ハイスクールD×D'Catastrophe Longinus   作:虚無の魔術師

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憎悪の根幹

グリゴリの拠点でアイリス達を仲間として認めた後、練は一人で外出していた。

 

 

誰も護衛は着いていなかった。むしろ、練が断ったのだ。ここからは一人で行きたいと、付き添いの宗明はそれを理解して素直に受け入れてくれた。彼には感謝しかないと練は思わされる。

 

 

 

 

街中から外れた森の中へと足を踏み入れる。都市伝説でも言われてる不可思議な森林地帯────どうやってもこの先には進めないとされている噂の場所だ。

 

 

 

「…………」

 

 

しかし練は何の躊躇いも無く森の奥へと進んでいく。どうやっても進めない、それどころか入り口に戻らされていくという森林は、彼にだけはどうやっても通用しない。

 

 

───何故ならこの森林は、外界からある集落を護っている結界のようなものであり、練はそこの集落の住人であったのだから。

 

 

先の見えぬ道を歩いて十分で、彼は森を抜けた。その先にある場所は、日本地図にも乗っていない秘境中の秘境。現代のネットにすら乗ってない、三勢力でも特定の人物しか存在を知らされていない─────隠された街。

 

 

─────森の中にポツリと存在する、大きな街。そここそが、神器を宿す人間達の唯一の居場所にして、練が生まれ育った安らぎの故郷だった。

 

 

 

しかし誰も人はいない。住宅地にも、商店街にも、公園にも、全ての場所にここで暮らす人間の痕跡は何一つ見られない。当然だ、この街は数年も前に滅ぼされたのだから。自然災害などではなく、悪意による作為的な力で。

 

 

 

 

そして彼は、ある場所に辿り着いた。

この街に中心にある大きな広場。練にとって懐かしい思い出の残された場所。ここで色んな子供達や大人と楽しく過ごしていた過去が頭に浮かぶ。

 

 

 

その中央に、巨大な石の塊が鎮座していた。練の何倍もの大きさをした、綺麗な四角の台座。それは石碑のように見えるが……………墓標でもあった。

 

 

この場に訪れた練は何も手持ち無沙汰ではない。彼の手には花束が握られているのは、彼が墓参りに来たからだ。

 

 

 

そして、彼は歩みを止めた。

墓標の前に、知り合いがいたのだ。しかしこの街の住人ではない、どちらかと言うと………彼が故郷から離れる際に、一番最初に出会った人物だった。

 

 

 

但し、その人物は人ではなく────堕天使なのだが。

 

 

 

「───バラキエルさん」

「久しいな練。と言っても………私の場合は数ヵ月も会えてなかったのだが」

 

 

厳格な顔つきと屈強な体格をした男性───バラキエルは練に対して顔色を変えず、しかし様子とは裏腹に親しそうに接してきた。

 

 

練もバラキエルに対して、一礼をする。その顔には懐かしむと同時に、尊敬と悔恨という、複数の感情が滲んでいた。

 

 

練にとってバラキエルは────自分を助けてくれた掛け替えの無い恩人でり、堕天使の中で尊敬すべき人物でもあり、アザゼルのその次………もしくは同じように、父親と彼は思っている。

 

かつての自分、当時は荒みきって何もかもを信用しきれなかった自分に対しても優しく接してくれて、厳しく鍛えてくれた経緯もあり、練も頭が上がらない人でもある。

 

彼の手にある花を見て、練は思わず疑問を口にしていた。その理由など、分かっているにも関わらず。

 

 

「何故ここにいるですか……?」

「………私も今日のことを思ってな。君の手伝いをしに来た」

「貴方に、そこまでされる事は───」

「私の時も君に手伝って貰った。その借りを返すと思ってくれれば良い…………何より、ここの事は私も無関係では無いからな」

 

 

それ以上言われて否定するつもりにはなれなかった。少し前に練も、バラキエルの家族の墓参りに行った事がある。その事を引き合いに出されて、遠慮する事も出来なかった。

 

 

そうして、二人で墓表に花を添えた。人数分は用意できなかったが、お香も焚いておく。静かに目を開き、墓表に並ぶ沢山の文字の羅列、その一部を目にする。

 

 

 

「…………バラキエルさん」

「…………なんだ?」

 

短い呟きに、恩師は答えてくれた。細い瞳は開かれているかは分からないが、確かな視線を感じながら、彼は墓標に視線を送り続ける。

 

 

 

いや、彼は最早墓標すら見ていない。眼に映るのは、全く別の光景だ。バラキエルは、それが真っ赤なものだと理解していた。

 

 

 

「俺は、あの日の光景を忘れられない」

「…………」

「燃え盛る街の光景が、焼かれて氷漬けにされて、理不尽に殺されていく皆の姿が。そして……………俺の心はあの日────大切な親友と家族、故郷を失った時から死んでいる。この古傷はどうやっても癒えない、奴を引き裂いて、生きたままここに連れてきて、皆の墓標の前でぶち殺すまでは─────俺は、決して報われない」

 

 

かつて、彼はこの故郷の終わりの現場にいた。それこそが、今いるこの広場。ここに置かれている墓標は、自分のいた場所であり、死体を弔った場所だからだ。

 

 

彼の瞳には、炎と血が滲みついている。何年も前から、黒月練は変わり果てた世界を忘却した事はない。

 

 

そして、その時に───生き残った時に抱いた望みは変わらない。未だ不変のものとして、彼の胸に刻まれている。

 

 

 

「それ以外の、生き方は見つけられなかったのか」

 

 

バラキエルはそう声を掛けるしかなかった。青年の事を言えない。所詮自分は他人、どう言った所で彼の身を案じる言葉─────彼を否定することしか言えない。

 

 

それでも、バラキエルには幸せになって欲しいと思っていた。自分の娘と同じように、大事に思ってきた青年だからこそ、どうにか悲惨な未来を進んで欲しくないと願うしかない。

 

 

「復讐を諦めろとも妥協しろとも言わない。だが、せめて幸せになろうとは思えなかったのか。少しでも未来を、彼等の代わりに見ようとは────」

「じゃあ、バラキエルさんは───『姫島』を赦せるのか」

 

 

それを言われた瞬間、静かに黙り込んだ。それでも俯こうとしない父親のように思う人物に、練は心情を吐く。表情は、破顔していた。どうしようもないという感情を、ただ吐き出すしかなかったのだ。

 

 

「貴方の奥さん、そして()()()()()()()()()………二人を殺したあの『姫島』に、復讐したいとは思わないのか?娘が生き残っていたからって、アンタは奴等を赦せるのか?」

「─────練」

「………すみません、言い過ぎました。確かに貴方に非があるのは確か、奥さんと共にグリゴリに逃げれば良かった。けど、これだけは言わせて貰います。俺は悪魔を絶滅させたい程憎い訳じゃない、ただ赦せないだけだ」

 

 

すぐさま真剣に謝罪を口にする練だが、バラキエルは何も糾弾してはない。むしろ、彼の事を案ずるように呼んだのだ。

 

 

 

しかし、彼はその言葉に答えられなかった。代わりに、胸の内から沸き上がる熱のままに、激昂した。怒りを、言葉に乗せて、叫ぶ。

 

 

 

「俺達は何もしてなかった!何も、だ!誰かに危害を加えた訳じゃない!奴等の家族を殺した訳じゃない!ただ、あのままの生き方が出来れば良かった!!外界から拒絶された、このちっぽけな故郷で、外がどんなものかに期待を馳せて───皆で笑って過ごせれば、それで良かったんだ!!

 

 

 

 

なのに、奴は!あの悪魔は、楽しそうに、馬鹿にするように笑いながら、俺達の居場所を、故郷を、願いを踏みにじった!!そして、親友を殺した!俺達の家族も、親戚の皆も皆だ!!その憎悪を、俺は忘れてない!!」

 

 

悪魔は嫌いだ。大嫌いだ。

人の命を軽々しく踏みにじる。道具のように弄び、簡単に奪うことも出来る。

 

 

堕天使も教会も、同じ人間もそうだ。誰も変わらない、同じことをする。だが、黒月練は悪魔が嫌いだ。

 

 

彼等は、人の在り方を踏みにじる『悪魔の駒』を作った。あんなものが無ければ、どれだけの命が奪われてたとしても、心という聖域だけは護れた筈だ。

 

 

何より──────悪魔は、黒月練の全てを奪った。何もかもを奪われ、彼はただ絶望と共に死を、何度も望んだ。

 

 

分かってはいる。悪魔にだって良いものはいる、黒月練が見てきたのは悪い側面だけだ。それだけを見て、彼等全体に怨みを抱くのは間違っている。

 

 

しかし、それでも────理論的には、納得はしても、心が認められなかった。精神が、受け入れなかった。

 

 

 

本当の彼等を受け入れ、認めるのは今じゃない────復讐を終えた後でないといけない。

 

 

「俺はあの日誓った!どうする事も出来なかった、あいつらを前に!生き残った事を理解したあの時に!!俺はこの肉体に、魂に刻み込んだんだッ!!」

 

 

 

奴を殺せ、奴を殺せ。

 

俺から全てを奪ったあの忌まわしき悪魔に、血の報復を。全てを踏みにじり、絶望させて殺せと。

 

 

「憎悪こそが!痛みこそが!復讐こそが!俺を生かす!憎き奴を討ち滅ぼすまで俺は死なない!死ねる訳がないッ!!俺が死ぬ時は!!奴の首を噛み千切り、食い荒らしてッ!この墓標の前で惨めに!皆に赦しを乞わせて!身体を手足ごと、一片残さず細切れに引き裂いてやる事だッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そして、記憶が思い返される。

燃え盛る過去の記憶。そして、彼にとって全てを覆す運命の日が。

 

 

 

爆音が響き渡る。

自分が懐かしむ居場所が消えたことを示す音と焦げ臭い煙に、黒月練は悲惨そうに顔を歪めた。何が起こったか、彼は大勢の人々と共に知らされた。

 

 

────襲撃だった。それも外界からの。協力者である堕天使達が離れたこの日を、何の偶然か狙っての事だ。

 

 

周囲では喧騒が激しくなっている。赤子や老人、非戦闘員である者達は学生達によって避難を勧められていた。その一人として行動していた練だったが、親友達の身の安全が心配だった。

 

 

それを理解してくれた同級生の一人が、探しに行けと急かしてくれた。その好意に従い、礼を口にした練は急いで街の中を駆けていく。

 

 

 

悲鳴が騒がしい。今も大人達が侵入者の相手をしているが、未だ帰ってこない事から芳しい結果ではないのが分かる。

 

 

練は早く、親友達を探そうと─────

 

 

「────ヴァルっ!」

「っ!練か!」

 

 

同じく道を走っていた親友に声をかける。いつも陽気というか活発そうな印象のある青年 ヴァルも、その顔には焦りと不安が浮かんでいた。

 

 

しかし、練の顔を見るとすぐさま元気を取り戻す。

 

 

「ヴァル!無事か!?」

「何とかな!………練は!?」

「あぁ、大丈夫だ!」

 

 

駆け寄ってきたヴァルは練の無事に心から安堵する。胸を撫で下ろす青年は、ハッとした顔で練に食いついてきた。

 

 

まだ、気に掛けるべき者がいる。自分達の親友、その最後の一人だ。天真爛漫で、外に憧れ、一緒に出ようと約束してくれた少女─────名を、ユウキという。

 

 

 

「ユウキは?一緒にいないのかよ!?」

「さぁな!だが、大方人助けだろうさ!」

「なるほどなぁ!あいつらしいぜ!俺達も探しに行くぞ!良いよな!?」

「最初から、そのつもりだ!」

 

 

そう言い出すと、二人は共に自分達が向かおうとしていた道を進む。走ってすぐ、交差点の所で幾つかの人影が角から飛び出してくるのが見えた。

 

 

警戒して足を止める二人だったが、すぐに警戒を解いた。自分達もよく知る大人達だったからだ。

 

 

様々な神器を手にする二人の大人────一人はスーツ姿の男性。その容姿には似合わないような、柄の長い斧を軽々しく持ち上げている。もう一人は魚屋の店長、練もヴァルもお世話になっている人だった。彼の方は、何も神器らしきものは手にしていない。代わりに片手からバチバチと鳴り響く電撃を纏わせていた。

 

 

 

「おじさん!」

「お前ら!何をやってんだ!早く他の子を連れて避難しろ!襲撃者は俺達大人で食い止める!」

「なぁ、おっちゃん!俺らも手伝うよ!強い奴には敵わないけど、下っ端ぐらいはやれる!」

 

 

叱られても尚真剣そうな顔で叫ぶヴァル。練もユウキを探したかったが、この街が襲われてるのを見過ごす訳にはいかなかった。

 

 

ここは自分達の居場所だ。外から遮断されてきたこの集落で練は生まれ育ったここは、まさしく故郷なのだ。それを奪わせる訳にはいかない、だからこそ戦う覚悟はあった。

 

 

 

しかし、魚屋のおじさんは首を横に振る。

 

 

「………悪いが、そりゃあ無理だ」

「え?」

「な、何でだよ!?」

 

 

困惑する二人に、スーツの男性が前に歩み出た。その顔は苦々しく、耐え難いのを堪えてるようだ。

 

 

 

「襲撃してきたのは大勢じゃない、二人だ。それも両方とも悪魔だ」

「「な───っ!?」」

 

 

二人とも、絶句するしかなかった。

だって、普通に考えてもおかしい。この街の総人口は、一万には満たないほど。しかし、その全員が神器使いだ。

 

護衛と迎撃の為に向かった大人達は千人を越えている。誰もが自衛の為、この集落を守るために力をつけている。悪魔が相手だとしても、そんな簡単にやられるようではない。

 

 

なのに、今も戦況は変わっていない。それが意味する事実は─────

 

 

「二人だって!?じゃあ何でこんなに苦戦してんだよ!ここにいる皆は神器を持ってるんだぞ!?皆戦えるってのに────」

「一人は神器が効かない相手なんだ。どうやっても通じなかった…………現に、誰も奴を止められてない」

「嘘だろ……?それ自体有り得ないだろ!?だって神器が通じない悪魔なんて、聞いたことがない!!ただ強いだけなんじゃないのかよ!?」

 

 

困惑しながらも大きな声で叫ぶヴァルの横で、練は思考に明け暮れていた。神器を無効化する、同じ神器の効果には見えない。そもそもそんな物があったとして、大勢相手に敵うような代物とも思えないのだ。

 

 

なら、悪魔にだけある力の一つなのか。そんなものは聞いたこともないが、今起きてる現状を納得させるにはそれしかない。

 

 

「おじさん。ユウキは?」

「ユウキちゃんか!?確かこの先の方に逃げ遅れた人を探すって……………お、おい!?」

 

 

話を聞き出し、練はヴァルと共に大人達を通り過ぎる。途中に「無茶するんじゃねぇぞ!ユウキちゃんを連れて来たら、急いで避難しろよ!!」 と叫ぶおじさんの声を耳にしていた。

 

 

住宅街や商店街、色々な道を走り去り、その最中ヴァルが不安そうに首を傾げていた。

 

 

「そういやぁ……だけどさ」

「んだよ?」

「俺の親父、なんかやべー研究をしてるって言ったろ?俺もよく分かんねーけど………なんつーか、人工的なロンギヌスの複製をするって言ってて。もしかしなくても、奴等の狙いは親父の研究か!?」

「いや、他にもあるはずだ!例えば俺らの街にわざわざ来る理由とかな!」

 

 

ヴァルの父親は神器の研究者というのは前から聞いていた。その研究の内容は詳しく聞いていなかったが、襲撃者がそれだけでここに来たとは思えない。

 

 

もしそうだとすれば狙うのはヴァルの父親本人。しかし彼はこの街にいることはあまりない、何より今日街にはいないのだ。つまり、その線は薄いだろう。

 

 

ならば、考えられることは一つ。この街に住む彼等だからこそ予想できることがあった。

 

 

「俺達の街に封印されてるっていう、天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)、その中でも最悪と呼ばれている代物───」

「────『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』、か?」

 

 

彼等もどういうものか知らない─────神滅具の最上位、使い方次第などではなく、文字通り誰が使おうとも世界を滅ぼせるという力。その中でも、『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』は最悪とまで称されるモノだった。少なくとも、三勢力の多く───その他の神話の者達にすら秘匿されているであろう自分達の故郷に封印されているのだ。その恐ろしさは、長老達と黒翼の男性との話から聞いていた。

 

 

 

 

────『アレ』を解き放ってはいけない、『アレ』を封じることが我等の務め

 

 

 

────人類の歴史が産み出した負の神滅具。『アレ』は人外にはどうやっても扱えない、人間だけが対称だが、アレだけは一番危険だ。まぁ、俺達が原因だってのもある…………聖書の神にとっても最悪のイレギュラーだ。何せどんなに優しい人間すら歪ませるって言うほどのモンだからな

 

 

 

 

………話を思い出しただけでも、その恐ろしさが身に染みて感じられる。彼等の真剣な顔、それは決して忘れることが出来ない。

 

 

だが、そんな事はどうでも良かった。

 

 

 

 

(ユウキ────!)

 

 

彼等の脳裏にあるのは、一人の少女の姿。

 

 

(まだ、約束があるだろ!俺達とお前の、だから!絶対に死ぬなよ!生きて皆で、外に出てみるって!あの時の約束!絶対に叶えるんだろ!?)

 

 

 

そうしてる内に彼等は街の中心の広場についていた。紅く染まった空を見上げていた彼等の視線が、ある場所に集中する。

 

 

 

正確には、そこに立っている人影に。

 

 

 

「────ユウキっ!!」

 

 

自分達の親友である少女の後ろ姿。見ただけでも分かった、間違いない。彼女自身だと。

 

 

心の底から安心した練。やはり彼女は死んでなんていなかった、不安な事ばかり考えていた自分を殴りたいと思い、彼はユウキに声をかける。

 

 

「無事だったか……ったく、心配したんだぞ?」

 

 

 

 

少女は身動ぎもしなかった。ただ背を向けて、静かに立っていた。奇妙に思った練だが、きっと何かを真剣に見てるだけだと思う。それは隣にいるヴァルも同じだ。

 

 

 

 

しかし、彼等は気付かなかった。ユウキの前、練達から見たら後ろの方に大きな人影がある事を。そして、少女の体が自分達よりも大きな位置にある事を。

 

 

 

理解する直前に、彼等に現実が叩きつけられた。

 

 

 

 

 

「?………わ」

 

 

ドサッ、と。

少女が急に練にぶつかってきた。後ろ向きに、倒れ込むようにして。練は咄嗟に抱き抱え、その胸に受け止める。危ないだろ、そんな風に悪態をつこうとして、彼は少女に眼を向けると──────

 

 

 

 

 

胸元にポツリと、大きな穴が開いていた。その穴を自然と覗き込むように眼を向けたが、見えるのは地面だ。

 

 

 

「は、?」

 

 

理解、出来ずに。

自分の口から漏れる声を、練は耳にする。そして、彼女を抱き抱える手に、何か違和感を感じて、彼は片方の掌を見た。

 

 

 

 

 

鮮血が、こびりついた。まるで塗料に手を突っ込んだように、掌が真っ赤に染まっている。

 

 

 

 

「……………………………………あ?」

 

 

それでも、練は理解できなかった。いや、理解が追いつかない。何が起こっているのか、全然受け入れられる自信がなかった。

 

 

少女の亡骸を前にした二人。少し離れた場所に、誰かが立っている。男、だ。しかしただの男ではなく、銀色の髪をして銀色の髭を伸ばした中年のような男性だ。この街の住人ではない、話に聞く襲撃してきた悪魔だとすぐに分かる。

 

 

 

 

「あ、ぁぁぁあああ」

 

ヴァルの目が、見開かれる。呆然と、練の胸の中で転がる少女を眼にして、歯をカチカチと震わせる。未だ何も理解できずにいる青年よりも、彼は全てを理解する。理解してしまった。

 

 

ユウキが、自分の親友が殺されたことを。

 

 

 

直後、親友を失った活発的な青年はその感情を爆発させる。

 

 

 

 

「アアああああぁぁぁっ!!アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

両腕に黒い力を纏わせ、彼は目の前の相手に飛び掛かる。父親から渡された人工的な神器を使い、彼は目の前の悪魔の首を刈り取り、その身体をグチャグチャに引き裂かんとする。

 

 

 

「────、───────」

 

 

しかし目の前の悪魔は青年の行いを嘲笑う。指を振るうと禍々しいまでの色をした魔力が放たれる。それも刃のように、弾丸として放たれた力の塊は─────、

 

 

 

 

親友の仇を討とうとしたヴァルの両腕が弾け飛ぶ。ただの魔力の筈なのに、ヴァルの神器を越える程の力で彼の腕を千切ったのだ。

 

 

驚愕して言葉を失うヴァルに、更に追撃の魔力弾が撃ち込まれる。ドスッ!! と彼の腹部を貫き、腹を抉り出す。口から大量の血を吹き出し、そのまま吹き飛ばされるヴァル。彼は這いずり、練とユウキを見て涙を流して───────沈黙した。

 

 

最後に彼が口にしようとしていた言葉、逃げろという言葉は、今の現状では決して叶わない。

 

 

 

「……………ユウキ、ヴァル」

 

二人の親友を目の当たりにした練。そして、少女を抱き抱えながら、彼は慟哭した。喉の奥から響く無念の叫びが、ただ残り続ける。

 

 

そして、自分の首を貫く感触を受け─────練の意識は消失した。最後の最後まで、少女の感触を抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───その後、練は生き延びた。急いで駆けつけてくれたバラギエルに保護され、緊急手術を受け、何とか助かった。首元を貫かれていた筈だったが、自らの神器が覚醒した事で助かったらしい。

 

 

 

 

自分を除く、全員が死亡。生存者は誰一人としていなかった。死体すら残らない者もいたらしく、皆同じく死亡と断定された。

 

 

────同じく死体が見つからなかったユウキとヴァル。その二人も死亡したと、練はその現実を素直に受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「あの日の思い出(惨劇)が────俺を動かす歯車(呪縛)なんだ」

 

 

 

彼は止まれない。例えどれだけ多くの人が手を差し伸べてくれても、彼は止まる訳にはいかない。

 

 

 

 

この思い(憎悪)は、彼だけのものじゃない。あの地獄で死んでいった皆の、唯一の願いだから。

 

 




今回は黒月練の過去編でした。色々とまとめて起きますと、


練の故郷は、自分から戦うことを望まず、人間社会に溶け込めずに迫害されていた『神器』を宿した人々が移り住んでいた集落です。この存在は三勢力の大半にも秘匿されていて、知っているのは現魔王の二人と集落に友好的かつ援助をしていたグリゴリの一部幹部と総督のアザゼル、ミカエルにそして一部の神話の主神だけです。


その集落が封印していたのが、最悪の天災の神滅具(カタストロフ・ロンギヌス)である、『人理原初の大罪(セイント・グロウリアス・シン)』というものです。聖書の神が人間に後天的に宿らないようにしたものを、何とかその地に封じてました。



話が進みますが、これに関しては一応補足程度でお願いします。


バラキエルに保護された後の練は親友や故郷が滅んだ事と、偶然バラキエルの家族の件を知ってしまい、精神的に追い込まれ、悪魔という種族全体への激しい敵意と憎悪を抱きながら、自殺衝動に駆られるという最悪の状態へとなってました。


それから今の状態に立ち直れたのは、アザゼルやバラキエル、そして後々に出会った───幾瀬鳶雄達との出会いがあったからです。


まぁそれでも、練自身は────故郷を滅ぼした悪魔に復讐するまで、自分の未来は二の次って考えですけど。
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