妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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腰が痛い…。


VS ローグ

一刻も早く扉を閉めなければならない。

 

ドラゴンは次から次へと出てくるのに、扉が閉まらずにアミク達は手をこまねいていた。

 

どんなに強くトリガーを引っ張ってもビクともしない。星霊魔導士の力を以てしても動かないとは。

 

 

「星霊魔導士の力が足りない…!」

 

アルカディオスがもどかしそうに言った。単なる力不足か。

 

しかし、それならますますどうしようにも…。

 

 

「私がいます!!」

 

そこに、凛とした小鳥のさえずりの様な声が響く。

 

 

声のした方を向くと、王国軍の軍服から大会の時に来ていた服に着替えているユキノとミラが駆け寄ってきているところだった。

 

 

「ゆきのんにミラさん!!」

 

「ゆ、ゆきのん…!?いえ、ルーシィ様、黄道十二門の鍵を出して下さい!私の鍵と合わせて、12の鍵で扉を封じます!!」

 

「星霊で!?」

 

確かに、黄道十二門の全ての鍵を使えば、エクリプスも閉まるかもしれない。やってみる価値はある!

否、むしろこれで閉まるという確信が、何故かアミクにはあった。

 

「ルーシィ様!」

 

「分かった!!」

 

ユキノとルーシィが宙に全ての鍵を放り投げた。

 

 

…こうして見るとルーシィの鍵の多さに驚きを感じてしまう。

普通、星霊魔導士って金の鍵を1個持っていても凄いものだったのでは?

 

 

 

放り投げられた12個の鍵が意志を持ったかのように集結した。

 

 

赤い月が輝く魔界の夜に、純然と黄金の輝きを放つ12の鍵。

 

 

その輝きの下で、ルーシィとユキノは互いの手を取り合った。

そして、祈るように膝を付き、目を閉じる。

 

2人の星霊魔導士の力を合わせる。

 

「黄道十二門の星霊達よ───」「悪しき者を封じる力を貸して!!」

 

絶望の扉を閉じる為に、星霊達に呼びかけた。

 

「開け───」「十二門の扉!」

 

ルーシィ達の祈りに応えるように、集結した鍵から大きな光が放たれた。そして、彼女達を包み込む。

 

「「『ゾディアック』!!」」

 

彼女達を囲むように降り立ったのは星霊達。12人全員、主人の願いを叶えにその姿を現した。

 

「凄い凄い!全員来ちゃった!」

 

アミクが興奮して目を輝かせた。

 

「お願い…!!」

 

ルーシィの声を聞き届けた星霊達は一勢に飛び立った。そして、扉に向かって突っ込んでいく。

 

彼らは左右に分かれて両開きになった扉に張り付いた。そのまま押しこんで閉じようとする星霊達。

徐々に扉は閉まっていく。星霊全員の力が合わさっているのだから扉も動いたのだろう。

 

 

「動いてる!これはいけるよ!!」

 

 

アミクが喜ぶが、事態はそう簡単にはいかない。

閉じていく扉を止めるように厳つい手が扉の縁を掴んだ。

 

ドラゴンが外に出ようとしているのだ。

 

 

「ま、まずい…!」

 

 

少しずつ閉まってはいるが、ドラゴンのパワーは圧倒的だ。あのままではドラゴンのパワーに押し切られてしまうかもしれない。

アミクは扉の前に立った。

 

「もう出てこないで!!」

 

「アミクさん!?」

 

アミクは大きく息を吸う。そして彼女は扉をこじ開けようとするドラゴンに向かってブレスを放った。

 

エクリプスの近くでは魔法は使えないはずだが、ルーシィ達が星霊を召喚しているのを見てもしかしたらと思ったのだ。

やっぱり、魔法が使える。

 

 

「グオオオオッ!!!」

 

ブレスはドラゴンの顔面に直撃した。

突然の衝撃に驚き、滅竜魔法を喰らって嫌がったドラゴンは力を緩めてしまう。

 

「いっけええええええ!!!」

 

アミクが叫ぶと、それに応えるように星霊達の扉を押す力が強まった。

 

ドラゴンが再度扉をこじ開けようとするが、勢いの付いた星霊達の力には敵わず、扉から漏れる光が段々と細くなっていく。

 

 

そして────

 

 

光が完全に消えた。扉が閉じられたのだ。

 

 

「閉じたぁ!!」

 

「やったのー!!」

 

アミク達も兵士達も諸手を上げて喜んだ。絶望を生みだしていた元凶を閉じれたのだ。これでもうドラゴンは出てこまい。

 

「喜ぶのはまだ早い!!何頭のドラゴンが出てきた!?」

 

アルカディオスの言葉に慌てて気を引き締める。そうだ。これで終わりではないのだ。

むしろこれからだとも言える。既に出てきてしまったドラゴン達をどうにかしなければ。

 

「8頭です!!」

 

1万に比べれば月とスッポンの差だが、1頭だけでも災害級なのだ。

8頭だろうと苦戦は強いられるだろう、とアルカディオスは歯噛みする。

 

 

 

そこに響く、1つの靴音。

 

 

「やってくれたなルーシィ、ユキノ」

 

 

「…!」

 

 

声のした方を振り向くと、未来のローグが酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「だが、8頭も居れば十分だ」

 

「ローグ…さま?」

 

ユキノが記憶と合致する顔の人物の名を呟く。

 

彼が此処に居ると言う事は。

 

 

「ナ、ナツは…!?ナツはどうしたの!?」

 

アミクが不安に襲われて聞いても、未来ローグは答えなかった。

 

「正直1万は制御しきれん」

 

「制御…?」

 

彼は何を言っているのだろう。それより、ナツは…?

 

「あの方は…私に未来を告げた…」

 

「奴が姫を騙した未来人!?」

 

E(エクリプス)・キャノンとかありもしない兵器をヒスイに伝えたのはやっぱり未来ローグだったか。

 

「やっぱり、これが目的だったんだね」

 

彼はドラゴンを現代に呼び寄せるつもりで、ヒスイ達を騙したのだ。でも、分からないのは『何のために?』だ。

 

「貴方…ドラゴンをどうするつもりなの?」

 

未来ローグはアミクの疑問を鼻で笑うと、空高く両腕を広げた。

 

「よく聞け愚民共」

 

世界に届くように、声を響かせる。

 

「今より人の時代は終わりを告げる」

 

空に飛び立っていたドラゴン達が、ローグの声に反応するように集まってきた。

 

「これより始まるのはドラゴンの時代」

 

ローグの頭上で集結するドラゴン達。彼らが未来ローグの言葉に同意するように翼を大きく広げて咆哮した。

 

威圧感を与えるそれは、我らの時代が来た、と大々的に宣言しているようでもあった。

 

「ローグ…一体何を…」

 

アミクは震える口をこじ開けてなんとか言葉を発する。8頭ものドラゴンが吠える光景は心を委縮させるには十分だった。

 

「手始めにこの街に居る魔導士共を、皆殺しにしてこい」

 

未来ローグが命令すると、ドラゴン達はまるでその命令に従うかのように散らばっていったのだ。

それを見てシャルルは目を見開いた。

 

「ドラゴンがアイツの言う事を聞いた!?」

 

「制御とか言ってたけど…まさか、なの!?」

 

マーチがハッとして言うと、未来ローグは誇るように告げた。

 

「フフフ…ドラゴンを支配する秘術…操竜魔法だ」

 

「操竜魔法…?」

 

竜を操る魔法、『操竜魔法』。

 

そんな魔法が存在するのか。

 

 

1頭のドラゴンがローグの傍に降りてくる。そのドラゴンが手の平を未来ローグに差し出すと彼はその上に乗った。そして、ドラゴンは未来ローグを乗せたまま空へと羽ばたいていってしまった。

 

普通、ドラゴンが出会ったばかりの人間にそんなことするなんて考えられない。その光景は未来ローグが魔法でドラゴンを操っていることの証明に他ならなかった。

 

 

しかし…結局未来ローグがここまでする理由がわからない。ドラゴンを呼びだして操って…それから?

 

 

「ローグの最終目的って何なの…?」

 

「こんな事に何のメリットが…」

 

仲間であったはずのユキノでさえ、未来ローグの考えが分からずに困惑していた。

 

「此処はお前に任せるぞ────ジルコニス」

 

「ジルコニス!?」

 

未来ローグが声を掛けた1頭のドラゴン。その呼ばれた名はつい最近聞いたものだった。

 

 

「ハーッハッハ!!…美味そうな人間共だ」

 

ヒスイの鱗を纏ったドラゴン。

 

以前、竜の墓場で幽霊として会った時と全く同じ姿のドラゴンが空からアミク達を見下ろしていた。

 

 

「そんな…」

 

まさか、生きている彼が400年前から来るとは思わなかった。何たる偶然。

 

 

「…!」

 

 

アミクはジルコニスから目を逸らし、向こうの空へ飛んでいくドラゴンを見上げた。正確にはそれに乗る未来ローグを。

 

あの男が。未来ルーシィだけでなくナツまで傷つけたのか。

ナツがやられたなんて思いたくない。でも、あの男がこの場に居ることがナツの身に何かがあったと語っているようなものだった。

 

彼を止めなくては。ナツの代わりに自分が…。

 

 

「…ごめん!皆、此処は任せたよ!私はローグを止めに行く!!」

 

「アミク!?」

 

「マーチ、お願い!!」

 

「…了解したの!!」

 

 

ジルコニスも他のドラゴン達も放っておけないが、未来ローグを野放しにしておくと何を仕出かすか分からない。

これ以上、彼の好きにはさせない。

 

マーチを呼び、自分を掴んで空に飛ばせた。目を見開くルーシィ達に「お願い!」と一言残して未来ローグを追いかけていく。

彼女達を残しておくのは不安だが、信じるしかない。

 

 

「ドラゴンと追いかけっこすることになるとは思わなかったの!」

 

「滅多にない経験だよ!後で自慢すれば?」

 

「それじゃ足りないの。歴史書にあーしの偉業を刻んでやるの!」

 

頼もしい相棒だ。

マーチが翼をさらに広げてスピードをあげた。その速さ、空気を切り裂く一閃の矢の如し。ぐんぐんドラゴンに追いついていく。

 

ドラゴンに近付くと優雅にドラゴンの上に立っている未来ローグの姿が見えた。

 

 

未来ルーシィの、仇。

 

 

「────ローグゥゥゥ!!!」

 

 

マーチの爆速で勢いを付けながら拳を振りかぶった。

 

 

「───む?」

 

 

アミクの叫び声が気付いたのか、未来ローグがこちらに視線を向ける。

 

 

そして、その澄ました顔に拳を叩き込む!!

 

「ぐおっ」と顔を歪める未来ローグ。モロに入ったのでダメージも生じたようだ。

 

 

「貴様…!!アミク・ミュージオン!!」

 

一旦飛んで距離を取ったアミクを忌々しげに睨む未来ローグ。

 

「ナツ・ドラグニルの次は貴様か。相変わらず目障りな奴らだ」

 

「ローグ…貴方が何を考えているか分からないけど、これ以上人を傷つかせるわけにはいかない!もう止めてよ!!」

 

アミクが訴えかけると、未来ローグは嘲笑するように言った。

 

「その正義を気取った言葉も懐かしいな」

 

懐かしい、と言いながらも彼の瞳に浮かんでいるのは懐かしさではなく、忌まわしいものを思い出すような感情だった。

 

「貴様の善人面を見ていると吐き気がする」

 

「…随分な物言いだね」

 

「まぁいい。貴様の方からわざわざ出向いてくれるとはな」

 

少し未来ローグの言い方に違和感を覚えて首を傾げた。まるでアミクを探していたかのような口ぶりだが…。

 

「ドラゴンに始末させようと思ったが、オレの手で直接処分した方が確実か」

 

「さっきから何言ってるの!?」

 

「オレが狙ってたのはルーシィだけではないという事だ」

 

マーチの疑問に未来ローグは皮肉げな笑みを浮かべた。

 

自分を狙っていた?まさか、自分も未来と関係していると言いたいのか?

 

「どういう事!?」

 

「お前が知る必要はない。貴様は此処で確実に仕留める!」

 

そう言うや否や未来ローグはドラゴンの上から器用にも影の剣を放ってきた。

 

「うわっ」

 

「なの!」

 

マーチが咄嗟に避けてくれたおかげで回避できたが、髪を掠めて空の向こうへと飛んでいく。

 

「マーチ!一旦あのドラゴンの上に降ろして!」

 

「相手の土俵で戦うつもりなの!?」

 

「空中だとドラゴンが動くせいで余計戦いづらい!あの上で戦った方が多分マシだよ!」

 

後、マーチも危険に晒されるかもしれないというのも理由の一つだ。未来ローグがドラゴンに指示してマーチを狙うかもしれないと危惧したのだ。

 

「…わかったの。気をつけてなの!」

 

「マーチはちょっと離れてて!」

 

「危なくなったら駆けつけるの!」

 

マーチがアミクを離し、アミクはドラゴンの上でに着地した。

 

「自ら死にに来たか」

 

「貴方を止めに来たんだよ!覚悟してよね!」

 

薄笑いを浮かべる未来ローグを睨んで、拳に音を纏わせた。

 

「『音竜の響拳』!!」

 

拳を伸ばしたアミクの一撃は未来ローグの影を纏った腕によって防がれた。

 

「『影竜の斬撃』」

 

今度は未来ローグが薙ぎ払うように影を振るってきた。上半身を逸らしてそれを回避する。

すぐに体勢を建て直してローグに両手を向けた。

 

「『音竜の交声曲(カンタータ)』!!」

 

強烈な衝撃波を未来ローグはまともに受けたように見えたが、彼は衝撃波の勢いを利用して後退し、ダメージを抑えた。

 

(やっぱり、現代のローグよりも強い!)

 

少し殴り合っただけで悟った。

 

未来のローグは今のローグとは遥かな実力差がある。

7年分の力の差が。

 

「はあああっ!!!」

 

アミクによる唐突なブレス攻撃。音の奔流が未来ローグを呑み込んだ。

 

しかし。

 

「7年前、オレはお前達に敗北した」

 

放出されるブレスの中から声がする。ブレスが収まると、無傷な未来ローグの両手に影が収束しているのが見えた。

 

「圧倒的なお前達の力の前に、全ての力を振り絞っても敵わずに倒れ伏すしかなかった。だが…」

 

ゴオッ!!と影が両手から解き放たれ、アミクを襲う。

 

「いやあっ」

 

吹き飛ばされながらも、なんとか受け身を取って着地。ドラゴンの上を滑る。

 

「この7年でオレはお前達を上回る力を身に付けた。誰にも追随を許さぬ程の力をな。操竜魔法もしかり」

 

「貴方は!その力で人を傷つけてる!」

 

「弱者は強者に淘汰される。世界の摂理だ」

 

そんな摂理、クソ喰らえだ。力があるからと何も慮らずに好き勝手にそれを振るって良いはずがない。

 

「オレの居た未来はそれが当然の世界になっている。弱い者は自分よりも圧倒的強者に恐怖し、怯え、隠れて生き延びる生活を送っている」

 

「…それは、貴方の嘘じゃなかったの?」

 

未来がドラゴンに支配されているという話。エクリプスを開かせるためのデタラメのはずでは。

 

「嘘ではないさ」

 

未来ローグが自嘲気味に軽く笑った直後。

足場にしていたドラゴンが急に傾いた。

 

「わ、わわっ!?」

 

体勢を保てずに滑り落ちてしまうアミク。そんな不安定な足場でも未来ローグはなぜかドラゴンに足を付けたまま直立不動で立っていた。靴に接着剤でも付けてんの?

 

「お、落ちる!!」

 

手も使って何とか留まろうとするが、滑り落ちる勢いは止められず、とうとう宙に投げ出されてしまった。

 

「きゃあああああ!!」

 

「アミクー!!」

 

 

だが、アミクの危機を察知したマーチが落下するアミクを掻っ攫う!

 

 

「ナ、ナイスキャッチです、マーチ先生!」

 

「出来の悪い生徒なの!…近くで張っといて良かったの」

 

マーチはアミクを引き上げると再度ドラゴンに引っ付いていく。

 

「…あのネコが鬱陶しいな。マザーグレア、あのネコ諸共撃ち落とせ」

 

未来ローグがマーチを視界に入れ、自分を載せているドラゴン───マザーグレアというらしい───に命令すると、マザーグレアがアミク達の方に方向転換して突撃してきた。

 

「なのー!?戦艦が突っ込んできたの―――!!」

 

マーチがびっくりしながら飛行速度を落とし、横に曲がる。ギリギリの所でドラゴンがアミク達の横を通り抜けて行った。背の高い建物がドラゴンの巨体に当たって崩壊する。

 

 

「…マーチ、大丈夫!?」

 

「あーしの見事なハンドリングで躱してやったの!」

 

 

やっぱりマーチが狙われてしまった。マーチは気丈にしているが、顔に流れている冷や汗を見逃さない。

 

「マーチ!もう一回下ろして!このままだと貴方も狙われちゃう!」

 

「でも、さっきみたいに落とされると思うの!」

 

「そこは何とかするから…って来た―――!!」

 

マザーグレアが鋭い爪を振るってきたのでマーチは急上昇して逃げた。

 

「早く!あの上に下ろして!」

 

「~!もう!無茶ばかりなの!」

 

マーチは仕方なさそうに言ってアミクを再びドラゴンの上に下ろした。

 

 

「お待たせ!」

 

待ってなどいないかもしれないが、そんな事を口にすると未来ローグは苦い顔になった。

 

「やはり、まだ立ち向かってくるか」

 

未来ローグは一旦アミクを振り落とした後、ゆっくり始末してやろうと考えていたのだが、彼女はネコに助けられながらも逃げるのではなく再び自分の前に立ちはだかる事を選択したらしい。

 

「逃げるわけにはいかないんだよ…『音竜弾』!!」

 

未来ローグに向かって音の弾を発射する。真っ直ぐに向かって行った音の弾だったが、未来ローグに当たる、と思った直後、未来ローグが影のように揺らめいて消えた。

 

「え!?」

 

「お前では今のオレには勝てない」

 

いつの間に後ろに居たのか、後ろから未来ローグの声が聴こえた。

 

「7年前に味わった敗北の記憶と共に借りを返してやろう」

 

背中で魔力が膨れるのを感じる。咄嗟に前転すると、アミクの頭上を影が迸った。

 

「くっ…~♪『防御力強(アンサンブ)────』」

 

今のままだと歯が立たなさそうなので、付与術(エンチャント)で強化しようとしたが。

アミクが魔法をかける前に未来ローグが一瞬で移動してきて影を纏った手を叩きつけてきた。

 

「隙だらけだぞ」

 

「がっ!!」

 

堪らずドラゴンの上に叩きつけられ、魔法が中断される。しかし、すぐに起き上がって距離を取った。

 

 

「どうした。その程度か」

 

 

余裕そうな笑みが腹が立つが、力の差は歴然。

 

強化しようにも、その前に攻撃を受けているのでは意味がない。それに例え、強化しても未来ローグに追いつけるかどうか…。

 

(全力でやるしかないか…)

 

決心した。アレなら使用するのに時間はかからないし、未来ローグを倒せるかもしれない。

 

アミクは意識を集中させると、自分の中の魔力に(スイッチを入れた)

 

 

途端、アミクの身体から風が吹き荒れる。魔力も膨れ上がった。

 

 

「────モード天音竜!!」

 

 

天と音の融合体。アミクの奥の手の1つだ。

 

 

「…大魔闘演武でジュラとの戦いで見せた力か」

 

 

様子の変わったアミクを前にしても、未来ローグの笑みは崩れなかった。

 

 

「それっ!」

 

アミクは瞬間的に移動すると、未来ローグの背後に立つ。そして、思いっきり拳を打ち上げた。

 

「うおっ」

 

背中から拳が入れ込み、宙に打ち上げられる未来ローグ。

 

「『天音竜の舞姫』!!」

 

打ち上げられて先にはアミクが先回りしていた。独楽のように大回転し、その勢いを付けて飛んできた未来ローグに蹴りを放つ。

 

 

ゴッ!!

 

 

蹴り飛ばされた未来ローグは下に居るドラゴンをも撃墜せんとするようなスピードで落下していった。

 

しかし、彼はドラゴンに直撃する寸前、体勢を立て直して足元から影を噴出。衝撃を和らげて着地した。

 

「流石の威力だ。あのジュラと渡り合っただけの事はある」

 

「『天音竜の────咆哮ォォ』!!!」

 

アミクはドラゴンごと未来ローグをやっつけるつもりで特大のブレスを放った。

 

風と音が舞いながら未来ローグ達に迫る。

 

 

 

「───それを使えるのがお前達だけだと思うなよ」

 

 

黒と白。

 

アミクに見えたのは対照的な二つの色だった。

 

その二つの色がアミクのブレスを切り裂いた。

 

 

「…はぇ?」

 

音と天のブレスが消滅した後、アミクが目にしたのは。

 

 

黒と白を纏い、右半身が黒くなっている未来ローグの姿。

 

 

黒は分かる。彼の影だろう。

 

 

じゃあ、白は?

 

 

 

「モード白影竜」

 

 

「白…影竜…!?」

 

 

まさか…彼も双属性の滅竜魔法を…!

 

未来ローグが宙に浮かぶアミクを見据えて、大きく息を吸い込んだ。魔力の昂ぶりを感じる。

 

そして。

 

「『白影竜の咆哮』!!」

 

影と白が混じった奔流が解き放たれた。それは真っ直ぐアミクの方に向かってくる。

 

(…まずい!!)

 

「ふあああああっ!!!」

 

アミクは慌てて相殺しようともう一回『天音竜の咆哮』を放つ。

 

だが、白影のブレスは天音のブレスと少しの間せめぎ合ったかと思うと、そのブレスに打ち勝って呑み込み、上空に居たアミクも呑み込んだ。

 

 

「うああああ―――――ッ!!!」

 

浄化されるような痛みと、侵食するような痛みが同時に来る。

このまま全てが白く染まりそうな、あるいは闇に塗りつぶされそうな感覚がする。

 

「なの!?アミク!!?」

 

マーチの焦る声が聴こえた。

 

「か、あっ…」

 

ようやく影と白のブレスが収まり、アミクが力なく地に堕ち始める。

 

「くっ…回収なの…!!」

 

マーチは急いでアミクをキャッチしよう猛スピードで飛んでくるが。

 

 

マザーグレアが「ガアアアッ!!!」と腕を振るってきたので止む無く逃げるしかなかった。

 

その間に、アミクはマザーグレアの上に落下し、鈍い音を立てた。

 

「ぐうぅっ!」

 

肩から激痛を感じる。硬いな、このドラゴン。

 

痛みに耐えながら顔を上げると、冷たい笑みを浮かべた未来ローグがこちらを見下ろしていた。未だ、右半分が黒い。彼の傷ついた右眼がやけに光を放っているように見えた。

 

「う…そ、その力は…?」

 

影とは違うもう一つの属性。アミクやナツもたまに使う、二属性の滅竜魔法。

 

未来ローグは酷薄な笑みを深めると、自分の力を誇るように言った。

 

「スティングを殺して奪った力だ!」

 

「え…?」

 

どこまでも邪悪に。

 

 

「そんな…嘘…!!」

 

スティングを…殺した?仲間であるスティングを?

 

『双竜』として長らくコンビをしてきた仲間を殺して自分の力にするなんて…そこまで堕ちてしまったのか。

 

 

「酷い…」

 

「ハッ、どの口が言っている」

 

未来ローグが嘲笑うように言った言葉が気になったが、無視して彼を睨んだ。

 

未来ルーシィを手にかけた時も、躊躇がなかった。ただ、自分の目的の為にルーシィを容赦なく殺そうとした。

 

「っ…あ、貴方は…命を奪う事を何とも思ってないの!?」

 

何が彼をここまで非情な男にしてしまったのだろう。

アミクは彼の事は良く知らない。ただ、寡黙で冷たい印象を受ける青年ではあった。大会で彼と戦った時も、「ガジルに拘るなぁ」くらいの認識だった。

 

だが、彼の相棒であるエクシード───フロッシュが慕っているのを見ると根は優しいのではないかとも感じていた。

少なくとも、命を軽く扱うような者ではないと思っていた。

 

「7年で…何があったの!?」

 

悲しかった。見知った人間が、こうも邪悪な存在になってしまったのが酷く悲しかった。

 

アミクの泣きそうな表情を見て、未来ローグは笑みを消す。そして、アミクに向ける視線が憎々しげなものになった。

 

「何があった、だと?」

 

ゾクリ、とした。何故かこれ以上話を聞くのが怖く感じた。なんだ、この不安感は。

 

唐突に未来ローグがアミクの頭を踏みつける。

 

「お前の善人面にも飽き飽きしていた所だ。いいだろう、教えてやる!お前の罪を!」

 

危険な光を宿した未来ローグの瞳がアミクを捉える。アミクはその瞳から目を離せなかった。

 

「最期に自分の罪を知って死ね!!」

 

 

 

「…はい、治療完了」

 

城内。なんとか意識を取り戻したナツはフードの女性の魔法で治療を施された。

 

「でも、まだ少し休んでいた方が良いと思う。酷い怪我だったし…」

 

「…ルーシィ、は…?」

 

ナツが掠れた声で聞いた。

 

「…それは…」

 

ウルティア達は向こうで横たわっている未来ルーシィに目を向けた。

 

肌の色は土気色。息もしていない。どこからどう見ても息絶えていた。

 

 

ナツはゆっくりと未来ルーシィの遺体に歩み寄り、ガクッと膝をつく。

 

「…クッソォ!!」

 

悔しそうに、悲しそうに。ナツは嘆いた。

 

彼女の死が悲しくて。未来ルーシィの仇もとれず、無様に敗北した自分が不甲斐なくて。

 

そんな彼の傍にフードの女性が近付いた。

 

「…ごめんね、間に合わなくて」

 

彼女も屈んで未来ルーシィの骸にそっと触れる。フードのせいで表情は見えにくいが、泣いているように感じた。

 

その様子を悲痛そうに見守っていたメルディ達。そこで、ウルティアがそっと口を開く。

 

「…さっきの奴は誰なの?」

 

「…きっと、ローグだよ。何でか闇堕ちしちゃってるけど」

 

フードの女性が答えた。ナツも付け加える。

 

「7年後から来たって言ってた」

 

「もう1人の未来人ってわけね…未来人が3人居たなんて…」

 

「目的は?」

 

「分からねえ」

 

何のために未来ルーシィは死んでしまったのか。ルーシィを殺さねばならない目的とはなんなのか。

謎のままだ。

 

 

「奴はルーシィを…」

 

震えるナツを慰めるように女性が優しく抱きしめる。

 

「相当強くなってるみたいだね、ローグは」

 

「でも、未来というなら弱点はある」

 

そう、彼がローグの未来の姿であるなら、最大で致命的な弱点があるのだ。

 

「この時代のローグを殺せば、未来のローグは存在しなくなる」

 

過去の人物が死ねば、その人物が未来で生きているという事象がなくなり、必然的に未来人も消える、というものだ。

 

「でもタイムパラドックスをつきつめていくと、未来のローグが存在している以上…過去においてローグは絶対殺せない…という説もある」

 

『時』についての議論は今でもはっきりとした確証が出てるわけでないため、ややこしいのだ。考え出すとキリがない。

 

「それは『時』が正常に流れてる場合よ。今は『時』が乱れてる。『未来ルーシィ』や時の乱れを知る私達は全て、正常を破る虚数となりえる」

 

「じゃあ」

 

「可能性は高いわ。現在のローグを殺せば、未来のローグは消滅する」

 

「…そのパラパラドッグとかめんどくさい事はどうでもいいよ」

 

フードの女性が話を進めるウルティア達に割り込んだ。

 

「ローグを殺す前提で話さないでよ。この時代のローグには何の罪もないんだから…」

 

「…っ」

 

酷く悲しげに言う彼女にウルティア達は罪悪感が湧いた。

 

「未来のローグは…きっと、どこかで道を踏み外しちゃったんだ。そうさせるだけの出来事が、彼に起こったんだろうね…」

 

そう言う彼女には何か心当たりがあるのか、遠い目をした。

 

「だからって命を無暗に奪うのは間違ってると思う。それは、私達にも言えた事」

 

女性はフードの中からウルティア達を真っ直ぐに見た。その澄んだ瞳に落ち着かなくなる2人。

 

「…貴方達には、間違った選択をしてほしくないの…」

 

その言葉には彼女の経験が乗っているような重みがあった。彼女の身にも何かあったのだろうか…。

 

「…お前…」

 

ナツがジッとフードの女性を見つめた。彼女はその視線から逃れるように顔を逸らす。

 

「そうね…約束するわ。現在のローグには手を出さない」

 

彼女の言葉に納得してくれたのか、ウルティアはそう言ってくれた。

 

「…うん。ナツ…」

 

女性は逸らしていた顔をナツに向けて、視線を合わせた。

 

「ローグは…ナツに任せるよ。貴方なら、未来を救えるって信じてるから…」

 

「…ああ!お前も治療してくれてありがとな!」

 

ナツはやっと笑みを浮かべてくれた。そして、決意するように勢いよく立ち上がり、駆け出して行く。

 

外へと向かったのだろう。未来ルーシィの想いも乗せたその足取りは淀みなかった。

 

 

「…信じてるよ…昔から、ずっと…」

 

 

その背中を見送っていた女性の声が、空気に溶けて消えた。

 

 




今年中に完結できると良いな…。

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