妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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夜が長いな…。


妖精の双竜、襲撃

「ナツ!!待って!!」

 

アミクは前をズカズカと歩くナツに声を掛けた。

 

「止めんなよアミク」

 

彼は振り向かずに言い放つ。今にも爆発しそうな怒りが声に含まれている。

アミクは呆れたように首を振った。

 

「止めないよ。止めたとしてもどーせ行くだろうしね」

 

というか、とアミクは怒りを灯した瞳のまま不敵な笑みを浮かべた。

 

「私もね、さすがにカチーンって来たんだよね」

 

そして、ギュッと拳を握って見せた。

 

「こうなったら付き合うよ。ちょっとお灸を据えてあげなきゃね」

 

「…へへっ、そうこなくっちゃな!」

 

ナツは獰猛な笑みを浮かべると、再び走り始めた。それを追いかけながらも注意する。

 

「でも、やりすぎないようにね!下手したら大会失格になるかもしれないから!」

 

「分かってるって!」

 

「分かってない気がする…」

 

「カチコミ行ってる時点で手遅れな気もするの」

 

「だね」

 

更にその後方でアミク達を追いかけるマーチ達。

 

 

 

彼らが向かう先は────剣咬の虎(セイバートゥース)の泊まる宿だ。

 

 

 

 

 

マーチ達を宿の入り口に待機させ、ナツ達は宿の扉の前に立つ。

 

「よーし…ナツ、くれぐれもやりすぎないように…」

 

「オラアアアア!!!」

 

何の前触れもなくナツが扉をぶっとばした。そして雄叫びを上げながら突入する。

 

「うん、私の話聞く気ないね!」

 

苦笑いしてアミクも後に続く。マーチ達はそれを「いってらっしゃーい」と呑気に見送った。

 

「な、なんだこいつ!!」

 

「おいまた誰か来たぞ!!」

 

「くそ!!つまみだせ!!」

 

 

中では早速ナツが暴れていた。火が吹き荒れ、爆発が起きて剣咬の虎(セイバートゥース)のメンバーが吹っ飛ぶ。

 

彼らはアミクも狙ってきたのでそういうのは衝撃波で対処した。

 

「この女ああああ!!」

 

「ごめんね。ちょっと痛い思いするかもしれないけど」

 

「ぐえ!!」

 

飛びかかって来た男を蹴り飛ばす。剣を構えて突っ込んで来た女性を薙ぎ払う。

剣咬の虎(セイバートゥース)のメンバーを次々と薙ぎ倒しながら暴れるナツを追いかけた。

 

「マスターはどこだぁぁああ!!!」

 

広い居間のような場所で吠えるナツ。

また、その場にはスティングやローグといった大会に出場している剣咬の虎(セイバートゥース)のチームメンバーまでいる。

彼らは突然乗り込んできたナツに驚愕を隠しきれないようだった。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)…?」

 

「ナツ…さん…!?」 

 

「突然お邪魔してごめんなさい。私達、お宅のマスターに用事があるんです」

 

さらに、ナツの後ろからアミクが現れるとスティング達はもっと目を見開いた。

 

「アミクさんまで!?」

 

「アミク・ミュージオン…!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の双竜が…!?」

 

あまりに突然の事態に、誰もが困惑して動けずにいる。

そこに、大きな地響きが轟いた。

 

 

「ワシに何か用か、小童共」

 

 

筋肉質の巨体で漢服のような服を着た強面の老人。彼こそが剣咬の虎(セイバートゥース)のギルドマスター────ジエンマである。

 

 

「お前がマスターか?」

 

ナツは燃える瞳でジエンマを睨んだ。

 

「1度の敗北でクビだって? へへっ、なかなか気合入ってんなァ」

 

「ア?」

 

「だったらお前も…オレに負けたらギルドやめんだな!!」

 

彼の怒りに感化するように拳に纏った炎が燃え上がった。

 

アミクも一言申す。

 

「女の子に随分酷い事をしたんだってね。貴方にはお説教が必要かな?」

 

ギリッとジエンマを睨みつける。見た目はか弱そうな少女なのに、その威圧感は計り知れなかった

 

「マスターにケンカを売りにきただと?」

 

「自殺行為だ」

 

「フローもそーもう」

 

剣咬の虎(セイバートゥース)は信じられないような目つきでアミク達を見た。

 

 

「本気でぬかしておるのか?小娘共」

 

「仲間を大切にしないギルドに堪忍袋の緒が切れちゃってね。直談判しに来たんですよ」

 

依然、怒りを宿している声でアミクが答えると、スティング達は思い当たるものがあるのかハッとした顔をしていた。

 

「何の話かは分からぬが、貴様らには貴様らなりの理があっての行動という事か」

 

自覚すらないらしい。いや、自覚もなにも『仲間』という概念があることすら怪しい。

 

「分からない?…そっちこそ本気で言ってるの?」

 

ツインテールが大きく逆立った。

 

「ドーベンガル、相手をしてやれ」

 

「はっ」

 

ジエンマの隣に忍者のような格好の男性が現れた。

 

 

「逃げんのか」

 

「ギルドの兵隊ごときが100年早いわ。上のモンと戦ろうってなら、それなりの資格があるのか見せてみろよ」

 

偉そうなヤツだ。変に大ボス感を出しちゃってさ。

 

「マスターには近づけさせん」

 

構えるドーベンガルを睨むナツの前に、アミクが一歩出た。

 

「ナツが相手するまでないよ。私に任せて」

 

剣咬の虎(セイバートゥース)のメンバー達はアミクを見るとザワザワとざわめきだした。

 

 

「おい、あの女ジュラと引き分けた奴だよな…」

 

「相当強ぇ魔法使ってたぞ」

 

「いや、たかが小娘1人だ!ドーベンガルがあんなのに負けるわけがねぇ!」

 

さすがに彼らも1日目のアミクの試合を見ていたからか警戒しているようだ。

 

「…たとえ相手が女であれ、手加減はしない」

 

ドーベンガルはアミクに向かって素早く走りだした。

 

「このドーベンガル、大魔闘演武にこそ出ていないが…実力では選手になった者に劣らぬつもりだ。剣咬の虎(セイバートゥース)の力を思い知らせてやろう!」

 

彼は手刀に虹色の魔力を纏わせると、それをアミクに突いてきた。

もちろん、それくらいは軽く避けるアミク。

アミクの後方に抜けたドーベンガルは、今度は飛びあがってカラフルな球体を投げてくる。

 

それはアミクの周囲の床に当たると、破裂して煙を巻き起こした。

 

(煙幕…)

 

さらにドーベンガルは鋭い光のトゲを煙の中のアミクに向かって投げつける。

しかし、アミクはそれを軽く身体を捻っただけで躱した。

 

だが、その隙を突いてドーベンガルが再び虹色の魔力を纏った手刀を放ってくる。

 

「相手が悪かったな。速やかに引き上げると良い。消えろ!」

 

アミクは突っ込んでくるドーベンガルを見据えると…仰向けに倒れるようにしてその攻撃を避けた。

 

「な…!?」

 

ドーベンガルが目を見張る。

 

倒れきる直前に床に両手を付き、それを支えとして体を持ち上げるように腕を伸ばした。

反動でロケットのように勢いの付いたアミク。そのまま音を纏わせた足をドーベンガルの腹にめり込ませた。

 

「ぐふぅっ!!?」

 

衝撃波が起こり、ドーベンガルが吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ彼は壁に直撃し、昏倒してしまった。

 

「悪いけど、貴方には用事がないの」

 

あっさりとドーベンガルを倒したアミクにメンバー達が震え上がった。

 

「嘘だろ…!?」

 

「ドーベンガルが!?」

 

「ウチで10番以内に入る強さなんですよ!」

 

さて、これで邪魔者は居なくなった。アミクと彼女の闘いを見届けたナツはジエンマに視線を戻した。

そのジエンマにスティングが近付く。

 

「マスター、ここはオレが」

 

「手を出すな」

 

どうやらやっと相手してくれるようだった。

 

「2人いっぺんに掛かってこい、小娘共」

 

「それなら…遠慮なく!」

 

「うおおおおおおりゃあああ!!!」

 

アミク達は同時にジエンマに向かって走り出した。

 

「ウチには居ないタイプの小童共よ。面白い」

 

ナツが炎の拳を振りかぶって殴り付けた。ジエンマは片腕だけでそれを防ぐ。

 

「この程度…かっ!!」

 

ジエンマは気迫だけでナツを弾き飛ばした。だが、ナツの後ろからアミクが襲撃する。

 

「えええい!!」

 

音を纏った足でジエンマの顔面を蹴り付けたのだ。

 

「ぬっ!」

 

流石に顔面を蹴られたは痛かったのか顔を顰めるジエンマ。

更に踏ん張ったナツがすぐに攻撃してきてジエンマのガラ空きのお腹に一発入れられる。

 

 

ジエンマはたまらず「ぐうっ」と悲鳴のようなものを漏らした。

 

それからも続くナツとアミクの猛攻。ナツが炎の連続パンチを叩きこめば、アミクが音のヘッドバットでジエンマの額に衝撃を与える。

 

そして。

 

「オラァ!!」

 

ナツが一際強く拳を振り抜いた。ジエンマの頭が仰け反る。

ナツはその後すぐに横に避けた。アミクのやろうとしていることを察してくれたのだ。

 

「『天音竜の───』」

 

アミクは右腕に音と風を纏い、大きく振りかぶった。モード天音竜だ。

ジエンマが目を見開く。強大な攻撃を察知したのだろう。だが、もう遅い。

 

「『吹響』!!」

 

真っ直ぐに音と風の拳を叩きつけた。

 

 

尋常じゃない衝撃が迸り、宿を突き抜けて煙が舞い上がった。

 

 

「はぁ…!」

 

風がアミクの周りを吹き荒れ、やがて収まった。一時的な『モード天音竜』だ。

土煙のせいで様子が良く見えない。しばらくすると、土煙が晴れて…。

 

1人の女性がアミクとジエンマの間に立ち塞がるように居た。ジエンマは無傷。彼女が魔法でアミクの攻撃を防いだようだ。

 

「え!?誰!?」

 

「ミネルバ!」

 

「お譲!?」

 

ミネルバ…?確かユキノが言っていた自分の代わりに入るという『最強の5人』の1人。団子状の髪型が特徴の女性。

 

ミネルバは軽く微笑むとアミク達に向かって話しかけた。

 

「今宵の宴も、この辺でお開きにしまいか?」

 

「…」「あ?」

 

アミクはじっと彼女を見つめ、ナツも剣呑な目つきで睨む。

 

「ミネルバ貴様…勝手な事を」

 

「もちろん、このまま続けていても父上が勝つであろうな」

 

「父上…?」

 

ミネルバはジエンマの娘だったのか。道理で似た匂いをしていると思った。

 

「しかし世の中には体裁という言葉があるものでな、攻めてきたのがそちらであったにせよ、ウチのマスターが大魔闘演武出場者を消したとあっては、我々としても立つ瀬がない」

 

「言っとくが、消されるとしたらそっちの方だぞ!」

 

自分達が負ける前提なのが気に食わないのか、ナツがそう言う。

 

「父上も部下の手前、少々熱が入り、引くに引けぬと見えた。どうだろう? ここは妾の顔を立ててくれまいか?」

 

穏やかに微笑んで、我がままな子供を宥めるかのような対応。

確かに、あまり大事にするのも後々問題になりそうである。しかし、それで納得できるかと言われればそうでもなくて…。

 

だがそうも言ってられなくなった。ミネルバが虚空に手をかざすと、何もなかった空間から何かが現れたのだ。

 

「さすれば、この子猫達は無傷でそなたらに返す事もできよう」

 

「ハッピー!」「マーチ!」

 

「え〜ん、ごめんナツ~アミク〜」

 

「油断したの…」

 

縛られたハッピーとマーチだったのだ。

 

これは人質ということか。引かなければそれなりの考えがある、と。

 

「クソ!」

 

「部下が何人かやられてはいるが、妾が今回の件、不問に付してもよいと言っている。そなたらに大人の対応を求めようぞ」

 

これでは手が出せない。彼女の言うことに従う他なかった。

 

「ナツ…ここは引こう」

 

「…くっ」

 

アミク達が悔しげに拳を下げると、ミネルバはマーチとハッピーを離してくれた。

 

「ナツー!!」

 

「アミク…!」

 

ハッピー達はそれぞれの相棒に抱き付く。

 

「オイラ達、入り口で捕まっちゃって、ゴメン…」

 

「ごめんなの…」

 

「ううん…2人が無事で良かった」

 

アミクは優しくマーチの頭を撫でた。

 

 

「私達の方こそごめんね。置いて行っちゃって」

 

「アミク…」

 

マーチはアミクの胸をギュッと抱きしめる。

 

 

「帰ろう」

 

「あい」

 

アミク達はジエンマ達に背を向けて外へと向かう。

 

その背を見ながら、ジエンマにしては珍しく褒め言葉を使う。

 

「なかなか骨のある小童と小娘だ」

 

ミネルバも笑みを湛えながら言葉を投げかけた。

 

「決着は大魔闘演武でつけよう。存分にな」

 

「…あなた達になんか、負けない」

 

「つーかオレ達には追いつけねえ」

 

仲間を仲間と思わないギルドなんかに負けたくないし、そんなギルドは強くない。

 

アミクは振り向いて怒っているような、哀しんでいるような瞳で剣咬の虎(セイバートゥース)の面々を射抜いた。

 

「ギルドだったら…仲間、大切にしてよ。ギルドの本質を違えないで。あの子は、泣いていた」

 

言いたかったのはそれだけだ。

 

今度こそ宿を去って行くアミク達。その姿を見ながら、スティングは興奮していた。

 

(こ、こんなにも強かったのか…!アミク・ミュージオンとナツ・ドラグニル…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)の『双竜』…!!)

 

アミクに関しては1日目の試合の時に見ていたはずだが、こうして間近で見てようやく確かな実感が湧いた。あの2人は強い。

自分が憧れた通りの強さ。それを目にした興奮が収まらない。

 

あの2人と闘えることが楽しみで仕方がない。

 

 

彼らを倒して、ようやく自分達は『最強』と言えるのだ。

 

 

 

 

「はぁ!?剣咬の虎(セイバートゥース)にカチコミに行ってきただぁ!?」

 

ガジルの素っ頓狂な声が宿に響いた。

 

「ご、ごめんなさい…勝手なことして…」

 

アミクが正座のままシュンとする。アミクの周りには怒るガジルの他にミラとラクサス、リリーにジュビアが居た。

 

「全くだぜ…なんでオレも連れて行かなかったんだ!!」

 

「そっち!?」

 

ガジルらしいと言えばらしいが。リリーが腕を組んだまま言う。

 

「しかし、不問にしてくれたのは助かったな。今回のことが明るみになれば大会にどんな影響があったものか分からないぞ」

 

「本当ですよ!グレイ様に何か迷惑がかかったらどうするんですか!」

 

「いつもはナツを止める側なのにな。大胆な事したな」

 

「うぅ…すみません…」

 

アミクが益々俯くと、黙って見ていたマーチが口を開いた。

 

「だったらアミクを止めなかったあーしにも責任があるの」

 

「い、いや…それは違うよ。私達が勝手にやったことだし…」

 

アミクとマーチが互いに責任を主張していると、ラクサスが鼻で笑った。

 

「ま、アミクが暴走するなんて珍しいことじゃねぇか。大目に見てやれよ」

 

「そうね…それに今までの大魔闘演武でも場外乱闘は珍しいものじゃなかったみたいだし。多分そこまで大事にはならないはずよ。そんなに怒らないであげて」

 

「チッ…暴れたかったぜ」

 

「お前は論点がズレてるぞ」

 

ラクサスが庇ってくれるなんて。本当に丸くなったものだ。

 

「でも、剣咬の虎(セイバートゥース)は許せないよ。ギルドは仲間を大切にしなきゃ成り立たないのに…仲間を道具としか思っていない!」

 

アミクが拳を握って憤ると、ミラ達も顔を険しくした。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)のマスターはずっとあの方式でやってきてたのね…弱い者は切り捨て、強い者だけを残していくことで成長してきた」

 

「気に食わねぇな」

 

ラクサスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。以前の自分を見ているような気分になったかもしれない。

 

「確かにギルドは強くなるかもしれないけど…絆のないギルドは、いつか破綻するよ」

 

アミクは断言した。

 

「あのギルドに負けるわけにはいかない。ううん、絆のないギルドなんかに負けない!」

 

枕をギュッと抱きしめ、宣言するように言った。瞳で闘志がメラメラと燃えている。

 

「昔から口だけは達者だよな」

 

「んっ、口だけって…」

 

ラクサスがその大きな手でアミクの頭を撫でた。

 

「だが、その心意気は買うぜ」

 

ニヤリと笑うラクサスに同意するようにミラもガジルもジュビアも不敵な笑みを浮かべる。

 

「酷い話ね。女の子にそんな酷いことするなんてね」

 

「ギヒッ」

 

「若い女性になんてことを!そんなの許せません!」

 

…そうだ。そのユキノは今頃どうしているのだろうか。帰る場所がない、と言っていたが…。

 

(大丈夫かな…)

 

アミクが心配していると、マーチの言葉がアミクの意識を引き戻した。

 

「でも、これで完全に剣咬の虎(セイバートゥース)に目をつけられちゃったの」

 

「大会もこれまで以上に苛烈なものとなりそうだな」

 

それもそうだ。思いっきりケンカ売ったし。彼らも本気でこちらを潰そうとしてくるだろう。

 

「だとしても、私達は全力で迎え撃てばいいだけだよ。あの人達とは、大会で決着をつける!」

 

大会ではっきりと白黒付けてやる。

 

アミクが拳を振り上げると、ラクサス達もそれぞれの反応で彼女を見る。しかし闘志を燃やしているのはみんな一緒だった。

 

(絶対に勝つ!)

 

 

アミク達はそんな想いを抱え、彼らの夜は更けていったのだった。

 

 




最近背中が痛いです。

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