RE:ヒカルの碁 ~誰が為に碁を打つのか~   作:faker00

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第3話

 

 

 

 

 ──ヒカル

 

 ああ、私は消えたのだ。

 何もない虚無の中、藤原佐為は理解した。

 

 光も無い、音も無い、自らの身体も無いのだろう。ただ、自らの意識だけがその存在を主張する。

 揺れて、流れて、いつかは自我も消えて、私は完全なる無となるのだろうと。

 その後はどうなるのだろうか? 輪廻転生の輪とやらで、全く知らない他の誰かになるのか、それとももう次はないのか。

 

 ──全く、千年も永らえたと言うのに知らないことばかりですね。私は

 

 そう自嘲して、これが最期と今までを思い返す。

 この千年は、全て碁に費やした。神の一手を求め、どこまでも打ち続けた。

 その中での数多くの好敵手との出会いは、長く世に居座ったことでの幸運だったと胸を張って言えることだろう。

 

 生前の無念、遂には届かなかった神の一手に悔いが無いとは言わない。

 だがそれ以上に、囲碁から貰ったものは多く、計り知れなかった。

 

 ──それでも、一つだけ心残りがあるとしたら

 

 最期に自らと向き合っていた少年の顔を思い出すと、身体も無いのにどこかが締め付けられるような思いが佐為を包んだ。

 ヒカル、まだ彼は幼く、未熟で、それでいて何処までも輝かしい未来が待っていて。

 そんな未来に嫉妬してしまった自分が、最期にきちんと別れを告げてあげられなかったのはどうしようもない失策である。彼が私を探しても、もう私はどこにもいないと言うのに。

 

 ──けどヒカルならきっと大丈夫。ヒカルなら、私の行けなかった世界を見てくれる

 

 しかしながら、そのような安心感を得ていたのも確かである。この千年が、彼に繋ぐ為の永い、永いリレーであったのだということは、本当はとうに理解している。

 彼ならばきっと、極めてくれる筈だと。

 

 

 ──おや

 

 何も動きがないこの場所で、1つの流れを感じて佐為は不信感を覚えた。

 上手く言えないが、何かが起ころうとしている。

 

 誰かが私を読んでいる、誰かが私を引っ張っている。その流れに流されて、自らがまた形どられていく不思議な感覚。

 

 ──神よ……まだ私に役割があるというのか? ヒカルに全てを託した私に?

 

 あの時と同じだ。

 不意に全てを理解した。どうやら私には、藤原佐為としてやることがあるらしい。

 理屈はいらない。結論が分かればそれで良い。

 

 ──良いでしょう……貴方が何を望むのかは知りませんが、このまま消え行く身を何かの為に活かせるなら……!

 

 

 

 そうして、藤原佐為は再び現世へと舞い戻る。

 

 

 

 

 

────

 

 

「……ここは?」

 

 気が付けば、佐為は真っ暗な何処かにいた。しかし、これ迄とは明らかに違う。

 この場所を形取っている床も、柱も、屋根も、確かな形として見ることが出来る。

 そして、慣れ親しんでしまったこの感触。どうやらこの身は虎次郎、ヒカルの時と同じように幽体としてここにその根を下ろしたらしい。

 

「自分の体が見えるというの久しぶりですね。しかし──」

 

 この違和感はなんだろうか。佐為は首を傾げる。

 あまりにも昔のことで細かく思い出せないのだが、ここは初めて来た気がしないと。

 その違和感の正体を確かめるべく何度か辺りを見渡し、覚醒したばかりで寝起きのようにぽわぽわとする頭を無理矢理に動かし、辿り着いた1つの結論に言葉を失った。

 

 

「ここは……ヒカルのじいちゃんの蔵」

 

 有り得ない。その答えを否定するように何度も頭を振る。

 だが、一度辿り着いたことで堰を切ったように溢れでる記憶の断片が、その考えをさらに否定する。

 ここがどこであるか、推測はいつしか確信へと変わっていた。

 

 

「馬鹿な。神は私にまたここで一体何を為せと言うのだ?」

 

 

 それと同時に、ヒカルの前から消える直前、搭矢行洋との一戦から滑り落ち初め、いつしか0になっていた時の砂が充足し、また止まっていることを実感する。

 その事実が何を意味するのか、佐為には分からなかった。

 

 

「気になることばかりですが……この身は霊体、何をしようにも私を見える誰かを待たぬことには……」

 

 

 自分ではなにもできないのがこの身体の辛いところだと肩を落とす。

 読んで文字のごとく無力な存在が私であると。

 

 とにかく誰かが自分を見つけてくれないことには状況は現状から一歩たりとも進歩しない。

 問題はそれがいつになるのか、今日か、明日か、それとも虎次郎からヒカルへの時と同じく数百年か、それすら分からないのがもどかしい。

 

 そうして、開始早々に詰みに陥り数時間、突如として状況は進展する。

 

 

「誰か来た──」

 

 がしゃん、と錠が外れる音が佐為の集中力を呼び戻す。

 

 夕焼けに伸びる影が、ここを訪れた人間が一人だということを伝えている。

 自分が気付かれることはないと分かっていても、佐為は反射的に身構えた。

 

 

 ──誰だ? 未来のヒカルか? それとも……

 

 彼の家族か、それとも名も知らぬ誰かか。予想はするだけ無駄というものだろう。

 誰が来てもこれまでと同じように呼び掛け、応えるかどうかを試すだけである。

 

 そうして、どこか焦ったように飛び込み、何かを探す少年を視界に収め、佐為は絶句した。

 

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 

 何があっても動じないだろうという自信はとうに消え失せ、混乱が彼の頭を支配していく。

 何故だ。その思いが一気に膨れ上がり、一度見た筈の心理を否定する。

 有り得ない。その一言が全てを埋め尽くす。

 

 息を切らせて目の前に現れた少年は、この世に過去、現在、未来、全ての時間軸に存在しうる人間の中で、今この場に最もいるはずのない少年だったから。

 

 

「ヒカル──?」

 

 ガラクタを掻き分け佐為自身の機転となる碁盤に手を伸ばす少年の名前を、震える呟いた。

 

 間違いない。あの特徴的な風貌、雰囲気、何もかもが彼と合致する。

 何故だかは理解できないし、意図も分からないが、今置かれている状況だけは理解できた。

 

 あの日、ヒカルと初めて出会ったあの日。自分がいるのはその日であると。

 

 

「ヒカ──!」

 

 そう呼び掛け、その身体に触れようとして、伸ばした手をすんでのところで止める。

 まだ彼は碁盤に触れてはいない。あれに触れて、何かが繋がるまでは私の声は届かないからと。そしてもうひとつ、ある推測が佐為の中で動いていた。

 

 ──この時のヒカルはまだ私を知らない。この状況でヒカルを知っている態度を取れば

 

 あまりの恐怖に、彼は私を永遠に拒絶するに違いない。

 むしろそれが道理だと納得する。

 

 ならばどうする?

 そう佐為は自分に問いかけ、即座に結論を弾き出した。

 

 

「──っ!!」

 

 目の前でヒカルが碁盤に触れる。彼は今再び、いや、初めて私の悔し涙を見るのだと意識したその時、佐為に不思議な感覚が走る。

 

 

 繋がった。

 

 

 その感覚を覚えたのは自分だけではあるまい。

 ヒカルが自分を見つけたという確かな感触。その懐かしい感覚に、先程とは違う意味で震えた声で佐為は問いかける。

 

 ──聞こえますか?

 

 ヒカルが向き直る。なんと言えば良いのか分からない、様々な感情がない交ぜになったその表情の真意を図ることは難しいが、きっと好意的なものではないのだろう。

 そして、彼は確かにこちらを見据えて問いに応えた。

 

 

 

「ああ、聞こえるよ──お前は一体──」

 

 

「私の名前は藤原佐為、かつて平安の時代に置いて生を受けていた棋士です」

 

 こうして、藤原佐為と進藤ヒカル

 互いの意図が致命的に食い違う、奇妙な二周目が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

「……取り敢えず家族には変化無し、と。後は漫画で示された情報は漫画通り、それ以外は私の知っている通り。うん。これならどうにかなるかも」

 

 花のJK生活がまた遠のいた事を除けばね!

 

 なんて愚痴を溢しながらベットに転がり、今まで分かったことを書き連ねたノートを見て頭を整理する。

 幸いなことに、私の知っている町、家族はそのままだった。どちらかと言えば、葉瀬小学校を筆頭に、ヒカルの碁に関わりがあるものだけが私の世界に割り込んできたようなものである。

 

 その証拠に、結局先生の厄介になることなく自宅に戻ることが出来たし、家族とも普通に接し、自室で寛ぐことが出来ている。あれもこれもが十数年前の型式に戻っているので古いなと思うことこそあれど、まあ生活に際して大きな支障はない。

 最初は絶望したが、思ったよりも状況は悪くない。

 今の私にはそれで充分と言うものだ。

 

 

「あっちゃんがいないのは残念だけど──人間関係だけは完全にゼロからだなあ」

 

 唯一想定を下回ったのは、人間関係の部類だと溜め息をつく。

 小学校は勿論の事、昔の知り合いや近所内での付き合いも含めて、家族以外私が知っている人間は誰もいなかった。

 当然親友であるあっちゃんも例外ではない。元々人付き合い、交遊がそこまで広いわけではないが、流石に完全ボッチは辛すぎる。その点だけは懸念事項と認めざるを得ない。

 

 

「まああかりちゃんも凄く良い娘だし仲良くはなれそうだけど……てか何あの超絶美少女、あんな娘にアプローチされて何年も無反応ってヒカルの鈍感スキルやばすぎない?」

 

 全く知らない子供達──現状同い年なのだが──からの質問攻め、そんな辛すぎる状況を打破するべく、一方的な親近感から敢えてこちらから声をかけた少女の姿を思い出す。

 藤崎あかりという少女は漫画通りの天使だった。と言うよりもそれ以上。

 あれだけの女子に好かれていながら無反応なヒカルは某動画サイトのネタのごとく、ヤバい方面に進んでいっても不思議はないと本気で思ったほどだ。

 

 まあそれはさておき、まずは彼女と友達になりたい。これは囲碁関係を抜きにしてもだ。

 

 

「で、あかりちゃんと仲良くなれば自然とヒカルとも接点は増えるだろうし……その内搭矢君の碁会所にも行きたいなあ……」

 

 ただそれはもう少し後の方、少なくともヒカルと彼が接触してからの方が良いだろう。

ノートの一番最初に大きく書いた言葉を見直して落ち着き直す。

 

 "バタフライエフェクト"

 

 私はこの世界に置いて異物だ。その私が動くことによって原作に淀みが生じる可能性は充分ある。

 無論、多少はそれも想定のうちだ。実際問題それを無しにしようと思うと、今後私は碁を一切打てなくなる。そんなのは絶対に御免だ。

 だが、絶対に越えてはいけない一線が有ることも同時に理解している。

 それは──進藤ヒカルと搭矢アキラの出逢い、ライバル関係の始まりの邪魔をしてはいけない。と言うこと。

 

 この世界は全てここから動き出す。何があっても、そこに無駄な波紋を立ててはいけないのだ。

 本気の彼等二人と勝負をしたいと言うのなら。

 

 

「けどねー。分かってるけど打ちたいものは打ちたいのよー」

 

 ベットの上をゴロゴロと転がる。

 原作を歪めることなく刺激的な碁を求めるならどうしよう? 囲碁教室に行き、ちょっと囲碁が得意な少女として白川先生の目を引き、指導碁を打って貰う流れで本気を引き出すのはどうか?

 

 考えてから直ぐにその案を引っ込める。

 先生もそこまで大きくはないが、原作、そしてへの関わりはある。無駄なリスクは負いたくない。

 となるとやはり──

 

 

「佐為がヒカルに取り憑いて、囲碁大会のチラシを貰ってくるのを待つしかないかな」

 

 いつになるかは分からないが、それくらいは我慢しよう。

 

 そう結論を出すと、子供らしく9時を待たずして私には眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンスが巡ってきたのはそれから二週間後の事だった。

 

 困惑したように私に報告してくるあかりの話を聞きながら、彼女には申し訳ないが私の胸は高鳴っていた。

 

 一週間前にヒカルをデートに誘いに──彼女は頑なにその事実を認めはしなかったが──行ったところ、彼女と同じように困惑した彼の母親から囲碁教室に行っていると言う事実を聞かされた。

 そして、どうせ飽きるだろうとたかを括っていたところ、昨日はなんと囲碁大会のチラシを貰ってきたらしい。

 

 確定だ。ヒカルが救急車に運ばれるイベントがなかったのは気にかかるが、今そんなことはどうでも良い。佐為はヒカルに取り憑き、ヒカルは搭矢アキラに出会った。

 となればもう自重する必要もない。遂に、私も思う存分碁が打てるのだ……!

 

 

「──ちょっと──ねえ、風鈴ってば!」

 

「え、ああごめんあかり。ちゃんと聞いてるから大丈夫だよ?」

 

「──じゃあ今私が聞いたこと言ってみて?」

 

「……ごめんなさい。分からないです」

 

「もう! ケーキバイキングに行きたいって言ったのは風鈴の方でしょ! だからどこに行こうか案を出してたのに!」

 

「ご、ごめんってばー」

 

 時は放課後、机越しにぷくーっと頬を膨らませるあかりに両手を合わせる。

 怒る姿も含めて、今日もあかりの可愛さは絶好調だ。

 しかしながら、今の私にはそれ以上にやることがある……!

 

 

「ごめんあかり! ちょっと用があるからこの話はまた家帰ってから電話で良い?」

 

「え……まあ良いけど。ちゃんと電話してね!」

 

「分かった!」

 

 もう一度あかりに手を合わせてから立ち上がる。

 クラスの半分くらいは既に帰っているが、まだお目当ての相手のランドセルは机の横にかかっている。

 となると向かう先はトイレかどこかか……そう思い廊下へ出ると、ちょうど戻ってきたのだろう彼とばったり鉢合わせた。

 

 

「あ」

 

「あ、とはなんだよ。星木。なにか用か?」

 

「うん、ちょっとヒカルに用があってね……」

 

 緊張で鼓動が凄いことになっている。

 まるで一世一代の告白のように、その一言一言を噛み締めながら、私はヒカルに告げた。

 

「ヒカル、最近囲碁を始めたんでしょ? 私と一局打ってくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく実質的なプロローグが終わった……

それではまた!

感想とか頂けると凄く嬉しいですので是非是非( ノ;_ _)ノ

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