灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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第Ⅵ話 日常2

 一時間目。

 学校指定のジャージを着た慶次は顔に色濃い疲労を滲ませ、堂森高校の広いグラウンドにいた。自然と口から溜め息が漏れる。

 思い出されるのは、連鎖的に勘違いを起こした主に二人の少女についてである。

 椿(とアラストール)に関しては遅刻ギリギリまで時間を使って、何とか誤解は解けた。そこに至るまでに、精神的に大事なものを色々と失ったかもしれないが、自分の命は拾えただけマシである。

 次に美代だが、こちらはあまり状況は改善されていない。むしろ悪化したぐらいだった。

 あれから、美代は泣いたまま登校した。何名かは途中で呼び止め泣き止まそうと慰めたらしいが、治まったのは教室に着いた時。結果、彼女のあられもない姿は通学路から教室に至る各所で目撃された。加えて、目撃証言を集積し泣いた原因が慶次だと割り出されてしまった。

 つまり、慶次が美代を泣かせたことは校内で周知の事実となっていたのだ。

 学校生活を送る上で、これだけでも大問題なのだが、事態はここからさらに荒れる。

 問題になったのは慶次の行動だ。

 慶次は椿を優先した。命の危機があったとしても、結果的には美代を放置した形になった。冷静になっていく美代の頭には恐らく、嫉妬とも失望とも取れる感情が渦巻いたのだろう。泣き止んだ十数分後『私よりもあの子どもの方が大事なんですね』と呟いたとか。当初こそ悲壮感を漂わせていたはずが、いつの間にか殺気に変わっていたらしい。

 堪らないのは、クラスメートたちだ。事情は分からない、犯人は分かっている。なのに、殺気だけはヒシヒシと当てられる。理不尽だった。だが、それも奴が登校するまで。後は、放たれた殺気は全てそいつに集中するはずだ。クラスメートの大半がそう判断し、慶次の来訪を今か今かと苛つきながら待ちわびたであろう。

 しかし、このとき慶次は椿の誤解を解くのに必死で、実際に登校したのは始業時間ギリギリであった。よっぽど怖かったのか、慶次が教室に入るなり、青い顔でタコ殴りにされた。あれは色々な意味で恐怖を感じた。

 今は街の異常を確認する、など悠長にしている状況ではなく、兎にも角にも美代をどうにかしなければいけなかった。

 

 

(美代の誤解を解かないと、“この世の真実”がバレるかもしれない。でも、下手に嘘を吐くと朝みたいに芋づる式にバレるかもしれない。……どうしろっちゅーねん)

 

 

 ちなみに、今年最後の体育は美代の『ソフトボールをしましょう』の一言でソフトボールになった。多分、というか絶対、慶次に対して気を遣った。慶次のバットに気づいた数名が、迷わず蹴飛ばしてきたので間違いないだろう。

 

 

「それじゃ、私が独断と偏見でチームを決めるわよー」

 

 

 準備がひと段落したところで、黒縁メガネの少女が手を叩く。クラスの仕切り屋・奥村 福子(おくむら ふくこ)が、勝手に二つのグループへ分けていく。幾名かは文句を垂れるが、授業の時間は限られておりチーム分けに時間を割く暇などない。分け方も交友関係、野球経験、そして美代と慶次は分断、とバッチリな分け方だったため、反対意見はほとんど上がらなかった。

 後攻のチームがグラウンドに散らばる。

 慶次のチームは先攻。とりあえず、打順と守備位置を適当に決めて各々がくつろぐ。

 

 

「……で、何でお前たちは俺の周りを囲んでるんだ?」

 

 

 その端、慶次の周囲をずらりとクラスメートが囲んだ。

 

 

「おいおい、惚けてんじゃねーぞ?」

 

 

 ジャージをだらしなく着飾った大柄の青年、佐久間 正守(さくま まさもり)が仰々しく答えた。モデル顔負けの整った容貌とスタイルのせいか、むしろカッコよく見えるから腹が立つ。

 

 

「まあ、私たちにもそろそろ新発田さんが泣いていた訳を……いえ、どうして泣かせたのか教えて欲しいわけよ」

 

 

 と黒縁メガネの福子が続け、

 

 

「ケイくんお腹空いたの? 朝から一杯食べて元気イッパイだねー」

 

 

 超小柄(身長百三十五センチ)で天然娘の笹 成実(ささ なるみ)が流れをぶった切るが、いつも通りなので誰も突っ込まない。ちなみに、慶次は固形保存食をすでに一ダースほど食していた。宝具使用のカロリー消費量は予想以上に激しい。

 それはともかく、成実を除いたチームメイトが、美代に何をしたのかそろそろ説明しろと迫ってくる。

 

 

「……説明と言っても、どう説明すればいいものか。そもそも、俺が泣かせたわけじゃないし」

「あんたの意見なんか訊いちゃいないの。いいから、とっとと説明しなさい」

「どうせ、お前がいつもの朴念仁っぷりを発揮したんだろ? 詳しく話せ、俺らがお前に代わって適切な対処をしてやる」

「いや、話し合えば絶対に分かってくれるはずだ! それで駄目だったときは、相談させてくれ!」

 

 

 説明しろ、との級友たちの言葉を慶次は跳ね除ける。もちろん、“この世の真実”を知らせないためである……のだが、それ以上に彼らに知られてはならない事があった。

 それは椿に生活スペースを提供している事である。

 

 

(椿の外見はまんま小学生。もし、こいつらに椿が家に住んでる事がバレたら……社会的に死ぬ!)

 

 

 せめてボン、キュッ、ボンのお姉さんだったら……と思ったら、なぜか背筋が冷えた。この思考は危険だと、頭の隅から追いやる。

 そんな頑なに拒否する慶次に、福子が即座に言い返す。

 

 

「はっ? 泣かせたあんたが言っても全然説得力ないし。それにこっちは迷惑してんだから、早いとこ解決したいの」

「でも、」

「でもじゃない。話しなさい」

「いや、だから、」

「どうしてあんな献身的な子を泣かせたのよ」

 

 

 取りつく島もない、とはこのことか。福子はピシャリと慶次の反論を叩き潰す。どうしてこうも気の強い女性ばかり集まるのか。女性恐怖症になりそうな慶次だった。

 

 

(ん? 今こいつ、何て言った?)

 

 

 慶次は福子が自然に漏らした言葉が引っかかった。

 献身的な子。普通に考えれば、いつも無表情と無関心を貫く美代が受けるには、有り得ない評価である。ただし、美代の好意に気づいていれば、その限りではない。

 もしかしたら、彼女たちは美代の気持ちをもっと以前から知っていたのかもしれないのではないか。

 慶次は疑問をそのまま口にする。

 

 

「つかぬことを伺いますが」

「何よ?」

「美代って俺の事、好きだったり、ぐえぇぇぇっ!!」

 

 

 クラスの半数が一斉に慶次を蹴っ飛ばして、発言が途切れた。

 

 

「ご、ごめん! そんなわけないよな、美代のような才色兼備の美少女が俺の事なんて、ぐえぇえぇええええええぇぇっ!!」

「死ね! 今すぐ死ね!!」

「ギブっ! ギブアップだって!! つーか、お前ら見てないで助けてぇぇぇっ!!!」

 

 

 福子が慶次の腕を極め、クラスメートが可哀想な奴を見る目で慶次を眺める。

 この態度、この表情。

 慶次はようやく、美代の好意が周知の事実だったと気づかされる。

 

 

「えっ? ええっ!!?」

 

 

 成実も慶次と同じく埒外の事だったらしく、オロオロと取り乱す。

 その間も、クラスメート(成実を除く)執行人による公開処刑が続く。

 

 

「さっきの発言は取り消す! 取り消すから!!」

「ふんっ、少しは反省した?」

「反省し、いでででででっ!!!!!?」

「まあ、いいでしょ」

 

 

 ひとしきり痛めつけたところで慶次は解放された。息も絶え絶えになりながら、反省のほどを示すために正座になった。

 その情けない姿を、圧力を増した包囲網(成実を除く)の内で晒す。

 正直、なぜこれだけの人数(成実を除く)が気づいたか、慶次には不思議でならなかった。

 美代は頭もいい。容姿もスタイルも申し分ない。その反面、感情の表現方法が非常に不器用であった。常に無表情を貫き、端的で無駄に丁寧な言葉遣いが、気遣いではなく距離を感じさせる。ゆえに、初対面の人間では好意どころか感情の一欠けらさえ理解できないことも珍しくない。

 美代から、なぜ好意を読み取れたのか。

 どうして自分(成実を除く)が既知なのか知りたくなった。

 

 

「そんなに、美代って分かりやすかったか?」

「お前はまだそんなことを言うのか」

 

 

 呆れ顔の正守に続いて、他のクラスメートが続けてため息を漏らす。彼らにとって、手に取るように分かった、とでも言いたいのか。

 

 

「そうなのか?」

「そうなの?」

 

 

 この中で唯一、慶次と同じ認識を持つ成実が、慶次と同じ疑問をぶつける。

 その二人に対して、正守が何時も以上に仰々しくキメる。

 

 

「どうしてもこうしてもないだろう! 毎朝一緒に登校し! 昼も一緒に食べて! 放課後は一緒に勉強! そして、どんな時間でも下校も一緒! 毎日朝から晩まで一緒にいて、そう思わない方がどうかしてる!」

 

 

 クラスメートたちも頷いて同意を示す。

 反対に慶次と成実は首を傾げ、疑問を表す。

 

 

「それって、友達同士でもやってることだろ。どうして、それが好意に結びつく?」

「ケイくんの言うとおりだよ。私だって、全く同じことマサくんにやってもらってるけど友達だよ。そうだよね、マサくん?」

 

 

 成実の言葉に、正守が固まる。

 空気が、雰囲気が、おかしくなる。

 

 

「マサくん?」

「っ……、いや、その……何と、言えばいいか」

「えっ、ちょっと、ええっ」

 

 

 言い淀む正守と、狼狽する成実。

 羞恥からか二人の顔は常の三倍は赤い。それでも目線は決して離さず、成実の艶っぽい視線と、正守の優しい眼差しが絡み合う。

 二人だけの世界。

 先刻まで会話に関わっていたはずの慶次が、一瞬で蚊帳の外に吹き飛ばされていた。

 

 

(う、動けない……! これが噂に聞く封絶か!? 人間も使えるたぁ、驚いた!)

(変な事呟いてないで、どうにかしなさいよ!)

(そう言われても、どうやってあの空間に割り込めと?)

 

 

 慶次が指差した先では、全く要領の得ないやり取りが繰り広げられる。

 

 

「その、だな……」

「……ぁ」

「ぅ…………」

(何よ、この馬鹿なやり取りは!? 甘ったるくて鳥肌が立ったじゃない!!)

 

 

 福子がジャージの裾を捲ると、そこは確かに鳥肌が立っていた。正直、気持ち悪いから見せて欲しくなかった。

 

 

(痒い! 背中が痒い!! ああ、これだからクリスマスが近づくの嫌なのよっ!!!)

(お前は恋人のいない三十路手前のOLかっ!?)

(彼氏いなくて悪いか! 彼氏がいるとそんなに偉いのか! 彼氏いない歴=年齢で悪かったわね!!)

 

 

 段々と福子が壊れてきた。周りも福子と似たような反応を示し始めている。そろそろ事態の収束を図らないと、色々とまずい。というか、“紅世”の面倒事まで背負いたくない。

 慶次は福子の指示通りに、二人をどうにかしようとする。

 

 

(どうしてあの二人はこうも平然と自分たちの世界に浸っていられるんだよ……)

 

 

 慶次は軽く嘆息すると、周囲を見渡す。ちょうどバッターボックスでは、元野球部の井村が三振を喫していた。

 まだ打順は決まっていなかったので、次は正守の番ということで声を掛ける。

 

 

「次、正守の出番だぞー?」

「…………」

「正守!」

「……成実」

「無視だよ……」

 

 

 普通に無視されてちょっと本気で泣きそうになる。このままでは、慶次も福子のようにな壊れちゃう。

 

 

(――逃げよう、この嫌な空間から。つーか、いつの間にか呼び名が『成実』に変わってるし)

 

 

 幸い、バッターボックスが空いている。球技に夢中になれば、あの空間から離れられるはずだ。心の安寧を得られるはずだ。

 慶次は嬉々としてバッターボックスに向かい、バット型の宝具を構える。そういえば、尋問をされていたため、敵チームについて全く把握していなかったことを思い出す。

 

 

「俺のマイバットの被害者第一号は誰だー?」

「新発田美代です。……被害者になるかは分かりませんが」

「うえっ!?」

 

 

 返ってきた声に、慶次はギョッとマウンド上に目を向ける。髪を後ろに一纏めにしたジャージ姿の美代が立っていた。全身に闘志を漲らせて、右手の白球を力強く握りしめている。もしかしたら、選択肢を間違ったのかもしれない。

 

 

「おはようございます、慶次さん」

「お、おはよう、美代さん」

 

 

 なぜか挨拶から始まった。

 

 

「今朝は取り乱してすいませんでした。正直、今朝の私どうかしていました」

「そうか。分かってくれたなら、いいんだ」

「そういうわけで、この勝負で負けた方が相手の言うことを三つ聞くというのはどうでしょうか?」

「どういうわけだよ!? 全然脈絡がない上に三つとか多いよ!?」

「慶次さん、あなたには『はい』か『イエス』としか答えられません。さあ、どうしますか?」

「どうしますか、じゃないよ!? それ、答え決まってるだろ!?」

「あ、そうですね。それでは、勝負を始めましょう、慶次さん」

 

 

 どこから取り出したのか、マウンド上の美代は滑り止めをたっぷり右手に塗りたくる。

 慶次はため息を吐いて、美代の気持ちを慮る。

 

 

(ったく、どこまで献身的なんだよ)

 

 

 本来なら、何が何でも慶次を病院に叩き込みたい美代。だが、慶次が無意味に怪我を隠すとは思えない。けど、怪我を見過ごすようなまねはできない。ならば、“勝負”という形で無理やり自分を納得させてみろ。

 一見、無茶苦茶と思える美代の提案は、思いやりと信頼、そして葛藤の末の結論なのだ。

 

 

「後でエロい命令されて泣くんじゃねーぞ」

「安心して下さい。短パンと白長靴下を履くのは慶次さんですから」

「何だよ、そのマニアックな要求は!? 俺の事、ロリコンとか言いながら、お前がバリバリのショタコンじゃねーか!?」

 

 

 互いに軽口を叩き合い、慶次は右バッターボックスへ、美代はワインドアップポジションにつく。

 突然始まった勝負に、(正守と成実以外の)クラスメートの心に火がつく。

 

 

「新発田さん、負けないでー!!」

「美代ちゃーん! 頑張って前田君の短パン姿を私たちにも見せてー!!」

「「見せてー!!」」

「新発田さん、前田をぶっ殺せ!!」

「前田氏ね」

「お前ら、少しは俺も応援しろよ!? つーか元演劇部三人娘、あの要求は絶対お前らの影響だろ!?」

 

 

 受験勉強のストレスが溜まっているせいか(と信じたい)、ほとんど慶次の罵倒ばかり飛ぶ。それよりも、ショタ好き元演劇部三人娘……彼女たちには、これ以上美代に変な事を言い含めないよう、しっかり話し合いをする必要がある。

 そんな事を慶次が考えている間も、美代はどこ吹く風、無表情のまま小さく身体を沈め、大きく踏み込み腕を回転させながら上半身を捻り上げ、地面を蹴る。

 激しい上下運動で美代の大きな胸部が跳ね上がる。

 刹那、

 

 

「――」

 

 

 ズドン! と。

 揺れた……ではなく、投げた、と思ったときには、すでにキャッチャーミットにボールは収められていた。

 遅れて審判(体育教諭)が若干引き気味にストライクを告げ、キャッチャーの元野球部主将・長島君がお世辞なしに『すげぇ……あ、胸じゃねーぞ?』と呟く。

 勝負を仕掛けたのは、美代の気遣いだと思った……さっきは。

 だが、これは――。

 

 

(あいつ、どうあっても俺の口を割るつもりだ!)

 

 

 ボールを受け取った美代が無表情で口の端を吊り上げる。気遣い? 何それおいしいの? と言わんばかりの態度。訂正、美代はどうあっても慶次を病院送りにするつもりだ。

 そもそも、慶次は今朝『野球をやりたい』と言った。それがいつの間にか、『ソフトボール』になっている。

 美代は自分が得意で、かつ不審に思われにくいソフトボールを選択したに違いない。

 

 

(ちくしょー! 嵌められた!)

 

 

 ソフトボール部でもないのにウィンドミル投法とか、高校体育のレベルじゃない。最早、手心を加えてくれるとか、男女の身体能力差とか考えて、勝てる状況ではなかった。

 スイングはコンパクトに、力強くをイメージ。慶次は警戒レベルを最大まで上げ、バットを短く構える。

 二球目。

 美代の腰が小さく沈み、再び剛速球が飛んでくる。だが、今度は一球目のように胸は見ない。心の眼で揺れたと確信し、ボールだけを見る。

 軌道はど真ん中。慶次は鋭く、早くバットを振る。

 が、バットはボールの軌道の遥か下で――、

 

 

「――っ!?」

 

 

 再びズドン! と。

 慶次のバットは大きく空を斬り、捕球音が鳴り響く。

 真ん中だと確信して振ったのに、ボールはその上。

 美代はソフトボール特有の“浮く”変化球『ライズボール』を投じていた。

  

 

(……もしかして、もう詰んでる?)

 

 

 カウントは2ー0。あと一球でもストライクを取られたら、慶次の完全敗北。

 ウィンドミル投法、ライズボール……何でそんな事ができるんだと問い詰めたいが、そういえば、美代は運動も天才的だった事を思い出す。天は美代に二物どころか、三物も百物も与えていたのだ。冷静に考えれば、美代と勝負をして勝てるわけがなかった。

 でも、負ける訳にはいかない。美代を、理不尽な事件に巻き込む訳にはいかない。しかし、勝てる要素はない。

 

 

(どうする!? どうする!?)

 

 

 “徒”に追い詰められても、冷静さを失わなかったくせに、慶次はどうでもいい勝負には弱い。

 追い詰められたせいか、あっという間にテンパり――。

 

 

「美代っぱい!」

「!!?」

 

 

 人として大事なものをぶん投げた。

 美代が受け取ったボールを無表情で溢し、動揺を示す。

 

 

「ななななな、何を仰ってるんですか!? れれれれれえ冷静になってくだらしゃい!」

「いやー、投げるたびにぶるんぶるん揺れるね、美代っぱい! そんなに揺れて痛いだろ?」

「ななななな!? 何でそれを知って……!?」

「適当に言っただけなんだけどなー」

「うるさい! うるさいですよ、慶次さん!」

 

 

 もう色々吹っ切れたのか、いい笑顔で恥も外聞もなくセクハラをしまくる慶次。対して、人一倍羞恥心の強い美代は、男子の視線を意識して胸を左手で隠す。落ちたボールを拾おうとするが、何度も何度もお手玉をしてしまう。

 

 

「そういや、何カップになった? おばさんが庭にブラジャー干してるとき、『私よりも大きくなって……恨めしい!』って言ってたぞ」

「~~~~~~っ!! そうやって、私を動揺させようとするなんて最低です!」

「負ければ短パン勝てばヌードなんだ。勝てれば最低でも結構!」

「くっ……! 清々しいほどの下衆っぷりですね! っというか、ヌヌヌヌードって、どうしてそんなことになってるんですか!? 幾らなんでも、そんなことまでしません!!」

「しょうがねぇ、絆創膏まで許してやる」

「意味が分かりません!!」

 

 

 ボールを拾うまでの間も、慶次は美代を言葉責めをする。

 無論、この非道を外野(特に女子)は黙っていない。

 

 

「前田君の変態!」

「外道!」

「新発田さんを苛めるな!」

「慶次……さすがの俺らも、ドン引きだ」

「はっはっは! 女子の黄色い声援が心地良いよ!」

 

 

 もちろん、慶次はもう色々とはっちゃけてるので今はノーダメージ。後でボコボコにされる事も忘れて、悠々と打席に立つ。

 

 

「この一球で仕留めます!」

 

 

 ようやく拾って投球モーションに入るが動きに切れはなく、ボールは大きくアウトコースに外れた。

 

 

「この一球で仕留めます! だって――」

「……ぅぅ」

「あっ」

 

 

 慶次はさらに煽ろうとするが、いつの間にか無表情で涙目になっていた。

 普段はもっと打たれ強いのだが、どうも美代は慶次限定で打たれ弱いのだ。好意を持っているからなのか、それとも単に相性が悪いのかは分からないが。

 それはともかく勝負とはいえ、慶次が美代を再び泣かそうとしている。クラスメートは冷たい視線を慶次に全身を滅多刺しにする。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 やりすぎたと思い、謝りながらバッターボックスに立つ。無論、これ以上の煽りとセクハラは禁止だ。

 ごしごしと目を擦る美代。それだけで立ち直れるわけもなく、続けざまに投げた球も大きく外れ、あっという間に2-3となった。

 

 

(やっとここまで漕ぎ着けたか……)

 

 

 美代もようやく熱が冷め、再び滑り止めを右手で弄ぶ。

 もう失投は期待できそうにないし、慶次も平静を取り戻したせいか、セクハラする気も起きない。おそらく、次の球で勝負が決まるだろう。

 今回の勝負、自力の差は明白。真っ向勝負は分が悪い。

 だが、競技はソフトボール。塁にさえ出れば、慶次の勝ちだ。

 

 

(悪いが、どんな手段を使ってでも、勝たせてもらうぞ)

 

 

 ならば、取るべき策は奇襲。相手の意表を突けば、塁に出る確率はぐんと上がるはずだ。

 

 

「スタンドに叩きこんでやる!」

 

 

 投げる前、強気な発言をして美代の闘争心を煽り立てる。ついでに、大物っぽく大仰に

バットを構える。口で、態度で、お前のボールを打ってやると、挑発する。

 しかし、これは擬態。美代が逸って打ち取りに来たところ、バントでいなし出塁する算段だ。

 口は、態度は、堂に入ってるだけに、残念過ぎると思えるほど見事な小物っぷりである。

 とはいえ、ギャラリーも最高潮まで盛り上がった上での慶次の口上は、非常に効果的であった。誰もが一発か三振を期待し、敵内野陣は長打を警戒し守備位置を深くしていた。

 作戦は上手くいっている。慶次がそれを確認すると同時に、美代が投球モーションに入った。

 再度、剛腕がうねり声をあげ、剛速球が投じられる。

 後は当てるだけ――そう思い、すぐさま慶次はバットを地面と平行にし、所謂バントの構えを取るが、

 

 

(ここでライズボールとか、どんだけ捻くれもんだよ!? まあ、俺が言えた事じゃないけど)

 

 

 慶次の策に気づいたのか、美代はストレートではなくライズボールを投げていた。これでは、コントロールが難しくなり、守備の深い箇所に転がしにくい。しかも、どういう訳か美代自身が前に詰めてきている。どうやら、慶次の考える事など、お見通しの様だった。

 だが、読まれているなら読まれているなりのやり方がある。美代が前に出て来るなら、彼女を躱す様に強く転がすだけだ。

 

 

(だったら――押し込む!)

 

 

 美代の手が届かない範囲に、強い打球が飛ぶように。慶次はインパクトの瞬間、力強く押し込んだ。真芯を捉えた打球は予想以上に速く強く、美代の頭上に飛ぶ。

 美代は手を伸ばそうとするが、グラブが届きそうにない。

 

 

「――っ、ショート!」

 

 

 すぐに捕球を諦め、打球方向の守備に指示を出すが、

 

 

「え、ショ、え、あれ?」

 

 

 打球は落下の気配さえみせず、そのままショートの頭上を越えていき、

 

 

「え? え?」

「ちょ――!?」

 

 

 目を白黒させる美代の彼方、外野の頭上を越えてボールはようやく落下した。

 “バントホームラン”。

 打った本人である慶次も、この事実を理解するのに数秒の時間を要した。

 そして、一瞬の静寂の後、

 

 

「新発田さん、どんまい!」

「まあ、こういうこともあるよね!」

「前田、そこは負ける所だろうが!」

「はぁっ!? お前たち、何を言って――」

 

 

 再び上がる、罵詈雑言。

 クラスメートは“バントホームラン”という非現実に歓声を上げていた。

 慶次の頭に、今朝の椿の言葉が反芻される。

 

 

(そういえば、人間は不自然な事があっても、説明できないものは結局“そういうもの”としか処理できないって、椿が言ってたな)

 

 

 慶次がマウンド上を見返す。

 唯一、現状の異常さを理解した美代が、目を大きく見開きクラスメートを見ていた。心なしか、顔色も悪い。

 

 

(まあ、“異常”を理解している美代にとって、悪い夢にしか見えないよな……)

 

 

 どこまで気づいたかは分からないが、少なくとも美代にはバレるのも時間の問題だろう。そう思った慶次だったが、美代はこの後、慶次に声を掛ける事はなかった。

 結局、慶次のバントホームランが決勝打となり、大盛況のまま今年最後の体育は幕を閉じた。




燃えろ!! プロ野球


ちなみに、時系列の問題でボールカウントはSBOにしています。
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