妖精の尻尾の音竜   作:ハーフィ

71 / 202
久しぶりの同日投稿です。



緋色の空

 

 

「…で、あれは誰なんだ?」

 

 

全員で無事を喜び合ったのも束の間、グレイがジェラールを見て質問した。

 

彼は直接ジェラールを見ていなかったため、ジェラールだとはわからないのだ。

 

 

「えっと…ジェラール、だよ」

 

アミクが答えるとルーシィたちが驚く。

 

「なにっ!?」

 

「あの人が!?」

 

ルーシィは特に怯えた様子を見せていた。

 

 

「でも、記憶を失ってるみたいでさ…」

 

「いや、そう言われてもよ…」

 

まあ、楽園の塔であれだけの事を仕出かしたのだ。当然、簡単には信じられないだろう。

 

「信じて。ジェラールは本当いい人なんだから。…まぁ、私よりもエルザやウェンディの方が分かってると思うけど」

 

アミクが言うと、エルザとウェンディが同意するように頷いた。

 

エルザがジェラールを見ても特に何も言わないのに疑問を持っていたのだが、すでに会っていたのだろう。初めて会うような反応ではない。

 

それどころか、エルザのジェラールに対する態度は親しげだ。アカネビーチで話したアミクの言葉もあって、すぐ、受け入れられたのかもしれない。

 

 

「とりあえず、力を貸してくれた事には感謝せねばな」

 

「エルザ…いや…感謝されるような事は何も…」

 

「これからどうするつもりだ?」

 

 

エルザの質問にジェラールは頭を振った。

 

 

「…わからない」

 

「そうだな…私とお前との答えも簡単には出そうにない」

 

ジェラールは自分の手の平を見た。

 

「怖いんだ…記憶が戻るのが…」

 

大罪を犯したという過去の自分。失くした記憶に、一体どれだけのおぞましい罪の記憶があるのか。知るのが怖い。

 

それどころか、また心を悪に染め上げてしまうかもしれない。

 

 

体を震わせるジェラールにエルザは優しく声を掛けた。

 

「私がついている」

 

「そうだね。一人で抱え込まなくていいよ」

 

アミクもエルザの後ろから控えめに告げた。なんか二人きりで話し始めたので空気を読んで黙っていたが、つい口が出てしまった。

 

ジェラールは驚いたような顔をした。

 

「ふふ、そうだ。たとえ憎しみ合う事になろうが…今のお前は放っておけない…私は…」

 

 

エルザが何か言いかけたその時。

 

ゴチーン!

 

「メェーン!」

 

「どうしたおっさん!?」

 

一夜の短い悲鳴が聞こえた。

 

 

「トイレの香り(パルファム)をと思ったら、何かにぶつかった~」

 

見ると一夜が見えない壁に顔を押しつけているところだった。

 

そこで、地面から文字が浮かび上がる。

 

「何か地面に文字が…」

 

見覚えがある。そうだこれは確か…。

 

「フリードの使う術式だよね?」

 

 

「いつの間に!?」

 

 

その文字が、アミクたちを囲むように浮かんでいた。

 

 

「閉じ込められたー!?」

 

「誰だコラァ!!」

 

 

すわ、新たな敵か、と身構えた。

 

「も、漏れる~!」

 

「我慢して!?」

 

今一番ピンチなのは一夜だ。そうしていると、木の陰から多くの人が現れた。なんか見覚えのある服装だ。

 

 

「手荒な事をするつもりはありません。しばらくの間、そこを動かないで頂きたいのです」

 

 

これまた、アミクにとって見覚えのある人物が前に立つ。眼鏡をかけ、長髪を束ねた男性。

 

アミクは彼を指差し、大声を上げた。

 

 

「ああ―――――!!!貴方この前会った…ラ…ラ…ラーメンさん!!」

 

『絶対にちがう!!?』

 

 

全員から総ツッコミを受けた。食べ物の名前だったような気がしたのだが…。

 

 

「おまえら知り合いなのか?」

 

「この前、評議員の仕事で会ったんだけど…」

 

 

「…お久しぶりですね、アミクさん。改めて、私は新生評議院第四強行検束部隊隊長、ラハールと申します」

 

「そうそうそう!!そんな名前だった!」

 

 

アミクが名前を思い出してすっきりしていると、グレイたちは別な所に目を付けたようだった。

 

 

「新生評議院!?」

 

「もう発足してたの!?」

 

確かに、新生(・・)と言っていたか。崩壊してから、そこまで時は経っていないはずだが、かなりの早さだ。

 

「我々は法と正義を守るために生まれ変わった。如何なる悪も決して許さない」

 

「相変わらず固そうな人…」

 

前に見たときと全然印象が変わっていない。

 

「おいらたち何も悪いことしてないよ!!」

 

 

「お、おう…」

 

 

「心当たりがありすぎるんだね、ナツ…」

 

 

過去に散々やらかしてきたからか、強く否定できないのだろう。

 

「存じております。我々の目的は六魔将軍(オラシオンセイス)の捕縛…そこにいるコードネーム、ホットアイをこちらに渡してください。」

 

「え!?そんな!?」

 

 

いや、確かに今は改心したと言っても六魔将軍(オラシオンセイス)の一員ではあるし、過去の罪は消えない。

 

 

「ま、待ってくれ!!」

 

「いいのデスネ、ジュラ」

 

 

「リチャード殿」

 

リチャードがジュラを制止した。

 

 

「善意に目覚めても、過去の悪行は消えませんデス。私は一からやり直したい」

 

 

ニルヴァーナの影響ではあるが、心を入れ替えたのはよかったと思う。これからは金に執着することを止め、愛を持って人生を歩んでいきたいと思ったのだ。

 

 

「ならばワシが代わりに弟を探そう」

 

「本当デスか!?」

 

「弟?」

 

アミクの疑問に答えるよう、リチャードは説明した。

 

 

「私が金に執着していたのは弟を探すためでもあったのデス」

 

そんな背景があったのか。そう言う事情をジュラにだけは話していたのだろう。

 

「それで、弟の名を教えてくれ」

 

ジュラが聞くと、リチャードが答えてくれた。

 

 

「名前はウォーリー。ウォーリー・ブキャナン」

 

「ウォーリー!!?」

 

アミクたちには聞き覚えのある名前。

 

なんかカクカクしてて「ダゼ」て言うのが口癖の…。

 

「あのカクカクカウボーイ!!?容姿が芸術めいたところまで兄弟だったんですね!!」

 

アミクは興奮して失礼なことを口走っていた。

 

「それはどういう…」

 

「その男なら知っている、という意味だ」

 

「何と!!?」

 

 

リチャードは驚愕した。

 

「私の友だ。今は元気に大陸中を旅している」

 

 

それを聞いてリチャードは安堵と嬉しさで涙をポロポロと流した。弟の無事を知って安心したのだろう。もう会うことも絶望的だと思っていただけに。

 

「グズ…ズズズ…これが光を信じる者にだけに与えられた奇跡というものデスか。ありがとう、ありがとう…ありがとう!!!」

 

リチャードは何度も感謝した。そんな彼にアミクは声を掛ける。

 

 

「早く釈放されて会いに行きなよ。きっと、ウォーリー…も会いたいはずだから」

 

「アイツ、今自信なくしたよな」

 

「どんだけ人の名前憶えられないんだ…」

 

 

久しぶりでちょっと忘れてただけだ。

 

 

「ありがとう…!本当にありがとう!!」

 

 

リチャードは何度も礼を言いながら、評議員に連行されていった。

 

「なんか可哀想だね」

 

「なの」

 

アミクもなんとかしてやりたかったが、さすがにどうしようもない。死刑や、無期懲役ではないだけマシだと思うしかなかった。

 

 

「…仕方ないよ…彼自身もそれを望んでるし…」

 

そうしていると。

 

 

「もう良いだろ!術式を解いてくれ!漏らすぞ!!」

 

 

「無理に我慢しなくていいですよ…いや、やっぱ我慢してください…」

 

アミクの音楽魔法で綺麗にすればいいや、と思ったが急激に抵抗感が出てきてやめた。

 

「いえ、私たちの本当の目的は六魔将軍(オラシオンセイス)如きではありません」

 

「え!?」

 

てか、如きって。倒すのにどんだけ苦労したと思ってるのか。

 

ラハールはゆっくりとジェラールを指差した。

 

「評議院への潜入…破壊、エーテリオンの投下。もっととんでもない大悪党がそこにいるでしょう」

 

そう、憎々しげにジェラールを睨みつけ、言い放った。

 

 

「貴様だジェラール!! 来い!!!抵抗する場合は抹殺の許可もおりている!!!」

 

大罪人ならジェラールも同じ。記憶をなくしても過去は消えず、たとえ洗脳されていたってやってきたことは変わらない。

 

 

当然、ジェラールも対象であることは頷ける話だった。

 

でも、ここにジェラールがいるという情報をどうやって…?

 

「そんな…!!」

 

ウェンディが青ざめて口を押えた。

 

 

「その男は危険だ。二度とこの世界に放ってはいけない、絶対に!!!」

 

悪を許さない。そう宣言したとおり、見逃すつもりは毛頭ないらしい。むしろ、先ほどのリチャードの時よりも厳しい口調で言う。

 

「ジェラール・フェルナンデス。連邦反逆罪で貴様を逮捕する」

 

ジェラールの手首に手錠がかけられてしまった。アミクは焦る。

 

(なんとか!なんとかしなきゃ!このまま連れていかれたらもう会えない気がする!)

 

アミクはなんとか言おうと口を開いた。

 

 

「あ、あの!ジェラール記憶喪失で何も覚えていないんですよ!そこを考慮してくれても…」

 

しかし、ラハールは頭を振った。

 

「刑法第13条により、それは認められません。もう術式を解いていいぞ」

 

(えっと、13条になんて書いてあったっけ…?)

 

そんなの憶えてられるか。いや、そんなことより…。

 

 

「で、でも!ジェラールは!!」

 

 

ウェンディは尚も言い募ろうとするが、ジェラールが首を振った。

 

「いいんだ…抵抗する気はない」

 

どこか寂しげな声。

 

「君のことは最後まで思い出せなかった。本当にすまない、ウェンディ」

 

「…ウェンディは昔、貴方に助けられたって…」

 

アミクが言うとジェラールは嬉しそうに笑った。

 

「そうか…俺は君たちにどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けたことがあったのは嬉しい事だ。…エルザ、色々ありがとう」

 

お礼を言われたエルザはギュッと拳を握る。目を伏せて何かに耐えるような仕草。

 

「他に言う事はないか?」

 

「ああ」

 

「死刑か無期懲役はほぼ確定だ。二度と誰かと会う事はできんぞ」

 

「ちょ、ちょっと…!!」

 

やっぱり、刑罰が重い。アミクは思わず声を上げた。

 

 

「そこは私の顔に免じて減刑とかできませんか…?」

 

「貴方にそんな顔があるとは思いませんが」

 

「うっ…」

 

融通が利かない。

 

とはいえ、アミクだって評議員に貢献しているからと言って権力があるわけではない。あくまで、アミクが使えるから少々目こぼししてもらっているだけであって…。

 

ジェラールの背がだんだん離れていく。

 

 

 

(行かせるものか!!!)

 

 

エルザがとうとう耐えきれなくなり、飛びだそうとした瞬間。

 

 

「行かせるかぁっ!!!」

 

 

ナツが評議員の一人に殴りかかってぶっとばした。そのままジェラールの方に向かおうとする。

 

「ナツ!?」

 

 

「相手は評議院よ!?」

 

 

そんな声にも構わずナツはジェラールに向かって突き進んでいく。

 

「はぁー、もうナツがやっちゃったからいいよね…?ごめんなさい!」

 

「ぐほおっ!!?」

 

暴力に訴えるのは最終手段だったが…仕方ない。

 

アミクは近くにいた評議員のほっぺたをビンタしてぶっとばした。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

バチーン、バチーン、バチーン

 

 

と、謝りながら評議員を打倒して行くアミク。

 

 

「ちょっと!アミクまで!!?」

 

 

「と、取り押さえなさい!!」

 

さすがに想定外だったのか、焦った口調でラハールが命令した。

 

「どけぇ!そいつは仲間だぁ!!連れて帰るんだァァァ!!」

 

ナツの叫びにアミクも続く。

 

「過去だけを見て判断するような人たちに従いたくありません!ごめんなさい!」

 

言いながらまた一人ぶっとばした。謝っている意味がない。

 

 

兵士たちがすぐにアミクたちを取り囲んだ。その内の一人をグレイがぶっ飛ばす。

 

 

 

「グレイ!!」

 

「こうなったらナツもアミクも止まらねぇからな!!気に入らねぇんだよ…!ニルヴァーナの破壊を手伝ったやつに、一言も労いの言葉もねぇのかよォ!!」

 

「それには一理ある…そのものを逮捕するのは不当だ!」

 

「悔しいけどその人がいなくなると、エルザさんが悲しむ!!」

 

みんな、評議員の判断には不満があったようで、ジュラや一夜も評議員相手に暴れ始めた。一夜、トイレはいいのか。

 

「もう、どうなっても知らないわよ!!」

 

「あいっ!」

 

「なの!あーしはアミクが信じたジェラールを信じる、の!」

 

ルーシィたちも非力ながら評議員に立ち向かっていった。

 

 

そんなアミクたちを見て勇気が出たのか、ウェンディが声を上げた。

 

「っ…!お願い、ジェラールを連れていかないで!!」

 

大好きだったお兄ちゃんを目の前で連れて行かれるなんて嫌だ。だから、ウェンディは必死に懇願した。

 

 

「ジェラール!!貴方はエルザと一緒にいなきゃダメ!!エルザもそれを望んでるし、なにより貴方自身も同じなはず!!」

 

アミクは評議員に抑えられながらも叫んだ。そこのお前、どこ触ってんだ。

 

「全員捕らえろォォォォ!!公務執行妨害及び逃亡幇助だ!!」

 

とにかく数が多い。あまりの人数にナツもアミクも呑み込まれそうになる。ナツは絶叫した。

 

 

「ジェラァァァァァル!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「もういい!!そこまでだ!!」

 

アミクたちを一喝した声。エルザのものだ。全員、動きを止めた。

 

 

「騒がして済まない、責任は全て私がとる…。ジェラールを、連れて、行け…!」

 

 

「エルザ…」

 

何でそんなことを…いや、理由は分かっている。このままではアミクたちは評議員にケンカを売ったことになってしまい罪人として捕まってしまう。

 

それを阻止するために、ジェラールを犠牲にする選択をしたのだろう。

 

 

本当は誰よりもジェラールを助けたいはずなのに。一番辛いのはエルザのはずなのに。

 

 

アミクたちを守るために。

 

 

(…救えなくて、ごめん…)

 

アミクは力を抜いた。これ以上エルザを悲しい顔にさせるわけにはいかない。

 

みんなも納得していなそうな表情ながらも、エルザの顔を見て渋々引き下がった。

 

 

ゆっくりとジェラールは連行するための乗り物に近付いて行く。そして、乗り込む直前。

 

 

「…そうだ、おまえ(・・・)の髪の色だった。さよなら、エルザ…」

 

何を思い出したのだろうか。懐かしむように微笑んだジェラールはそのまま乗り込んでいった。

 

 

「…あぁ」

 

対してエルザは短く返事しただけだった。

 

 

エルザにはあの言葉がどういう意味か分かっていた。奴隷時代、フルネームを教え合っていた時のことだ。

 

『エルザ、お前は?』

 

『私はエルザ、ただのエルザだよ』

 

『それは寂しいな』

 

そう言うと、幼いジェラールはエルザのさらっとした綺麗な緋色の髪を触ったのだ。気恥ずかしかったのを憶えている。

 

『ちょ…何よぉ』

 

『キレイな緋色…そうだ! エルザ・スカーレットって名前にしよう』

 

『エルザ…スカーレット…』

 

『お前の髪の色だ。これなら絶対に忘れない』

 

(思い出して…くれたのか…)

 

エルザは複雑な瞳でジェラールが去った方向を見ていた。

 

 

 

後で、一人泣いていたのは、アミクしか知らない。

 

 

 

「う…ぐす…」

 

「ウェンディ…」

 

アミクがウェンディの方を見ると、大粒の涙を流していたところだった。ずっと我慢していたのだろう。

 

 

「大、丈夫です…。エルザさんの方が辛いんです。だったら私は我慢しなきゃ…」

 

自分よりもエルザの方がジェラールとの付き合いが長い、と思ったからこその言葉だったのだろう。

 

でも、辛かったら泣いてもいいのに…。強くて、思いやりのある少女だ。

 

アミクは自分の目から流れ落ちる雫を拭った。そして、空を見上げる。

 

 

 

その時見た空の色はエルザの髪の色と同じ緋色だった。

 

 

でも、今の彼女の心情を表すかのようにどこかくすんで見えた…。

 

 

もうすぐ、緋色がなくなり、黒くなる。

 

アミクもの気持ちも黒く塗りつぶされていくようだった。

 

 

 

 




次回で終わりかな?ニルヴァーナ編は。

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