妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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今回で天狼島編は終了です。

次からちょっと長めの閑話に入るかな?


手を繋ごう

それは突然だった。

 

 

──オオオオォォォォォ!!!

 

 

 

アミクの耳に恐ろしい轟音のようなものが響いてきたのだ。

 

 

「!!」

 

「この感じ…」

 

ギルダーツも感じ取ったようだった。

 

 

次の瞬間。

 

 

──ゴォォォォォオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

途轍もない轟音がアミクの耳を震わせた。

 

「な、何!!?」

 

「うるさいの!!」

 

「耳が壊れるー!!」

 

「鳴き声…!?」

 

「モグモグ!凄い音!!」

 

「とりあえず食べるのー!?」

 

食べた音を変換した魔力量が凄まじい。とんでもない大きさだ。

 

 

それよりも。

 

今の轟音はもしかして…。

 

 

「ドラゴンの、鳴き声?」

 

アミクが思わずといった感じで言うと、ナツも「おめえもそう聞こえたか!?」と聞いてくる。

 

 

「ひ、ひとまず皆の所に戻ろうなの!!」

 

 

マーチの提案に従って、アミク達は一旦キャンプに戻ることにした。

 

 

 

 

 

「皆ー!大丈夫ー!?」

 

「全員居る!?」

 

「お前ら!!」

 

 

 

アミク達がキャンプに着くと、ラクサスを含め既に全員集まっているようだった。

 

 

『なんだ、これは…』

 

ウルの声が震えている。元々強力な魔導士だった彼女が震えるほどの事態。

 

「こいつは…あの時の…」

 

ギルダーツは義手の付け根を抑えながら空を見上げる。

 

もう古傷となっているはずの腕の傷が疼く。

 

「あそこだ!!」

 

リリーの鋭い声に皆が空を見上げ。

 

 

『ソレ』を見た。

 

 

 

『ソレ』は生物だった。不気味な青紫色の模様が全身にある漆黒の体。

 

広げただけで空を覆い尽くすような黒い翼。

 

被捕食者に本能的恐怖を与える生え揃った牙。

 

大量の血がこびり付き、多くの破壊を尽くしたであろう鋭い爪。

 

 

不吉に揺れる尻尾。

 

 

思わず見入ってしまうほどの引き締まった体躯。

 

 

全てにおいて圧倒的だった。

 

 

 

 

 

人間が理解できる領域に居る存在ではない、と本能が叫ぶ。

 

 

「まさか…本当に…?」

 

 

 

そう、あの姿はまさしく―――――

 

 

 

「ドラゴン…?」

 

アミクはポツリと漏らした。

 

オーディオンと似ているその姿は間違いなくドラゴンだ。

 

 

「マジかよ」

 

「本物のドラゴン…」

 

「やっぱり、ドラゴンはまだ生きてたんだ」

 

 

メンバー達も呆然としながらその黒いドラゴンを見上げていた。特にアミク達滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は喜びと恐怖が入り混じったような複雑な表情をしている。

 

 

 

でも、なんでこんな所にドラゴンが…。

 

 

「黙示録にある黒き龍──アクノロギア」

 

 

マカロフが呆然と呟いたその名前。

 

 

あのドラゴンの名前。

 

 

それを聞いた途端。

 

 

 

頭が疼いた。

 

 

 

「うっ…」

 

 

思わず、頭に触れる。もう一度、黒いドラゴン――――アクノロギアを見た。

 

 

『破滅』の象徴とも『厄災』の化身とも『絶望』そのものとも言える、その存在感。

 

 

でも、なんだこの感覚は?

 

 

 

『あれが、アクノロギア?実物を見るのは初めてだ…』

 

ウルも現実が受け止めきれないのか、掠れた声で言う。

 

「お前!!イグニールがどこに居るか知ってるか!?後、オーディオンとグランディーネとメタリカーナもだ!!」

 

「よせナツ!!」

 

思わずといった感じで言葉を口に出したナツを、ギルダーツが険しい表情で制止した。

 

 

「奴を挑発するな!! お前とアミクには話したハズだ、何故このオレがこの腕…いや、この体になったのか!!!」

 

「え…」

 

それを聞いてアミクも思い出す。

 

 

彼が100年クエストで黒いドラゴンに体の一部を欠損させられたということを。

 

 

「そのドラゴンが、あの『アクノロギア』…?」

 

 

また、頭が疼いた。

 

 

 

 

 

次の瞬間。

 

 

「降りて来るぞ!!」

 

フリードの警告と共にアクノロギアが降りて来た。

 

 

そのたくましい脚で天狼島の大地を踏みしめる。

 

「あれは、ナツ達の大好きな竜じゃない!!もっと邪悪な…ぐっ!!」

 

ギルダーツが風圧に煽られながらも言い放つ。

 

「ああ、そうさ…こいつは人類の敵だ!!」

 

人類の敵。あのギルダーツがそこまで言わせしめる程のドラゴン。

 

「じゃあ、こいつと戦うのか!!」

 

「いや、違う!!そうじゃねぇんだよ、ナツ…勝つか負けるかじゃねぇ…こいつからどうやって逃げるか、いや、俺達の内、誰が生き残れるかって話なんだよ!!」

 

 

そして。

 

 

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

全てを揺らす咆哮を轟かせた。

 

 

―――ダメ…。あのドラゴンは危険―――――

 

 

恐怖で体が凍りつく。

 

 

すでに心が屈服している。心が敗北している。

 

 

 

この存在には勝てない、と。

 

 

自分達じゃ、太刀打ちどころが、指一本触れる事さえ叶わない。

 

 

そう思わされる。

 

 

「――――――逃げろぉぉぉぉおおおお!!」

 

 

ギルダーツの怒鳴り声で皆の硬直が解けた。

 

 

しかし、それでも地面に体を伏せる事が精いっぱいだった。

 

 

直後。

 

 

 

「ガアアオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

再びの咆哮。そこから放たれた風圧は周囲の木々を根こそぎ吹き飛ばし、地面を捲る。

 

 

風圧だけで地形さえも変化させる。

 

 

やっと風圧が収まり、周囲を見渡すと――――。

 

 

「なんだこりゃ…森が──消し飛んでやがんじゃねぇか」

 

まさに、『破壊』の権化。

 

アミクは言葉を失って目の前の惨状を呆然と見つめた。これだけでもアクノロギアとアミク達とでは月とスッポンほどの差があるのは明白だった。

 

 

「吼えただけで…こんな…なんて奴なの…」

 

マーチも恐怖に震えながらアクノロギアの恐ろしさを実感した。

 

「――――船まで急げェ!!!」

 

「走れ!!皆で帰るんだ!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)に!!!」

 

ギルダーツとエルザが声を振り絞って叫ぶ。

 

 

アミク達はやっとのことで、アクノロギアから背を向けて走り出した。

 

(逃げなきゃ!!絶対に逃げのびなきゃ!!)

 

アミクも必死に足を動かしてアクノロギアから離れようとしていた。そこに、必死な表情をしたマーチが聞いてくる。

 

「アミク!!竜と話せないの!!?」

 

「私が話せるわけじゃない!!竜は元々話せる知能を持っているんだよ!!言葉も知っているはず…」

 

大声で説明していると。

 

 

前方から叫び声と轟音が聞こえた。

 

 

アクノロギアが先回りしてメンバーを吹っ飛ばしたのだ。

 

 

「うあああああ!!!」

 

「ぐあああああ!!!」

 

 

フリードやビックスロー達が宙を舞い、エルフマンが尻尾に薙ぎ払われる。

 

 

「エルフマン!!」

 

「エバ…っ!!」

 

「きゃああああ!!!」

 

更にはエルフマンを助けに入ったエバーグリーンも叩き落とされてしまった。

 

 

アクノロギアの暴虐は止まらない。

 

 

アクノロギアはその巨体を突っ込ませる。そして、ブルドーザーのように地面に滑り込んで来た。

 

 

「きゃああ!!?」

 

「ああああああ!!!」

 

それに弾き飛ばされ、地面を転がり、倒れていく仲間達。

 

 

「皆…!!」

 

アミクが悲痛な声を上げるが、そのアミクもアクノロギアの滑り込みに巻き込まれ、尻餅をついてしまった。

 

「きゃっ…!!」

 

「アミク…きゃあっ!!」

 

 

マーチは体が小さいため、風圧に飛ばされてしまう。そのため、アミクと離れてしまった。

 

 

「くっ…!」

 

土煙が立ち込める中、「ケホッケホッ」と咳き込む。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の精鋭達が皆して赤子のように弄ばれている。

 

 

文字通り手も足も出ないなんて。

 

 

(どうすれば…!!)

 

絶望的な気分の中、土煙が晴れると。

 

 

 

 

すぐ目の前に、その『絶望』の顔があった。

 

 

「──あ」

 

 

アクノロギアがアミクをじっと見下ろしていた。

 

 

目と鼻の先に、オーディオンのような優しい表情ではなく、表情の読めない顔が存在している。

 

 

アミクは得体の知れない恐怖に襲われた。

 

 

「──いやっ!!」

 

 

逃げなければ。

 

 

 

でも、腰が抜けて動けない。

 

 

 

殺される。

 

 

殺される!!

 

 

 

失禁しそうになるのを抑えながら、僅かな希望と勇気を振り絞って言い放った。

 

 

「もう…やめてよ…!!お願い…!!なんで、こんなことするの…?」

 

 

何も、答えない。

 

 

何も、喋らない。

 

 

ただ、黙ってアミクを見ているだけだった。

 

 

 

「…?」

 

 

ここで違和感。

 

 

動きを、止めてる?

 

 

さっきまで暴れていたアクノロギアがじっとしてアミクを見つめているのだ。

 

 

「え、何…?」

 

「なんで固まってるんだ?」

 

仲間達も異変に気付いてこちらの方を見る。

 

 

そして、アクノロギアとアミクが至近距離に居るのを見て息を飲んだ。

 

 

「アミク!!離れろぉ!!」

 

「逃げてっ!!」

 

アミクがアクノロギアに襲われているように見えたらしい。

 

だが、アミクは彼らに反応する余裕がなかった。

 

 

「…」

 

互いに無言で見つめ合うこと、数秒だったか、数分だったか。アミクには数時間にも感じた。アクノロギアの輝きの失せた瞳が、アミクの姿を捉えている。

 

 

「…!!?」

 

 

「やめろぉ!!!」

 

 

唐突にアクノロギアの顔が近付いてきた。それを見たナツが怒声を上げるが、アクノロギアはアミクに危害を加えるわけではなかった。

 

 

スンスン、とアミクの匂いを嗅ぐかのように鼻を鳴らし始めたのだ。

 

 

(な…に…!?)

 

 

アミクは突然のドラゴンの行動に戸惑った。

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ミク』

 

 

 

 

 

声。

 

 

 

 

目の前から。

 

 

 

 

 

あのドラゴンから。

 

 

 

 

 

 

 

聞こえた。

 

 

 

 

 

喋った。

 

 

 

 

アクノロギアが。

 

 

 

「──あああっ!!!」

 

 

 

 

その声と言葉を聞いた瞬間。

 

 

 

 

頭痛が増した。

 

 

 

 

 

「アミクっ!!」

 

 

ナツの声が聞こえた気がするが、頭が痛すぎて気にしてられない。

 

 

 

「はぁ…!!はぁ…!!」

 

 

 

ズキズキとした痛みが続く中、アミクは恐怖の他に別な感情があることに気付いた。

 

 

そう、確かにアクノロギアに対して恐怖を感じている。

 

 

 

 

なのに、その一方で。

 

 

 

 

 

どこか懐かしさ、愛おしさも感じていたのだ。

 

 

その声が、匂いが、雰囲気が。全てが、アミクの感情を刺激する。

 

 

 

 

 

 

(────怖い)

 

 

それを自覚した途端、アミクは別の恐怖に襲われた。

 

 

 

「ガアアアアアアアアア!!!」

 

 

しかし、とうとうアクノロギアも動き出す。

 

 

何かを振り払うように頭を振ったアクノロギアが、その鋭い爪を大きく振りかぶった。

 

 

その狙いは完全にアミクに定まっていた。

 

 

「アミクーーーーーー!!!」

 

 

絶叫したのはマーチなのか、ルーシィなのか。

 

 

 

―――――あ、死んだ―――――――

 

 

 

呆然と見るアミクの瞳には、アクノロギアが腕を振り下ろす所がスローモーションに映っていた。

 

 

 

アミクは自分の死を確信し――――――

 

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

横から跳んできたナツに掻っ攫われた。

 

 

間一髪、アクノロギアの爪は地面を抉り、アミクのツインテールの片方がざっくり切り捨てられる。

 

 

「おい!!大丈夫か!!しっかりしろよ!!」

 

「…ナ…ツ…」

 

 

ナツは抱えているアミクを見下ろす。

 

 

頭痛は収まっていた。

 

だが、彼女は尋常じゃないほどに震えていた。弱々しく、震える手でナツの服を掴むその姿はいつも以上に小さく見えた。

 

 

「怖い…怖いよ…」

 

 

彼女はただひたすらに「怖い」と繰り返し、涙を流していた。そこまで、アクノロギアが恐ろしかったのだろうか。

 

 

 

 

 

実際は少し違う。

 

 

アミクがアクノロギアを見てから感じていた違和感。

 

 

その正体は懐かしさだった。そしてアクノロギアの声を聞いた時にはその感情は大きくなっていた。

 

なぜ。

 

 

自分はアクノロギアとは何の関係もないはずなのに。

 

 

なんでこんなに心がざわつくんだろう。

 

 

おかしな所はそれだけではない。

 

滅神魔法を使った時やエドラスで魔力分離した時。

 

自分の中にあった妙な記憶。

 

学んだ覚えもない魔法の使用。何でそんなことができる?

 

滅神魔法を使った時も、頭痛がした。今回の事と何か関係がある?

 

自分で自分が分からなくなる。

 

 

(私が、私じゃないような…!!)

 

 

怖い。

 

 

自分が怖い。

 

 

自分の感情が勝手に動き出して怖い。

 

 

自分じゃない何かがいるみたいで怖い。

 

 

自分(アミク)がなくなってしまいそうで怖い。

 

 

一体私は何なのか。

 

 

何者なのか。

 

 

 

ここにいるアミクという『個人』は確かなのか。

 

 

 

自分があやふやになり、疑念と恐怖が渦巻いてアミクの心はぐちゃぐちゃだった。

 

 

 

 

そんな時───

 

 

 

「よっ」

 

 

「いたっ」

 

 

ナツのチョップがアミクの額に直撃した。それでやっとナツを認識する。

 

彼は呆れたような、労わるような表情でアミクを見ていた。

 

 

「何怖がってんだよ」

 

「だ、だって…」

 

 

ナツは知らないだろう。自分が何で恐怖に震えていたのか。

 

自分の違和感をナツは知らないはずだ。

 

 

 

だから、自分の気持ちなんてナツに分かるわけ────

 

 

 

「さっき言ったこと忘れちまったのかよ。オメエも言ってただろ。

 

 独りじゃないって」

 

 

「────あ」

 

 

 

震えが止まった。涙も止まった。

 

 

(また、忘れるところだった…)

 

 

『アミク』はアミク一人で存在しているわけではなかった。

 

 

「恐れることなんてねえよ。みんながいてくれる」

 

 

 

皆が居る限り、アミクは『アミク』で居られる。

 

 

皆が居るから、『アミク』という存在が確固として成立できているのだ。

 

 

みんなと過ごしてきた思い出があるから、今のアミクがいるのだ。

 

 

「ありがとう、ナツ…」

 

やっと笑みを浮かべたアミクがお礼を言うと、ナツはいつものようにニカッと笑って見せた。

 

彼は、アミクの真意に気付いてああ言ったわけではないだろう。恐らく、アクノロギアに対する恐怖で震え縮こまっていたと勘違いしているはずだ。

 

 

だが、彼の言葉が救いになったのは事実だった。

 

 

アミクが涙を拭った時、再びアクノロギアが襲って来た。

 

 

「うお!!?」

 

「わああああ!!!」

 

 

アミクが別の恐怖に囚われている間にも、アクノロギアは暴れていたのだ。こんな状況なのに関係のないことに気を囚われてしまっていた。

 

必死で転がって避けるアミクとナツ。

 

 

「お前…!!」

 

 

ナツがすぐに起き上がると…。

 

 

「お、おじいちゃん!!?」

 

 

アミク達の目の前にマカロフが立ちはだかっていた。

 

 

彼女達に背を向け、アクノロギアに真っ向から対峙する。

 

 

「船まで走れ」

 

 

そして、静かに言い放った。

 

 

 

「え…」

 

 

 

マカロフは巨人化して、突進して来たアクノロギアを押さえ込んだ。

 

 

 

しかし、その威力は絶大。マカロフの口から血が漏れる。

 

 

「お、おじいちゃん!!何やってるの!?」

 

「走れ」

 

 

それでも、マカロフはアクノロギアから手を離さない。

 

「だ、だったら私達だって!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)舐めんじゃねえぞ!!」

 

「当たって砕けてやるわ!!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー達はマカロフ一人残せない、と応戦しようとするも…。

 

 

「最後くらいマスターの言う事が聞けんのかぁ!!!クソガキが!!!」

 

 

マカロフの魂をも震わせるような怒声で、動きが止まった。

 

 

彼の言う『最後』。その意味は。

 

 

「そんな…」

 

アミクの目に涙が込み上げてきた。

 

 

 

傲然と両足を踏みしめ、アクノロギアを受け止めているその様子からは断固とした意思を感じさせた。

 

 

アミクは片方が凄く短くなってしまったツインテールを振り回して、マカロフの言葉を拒否する。

 

 

「オレは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だぁ!!そいつが敵っていうならオレが───うがっ!!」

 

「きゃっ!!」

 

吠えるナツを引き摺り、アミクを抱き上げて走っていくのは───ラクサス。

 

 

「走るぞお前ら!!」

 

「ラクサス!!何で…」

 

 

何を言うのか、とラクサスの顔を見た。

 

 

そして、言葉を飲み込む。

 

 

 

彼の目から日の光に反射した雫が、キラッと光りながら垂れていたからだ。

 

 

 

「マスター…どうかご無事で!!」

 

 

メンバーを逃がすために、マスターであるマカロフを見捨てるという選択を。

 

 

 

他のみんなも涙を堪えながら、悔しそうにその場から走り去っていく。

 

その後ろ姿は、悲嘆で満ちていた。

 

誰だって、自分の親のような存在であるマカロフを見捨てて嬉しいわけがない。

 

 

だが、マカロフの意思を汲んで、彼の覚悟を無駄にしないようにしたのだ。

 

『マカロフ…あなたは、立派なマスターだ』

 

アミクにしか伝わらないはずの言葉を、ウルは口に出す。

 

そうせずにはいられなかった。

 

 

 

「やだ!!嫌だ!!おじいちゃん!!おじいちゃあん!!!」

 

 

 

最後まで、アミクのマカロフを呼ぶ声が聞こえていた。

 

 

マカロフはそれを聞いて、気持ちが揺らぐ。

 

それでも、手放さない。

 

むしろ、力を込める。

 

(それでよい…いずれわかる時が来る。

 

涙など虚空。人が死ぬから悲しいのか? 悲しみが人を殺すのか。

誇り高きクソガキ共よ──生きよ!!

答えは各々の胸の奥に。

 

誇り高きクソガキどもよ──生きよ!!

 

未来へ!!!)

 

 

 

出会いがあれば、別れもあるもの。時には、死が別つこともある。

 

人生とは、そういうものだ。

 

 

だから、その悲しみを乗り越え、成長するのだ。

 

 

 

嫌だよぉ…おじいちゃんを置いていくなんて…!!

 

おじいちゃんは私達を受け入れてくれた恩人で、大切な家族。

 

ちょっとエロいし、変なこともするおじいちゃんだけど、それも含めて大好きなんだよ!!

 

おじいちゃんがいない妖精の尻尾(フェアリーテイル)なんて考えられないよ…!!

 

「それが…マスターの意思だ…!!」

 

エルザ…。

 

でも…私、絶対に諦めたくない!!おじいちゃんを助けて一緒に帰るんだ!!

 

「オレも行くぞ!!」

 

ナツ…。

 

「お前と同じ気持ちだ!!みんなでギルドに帰る!!だからじっちゃんを残していけるわけねえだろ!!」

 

…うん!!

 

私達はおじいちゃんがいる方向に向かって足を踏み出した。

 

 

 

「何の目的か知らんがなァ…これ以上先には進ませんぞォ!!この後ろにはワシのガキ共が居るんじゃああ!!!」

 

 

 

マカロフは雄叫びを上げ、アクノロギアを懸命に抑えるが。

 

 

 

「グルルルル、ガァアアア!!!」

 

 

アクノロギアが凄まじい力でマカロフを地面に押し倒した。

 

 

「がっ、うああああああああ!!!」

 

 

アクノロギアの腕がマカロフの胸を押し潰すように力を込められる。肺が潰れかけ、骨からバキバキ、と嫌な音が響いた。

 

 

再度、吐血する。

 

 

マカロフの表情は苦しげだが───満足そうに晴れやかだった。

 

 

(初めて親らしい事が…できたわい。もう思い残す事はない)

 

 

老い先短い自分がこの役割を担うのは当然の事。

 

 

未来ある若者達には、さらなる未来に向かって生きて欲しかった。

 

 

彼らは、強い。きっと、自分の死も乗り越えて進んでくれるはずだ。

 

 

 

(ワシは…マスターとしても役割を果たせたかのう…)

 

 

アクノロギアの凶悪な爪がマカロフの胸に突き刺さる。

 

人間の命など、塵芥にも等しいと言わんばかりに、マカロフの命を摘み取ろうとしていた。

 

マカロフもそれを受け入れるのみ。

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

───自分の横を、誰かが通り過ぎる。

 

 

「!?」

 

 

さらにその人物はアクノロギアによじ登り、低い声で言い放つ。

 

 

「じっちゃんを返せ…」

 

 

ナツだ。ナツがアクノロギアの身体にしがみついている。

 

 

さらに、アクノロギアに飛びかかる人影。

 

 

「おじいちゃんから離れて!!」

 

 

アミクがアクノロギアの頭に蹴りをかましたのだ。

 

 

アクノロギアは蚊に刺されたとも思っていない様子でマカロフから離れる。

 

 

「ナツ…アミク…」

 

 

なぜ、戻って来た。お前達を逃がすために、命を捨てる覚悟だったのに…。

 

 

 

戻ってきたのはアミク達だけではない。

 

 

「かかれー!!」

 

「うおおおおおお!!!」

 

「あーし達もやるのー!!」

 

 

全員だ。ラクサスも含めて全員が、マカロフを助けるために戻ってきたのだ。

 

 

 

「き…貴様ら…」

 

巨人化を解いたマカロフが呆然としていると、ラクサスが近くに寄ってきて、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「オレは反対したんだぜ。けど…老いぼれを残して逃げられるような奴等かよ、あんたのギルドは」

 

長い事妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいたラクサスは知っている。

 

 

彼らは、仲間を見捨てることなんてできないバカの集まりだということを。

 

 

そうだ、そういう奴等だった。

 

 

いつも自分の言うことなど聞かず、やりたいようにやっている妖精の尻尾(フェアリーテイル)。だが、仲間を想うその心は誰にも負けないギルドだった。

 

 

自分はそういう奴等の集まりのトップなのだ。

 

 

「おじいちゃんを置いてなんていけない!!皆で!!ギルドに帰るんだ!!」

 

 

誰一人欠けてはならない。皆、大切な仲間だから。

 

 

 

───絶対に、誰も失いたくない!!───

 

 

その想いで、アミクの胸は詰まっていた。

 

 

「うおおおおっ!!テメェら!!ありったけの力を、これ以上はねぇってやつをぶっ放せ!!俺の電撃と合わせてアイツにお見舞いしてやれ!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)の底力ってやつを!!!」

 

「ラクサス…」

 

「え、ちょ、ちょっと待て!!」

 

頼もしいことを言ってくれる。

 

アミクはこんな状況なのについ笑ってしまう。あと、アクノロギアにしがみ付いていたナツが巻き込まれてしまう、と慌てていた。

 

「今だラクサス!!」

 

 

ラクサスの手がバチバチと放電し、電撃がアクノロギアに向かった。

 

 

それが、彼らの先手となった。

 

 

 

次々と放たれる、彼らの総攻撃。

 

 

『全く、ほんとバカばっかりだよ。けど、嫌いじゃないね』

 

攻撃してくメンバー達を見ながら呆れるウル。

 

 

 

誰も、恐怖なんてない。誰かを見捨てる気もない。

 

 

 

「バケモノめ…オレ達のありったけを受けてまだ笑ってやがる…!!」

 

 

 

彼らの全力攻撃を受けても、まるで効いていないアクノロギアにラクサスは戦慄した。だが、これで終わりではないのだ。

 

 

 

「最後はお前らで決めろォ!!!行けぇアミクゥ!!!」

 

 

その言葉と共に、アミク、ナツ、ウェンディ、ガジルの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)達がそれぞれの相棒に抱えられて飛び上がった。

 

 

そして。

 

 

「『火竜の──』」「『音竜の──』」「『鉄竜の──』」「『天竜の──』」

 

 

息を大きく吸い込み。

 

 

 

『『──咆哮』!!!』

 

 

特大のブレスをお見舞いした。

 

 

4つ分のブレスの威力は流石に絶大だったようで、アクノロギアに直撃すると海に突き落とした。

 

 

「やった!!?やっとダメージ通った!?」

 

 

「違うっ!!!」

 

喜ぶアミクの言葉をギルダーツが鋭い声で否定する。

 

 

「奴はオレと戦った時の力を出してねえ…遊んでやがる」

 

「え…う…う、そ」

 

 

直後、海からアクノロギアが翼を広げて飛び上がって来た。

 

 

 

確かに、傷など一切ない。

 

 

アクノロギアはそのまま高く上昇していく。

 

 

「飛んだ!!」

 

「帰ってくれるのかなぁ」

 

「そう簡単に帰ってくれるとは思わないの」

 

「そうね…油断しちゃダメよ」

 

 

エクシード隊がそう話していると、アクノロギアの口元に魔力が集まっている気配がした。息を吸い込むように口を開け、胸が膨らむ。

 

あれは…!!

 

 

 

咆哮(ブレス)…!!?」

 

 

本物のドラゴンのブレス。その威力は計り知れない。

 

 

いや、あのアクノロギアのブレスなら。

 

 

「島ごと消すつもりじゃないでしょうね!!」

 

そういうこともあり得る。

 

「防御魔法を使える者は全力展開!!」

 

「はい!!」

 

「術式を書く時間はない!!」

 

フリードが焦った表情で叫ぶが、それをフォローするようにレビィが言い放った。

 

「文字の魔法には、他にも防御魔法がたくさんあるよ!!」

 

更にはウル───グレイのネックレスからも魔力の高ぶりを感じた。

 

『私もこういう時こそ役に立とうか!』

 

「私も…『音竜壁』で頑張ってみる!!」

 

自分の防壁じゃ、心許ないが…でも、ここにいるのは、アミク一人ではない。

 

「みんな!!アミク達に魔力を集めて!!」

 

「手をつなごう!!」

 

みんなの力があれば…!!

 

アミクは右手にナツの手を、左手にエルザの手を握った。マーチの方を見ると、彼女はハッピーとシャルルの間に居た。

 

 

「オレ達はこんな所で終わらねぇ!!!」

 

「うん!絶対諦めない!!!」

 

「皆の力を一つにするんだ!!ギルドの絆を見せてやろうじゃねぇか!!」

 

 

グレイの言葉に、全員の心が昂ぶっているのを感じた。

 

「絶望なんて不要!!私達、皆で笑っていられる未来を創るんだ!!!」

 

 

アミクも声を張り上げた。

 

 

 

「皆で帰ろう…」

 

 

 

なぜなら『その場所』こそが。

 

 

───妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!───

 

 

私達の『家』なのだから。

 

 

 

 

 

 

私が、大好きな妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 

待っててね。

 

 

もうすぐ、帰るよ。

 

 

 

 

ゼレフはハデス達が乗ってきた戦艦に立って、離れて行く天狼島を悲しげに見ていた。

 

 

 

「また、長い旅が始まる」

 

ボソリ、と呟いた。

 

 

 

「1つの時代が終わる」

 

 

 

ゼレフの黒い瞳から、涙が一筋、流れては消えた。

 

 

 

「さよなら──ナツ、アミク」

 

 

 

 

アクノロギアの口から放たれた閃光は天狼島を飲み込んだ。

 

 

次の瞬間には、轟音と共に大爆発が起こる。

 

 

 

それが収まると──そこには何も存在していなかった。

 

 

 

島も、船も、人の気配も。何もかも。

 

 

 

 

それを見届けたアクノロギアは翼を広げて去っていく。

 

 

満足そうでもない、ただ作業をこなした、という感じの無感動な瞳をして。

 

 

だが、誰も知る由もない。

 

 

 

アクノロギアの脳裏に緑髪のツインテールをした少女の姿が焼き付いて離れなかったことなど。

 

 

アクノロギア本人しか知らなかった。

 

 

 

 

X784年 12月16日

 

 

天狼島──アクノロギアにより消滅。

 

 

アクノロギアは再び姿を消した。

 

 

その後半年に渡り近海の調査を行ったが──生存者は確認できず。

 

 

 

 

 

そして──────

 

 

 




うーんこんな感じにして見たんだけど…なんか大げさかな…?

まぁいいや、次回からちょっと閑話やってから7年後だよ!


7年後の話も少しやってから大魔闘演舞!!忙し!

ともかくこれでやっと折り返し地点、ってところかな…。

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