灼眼のシャナ~ブラッディメモリ~   作:くずたまご

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書き溜めがないので今週は投稿間隔が空きます。
ご了承ください。


第Ⅶ話 考察

 堂森高校は進学校である。高校三年生の大半は受験生であり、十二月現在は午前授業で終了し、かなり早いが放課後となる。無論、人生の岐路に立つ受験生諸君がせっかく得た自由時間を無駄に浪費する事などなく、各々が学力の不足分を補うために、学校や予備校で学力に向上に励む。

 慶次も受験生なので、いつもなら美代に昼食を奢った後、その見返りと言う形で個人レッスンを受ける。が、現在は残念ながら事件の渦中におり、さすがに学習に時間を割く訳にはいかない。

 

 

「すまんが用事が出来たから、先に帰るぞ」

「あっ、えっ、」

「夜にまた連絡するからな」

「わ、分かりました」

 

 

 誰かに誘われても困るので、慶次は未だ呆然としている美代に、不意打ち気味に断りを入れると、さっさと教室を出て行った。

 慶次はホッと息を吐く。何か勘付いていたとしても、この世の真実を知らないに越した事はない。美代が現実を受け入れるのに時間が掛るなら、その間に慶次は進んでいくだけである。

 

 

(それじゃ、椿と合流しますか)

 

 

 廊下を早足で過ぎながら、慶次は椿との合流地点を考える。

 朝は椿が自宅から出てくる所を見られてしまい、少々厄介な事になった。余計な面倒事を背負いこまないためにも、迂闊な事はしない方が良い。

 

 

(まあ、そんなことぐらい椿も考えるだろうし……とりあえず、人が少ない場所に行くか)

 

 

 おそらく、椿は慶次に気づかれないように護衛している。椿も朝みたいなことは避けたいと思っているはずなので、慶次は兎に角人気が少ない場所を目指し学校を出た。

 堂森高校周辺は近年開発されたばかりの市街地。その多くが住宅だ。真昼間となると多くの住宅が不在となり、死角は多く存在する。慶次は死角の一つ――独身者が多く住む地区――に立った。

 しばらくの静寂の後、どこからともなく椿が音もなく現れた――汚らわしい物を見る目つきで。

 

 

「つ、椿さん?」

「変態」

「がはっ!?」

 

 

 椿は慶次に答えるのではなく、言った。言われた。

 そう、椿は慶次の護衛のためずっと隠れてついてきていたのだ。したがって、慶次が美代に重ねたセクハラの数々をばっちり見ていた。

 

 

「家でも学校でもあんなことして、頭おかしいんじゃないの?」

「ぐはっ!?」

「つまり、朝のアレは誤解じゃなかったってことよね」

「ごはっ!?」

 

 

 容赦なく椿が畳み掛ける。というか、こればかりは正論過ぎて、椿が厳しいとか無愛想ではなく、慶次が全部悪かった。 

 

 

「違うんです。これは違うんです。何かの間違いなんです」

 

 

 それでも、『私は変態です』とは素直に言うのは恥ずかしくて、慶次はみっともない抵抗を見せる。そっちの方が恥ずかしいのに。

 椿は絶対零度に冷え込んだ声音で返す。

 

 

「へぇー。どう違うのか、説明してみて」

「えっと。これはきっと、燐子にやられたときにウイルスか何かをうつされて、普通じゃなかったんです。普通じゃなかったんです」

「世界を渡り数百年、人間が己が変態行為の言い訳に燐子を使うとは……」

 

 

 慶次の言い訳に、アラストールが呆れを通り越して驚愕の声を上げた。

 妙に潔癖なところがある椿は兎も角、懐の深そうなアラストールに言われて慶次はけっこう本気で傷つく。全部自業自得だけど。

 

 

「いいじゃない、ちょっとぐらい平和を満喫したって。したって……」

 

 

 慶次は自棄になって開き直るが、そこへ椿がピシャリと一言。

 

 

「平和を満喫する事と、セクハラする事は関係ない」

「……ごもっともです」

 

 

 結局、椿の機嫌が直るまで、慶次は謝り倒すのであった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって前田邸。慶次は昼食をとっていた。炬燵(新しい机は帰宅途中に購入)を挟んだ向かいには、椿が美味しそうにクリームパスタを頬張っている。

 あれから何度も謝った慶次だが、その度に心を突き抜ける言葉を吐かれ、ボロボロになった。でも、椿が不機嫌になったのは自分が原因である。慶次は諦めたりせず、(料理やお菓子で釣りながら)何とか彼女の機嫌を直した。そのせいで、買い物がかなり大きくなり財布が寂しいが……まあ、自業自得なので仕方ない。

 

 

「そういえば、幾つか気になった事があるんだけど」

 

 

 昼食を完食し、食後の緑茶を湯呑みに注いでいると、椿がそう切り出してきた。

 おそらく、“紅世”に関する事だろうと思い、慶次は身構えながら次の言葉を待つ。

 椿はおもむろに蜜柑を一つ引っ掴む。

 

 

「球を打った時、相当量の“存在の力”が流れてたみたいだけど、一体何したのよ?」

「何した、って言われてもな……」

 

 

 慶次が頬を掻きながら、授業を思い出す。セクハラしまくった事と、美代との勝負が予想以上に盛り上がった事しか記憶にない。正直、こんな緊急事態に何やってんだと思う。

 

 

「俺もあんな球を打ちたくて打った訳じゃないからな。無我夢中だったとしか言えない」

「じゃあ、質問を変えるわ。昨日、燐子に襲われた時と何が違う?」

 

 

 昨日。椿がいなければ、確実に命を落としていた、燐子による一方的な暴虐。

 今でも、思い出すだけで身が震えそうだった。それでも震えを堪え、昨日と今日の何が違うのか真剣に考える。

 

 

「あの時は何が何やら分からなかったし、攻撃くらってから逃げる事しか考えてなかったから……あえて言うなら、昨日は『逃げる』とか『怖い』とか“後ろ向き”に。今日は『勝つ』とか『脱がす』とか“前向き”に無我夢中になっていた……って所か」

「……ねぇ、『脱がす』とか言って、まだ反省が足りない?」

「す、すまん! つい本音を、あがっ!?」

 

 

 なお悪いわ! と慶次の顔面に蜜柑が直撃する。

 慶次が鼻を押さえながら机に突っ伏しているのをしり目に、椿はもう一つ蜜柑を取る。

 

 

「お前の言ってる事が本当なら、特定の感情に反応して“存在の力”を増幅させる可能性が一番高いわね」

「いてて……なんつーか、何でも“あり”なんだな、宝具って」

「お前の宝具が特殊すぎるだけよ。普通はそんな便利な機能は付いてない」

 

 

 早朝、珍品だと言われた宝具は、珍品中の珍品だったようだ。

 慶次は背負ったバットを流し見ながら、その重みを感じる。

 

 

「だけど、それだけじゃ俺が襲われる理由にはならないんだろ?」

「うん。それに、お前を見るついでにもう一度町の方を観察したんだけど、やっぱり一つもなかったのよね……トーチが」

「はぁっ?」

 

 

 トーチは存在の力の残り滓。言うなれば“紅世の徒”の喰い滓……世界の傷跡だ。

 トーチが一つもないと言う事は、徒は堂森市に滞在していない事になる。近隣の街に滞在してる可能性もない訳ではないが、それだと態々隣町から燐子を放って慶次を襲ったという事になり、あまりに非効率で不自然だ。

 偶々慶次を見かけて襲った、という線もあるが、それだとなぜ燐子だけが出てきたのかが分からない。

 

 

「なぁ、マジで一体何が起きてるんだよ?」

「それが分かんないから、こうして悩んでいるんでしょ」

「いや、そうだけどよ……」

 

 

 何にせよ、不可思議だった事件がさらに不可解になったという事だった。

 

 

「そういえば、お前って学生のくせに豪邸に一人暮らしよね。家族が徒が喰われたとかってない?」

 

 

 竹を割ったようなどころではない。竹を爆砕したような表現で椿が質問を剛速球でぶつけてきた。

 

 

「……仮に喰われていたとしても、もっとオブラートに包んだ言い方できないの。ていうか、くせには余計だよ。くせに、は」

「いいから教えなさいよ。もしかしたら、お前の家族が関係してるかもしれないでしょ」

 

 

 全く気遣いの一つもしない少女であった。

 

 

(まあ、教えるにはちょうどいいか。昨日から、拝んでなかったしな)

 

 

 家族の事を説明すると、必ず気を遣われる。慶次は一応、家族の事は整理できているので、そういう気遣いは個々苦しいだけであった。今回ばかりは、椿の無神経さがありがたい。

 慶次は立ち上がり「付いてきてくれ」と告げると、そのまま隣室の和室へ入った。

 

 

「ちょっと、ここがどうしたのよ」

 

 

 ぐちぐち言いながら椿が遅れて入る。

 隣室には仏壇と、遺影が“五つ”置かれていた。

 聡い少女は、それだけで全てを悟った。

 

 

「……お前以外、死んでたんだ」

「ああ。それじゃあ、一昨日ぶりに線香を上げるとするか」

 

 

 慶次は仏壇の真正面に正座すると、蝋燭に火をつけ線香を上げる。その横で椿も正座し、慶次の見よう見真似で線香を上げた。

 それから合掌、黙祷。

 短い静寂の間、慶次は様々な報告をした。

 学校の事、進学の事。燐子に紅世に……そして、椿も。

 ここから先、何が起こるか分からないが、理不尽に命を奪われた家族のためにも、拾った命を大切に使う事を誓う。

 

 

「何があったの?」

 

 

 椿なりの気遣いなのか、慶次が拝礼し目を開けたところで、声を掛けてきた。

 

 

「喰われてない事は証明できたんだ。胸糞の悪い話だし、訊かない方がいいと思うけど?」

「それを決めるのはお前じゃない、私よ」

「ごもっともで」

 

 

 いつもと変わらない椿の態度に慶次は苦笑する。正直なところ、腫れ物を扱うように接するのではなく、彼女のようにズバズバと言ってくれた方が気が楽だった。

 慶次は一度、椿の言動に頬を緩めてから、家族の事を話した。

 

 

「じいちゃんは四年前に病死……父さんと母さん、兄貴と妹は六年前に殺されたよ」

「っ!? ……続けて」

 

 

 事件があったのは、ちょうど六年前のクリスマスイブ。政治家であった父・利期(としまつ)が珍しく休暇を取れた日の悲劇だった。

 一家でクリスマスパーティを開いてた前田邸を犯人は強襲し、瞬く間に家族四人を惨殺した。その時、クリスマスツリーの飾りつけの買い出しに行っていた、慶次と慶次の祖父・期家(まついえ)はたまたま難を逃れる事ができたが、期家は四人が殺された事が余程ショックだったのであろう。犯人の死刑が執行されてほどなくして、病でこの世を去った。

 

 

「――ここまでが家で起きた事件の顛末だが……何か気になる点はあったか?」

 

 

 今でも、死んだ犯人の事は許せない。政治家として評判の悪かった父の自業自得だと言う無神経な輩なんてぶちのめしたい。

 それでも、驚くほど滑らかに言えた。慶次が彼らの死に向き合えたからなのか、それとも風化して来たからなのか。

 

 

「…………」

 

 

 椿は押し黙って一つの遺影を見つめる。知らず知らずのうち、彼女は口をへの字に歪めていた。

 遺影はまだ赤子とも幼子とも判別がつかない、幼い女の子。無邪気に笑う子どもは、慶次の妹・幸子(さちこ)。三歳にもなっていなかった彼女も、無残に殺められた内の一人だった。

 たっぷり数十秒は経っただろうか。おもむろに、椿は口を開く。

 

 

「そういえば、宝具はどこで手に入れたの?」

「確か八歳年上の兄貴の持ち物だったはずだけど……でも、俺が物心ついた時にはあったんだよな。だとすると、兄貴が買ったんじゃなくて、父さんか母さんかじいちゃんが買って、プレゼントしたのかもしれない」

 

 

 椿は説明に納得いかないのか、眉間に皺を寄せる。

 

 

「そうなると、お前の兄はかなり長い期間、宝具を所持してた事になるわね」

「えっと、俺が覚えている限りで最初に兄貴が宝具を持っていたのはだいたい十歳前後で、亡くなったのは二十歳だから……十年前後か?」

 

 

 十年。そう考えると、かなりの時間宝具を持っていたのだと、妙なところで感心してしまう。

 対して椿は、神妙な顔つきを崩さない。

 

 

「それだけ持ってて、この宝具の性能に気づかなかったのかしら?」

「いや、それはないだろ。俺だって、一日使っただけで気づけたぐらいなんだから――」

 

 

 とまで口にし、慶次は椿の持っている違和感に勘付いた。

 

 

「待て待て。つまり、兄貴はこんな便利機能付きのバットがあるって知っていながら、簡単に殺されちまったって事か? あの兄貴が?」

 

 

 道具本来の用途はどうあれ、身体能力をあれだけ向上させるバット。家が襲撃されたとなれば、兎にも角にも使おうとするはずである。

 そもそも、慶次の兄・利実(としざね)は父の後継者として英才教育を施された文武両道の傑物だった。無才の慶次と違い、明らかな失策を取るような人物ではない。

 

 

「長兄が冷静に対処できなかった可能性もあるが……ふむ、やはり腑に落ちないものがあるな」

 

 

 アラストールは別の可能性を示唆しながらも、慶次と椿と同じくどこか釈然としないものを感じていた。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 三者三様の沈黙。

 手の打ちようがなくなり、最低、疑問を一つ潰せればいいと軽いノリで慶次が振り返り、椿が踏み込んだ六年前の惨劇。当初の予想を裏切り、全く違う様相を呈し始めていた。

 

 

(だけど、そうなると四年前に死刑執行された犯人は一体何だったんだ? あの判決は、本当に正しかったのか? 真犯人は別にいた場合、じいちゃんが死ぬまで追い続けた真相は一体何だったんだ?)

 

 

 今まで真実だった事が、正しいと思っていた事が、いよいよ分からなくなってきた。

 

 

(どうも、俺も腹を括らなきゃいけないみたいだな……)

 

 

 今まで慶次は、事件に巻き込まれた被害者として、受け身で接してきた。だが、六年前の事件が深くかかわっているとしたら、当事者であった慶次は何時までも受け身の姿勢ではいられない。

 慶次は覚悟を決める。もうこの事件に受け身で関わらない。どんな手段を使ってでも解決してやる、と。

 

 

「父さんの書斎に事件のファイルがある。見に行くか?」

「ええ」

「うむ」

 

 

 慶次の力強い言葉に、椿も強く頷き返した。




結構その場のノリで書くので、六年前が五年前になったり二年前が四年前になったりします。
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