王宮でのパーティも終わり、騒がしくて楽しい時間は過ぎた。
そろそろ、アミク達も帰らねばならない。
「はー!色々ありすぎて時間の感覚が鈍ってたけど、まだ2週間くらいしか経ってなかったんだね…2週間も、って言うべき?」
「ここ最近が濃密過ぎたの。大会だったり、ドラゴンだったり、パーティだったりなの」
「でも、何だか8ヶ月くらいはいた気がするよ…」
「何でそんな具体的で中途半端な数字なの?」
「さぁ…誰かさんの更新スピードが遅かったからじゃない?途中2か月くらいサボってたみたいだし」
「…あえて何の話かは聞かないの…」
オホン。
アミクとマーチは荷物を持って宿から引き払った。これからナツ達と合流する予定だ。
元々、Bチームとして参加していたアミクはナツ達とは別々の宿だったからだ。
「早速合流…する前に、ちょっと時間あるから最後にクロッカスを見納めしておこうかな」
そう提案すると、マーチは「いい考えなの」と同意してくれた。
●
朝ではあるが、意外と人を見かけた。さすが王都、いつでも人がいる。
この辺りは破壊の跡が少ないのもあるのだろう。
「せっかくだしお土産でも買っていこうか。何がいいかな」
「無難に王都名物のお菓子とか良いと思うの」
「お菓子ねー。食べ物だったらブロッコリーがいいんじゃないかな」
「それで喜ぶのはアミクくらいなの」
「ですよね」
軽口を叩き合いながらあちこち見回るアミク達。
「大家さんが喜んでくれるようなものならいいんだけど…服とか?」
「あのデカイサイズだと値段が張りそうなの…」
「うーん、お金ならあるけど…」
「おー!あれは王都でしか売ってないって言われてる高級パイナップル!今なら半額!?買ってやるの―――!!」
「おーいマーチぃ…行っちゃった」
タイムセール中のおばちゃんの如きテンションで店へと向かうマーチ。
追いかけようとしたアミクだが、目の前にいたローブを被った人物にぶつかりそうになって咄嗟に止まる。
「あっとすみません…って貴方は…」
慌てて謝ったが、その匂いには嗅ぎ覚えがある。顔を上げて確認すると、フードのせいで顔が分かりづらいが、思った通りだった。
「ウルティア…!?」
「アミク…」
声を潜めて名を呼ぶと、彼女────ウルティアも浮かない表情でアミクのことを認める。
「なんでこんな所にいるの!?見つかったらヤバイでしょ!」
周りに人がそう多くないとはいえ、もしウルティアを知っている者に見つかればタダでは済まないだろう。彼女も今や立派な指名手配犯なのだから。
「…とにかく、無事でよかったよ。ジェラールやメロディ(メルディ)のことは聞いてたけど、ウルティアの事はナツ以外見かけてないって言うからちょっと心配してたんだ」
周りを気にしながら言うと、ウルティアは少しだけ微笑んだ。
「…そう、心配してくれていたのね…」
「もちろん。私だけじゃなくてグレイや他の皆も心配してたよ」
「グレイも…」
ウルティアは言葉を区切ると、そっと顔を伏せた。
その様子にアミクは胸がざわつく感じがして思わず問う。
「どうかした…?」
「…ええ、ちょうどいいわね。貴方に預けたいものがあるの」
ウルティアは懐を探ると、あるものを取り出してアミクに手渡した。
「これは、グレイの…!?」
そう、グレイがいつも首から下げているアクセサリー。そして、ウルが宿っている氷が引っ付いているものでもあった。
「あの戦いの時、拾ったの。グレイに渡しておいてくれるかしら」
「ありがと!グレイにとっても大事なものだからよかった…」
しかし、アクセサリーを見て違和感。
そうだ。何も感じない。声も聞こえない。
ウルの声が気配がしない。
「嘘…」
アミクが貼り付けたはずの、ウルの魂が宿っている氷がなくなっていた。
「ね、ねえ!ここに付いていた氷…みたいなのはなかった!?」
「?…いいえ、何もなかったけど…」
顔を青ざめさせたアミクが詰め寄ると、ウルティアは困惑しながらも首を振った。
「それが、どうかしたの?」
「え…あ、いや…」
どう話すべきか。まさか、「それが貴方のお母さんです」なんて説明するわけにもいかないし…。
「大事なもの…なんだ」
貴方にとっても、グレイにとっても。
その言葉は心の中だけに留めた。
「そうなのね。もし見つけたら知らせるわ」
「うん…」
「…そのアクセサリー、何か秘密があったりするかしら?」
「!!」
唐突な言葉にアミクは固まった。
「…どういうこと?」
「あ、ごめんなさい。不思議な出来事があったものだから。
…大切な人が、私を助けてくれたの。その時その場に落ちてたから関係があるんじゃないかって」
────まさか…ウル?彼女がウルティアを助けた?
ウルがいないのも、そのことに関係しているのか?
「…うーん、少なくとも私は特別な何かがあるとは聞いたことないかな」
嘘。
そもそも自分は特別なアクセサリーにした張本人だ。
…咄嗟に嘘を付いてしまった。
「そう…とにかく、グレイ達にも私は無事だって伝えておいて」
ウルティアはアミクを疑わなかったのか、彼女を追求することはなかった。「じゃあ頼んだわよ」と背を向けて歩いていってしまう。
アミクは「あ…」と思わず手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
多分自分には言えることなど、ない。
「私はもう大丈夫。これからも
振り返ったウルティアの顔を見ると、そこには暗いものはなくなっており、代わりに以前よりも決意と覚悟、そして希望に富んだ表情があった。
…今回の事で、彼女もまた一つ強くなったと言う事だろう。
「…うん。がんばってね」
アミクにできることは送りだすことだけだった。
「お待たせなのー!きっちり買ってきたの!
ふふふ、小さい体で潜り込み、人型に変身してお会計に並んだのは我ながら英断だったと思うの…アミク?」
ちょうどホクホク顔のマーチが帰ってきて、様子のおかしいアミクに怪訝そうな表情になる。
アミクは彼女に向き直ってぎこちない笑みを浮かべたのだった。
「おかえり…ボーッとしてただけだよ」
●
「おーい、こっちこっち!」
「待ちくたびれたぞー!」
アミクとマーチが待ち合わせ場所に向かうと、既にナツ達が帰りの馬車と共に待っていた。
「ごめん!ちょっと探し物してて…」
アミクが謝罪と弁明をすると、「探し物?」とルーシィが首を傾げた。
「落し物したみたいなの。結局見つからなかったけど」
「見つからなかったんだ。その落し物って何?」
マーチが言うと、ハッピーが聞いてくる。
アミクは「大したものじゃないよ」と手を振った。
「アクセサリーなんだけど、そこまで大事なものじゃないから大丈夫…」
「ホントかよ」
ナツがアミクの暗い表情に目敏く気付いて疑うように言う。
「うん、どうせまた買えるし…」
嘘だ。本当はお金じゃ買えない大事な物なのに。
マーチが帰ってきた後、アミクはクロッカスのあちこちを探し回ってみた。もしかしたら、ウルがひょっこり落ちているかもしれない、と微かな希望を持って。
結果は散々だったが。大した説明もせずに探すのを手伝わせたマーチには悪いが、彼女の飛行能力も使って探してもらった。
だが、見つからなかった。何も感じられなかったのだ。
もしかしたら、もう…。
「ほら、もう行こう!私のせいで遅れちゃったし」
「そう急ぎでもないから大丈夫だ。探し物は本当にいいのか?」
エルザの確認に「大丈夫」と後ろ髪を引かれる思いで答える。
これ以上心配かけるわけにはいかない。
「ふーん、まぁいいや。アミク、酔い止め魔法掛けてくれよ」
ナツがアミクにそう頼むと、ウェンディがしょんぼりした。
「実は、私ここ数日の魔力の消耗が激しくて、今魔法が使えそうにないんです…」
「なるほど、だからウェンディに頼まなかったのね…ナツ、残念だけど」
アミクが冷や汗を流しながら目を逸らすと、ナツは「おいおい、嘘だろ」という表情で汗をダラダラ流し始めた。
「ウェンディと同じく、最近連続して魔力使いまくったせいで今すぐは無理かも…」
「なんでだよー!!?魔力が足りねえなら音食いまくればいいだろー!!?いつもみたいによ!!」
ナツが詰め寄ると、アミク「そう単純な話じゃなくて」と彼を押し退けた。
「MP回復してもクールタイムが終わらないと魔法が使えない、みたいな状態だから…」
「全然分かんねえ!なんでこんな時ばっかり都合よく使えなくなるんだお前わー!!」
「都合よく、というか、都合が悪いの」
駄々をこねるナツにアミクは優しく声を掛けた。
「大丈夫。私たち、一蓮托生でしょ?一緒に酔えば怖くない!」
「お、おお、そうか…そうだな…」
「それで納得するのね」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない、みたいな理論なの」
マーチがやれやれ、と言うように首を振った。
「まったく、いつまで経ってもアミクの酔い止めに頼ってばかりで情けないの。男なら気合いで乗り切る気持ちじゃなきゃダメなの」
「そんなエルフマンみたいなこと言って…」
煽るような口調のその言葉でナツに火が点いた。
「言われなくてもやってやらぁ―――!!」
「うぷ」
「はいフラグ回収乙うえええ」
見事、馬車の中では乗り物酔い中の2人が出来上がっていた。
「結局こうなんのか…ってか近付くな!」
グレイが嫌そうにアミク達から離れる。失礼ですね。
気分が悪いアミクの背中をウェンディが優しく撫でてくれる。やっぱ癒しやわ〜ウェンディ。
「でも、本当…色々あったね」
ルーシィが窓から離れていくクロッカスを見て、感慨深げに言った。
本当にねぇ…「色々」じゃ済まない濃密さだったよ。
「次来るときはまたリュウゼツランドに行きたいの」
「そうだね。バイバイクロッカス!」
様々な出会いがあり、大魔闘演武や未来を巡る戦いを経験したフィオーレ王国の王都、クロッカス。
一生忘れない思い出となって記憶に刻まれることだろう。
ルーシィ達は大きな寂しさを感じながらも帰還への道を進むのだった。
●
殺風景な岩道にて。
ウルティアが歩いているとジェラールとメルディ、そして評議員であるドランバルトの姿が見えてきた。
「ウル―――!!」
目敏くウルティアを発見したメルディが飛びかかって抱きつく。
「どこ行ってたの!?心配したんだから!」
「ごめんね、メルディ…ちょっと用事を済ませて来たの」
あの戦いが終わった後、何とかメルディ達と合流したウルティア。そのとき、憔悴しきったウルティアを見てメルディは特に心配していた。
それからというのも、彼女は少し心配性になってしまったようだ。目を離したら死んでしまうと過剰に不安になっているのだろうか…。
ドランバルトがウルティアを見て口の端を上げる。
「ちゃんと無事だったみたいだな」
「無事だって言っただろう」
「この目で確認できたほうが良いだろ…ったく、アンタらの心配をするようじゃヤキが回ったかな」
そう言い合うドランバルトとジェラールを見て、ウルティアもドランバルトに抱いていた警戒を解く。
代わりに疑問をぶつけた。
「何でここに評議員がいるのかしら?私達を捕まえに来たわけじゃなさそうだけど」
「なに、お前達に伝えることがあっただけだ」
「エクリプスの件、どうにかなりそうなんだ」
そうしてドランバルトとジェラールが簡単に説明してくれた。
曰く、ドランバルトは自分と一緒にいたラハールも含めて評議員の記憶を改ざんし、エクリプスのことを忘れさせたこと。
王室が『エクリプス』という黒魔術に関わっていたことを世間に知られては民の信用を失ってしまう。そして起きるのは王制崩壊。
それを防ぐためだ。
「ラハールの記憶も改ざんしたのね」
「あいつはエラくなる奴だ、汚ねえ事はさせたくねえ」
「仲間思いなこと」
ドランバルトにとってもラハールは大切な親友だということが分かる話だった。
「自分は手を汚してもいいってわけね」
「それがオレの役目だからな」
ドランバルトの目からは本気が伝わってきた。
その覚悟は、彼が根本的に持ち合わせているものなのだろう。
そして、ドランバルト王族やアルカディオス達に「絶対に他言しないように」と厳しく釘を刺したそうだ。
お偉いさん相手に大したものだ。
「お前みたいな奴が評議院にいたとはな」
「アンタらみてーな悪党も評議院にゃいたろーが」
「ふふ、そういえばここには元評議院が2人もいたわね」
随分昔の事のように感じる。あの時はジェラールもウルティアも悪だった時期なのでちょっと恥ずかしい。
「さて、とりあえずそういうことだ。じゃあな」
あっさりと背を向けて去ろうとするドランバルト。その背にジェラールが「待て」と制止を掛ける。
彼にはまだ聞きたいことがある。
ドランバルトは振り返らずに答えた。
「貸しにしとく。面倒は御免なんだ。オレたちは顔を合せなかった。いいな?」
「その件については感謝している」
「勘違いは困るな。今回だけだ」
本当に見逃してくれるのか。融通の効かないラハールと違って、変わった男だ。
「コブラは…あいつはどうなった?」
「あっさり戻って来たよ」
ジェラールは驚きで目を見張った。
コブラが自ら戻ってきた?逃げることもできただろうに。
「戦いが終わった後すぐにな。その時気になる事言ってたな…冥府の門が開くとか…」
「冥府の門!?」
「奴はそれ以上は何も言わなかった。何が起こるかは分からんが、警戒はしておく。今度こそじゃあな」
ドランバルトはそう言って
「冥府の門…
ウルティアはそっとその名を呟いた。
●
乗り物酔いが酷くて敵わん、ということで馬車から下りて休憩中のアミク達。
「やっぱり自然の空気と音って気持ちいい――――!!ビバナチュラル!!」
「また変なテンションになってるわね」
空に向かって雄叫びを上げるアミクを見て、シャルルがため息を吐いた。
「アミクさんもそろそろ酔い止め魔法が使えそうだって言ってますし、もう少し休んでいきましょう」
「そうね~馬車に乗ってるだけでも結構疲れたし」
「なの。馬車の中を吐瀉物まみれにせずに済むの」
「ナツー帰ったら何するー?」
「そうだなー?ま、おもしれぇ仕事ガンガンやりてぇなー」
思い思いに休んでいる中、アミクは遠くの方で1人ポツンと佇んでいるグレイに気付く。
…そうだ、今なら渡せるいいタイミングだ。
アミクはグレイに近付いた。彼はどこか物憂げな表情だ。
「グレイ、どうかしたの?」
「ん、お前か」
「なんか心有らずって感じだったけど。体調悪いの?」
グレイは「いや、そういうわけじゃねえんだけど」とアミクから視線を外して遠くを見る。
「ドラゴンどもと戦ってた時、おかしな感じなかったか?」
「あったあった。不思議だったよね」
未来予知っぽいものを見た、あの時の事を言ってるのだろう。
グレイは胸を抑える。
「オレさ、ここを撃たれたような…自分がいっぺん死んじまったような…変な感じがずっと消えねえんだ」
「グレイも?私も腕とか足とか食い千切られて、終いにはムシャムシャ貪られて食い殺された感じがするんだよね」
「オレより悲惨じゃねーか!!」
いっぺん死んだとかレベルじゃなかった。
「まぁ、私達はこうして生きてるんだし。あんな未来にならなくてよかったよ」
「そうだな…上手く言えねえけどこの感じ、前にもあってさ」
グレイは過去の情景を思い浮かべているようだ。アミクが頷いて続きを促すと、「お前も知ってるだろ」と話を再開する。
「昔…オレはウルに二度も助けられた。そして、無謀にもデリオラに挑んだオレをウルは命に代えて救ってくれたんだ」
アミクは黙ってグレイの話を聞いている。
「根拠があるわけじゃない。ただ…一緒だと思ったんだ」
グレイは感じたのだ。あの予知のようなものを感じた時の妙な感覚。
「暖かいって感じなんだ。懐かしいというか…既視感を覚えたんだよな」
「…その、ウルに助けられたように感じたって事?」
「そういうことだな」
…そういえば、ウルティアも大切な人に助けられたと言っていた。
まさか。
「ウルって言えば、ウルティアはどうしてんだろうな。ドラゴンが襲ってきた時、アイツもどこかでどこかで戦ってたかな」
「…そのウルティアに今朝会ったよ」
「は!?マジか!無事だったのか…よかった」
グレイは安堵の息を吐いた。彼も心配していたのだろう。
アミクはそんな彼に懐に忍ばせていた手を差し出した。
「はい、これ」
「ん…コイツはオレの!?」
アミクの手にあったのはグレイのアクセサリーだ。
「うん。ウルティアから預かったの。貴方に渡せって」
「落としたと思ってたんだが、アイツが拾ってくれたのか。サンキューな」
「お礼ならウルティアに言ってよ」
嬉しそうに首元にアクセサリーを掛けるグレイ。
しかし、すぐに難しい表情で唸る。
「なんか物足りねえな…」
妙な喪失感を感じているらしい。それに心当たりがある。
「多分、そこにあった氷が無くなっちゃったからだと思う…」
「あの戦いで落としちまったのか…」
グレイは目に見えて落ち込んだ。あの氷は言わばウルの名残────彼女の存在の証のようなもの。
あれがあるだけで、すぐ傍に彼女がいるように感じていたのだが…今ではその感覚はなくなっている。
グレイは大きな喪失感を感じたまま、何かに気付いたのかアミクに顔を向ける。
「もしかして、今朝はそれを探してたのか?」
「うん…結局見つからなかったけど…」
グレイは「そうか…」と俯いた。
急に心細くなった気がする。それまでにあの氷が心の支えとなっていたのだ。
アミクは手に汗を滲ませた。グレイとウルティアの言葉で嫌な推察に辿りついてしまったのだ。
あの不思議な現象にウルも関わっているのではないか。
つまりウルが、自分の身を犠牲にしてウルティアやグレイ────延いては自分たちを救ってくれたのではないか。
(そんな…)
ただの想像だと割り切ることができない。特に事情を知っているアミクは、その可能性がゼロではないことも分かっているのだ。
何より、アミク自身も「ウルが自分達を救ってくれた」と心のどこかで認めていたのだ。
アミクは痛む心を抑えてグレイに言葉を掛けた。
「…きっと、今回も貴方の師匠が守ってくれたんだ」
グレイは憂いの籠った瞳をこちらに向けた。
「ウルが…?」
「うん。どんな時だって、ウルは貴方の師匠だった。貴方は大事な弟子だった。今でもそれは変わらないよ」
だから────
「大事な人達が危険な目に遭っていたから…師匠としても貴方を救いに来てくれた…私はそう思うよ」
(きっと母親としても、ね)
何もできない氷の塊ではなかった。
弟子と娘。愛する人達を守るのが、彼女の役目であり、願いだったのだ。
アミクはそう思っている。
「…アイツ、またお節介かいて逝きやがったか」
グレイは寂しそうにアクセサリーに目を移した。
天狼島でも幽霊のように現れ、ウルティアとグレイを抱きしめてくれたウル。
彼女は今度も不甲斐ない自分達を救ってくれたのか…。
「…もう、いつまでも師匠に甘えてらんねえな」
グレイはギュッとアクセサリーを握りしめた。決意するかのように。
そして、反対にアミクは、握りしめていた手を緩めて悲しい瞳で空を見上げたのだった。
●
「
「今は
「全てが謎の不気味なギルド。動くのか」
道を歩む
メルディは険しい表情ながらもウルティアの隣をピッタリと歩いていたが、ウルティアを見上げて首を傾げる。
そして、少しためらうと口を開いた。
「…何か、あった?」
ずっと聞きたかったことなのだろう。戦いが終わってから、少しだけウルティアの様子が違っていたから。
「そうね…色々あったわ」
ウルティアは仄かに微笑んでメルディの頭を撫でた。
「でも、もう大丈夫」
それを聞いてやっとメルディは安心したのか笑みを浮かべてくれた。
ウルティアはそっと太陽の光が射す空を見上げる。
────私はいつも自分の人生を呪っていた。抑えきれない不安と怒り、そして憎悪。
だけど……立ち止まって空を見上げた時、私は自分の小ささを知った。そこに広がるのは無限の世界。
降り注ぐ彩光が、小さな私を照らす。まるで私の罪を浄化してくれるかのような、優しい時雨の光。
私は生まれてよかったと初めて思ったの。
私はきっと、幸せだった。
それを全て、グレイやメルディ達────そしてウルが気付かせてくれた。
母は罪深い私を愛で包み込んでくれた。どんな存在でも、私の娘だと言ってくれた。
ウルは、私にまた生きる希望を与えてくれたの。
今、私がこうして無事でいるのも彼女のお陰。
だから、もう迷わない。私はウルが救ってくれたこの命で、私の人生を歩む。ウルの分まで生きていく。
私は生きても良いって分かったから…。
罪を忘れない。
罪に押しつぶされない。
罪が許される日を信じる。
人を愛する事を止めない。
ありがとう…そしてこれからもよろしくね。
私の愛する人たち────。
「私達の旅が、皆を幸せにできるといいわね…」
ポツリと呟いたウルティアの言葉を、ジェラールが聞きとって微笑と共に答えた。
「きっとできるさ。」
ウルティアの視界に広がる世界はキラキラと光っている。その光はいつもよりも眩しく見えた。
●
「気持ち悪ぃ…アミクだけずりぃぞ…」
「ナツだってさっきまでウェンディの酔い止め独り占めしてたじゃん」
「それに酔い止めの魔法は何回も掛けてると効果も弱くなっちゃうんです…」
再び出発してアミク達。
何とか1人分だけ酔い止めする力は回復できたアミク。
しかし、ナツはウェンディから何回も『トロイア』掛けられたせいで効果が薄まっており、仕方なく…そう、仕方なくアミクのみが『
「そろそろあのボロ酒場が恋しくなってきたかも」
「あはは、あたしもー!あ、そう言えばジェラール達はどうなったの?」
「さぁな」
「きっと無事だよ」
「う、うぷ…」
「おわ、こっち来んな!!」
馬車の中でも騒がしい。
アミクはそっと馬車の窓から外の光景を見た。
長閑な風景が流れていく。
(…ウル)
アミクは深い思考に落ちた。
(貴方は体が朽ちても、最後まで自分の愛する人達を守ったんだね)
一度ならず、何度も身を張ってグレイ達を救ったウル。結果的にアミクも救われる形となった。
そんな彼女を尊敬するし、立派だと思う。
(でも、私は寂しいな)
もう、グレイの胸元からあの声が聞こえなくなる。日常に何気ないコメントをしていた彼女はもういないのかもしれない。
そう考えると、喪失感と悲しみが胸の中に広がっていく。
ヒヤッ
腕に冷気を感じる。ちょっと寒くなってきたか?
アミクは自分の腕を見下ろした。
そして一瞬思考を忘れる。
(え…?)
アミクの手の平にいつの間にか氷でできた一輪の薔薇が咲いていた。
明らかに人の手で…それも魔法で作られたもの。
ハッとグレイを見るも、彼は吐きそうになってるナツから離れようと必死になっている。
彼ではないのなら誰が…。
────今までありがとう。
聞こえた。
確かに、聞こえた。
ウルの声だ。
窓から身を乗り出し、外を覗いて辺りを見渡してみた。しかし誰もいない。
彼女の声はした。気配も感じられた。
この一輪の氷の薔薇が証拠だ。
「あ…」
サラサラ、と氷の薔薇が砕け散り、風に流されて消え去ってしまった。
それ別れを告げているようで。
「アミク?どうかしたの?」
「…ううん、何でも、ない」
アミクはルーシィの言葉に振り返らずに答えた。
涙が零れた顔を見られたくなかったから。
────私は忘れないよ。
ウルが私達を助けてくれたことも。
ずっと私達を見守ってくれていたことも。
たとえ、他の人達が知らなくても。私はずっと忘れない。
貴方が、弟子も娘も想っていた、偉大な偉大な師匠でもあって母でもあり…大切な仲間だと言う事を。
さて、一応まだ続きますよ。
次回でやっと全てが終わる、と言う感じですかね。