妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

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今日でこの小説が連載開始してから1周年です。これまで、この作品に付き合ってくれた読者様に多大な感謝を送りたいと思います。お気に入りしてくださった方々も誠にありがとうございました。
まだまだ未熟な部分も多いですが、これからもお読みしてくださると嬉しいです。

一年か…完結までどれくらいかかるかな?

皆さんも健康にはお気を付けて…。


命の時間

「なんだ!?」

 

未来ローグは突然感じた威圧感と気配に思わず振り向いた。エクリプスがある方向だ。

あそこに、何かが誕生した。

 

「これは…あの時のアクノロギアと似たものを感じる…」

 

どこか恐れるように未来ローグが言う。

 

しかし、ナツはそれを聞いていなかった。彼も何かを感じ取ったかのように未来ローグと同じ方向を見る。

そして、ぽつりと呟いた。

 

「…アミク?」

 

 

 

 

 

生前、ウルに「こいつには勝てない」と思わせた存在があった。

 

その名はデリオラ。グレイの故郷を滅ぼし、自分がこんな風になるきっかけを作った悪魔である。

自分も持てる力を持って応戦したが、倒すどころが、足を一本失うはめになってもロクなダメージを与えられなかった。

 

結局、弟子たちを救うために『絶対氷結(アイスドシェル)』を使って封印するしかできなかった。

そのデリオラも氷の中で生命力を奪われ続け、最終的には倒したが、個人的にはアレを勝利とは思えなかった。

 

 

そして、氷となりグレイの胸元でアミク達の冒険に同行するようになってからはそれ以上の絶望に出会った。

 

アクノロギア。生前の自分では逆立ちしようと敵わない、と直感した。

 

あれは人類では勝てる者はいないとまで思えるほどの力だった。あのどうしようもない状況を乗り越えられたのは本当に奇跡だ。

 

 

そして今。そのアクノロギアに近しい威圧を放つドラゴンがクロッカスの街を徘徊している。

アクノロギアと比べれば劣るものではあるが、しかし人類にとっては十分すぎる脅威。

 

巨大化したマカロフのパンチも物ともせず、グレイとジュビアの合体魔法(ユニゾンレイド)も通用しない。

ただ、ドラゴンが軽く振るっただけの攻撃に翻弄されるばかりだった。

 

そんな中、小型の竜も現れ、仲間とも散り散りになってしまう。

 

リオン達と合流しなんとか小型の竜達を殲滅していた。

 

 

悲劇はその最中に起こった。

 

 

『グレイッ!!!』

 

「いやあああああああああああああああああああ!!!」

 

 

グレイの脳天と体の至る箇所を貫く光線。悲鳴をあげるジュビア。シェリアを呼ぶリオン。涙を流すメルディ。

 

全ての時間がゆっくり流れているような気がしていた。

 

 

光線が胸を貫いた拍子にウルが宿っていた氷が張り付いているネックレスが千切れて落ちてしまった。グレイから流れ出す血溜まりにピシャリと音を立てて落下する。

ここからだと、倒れているグレイの端整な顔がよく見えた。

 

『…師匠より早く死ぬ弟子がいるか。起きなさい、グレイ』

 

ウルが呼びかけても、グレイは何も言わない。もう、誰の声も届かない。

 

その体はもう、動かない。

 

 

ウルは自嘲気味にため息を漏らす。

 

『…もう、私は死んでいるようなものか』

 

現実を認めたくないが故の言葉だったのか。それでも、ウルは言葉を紡いだ。

 

『こんな所で終わる男じゃないでしょ、アンタは』

 

グレイを責めるように言ってしまうが、本当の気持ちは違う。

師匠の癖に弟子が死ぬ所を見ている事しかできなかった自分が不甲斐なかった。『絶対氷結(アイスドシェル)』を放つ事さえできなかった。

 

情けない。

 

『弟子も守れずに何が師匠だ…!!』

 

この体では涙を流すこともできない。そのことが余計悲しくて、悔しかった。

自分がこんなになってまでグレイを見守ろうとしたのは彼の悲惨な死を見るためではなかったはずなのに。

 

『クソ…!!』

 

 

ウルは吐き出せない悲しみを自分にぶつけるように声を出した。もし、ここに手があればそれを地面に叩きつけていただろう。

もう、グレイは戻ってこない。死んだ者の命は戻ってこない。結局自分の存在を伝えることもなく、グレイの成長を見ることももう叶わないのだ…。

 

悲嘆に沈むジュビア達の中で、ウルはただそこに存在している事しかできなかった。

 

 

 

…悲しみに明け暮れるウルがある一つの気配に気付いたのは偶然だったのか、あるいは必然だったのか。

グレイ達のいる場所より遥か遠く、とある人物が居る気がしたのだ。

 

 

自分の大切な者が。

 

 

『────ウルティア?』

 

 

 

ウルティアは罪人だ。

 

 

人の心を操り、人生を狂わせた。

 

 

多くの罪なき人を死なせた。

 

 

自分のしてきたことが原因で大勢の人々が苦しんだ。

 

 

それを、今更否定するつもりはない。自分はまぎれもなく極悪人だ。

 

人の命を軽んじるような者が許されるはずがない。

 

 

しかし、そんな自分に人間として生きるチャンスを与えてくれた人物達がいた。

 

グレイともういないと思っていた母、ウルだった。

 

グレイは身を張って自分を止めてくれ、ウルは自分を愛していると言ってくれた。

 

彼らに救われたから、ウルティアは今までの罪を贖おうと魔女の罪(クリムソルシエール)で活動を始めた。

 

 

なのに、自分は何も変わっていなかった。人を殺すことを何とも思っていなかった。

未来のローグを消すために、現在のローグを殺そうと考えていたことが何よりの証拠だ。

 

(償いのハズが…私は変わってなかった…人を殺す事を何とも思わない魔女…私は…私には生きる資格がない…)

 

自分はこの世界で生きていくにはあまりにも罪深い存在だった。この世界には、相応しくない。

 

ウルティアの中に深い虚しさが広がる。救いようのない自分に吐き気がしそうだった。

 

そんな彼女の胸に浮かぶ想いと覚悟。

 

 

ならばせめて…こんな自分でも皆を救えることをしたい。

例え、今この命が尽きることになろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルティアには願いがあった。

 

 

「母親を恨む前の時間に戻りたい」

 

 

自分がずっと抱いていた願い。『時のアーク』という魔法も、その願いを叶えるためのものだった。

勝手な勘違いで恨みを抱いていた母への愛情を取り戻したかった。

 

 

だから、ゼレフを追う闇ギルド『悪魔の心臓(グリモアハート)』に所属して大魔法世界を実現させるために活動していた。

そんな中、ウルティアは自分の目的を叶えられそうな魔法を見つけた。

 

 

 

『ラストエイジス』

 

 

 

『時のアーク』の究極の形。世界の時を戻すことができると言われる魔法。

 

まさに、ウルティアが求めていたもの。

 

 

しかし、その魔法には大きな代償が伴うものだと言う。

 

 

術者の『時間』。つまり、命。

 

 

それが代償だった。

 

 

世界が巻き戻っても、自分が死んでしまえば意味がない。自分が求める世界はそこにはない、と判断したウルティアはその魔法を記憶に留めるだけにして封印していた。

 

 

 

 

今こそ、その魔法を使う時だ。世界の時を戻せば、この「現在」は未来の出来事となる。そうして未来を知った人々が対策してくれれば、このよう事態は防げるはず。

その代償に自分の「時間」は大幅に失われるだろうが…。こんなはした命、皆を助けるためならいくらでも捨ててやる。

 

ウルティアは決意と共に両手を地面に叩き付けた。不思議な色合いの光が地面から溢れる。尋常じゃない魔力を解放する。

 

 

「『時のアーク』────『ラストエイジス』!!」

 

 

ウルティアの生涯最後の大魔法が発動された。

 

 

その時の時刻は、夜1時30分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バカな子だよ、まったく』

 

発動した直後のウルティアの肩に触れる温かい感触。

 

ウルティアは一瞬硬直した。しかし、魔法を止めることはできない。しかし、涙が1人でに溢れてきた。

 

だって、その声と気配は忘れることできない人物のものだったから。

 

 

「ウル……お母さん…!」

 

『はい、アンタの母親よ。ウルティア』

 

自分の肩に触れているのは思念体となっているウルだった。

 

なぜここにいるのか。あの時消えたのではなかったのか。聞きたいことは色々ある。

でも、とにかく今は、こんな時なのに再び母に会えたことが嬉しかった。

 

同時に悲しさも湧いてくる。

 

「お母さん…ごめんなさい…。私、何も変われなかった」

 

ウル達が人生を改める機会を作ってくれたというのに、この為体。合わせる顔がなかった。

しかし、ウルの声は優しげだった。

 

『何言ってるのよ。貴方は十分変わっている』

 

まるで、ずっとウルティアを見てきたかのような言い方。でも、心に響く言葉だった。

 

『今まで多くの人を苦しませたというなら、これまでの貴方の行いで救われた人達もたくさんいるはず。それは覚えておいて』

 

ウルのその言葉が心に染みてきた。自分は生きていいのだ、と言われているような気がした。

だが…そう簡単に許されてもいいのか。まだ迷いがある。そもそも、自分が極悪人であることは変わらない。

 

『それに、変わるのって難しいのよ?焦らなくていいの。貴方を支えてくれる人達だってすぐ近くにいるでしょ?その人達といれば大丈夫』

 

なんでこんなにも自分が欲しかった言葉を言ってくれるのだろう。こんな、母親を恨んでいたような娘に。数多くの人の人生を弄んだ自分に。

…母親だからだろうか。母親とはこういうものなのだろうか。

 

『もう一つ。貴方がどんな存在だろうと…極悪人だろうと関係ない。私の大切な一人娘だ。それだけは変わらない』

 

母の言葉が自分の心を救っていく。荒んで絶望した心に光が灯っていく。

 

『誰が否定したって、私はウルティアが生きることを望むわ。だって母親だもの』

 

ウルティアは次々と流れる涙を止めることができなかった。こんな自分でも、ウル()は自分の生を願っている。親の愛情をたっぷりと注がれている。

それだけでウルティアは「生きていてよかった」と思うことができる。現金なものだ。

 

ぎゅっと体を抱きしめられた。

 

『貴方が今やろうとしているのは自分の命を削ること…自分なりにみんなを助けようとしているのね』

 

「…止めないで」

 

ウルティアは力強く言った。もう覚悟は決めたのだ。この魔法を使ってやり通すと決めたのだ。もう止まれない。

全てを見透かされそうな瞳が自分を映す。

 

『…貴方の覚悟は伝わった』

 

思念体なのに暖かく感じるウルの体。それだけで力をもらえる気がする。

そのウルの声が少し強くなった。

 

『子供を手伝うのは親の仕事…でも、子を守るのも親の務め』

 

「え…?」

 

『貴方は、私が守る』

 

ウルから感じる熱が、ウルティアを守るように包み込んでくる。

 

子を想う親の力が解放されようとしていた。

 




今回はちょっと短めです。今日中に投稿したかったので。

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