妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

174 / 202
1周年記念の話でも書こうかな…。




遡る時間と代償

自分を包み込んでくれる存在を感じながらもウルティアは必死に魔法の維持への集中は切らしていなかった。大量の脂汗を流しながら、背中のウルへと問いかける。

 

「何をする気…!?」

 

『なに、ちょっと手助けするだけよ』

 

魔力が溢れる中、思念体であるウルはしっかりとウルティアを抱きしめ、じっと集中する。何をしているのだろうか。

 

(…?痛みと疲れが…!?)

 

魔法を発動した時から感じていた激痛と疲労感が嘘のように引いたのだ。いや、相変わらず莫大な魔力を消耗する感覚は続いているが、死ぬほどの辛さは和らいだ。その代わり。

 

『ぐ、うううう……!!』

 

「お母さん!?」

 

ウルが苦しそうな声を上げる。それでウルティアは気付く。

 

「まさか、私の代わりに…!?」

 

どうやったのかはわからないが、ウルティアが受けるべきだった代償をウルが肩代わりしようとしている。

 

『し、思念体で痛みを感じるとはね…久しぶりの激痛だ…!!』

 

ウルティアの魔力に干渉し、その魔法による代償を術者から自分に移したのだ。魔力はウルティアとウルの分も消費し、代償を受けるのは自分だけ。

そのように操作した。

 

体が裂けそうな程の激痛がウルの体を苛んだ。ないはずの血管や細胞が破裂しそうだ。

 

「ダメよ!!その痛みは私が受けるべきもの!!早く私から離れて!!」

 

『馬鹿を言わないで…娘が苦しんでいる所を見ていられるわけがない!』

 

ウルティアの懇願を跳ねのけるウル。彼女はウルティアに対して抱えていた想いを吐露した。

 

『私は…今まで貴方を見つけられず、ずっと親らしい事をしてこなかった…貴方にずっと寂しい想いをさせてしまった。

 だからせめて…こんな時くらいウルティアが誇れる『母親』でいたい!!』

 

「え…」

 

魔力を放出するウルティアの目が見開かれる。

 

 

ウルの強い想いがウルティアの心を揺さぶる。

 

なぜ、そこまで自分を愛してくれるのだろう。やっぱり、何度愛を伝えられても疑問が湧いてしまう。たとえ娘だとしても、無償の愛を捧げられるものなのだろうか。

ウルにも酷い事をしたのに。

 

自分はかつて、氷であるウルを積極的に溶かそうとしていた。自分の母親であった事を知っていながら、躊躇もなくそれを成した。

…躊躇がなかったと言えば少し嘘になるかもしれない。しかし、恨みでそれを抑え「ザルディ」に変装し、リオン達の氷を溶かす計画に加担した。

母親を死なせたも同然の行為をしてしまったのだ。

 

氷が溶けきった瞬間は湧いてしまった悲しみを歓喜と憎しみで誤魔化した。自分の心をさえ騙し、ジェラールに報告する時も憎しみのままウルを貶した。

そんな自分が、母に愛される資格など…。

 

「私は…お母さんを…殺した」

 

『我が子が反省してるのなら、許してやるのも親でしょ!』

 

ウルティアの内に抱えているものも全て分かっているかのように。ウルは言葉を重ねる。

 

『大体、あんなの元から死んでいるようなものよ。そのことに関しては貴方は気に病むことないの…今の私はこの世で生きるチャンスを与えられたに過ぎない。こうして娘と話しているのも奇跡よ』

 

騙されて娘が死んだとばかり思っていたウル。幸せな家族として歩むはずだったのに悪意の因果が2人を引き離し、片方は弟子を守って氷と成り果て。

もう片方は罪人の道を歩んでしまった。

 

2人が家族として交わることなどもうない…はずだった。

 

それも何かの因果だったのか、親子は再会して想いを伝えあった。

 

ガルナ島で、氷が溶けて海の一部となるはずだったウルの微かな魂がアミクの手の平に氷として残った。

それからグレイにひっついて天狼島で娘と敵対した。その時が再会。

 

巡り回った運命。

 

アミクの手の平から始まった再会の道筋。

 

親子の触れ合いが叶った世界。

 

 

(私はこの世界に感謝している)

 

 

何かが違えば、自分がこうして娘を触れることなど叶わなかったはずなのだから。

 

 

『今私が、この世に存在しているのは!弟子も娘も守るため!!』

 

ウルティアの覚悟と決意を自分が引き継ぐ。

師匠でもあり、母でもあるウルは全てを守りたい、と願う。我が身を犠牲にしてでも、彼らを救いたい、と願う。

 

『ウルティア!!前を向きなさい!!過去に囚われないで!!』

 

ウルに奔る激痛が酷くなっていく。ウルティアの魔法が完成されようとしている。魔力がどんどん膨れ上がり、世界をも変え得る力となる。

 

『貴方には無数の未来がある!!貴方の『魔法』でその『未来』を掴み取れ!!』

 

「未来…」

 

ウルティアの目からは絶えず涙が流れ出てくる。

ウルの言葉からはウルティアに「生きてほしい」という強い意思が伝わってくるから。自分がどんな存在だろうと、本当に自分のことを愛してくれているんだと確信したから。

 

その想いに応えたい。

 

 

「でも…!!お母さんの時間が…命が…!!」

 

『馬鹿ね。私には命なんてないようなものよ』

 

絶対氷結(アイスドシェル)』は『月の雫(ムーンドリップ)』などでもない限り溶けずに永遠に対象を凍りつかせる魔法。

だから、時間を消費しても大丈夫…なはず。

 

確証はない。

 

────最悪自分は消えてもいい、とウルは思っている。グレイやウルティア達の為なら吝かではなかった。

 

彼らの幸せこそが、私の幸せだから────。

 

 

「うう…うう、あああああああああああ!!!」

 

ウルティアは叫んだ。

 

痛い。心が痛い。

 

こんなに思われているのに気付かなかった過去の自分に。

今も自分を守ろうとしてくれるウルに。

 

「ああああああああああああああああ!!!」

 

 

思えば、ウルの言う通り自分は1人ではなかった。

 

悪魔の心臓(グリモアハート)に居た時も、メルディが自分を慕ってくれた。

 

魔女の罪(クリムゾンシェール)でもメルディとジェラールが居てくれた。

 

そして心には自分を止めてくれたグレイと、自分を救ってくれたウルが存在していた。

 

(グレイ、ジェラール、メルディ…ウル)

 

自分はずっと、周りの人々に助けられて生きてきたのだ。自分にとっては過ぎた幸せだった…はずなのに。

 

「うああああああああああああああああああああ!!!」

 

母は幸せになれ、と言ってくれている。こんな罪まみれな自分にも未来があると伝えてくれている。肉体を失っても身を張って。

無事にいれる保証なんてないのに。

 

「あああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

止まれない。止まらない。自分は母の『時間』を代償に魔法を使ってしまう。もう、これしか方法がないから。

 

光の柱がウルティアとウルを中心にして立ち上った。空高く、天まで届くように。

溢れた光が拡散する。世界全てを包むように光の渦が広がる。

 

その光は運命を変えるもの。時を戻し、世界を改変させるもの。1人の命を掛けた人類救済の魔法。

 

(戻って!!世界を元に…せめて…(エクリプス)が開く前に…お母さんが授けてくれた『時間』…無駄にしない…!!)

 

今度こそ、ウルはいなくなってしまうかもしれない。それを考えると胸が張り裂けそうだ。やっと分かり合えたのにまた離れ離れになるなんて…。

そんなのは嫌だ。

 

 

 

でもだからこそ、ウルティアが止まるわけにはいかないのだ。母が愛した全てを救うためにも。

 

母の生きた世界を救うためにも。自分達が生きていくためにも。

 

 

 

 

光の奔流が夜空に舞う流星のように飛び交う。それは美しくも残酷に見えた。元々あったものが書き変わっていくような。

輝く光に飛びこんでいくような感覚。ウルもウルティアも悟る。これが時間を操るということ。

 

『────見つけて。貴方の、幸ある『未来』を。きっと近くにあるものだから…』

 

ウルティアは視界に広がる光の中で、そんな母の声を聞いた気がした。

 

「あああああああ!!!おか、あさん!!!」

 

 

 

 

────ゆっくりと時間の流れが変わっていくような感覚の中、ウルは最後の思考を残す。

 

 

──────あの子にちゃんと伝えておけばよかったかな。「弟子や娘と過ごせる機会を作ってくれてありがとう」って。

 

脳裏では緑色のツインテールが揺らめいていた。

 

 

 

止まる。

 

 

あれほど眩しかった光の奔流も止まる。

 

 

時間が止まったかのような静けさ。

 

 

 

 

ウルティアはパタリと両腕を下ろした。

 

 

汗だくで疲労困憊のその姿。だが、それ以外には目立った外傷はなかった。

 

 

(成功、したの…?)

 

 

思考が上手く働かず、呆けたままで座り込む。

 

 

 

カラン

 

 

 

「…!」

 

 

背後から音が聞こえた。

 

 

ウルティアは力なく振り返る。そこにある現実を目に入れることを恐れるように。

 

もう、あの暖かい感触はなくなっていた。自分を抱きしめてくれた存在がどうなっているか頭の奥で察していた。振り返らずとも、察しているつもりだった。

 

でも、確認せずにはいられない。

 

 

 

 

そこにあったのはネックレス。グレイがいつも身に付けているアクセサリーが十字型のもの。

 

そのアクセサリーが鈍く光を反射させているだけだった。

 

 

ウルの姿はどこにもない。

 

 

「…っ」

 

ウルティアはネックレスをそっと拾って胸に抱く。優しい温もりがまだ残っているような気がした。

今まで、ここに人が居たという証。ウルが確かに存在して自分を救ってくれたという証。

 

 

再び涙が溢れた。

 

 

「うわああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

慟哭しながらウルの言葉を噛み締める。

 

 

大切な人が伝えてくれた言葉。

 

 

『未来を掴み取れ』

 

 

失うはずだった未来を、母により与えられた。その未来を逃したくない。

泣くのは後だ。今は状況を確認せねば。

 

 

涙を拭いながら時計台を窺う。一体どれくらいの時が戻ったのか。

 

 

(時が…戻っ…)

 

 

時計の針の場所を確認し────愕然とした。

 

 

 

 

現在、午前1時28分。

 

 

魔法を発動したのが1時30分。

 

 

 

 

2分(・・)

 

 

 

 

 

たったの2分しか時は戻っていなかった。

 

 

 

(2分…!?私達の全魔力が…お母さんの犠牲の代価が…たったの…2分だけ)

 

 

世界は残酷だった。娘や弟子を思っていたウルの時間は、世界にとってたったの2分間の価値しかなかったらしい。

 

あんまりだった。

 

 

 

(そんな…お母さんは何のために…)

 

 

 

絶望と無力感が広がる。

 

 

 

クラッと視界が揺れた。

 

 

魔力を使い果たして激しく消耗したせいで体が限界を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

私は誰1人として救えなかった。

 

 

 

 

これではウルの犠牲を無駄にしただけだ。

 

 

 

ああ。

 

 

 

やっぱり、世界は自分を許してくれない…。

 

 

 

 

掴み取れる未来さえ、そこにはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

ウルティアの意識は深い絶望共に途切れた。

 

 

 

 

「私の、私のせいで私のせいでアミクさんがアミクさんが」

 

 

頭を抱えてブツブツと呟くウェンディ。その瞳は暗く虚ろ。視線はズタズタになったアミクの服だったものに向いていた。

 

 

無残に食い殺されしまったアミク。彼女の死は味方に大打撃を与えていた。

 

 

爆発しそうな感情を抑えているような表情でジルコニスを睨むラクサス。よく見ると、強く握りすぎて手から血が流れている。

涙を流すミラとユキノ。必死に血塗れのマーチに呼び掛けるエクシード達。絶望的な雰囲気の王国軍。

 

そして、高笑いするジルコニス。

 

「ハハハハ!!さーて、どいつから遊んでやろうか…」

 

もう、この絶望的な状況を打破できない。未来は潰えてしまったのだ…。

 

 

直後に、光が世界を照らした。

 

 

 

 

世界が変わる。

 

起こったはずの出来事がなかったことにされ、時が戻る。

 

悲劇は未来の出来事へと。

 

 

全ては巻き戻る。

 

 

 

 

 

ジルコニスは舌なめずりした直後、ウェンディに向かって突撃した。

唐突で素早い突進にウェンディは反応できない。ジルコニスの凶悪な牙がウェンディに小さな身体に襲いかかる────はずだった。

 

 

 

(う…!?)

 

 

咄嗟にウェンディを助けに行こうとしたアミク。

 

 

彼女は突然脳裏でとある光景(ヴィジョン)を見た。

 

 

「何…これ…!?」

 

ウェンディを庇った自分がジルコニスに腕や足を噛みちぎられ、最後には抵抗もできずに噛み締められて胃液へと落とされる場面。自分が死んでしまう光景。

やけに生々しく、本当に経験したかのようなリアルさを感じた。

 

思わずせり上がってきた吐き気を慌てて堪える。

 

何だこれは。幻覚か?この後起こる出来事を見せてくれているような…そう、まるで未来予知。

 

「考えるのは後だ!!アミク、テメェはこっち来んじゃねえぞ!!」

 

こちらに走ってくるラクサスの言葉にハッとなる。そうだ、考えている暇はなかった。

 

呆然としていたウェンディもラクサスの言葉に我に返ってジルコニスの突進を躱した。

 

アミクはラクサスに言われた通り、少し離れた場所で息を吸い込む。

 

「よく分からないけど…『音竜の咆哮』!!」

 

口からブレスを放ってジルコニスに攻撃。

 

「『天竜の咆哮』!!」

 

「『雷竜の咆哮』!!」

 

避けた直後のウェンディもラクサスもアミク同様にブレスを放出した。

 

同時に3つのブレスがジルコニスを襲う。

 

 

「ぐおおおおお、おおおおおお!!!?」

 

3つ分のブレスは強力だったようで、ジルコニスの巨体を吹っ飛ばす。声に苦悶の色も混ざっていることから小さくはないダメージを与えられたようだ。

 

それにしても、一体何が起こっているのか。アミクの身に起きた現象は自分だけではないようで、ラクサスやウェンディ達にも未来の光景のようなものが見えたようだった。

 

 

「未来の…イメージ…」

 

「アミクが死んであーしも死にかけてたの!!不吉なの!!」

 

「思い出したくない光景だわ…」

 

「シャルルの力だったりするの?」

 

マーチが聞くと、シャルルは「私じゃないわ」と否定した。そこにハッピーも便乗する。

 

「オイラでもないよ」

 

「そりゃそうなの」

 

 

とにかく、あの最悪の未来は回避された。反撃はここからだ。

 

 

 

 

 

そう。

 

 

ウルティアとウルの献身は無駄ではなかった。

 

この2分先の未来は魔導士達の命運を分けたのだ。

 

 

 

そのことにウルティアが気付くのはもう少し先。

 




実際ウルみたいなことできるかはわからないけど、まぁご都合主義ということで。

どう見てもアミクの死亡時は1分じゃ足りなさそうだったので1分追加。


あと、ウルティアの生存です。
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