ハイスクールD×D'Catastrophe Longinus 作:虚無の魔術師
「ヒハハ!ヒーッハハハハハハハハハハハハハハ!ダメ、ダメダメダメ!こんなの凄すぎるよ!?あっ!待ってお腹痛いマジで死ぬぅ!!」
街中に並ぶビル。一番高層かつ大幅の建造物の屋上に抑制の無い笑い声が響き渡っていた。何処か大手の会社の物らしいが、今現在は昼時より前なので全員が仕事を行っている最中、従って屋上に人はいない筈だ。
ならば、広がった空間しかないその場所にいる二人は一般人ではない証拠になるだろう。少なくとも、人間社会に溶け込めるとは思えないような者達が。
「マジで!?普通やるかなぁ!?
「…………笑い事では、無い」
腹を抱えながら、心の底から楽しそうに笑う少年。歳は十歳前後の子供に近い、しかし身に纏う服は目立った特徴の無い黒衣だ。
つやつやとした黒い髪を金属の髪止めで結った、整った顔のした美少年────そんな良い特徴は、あるものによってかき消されてしまう。
ピンク色に近い紫の瞳。
しかしそんな綺麗な色は、あまりにも歪んでいた。この世全てに失望している人間のそれと同じようなもの。ニコニコと笑顔を浮かべながら、矛盾するような目をする少年には不気味なものが感じられる。
そしてもう一人は────姿そのものが異様だった。
フード付きの布切れを羽織り全身を隠しているが、隙間からチラホラと包帯が見えている。両腕や身体の至るところにも施された包帯、もし布切れを脱ぎ捨てればミイラ男になっているかもしれない。
しかし顔だけは例外らしく、包帯が無い素肌がそこにあった。青年らしい凛々しい顔つき、だが少年と同じような瞳……………違いがあるとすれば、ギラギラと歪んだ鋭い目が印象を変えてしまう。
そんな二人は、シルマの仲間───『聖書新生式』の主要メンバーである。しかし口振りや態度からして、シルマの以上の実力者の可能性もあるだろう。
現に遠くから達観して、シルマが追い込まれているのを気にせず、ラインハルトだけを注視してるのが最たる理由である。
「ラインハルト・ヴィヴィアン。奴は、我等を倒し得る力を手にした。エクスカリバーとの融合、自らを聖遺物へと変える荒業。我等の障害になる事には変わりない」
「わーってるよん、わーってる。だから連絡待ってんでしょ?『新条様』からのね?」
気さくに言う少年の片手には携帯端末が握られていた。ピコンという機械音を聞くと、彼はそれの画面を確認する。
示されていた内容は二文だけだが、意味だけは単純だった。
────ラインハルト・ヴィヴィアンを抹殺せよ。不可能な場合は撤退、可能な場合は確実に殺し尽くせ
「…………ニヒッ!承諾完了!これで楽しい楽しい殲滅ショーが出来るってワケじゃーん!」
見るからに邪悪な笑みで、少年は遠くで戦う青年を見つめた。そこで放たれる覇気はまるで極光のように神々しく、抵抗できない神罰のような重圧がある。まさしく、神と評しても間違いではない程の─────
しかし少年は無視する。そんなもの気にしていない、むしろ踏みにじってやろうと言わんばかりの態度で両手を大きく開く。直後、片手に黒く染まった禍々しい雷、片手に煌々と燃え滾る炎を宿していた。
少年は雷と炎を遠くへと向けると、今すぐ撃ち込む形へと変化させる。すぐ横にいる青年に見向きもせず、軽々しく声をかけた。
「君は近接担当だぜジャックくーん?ボクはここからラインハルト君の身体をぶち抜いてるからさぁ!ちゃんと援護と戦闘は頼むよん?」
少年の声に、包帯の青年は応えた。しかしそれは内容への返答ではない。
「…………そうは、いかないみたいだ」
「あ?」
直後、彼等の居た場所を無数の剣が貫いた。たった一瞬の間に無数の剣が雨のように降り注ぎ、屋上を剣の平原へと変える。
しかし、狙ってた筈の二人は倒せなかった。人間のものとは思えない脚力で跳躍し、一瞬で後退していたのだ。
「───誰だッ!!」
ジャックは着地するとすぐさま布切れの中から、ギザギザに歪んだ剣を引き放つ。見たところそんなものは無かったが……………造り出したのだろう。攻撃を仕掛けてきたであろう第三者を倒そうと身構えていたが、すぐさま動きを止めることになった。
「悪いけど、大人しくしてもらうよ。僕としてはやり合うのも悪くは無いけどね」
「ふふん♪全身包帯の貴方、剣の創造系の力かしら?どうやら私と同じ力を持ってるみたいね。ここはお姉さんがタップリ遊んであげるから、楽しませてもらおうかしら♪」
「………」
剣士らしき青年と金髪の女性から剣を向けられていた。双方向から得物を突き付けられ、ジャックは舌打ちを押し殺さず、敵意の籠った視線を彼等に向ける。
少年の方も同じだった。ニタニタと笑い周囲を見渡すと複数人の男女が様々な武器を用いて、構えを取っていた。それら全てがセイクリッド・ギアだというのを、少年はある程度察していた。
少年は笑う。楽しそうに笑う。けれども重味のある声で、彼等全員に問い掛けを口にした。
「ヒヒヒっ!まさかまさかと思ってたけど、何もそこまでやる!?ボク達から彼を助けるために、組織総動員で動くとか────これって全面戦争望んでるのかなぁ!?『英雄派』の皆さーんッ!!?」
「………彼の王の末裔、俺達よりも英雄としての偉業を為し遂げようとしているんだ。生憎俺も、それを見届けたいんだ」
誰も答えない代わりに、屋上の片隅に座り込んでいる青年がそう告げた。その青年にチラリと目配りをした少年は、忌々しげに顔を歪ませた。
数メートルもある槍。青年は手にしたそれを掴み直すとゆっくりと立ち上がる。その矛先を少年へと向けて、宣告した。
「俺からも言わせてくれ。彼の覚悟、その証明を邪魔しないで貰おうか」
建築途中のビル。その一室の中央部にて、シルマとラインハルトは衝突した。
まず最初に動いたのはシルマ。数メートルへと変じさせた自らの腕をシルマは勢いよくに振りかぶり────即座に放つ。
工事中のコンクリートの床を粉砕しながら、ラインハルトを巻き込んでいく。破壊の衝撃波は上下の階層へと響き、周囲に風圧を発生させる。
しかし、強力過ぎるその一撃はラインハルトに掠りもしなかった。ユラリとそよ風のように揺らいで、腕の一撃を光の剣によって反らしていた。
「細胞変質───!」
短い言葉と共に、彼の腰から伸びた太い尻尾が、ボゴボゴッ!! と一気に膨れ上がる。その増幅が一斉に蕾へと集合していき、
花が、咲いた。
そんな風に大きく切り開かれた蕾の正体は、花というには言葉が違いすぎた。
一種の生き物のように、四対の大きく開いた口。ギザギザの歯が付いたそれは相手を噛み殺すものに相応しかった。現に、気色の悪い悲鳴をあげた触手は、ラインハルトを喰らおうと牙を剥いてくる。
「………」
ラインハルトは動じることなく、自らの身体をただ前へと突き進ませる。おぞましい唸り声をあげ、迫り来る触手の口との衝突には一秒もかからなかった。
そして、その激突も一秒で幕を下ろした。
宙に舞うのは─────輪切りにされた巨大な触手。シルマにとって滅多に使わなかった切り札も、今のラインハルトには気にするものではないのだろう。自分の身体の一部を切り捨てられた事に、シルマは苦痛に呻いた。
(コイツ……ッ!!エクスカリバーのビームと同等の力を、こんな簡単に振るうとは!!やはり融合した効果は凄まじ─────ッ!!)
ゾンッ! という鋭い音。
それを耳にしたシルマの思考が途切れた。相手を捉えていた視界が、グルグルと目まぐるしく回っていく。
いつの間にか横を通り過ぎていたラインハルト。高速のスピードで滑るように駆けてきた彼の光輝の剣によって、シルマは首を切り払われた。あまりにも、あっさりと。
一瞬にして、切断された首が宙を舞う。口から血を吐き、首もとから血が噴き出そうになる。それが表す意味は一つ───────死。
その瞬間。
「…………ッ!!」
ギョロリ! と動いた。
胴体と切り離された筈のシルマの瞳が、ラインハルトを捉えていた。死という、抗えない事象を彼は塗り替えて見せた。
すぐさま断面から伸ばした生々しい触手で首を接合させる。ラインハルトもそれに気付き、立ち止まろうとしていたが、
「がッ、ああああァァァァアアッ!!!!」
攻撃の隙も与えない形で。両腕を交差させながら勢いよく振るった。
しかし、その両腕の薙ぎ払いすらも受け止められる。剣ではなく、素手で掴み取られたのだ。そして────
ブチィッ!!
「バッ、ぐガァ!?」
片手で引きちぎられた。大量の鮮血を噴き出す両腕を再生させようとしながら、シルマはさらに後退する。
「────遅い!」
そんな彼の目の前で、ラインハルトが突貫してきた。慌てて次の行動に入るより先に、剣を持たない方の手がシルマの服の襟を掴み──────
────全力で蹴り上げた。腹に食い込んだ脚がさらに力を入れ、シルマを容赦なく上へと吹き飛ばす。天井すら貫通してビルの最も上である屋上へと。
そして、ビルの最上階。
舗装されていたであろうタイル張りの屋上。とある予定で数週間後に解体されていたビル、その屋上から ドガァッッ!!! と大きな穴が出来た。
「ガハッ………!?」
『黒触』のシルマ。
少数精鋭、『聖書新生式』の新参者であるが、実力でもある男は空中へと飛来していた。ボロボロになった身体は滞空している間に修復を完了させ、元の綺麗な身体へと戻っている。
だが、シルマ自身がよく理解できている。このままではジリ貧だと。自分の半永久的な再生力にも、欠点の一つや二つがあることは。
その一つこそが、一番懸念すべきもの。細胞の再生力が関係している。無敵にも近い修復機能を持つシルマだが、ラインハルトの光が相手だとこの機能はバグが生じてしまう。
邪龍の因子が自らの敵性である星の光を受けた身体を、急速に再生させようと激しく活性化する。しかしそれは肉体への影響も大きく、シルマはその細胞の脅威的な自己増殖を抑える事は出来るが止められない。
次第に、自らの細胞に身体が
そしてもう一つは───────
(………やるか、やるしかない。自我を失ってしまう可能性はあるが、ラインハルト!貴様を殺すにはこれしかないののだ!!)
自らの思考を振り切り、シルマは決意を固める。目の前の穴から飛び出してきたラインハルトを前に、覚悟を決めることにした。
そして、彼は空中で完全に治癒した両手を大きく広げた。謳うように、かつ響かせるような呪詛を告げていく。
「
空を見上げたラインハルトが、『ソレ』の存在を知った。空中で身体を広げるシルマ、その彼の顔や胴体。
禍々しい黒色の影のようなナニかが、蠢く。それは彼の胴体を飲み込み、両腕へと伝わっていく。一種の生き物のように、張り付きながら。
侵蝕。
そんな言葉が似合う光景がそこにはあった。そんな最中、更なる変化が起きている。
黒いナニかに呑まれていたシルマの両腕が、裂けた。何本にも分断していき、次第に無数の黒い鞭へと変貌していく。生き物のようにビチビチ! と唸り始めている。
無数の黒い触手は、シルマを包み込んでいき─────黒い球体を生み出していた。表面上にある全てが、触手によるもの。
それが一気に縮小した途端、
「
黒き闇が、解き放たれた。
全方位に、細長い鞭が暴れ狂う。縦横無尽というように、周囲の全てを削り取り始めた。逃げ場のない、圧倒的な暴力の嵐。
ここで解説しよう。
シルマの権能『
しかし────『
邪龍の因子と増殖細胞を組み合わせ、全ての物質や細胞を喰らい潰す漆黒の触手を作り出し、増殖させて相手を襲う。
避けた所で意味はない、何故なら無数にまで倍増した触手が相手を殺そうと次々と迫ってくるから。障害物の意味はない、どんな物質すらも喰らい触手は牙を剥いてくるから。
この切り札を用いて、シルマは強敵の数々を排除してきた。確かにかつて、歴代の神滅具使い相手にはヒヤヒヤしたが、殺せた事に変わりはなかった。
しかし、青年は逃げも隠れもしなかった。
自らを喰らい尽くさんとする膨大な闇を前にしても、恐れることがない。
そして、ラインハルトは手にしていた純光の剣を突き立てる。強く、地面へと。
「
告げた直後だった。ラインハルトの足元から、純白の光の柱が何本も生み出される。直立で構えられたそれが割れた途端──────彼が持つ物と同じ光の剣が姿を現した。
それだけでは終わらない。何本もの光の剣はラインハルトを中心に歯車のように回転する。外側へと剣が動く中、足元から先程のように光の剣が創造されていく。
気付けば、闇の軍勢に匹敵する程の光がラインハルトの元に存在していた。全ての剣の先が一斉に闇へと照準を向ける。主であるラインハルトの命令があればすぐにでも動くと、震わせながら空中で待機しているではないか。
ラインハルトは────詠唱式を告げた。
「───斬り穿て!
無数の刃が解放された時、光が周囲に屈折した。光剣が光速で動き、黒い触手の全てを切り刻んでいく。それでも数の差で押しきろうとしてくる闇は、光の閃戟によって消し飛ばされる。
全ての闇の触手、シルマの切り札は敗れ去った。どれだけシルマが全力を出しても、そこに君臨するのは聖剣を内包する者──────自らの存在全てを差し出した青年に、勝てるはずがなかったのだ。
全ての光剣を納め、ラインハルトは地上へと着地したシルマに眼を向けた。
「─────ぐ、ごッ…………バァッ!?」
大量の血を、溢している。限界に近い、激しいまでの力の行使に、シルマの肉体は限界を迎えているのかもしれない。絶大な光による傷を再生させようと細胞が活性化して、未だ健全な細胞を自壊させてしまっているのだ。
そんな最中、シルマの身体がビクン! と跳ねた。その一瞬の変化をラインハルトは見逃さない。蹲った男は震えながら、青年の名前を口にした。先程までとは違う、何処かたどたどしい様子で。
「…………ライン、ハルト」
「──────君は?」
端から見れば、不思議な問い掛けだった。だって、相手は先ほどまで戦っていた相手なのだ。それなのに相手の素性を聞くような一言は普通と比べて明らかにおかしいだろう。
だが、ラインハルトはさっきまでの彼ではないと判断した。その瞳、狂気を孕んでいた眼は、今にも不安定な優しいものへと変わっている。
危険性のない。自分と同じ、誰かを想える人間のものだった。そう判断したラインハルトは少しだけ力を抜いて、耳を傾けた。
そして、シルマらしき人物は優しい声音で語りかける。
「私は────僕は、
彼は知らない。
その名前は─────現在の赤龍帝を一度殺した女堕天使、レイナーレが用いていた偽名であったのを。
「異端の神器を所有してた事で、恋人…………いや、堕天使に殺された─────死者のなり損ないだ」
何より、その偽名は過去の人間から借りたものであると。つまり、シルマ…………又の名を、天野夕麻は故人である事には変わりはない。今現在、そう名乗る者がいたとしても、彼が既に過去に存在していた人間である。
(………人間に戻る、あの言葉はそう意味だったんだな)
錯乱していた時に口にしていた言葉の真意を、ラインハルトは無言で受け止めた。普通ならさっきまで戦っていた相手の言葉を信じる事など有り得ないだろう。
けれども、妙な安心感があった。彼には戦意や敵意、騙そうとした感じすら見えてこない。
「ラインハルト…………君に、頼みたい事が………あるんだ」
ゆっくりと話す声も、だんだんと途切れていく。肉体が大きく膨れ上がり、血管が大きく浮き出す。弱々しくなっていく声音で、彼は言葉を紡ぎ続けた。
「『聖書新生式』………『新条』を、止めてくれ………あの男は、人間じゃない………死んだ僕を、怪物に変えた……僕だけ…………じゃない、百人以上の人が、化け物に変えられた………自我を、保てなくて………死んだ子も、いた、………………その、成功したのが、僕達なんだ。あの人は………──────また、人を殺し続ける」
シルマ、いや天野夕麻はガタガタと震えていた。恐怖によるものではない、恐らく自分自身の内側から来る力と狂気を抑え込んでいるのだろう。
ラインハルトに話すべき事を話し、伝えるために。
「人間………じゃない。あんな眼を、した…………人間なんて、いない…………僕は、知らない────あれこそ、本当の怪物…………。聖書の神の、復活…………なんて、「あれ」は望んでない………傀儡に、して………もっと、沢山の、人間を…………巻き込んでしまう。そんな事を、止めて…………くれ」
小さく漏れ出していく言葉には色々な感情が籠っていた。そんな中で、天野夕麻は青年に乞う。助けてほしい、などという生易しい言葉ではない。
「お願い、………僕を、殺して………また、人を殺して、殺してしまう………邪龍………因子の、侵食が……人格を───壊して────お願い、殺して────もう、モタナイ……………嫌、だ
もう、お父さんと………お母さんや、弟達の、よう……に………人を、殺したくない…………喰い殺し、てしま───イヤ、いや も ぉ い や だ ぁ
あ あ ゛ ぁ あ ァ ア ア 」
ピシピシ、と泣き崩れた顔が変貌していく。人らしい口が大きく開き、獣のように鋭い歯が並ぶ。素肌も黒い歪んだ色へと染まっていき、人ではないナニかへと変わる。
言わなくても分かる─────邪龍。
この世界から存在そのものを忌み嫌われた狂気の殺戮者。同じ人を平然と殺す存在に成り果てたシルマへと変えられても、彼の自我は完全に消えることなく残っていた。けれども、邪龍へと変じてしまえばそれで終わり。
今度こそ、天野夕麻はどうしようもない程の殺戮の兵器へとなってしまう。自分が嫌がってたであろう、悲劇を容赦なく繰り返すだろう。
終わらせてやる事、それこそが─────彼を
「分かった────オレが終わらせる」
確実にシルマの命を絶てるであろう輝光の刃を振り上げる。聖なる光が増す光景を眼にした怪物は、笑ったように見えた。
一筋の雫を溢れさせながら、震える口を動かす。彼の口から出たのは、感謝の言葉だった。
「あ、りが……と─────ラ、らららrarara!ライン、ハルトォォォォぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
生物のものとは思えない雄叫びと共に、頭部の裂けたモノは襲い掛かってきた。衝動的に、相手を殺そうと牙を剥く。
もう、天野夕麻という人間の意識すらない。そんなものはシルマだった怪物へと置換されてしまった。だからこそ、終わらせてやるしかない。
龍の如く異形へと化した怪物に、ラインハルトは光の剣を振り下ろした。たった一瞬で、それで十分だった。
シルマだったモノ、邪龍である存在の身体に線が生じる。断面から噴き出す黒いナニかを放出しながら、邪龍はけたたましい咆哮を響かせていた。
その巨体が砕けると同時に、隙間から無数の光が差す。生命への怨嗟を抱く咆哮も、次第に光の本流へと呑まれて─────その存在ごと、塵へと化した。
「さよなら、シルマ…………
─────どうか、安らかに眠れますように
消え去ろうとする残骸に、ラインハルトは静かに祈った。
確かに、彼がやってきた事は赦される事ではない。ラインハルト自身も、罪の全てを見逃すつもりはない。
それでも、人を殺したくないと叫んだ彼の声は、本気だった。怪物へと自我を塗り替えられても、それだけが最後の祈りだったのだ。
…………やるべき事が出来たな、とラインハルトは静かに決意した。光の剣を納めて、彼は雲が晴れた青空を見上げる。
─────ありがとう、ヒーロー
「………あぁ、元気で」
跡形もなく消え去った人間の残滓。虚空へと消えた筈の誰かからの感謝の声。小さな笑みを浮かべながら、ラインハルトはそう返した。
今回、最後の最後までラインハルトの無双回でございました。自らの生きる未来まで代償として捧げた以上、生半可な強さにするのは微妙と判断した結果です。
中途半端な強さというより、圧倒的な力を表現したかったですが………己の実力不足に頭を抱えてしまいますね。
まぁ、まだ完全に扱えてないのは確かなので成長はしますね。はい。
解説
『聖書新生式』のシルマ。その正体は、かつて堕天使レイナーレに殺された人間の一人。そのまま死んでいた筈だったが、『新条』を名乗る男に邪龍の因子を埋め込まれて生き返る。
元々は穏和な人物だったが、『新条』によって家族を自らの手で殺害、及び捕食した事で自我が崩壊。邪龍の因子を取り込んだ事も起因して精神が歪みきってしまい、あのような性格へと変貌してしまった。
ラインハルトに倒された事で、邪龍から解放され、ようやく死ぬことができました。もし殺されてなかったら、理性の無い人を殺すだけの獣に成り下がっていたでしょう。
それと英雄派が来てた理由ですが、まぁ分かりますよね。ラインハルトも人間&強い訳ですから。