妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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今回の相手はコイツです。長くなってすみません。


VS ネッパー

「頭ぶつけた…イタタ」

 

「大丈夫かアミク」

 

「うん、リリーも平気そうだね」

 

アミクはリリーと共にいた。あの爆発の後、何が何だか分からずにいたが、気が付くとリリーしか近くにいなかったのだ。

 

「他のみんなとははぐれちゃったみたいだね」

 

「ぬぅ、不覚だった…。みんなと離れるのは得策ではないのだが…」

 

「ルーシィとユキノは今戦えないから心配だよ。早く合流しなきゃ!」

 

ここはどこだろう。さっきの場所とは違うような。

他の人を探そうと匂いを嗅ぎ、耳を澄ませると。

 

ジュワ…

 

「リリー!回避!」

 

「っ!ああ!」

 

アミクとリリーが同時に跳んだ直後、アミク達のいた地面が溶けた。

 

「パーン、よく避けやがったな」

 

のっそりと巨体を現したのはネッパーとか呼ばれていた男。

見た所彼1人のようだ。

 

「女とネコか。楽そうな相手だな」

 

ネッパーが見下した笑みを浮かべながらアミク達を見やる。

 

「溶かしがいもありそうだぜ」

 

「うー、酸の魔法か…あんまり喰らいたくないね…」

 

肌が溶かされる痛みは味わいたくないものだ。

でも、こっちは2人。人数で押せば勝てるだろう。

 

「リリー、一緒にあの人を倒すよ」

 

「了解した。共闘するのは天狼島の時以来だな」

 

 

リリーは剣を構え、アミクも身構えた。とにかく、あの酸の魔法に注意して動かなければなるまい。下手に突っ込んだら溶かされる。

 

「ルーシィ達の事も心配だし、早く片を付けよう!」

 

「パーン?なんつった、オイ」

 

ネッパーはあり得ない事を聞いた、とバカにしたように笑った。彼は手に持っていた酒瓶を口に付ける。酒瓶が不気味に光った。

 

「早く片を付けるだぁ?」

 

そんなことできるはずもないと思っているようだった。自分の力に絶対的な自信を持っているみたいだ。

 

「やれるもんならやってみやがれ!」

 

その言葉が開戦の合図。ネッパーが拳に酸を纏って突っ込んでくる。

 

「ジュワー!」

 

「おっと!?」

 

その拳を叩きつけようとしてきたので横に跳んで回避。空ぶった拳は岩に直撃し、岩は氷のように溶けてしまった。あっという間に溶かしてしまうとは、中々強力な酸だ。

 

「うおおおおお!!」

 

攻撃後の硬直を狙ってリリーが剣を振りかぶって飛び込む。

 

しかし、リリーが振り下ろす直前にネッパーは見た目に似合わず軽快な動きで避けた。

 

「『音竜の響拳』!!」

 

その避けた先にはアミクがパンチを放とうとしている。

 

「パーン」

 

だがネッパーは酸を撒き散らして牽制した。堪らずアミクは拳が酸に当たる直前に衝撃波を放って酸を弾いた。

やっぱり、あの酸が厄介だ。迂闊に近付くこともできない。

 

 

「だったら遠距離で!」

 

『音竜弾』を連射して攻撃。これなら近付かずとも攻撃できる。

 

「おっ」

 

ネッパーは『音竜弾』を酸を叩きつけて止めてしまった。そんな使い方もできるのか。

 

「アミク、そのままサポートを頼む!」

 

リリーが再度剣を構えて突撃。素早い動きで切り付けようとする。

アミクも『音竜弾』を放ってネッパーの動きを制限した。

 

「オラア!!」

 

ネッパーはめんどくさいと思ったのか地面に拳を振り下ろして酸を地面から噴き出させる。それは波のように広がっていった。

 

「くっ…」

 

酸の海に飛び込むわけにもいかないリリーは飛び退る。酸の波はアミクの居る所まで迫ってきた。

 

「わっ!ここまで来た!『音竜壁』!!」

 

慌てて音の壁を張って防ぐ。酸と接触している音の壁がジュワーと音を立てた。

 

 

「大丈夫?」

 

「問題ないが…やはり、あの酸のせいで近付けん」

 

一旦合流したアミク達は軽く作戦会議をする。

 

「あの身体で意外とよく動くね。でも、やっぱり人数の優位性はあるからそれを上手く使えばイケるはずだよ」

 

「そうだな。先ほどのようにお前が遠距離でサポートしてオレが近接でやりあう。それがベストだろう」

 

指針を決めてネッパーに意識を戻すと、彼はニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。

 

「相談は終わったか?じゃあそろそろいくぜ!!」

 

ネッパーが酸を操って水流のように放ってくる。

 

「『音竜壁』!!」

 

再度、音の壁を張ると酸は壁に衝突して弾かれる。飛沫が散ってアミクの腕や足に少し掛かった。

 

「あちっ!」

 

「どうだ!オレの酸は何でも溶かすぜ!!」

 

得意げに言うネッパー。地面には酸によって抉られた跡が深く残っていた。

 

「あー!!この前買ったばかりの二ーソックスなのに!」

 

「言ってる場合か!」

 

服や二ーソックスが少し溶けて穴が空いてしまった。覗く肌が赤くなっている。

赤と白の縞模様のニーソックス。結構高かったのに…。

 

「許さない!『音竜の咆哮』!!」

 

ブレスで酸を一掃。そのままブレスでネッパーもぶっ飛ばそうとするも、「おっとっと」と避けられ、掠めただけで済んでしまった。

ネッパーは興味深そうな表情でアミクに声を掛ける。

 

「へぇ、お前滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)って奴だろ?大した魔法だな!」

 

やはり、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は強大な魔導士だと広く知られているというのを実感する。

今までにも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と知って目の色を変える人達は何人もいた。だから、こういう反応もそろそろ慣れる。

 

「ますます溶かしがいがありそうだぜ!パーン!」

 

ネッパーが今度も地面に拳を叩き付けると、そこを中心として酸が溢れ、池のようになってしまった。

こっちまで広がってきたので飛び退いて退避する。

 

「うう…やっぱり踏み込めないのが難点だよ…!」

 

不用意にあそこに踏み入れれば、足なんかあっという間に消失してしまうだろう。

 

 

「ジュワー、どうしたどうした?早く片を付けるんじゃなかったのかぁ?」

 

「クソ…剣では防ぎきれん!」

 

リリーの剣は大きさを変えられる魔法剣とはいえ、鉄製。酸が掛かると溶けてしまう。

近接専門のリリーでは、ネッパーとの相性はすこぶる悪いと言えるだろう。

 

「オレがなんとか接近する!お前はアイツの気を引いてくれ!」

 

「分かった!」

 

すぐに答えると、リリーは岩の陰に隠れた。

 

「ああん?女を置いて自分は隠れんのか!?情けねえな!」

 

「なら、その女に倒される貴方はもっと情けないかもよ?」

 

そう言うや否や突撃していくアミク。足に音を纏って蹴りつけようとする。

 

「パーン」

 

地面から酸が水柱のようにせり上がってきたので、止む無く回避。しかし、回避しながらもネッパーに近付いていく。

 

「ええい、ぶっ飛べ!」

 

拳を構えて突っ込むと。ネッパーはニヤリと笑った。彼は拳を地面に叩きつけて酸を地面に沿って放つ。

攻撃を読んでいたアミクは跳んで避けるが、酸はそのまま突き進みリリーが隠れていた岩に直撃した。

 

岩はドロドロに溶けるが、そこにリリーは居ない。

 

彼はネッパーの頭上で剣を振りかぶっている。

 

「はあああ!!」

 

剣を振り下ろすリリーだが、さっきと同じように軽い身のこなしで避けられた。

リリーもそこで終わりではなく、剣で地面を払い煙幕を作り出す。

 

「かくれんぼかよ!!ジュワー!」

 

土煙を振り払い、視界を確保するネッパー。しかし、その時にはリリーはネッパーの後ろで剣を構えていた。

さらに、前からはアミクが突っ込んできている。前後からの挟み打ちだ。

 

(いける!!)

 

届く、と確信して腕を伸ばす。

 

 

しかし────

 

 

「甘ぇんだよ!!」

 

 

反応したネッパーが地面を叩き、自分の周りに酸の波を発生させる。酸がもろに体に掛かり痛みが走る。

 

「っつ!!」

 

すぐに飛び退いたお陰で酷いものにはならなかったが、肌が多少爛れてしまった。

そして、酸のせいで地面が溶け、地形が変わってしまう。

 

「うっ…」

 

「大事ないか!?」

 

「い、一応大丈夫…」

 

リリーも酸が掛かってしまったのか、あちこち肌が爛れている。

 

「小細工なんて無駄だぜ?テメェらは逃げも隠れもできやしねえ。このネッパー様にドロドロに溶かされちまいな!」

 

想像以上に魔法を使いこなすネッパーにアミク達は苦戦を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「ぶはっ!」

 

「あ、ナツなの」

 

「マーチか!」

 

ナツは地面から抜けだすと周りを見渡した。

 

「他の皆は?」

 

「さぁ、あーしは見てないの。はぐれちゃったみたいなの」

 

ナツはパンパンと服に付いた土を払うと上を見上げた。天井にいくつもの穴が空いている光景が見て取れ、自分達は随分落ちてきたようだと悟る。

 

「どうやら先ほどの衝撃で、方々へと散ってしまったようだな」

 

そこに下りてきた1人の男。

二本の鎌を持つカマだ。

 

「だが私の部下は優秀だ。誰1人として生きては返さん」

 

「変態仮面のお出ましなの」

 

マーチの言葉を聞いてカマはピクリと眉を上げた。

 

「ここでルーシィと離れちゃ意味がねえってのに」

 

「ルーシィ達は鍵も持ってないし、アルカディオスとやらも怪我しているの。危ないかもなの。早く合流するの」

 

しかし、ルーシィ達を探そうにも目の前のカマがさせてくれなさそうだ。

 

「悪ぃけどお前の相手は後回し────ってわけにもいかねえようだな。一応名前聞いとくか」

 

「罪人に教える名などない」

 

「じゃあカマという事にしておくの」

 

「…」

 

本名だった。

 

「命は儚きもの。己の罪に鳴け」

 

「何も悪ィ事した記憶ねえんだけどな」

 

「ええ…ナツに関しては色々心当たりありそうなの」

 

マーチは仕事中に建物などをぶっ壊したりして生じた被害を思い起こしていた。

そして、始末書に泣くマカロフの姿も…。

うん、これは余計だったか。

 

「処刑を開始する」

 

「しょうがねえな。ぶっ飛ばして通らせてもらうぞ」

 

「あーしも一緒に戦うの」

 

マーチが人型になり爪を伸ばして戦う気満々だが、ナツが不満そうに「オレ1人で十分だ!」と言う。

 

「ここは早く倒してルーシィ達と合流するのが先決なの」

 

「うぐ…それはそうだな…」

 

ナツも渋々同意した。さすがに無力なルーシィ達を放っておくわけにはいかない。

 

「フン…罪人如きがたった2人でも私に勝てると思っているのか」

 

次の瞬間。咄嗟に反応したマーチの爪が、首筋を狙った鎌の一閃を防いだ。

 

「危な!なの!」

 

「マーチ!頭下げろよ!『火竜の鉄拳』!!」

 

鎌を受け止めているマーチの背後からナツが炎の拳を放ってきた。

しかし、カマはそれをヒョイ、と避けると今度はナツの首を狙って鎌が振るわれた。

 

慌てて体を曲げて回避するナツ。

 

「えい!なの!!」

 

マーチが爪を振るうとカマは少し後ろに飛び退き、再度マーチの首を切ろうとしてきた。

すぐさまマーチは距離を取った。

 

この男、さっきから首しか狙っていない。

 

「何故避ける?」

 

「避けんだろ、普通!」

 

「なんて奴なの…」

 

確実に命を刈り取ろうとしてくる。『処刑人』という名そのもののようだ。

 

「我が狙うは罪人の首のみ」

 

「おっかねえ奴だな」

 

「あーしの美少女フェイスを飾るつもりなの!?この変態仮面!!」

 

「やかましい!人間ですらない罪人の顔など吐き気がするわ!」

 

後、変態仮面と言われて密かに怒りが煮え滾っているカマであった。

 

 

 

「溶けろ溶けろー!!」

 

酸をどんどん放ってくる男、ネッパーから逃げ回るアミクとリリー。

 

「あっちっち!!」

 

なんとか衝撃波や音の壁で凌いでいるが、時々飛沫が当たる時もあるので服に穴が空き、肌も溶かされる。

その度、ピリッとした痛みに顔を顰めた。

 

 

「やはり、攻めきれん…!」

 

リリーが歯軋りする隣でアミクは冷静に相手を観察する。

 

魔法を使うたび酒瓶の中身を飲むネッパー。酸の魔法を発動させるには必要な行為なのか?

あの酒瓶自体が魔法を発動させるトリガーなのか?

 

もしそうだとしたら、所有(ホルダー)系のようにアイテムが必要な能力(アビリティ)系の魔導士みたいだ。

あの酒瓶が無ければ、彼は魔法が使えなくなるのかもしれない。

 

(と、言っても壊したりするのは難しそう)

 

溢れる酸のせいで近付くこともままならないのに瓶を狙って壊すなど、より苦労を強いられそうだ。

普通にネッパーをぶっとばした方が早い。

 

「…リリー。戦闘フォームは後どれくらい持ちそう?」

 

「まだ行けるとは思うが、正直なところ、心許ない」

 

リリーが戦闘フォームでいられる時間も限られている。最悪1人で戦えばいいのだが、やはり2人でいる時に倒し切りたい。

 

「ジュワー、耐えるなぁ。良い具合に楽しませてくれるじゃねえか、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ちゃんよぉ」

 

ネッパーは愉快そうに笑い「そっちのネコちゃんもな」と付け足した。

 

「ネコちゃんではない。エクシードだ」

 

ネコ扱いされたのが気に食わなかったのかわざわざ訂正するリリー。

 

「リリーってネコというよりは黒豹みたいなもんじゃない?」

 

「そこはどうでもいいだろう」

 

ネッパーは酸で溶かされて沈んでしまった地面に居るアミク達を見下ろし、バカにするように鼻で笑った。

 

「つーかよ、2対1なのにオレに攻撃が当たんねえじゃねえか。思ったより大した事ねえな」

 

「む」

 

アミクが口を引き結ぶ。さっきは大した魔法だとか言ってたくせに。

 

「お前はアレだろ?顔だけでチヤホヤされて調子乗ってんだろ?それで自分は何でもできるって勘違いしてやがるんだ」

 

アミクに向けたネッパーの悪意の籠った言葉にリリーも眉を顰めた。

 

「オレより弱えくせに勝つ気でいるからよ、そんな生意気な意志もジュワーッと溶かしてやるぜ」

 

「好き勝手言ってくれるな…やれるものならやってみろ!」

 

「待って、私が先に行く!」

 

アミクはネッパーを見据えると彼に向かって駆けだした。

 

「お、おい!?」

 

リリーが焦った声を出すも、それを無視して突っ込んでいくアミク。しかし。

 

「パーン!」

 

ドロッ

 

アミクが足を踏み込んだ地面がぬかるんだ。

 

 

「!!」

 

地面から爆発するように酸が飛び出てくる。地面を潜ってきたのか。

 

「きゃあああっ!!?」

 

間一髪、酸が飛び出てくる勢いを利用して後ろに飛び退いたため、まともに喰らうのは防げたが、酸を踏んでしまったので靴の大半が損傷してしまった。

ニーソックスも穴だらけで損傷が激しく、修復は難しそうだ。

 

「へへへッ、オラどうした!!オレの魔法の酸に溶かせねえものはねえ!!」

 

吹っ飛ばされたアミクはなんとか着地。裸足も同然の格好になっているため地面の感触が直接伝わってくる。石が痛い。

 

「あっつ!!あつい!!足熱い!!」

 

足を抑えてピョンピョンするアミクにリリーが「言わんこっちゃない」と言わんばかりの顔をして声を掛けた。

 

「無暗に突っ込むのは得策とは言えないぞ」

 

「うーん…」

 

地面を潜って攻撃してくるのは厄介だ。奇襲にも適した攻撃方法なのでいつその攻撃がくるかと思うと気が抜けない。

 

「このままじゃダメか…」

 

アミクは難しい顔をして考え込むと、「よしっ」と覚悟を決めたように拳を握った。

 

「意外と頑丈だな!やっぱ溶かしがいがあるわ」

 

余裕ぶってるネッパーを視界に入れながら、アミクはリリーに話しかける。

 

「うん、やっぱり強行突破しかないね」

 

「なに?」

 

何言ってるんだコイツ、みたいな顔された。

 

「お前、さっきの事覚えてないのか?闇雲に突っ込んでも返り討ちされるぞ」

 

「リリーこそ忘れてるの?」

 

アミクはニヤッと笑う。

 

「私が使う魔法は滅竜魔法だけじゃないんだよ」

 

「む…もしや」

 

アミクは口を開くと綺麗な歌声を洞窟内に響かせた。

ネッパーは訝しげな顔をする。

 

 

「ああ?こんな時に歌うだなんて、随分と余裕だなオイ!」

 

 

舐められている気がして不快だ。その不愉快な口をドロドロに溶かしてやろうとネッパーが拳を振り上げた時。

 

「『持続回復歌(ヒム)』!!」

 

アミクとリリーの身体を優しい光が包んだ。

 

「なんだぁ?」

 

その光を見たネッパーは首を傾げた。

 

「これなら、ちょっと無茶しても大丈夫でしょ?」

 

「無茶を通すための付与術(エンチャント)か。道理ではあるが…」

 

じわじわとアミク達の傷が回復していく。即効性のない代わりに持続的に回復する付与術(エンチャント)だ。

ネッパーは流石に驚いたように目を剥く。

 

「治癒魔法だぁ!?そんな魔法使えたのかよ!!」

 

しかし、すぐに面白そうな表情に変わった。

 

「ますます溶かしたくなったぜ!!ジュワー!」

 

ネッパーは両手に酸を纏い、自分の周りにも酸の池を作りだした。

アミクは心に溜めていた怒りを吐き出すようにして口を開く。

 

「なるたけ服を傷つけたくなかったから慎重に倒そうと思ってたんだけどね…」

 

「お前、そんな心配してたのか。まさか今まで攻めあぐねていたのは服の損傷を嫌っていたからだったのか?」

 

「そ、それもちょっとだけあるけど、酸の魔法が思ったより厄介だったんだよ!」

 

呆れた顔をするリリーに弁明してアミクは身構えた。

 

「でも、服はもうこんなになっちゃったし、貴方に時間かけてる暇はないしね」

 

アミクが地面を蹴って突撃する!

そんなアミクを見てネッパーは鼻で笑う。こいつは取るに足らない奴だと。

 

「学習しねえ奴だな!いい加減オレの酸で処刑されちまいな!!」

 

酸の波を発生させてアミクに襲いかかる。愚直にもその波に突っ込んでいくアミク。

 

バカめ。酸の中を突っ切るなど自殺行為。

ネッパーはアミクが骨の髄までドロドロに溶かされるのを幻視してニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 

だが、次に目にした光景は全く違うものだった。

 

「『音竜の交声曲(カンタータ)』!!」

 

勿論の事、無策で飛び込んだアミクではなかった。強烈な衝撃波を酸の波に叩きつけて穴を開ける。

弾ける酸の飛沫が全身に掛かったり、地面で流れる酸を素足で踏んだりして、痛みに耐えながらも我慢して突っ走った。

 

先ほどの付与術(エンチャント)のお陰で、酸によって爛れた肌が癒される。

 

「な…!?」

 

酸の波を弾き飛ばし、それでも当たる酸にも構わずに突っ切ってくるアミクにネッパーは絶句した。

普通、あんなに大量の酸があったら怖気づくのに、あの少女は思いっきり進んで来やがった。何考えてやがる。

 

ネッパーがアミクの精神を疑うが、アミクだって覚悟と確信を持って実行したのだ。

付与術(エンチャント)を使用したからある程度無茶できることも加味したまでのことである。

 

 

ともかく、動揺するネッパーは次の手を打つことも忘れているようだった。この好機は逃さない!

ようやく接近できた。

 

「テ、テメェ!!ふざけ────」

 

「でりゃあああ!!!」

 

足をしならせて強力な回し蹴りをネッパーの顔面に叩きこんだ。

 

「ぐおおおああああ!!!」

 

勢いよくぶっ飛ばされたネッパーは地面を転がって岩へと身体を打ち付ける。

 

「でかした!!」

 

「あっつー…ああ…服が…」

 

代償に靴もニーソックスも使い物にならなくなってしまったが、まぁ、結果オーライ。

 

「クソッ…」

 

「お?まだ意識があったの?」

 

ネッパーがよろよろと立ち上がる。流石に今の蹴りぐらいでは倒れないか。

 

「…パァーン…気に入ったぜ」

 

今の衝撃でも無事だった酒瓶を咥え、ネッパーは獰猛に笑った。その笑みは怒りも込められているように感じた。

 

「いってぇな…こうなりゃ遊びはやめだ。一瞬で跡形残さず溶かしてやるぁ!!」

 

目を光らせたネッパーの魔力が高まる。アミク達は心を引き締めて警戒するのだった。

 

 

「何と身軽な罪人どもよ。罪の重さとは正反対ということか」

 

致命傷ばかり狙うカマの攻撃をどうにか躱し続けてきたマーチ達。

 

「罪でしか物事を計れないの?めんどうな人なの」

 

マーチが呆れたように言うと、カマは鼻で笑って言い返す。

 

「罪とは人としての根本的な性質と言ってもいい。そしてその罪は嘘をつかない。

 だから、『罪』とは我々『処刑人』にとって重要な判断材料なのだ」

 

何だか哲学的な話だな、とマーチは思った。

 

「罪、罪うるせえな」

 

ナツがうざったそうに言い、にやりと笑う。

 

「けどそんな大振りじゃいつまで経っても当たんねえぞ?」

 

「なの。あーしの回避力の高さ、舐めるななの!」

 

攻撃は見切りやすいので避けること自体はさほど難しいものではない。それに魔法を使っている様子もない。

 

「罪は逃げても振り払えぬ。それを教えてやろう」

 

カマは二本の鎌に付いている人間の腕のようなものをこちらに向け、手の平を見せてきた。

すると、マーチ達の体に誰かが触れたかのように淡く光る手の跡が現れた。

 

「ホラーなの!?」

 

「何だこりゃ!痛くも痒くもねえぞ」

 

カマの魔法だろうか。しかし、ナツの言う通り身体に何ら不調はなかった。

 

「胸が痛まぬか?それは罪の証。貴様らの拭えぬ罪状そのものだ」

 

「はあ?じゃあ何か?仕事のついでで建物壊れたとか、評議院に乗り込んだとか、そういうのも罪だっつーのか?」

 

「いや、大概だろソレ!」

 

流石のカマもナツの破天荒さに肝を抜かれたらしい。

 

「その罪とやらの尻拭いをしているのがアミクってことになるの」

 

「そう聞くと何か悪い事した気になってくるなー」

 

あっけからんとナツが言うと、カマが目を険しくしてナツを睨んだ。

 

「何たる罪深さ!もはや許せぬ!その首削ぎ落してくれる!処刑、『ギロチン正義(ジャスティス)』!!」

 

二本の鎌が合体し、プロペラのような形になった。

そして、それはギュウウウウン、と音を立てて大回転してマーチ達に迫ってくる。

 

しかしそれを軽やかに避ける2人。

 

「おー!工事に便利そうな技なの!」

 

「当たんねえな!」

 

だが避けられたというのにカマは余裕そうに目を細める。

マーチは後方からギュウウウウンと音が近付いてくるのを感じ取った。

 

「ナツ!」

 

「うおおお!!?」

 

先ほど躱したと思っていた回転鎌が後ろからナツの首を狙ったので咄嗟にマーチが爪でガード。マーチの爪とせめぎ合ってギャリギャリギャリ!!と音を立てた。

 

「ふんぬ!なの!!」

 

爪を上手く傾けて回転鎌をずらし、別の方向に飛ばした。

にもかかわらず、回転鎌は曲線的な軌道を描いてマーチ達の方に向かってきた。

 

「言ったであろう。罪は逃げても振り払えぬ────貴様らに付けた印をどこまでも追って刑は執行される」

 

ブーメランのようにマーチ達に何度も迫ってくる回転鎌を必死に躱す。ちょっと気を抜けば頭と胴体がサヨナラだ。

 

「己の罪を噛み締め、絶望せよ」

 

「絶望とか臭い事言ってんじゃないのー!」

 

ガキィン!!

 

マーチが迫ってきた回転鎌を地面に叩きつけて進行を止めた。

 

「おお!ナイスだマーチ!!」

 

勢いが止まった回転鎌はそのままカマの元へと戻っていく。カマはそれらをキャッチして再び背中に納める。

 

「何たる精神力。罪を認めぬ、罰を受け入れぬ。これ程の罪人は例がない」

 

褒めてるわけではないだろうが、カマの言葉には僅かな畏怖が込められているように感じた。

 

「お前、鬱陶しいの!あーし達は早くアミク達と合流しなくちゃならないの!

 

「貴様らの仲間達は既に処刑されている。大人しく仲間の待つあの世へ行くがよい」

 

「ほざいてろっての。そう簡単にやられたりしねえよ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)舐めんじゃねえよ」

 

「なの。むしろ処刑し返しているかもしれないの」

 

マーチとナツは自分の仲間達の強さを信じていた。仲間達なら敵を倒し、再び会えると。

 

「魔導士ギルド風情が王国に逆らうというのか」

 

「ギルドの仲間を攫った上に、処刑とかありえねえだろ」

 

「そうなの。お前達は誰を敵に回したのか、思い知った方が良いの」

 

マーチは爪を構えるとカマに向かって突っ込んでいった。

 

「まずはお前からなの―――!!『マーチスラッシュ』!!」

 

大きく振るわれた爪をカマは鎌で受け止める。

 

「やはり獣風情だな。攻撃方法も野蛮だ」

 

「あーしほどエレガントな戦法はないの!!」

 

そのままカマの顔を蹴り上げようと足を振るうが、それももう一つの鎌の腹で防がれる。マーチはその鎌を蹴って距離を取った。

 

「『火竜の咆哮』!!」

 

そこに合わせてナツが火を噴く。炎がカマに迫るが…。

その炎を鎌で切り裂いてしまった。後に残るのは炎なんてなかったかのような無。

 

「な、なんだ?」

 

「炎が掻き消されたの!?」

 

「いかにも。我が右の鎌は罪人の首を刈り、我が左の鎌は罪人の魔法を刈るのだ」

 

つまり、魔法を無効化することでできる鎌ということか。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)みたいなの。いや、反魔法(アンチまほう)の剣の方が近いの…?」

 

魔法を斬ると言えばそっちほうが適切か。いや、『とある』とか『ブラクロ』の話はこの際置いておいて。

 

「そのようなものは知らぬが、貴様がいくら炎を吐いても吐息にしかならず、そして罪人の溜息となる」

 

「…でも、あーしの爪は斬れなかったの」

 

マーチの爪は魔法によって伸ばされたものだからそれが無効化されると思うのだが。

でもそうはならなかった。

 

「ということはアイツが切れるのは魔法そのものだけで魔法による結果や影響は斬れない、ということなの?」

 

つまり魔法剣などは斬る事ができないと考えてもよさそうだ。あくまで推測の域だが。

 

「魔法を刈るだぁ?だったら、その前に殴る!!」

 

ナツが炎を拳に纏わせて、カマに飛びかかっていった。

 

 

 

「うわわわっ!!?」

 

いくつもの酸が飛んできたアミクは転がって避けた。

つもりだったが、僅かに素足に掛かってしまう。

 

「くっ…」

 

直後、酸は地面にぶつかって破裂し、地面を溶かす。

 

「パパパーン、避けきれねえだろ?」

 

得意げに周りに酸を浮かせるネッパー。

彼は酸を水玉のようにして宙に浮かせ、アミク達に飛ばしてきているのだ。これが非常に厄介でいくつも空中に浮いているので迂闊に跳ぶ事もできない。

 

 

「ぬぅ、いかん…戦闘モードもそろそろ限界か」

 

リリーも辛そうだった。彼も限界の時が近付いてきている。

 

「こうなったら更に付与術(エンチャント)してごり押しで行くしか…」

 

防御系の付与術(エンチャント)を掛ければ、無茶を通してでも近付くことはできるはず。

 

「いや、必要ない」

 

「え…」

 

リリーの力強い意志が篭った言葉に、発動しようとしていた魔法を止める。

 

「ガジルと共に修行してきた日々を思い出せ!! 鉄の拳!! 奴の拳を何度も受け止めてきたこの体!!」

 

なんかリリーが1人で闘気を満たしているのだが。

 

「その鉄の硬度が誇るのは──己の肉体と精神力!!」

 

「ジュワー!!お前らまとめて溶かしてやるぁ!!」

 

ネッパーがトドメとばかりに大量の酸を放ってきた。あの量を喰らえば流石に回復も間に合わないかもしれない。

だが、リリーはガジルと修行して培った信念を貫き通す。

 

「アミク!!オレに続け!!」

 

「う、うん!!」

 

アミクもそんなリリーを信じることにした。

 

リリーが飛び込んでいくのに一歩遅れてアミクも跳んだ。

 

大量の酸がアミク達目掛けて殺到する。彼女達を食らいつかさんとその顎を開いた。

 

 

しかし────

 

「何事にも負けぬ鉄の意志!!」

 

ズパァ!!

 

 

鉄の剣が、酸の波を切り裂いた。

 

 

「なァ!?酸を切ったぁ!!?」

 

驚愕のあまり愕然と切り裂かれた酸を凝視するネッパー。鉄でできているあの剣は酸には弱いはず。なのに、酸に耐え切って酸を斬るなんて想像の埒外だった。

 

アミクは「すごいよリリー!!」と大喜びだ。

 

「今だ!!行け、アミク!!」

 

「よし来たー!!大チャンス到来!!」

 

そして、その酸の間を通り抜けて、アミクがネッパーに接近した。

 

 

 

 

「なのー!!」

 

「くっ…!!」

 

マーチの引っかき攻撃が鎌に直撃し、カマの身体を後退させた。彼は忌々しげに仮面の奥で歯軋りした。

カマはマーチを人間に変身できるだけのネコだと侮っていた。

 

なのに、2対1とはいえマーチに押されている。

 

「猫風情に負けるわけには…!!」

 

「ただのネコじゃねえよマーチは」

 

いつの間にカマの背後に回り込んでいたナツが声を漏らすと、カマは反射的に後ろに鎌を振るった。

だが、ナツは鎌をがっしりと鷲掴んで受け止める。

 

「そろそろぶっ飛ばしていいか?」

 

「な…!?バケモノか貴様ら!!」

 

魔法を斬れる自分の方が有利なはずだった。なのに、この男もあの猫耳少女も素手で自分を圧倒した。

カマにとって処刑人になって初めて罪人に対して感じる感情が生まれる。

 

恐怖だ。

 

自分よりも遥かに強い罪人に対して恐怖を抱いている。

 

バカな。処刑人が罪人に恐怖するなど。そんなことが許されるものか。

 

「バケモノじゃねえよ!」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)なの!」

 

ナツが鎌に握力だけで罅を入れ、マーチがカマの腹に一閃。

 

カマは大きく吹っ飛ばされ地面に倒れこんだ。

 

「ぐっ…私にこんな事をして…貴様等王国を敵にまわす気か!!?」

 

負け惜しみのようなその言葉も、ナツ達はなんでもないと言うように笑い飛ばした。

 

「敵に回す?」

 

「さっき、あーしが言ったこと覚えてるの?お前達が誰を敵に回したか、思い知らせてやるって」

 

2人は獰猛に笑うと、カマを真っ直ぐに見据えた。

 

「…!!」

 

カマの本能が怖気付く。こいつらには勝てない、そのような恐怖が刻まれていく。

 

マーチがナツよりも早くカマに向かって駆け出した。

 

「ナツ!!炎ちょうだいなの!!」

 

「お?よく分かんねえけど分かった!!」

 

まるで自分に攻撃しろというような彼女の言葉にナツは疑問を覚えるが、仲間を信じて言われた通りにした。

マーチに向かって炎が噴き出る。

 

その炎は背中からマーチを包み込み────マーチが爪を振るうと、炎がマーチの爪に纏わり付いた。

炎の爪を持つマーチの完成だ。

 

「バーニングモードなの!!」

 

「すげぇ!!」

 

はしゃぐナツの声を背中で聞きながら、マーチは動揺するカマに突っ込んでいく。

 

「あーし達は家族を守る為なら──国だって世界だって、悪魔だって神様だって敵に回しちゃうの」

 

轟々と燃え盛る爪を振り上げ、火の線を描きながら一閃。

 

「『オレンジストリーム』!!」

 

「ぐああああああ!!!」

 

爪で斬られた胸に刻印のように焼け跡が刻まれる。カマは斬られた衝撃で上に打ち上がった。

 

 

「それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だっ!!!」

 

 

そこに、ナツが飛び上がって無防備なカマを炎の拳で殴りつけた。

 

 

 

 

切り裂かれた酸の間を突っ込み、真っ直ぐネッパーへと向かうアミク。

 

突っ込んでくるアミクを目に捉えながらも、ネッパーは動かない。いや、動けない。

 

酸の魔法は間に合わない。避けるのも不可能。

 

何故だ、どこで間違えた。

たかが小娘とネコだと侮ったのがいけなかったのか。

 

それとも先ほどバラける前に全員で叩くべきだったのか。

 

あるいは…最初から?

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の『敵』となった時点で?

 

ぐるぐるとネッパーの頭の中で思考が渦巻いている間に、突撃中のアミクはすでに目の前。

 

 

「『音竜の譚詩曲(バラード)』!!」

 

重い一撃。アミクの渾身の体当たりがネッパーの巨体に減り込んだ。

 

 

「パアアアアアアアン!!!?」

 

強力な衝撃波がネッパーの身体を吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。

それだけに留まらず。壁を破壊してその向こうの壁へと激突。それも破壊。

 

それがしばらく続き────

 

 

何のミラクルか、他の餓狼騎士団の団員達と衝突した。

団員全員が四方八方から吹っ飛ばされてぶつかってきた為、勢いが相殺。

 

全員で地面に倒れ込んだ。

 

「お?」「なの」

 

「わ」「む」

 

壁に開いた穴から向こう側に出てみると、なんたる偶然。

 

ナツやマーチ達、逸れていたメンバーと鉢合わせ。

敵を倒した事で全員が合流することに成功したのだ。

 

「ナツー!!」「あれ?皆さん」

 

「ルーシィ達も!良かった無事で」

 

「なっははは!!奇遇だなー!!」

 

「そうね」

 

「皆さん、大丈夫でした?」

 

「うん!服はダメになっちゃったけど」

 

「あら、お揃いじゃない」

 

「それはお揃いって言えるの?」

 

ルーシィとユキノもアミクのように靴下と靴が消失しているが、誰も大きな怪我もしていないみたいで良かった。

 

「全…滅…だと?」

 

まだ意識があったのか呆然と呟くカマ。仮面は割れ、素顔が晒される。ケツアゴなんですね。

 

自分だけでなく、他の団員まで魔導士ギルドに敗れるとは…。

信じられなかった。

 

 

────妖精の尻尾(フェアリーテイル)…一体何なのだこのギルドは!!?

 

さて、ここからが本題。出口の場所を聞き出さなければ。

 

「さて、と…出口を教えなきゃ処刑だぞ」

 

「指を削ぎ落とされるのと、目に針を入れられるのとどっちがいいの?」

 

ナツとマーチがわるーい笑顔でカマを脅し始めた。

 

カマは可哀想なくらいに恐怖で震えている。やめてやれ。

 

「拷問はやめてあげなよ。私が治さなきゃいけないじゃん」

 

「アンタが一番怖いわ!!」

 

無自覚に「死に掛けても治療していくらでも拷問できる」と公言してるみたいになったアミクであった。

 

 




この後の展開がまだハッキリと決まってないんだよね…がんばろ。

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