妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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バイトどうしよっかなー。


奈落宮

罠に嵌められ、地下に落とされたアミク一行。

彼女達は『奈落宮』と呼ばれる地下で彷徨っていた。

 

 

「行けども行けども出口は無しかー…」

 

「ここ、さっき通らなかったか?」

 

「いや、初めて来たよ。脳内マップがそう告げてる」

 

無駄に広い上に同じような景色ばかり続いて道に迷いそうだ。その点に関してはアミクの『反響マップ』で地図を脳裏に刻んでいるので大丈夫だが…。

問題は地図上でも目立つ出口が見つからない事。後、この地下が広すぎて一回の『反響マップ』では全貌を調べきれない事。だからこうして歩きながら出口に成り得そうなものはないか探し回っているのだ。

 

「匂いもしないな…人の出入りが長い事なかったみたいだね」

 

「困ったわね…」

 

「そういえば、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って鼻が利くのですよね」

 

「人の臭いは長く残らないけどね」

 

これで出口が見つからなかったら八方塞だ。いや、いざとなったら、ナツみたいな事を言うようだが、天井や壁に大穴をブチ空けて無理矢理脱出するという手もある。

だが、ここは地下。変に衝撃を与えて崩落する危険性もあるため、あくまでそれは最終手段にしたい。

 

「あれ?ハッピーは?…ってギャー―――!!」

 

思わず振り返ったアミクは腰を抜かしてしまった。ハッピーが頭蓋骨を被って目の前にいたからだ。

 

「びっくりした―――!!驚かさないでよ!!」

 

「むふふ、オシャレでしょ?」

 

「どこが…」

 

「何か昔に似たような事があった気がするの」

 

言われてみれば初めてルーシィと仕事に行った先でもハッピーが頭蓋骨を被ってたよーな。

 

「こんなもんそこらじゅうにゴロゴロしてんぞ」

 

ナツが何ともなさそうに頭蓋骨を拾って覗きこんでいる。なんて罰当たりな。

 

「拾わんでいいから!!」

 

「んだよ」

 

ナツはつまらなさそうに口を尖らせた。

 

「流石は『死の都』と言ったところか」

 

リリーは辺りを見まわした。目に見える範囲でも人骨があちこちに転がっている。過去に奈落宮に落ちた者達の末路だ。

 

「あのお姫様が罪人が行きつく最後の自由だとか言ってたの」

 

「これが自由か?絶望ではないか」

 

どれだけの人がここで命を落としたのかは分からないが、ここに落ちた人は脱出できずに力尽き、ここで朽ち果ててしまったのだろう。

どんなに探しても見つからない出口に絶望したはずだ。

 

「出られねえとかほざいてたけど、冗談じゃねえ。だったらぜってー出てやる。燃えてきたぞ」

 

「これくらいのピンチなんかすぐに乗り越えてやるんだから!」

 

「皆で手分けすれば、脱出の手掛かりだって見つかりますよね!」

 

この状況でもアミク達の明るさを保っている。諦めなんて言葉は自分達には無いのだと彼らの瞳が物語っていた。

それが、ユキノには眩しく見えた。

 

 

「皆さん、お強いですね…」

 

「まぁ、今までいくつもの修羅場を潜ってきたからね」

 

異世界行ったりバラム同盟と戦ったり。

 

「私達は1人じゃない。皆がいれば、何があっても大丈夫!」

 

力強いアミクの笑みにユキノは不思議そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの…皆さん?」

 

ユキノは引き攣った笑みで目の前の光景を見つめた。

 

 

「もうダメぇ…」

 

「崩しても崩しても岩しかねえ…」

 

「なんとかならないピンチってあるのね…」

 

「手分けしても何も見つかりません…」

 

そこには真っ白になったアミク達の姿があった。

彼らの瞳にはさっきまでの諦めない意志の光は無く、どんよりとしたものに変わり果てていた。

ミラのすすり泣く声が響き、その場に絶望が蔓延し始める。

 

 

そう、彼らは思い知ったのだ。希望だけではどうにもならないこともある、と。

 

「さっきの『私達は諦めない!』みたいな雰囲気はどこ行ったの…」

 

「奈落とはよく言ったものだ」

 

「今頃お姫様は私達がジタバタしているのを見て笑ってるんでしょうね」

 

「なんて性悪女なの…」

 

脱出する手立てが思い付かない。アミク達が頭を悩ましていると、ハッピーが「むふふ、いいこと思いついちゃった!」と声を上げた。

嫌な予感しかしない。

 

「ハッピーのいい事って当てにならないの」

 

「そんなこと言わずに聞いてよー!もしかしたら、今のオイラ達の様子を王国の兵士達が監視してると思うんだ!」

 

「なるほど…」

 

確かに一理ある。奈落宮に落としたとはいえ、何かの間違いで脱出してしまう可能性もある。それを見張るために誰かが監視しているという可能性はありそうだった。

 

「だから、兵士の注意を引いて中におびき寄せるんだ!」

 

「んで、殴る!」

 

「違うって、兵士が入ってきたところからオイラ達は見事脱出!」

 

ハッピーが下手くそな図を描いて説明してくれた。ふむ、悪くない作戦だ。

 

「で、どうやっておびき寄せるの?」

 

マーチが肝心な部分を聞くとナツが「お、分かったぞ!」と声を上げた。

…ナツもこういう時は大概ロクな事言わないのだが。

 

ナツ達はアミクを指差して名案だとばかりに叫んだ。

 

「「一肌脱ぐ!」」

 

「色仕掛けかーい!!」

 

この2人は何かとそういう方向に持っていこうとする節があるんだよね…。

 

「だってほら、兵士って男ばっかりだったし」

 

「こーんな格好すれば、きっと皆出てくるぞー!」

 

どこから持ってきたのか、ナツ達がグラビアの雑誌のアミクやルーシィ、ミラが際どい水着姿になっているページを見せてきた。

 

「ふぁっ、だ、大胆…!」

 

「ギャ――――!!どこから持ってきたのそれぇ!!」

 

ユキノが真っ赤になってそそくさとアミク達から距離を取った。そんなドン引きしなくても。

 

「仕事!仕事でやったヤツだから!」

 

断り切れずにやってしまったグラビアモデル。撮影中、ほとんど赤面だったことは鮮明に覚えている。今でも恥ずかしいです。

 

「これ結構古いのじゃねえか?」

 

「7年前くらいの週ソラだね」

 

「やったね、そういうの…ってかホントにどこにあったの」

 

「そこらじゅうに転がってんぞ」

 

ナツに言われて振り返れば、遺骨の周りに雑誌がいくつも置いてあった。こんな昔の物がなんでこんな所に。

ここに閉じ込められた人達の唯一の娯楽だったのだろうか。…虚しい。

 

そこで、リリーが一つの遺骨の傍にある手記を見つけた。

彼はそれを拾い上げると読み上げ始める。

 

「手記があるぞ。『ここに閉じ込められてもう3年。最後の時を待ちながら、このグラビアで癒される。やべぇ、アミクたんマジパネェ。可愛すぎる、ハァハァ。ああ、彼女の美声が聴こえる。幻聴か?何でもいい。アミクたんの声が私の中でとろける。

 とうとう天使の姿をしたアミクたんまで見え始めた。お迎えか。今行くよアミクたん、私と永久に暮らそう…』」

 

「にゃああああああ!!うわああああああ!!いやあああああ!!」

 

 

怖い怖い怖い!!亡くなった人には悪いが普通に気持ち悪い。鳥肌ヤバいんだけど!後恥ずかしい!!

ま、まぁでも、最期に心が救われたのならそれはそれでよかったかな…。

キモイけど。

 

「…安らかにお眠りを…本当にお願いします…」

 

化けて出ませんように~…と手を合わせて冥福を祈った。

そんなアミクをルーシィ達は気の毒そうに見つめる。

 

「ね、熱烈なファンが居てよかったわね…?」

 

ルーシィの的外れなフォローにアミクはヤケ気味に答えた。

 

「そうかな…うん、そう思う事にしよう」

 

そのファンは骨になって転がっているが。

 

 

「それじゃあ、張り切って行きましょう!名付けて『男の本能こいこい!グラビア脱出作戦』!!」

 

「燃えてきた―――!!行くぞ、ルーシィ、アミク!!」

 

「他人任せじゃんか!!」

 

実際に露出するのはアミク達になっちゃうんですけど!

 

「私もサポートするから」

 

「本気出しすぎぃ!」

 

「いつの間に水着持ってたの、ミラさん…」

 

ミラは既に水着を着て乗り気のようだ。流石人気グラビアモデル。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)っていつもこうなのですか?」

 

「い、いえ、いつもというわけではないですよ…?」

 

ユキノの言葉にちょっと反応に困ったウェンディであった。

 

 

 

 

というわけで。非常に不本意ながらお色気作戦に協力することにしたアミク達。

 

「もう!やるからには全力で行くわよ!」

 

「だから何で水着持ってんの…」

 

ビキニのルーシィとスカート型水着のアミク。何が悲しくてこんな所で水着姿にならなきゃならないのだろう…。

 

「さすが!」

 

「声も聞こえてるかもだから、コメント付きでお願いします」

 

色々間違ってる気しかしない。

 

「エントリーNo.1!ルーシィ・ハートフィリア!」

 

「にゃーん、ここから出してくれなきゃおしおきだぞ♡」

 

猫撫で声で色っぽく言うルーシィ。よくこんなのに付き合ってられるな。

 

「意味がわからん」「ぷくっ、エロい」「まぁ、アリじゃない?」「きっと多くの男が欲望を滾らせてるの」

 

「何その流れ…」

 

審査員のつもりなのか、点数をつけ始めるエクシード達。絶対いらんやろ、その役割。

 

「エントリーNo.2!ミラジェーン・ストラウス!」

 

「全力が見たいか?なら命を捨てる覚悟で来い」

 

なぜかサタンソウル状態でカッコつけるミラ。何やってんだ。

 

「いきなり趣旨が違うんですけど!」

 

「うむ、個人的には気に入ったのだが…」「お色気ないじゃん」「論外ね」「失格なの」

 

アンタら楽しんでない?

 

「エントリーNo.3!アミク・ミュージオン!」

 

「マジかーやるのかー…ええい、もう知らない!」

 

アミクは自棄っぱちになることにした。彼女は両腕を伸ばして自分を精一杯アピールする。そして、徐に叫んだ。

 

「私の歌を聴け―――!!」

 

脳裏で音楽を流し、それに合わせて声を出した。

水着姿で踊りながら歌い始めるアミク。やっぱり魅力を引き出すのは歌だと思うのだ。

彼女の歌が上手いので自然とナツ達も聴き入ってしまう。

 

「いいぞいいぞー!」

 

「その調子!」

 

手拍子まで始める始末だ。

そんな空気なものだからアミクもノリに乗っちゃって熱中して歌い出す。

 

人骨が転がる地下で水着姿の少女が綺麗な声で踊って歌う。それを見る観客達も熱狂して盛り上がる。その光景ははっきり言ってシュールだった。

 

アミクの歌が終盤に差し掛かった。

同時にナツ達の盛り上がりも最高潮を見せる。熱気が当たりに充満する。

 

そして。

 

「みんな聞いてくれてありがと―――!!」

 

アミクは大きくお辞儀をして歌を終えた。すると、ナツ達が盛大な拍手で締めてくれた。

 

「最高だったぞ―――!!」

 

「よかったよかった!」

 

アミク達は揃って満足そうに汗を拭った。

 

 

 

 

「あのー、ここまでやってて言いにくいんですけど…」

 

「結局、実は誰も見てなかったら、虚しくないですか?」

 

冷静なウェンディとユキノの指摘に、アミク達は我に返った。

ノリノリでライブ紛いなこともやってしまったが、全部無意味だったかもしれないと?

 

冷たい風がアミク達の間を通り抜けた気がした。気のせいか、石像の表情も冷めたものになっているような。

ハッピーが焦ったように言った。

 

「何もしないよりはマシ!」

 

「マシって…」

 

「おうよ!絶対ここから出てやる!妖精の尻尾(フェアリーテイル)を舐めんじゃねえぞ!」

 

ナツが相手に伝えんとばかりに意気込んだ。彼の前向きさはこんな時でも発揮されているようで安心した。

 

「つーわけで頼む」

 

「こっちに振るんかい!」

 

何にしろ、この方法は絶対に違うと思う。

 

アミク達が言い合いをしていると、ユキノが小さく口の端を上げた。

 

「あ、ユキノさん笑いました?」

 

「え…?そうですか?」

 

しかし、彼女はその事に気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

「ナツ!ナツってば!しっかりしてよ!」

 

「何でこんな所で…」

 

「ピクリともしませんね…」

 

「私達の魔法じゃどうにもならないし」

 

地面にはナツがうつ伏せに倒れてしまっていた。アミク達は彼を囲むように見下ろしている。

その表情は情けなさな、困ったようなものだった。

 

「もう…ほら、ナツ起きて!いつまでも寝てないでよ!」

 

アミクがペチペチとナツの背中を叩くと、「しょうがねえだろ」と弱々しくナツが立ち上がった。

 

「腹減ってこれ以上歩けねえっての」

 

怪我したわけではなく、ただの空腹だった。

 

「食べられそうな物も見当たらないし」

 

「つーか!アミクお前ブロッコリーとか卵とか持ってただろ!それくれよ!」

 

ナツがアミクに手を伸ばすと、アミクは冷や汗を流して気まずそうに目を逸らし、地味に上手な口笛を吹き始めた。

 

流石のナツもそれで察してしまった。

 

「食っちまったのか!?全部!?」

 

「ご、ごめんなさーい!あの魅力的な食感が私を誘惑してきて…逆らえなかったの!」

 

「そこは逆らえよ!!」

 

「まぁまぁ、仕方ないですよ」

 

「早くここから脱出すればいいだけじゃない」

 

喚くナツを宥めるルーシィとウェンディ。

 

「ナツー!」「ただいま帰ったの」

 

そこに、タイミング良く偵察に行っていたマーチ達が帰ってきた。

アミクの『反響マップ』だけではどうしても見逃してしまう部分もあるので彼らに天井などを調べてもらったのだが、果たして結果は…。

 

「どうだった?」

 

「ダメ、天井も全部塞がってるよ」

 

「出口はなさそうね」

 

「ネズミ1匹出れなさそうなの」

 

そこまで徹底した造りにしてあるのか。罪人を精神的に追い詰め、衰弱死させるにはちょうどいい場所とも言える。

趣味が良いとは言えないが。

 

「くっそー、せっかくここまで来たのに!」

 

「ミイラ取りがミイラに…って事ね」

 

「情けないです…」

 

こんなに探しても出口どころか小さな穴すら見つからないとなると、流石に精神的に参ってしまいそうだ。

 

「私の『反響マップ』でも全貌を捉えきれないし、どんだけ広いのここ…」

 

「小耳に挟んだ程度ですが、確かお城の地下を中心に首都クロッカスの10倍はあるとか」

 

「うっわ、気の遠くなる話だね…」

 

誰が造ったんだこんな地下…。いや、天然のものだと考えた方が自然か。

 

闘技場の地下にあった竜の墓場といい、この『奈落宮』といい、やたら地下が好きな王国である。

 

「そういえばアンタ達、大会は?」

 

ルーシィがアミク達に聞く。

ずっと失念していたが、アミクとナツは大会出場者であったはずだ。ここにいると大会には参加できないはずだが…。

 

「ガジルとジュビアに代わってもらったんだよ」

 

「ナツなんかルーシィを助けに行くんだ、って聞かなかったから」

 

「まぁな」

 

ナツが仏頂面になった。照れたのかな。

 

「やだ、もう照れるじゃなーい」

 

「アミクもどうしても行きたいって強硬に主張して押し通したの。親友だからって」

 

「そ、それは言わなくてもいいよマーチ!」

 

アミクが赤くなってマーチの口を塞ぐと、ルーシィが「もう!大好き!」とギュ――――ッと抱きしめてきた。

やめろい、照れるやろうが。

 

そんな和気あいあいしているアミク達の様子を見て、ユキノは苦笑した。

 

「不思議ですね、この状況なのに皆さんと居ると安心できるような」

 

「仲間が一緒だから、かしら」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)はどんな状況であっても仲間さえいれば希望を捨てずに立ち向かう気質の者が多い。

仲間を心の支えとして何度でも立ち上がれる。

それが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の美徳だ。

 

「仲間…」

 

仲間、と聞いてユキノは顔を曇らせた。

かつて自分にもあったもの。しかし、一夜にして全て失ってしまったもの。

 

「あ、もちろんユキノの事忘れてたわけじゃないよ!」

 

当然ユキノも助けるつもりでいた。彼女も星霊魔導士なのでルーシィと一緒に捕まっていると踏んでいたのだ。

 

「いえ…私は別に…それよりあの、私、ナツ様とアミク様に申し上げたいことが」

 

「何だ?」

 

ほうほう、告白か?いえ、冗談です。

 

「捕らえられている間、ルーシィ様に聞きました」

 

ルーシィに?

 

「私が剣咬の虎(セイバートゥース)を追放された時、ナツ様とアミク様がお怒りになってクロッカスガーデンに乗り込まれたと」

 

「ああ…お、お恥ずかしい事を…」

 

「お、おお!アレだろアレ」

 

「もう忘れちゃったの?ナツ…」

 

あんな出来事忘れる方が難しそうなんだが。

 

冷静になって思い返すと大胆なことしたなーと感じる。

相手のギルドが泊まっている宿に攻め込むなど、非常識というか、脳筋というか。ただ、あの事は反省はしても後悔はしていない。

本当に腹立ったもん。

 

「あー思い出したらまたムカムカしてきちゃった。何なのあのマスター!こんな可愛い娘を追い出しちゃうなんて何考えてんのやら!」

 

「か、可愛い…ですか…!?」

 

アミクが思わず声に出すと、ユキノが頬を染めて俯いてしまった。やべぇ、可愛い。

…やっぱり誰かと似てる。

 

 

「つかお前!王国のアルパカのメスとかの部下だっけか。巻き込んじまったみたいで悪ぃな」

 

「アルキメデスさんだよ。失礼でしょ」「アルカディオス!アミクの方がもっと失礼だよ!」

 

「いえ、私が剣咬の虎(セイバートゥース)に憧れていて、追放されてショックだったのは本当ですし…今も、臨時で王国軍に雇われているだけですから」

 

臨時軍曹って言ってたしね。

 

「帰る場所がないって言うのも本当なのよ。小さいころにご両親を亡くして、お姉さんも行方不明で」

 

お姉さんが居たのか…これはアミクの推測が真実味を帯びてきたぞ。

 

「そうなんだ…」

 

「だから、お二人が私の為に戦ってくださったと聞いて本当に嬉しかったのです。ありがとうございました」

 

ユキノがアミク達に頭を下げた。そこからは彼女の誠実な感謝の念が伝わってくる。

 

「い、いや…お礼はいいよ。私達がやりたくてやっただけなんだし」

 

いや、マジで。激情のまま突っ込んだだけなんで。

 

「そ、そうだぜ、感謝されるほどじゃねえっつーの」

 

「ナツなんか忘れてたしなの」

 

まぁ、それでユキノの気持ちが晴れたならあの行為も無駄ではなかったということになるが。

 

「ユキノ・アグリアか。中々義理がたい娘だな」

 

「そういうの好きそうだもんねリリーは」

 

「後でゆっくり話すかおい」

 

「藪蛇なの」

 

確かに、常に敬語を心がけている所などを見るとユキノには礼儀正しい面が多い。相手を気遣える優しさも持ってるし、あんな性格の悪い剣咬の虎(セイバートゥース)の中では少々毛色が違いそうだった。

 

「ねぇねぇ皆、この子なんとなくリサーナに似てない?」

 

ミラが言うとアミクも「それ、私も思った」と同意する。

 

「リサーナ様とは?」

 

「私の妹よ」

 

慈愛に溢れたミラの笑みを見て、ユキノは自分の姉を想起した。自分が怒られると庇ってくれた優しい姉の事を。

 

 

その時。その場が揺れ始めた。

 

「わっ、何この振動!?」

 

岩が欠けて小さな岩の欠片が落ちる。

 

空気の匂いが変わったのを感じた。何か身に覚えのある匂いが流れている気がする。

 

「空気の流れを感じますよ」

 

ウェンディが告げる。

 

「ちょっと見てくるわ!」「すぐに戻ってくるの!」

 

シャルルとマーチ、リリーが飛んで確かめに行ってしまった。

 

「今の揺れでどこか崩れたとか」

 

「この匂い、何か憶えがあんぞ」

 

「ナツも?どこかで嗅いだ事あるよね」

 

それも凄く最近。そう…確か…。

 

そこにマーチ達が戻ってきた。

 

「皆!こっちの方に隙間発見なの!」

 

「やった!さすがマーチ!」

 

すぐに向かってみると、岩壁に人がギリギリ通れそうな隙間があった。

さっきの『反響マップ』では見つからなかったということは、さっきの揺れでできたものだと考えられる。

 

「隙間というより、溶かされたようだな」

 

確かに、崩れてできたにしては断面が滑らかだ。リリーの言う通り「溶かされた」と表現したほうがしっくりくる。

 

ともかく、アミク達はその隙間に体を潜り込ませた。小さいマーチ達が先行し、どんどん進んでいく。

 

「狭っ!胸が痛いんだけど!」

 

時折、胸が隙間の壁に擦れて痛みを感じる。他の女性陣もアミク同様に苦労してるようだ。

…ウェンディは比較的楽そうだが。これくらいは我慢するか…。

 

「大丈夫ユキノ?」

 

「はい、なんとか…」

 

「オーライオーライなの」

 

マーチ達は既に抜けだして外に出ている。そうしてやっとウェンディとナツ達も隙間を通り抜けた。

だが…。

 

 

「つっかえちゃった…」

 

「ええ…」

 

ルーシィがその大きな胸のせいで隙間に挟まってしまっていた。

しかも、アミクがルーシィの後ろに続いていたため、彼女も通れない状況だ。

 

「太ったんじゃねーか?」

 

「ナツサイテー!!私が押すからナツは引っ張ってよ」

 

「迷惑掛けます…」

 

デリカシーのないナツに協力要請し、アミクは思いっきりルーシィを押した。ナツも外からルーシィを引っ張る。

 

「せーの!」

 

「オラア!」

 

「きゃあっ!!」

 

ルーシィがスッポーンと抜け、勢い余ってナツを押し倒す。しかも、ナツの顔をお尻で押し潰してしまった。ラッキースケベですね、お疲れさまでーす。

その光景を見たユキノが赤くなり、ルーシィも赤面して「事故よ事故!」と主張する。

 

 

ただ、まだ問題が残っていた。

 

 

「あ、あのー…私も挟まっちゃった…助けて」

 

アミクもルーシィの二の舞になっていた。

胸が大きいっていうのも大変なんですよ…。

 

「あー!しょうがねーな、ったく」

 

潰されて赤くなった鼻のまま、ナツが苛立たしげにアミクを思いっきり引っ張る。

その拍子にアミクも無事に隙間から脱出。しかし、またしてもルーシィの二の舞になってしまった。

 

「ひゃあん!?」

 

「おわあっ!!?」

 

勢いよく引っ張りだされたアミクがその巨乳でナツの顔を覆って押し倒してしまったのだ。

ムニュ、と柔らかそうな音がして胸が形を変える。

 

「ごめぇーん!!」

 

「ふがふが(早くどけろー!!)」

 

「く、くすぐったい!!」

 

ナツが何か喋ったようだが、彼の吐息が胸に当たってこそばゆい。

 

「は、はわわ…」

 

今度こそユキノは目を覆って明後日の方向を向いてしまった。顔が茹で蛸のようになっている。見た目通り純情な少女だ。

 

ルーシィが慌ててアミクを立ち上がらせて救出。

ナツは二回もぶつけてしまった後頭部を擦りながらムスッとして身を起こす。二度も顔を潰したせいか、顔が赤い。

 

「お前ら、ダイエットしろよ」

 

「だからごめんって」

 

「失礼ね!」

 

助けてもらったのはありがたいが、ナツはもうちょっとデリカシーを身に付けた方がいいと思う。

 

 

「皆さん!誰かいますよ!」

 

 

ウェンディの鋭い声が響く。皆でウェンディが指摘した方を見ると、そこには見覚えのある人物が倒れていた。

 

「あの人は…!?」

 

あの角ばった特徴的な鼻。間違いない。

 

この前連行された、ユキノの上司であるアルカディオスだ。

 

彼が酷く傷だらけな状態で、倒れていたのだった。

 




今まで一番長いな、この章…。

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