妃十三学園は歴史ある私立女子校である。
かつては、お嬢様学校として、近隣の県にも知れわたる知名度があった。
若菜はキャプテンとなる男と一緒に、その学園に通じる道を歩む。
道中での会話はほとんどなかった。
面識のない年上の、しかも自分を名前呼びする男性に対して、どう接すればいいのか若菜にはわからなかったからだ。
男のほうもそれに気分を害した様子はなかった。
そんな二人の前に、うっそうとした林が見えてくる。
入口にはレンガ造りの立派な門柱。
青銅の門は開いている。
「あと、ちょっと上った先ですよ」
学園敷地内に入っても、校舎は見えない。
石畳の歩道を二人は進む。
初夏のモミジの青々とした林からは、キュル、キュル、という鳴き声が聞こえてきた。
「へえ、鳥がいるんだね」
「あれはリスの声ですよ、キャプテン」
「そ、そうか」
キャプテンは林を見上げる。
樹上にはリスのような動物が、すばしっこく動いているのが見えた。
それは、駅前の廃れたロータリーを見てから、失望していたキャプテンの心をなごませる。
人はいなくなってもリスはいる。
そんな世界の生命力を、キャプテンは林を歩きながら感じていた。
やがて、二人の前にはコンクリートの壁が見える。
今度の鉄製の門は閉じられていた。
若菜がインターフォンに向かって、声を交わすと、その門が音をたてながら、ゆっくりと開かれていく。
おお!
目の前に広がる、妃十三学園の外観に、キャプテンは心を奪われた。
パンフレットやウェブサイトで載せられている、お嬢様学校にふさわしいレンガ造りの建物が、そこにある。
しかし、その視界は女生徒の集団にさえぎられた。
「若菜ちゃん!」
「……美弥花、どうしてここに?」
若菜の幼なじみであるボブショートの髪型をした美弥花が、駆けよってくる。
「だって、私たちのキャプテンなんだよ? 先に顔見たいじゃん」
「ほう、君たちが……」
キャプテンはゴーグルのスイッチを入れる。
そこにいたのは、美弥花だけではない。
総勢五人の制服姿の少女が待ち構えていた。
「私がリーダーの、悠木美弥花です!」
初対面のキャプテンに対しても、美弥花は動じずに明るく自己紹介する。
「うむ、俺がキャプテンだ。よろしく」
「ねえ、そのゴーグル、カッコいいね!」
「こ、こらっ美弥花!」
自分がずっと気になっていたものを、すぐさま指摘する美弥花に、若菜は気まずくなって声を出す。
「す、すみません。この子、ちょっと、頭がお花畑なところがあって……」
「いいじゃないか若菜。俺は教師ではない。キャプテンなんだから、口調は気にしなくてもいいぞ」
「そ、そうですか」
若菜はキャプテンに戸惑いながら答えた。
「ほらほら、若菜ちゃん。私の言ったとおりじゃん。キャプテンは厳しい人じゃなくて、優しいひとだって」
「そ、そうかもしれないけど」
「それにみんな、そのゴーグル、気になったよね?」
美弥花の後ろにいる四人がうんうんとうなずく。
そんな女生徒の集団に、キャプテンは誇らしげに言った。
「これは、キャプテンゴーグルだ」
「それって、キャプテンしかつけられないの?」
「そうだ」
「へえ、すごーい!」
「……でも、職質とかされるんちゃう? そんな怪しいもんつけてたら」
美弥花に続いて、関西弁の子が口をはさむ。
「うん……見るからに、不審人物」
一番後ろでおとなしそうにしていた子が、小声でボソッと言う。
「そんなことないよ、ゆいんご。見ただけでキャプテンってわかるじゃん」
その隣にいるツインテールの子が、高い声調で応じる。
「ねえ、まずキャプテンに自己紹介するのが先だと思うんですが……」
清楚な印象をした子が、みんなをなだめるように言う。
それにうなずいて、女生徒集団がそれぞれの名前をなのっていく。
「せや、うちは橘直美。大阪出身やで!」
「私は有村詩音です。よろしくお願いします」
「あたしは真野桜子! アイドル目指してがんばってるんだ。きゅぴ~ん★」
「……桜子、いきなりアイドルアピールしなくてもいいと思うけど」
「アイドルは第一印象が肝心なんだよ。で、この子がゆいんご! さくらこの相方だよ★」
「……桜子、キャプテンが引いてる」
ゆいんご、と呼ばれた少女が指摘するまでもなく、キャプテンの動きは完全に固まっていた。
彼女たちの矢継ぎ早の自己紹介は、彼の頭の処理能力を超えてしまったらしい。
もし、ゴーグルをかけていなければ、混乱した表情が露になっていたことだろう。
「あの、キャプテン、だいじょうぶですか?」
若菜の声に、男は我に返る。
「あ、ああ、これからよろしく、みんな」
「まずは私がキャプテンの部屋に案内しますから。チームのみんなとは、後でちゃんとした形であいさつすることになると思いますので」
キャプテンへの若菜の説明に、五人は引き下がる。
「そうですね、キャプテンは長旅で疲れてますからね。若菜さん、お願いします」
「せや、あらためてうちら自己紹介するから安心しとき!」
「さくらこのことは覚えたよね? きゅぴ~ん★」
「……桜子はおしつけがましいと思う」
「キャプテン、私たちをこれからよろしくね!」
そんな五人の声を聞きながら、男は妃十三学園の敷地に踏み入れることになった。
オルタナを指揮するキャプテンとして。
彼はまだ気づいていない。
オルタナ覚醒者である五人が、授業を抜け出してまで、キャプテンを一目見ようとした理由を。
夜獣と戦う彼女たちが、キャプテンという大人に、どれほどの高い期待をしていたかということも。
「……キャプテン、これから、いろいろ大変でしょうけど、あの子たちの面倒、よろしくお願いしますね」
若菜の言葉に、キャプテンが応じる。
「もちろん、俺はキャプテンだからな。あと、君のことも」
「え?」
「若菜。君は高いオルタナ能力を持っている。その才能を開花させるのが、俺の役目だ。君には期待しているよ、若菜」
「ほ、本当ですか?」
若菜は声を高める。
初対面時から、新しいキャプテンとなった男に対して、若菜は不信感をいだいていたが、それが払拭されるのを感じた。
候補生の自分を、新しいキャプテンは高く評価してくれている。
「わかりました! では、さっそく、妃十三学園の案内を――」
「……まず、俺の部屋を教えてほしいんだけど」
「そ、そうでした。キャプテンは職員寮ですから、あちらですね。ご案内します」
「ちょっと待ってくれ若菜」
浮かれ調子で走り出した若菜を、キャプテンはあわてて追いかけた。