこちなく、首を横に振る。

 

 

「……まだ、迷ってるの……」

「何を?」

「…………」

 

 

 打てば響いていたはずなのに。

 椿から、中々答えが返ってこない。

 言えない事なのだろうか。それとも、言いたくないのであろうか。

 椿は何度も息を、唾を、声を飲み込んでしまう。

 

 

「あ、あんた、を……」

「…………」

 

 

 やっと、吐き出す様に出した声も、唇だけがふるふると震えて最後まで続かない。左腕には、今まで以上に強く美代が抱き着いてきて、汗ばんだ手が緊張感を伝えてくる。もしかしたら、慶次も美代と同様に緊張しているかもしれないが、今はだた、椿を言葉と姿に目と耳を向ける。

 そして、しばしの沈黙の後、か細い声で、椿は言った。

 

 

「あんたを、生かすべきか……まだ、迷っているの……」

「っ――美代!」

 

 

 言われた瞬間、慶次はその言葉の真意まで測り仕切れなかった。唯一分かるのは、その発言は明らかに美代の感情を逆なでするものだという事。事実、慶次の左腕にあった温もりが離れようとしていた。

 

 

「っ! ――っ!!」

「待て!」

 

 

 慶次は左腕だけでなく、とっさに半身を使って美代を抑えつけた。彼女の左腕には、何時の間に盗ったのかメスが握られており、目を怒らせ歯をむき出しにし、椿に飛びかかろうと――より正確に言うならば、椿を殺そうとしていた。

 美代の純粋な想いが、狂気に、殺意に変わっていく。そうなってしまえば、きっと美代は人として大事な物を失ってしまうであろう。慶次は己に対する想いで、人の道を外すなど絶対にさせるつもりはない。

 

 

「なあ、お願いだから、落ち着いてくれよ!」

 

 

 慶次は何とか宥めようと、遮る様に美代の前に回り込む。

 自然、椿に背を向ける形になる。美代はメスを投げ捨て、慶次の肩を掴み無理矢理どかせようとするが、慶次は決して動こうとしなかった。

 慶次は美代の大きな瞳を覗き込む。どこか焦点の定まっていない殺意の込められた瞳は、徐々にその熱を冷ましていく。

 

 

「美代、これで分かっただろ? この子は大丈夫だから、俺に話を続けさせてくれ」

「っ、……」

「本当に、ありがとな」

 

 

 こくり、と頷いた美代に、慶次はほっとしながら礼を言うと、再び椿と向かい合う。

 いつの間にか、顔を上げた椿と目が合った。充血した丸々とした目に、慶次が映る。

 

 

「悪い。それで、さっきの続きだけど……」

「――分からない」

「ん?」

「私には、あんたが分からない」

 

 

 椿は視線を慶次の隣、美代に移すと、

 

 

「あんな事をされて、どうしてこいつみたいに怒らないの? あんただって、頭が悪い訳じゃないのに……どうしてそこまで、私を信じられるの? 私の、どこが信じられるの? 私には、あんたが、分からない……」

 

 

 それだけ言うと、気まずそうに椿は再び俯いた。

 

 

「……あー」

 

 

 実のところ、そんなに深く考えて話している訳ではない。ほとんど感情に従って口にしているだけで、何でと訊かれるとちょっと困った。

 敢えて言うならば、『信じたいから信じる』。だが、それだけでは椿は納得しないだろうし、今のままでは和解もままならない。

 慶次は頭を捻りながら、少しずつ椿にも分かる様に頭の中を紐解いていく。 

 

 

「正直、『信じれる』ってよりも、『信じたい』って方が強い。まあ、理屈じゃなくて感情って事だな」

「…………」

「だけどな。やっぱり、こうして話してると、『信じれる』って段々思えるようになってきた。もちろん、お世辞じゃないぞ」

「……なん、で」

「そりゃあれだよ。あれ……! そう、背中見せても、何もしなかっただろ!」

「……たった、それだけの事で……?」

「……いやいや、他にもあった! あった、はず……」

「はず?」

「!? えっと……そうそう、わざわざ犯人の事を『敵』って表現した所とか! それに、迷ってるって言った時も『生かすかどうか』って言ってくれたじゃないか。『殺すかどうか』って言やいい場面なのに」

「――っ」

「細かい事って言われたらそれまでかもしれないけどな。俺はそういう細かい所に、人の本音が隠されてると思ってる。だから俺は……自然と、“また”椿を信じる事が出来たんだと思う」

「……あんたは、何も知らないから、そう言えるだけよ」

「じゃあ、教えてくれよ。お前が教えられる事、全部。俺は全部受け止めるつもりだぜ」

「っ……馬鹿。私は、あんたが思っているような人じゃ、ないわ」

 

 

 椿は一度、小さな口を強く切り結ぶと、ポツリポツリと語り始める。

 

 

「『敵』の正体は“紅世の徒”じゃなかった」

「っ!? “紅世の徒”じゃないって……えっ、ちょ、ま、まさか……『フレイムヘイズ』か!?」

「それだけじゃない。『敵』はアラストールの愛弟子『弐得の巻き手』。私の兄弟子に当たる相手よ」

「……弟子? 話しの全体像が、全然つかめないんだが……」

「それは――」

 

 

 椿の話は、衝撃の連続だった。

 『敵』が『フレイムヘイズ』である事。

 『敵』が元『炎髪灼眼の討ち手』候補で、アラストールの愛弟子だった事。

 堂森市に起きた惨劇は、フレイムヘイズの使命を完遂するため……世界を救う計画の一端だという事。

 慶次はその計画を破綻する可能性を持っているという事。

 慶次を救うために、勝手な約定を取り付けた事。

 ――そして、椿が『フレイムヘイズ』に使命を遂行するためだけに生きる、選ばれた『フレイムヘイズ』だという事。

 慶次のみに降りかかった事と、それに関連する事柄のおそらく全てを、椿は話してくれた。

 

 

「私はあやふやな理由であんたを傷つけるのは嫌。それだけは、はっきり言える。でも、完全なるフレイムヘイズとして使命の完遂はしたい。完遂の可能性があるなら、出来れば計画も潰したくない」

「…………」

「そんな事を延々と考えてたら、あんたか使命か迫られてた。あんな奴の言う事何て、やりたくなかった。でも、使命の完遂って言われて……私は慶次の心臓が止まっているのに、アラストールに言われるまで、答えが出せなかった……今も、答えは出せていない」

「…………」

「はっきりしてるのは、過去、現在、未来……あんたの不幸には私たちが関わってる。だから、あんたは我慢しなくていい。その気持ちは、間違いなく私たちのせいなんだから」

「…………」

 

 

 長い長い独白が終わると、椿は徐に席を立ち、部屋の隅の冷蔵庫から何かを取り出した。輸液バッグ――おそらく、栄養剤が入ったもの――だ。よく見れば、点滴が切れかけている。

 慶次はバッグを取り換えている椿を眺める。この行為に意味はない。本当に、ただなんとなく。

 居心地が悪いのか、しかし立場上、反論も出来ないのだろう、椿は妙にぎこちなく黙々とバッグを取り換える。

 

 

(……あ、そうか)

 

 

 そんな等身大の少女を見ていたせいだろうか。まるで靄が晴れるように、はっきりと彼女の心が見えた……気がした。

 

 

「お前ってさ……ホント、不器用だよな」

「……は?」

 

 

 今の会話の流れで、どうしてそんな言葉が出るのか。訳が分からず、椿はポカンと口を開ける。だが、慶次の口は容赦なく回る。

 

 

「昨日の包帯の巻き方だって、幾らなんでもガーゼもなしに傷に直接巻くのはダメだろ」

「え」

「箸の使い方だって、ありゃなんだ。行儀が悪すぎだろ」

「ちょ」

「みかんの皮もぐちゃぐちゃに剥きやがって。掃除が大変だったぞ」

「ちょっと! 今それ、関係あるの!?」

「あ、すまん。少し脱線した」

「少し?」

「おっと」

 

 

 椿がちょっと本気でイラつき始めたので、慶次は慌てて佇まいを正し、考えを纏める。

 

 

(こんな事になるなんて、誰も思っていなかったよな……)

 

 

 堂森市に降りかかった惨劇。椿の言葉が正しければ、それは“紅世の徒”ではなく、全て『フレイムヘイズ』……椿たちを中心に起きている。

 人の手にはどうする事も出来ない事件。それを解決できるはずの椿が、カルを自由にさせるという致命的なミスを犯してしまった。それだけではない。さらに言えば、事件の発端が彼女の契約者であるアラストールだった。使命に生きる少女は、惨劇から目を背く事も出来ず、かと言って重すぎる事態に乗り越える事も出来なかった。

 それでも、責任感の強い彼女は全てを背負った。だからこそ、何一つ解決しない内に慶次の謝罪――彼女からすれば赦し――を受け取る事が出来なかったのだろう。

 

 

(不器用……つーか、クソ真面目だな)

 

 

 慶次は苦笑いを浮かべる。

 彼女らしいと言えば彼女らしいかもしれないが、そんな凝り固まっていたら雁字搦めになって当然だ。答えなんて、出るはずもない。

 もう一度、慶次が椿と手を取り合うためには、この雁字搦めになった鎖の結び目を解くしかない。

 

 

(鎖の数は……三つか?)

 

 

 ――慶次を傷つけたくない。

 ――カルの計画に賛同したくない。

 ――使命の完遂はしたい。

 おそらく、この三つが絡み合い、椿を迷わせているのだろう。複雑に絡み合ったこれらを、どうすれば解けるのか――。

 

 

「――簡単だな」

「えっ?」

「なあ、椿……迷うぐらいなら、全部やっちまおうぜ」

「……はぁっ!?」

 

 

 しばらく呆けるが、頭の良い彼女の事だ、すぐに合点がいったのだろう。慶次の真意を察し、驚愕に目を丸くさせ、唇をわなわなと震わせた――心なしか、口角が上がっているのは慶次の気のせいではないだろう。

 慶次は続ける。

 

 

「お前だって、本当は気づいているだろ。もうここまで来たら、それしかないって。もう迷子の振りはやめようぜ」

「……あ、あんたは知らないからそんな事、言えるのよ!」

 

 

 椿は否定する。

 全てをやる。それは言ってしまえば、ただの“夢”。それがどれだけ無謀で愚かで……甘美な事か。

 一度口にしてしまえば、もう後戻りは出来ない。夢を言葉にするとは、それだけの魔力が秘めている。そして、それを叶えるだけの強大な力を持つ椿なら、なおさら……である。

 無論、慶次は“そこまで深く考えずに”ガンガン押していく。

 

 

「ああ、知らないな。だけどな、お前がそれを選ばないんなら、“嫌な事”するしかないぞ?」

「!? けい、じ……」

「やったら、ぜ~~~~~~ったい、後悔するぞー? いいのかー? いいのんかー?」

「……こいつ殴りたい……! ていうか、あ~~~~もう!!」

 

 

 椿は拳を震わせたり、髪を掻き毟ったり、なぜか悶絶していた。理由に皆目、見当がつかなかったが、慶次が分かるのは一つ。椿の瞳に、再び力が戻った事だ。

 椿は先と違う、凛とした眼光を胸元に落とす。

 

 

「アラストール」

「ふっ、まさか“何も知らない者”に気づかされるとは」

「ええ……ホント、馬鹿みたい」

「カルに心を乱されたとはいえ、気づかぬとは。我もお前も、まだまだ未熟という事か」

「うん」

 

 

 椿は力強く頷くと、視線を慶次に向ける。瞳は黒く冷めており、紅蓮は灯っていない。だが、そこには燃えるような感情が確と込められていた。

 

 

「慶次」

「おう」

「ごめん。私の軽率で右腕を……謝って済む問題じゃないけど、謝らせて」

「生きてただけで儲けものさ。それに、俺もお前を無意味に傷つけた。こちらこそ、すまなかった」

「いい」

「じゃあ、これでお相子だな」

「うん」

 

 

 それだけで、慶次と椿はそっぽを向き、謝罪は切り上げた。こうやって、お互い面と向かって謝るのは、かなり気恥ずかしかったからだ。それに……もう十分、伝わりあっていた。

 これ以上、謝罪の言葉は必要ない。今必要なのは、前に進む勇気である。

 再び、二人は真正面から視線を交わす。

 

 

「慶次」

「おう」

「私は『フレイムヘイズの使命を完遂させる』……ただし、私なりのやり方で。もちろん、『弐得の巻き手』のやり方は認めない。計画の障害と成り得る慶次と『宝具』は絶対に渡さない」

「……」

「だから――」

 

 

 椿は笑顔で右腕を差し出すと、躊躇う事無く言った。

 

 

「もう一度、私と一緒に戦って」

 

 

 慶次も笑って頷いた。

 

 

 

 

「――ところで、その右腕は何だ?」

「っ!? あ、ごめん、えっと、これはその、つい――って、ニヤニヤすんな馬鹿!!」




前田慶次(1日ぶり2度目の瀕死)



何やら幼馴染をガン無視して二人で盛り上がってますが、全然物語が進んでいません。

一体、いつになったら謎解きが始まるのか……。
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