灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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※本話は独自解釈が含まれています。


第Ⅳ話 宝具

 炬燵の上に、慶次の用意した朝食が並べられた。

 湯気を上げる白飯とみそ汁。味がしっかりと染み込んでいる煮物。そこへ添えられたほうれん草のおひたしと、絶妙な焼き加減の鮭。慶次の言った通り、寸分違わず和食であった。

 慶次が一品ずつ、箸で口に運ぶ。

 白飯。見た目が艶やかで美しいだけではない。しっとりとした食感と甘みが、口の中に広がる。

 みそ汁。濃すぎず、薄すぎず。上品な味わいの後には、白味噌特有の爽やかな香りが残る。

 焼鮭。絶妙な焼き加減は余分な脂と塩分を追い出し、香ばしい匂いと鮭の旨みだけを上手に封じ込めていた。

 おひたし。出し汁のすっきりとした味わいが、他の料理の味を引き立てていた。

 美味い。

 食材の旨みを引き出すことを念頭に作った。短い時間だったが、達成できたと言える。気合を入れて作っただけあった。

 だが、問題は椿の口に合うかどうか、である。

 ちらりと対面に座った少女を盗み見る。憮然と箸を進めていた。

 慶次は戦々恐々と尋ねる。

 

 

「椿さん……その、いかがですか?」

 

 

 黒髪の奥の大きな瞳が、ギロリと慶次を睨みつける。

 そしてポツリと、

 

 

「………………美味しい」

 

 

 言葉とは裏腹に、不機嫌そうに呟いた。

 それ以上は一言も発せず、食卓は沈黙した。しかし、先刻の重苦しさとは違った。あのときはどちらも話したくなかったが、今は何を話すべきか分からない『意図しない沈黙』であった。

 お互い食べる事しかやることがないので、食はどんどん進んでいき、気づいた時には、完食していた。お椀には米粒の一つも残っていない。

 

 

「………ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 

 

 食後のお茶を差し出すと、椿は黙ってそれを受け取った。どうやら、機嫌は直ったようだ。

 一時はどうなるかと思ってが、彼女の事が少しだけ分かった。

 凛々しさと、剛直に事実を叩きつける冷酷とも取れる態度。そこに隠れた、一人の少女としての部分。

 戦いだけではない。人並みに美味しい料理が好きで、人一倍負けず嫌いで誇り高くて。今はそれぐらいしか分からないが、他にもたくさん別の椿はいるだろう。無論、フレイムヘイズの部分も、もっとたくさん存在するはずだ。まあ、そこまで分かる前に事件が解決し、そのまま別れる可能性大だが。

 

 

(解決したときぐらい、ちょっとお祝いぐらいさせて欲しいな……)

 

 

 来る未来に、一抹の寂しさを覚えながら慶次は立ち上がると、 

 

 

「それじゃあ、食器片づけてくる」

 

 

 一言断ってから食器を持って洗い場に向かう。汚れたらすぐに片づける。それが慶次の台所ルールの一つだ。

 黙々と食器洗いをする。食器の量は二人分とはいえ少なく、食器洗いはすぐに終わった。

 

 

「ねえ」

 

 

 終わるタイミングを見計らっていたのか、蛇口を閉めると同時に椿が声をかけてきた。

 

 

「どうした?」

「さっきから随分と歩き回ってるけど、そんなに身体の調子がいいの?」

 

 

 慶次は自分の耳を疑った。

 “椿が他人の身体の心配をしていた”。

 これはもしかして、機嫌の反転が、椿に気遣いを覚えさせたのかもしれない。

 そんなことありえないと思いながらも、喜色を潜めて慶次は恐る恐る訊く。

 

 

「椿が俺の身体の心配を、」

「ううん、宝具の能力を確かめてるだけ」

「ですよねー!」

 

 

 がっくりと肩を落とす。彼女に気遣いを求めるのはお門違いだと分かってはいたが、もう少しどうにかならないものか、と慶次は心底思う。

 

 

「何を期待してたか知らないけど、早く質問に答えなさいよ」

「はいはい。それで、体調だっけ? まあ、あの重症を考えれば十分過ぎるほど体調は良くなってる。けど、やっぱり全快ってわけじゃない。ちょっと調子が悪いって感じだな」

「うーん……人間用の宝具にしては優秀だけど、やっぱり“それだけ”でしかないわね」

 

 

 椿が顎に手をやり、考え込む。慶次は思った疑問を、そのまま口にした。

 

 

「なあ、このバット……宝具って、そんなにすごいものなのか?」

「珍品であるのは間違いないわ。だけど、それ以上の価値がない」

「こんなすごい再生能力持っちまうのに、そんなもんなのか」

「そんなものよ」

 

 

 驚異の再生能力から、バットを伝説の武具のように思っていた慶次にとって、この発言は少なからずショックであった。一本あれば、医学界を変えてしまうほどの宝具でも、椿ら“紅世”に関わるものからしたら、『珍品』の一言で片づけられるのだ。“紅世の王”にもなれば、一体どんな化け物が出てくるのか。正直、慶次は想像もしたくなかった。

 慶次が“紅世”の事で戦々恐々としていると、

 

 

「それじゃあ、次は脱いで」

「……はいっ?」

 

 

 椿が真顔で変な事を言った。

 脱ぐ。

 つまり、この少女は慶次の裸体が見たいということか。

 ありえない。

 これは慶次の直観だが、この少女は絶対乙女だ。裸なんか見られた日には、ボコボコにされた上で大太刀を振り下ろすに違いない。他人の裸に関しても、治療など目的がなければ、それこそ頬を赤く染めるはずだ。なのに、こんな真剣な表情で言えるわけがない。それに仮に裸体が見たいとすれば、椿なら自分で無理やり剥いて見る。キスがしたくなったら、無理やり唇を奪う。椿とは、そういう直情径行の少女のはずだ。

 ならば、どういう意味なのだろうか。そこで慶次が考え付いたのが“紅世”。このバットでさえ、『珍品』と言い切る異常な世界。慶次にとって非常識でも、それは“紅世”では常識なのかもしれない。

 ――ということを、慶次は本気で考えた。

 迷うことはない、と慶次は抵抗なくズボンのベルトを外したところで、椿は飲みかけの茶を噴いた。

 

 

「大丈夫か椿!?」

「げほっ、げほっ……! ばっ……だ、大丈夫か、じゃないわよ! なにしてんのよ、一体!?」

「えっ? さっき、脱げって……」

「確かに言ったけど、今の話の流れでどうしてそういう事になるのよ!! 宝具の効果を確かめるために、その“エプロンを脱いで”怪我を見せなさいってことでしょ!!」

 

 

 椿がズビシッ! と慶次のエプロンを指差す。

 

 

「――そういう意味か!」

「そういう意味しかないでしょ! お前は自分の行動に疑問を持たないの!?」

「いや……もしかしたら、フレイムヘイズ流の身体測定法があるのかもしれないと思って」

「あるわけないでしょっ!!」

 

 

 興奮して立ち上がった椿が、炬燵の机に拳を振り下ろした。生半可な重機よりも強固な拳は、机上にその形をクッキリと跡を残した。それでも、加減しているようだったが、どちらにせよ、机が使い物にならなくなった。

 

 

「ああっ!! 一体、どうしてくれるの!?」

「怒らすお前が悪い!!」

「でも、替えの机なんてねーぞ! 炬燵でご飯食べられないぞ!!」

「それは困……じゃなくて! そんなことより、早く傷を見せなさい」

「いや、これは食後に見ない方がいいと思……って、ちょっと待ってください椿さん!?」

 

 

 驚愕に目を見開く慶次に業を煮やした椿は、無駄にフレイムヘイズの力を使って距離を縮めた。もちろんやることは、エプロンを捲って包帯を外すだけである。

 慶次の理解が追いつく前に事は終わり、傷が晒される。

 傷跡は透明な薄い皮に覆われており、その皮の下で血管もないところで血液だけがぐるぐると循環する。欠けた肉と骨の表面がまるで生き物のように蠢き、失った部分を補おうと増殖を繰り返していた。

 透明な膜の下、内臓の一端がうねうねと動くのを見て、椿が一言。

 

 

「……気持ち悪い」 

「ぐはっ!」

 

 

 鋭い言葉のナイフが、慶次の心を刺し貫いた。

 

 

「俺も見たとき思ったけど、はっきり言わないで。めちゃくちゃ傷つくから……」

 

 

 化け物に付けられた傷跡は、数本の真っ直ぐな爪痕。傷は骨まで達しており、爪の通った跡は骨まで抉り刈っていた。人間なら再生不能の重症だった。それを短時間で動けるまでに回復させるとなれば、普通の再生法なわけがない。ないのだが……もっとビジュアル的に頑張れなかったものかと、慶次と椿は珍しく意見が合った。

 二人が同じような感想を抱いている中、アラストールが別の視線から物を言う。

 

 

「ふむ、随分と特殊な方法を取っておるな」

「……えー」

 

 

 その意見に若干引く慶次。対して、椿はすぐに気を取り直し、賛同するように頷く。

 

 

「生物的な観念から見れば、理に沿っているとも言えなくもないけど」

「しかし、相当の変わり者が創作したに違いない」

「人を傷つけておいて、勝手に話を進めるなんて酷くないか?」

「ああ、もう面倒ね」

 

 

 椿は文句を言うが、それでも説明してくれるらしく、口を開く。本当に、律儀な少女だ。

 

 

「どうして“紅世の王”たちが人間と契約する方法を取ったか分かる?」

「そりゃ、討滅しに“紅世の王”が行ったら、本末転倒だからだろ。居座るだけで“存在の力”を、同胞と戦うために“存在の力を”。そんなことしてたら、逆に世界のバランスが崩れちまう」

「どうしてその閃きを普段から使わないのよ……」

「何か言ったか?」

「なんでもない。それで話を戻すけど、お前の言う通りの理由で人間と契約をするの。その代り、契約者はあるものを“紅世の王”に捧げなくてはいけない」

「それは……?」

「生きていたらあったはずの“過去と未来”よ」

 

 

 慶次の耳には、椿の口調が僅か固くなったように聞こえた。

 

 

「“過去と未来”?」

「今以外の自分、と言ってもいいわね」

「それで、捧げるとどうなるんだ?」

「そいつは“いなかった”ことになる。その代り、本来あるはずだった自分を“紅世の王”が埋めて、力を貸し与えられる。だから、このコキュートスはアラストールの意識を外に向けるためのもので、実際は私の中を満たしているってわけ」

 

 

 “過去と未来”を捧げ契約し、内に“紅世の王”を蔵した者が『フレイムヘイズ』。

 おそらく、“過去と未来”にはその人が存在するための力がある。それを“紅世の王”が所持し、介することで“存在の力”として引き出せるようになるのだろう、と要点だけ掻い摘んで勝手な解釈を入れる。

 

 

「それで、それが俺の傷とどういう関係が?」

「つまり――」

 

 

 椿は言うなり、突如自身の親指を口に含み、

 ぷつり。

 何かが千切れる音がしたら、唇から赤い線が一筋滴り落ちた。

 椿が慶次の眼前に親指を差し出す。ぷっつり噛み千切られ、血が噴き出していた。

 慶次が何かを言おうとした瞬間、それは起きた。

 まるでコマ送りのように、皮膚が塗り替わっていった。あったはずの皮膚を取り戻すように、次々と新しい皮膚に取って代わっていき、気づいた時には傷はふさがっていた。跡には、流れた血痕が転々と散らばっているだけだ。

 治った……なんて、生易しいものじゃない。

 言うならばこれは、

 

 

「――復元」

「その通り。“今”しかないフレイムヘイズは、怪我を負っても“今”に向かって復元するの。いいえ、“今”しか存在しないフレイムヘイズは“今”にしかなれない。もちろん、命を落としたら“今”さえなくなって、復元なんてできないけど。余程のことがない限り、フレイムヘイズは“今”のままでいられるってわけ」

「不老不死ってことかよ」

「正確には、“今”に向かって復元を繰り返しているだけだから、僅かに老いもするわよ。でも、それ以上の速度で復元を続ける」

「確かに、これは“再生”とは根本的に違うな……」

「全く、この宝具を作った奴は変わり者よ。常識を無視して、わざわざこんな方法取るなんて」

 

 

 慶次は背負ったバットの重みを改めて感じる。これが、どれほど珍品であるか、ようやく気づいた。そして、椿が変わり者と言った創作者の気持ちがちょっと分かった気がした。

 フレイムヘイズのように、一つの状態『A』を持ち続けるんじゃない。もしかしたら、次の瞬間の『A´』が最高だったかもしれない。もっと先の『A´´』が最高かもしれない。だから、この宝具は過去の自分『A』を見ない。見えない未来の自分『A´』を目指すため、もっと高みを目指すため、復元ではなく再生という手法を選んだのではないか。根拠もないが、慶次はそう思った。

 

 

「言い忘れていたけど」

「まだあるの?」

 

 

 椿は何を思い出すように紡ごうとした刹那。

 ぐー、と。音源が分かりやすすぎる、気の抜けた音が割って入った。

 

 

「わ、悪い! 真面目な話してんのに、胃袋がどうも辛抱足りなくて!」

 

 

 さすがの慶次も恥ずかしさで、顔を赤くする。椿も怒るだろうな、と予想し身構えるが、何時まで経っても怒声は来ない。むしろ、何か納得したような顔をしていた。

 

 

「気にしてないわよ。逆に納得しただけだから」

「納得?」

「その宝具の動力源としている“存在の力”をどこから調達しているのかは別として、お前は今、実際に再生している訳だけど……これって、新陳代謝を宝具なりのやり方で促進しているだけなのよね」

「新陳代謝の促進……要するに、傷を早送りで治してるみたいなもんか。で、それのどこが問題なんだ?」

「新陳代謝を促進するって事は、通常よりも速くエネルギーが消費されるって事よ。お前はどうやって、治療のためのエネルギーを摂取しているのかしら?」

「……食事」

「その通り。そういう事で、今のお前は高速治療と引き換えに、ご飯食べなきゃ再生のし過ぎで倒れる身体なのよ」

「そういう大事なことは、先に言ってくれよ!?」

 

 

 叫ぶように非難を上げる慶次を、椿は聞き流す。今までの仕返しのつもりなのだろうか。だが、今は彼女を責めている暇はない。

 慶次はキッチンの上段左端の棚を勢いよく開き放つ。受験対策に用意していた、保存食貯蔵場所だ。その中の、一番上に鎮座した固形保存食を大人買いして詰め込んだ箱を取り出す。少量で素早くエネルギー補給するならば、これ以上適したものはない。

 慶次は箱から適当に引っ掴むと、学生鞄に大量に入れながら、一つを口に運ぶ。部屋の隅の掛け時計は、いつもなら登校する時間を示していた。

 これを見ていた椿が、訝しそうに声を上げた。

 

 

「何してるの?」

「んぐっ、もうすぐ学校の時間だ、食ってる暇がない。こうなったら、授業中に大量摂取してやるしかねぇ」

「ふーん……」

「まだ伝え忘れた事とかあるのか?」

「別に」

 

 

 慶次は鞄に食料を詰め込む作業を止め、反応の薄い椿を見やる。思いの外、あっさりとした反応だ。勝手に動くな! とか、強く指摘されると思っていたばかりに、少々拍子抜けするが、そもそも彼女が慶次に対して強い反応を示した方が少なかった。

 看病は最小限で宝具任せ。怪我で歩き回っても、興味の先は慶次ではなく宝具。もしかしたら、使命に関わるもの以外には全く興味ないのかもしれない。

 そこでふと思うのは、自分以外の人間。もし、慶次と学校の友人たちが同時に危機に陥ったらとしたら。学校に行くなら、それは十二分にあり得ることだ。

 そのとき、椿は一体どうするつもりだろう。

 自分だけを助けるのか。それとも、他のみんなも助けるのか。

 

 

(分からねぇ)

 

 

 確かに、彼女の中核を成すものはフレイムヘイズとしての使命。友人たちの生命が使命に引っかからない限り、助けるという手段は講じないだろう。だがしかし、おいしそうにミカンを頬張るなど、彼女にも人間らしさ(本人は否定するかもしれない)があった。そういう一面を知っている慶次には、助けないと断ずるには少々椿と触れ合い過ぎている。

 

 

(もしかしたら、家で椿と一緒にいるのが安牌かもしれないが――)

 

 

 慶次には大切な人がいる。彼らの無事を電話で確かめる事もできるだろうが、やはり自分の目で見て安心したいと言う想いもある。椿の行動の如何はさておき、今は自分の目で見て街に異常がないか確認したかった。

 

 

「もっとほら……『あの非効率な教育機関?』とか、『懐かしいわね。卒業して何年になるかしら……』とか、『給食食べたい』とか、色々あるだろ?」

 

 

 慶次は会話を続けるために、適当に質問を投げかける。

 

 

「私ね、さっきから喧嘩売られてる気がするんけど、そう受け取っていいのよね?」

「んなわけないだろ! 俺は神経細いけど、デリカシーないので有名なんだぜ!」

「堂々と言わないでよ、馬鹿」

 

 

 椿は冷めた視線を慶次にぶつけ、これ見よがしにため息を吐いた。

 

 

「ガッカリしたのは分かったよ! それで、何か学校に思い入れとかないの?」

「そんなに答えてほしいわけ? 別にいいけど。で、学校についてだけど、行ったことないから何も言えなかっただけよ。だから、非効率かどうかも分からないし、懐かしくともなんともないわ」

 

 

 学校へ行ったことがない。

 慶次は妙に納得した。 

 目覚めたとき、部屋がカンカンに冷え切っていた。

 炬燵をあんなにも気に入っているのに、慶次が入るまで提案さえなかった。

 会話も、慶次から投げかけられない限り、自分から話そうとしない。

 時に非常識とも取れる態度は、自らが選択したのではない。そういう態度しか、知らないのだとしたら。

 学校へ通っていないのならば、彼女の常識が欠けているのも頷ける。

 非常識だからといって、非情であると慶次は断言はしない。

 例えば、椿はここへ駆けつけたとき、燐子の討伐を後回しにし、慶次の救出を優先させた。あれだけの力があれば、討滅を優先してもいいはずだった。それでも、真っ先に慶次の前に立った。普段の言動には現れないが、椿の行為の端々に人としての優しさもあった。

 慶次は固形食品を飲み込むと、鞄を肩に担ぎあげる。

 

 

「それじゃあ、行ってくる――っと、そうだ」

 

 

 慶次は鞄から鍵を取り出すと、椿に投げ渡す。

 

 

「これは?」

「家の合鍵だ」

 

 

 椿の人となりは分からないが、ただ一つ分かる事がある。

 それは化け物に対抗する手段が、椿だけという事実。

 例え椿が非情だとしても、決して彼女を敵に回してはならないのだ。そのためには、慶次自身が彼女の味方である伝える必要がある。そして、できれば彼女を出来る限りバックアップする。鍵の譲渡は信頼の気持ちを伝え、かつ堂森市での彼女の生活を援助するための証だった。

 

 

「ここにいるうちは、使うといい。自慢じゃないが、ここは広いし道具も多い。拠点にするには便利だろう」

「じゃあ、遠慮なく使わせてもらうわよ」

「ああ、使ってくれ。ただし、戸締りにはくれぐれも気を付けてくれよ。残念なことにリビングで二回ほど、泥棒に遭遇してことがある」

「……その言葉、そっくりそのままお前に返すわ」

「返す言葉がないな」

 

 

 軽口をたたき合える。最低限の信頼関係は築けただろう、と慶次は内心満足して椿の呆れた声音を背に、リビングを出た。

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