妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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結局ローグの影の部分ってどうなったんだろうか…。


希望の扉

彼女は死んだ。

 

死んでしまった。

 

 

目の前の男に殺された。

 

勝手な理論とも言えない理論で殺害された。

 

 

ああ、怒りが煮え滾る。

 

 

アミクが未来ローグを睨みつけていると、ナツが低い声で声を掛けてきた。

 

「アミク…ルーシィを連れて先に行け。オレ1人で十分だ!!」

 

「でも…!!」

 

アミクだって、未来ルーシィの仇が取りたい。

そんな気持ちを込めてナツ見ると、彼は激情に呑まれながらもどこか冷静な瞳をしていた。

 

「ルーシィを、頼む…!」

 

「…!!」

 

そうだ。こっちのルーシィは生きている。

でも、彼女が生きている限り未来ローグは手段を問わずに彼女の命を狙うだろう。

 

今はナツが喰いとめているが、何か他の方法でルーシィを殺しに来るかもしれない。

そんな時、彼女の傍に居なくては、彼女を守れない。

 

 

「…分かった」

 

断腸の思いで頷いて涙を拭う。

ルーシィの安全を考えてこの場はナツに任せる。

万が一があってはならないのだ。

 

「ルーシィ、行こう」

 

「でも…!」

 

アミクはルーシィの視線に釣られて未来ルーシィの骸に目を向けた。ピクリとも動かない親友の遺体。

 

 

(ごめんね…)

 

 

また零れそうな涙を堪え、彼女から目を逸らした。

 

 

今は立ち止まっている時ではない。前に進むべきだ。

彼女との約束を果たすため。

 

 

アミクはルーシィの手を引いてナツ達に背を向ける。

他の皆も付いてきた。

 

「ルーシィは狙われてるの!早く逃げるの!」

 

皆でルーシィを守りながら外に向かう。

そんな中、アミクはチラリとだけ振り返って叫んだ。

 

 

「…信じてるからね!!ナツ!!」

 

だから、死なないで。

 

 

そんな想いを汲み取ってくれたのか、ナツは「おう!!」と返事をしてくれた。

 

 

アミク達は後方から聴こえる轟音を背にして外へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

難なく外に出ることはできたが、地上に出てしばらく彷徨ってしまった。

しかし、幸か不幸かエクリプスとその周りに大量の兵士達が集まっている場面に出くわした。

 

こんな所にエクリプスがある事に驚いたアミク達は茂みに隠れて様子を見る事にした。

 

兵士達の中央には、顔に傷のある大臣といつの間にか居なくなってた白銀の鎧を着ているアルカディオス。

そして、こちらも武装した姫様が居る。

 

偉い人達の集合である。

 

 

「これは…エクリプスを開こうとしている?」

 

 

もしかして、過去に行ってゼレフを討つとかいう計画をやるつもりなのだろうか。それどころじゃないのに。

 

マーチがキョロキョロと周りを見回した。

 

「ロキが居ないの」

 

「エクリプスの近くだから、魔法が使えないんだよ」

 

ロキは魔法によって召喚されたから近くに行ったら魔力を吸われてしまうだろう。だから星霊界に帰った。

 

「どうしよう…まずはあの人達に事情を説明して────」

 

「隠れてる必要はない。出てきなさい」

 

「わお」

 

アルカディオスの視線がアミク達の隠れている茂みに向く。気付かれていたか。流石は団長。

 

「オイラ達、何も悪い事してないぞ!」

 

また捕まると思ったのか、ハッピーが飛び出して叫んだ。

 

「アンタと大臣が一緒に居るって事は…」

 

「色々事情が変わったのです」

 

大臣が気まずい表情で言う。とにかく、今はアルカディオス達とも協力すると言う事だろう。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)…!」

 

ヒスイは少し目を見開いてアミク達を見る。彼女と直接対面するのは初めてだ。

 

「この度は申し訳ありませんでした。今は緊急事態の為、正式な謝罪は後日改めて」

 

奈落宮で見た時は厳格さが際立っていたが、今は申し訳なさそうに誠実な態度を見せていた。

 

「はい。その辺りの事情も後で御伺いしたいです」

 

彼女の言う通り、今は一刻を争う事態なので色々と言いたいことは呑み込む。全ては事が終わってからだ。

 

「それと、大魔闘演武優勝おめでとうございます」

 

「本当ですか!?」

 

優勝!ちゃんとラクサス達は勝利を収めてくれたのか。ようやく胸のつっかえが取れた気分だ。

アミク達は喜色を浮かべる。

 

「何で扉を開いてるの? まだドラゴンは来てないのに」

 

ルーシィが質問すると、ヒスイが「ドラゴンの事を…」とアルカディオスに確認するような視線を送った。

 

「ええ。彼女らも事情は知っています」

 

ていうか姫さん達も事情を知ってたんですね。アルカディオスから聞いたのか?

 

「そう言えば、未来から来た『君』は?」

 

「あ…」

 

そう問いを投げかけられ。

 

アミクは引っ込めていた涙が出そうになった。

我慢しようと唇を強く噛む。ウェンディ達も顔を俯かせて沈痛な空気を醸し出した。

 

「…殺された、よ。他の未来から来た人に」

 

ヒスイ姫達は息を呑んだ。

 

「その男は言ってた、あたしが扉を開くのを邪魔したせいでE(エクリプス)・キャノンが撃てなかったって」

 

「だから君を殺そうと?」 

 

彼らも何が起こったか察しが付いたようだ。

 

ヒスイは剣呑な目つきでルーシィを見る。

 

「扉を開くのを邪魔をするのですか?」

 

「そんなことしません!!…どうしてドラゴンが来てないのに扉を開いているのか気になるんです」

 

確かに、姿すら見えていないのになんとかキャノンを撃とうとするのは何故だろう。

 

「単純な事です。砲撃までに時間がかかるからです。ドラゴンが現れてからの開門では間に合いません」

 

確かに、エクリプスを見てみるとゆっくりとエクリプスの解放が進んでいる様子が見て取れた。開けること自体が時間がかかるらしい。

 

「なるほど…それで全部のドラゴンを倒せるんですか?」

 

重要なのはそこだ。そのE(エクリプス)・キャノンが見当ハズレの威力だったらドラゴン達の脅威は依然変わらない。

 

「確実…とは言えませんが、最悪の事態に備え、陛下も策を講じているハズです」

 

「策…ですか…」

 

今更どんな策があるのか不安になるが、ないよりはマシだろう。

とにかく、今はE(エクリプス)・キャノンを信じるしかない。

 

(ナツ…大丈夫かな…)

 

アミクは城の方に心配そうな顔を向けた。

 

今頃、彼は未来ローグと激しいバトルを繰り広げているところだろうか。

正直厳しい戦いだと感じる。

 

あのローグは7年後の未来からやってきたのだからその7年分強くなっているはず。

 

それだけではない。

あのローグは今のローグにはない邪悪な匂いを漂わせていた。本当に未来を救いに来たのか疑うほどに。

そんな相手にナツは無事でいられるだろうか…。

 

しかし、ナツの心配ばかりもしてられない。今も油断ならない状況なのだ。

いつルーシィの命を脅かすものが現れるのか、警戒しなけらばならない。

 

できれば刺客はあのローグだけだといいのだが。

 

様々な不安を抱えたまま、アミクはしばらくすれば開くであろうエクリプスを見つめた。

 

 

ウルは大きな声で勇んだ声を上げる人々を見渡した。

 

(ドラゴンが襲ってくる、か…アクノロギアみたいな奴らがうじゃうじゃやって来るって考えた方がいいかしら?)

 

優勝した興奮も冷めぬままに集められてこの国の国王、トーマ・E・フィオーレに聞かされたのは、1万ものドラゴンが襲って来るため、エクリプス計画を始動してそれらを倒す、というものだった。

それで、撃ち漏らしが出た場合には今集まっている魔導士達に倒して欲しいと。

 

普通はこんな眉唾な話、信じないだろう。それに本当だとしてもだ。

あの伝説のドラゴンと戦うなど怖気ついても仕方ない。

 

そういうことを分かった上でも国王は真摯に頭を下げた。

 

国王が、だ。あらゆる国民の上に立つ王が。

 

皆さんの力を貸して欲しい。この国を救ってください、と。

 

 

 

それに対して魔導士達は元気の良い雄叫びで返したのだった。

 

彼らにとっても魔法と共に歩んできたこの国は故郷のようなもの。

そんな国を守るのは当たり前だ。

 

 

国王は涙を流しながら感謝した。

 

 

「ありがとう…ありがとう…

 

 

 カボ」

 

 

そんな感動の雰囲気が国王の、妙に聞き覚えのある語尾で切り裂かれた。

 

 

『え、その語尾って…まさか王様の正体って…』

 

ウルもみんなと一緒に唖然となった。

 

いや、まさか国王が大魔闘演武の審判かつマスコットをやってるなんて…ねぇ?

 

 

「はっ…!?ん”ん”!!皆さん、頼みましたぞ…!!」

 

まぁ、今は一旦置いておいて妖精の尻尾(フェアリーテイル)も含めた魔導士達は脅威に備えることにしたのだった。

 

 

ゴーンゴーン、と12時を知らせる鐘の音が聞こえた。

 

 

7月7日。

 

 

奇しくもアミク達のドラゴンが消えた日でもあった。

ドラゴンが消えた日に大量のドラゴンが現れるというのも皮肉というか、なんというか。

 

 

エクリプスの真ん中が赤く光る。いよいよ扉が開く時のようだ。

 

 

(…いよいよ…かな)

 

大きな音を立てて扉が開いていく。巨大な扉なのでそれだけで迫力があった。

巨大なものが動く影響なのか、エクリプスの仕様なのか、異常なほどの煙が溢れ、周囲が見渡しづらくなる。

 

(これでドラゴン達を倒せる…)

 

 

…本当に?

 

 

何故だか胸騒ぎがして隣のルーシィの表情を窺った。

 

彼女は緊張した面持ちで徐々に開いていく扉を見守っている。とても扉を開くのを邪魔しよう、なんて考えは持っていないように見えた。

 

 

そして。

 

 

扉が半分以上開いた。扉の中はただ眩い光で満ちているだけで、中を見通せない。

しかし、その光はこの状況では希望の光のようにも思えた。

 

「見ろ!!」

 

「人類の希望の扉が開く!!」

 

「勝利の扉が開くぞぉ!!」

 

兵士たちも大喜びだ。これでドラゴン達を倒すことができる、と心を浮き立たせる。

 

 

「すごい魔力なの…!!尻尾がいかがわしいオモチャみたいに震えてるの!!」

 

「その比喩はいらんだろ」

 

「確かにこれなら、ドラゴンを一掃できるかも…」

 

マーチ達の言う通り、桁外れの魔力を扉から感じる。今まで魔導士達からコツコツと魔力を集めてきた甲斐があったということか。

 

ウェンディが安心した表情で声をかけてきた。

 

「これで未来が救われるんですよね」

 

「そうだと…良いけど」

 

油断はできないが、これでなんとかなると考えても良いのだろうか。

 

胸騒ぎが止まないアミクはルーシィの表情が浮かない事に気付く。

もしかしたら彼女もアミクと同じ不安を抱えているのかもしれない。

 

「未来から来たルーシィさんも、浮かばれますね…」

 

そう言ってウェンディは涙ぐんだ。

 

結局未来ローグが危惧していたことは起こらなかった。ルーシィは扉を閉める気配もなく、こうして扉が開き切ろうとしている。

未来ルーシィが死ぬ必要など、なかったのだ。

 

「う…」

 

また涙が出そうになった。

全部終わったら後でたっぷり泣こうと思ってたのに。

 

「…」

 

 

これで、良いのか?

 

 

 

本当に、これで未来が救われるのか?

 

 

 

 

心に不安がべっとりとしがみ付く。

 

 

このままだと取り返しのつかない事になるような予感が浮かんだ。

 

 

 

 

胸騒ぎは虚ろな瞳をしたルーシィを見た途端大きくなる。

 

 

なぜ、そんな目をしているの?

 

 

なぜ、正気を失ったような瞳で、扉に向かって一歩、また一歩と歩んでいるの?

 

 

「ルーシィ…?」

 

誰もが扉に注目する中、ルーシィはゆっくりと扉に近づいていた。

 

 

 

 

そして。

 

 

 

アミクは聞いてしまった。

 

 

「ダメ…」

 

 

掠れた声のルーシィの言葉を。

 

 

「扉を開けちゃ…ダメ」

 

 

心ここにあらずのような、誰かに、あるいは自分に聞かせるような言葉を。

 

 

「今すぐ…扉を閉めなきゃ…!!」

 

 

運命は変わらない、と世界が告げてるようだった。

 

あるいは世界が、そうある運命であるべきだ、と修正するような。

 

 

 

使命感のように言い放つルーシィを見つめながら、アミクはそんな思いを抱いていたのだった。

 

 

 

 

「『白影竜の絁』!」

 

未来ローグの力は圧倒的だった。

 

7年間の間にかなりの力をつけたのだろう。

 

ナツの『モード雷炎竜』を以てしても未来ローグには敵わなかった。

 

 

そして、ボロボロで立っていることもやっとなナツにトドメを刺そうと『白影竜』になった未来ローグが魔法を放とうとする。

 

ナツは未来ローグの居た未来でも既に死んでいる。だから、今此処で殺しても歴史に大して影響はない、と踏んで彼の命を奪おうした。

 

 

 

その直前。

 

 

「…!!」

 

 

一つの人影が突っ込んできてローグに鋭い蹴りを放った。

 

 

「なっ…!?」

 

未来ローグは慌てて腕で攻撃を防ぐ。だが、かなりの威力で未来ローグの体が後退した。

 

 

助けられたナツは呆然とその光景を見て、ゆっくりと床に倒れ込んだ。

 

 

「ちっ…お前は…」

 

未来ローグは自分の邪魔をした人物を睨む。

黒いコートを着てフードを深く被っており、その顔は窺えない。

 

 

「次から次へと…!!」

 

早くルーシィを殺さねばならないのに、邪魔をする者達ばかりが立ち塞がる。

 

 

忌々しげに歯を食いしばっていると…未来ローグは目の前の人物から覚えのある匂いが漂っている事に気付いた。

 

 

「…まさか…!!」

 

「…」

 

謎の人物は目を見開く未来ローグに手の平を向けて。

 

 

 

強大な衝撃波を放った。

 

 

 

床が抉れ、壁に罅が入り、煙がモクモクと立ちこめる。

その煙が晴れた時には、もう未来ローグの姿はなかった。

 

 

 

「…逃げられた」

 

 

謎の人物がボソリと呟く。土煙に紛れて影に潜って逃げられてしまった。

早く追いかけねば…いや、それよりも優先するべき事がある。

 

そして、身を翻してすぐにナツに駆け寄った。

 

「大丈夫…?今、治すよ…」

 

「くっ…お、お前は…!」

 

ナツが苦しそうに顔を歪めながらフードの人物を見上げた。

 

「なんで…お前が…!!」

 

その声と、匂い。ナツが間違うはずもなかった。この人物の正体は…。

 

気力で顔を上げていたナツだったが、そこで力尽きて床に伏せてしまった。

 

 

その時、彼女の後ろから声が掛かる。

 

「やっと追いついた…ってどうしたの!?」

 

「ナツ!?」

 

魔女の罪(クリムソルシエール)のウルティアとメルディだ。

 

彼女達は傷だらけのナツを見つけると彼に駆け寄った。

その多くの傷がどれくらい激しい戦闘だったのかを物語っているようで、メルディ達は息を飲む。

 

「…ちょっと、傷が深い。でも、すぐに治すから安心して…」

 

ナツに手を向けたフードの人物だったが…直後にナツに起こった異変に困惑した。

 

「影が…!」

 

ナツの身体の真下にあった影が、ナツを沈め始めたのだ。

影は徐々にナツを呑み込んでいく。

未来ローグが何かしたとしか思えない。

 

 

「ナツ…!しっかりして…!!」

 

 

フードの人物はナツの腕を掴んで沈ませまい、と引っ張った。

彼を失うわけにはいかない。

 

彼は希望なのだから。

 

 

そんな想いも虚しく、ぐったりしているナツは少しずつ影に呑み込まれていっていた。

 

 

 

 




出すかどうか迷いましたが、結局出すことにしました。

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