オルタナ少女と夜の獣   作:たかしげる

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(2)「君には期待しているよ、若菜」

 

 妃十三学園は歴史ある私立女子校である。

 かつては、お嬢様学校として、近隣の県にも知れわたる知名度があった。

 若菜はキャプテンとなる男と一緒に、その学園に通じる道を歩む。

 道中での会話はほとんどなかった。

 面識のない年上の、しかも自分を名前呼びする男性に対して、どう接すればいいのか若菜にはわからなかったからだ。

 男のほうもそれに気分を害した様子はなかった。

 そんな二人の前に、うっそうとした林が見えてくる。

 入口にはレンガ造りの立派な門柱。

 青銅の門は開いている。

「あと、ちょっと上った先ですよ」

 学園敷地内に入っても、校舎は見えない。

 石畳の歩道を二人は進む。

 初夏のモミジの青々とした林からは、キュル、キュル、という鳴き声が聞こえてきた。

「へえ、鳥がいるんだね」

「あれはリスの声ですよ、キャプテン」

「そ、そうか」

 キャプテンは林を見上げる。

 樹上にはリスのような動物が、すばしっこく動いているのが見えた。

 それは、駅前の廃れたロータリーを見てから、失望していたキャプテンの心をなごませる。

 人はいなくなってもリスはいる。

 そんな世界の生命力を、キャプテンは林を歩きながら感じていた。

 やがて、二人の前にはコンクリートの壁が見える。

 今度の鉄製の門は閉じられていた。

 若菜がインターフォンに向かって、声を交わすと、その門が音をたてながら、ゆっくりと開かれていく。

 おお!

 目の前に広がる、妃十三学園の外観に、キャプテンは心を奪われた。

 パンフレットやウェブサイトで載せられている、お嬢様学校にふさわしいレンガ造りの建物が、そこにある。

 しかし、その視界は女生徒の集団にさえぎられた。

「若菜ちゃん!」

「……美弥花、どうしてここに?」

 若菜の幼なじみであるボブショートの髪型をした美弥花が、駆けよってくる。

「だって、私たちのキャプテンなんだよ? 先に顔見たいじゃん」

「ほう、君たちが……」

 キャプテンはゴーグルのスイッチを入れる。

 そこにいたのは、美弥花だけではない。

 総勢五人の制服姿の少女が待ち構えていた。

「私がリーダーの、悠木美弥花です!」

 初対面のキャプテンに対しても、美弥花は動じずに明るく自己紹介する。

「うむ、俺がキャプテンだ。よろしく」

「ねえ、そのゴーグル、カッコいいね!」

「こ、こらっ美弥花!」

 自分がずっと気になっていたものを、すぐさま指摘する美弥花に、若菜は気まずくなって声を出す。

「す、すみません。この子、ちょっと、頭がお花畑なところがあって……」

「いいじゃないか若菜。俺は教師ではない。キャプテンなんだから、口調は気にしなくてもいいぞ」

「そ、そうですか」

 若菜はキャプテンに戸惑いながら答えた。

「ほらほら、若菜ちゃん。私の言ったとおりじゃん。キャプテンは厳しい人じゃなくて、優しいひとだって」

「そ、そうかもしれないけど」

「それにみんな、そのゴーグル、気になったよね?」

 美弥花の後ろにいる四人がうんうんとうなずく。

 そんな女生徒の集団に、キャプテンは誇らしげに言った。

「これは、キャプテンゴーグルだ」

「それって、キャプテンしかつけられないの?」

「そうだ」

「へえ、すごーい!」

「……でも、職質とかされるんちゃう? そんな怪しいもんつけてたら」

 美弥花に続いて、関西弁の子が口をはさむ。

「うん……見るからに、不審人物」

 一番後ろでおとなしそうにしていた子が、小声でボソッと言う。

「そんなことないよ、ゆいんご。見ただけでキャプテンってわかるじゃん」

 その隣にいるツインテールの子が、高い声調で応じる。

「ねえ、まずキャプテンに自己紹介するのが先だと思うんですが……」

 清楚な印象をした子が、みんなをなだめるように言う。

 それにうなずいて、女生徒集団がそれぞれの名前をなのっていく。

「せや、うちは橘直美。大阪出身やで!」

「私は有村詩音です。よろしくお願いします」

「あたしは真野桜子! アイドル目指してがんばってるんだ。きゅぴ~ん★」

「……桜子、いきなりアイドルアピールしなくてもいいと思うけど」

「アイドルは第一印象が肝心なんだよ。で、この子がゆいんご! さくらこの相方だよ★」

「……桜子、キャプテンが引いてる」

 ゆいんご、と呼ばれた少女が指摘するまでもなく、キャプテンの動きは完全に固まっていた。

 彼女たちの矢継ぎ早の自己紹介は、彼の頭の処理能力を超えてしまったらしい。

 もし、ゴーグルをかけていなければ、混乱した表情が露になっていたことだろう。

「あの、キャプテン、だいじょうぶですか?」

 若菜の声に、男は我に返る。

「あ、ああ、これからよろしく、みんな」

「まずは私がキャプテンの部屋に案内しますから。チームのみんなとは、後でちゃんとした形であいさつすることになると思いますので」

 キャプテンへの若菜の説明に、五人は引き下がる。

「そうですね、キャプテンは長旅で疲れてますからね。若菜さん、お願いします」

「せや、あらためてうちら自己紹介するから安心しとき!」

「さくらこのことは覚えたよね? きゅぴ~ん★」

「……桜子はおしつけがましいと思う」

「キャプテン、私たちをこれからよろしくね!」

 そんな五人の声を聞きながら、男は妃十三学園の敷地に踏み入れることになった。

 オルタナを指揮するキャプテンとして。

 彼はまだ気づいていない。

 オルタナ覚醒者である五人が、授業を抜け出してまで、キャプテンを一目見ようとした理由を。

 夜獣と戦う彼女たちが、キャプテンという大人に、どれほどの高い期待をしていたかということも。

「……キャプテン、これから、いろいろ大変でしょうけど、あの子たちの面倒、よろしくお願いしますね」

 若菜の言葉に、キャプテンが応じる。

「もちろん、俺はキャプテンだからな。あと、君のことも」

「え?」

「若菜。君は高いオルタナ能力を持っている。その才能を開花させるのが、俺の役目だ。君には期待しているよ、若菜」

「ほ、本当ですか?」

 若菜は声を高める。

 初対面時から、新しいキャプテンとなった男に対して、若菜は不信感をいだいていたが、それが払拭されるのを感じた。

 候補生の自分を、新しいキャプテンは高く評価してくれている。

「わかりました! では、さっそく、妃十三学園の案内を――」

「……まず、俺の部屋を教えてほしいんだけど」

「そ、そうでした。キャプテンは職員寮ですから、あちらですね。ご案内します」

「ちょっと待ってくれ若菜」

 浮かれ調子で走り出した若菜を、キャプテンはあわてて追いかけた。

 

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