天華百剣-怪- 御華見衆のご意見番   作:ウォセ

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闇を切り裂き、いざ咲き誇らん。


序章-解き放たれた希望-

 長く続いた戦国の時代が終わり、世は銘治の時代に移り変わって久しい。

 時は銘治32年。この国を渦巻く怪物禍憑に対抗する少女の姿をした剣である巫剣達は今日も日本のどこかで平和を守る戦いに明け暮れている。

 

 だが、そんな彼女達の知らぬ場所で禍憑達の動きがあった。

 薄暗く、人も寄り付かぬ山奥に小さな神社が存在した。人の手入れなど全くされておらず、あちこちがボロボロになっており不気味な気配が漂うこの場所に禍憑達は現れた。

 構成される禍憑の多くは泥鎧と呼ばれる刀を持った小さな怪物であるが、中には式童子と呼ばれる陰陽師のような服装をした禍憑も混ざっており、時には大きな体を持つ泥鎧も存在した。

 そして何より目を引くのは紫色の巨大な体を持つ異形の怪物。

 その怪物こそ禍憑の上位存在。彼岸五将の1人でもある六道戒聖である。

 六道戒聖はこの禍憑達を指揮する大将。

 しかし何故強大かつ多彩な術を操る術師でもある六道戒聖が禍憑の軍勢を引き連れてこのような廃れた神社になど現れたのか。

 それは六道戒聖が目指すあるこの神社の本殿に答えがあった。

 

「此処か…」

 

 本殿の前にたどり着いた六道戒聖と禍憑達。

 しかし本殿の扉はボロボロながらも硬く閉ざされており更には何か邪悪な物でも封じるかのように御札が大量に貼られていた。

 

「奴はここに封じられている。我らを封じる結界は弱まりつつあるが、元を断たねば同じ事。故にここで決着を着ける―!」

 

 六道戒聖は術を起動して光弾を発射し、本殿の扉を破壊した。

 パラパラと埃が舞いながら本殿の正面扉が吹き飛ぶものの、六道戒聖は油断する事無く本殿の中を警戒する。

 しばらく待つと、本殿の中から誰かが姿を現した。

 

「いやはや…随分と乱暴な目覚しだ。久しぶりだね、六道戒聖」

 

 現れたのは見た目20歳半ばほどの青年だ。黒い髪は男性にしては長く背中の半ばまであり、うなじの辺りで紐で纏められている。白い和服と黒い袴は少々薄汚れている。

 一際目立つのは紫色の美しい瞳。全てを見透かしているような、どこか神秘的な瞳だった。

 青年は目の前の化け物にも驚く事無く飄々とした立ち振る舞いで六道戒聖達の前に現れた。

 

「貴様が此処に封じられてから50年ほどか。我等の感覚からすれば、そう長い時ではあるまい」

 

「そんな事は無いさ。50年もあれば天下が変わったとしても何ら不思議ではない。人も文化も、変わるには十分過ぎるほどの時だ。さて―」

 

 昔馴染みに出会ったかのような気軽な態度で、青年は六道戒聖と会話を交わす。

 だが仲の良い相手という訳でもない。青年はパンパンと自分の服の埃を払うと改めて六道戒聖に尋ねる事にした。

 

「何の用で私を解き放ったのかね、六道戒聖?」

 

「知れた事。今こそ貴様を抹殺する時。貴様と言えども50年も封印されていれば力も弱まるであろう…この国を覆う結界の弱体化がその証拠」

 

「……」

 

「図星か。ならばこの場で討ち取らせて貰う。行け、禍憑共よ!」

 

 六道戒聖の合図で彼の傍に控えていた100匹近い禍憑達が青年に向かい一気に襲い掛かった。

 その手に握る刃を、術を放ち青年の命を奪おうとする。

 だが青年に焦りは無かった。彼は袖の下から小さな御札を取り出すと禍憑達に向けて投げつけた。

 

「狐火」

 

 青年の言葉と共に、御札はゴウッと天まで届きそうな火柱を生み出して、禍憑達を焼き払った。

 

「何っ…!?」

 

 あまりの光景に、六道戒聖も驚愕を隠しきれない。

 100匹はいた禍憑の軍勢は今の火柱だけで半分ほどにまで減ってしまったのだから無理も無い。

 

「馬鹿な…貴様、衰えている筈ではないのか?」

 

「衰えているのは確かだろうけれど、結界が弱まっているのと私が衰えているのは別の理由だよ。この程度の軍勢ならば、今の私でも問題ないさ」

 

「ぬぅ…!」

 

 目論見が外れ焦りを浮かべる六道戒聖。このまま自分も加わり戦うか、それとも撤退するかと思考するが―

 

「狐火」

 

「っ!?」

 

 再び青年が投げた御札から火柱が立ち昇り残っていた雑兵の禍憑を焼き払った。

 それを見て、六道戒聖は決断した。ここは撤退するべきであると。

 

「見誤ったか。復活している彼岸五将全員で来るべきであったな。此度は退かせて貰う」

 

「折角またまみえたと言うのに、つれないね」

 

「ハァッ!」

 

 六道戒聖が先ほどとは比べ物にならぬ力を込めた光弾を青年に向けて放つが、青年は慌てた様子もなく袖の下から御札を取り出して自分の目の前へ投げると空間が歪んだような壁が現れて光弾を受け止めた。

 光弾は爆発して掻き消え、爆破の粉塵が消える頃には六道戒聖の姿はこの神社のどこにも無かった。

 

「ふむ…逃げられたか。気配も消しているようだし、今からは追えないか」

 

 青年は履いている草履で地面を踏みしめ、空を見上げた。

 

「六道戒聖の言うとおり、結界が弱まっているね。星には結界維持の最低限の事しか教えられなかったからやむを得ないか。一先ず結界をどうにかしないと」

 

 この場所に封じられ、出る事を禁じられてはいたがこの状況では仕方が無い。愛する国を守るためにも、青年は禁を破り神社の出口を目指した。

 封印のための御札が神社の外周にも存在してはいるものの、時と共に効力が弱まっており青年の歩みを止めるだけの力は無かった。

 何の苦労もなく青年は神社を出て獣道とも呼べない山道を進む。

 

「まずは都へ向かわないと。さて、いつ頃到着するだろうか…こういった旅も久しいなぁ」

 

 世は銘治32年。

 山奥にある廃れた名も無き小さな神社より、人知れずこの国の希望が解き放たれた―。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 それから1ヵ月後。場所は移り東京は上野にある洋風茶房めいじ館。

 美しい女性が給仕をし、メニューも豊富でお手頃価格なため人々に人気のこの茶房だがそれはあくまで表の顔。

 裏の顔は人々の平和を脅かす禍憑を退治する政府公認の特殊機関、御華見衆の支部である。

 しかし禍憑の襲撃が無ければ巫剣も、彼女達を指揮して能力を最大限に引き出す巫剣使いも出番は無い。その方が平和で良い事ではあるものの、代わりに茶房は大忙しである。

 本日は書き入れ時を過ぎ、店内にいたお客さんは全て出払った後ではあったが、先ほどまでは戦争を思い出させるような忙しさであった。

 

「はぁ~、やっと落ち着いたわね…」

 

「御疲れ様です城和泉さん。私達も休憩にしましょう」

 

「では昼食の準備をしよう。裏に居る隊長君を呼んでこないとね」

 

 めいじ館にて働く巫剣である3人の少女。目立つ赤髪と勝気な性格が特徴の城和泉正宗。おっとりとした雰囲気と長い青髪、そして大きな胸が目に付く桑名江。小さな体に不釣合いな胸の大きさをした金髪の少女、午王吉光。

 後はこの場にはいないが裏方役筆頭の七香と、工房で作業をする八宵。そして茶房では主に裏方作業をしている彼女達の主にして新任の巫剣使いでもある聖十郎を含めた6人でこのめいじ館をやりくりしていた。

 昼食のために来店していたお客が皆出て行ったため、今度は城和泉達が昼食を取らなければならない。

 そこへ丁度彼女達の主、聖十郎がやって来た。

 

「皆、一段落したようだな。お疲れ様。まかないで昼食を用意しておいたぞ。皆で食べるとしよう」

 

「ありがとうございます、主様」

 

「では表には休憩中の看板を出しておかないとね」

 

「あ、なら私が―」

 

 お昼休憩のためにめいじ館の表に休憩中の看板を立てねばこの後もお客が入ってしまうため、城和泉が入り口の方へ向かおうとすると丁度扉が開いた。

 皆がしまった、と思ったが時既に遅し。店の中に入ってきたのは、体格からして男性だろうか。

 藁傘を被っており目元が見えないため顔が分からないが、長い黒髪をうなじで纏めており白い和服に黒い袴を履いた人物だった。

 服が所々汚れているが旅人だろうかと聖十郎は判断したが、その前に断りを入れなければならないと判断してそのお客に声を掛ける。

 

「あの、すいません。実はこれから昼の休憩に入る所でして…申し訳ないのですが退店していただいてもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ…そうだったのか。それはすまない事をしたね。それではまた出直す事にしようかな」

 

「ありがとうございます」

 

 旅人らしき風貌の男は納得してくれたらしく、素直に店から出て行った。

 だが店を出て行く前に城和泉、午王吉光、桑名江を少しだけ見つめると、フッと口元を緩めていた。

 

「さっきの人、旅人かしら?」

 

「見た目からすればそう見えたな。しかし素直に出て行ってくれて良かったよ」

 

「時折それで揉めるお客様もいますからね」

 

「ともかく昼食にしよう。城和泉、看板を―」

 

 と、聖十郎が今度こそお昼休憩にしようとしたその時、めいじ館の窓から烏が入ってきた。御華見衆本部に勤める小烏丸の操る連絡用の烏である。

 こういった場合は付近に禍憑が現れたか、何か任務の伝令があるかなのだが…今回は前者であった。

 

「皆の者、聞こえるか!? 付近で禍憑が現れた! めいじ館の者で対処して貰いたい!」

 

 烏から小烏丸の声が響くと共に禍憑出現の知らせが入る。

 人々の安全を脅かす禍憑に対処するべく、聖十郎はいち早く皆に声を掛ける。

 

「っ! 皆、行けるか!?」

 

「いいわ、大丈夫よ!」

 

「やれやれ、やっと休憩だと思ったのにね」

 

「いつでも行けます」

 

 城和泉、午王、桑名江もそれぞれ聖十郎に応えて全員戦闘態勢に入りめいじ館から飛び出した。

 禍憑が現れた場所まで先ほどの烏が先導し、ものの5分で現場へと到着した。

 現場では逃げ遅れた市民達が禍憑に囲まれてしまっており、その凶器を見て恐怖に縮こまってしまっていた。

 

「グルルル…!」

 

「ひ、ひぃっ! 誰か助けてくれぇっ!」

 

「やああっ!」

 

 正に間一髪。泥鎧が刀を振り上げて逃げ遅れた男へ振り下ろそうとした瞬間、誰よりも早く現場に駆けつけた城和泉がその刃を振るい泥鎧を討ち取った。

 

「あ、あんたは…!?」

 

「早く逃げて!」

 

「あ、あぁ!」

 

 短く言葉を交わすと男は腰が引けながらもその場から急いで立ち去った。

 そして城和泉は油断無く禍憑と向き合い、斬り込んでいく。

 

「たぁあああああっ!」

 

「グゴォオオオオオッ!?」

 

 城和泉の気迫と剣技に、禍憑達は成す術もなく打ち払われていく。

 だが戦いにおいて数とは脅威である。単独で斬り込んだ城和泉を泥鎧の群れが囲んでいき横や背後から襲い掛かる。

 良くも悪くも正面の事に集中していた城和泉はその攻撃への対処が遅れてしまう。

 

「っ!? しまった!?」

 

 あわや城和泉が手傷を負ってしまうかと思われたその時、雷撃の弾丸が周囲の泥鎧を吹き飛ばした。

 

「まったく、独断専行はキミの悪い癖だよ城和泉」

 

「無事か、城和泉!」

 

「午王! あ、ありがとう」

 

 少し遅れてしまったが、聖十郎を筆頭に午王、桑名江が追いついたのだ。

 今の雷撃の弾丸は午王の使う技、砕撃 靂である。

 

「城和泉さん、わたくし達も加勢致します!」

 

「3人で死角を補い合うんだ! 城和泉は正面、桑名江は右、午王は左から斬り込め! 後ろは何かあれば俺がやる!」

 

「分かったわ、主!」

 

 聖十郎の指示の元、逃げ遅れた人々を救出すべく更に斬り込んで行く城和泉達。

 ただの泥鎧では彼女達に勝てる道理も無く、次々に禍憑を倒していき逃げ遅れた人々を助け出す。

 

「あ、ありがとうよあんた等!」

 

「助かったぜ…」

 

「ここは俺たちに任せて、早く逃げるんだ!」

 

 聖十郎は後ろから城和泉達をカバーしながら救助した市民の非難誘導も行う。だが禍憑から助け出したというのに慌てた様子で周囲を見渡しその場を動かない女性が居たのを見て声をかける。

 

「あなたも早く向こうへ非難するんだ」

 

「でも、でも私の娘がいないんです! 逸れてしまったんです!」

 

「何だって…!?」

 

 子供が逸れて逃げ遅れているとなれば聞き捨てならない。聖十郎は目を凝らして禍憑の群れの奥を見ると、西洋製のぬいぐるみを抱えた小さな少女を発見した。

 周囲には他に逃げ遅れた市民はいない。あの子で間違い無さそうである。

 

「あそこだ!」

 

「ああっ! 化け物の向こうに…!」

 

「俺たちが必ず助け出します。あなたはここに居て下さい! 皆、突破するぞ!」

 

「任せて主! たぁあああっ!」

 

「お任せ下さい!」

 

「このまま行けば間に合いそうだね…!」

 

 一刻も早く禍憑を蹴散らして少女を助け出さなくてはならない。禍憑達がいつ少女に目を向けてもおかしくないからだ。

 先ほどよりも勢いを増した城和泉、桑名江、午王の3人は次々に泥鎧を斬り捨てていく。

 

「よし、いいぞ3人とも! …いや、皆止まれっ!」

 

「「「っ!?」」」

 

 もう少しで禍憑の群れを突破できた所で突然止まれという指示に一瞬困惑する3人だったが信頼する主の指示。その場で踏み込むのを止めて立ち止まった3人の前に、一際巨大な体の禍憑が現れたのだ。

 強靭の肉体を持つ泥鎧の上位種である益荒鎧が、彼女達の前に立ち塞がったのだ。

 中々の強敵である。益荒鎧を倒すのはそれなりに手こずりそうだった。

 

「そんな…あと少しだったのに…」

 

「グォオオオオオ!」

 

「危ないっ!」

 

 刀を持った益荒鎧は地面に刃を叩きつけると強力な衝撃波を周囲に発生させた。城和泉達は聖十郎の指示通り踏み込みすぎなかったため攻撃を避けれたが、少女からは遠ざかってしまう。

 

「先ずはこの益荒鎧を倒さなくてはならないね」

 

「でもそれじゃあの女の子が…!」

 

「きゃぁああああああああっ!」

 

 午王が言うとおりこの益荒鎧を倒さねば先には進めそうもなかったが、城和泉の心配の通り少女に気がついた泥鎧達が徐々に少女に迫っていた。

 

「いけません! このままでは…!」

 

「くっ…! 3人ともそいつを抑えててくれ! 女の子は俺が…!」

 

「なっ!? 待つんだ隊長君!」

 

 壁際に追いやられてしまった少女に、泥鎧がゆっくりと接近しつつある。その手には少女の命を奪うのには十分過ぎる凶器が握られている。

 焦りを浮かべる城和泉達に、聖十郎は自分が何とかするしかないと3人に益荒鎧を任せると横をすり抜けて少女の元へ駆けつける。

 

「グォオオオオオッ!」

 

「いやぁああああっ!?」

 

「させるかぁああああっ!」

 

「グォッ!?」

 

 禍憑が刀を少女に襲い掛かる直前に、聖十郎は禍憑を後ろから斬りつけて止めた。

 巫剣でなければ禍憑を倒すことはできないが、聖十郎の持つ菊花刀にはある程度の巫魂が込められているため手傷を負わせるくらいならばできる。

 

「3人が来てくれるまで、俺が相手をしてやる…!」

 

 時間稼ぎにしかならないが、聖十郎は少女を守るために禍憑に立ち向かった。

 それは蛮勇だったが、彼の信念を体現する行動でもある。守るために、戦うのだ。

 

「素晴らしい」

 

 聖十郎の耳に届いたのは、この戦場には似つかわしくない澄んだ優しい声だった。

 視線を向ければ、そこには先ほどめいじ館に来ていた旅人が自然な足取りで聖十郎達に近寄ってきている。

 

「なっ!? 何をしているんだ! 早く逃げ―」

 

「狐火」

 

「グォオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 旅人は袖の下から御札を取り出すとそれを次々に禍憑へ向けて投げてそう唱えた。

 すると御札は燃え上がり、泥鎧とはいえ禍憑を焼き尽くして間違いなく消滅させたのだった。

 

「何っ!? 禍憑を、倒した!?」

 

 それは遠目から見ていた城和泉達にも見えていた。

 突如現れた男が御札から炎を生み出し、禍憑を倒す。しかし彼女達にはその光景に、どこか見覚えがあった。

 

「い、今のってもしかして…!?」

 

「間違いない。陰陽術だよ」

 

「銘治の世に、まだ陰陽師が残られていたのですか!?」

 

 戸惑う3人だが、余所見を許すほど益荒鎧は甘くない。その隙を狙って刀を高く振り上げて再び衝撃波を巻き起こし、3人を纏めて吹き飛ばそうと目論見る。

 直前でそれに気がついた城和泉達だったが、突然の事に目を奪われてしまっていたため反応が遅れてしまった。このままではやられてしまう。

 

「城和泉、午王、桑名江、良い主を持ったね。後は私に任せなさい」

 

 しかし旅人の男は城和泉に対し、まるで父親が娘に語りかけるような優しい口調でそう言うと再び袖の下より御札を出して益荒鎧に投げつけた。

 

「桜乱樹」

 

 張り付いた御札に種でもあったかのように樹が伸びる。根は益荒鎧に絡みつき、動きを封じて締め上げる。

 そして樹はどんどん成長すると大きな枯れ木へと成った。しかし益荒鎧から力を吸収しているのか、益荒鎧がやせ細っていくのに比例して枯れ木に蕾が現れ、そして美しい桜の華を咲かせた。

 そして瞬く間に桜の華が散っていき、バキバキと音を立てて樹が崩れ落ちた。

 残ったのは小さな枯れ木の破片と散った桜の花びらだけとなり、益荒鎧は跡形も無く消滅してしまっていた。

 

「ふむ、実戦は久しぶりだけれどどうにかなる物だね」

 

 突然起きた目の前の光景に唖然としていたが、気の抜けるような柔らかい口調に聖十郎はハッと意識を取り戻す。

 

「あ、あの…あなたはいったい…?」

 

「私の事などより、まずは女の子を母親の元へ送ってあげると良い」

 

 禍憑達は全滅し、この場は勝利を収める事ができたと言って良い。ならば今やるべき事は守る事ができた少女を母親の元へ連れ戻してあげる事である。

 そう諭された聖十郎は自身の後ろで恐怖から涙を流していた少女の元へ駆け寄ると怪我が無いかを確認する。

 

「きみ、大丈夫かい? 歩けるかな?」

 

「う、うん…」

 

「それじゃあおいで。お母さんの所まで連れて行ってあげよう」

 

 聖十郎は少女の手を取り母親の元まで連れて行く。

 母親は娘が無事なのを確認すると、目に涙を浮かべて少女を抱きしめる。

 

「ああっ! もう駄目かと思いました…! ありがとうございます…!」

 

「いえ、ご無事で何よりです。では私はこれで…」

 

 御華見衆は公にはできぬ特殊機関。あまり深く接してはならない。めいじ館の店主とその従業員であるとバレてしまえば活動しにくくなる。

 母親に少女を託すと、聖十郎は先ほどの旅人の男の元へと戻った。そして同時に刀を鞘に納め、城和泉、午王、桑名江もやって来る。

 

「主、怪我はない!?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

「まったく、1人で飛び出してしまうところは城和泉そっくりだね隊長君」

 

「主様がご無事で何よりです」

 

「悪かった、でも皆無事で何よりだ…さて…」

 

 御互いの無事を確認した所で、聖十郎は改めて旅人の男へ向き直る。

 

「助けてくれて感謝します。…しかし、あなたはいったい何者なんですか? 禍憑を倒していましたが…」

 

「ふふ、さっきは悪かったね。せっかくの休憩を邪魔しては悪いと思って顔を明かさなかったんだ。許してくれるかな」

 

 旅人の男は頭に被っていた藁傘を脱ぎ、顔を露にした。

 見た目は20代半ばだろう年頃の青年。黒く背中の真ん中まで伸ばした髪はうなじで纏められており男性だがどこか中性的な雰囲気も感じられる。

 そして何よりも宝石のような美しい紫色の双眸が印象的だった。

 

「私の名は―」

 

「「「せ、晴明様っ!?」」」

 

 男が名乗るより先に、城和泉、午王、桑名江が同時に叫んだ。どうやら3人は彼の事を知っているらしいと察した聖十郎は3人に問いかける。

 

「皆、彼の事を知っているのか?」

 

「知ってるも何も…!」

 

「わたし達の産みの親とでも言うべきかな」

 

「かつての主様でもあります」

 

「ど、どういう事だ…?」

 

 巫剣は不老の存在。そのため昔の主であっても不思議はないのだが産みの親と聞いては混乱は避けられない。

 聖十郎の頭が現状を理解するためにこんがらがっていると、小さく笑って晴明という名の青年は口を開いた。

 

「改めて自己紹介をしよう。私の名は土御門晴明。50年ほど前まで御華見衆の司令をしていた、ただの老いぼれだよ」

 

 

 

 

 

 百花繚乱の乙女達。

 かつて彼女達を束ねたこの国の希望が今、銘治の世に現れた。

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