悲しいなぁ。
禍憑を倒し、改めてめいじ館へと戻った聖十郎と巫剣達。茶房の扉は閉め、本日は営業を終了する旨が書かれた看板を扉に下げておく。
一行は土御門晴明と名乗る青年と共にめいじ館にある御華見衆の作戦会議室に集まっていた。
「いやはや、これが洋風の建築物か。まともに見るのは初めてだから新鮮だよ」
「は、はぁ…」
「ちょっと主! 晴明様の前なんだからもっとシャキっとしなさいよ!」
「いや、そう言われても…」
めいじ館のあちこちを物珍しそうに見物しながら晴明は笑いながらそう言うが、聖十郎からすればまだ事態の全容が掴めない。
50年ほど前まで御華見衆の司令をしていたという眼前の青年だが、色々と疑問に思う所があった。
しかし立ち話というのも何だったので彼を改めてめいじ館に招いて話を聞く事にしたのだ。
「ええと、それで結局貴方はいったい…?」
「あはは。そう畏まらなくてもいいよ。先ほども言った通り、私は50年ほど前まで御華見衆の司令をしていた者だ。訳あってその役職を今の司令である七星剣に譲り引退していた老いぼれだよ」
いまいち要領を掴みきれない聖十郎だった。
幾つもの疑問点があったが、とりあえず1つずつ質問してみる事にした。
「老いぼれ、と仰っていますがそれほど年老いているようには見えませんが…」
晴明は見た目だけならば20代半ばほどの美青年だ。間違っても老人になど見えはしない。
しかし巫剣のように不老の存在もいると知っていた聖十郎はそこから聞いてみる事にした。
それに対して晴明は相変わらずの柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「見た目と実年齢が一致していなくてね。私の年齢は…途中から数えるのを止めたのだけれど、恐らく1500歳ほどだよ」
「……はぁ」
なんだか狐につままれたかのような話である。
やはり言っている事が把握しきれない聖十郎は気の抜けた返事をする事しかできないのだが、午王吉光と桑名江が補足を入れる。
「隊長君、晴明様の言っている事は本当だよ。戦国の世より前から、巫剣と共に生きてきたお方だからね」
「巫剣を生み出す製法を開発されたお方で、御華見衆の創設者でもあるんです」
「なっ!? ほ、本当かっ!?」
信頼する2人から保障するような言葉に、流石の聖十郎も驚きを隠せない。
悪い人ではないと思っていたが、正直その言葉にどこまでの信憑性があるのか分からなかったのだが午王と桑名江がそう言うのなら本当なのだろう。
「だからさっきから言ってるでしょう! す、すいません晴明様。私達の主が…」
失礼な反応をする主に代わって城和泉が謝罪をするが、晴明は気にした様子もなくニコニコと笑って首を横に振った。
「いやいや、私も自分の話に信憑性が無いのは百も承知さ。本来なら聖十郎君の反応が普通なのだからね。それに彼は素晴らしい人物じゃないか。少女を救うために我が身を盾にしたのだから。良い主に巡り会えたね、3人とも」
「い、いえ…俺は当たり前の事をしたまでですから」
「若いのに謙虚だね。益々キミを気に入ってしまいそうだ」
晴明に先ほどの戦闘で少女を庇った行為を褒められる聖十郎だが、彼は本当に自分にとってできる当たり前の事をしたに過ぎない。
そんな所も含めて、晴明は聖十郎を評価して気に入っていた。
「それで晴明様、どうして此方にいらっしゃったのですか? 確かあなた様は…」
「うん、山奥の神社に封じられていたのだけれどね。禍憑に封を破られてそのまま出てきてしまったのさ」
「禍憑に襲われたのですか!?」
「その場は術で撃退して、そのままこっちに来たんだよ。本部に向かおうと思っていたのだけれど、その前に腹ごしらえをしようとお店に入ったら君達を見つけてね」
どうやら晴明がめいじ館へやって来たのは完全に偶然だったらしい。しかしその偶然により先ほどの戦闘で犠牲が出ずに済んだのだから結果オーライと言った所だろう。
「さて、折角出会えたけれど本部に行って星に会わないとね」
「星、と言うのは…」
「現御華見衆司令、七星剣の事だよ。彼女は私の愛刀なんだ」
愛刀とは、巫剣使いにとって最も信頼している相棒の巫剣であるといった意味合いがある。
それだけで現司令である七星剣と晴明の絆が伝わるという物である。
「しかし都も随分と様変わりしたねぇ。正直迷ってしまいそうだ」
「ええと…もしよろしければ本部までご案内しましょうか?」
上野から本部まではそれほど遠くは無い。しかしそこは大都会東京。慣れない者では道に迷ってしまうのもそう珍しくは無い話だった。
晴明が御華見衆の重鎮である事を理解した聖十郎は放っておく訳にもいかないため案内を申し出る。
「良いのかい? それは助かるよ」
「では自分と城和泉でご案内します。午王と桑名江は明日の用意を頼む」
「分かりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「城和泉、隊長君と晴明様の護衛を頼んだよ」
「分かってるわ。任せなさい!」
めいじ館には茶房での明日の用意があるため、少し早いが桑名江と午王に後を頼み聖十郎と城和泉が案内をして本部を目指す事になった。
早速めいじ館を出発し、本部のある中央区へ向かう。
徒歩のためそれなりに時間がかかるだろうが、道が分かっていれば問題ない。
しばらく歩いていると晴明は田舎から上京してきた若者のように周囲をキョロキョロと見回していた。
そんな晴明が不自然で心配になり、聖十郎は声をかけた。
「え、ええと…どうかしましたか? 晴明、様?」
「ん? あぁすまないね。この街並みが懐かしくも珍しくてね。かつての江戸の面影を残しながらも、西洋式の建築物も多く見られる…人々の表情も明るく、自分達の暮らしが良くなっていくと信じている。良い街になった…」
感慨深そうに街を見つめる晴明。
その言葉に聖十郎も同意する。この街を、そしてこの街に住む人々を守るために聖十郎は軍人になる道を進んだのだから。
「さて、それはともかく聖十郎君。そんなに硬くならないで良いんだよ。私が御華見衆の司令だったのはもう過去の話なのだから」
「え、ええと…」
「だ、駄目ですよ晴明様! あなたは御華見衆の創設者ですし、巫剣や巫剣使いからは敬意を持って接されるべきです!」
「城和泉はああ言っているが、巫剣の子達は私に対してああいう態度をあまり崩してくれないんだ。だからキミのような若い人とはもう少し対等に接したくてね」
「あーその…それでは晴明さんと呼ばせて頂いても?」
「ちょ、ちょっと主! 晴明様に向かってそんな気安く…!」
「良いんだよ城和泉。私は呼び捨てでも構わないくらいだけれど…まぁ呼びやすいように呼んでくれれば良いかな」
そんな晴明と聖十郎の会話に城和泉が割り込みつつ3人は本部に到着した。
外観ふ普通の役所のようになっているが、この大きな洋風の建物は御華見衆の本部で間違いない。
「ほう、本部も立て直したんだね。これは見事な建物だ」
「それではまず副指令にお話をしましょう。副指令の事はご存知ですよね?」
「ああ、変わっていないのなら椒林だね」
御華見衆副指令の丙子椒林剣。観察方という諜報機関のトップでもあり御華見衆最古参の巫剣でもある。
愛称の椒林というのは彼女と同じ古参の巫剣や、親しい間柄の者でしか呼ぶことができない名でもあり、やはり晴明が丙子椒林剣とも深い仲であるというのを伺わせる。
本部の受付で上野支部の隊長として副指令にお話をしたいと通すと、部屋を用意するのでしばらく待つようにと言われたため通された応接室にて待機する。
しかし晴明に関しては本部勤めの人々が誰も何も言わないため少々不思議に思った聖十郎だが、話の通りなら50年も隠居していたのなら巫剣くらいしか彼の事を知らないのだろうと認識を改めた。
そうして応接室で待つ事数十分。
御華見衆副指令の丙子椒林剣は忙しいため、事前連絡無しに来てしまえば対応するのにも時間が要る。これは事前に連絡を入れなかった聖十郎達の落ち度だったため大人しく待っていた。
「ふーむ、これが紅茶か。私の知る茶とは違う新しい味覚だ。興味深い」
「あ、あの…晴明さん、飲みすぎでは?」
相変わらず西洋の物に興味津々な晴明は応接室に用意されていた紅茶のセットを城和泉に頼んで淹れてもらっていた。
その飲みっぷりは凄まじく、用意されていた分は今カップに入っている分で最後である。
「私は体質上食事は多く取れるから大丈夫だよ。と言うより食べた分だけ体に力を貯めれると言うべきかな」
「は、はぁ…」
「それに昔は紅葉狩兼光や村雨助廣、稲葉郷とも全国の名物食べ歩きの旅なんてのもしてたからね」
御華見衆元司令が全国の名産品食べ歩きの旅とはあまり想像できなかったが、それでもその話が本当ならば何だか思ったよりも接しやすいイメージである。
と、そうこうしている内に応接室の扉が開いた。
顔を向ければ、そこに居たのは間違いなく御華見衆副指令の丙子椒林剣である。
「お待たせしました~」
長い茶髪を結って纏めたスタイル抜群の美人だが、雰囲気はどことなく丸く上司としては逆に接し難い。それがこの丙子椒林剣である。
先ほどまで事務の仕事をしていたのだろう。腕に幾つもの書類を抱えており聖十郎はやはり報告してから来るべきだったかと謝罪から入る事にした。
「副指令、突然お尋ねしてしまい申し訳ありません」
「いいえ~、大丈夫ですよ。でも連絡も無く直接尋ねてくるなんて、よっぽと緊急の報告なんですか~?」
「はい。実は―」
「椒林、久方ぶりだね」
聖十郎が言葉を紡ぐより先に晴明が口を開いた。
紅茶のカップを机に置いて椅子から立ち上がると、彼は丙子椒林剣の正面に移動した。
「……」
「……」
室内を沈黙が支配する。と思いきや丙子椒林剣は突然抱えていた書類を全て床に落としてしまった。
バサバサと大切な書類が床に散らばってしまうが、丙子椒林剣は状況を理解したのか目を大きく見開き、両手で口を覆っていた。
「嘘…嘘です…。あなた様は封じられている筈です…!」
「少々事情があってね。出てきてしまったんだ。今までキミと星に辛い役目を押し付けてしまってすまなかった」
目の前にいる晴明の存在が信じられない。そんな口調で丙子椒林剣が現実を否定して一歩後ずさるが、それに応じて晴明は一歩前に出た。
そして口を覆う丙子椒林剣の手を取り、優しく両手で包み込んだ。
「主失格なのは分かっている。けれどもし不甲斐ない私を許してくれるのなら、もう1度キミ達と共に戦う事を許して欲しいんだ。椒林」
「あ、ああ……主様…!」
眼前の現実を受け入れた丙子椒林剣は両目から涙を溢しながら晴明へと抱き着いた。
晴明もそんな椒林を優しく抱きとめてやる。
「お帰りなさいませ…」
「ああ、ただいま」
そのまま御互いの感触を確かめるように抱き合っていた2人だったが、このままでは話が進まないと思ったため聖十郎はわざとらしく咳払いをした。
「んっ、んんっ…晴明さん、副指令。あの、そろそろ…」
「…はっ!? す、すいません~! 久しぶりの主様の感触が離れ難くて~!」
「ふふ、今は人前だからね。後でゆっくりと語り合うとしよう」
普段からは考えられないほど丙子椒林剣は顔を真っ赤に染め、慌てていた。
その姿は正に恋する乙女のように…。
「さて、私の身の上に起きた事を話しておこう。その上で今後の私の動きについても話していくとしようか」
「はいっ。でもそれなら七星剣も一緒の方がいいですね~」
「では星にも会いに行くとしようか。聖十郎君と城和泉はどうするんだい?」
「そうですね~…2人にも一緒に聞いてもらっておいた方が良いでしょうね~。今後の御華見衆全体に関わる事でしょうし」
「「は、はいっ!」」
どうやら晴明の帰還と、それに伴う行動方針は御華見衆全体に影響を与える程の事らしい。
事態の重要さを今更ながら把握した聖十郎と城和泉は気を引き締めなおして返事をした。
丙子椒林剣の案内により、3人は応接室を出て御華見衆司令である七星剣のいる司令室へ移動する。
長い廊下を歩き、階段を登り建物の最上階に位置する立派な両開きの扉のある部屋だった。
所属する組織のトップの部屋という事で、聖十郎も城和泉も緊張してしまっていた。思わず固唾を呑んでしまうほどである。
「ここが御華見衆の司令室です~」
「…今更だが椒林、星は忙しいんじゃないか? 事前に連絡も無く来てしまって大丈夫だったかい?」
「主様のご帰還以上に大切な事なんてありません~。七星剣もきっと大喜びですよ~」
「そうか、なら良かった」
「まずはわたくしが話を通してきます。お呼びしたら入ってきて下さいね~」
「あぁ」
そうしてまずは椒林が扉をノックして部屋へ入っていく。
部屋の中はピシッと整理整頓されており、大きな事務机の上には山積みになっている書類が置かれていた。
そしてその机に向かい書類仕事をこなすのは大きな机や椅子に一見不釣り合いにも見える小さな背丈の少女であった。
黒く艶のある長い髪をサイドポニーにしており、緑と白の服装の幼い少女。
彼女こそ御華見衆司令、七星剣である。
「七星剣。お邪魔しますね~」
「む、椒林か。お前がここに来るとは、何か問題でも起きたのか?」
「問題、と言うよりは吉報ですよ♪」
「ほほう? 吉報とは珍しいな。何かあったのか?」
「はいっ。わたくし達にお客様が来られているんですよ~」
「客人…?」
それまで書類仕事を進めながら椒林との会話を進めていた七星剣だったが、客という言葉に手を止めて首を捻った。
見た目こそ少女だが七星剣も1000年以上生きている巫剣であり元来の真面目な性格からスケジュール管理はしっかりと行う性質である。来客の予定は無かった筈だがと思っているのだ。
「陸軍大将との今後の禍憑対策の打ち合わせはまだ先の筈だが…」
「もうっ、違いますよ~。お仕事ではなく、ぷらいべーとでのお客様ですよ」
「…誰か巫剣でもやって来たのか?」
巫剣は御華見衆に所属している者は基本的に各地の支部で働いているが時折任務で遠征に行っていたり、御華見衆から離脱して各地を放浪している巫剣もいる。
しかし何らかの理由で戻って来る者もいるためそういった手合いかと思ったが椒林は首を横に振った。
「いいえ~。見て貰った方が早いので、入って貰ってもいいですか?」
「ふむ、分かった。通してくれ」
「はいっ♪ どうぞお入り下さい~♪」
七星剣の許可も取ったため、椒林が扉越しに声をかけると晴明は笑顔を浮かべて扉を開けた。
晴明の目に入ったのは立派な机に向かい椅子に腰掛けていた七星剣だった。彼女は最初は憂いを浮かべるような表情をしていたが晴明の姿を認めると大きく目を見開く。
「はいっ! わたくし達の主様、晴明様ですよ~」
椒林が茶化すようにそう言うが、七星剣は時が止まってしまったかのように動けずにいた。
先ほどの椒林と同じく、現実の出来事に頭の処理が追いついていないのだ。
「星」
だが晴明が七星剣の愛称で声をかけると、ビクリと七星剣は体を震わせて椅子から立ち上がった。
立ったものの全く動かない七星剣を見かねた晴明は、椒林の時と同じように自ら七星剣との距離を詰めると屈んで顔の高さを七星剣と合わせる。
「あ、あ……!」
「久しぶりだね、星」
「だ、駄目だっ!」
声をかけて手を取ろうとした晴明の手から逃げるように七星剣は大きく距離を取った。
それは拒絶と言うよりも恐怖の色合いが濃い。そう、飼い犬が主人に怒られるのを嫌がり逃げ出すような雰囲気が感じられる。
彼女の驚きに見開かれた瞳からは涙が零れそうになっていた。
「星」
「駄目だっ! こんなの、現実の筈が無いっ! 私は主を守れなかった…! 封じられる主を、私は見送る事しかできなかった…! だから、主が私の元へ来てくれる筈が無いんだ……!」
後悔と自責の念を吐露するように七星剣はそう叫んだ。
七星剣の悲痛な叫びを聞いて晴明も目を伏せる。
そんな風に思っていたのか、と。彼女にここまでの想いを抱かせてしまう自分はやはり主失格だと思いながらも、晴明は立ち上がり七星剣へと近づいた。
そして怯える彼女を優しく抱きしめ、包み込んでやる。
「あ、ああ…!」
「大丈夫だよ、星。むしろ私の方こそすまなかった。やはり私は主としては三流でしかないが…もし星が許してくれるのであれば、またキミの手を握らせて欲しい」
「あ、ある…じ…!」
ポロポロと大粒の涙を瞳から溢れさせる七星剣。
そんな彼女を、子供をあやすように抱きしめたまま頭を撫でて胸を貸す晴明。
普段は凛として隙を見せない七星剣だが、この時だけは見た目相応の少女として涙を流し、晴明を力いっぱい抱き返した。
「う、うぁああああああああ…! あ、主…! 主ぃいいいいいい…!」
「ただいま、星」
星はかつての主の手の中へ戻り、その胸中にあった悲しみを吐き出した。
今ここに―御華見衆の、この国の希望が舞い戻ったのである。
序章 了
感想、評価、お気に入り登録やしおり等励みになります。
少しでも天華百剣を布教できれば幸いです。