RE:ヒカルの碁 ~誰が為に碁を打つのか~   作:faker00

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第4話

 

 

 

「別に良いけど、お前そんなに打てるのか星木? 俺、多分強いぜ」

 

 ぶつくさ言いながらヒカルの横を歩く私は昨日に引き続きご機嫌が振り切れている。

 時折鼻歌やスキップが交じるのも致し方無いと言うものだ……ちょっとヒカルが苦笑い、いや、若干引いているような気がしないでもないが見なかったことにしよう。

 なにせヒカルの解答は私が求めていたものそのものだったのだから。

 

 

「大丈夫! お父さんといっつも打ってるから!」

 

 彼の顔前でグッと握り拳を作る。

 搭矢アキラと佐為の一局を見た今のヒカルは、少なくとも、囲碁がよく分からないが難しい、と言うところまでは理解している筈である。

 それでいて自分が強いと大言出来る理由はただ一つ。この一局を打つのがヒカルではなく、佐為だということに他ならない。

 

 ──いつかはヒカルとも打ちたいけど、今のヒカルじゃ相手にならないからね。

 

 今日は私が楽しむことに専念しよう。

 久しぶりに打てる全力の碁、それも本来なら長いトーナメントを勝ち抜いていかなければ対戦の叶わない圧倒的格上との一戦に、私の心は更に舞い上がっていったのだ。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。進藤君、おや、今日は藤崎さんとは違う女の子なんだね。全く……君も隅に置けないな」

 

「こんにちは。そんなんじゃないですよ。こいつ、碁を打てるって言うんで」

 

「こんにちは! 私、星木風鈴と言います!」

 

「こんにちは。僕はこの囲碁教室の講師をしている白川と言います。宜しくね、星木さん」

 

「は、はい──」

 

 

 ヒカルが碁盤を持たず、私もいきなり男の子を家に上げるのも不自然ということで、向かう先は一つだった。

 白川先生主催の囲碁教室、ここなら全ての問題は解決である。

 

 ──それにしても

 

 膝に手を当て、私と目線を合わせてにっこりと微笑む白川先生に思わず赤面する。あかりちゃん、ヒカルに続いて何なんだこの世界は、美男美女以外存在しないのか。

 元よりルックスに対して自信があるわけではないが、この世界では更にへし折られるというものだ。

 

 

「それじゃ先生、向こうの席借りていい?」

 

「ええ、子供達が碁を打つのは大歓迎です。好きなだけ使ってください」

 

 

 満員とまでは言わないまでも其れなりに人が集まり活気のある教室内、その角に位置するテーブルを使うよう促されそちらに向かい、ヒカルと対面する。

 いよいよだ。江戸時代に最強として名を馳せ、今もなお歴史に残る棋士として称賛される本因坊秀策、その秀策と遂に打てる……!

 

「あ──」

 

 緊張に震える身体、まるでヒカルと二度目の対面を果たした搭矢アキラと同じように碁石の蓋を落としてしまう。

 いけない。蓋を拾うために机の下に潜り込み、一瞬冷静になった頭、その瞬間私の頭に1つの都合の悪い予測が閃いた。

 

 ──あれ、けどこのままだと佐為は打ってくれても指導碁になるんじゃ

 

 今の私は中学1年生にしてプロ入りを果たし、そこから2年でタイトル奪取にこそ至らないものの、それに限りなく近付いた……自分で言うのも何だが、この世界で言うなら倉田さんのような立ち位置で注目されている棋士ではない。

 ただの小学生だ。そんな私に佐為が本気で打ってくれる訳がない。

 

 そんな当たり前の事に、今更気が付いて顔面から血の気が引く。

 どうする。指導碁では佐為の真価をこの目で見ることは敵わない。それでは意味がないのだ。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「うわっ!?──うん、大丈夫だから気にしないで」

 

 中々出てこない私を心配したのか、ヒカルも机の下に潜り込んでくる。

 それにビビって後頭部を机の裏にぶつけてしまったが……小学生に本気で心配をかけるわけにもいかない。

 年上の意地で涙をこらえた。

 

 

「あ、そうだヒカル」

 

「なんだよ?」

 

「せっかく打つのに何もなしじゃつまらないじゃん? 折角だから私と賭けをしようよ」

 

 

 それに、一つ良いことを思い付いた。満面の笑みを浮かべてヒカルに問う。

 

「賭け?」

 

「そう、私が勝ったらヒカルは何かあかりちゃんの言うことを一つ聞く、ヒカルが勝ったら……そうだね。一週間給食の好きなメニューをヒカルに上げるよ」

 

 我ながら素晴らしい作戦だと、自身の知略に感嘆した。

 ヒカルもそろそろ思春期入りかけの良いお年頃である。そんな中であかりの言うことを無条件に聞くというのは、そう思っているだろうと言う風に想定するのが不本意ではあるが、相当に恥ずかしい筈。

 これで乗ってこない訳がない。そして勝負の結果次第ではこの鈍感主人公と天使あかりの関係まで進展させることが出来る。

 

 ナイスだ私。ありあまる才能が恐ろしい。

 

 自画自賛を繰り返す間も、予想通り難しい顔で黙りこむヒカル、待つこと数秒。

 彼が出した答えは私が求めていたものだった。

 

 

「……いいぜ、後悔するなよ?」

 

「当然、ヒカルこそ後で待ったは無しだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチン、と綺麗な筋で黒の碁石が打ち込まれる。

 

 右上スミ、小目

 

 ヒカルが放ったその手に私は確信する。

 間違いない。佐為だと。

 

 目の前のヒカルは一人だ、だが私は彼の後ろにいるもう一人の姿を幻視する。

 

 ──凄いね……夢が一つ叶った。

 

 もしも佐為と打てたなら、今まで何百、何千と想像の中でシミュレーションを重ねてきた。

 私の逸る気持ちを表すかのように、ノータイムで白石を返す。

 その姿を見てヒカルが少し笑いながら返す。

 

「おいおい、そんな焦って大丈夫かよ?」

 

「当然、喋ってる暇があったら集中したら?」

 

 

 一度ふわりと浮かんで、静かに沈む。

 良い集中だ。碁盤がまるで等身大になり、その中の私がいるような感覚。この果てなき路を、その局面に置いての最善手を探して歩み続けるのだ。

 私はヒカルの、佐為の応手を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

────

 

「おいおい嘘だろ……」

 

 ──まさか、ヒカルと年を同じくするこの少女がこれ程までの実力とは……!

 

 佐為、お前打てよ。

 

 ヒカルと佐為はそれ以降言葉を交わしていない。

 だが盤面も進み終盤、そろそろヨセも近くなってきたタイミングで、彼等二人は全く同じ感想を抱いていた。

 それは驚愕だ。こんなことが有り得るのか?

 佐為の打ち込みにも動じずに対等に渡り合ってくる。布石をしかけようものなら、時折長考を交えながらその狙いを看破し、そこに生まれた隙を突いて反撃を仕掛けてくる。

 時折年齢相応の粗さが見えることもあるが、それにしたってほぼ無いに等しい。

 率直に言えば、搭矢アキラでも100回勝負して、一つの勝ち星を掴めるかどうか……

 衝撃的な才能に抱く感情は一つしかなかった。

 

 

 ──打ちてえ

 

 心のなかにふと沸いた感情を、ヒカルは直ぐに首を振って消した。

 自分はもう打たない。この一局も、これからも、全ては自分の後ろにいる佐為の為のものなのだから。

 

 ──まあそれはそれとして

 

 ヒカルの中で一つの疑問が沸いてくる。それは根本的なものだった。

 

 ──なんで元の世界で、こいつはプロになってないんだ?

 

 あまりにも不自然だ。現時点で元の世界での搭矢と同等、若しくはそれ以上。はっきり言って天才と認めざるを得ない。

 それだけの実力があるのに、星木風鈴と言う名前に聞き覚えすらないのはどうなんだと首を捻る。

 これだけ特徴的な名前、そしてこの容姿だ。話題にならないわけがない。

 それなのに──ヒカルは自らの問いに対する答えを持たなかった。

 

 ──お……!

 

 珍しい佐為の長考、それが終わって打ち込まれた一手にヒカルの思考は中断させられる。

 盤面は終わりに近付いてきた。いよいよここが勝負どころ。

 

 

 

 

─────

 

 

 ──なんだこの化け物は

 

 初めての相手に言う言葉でないと分かっているが、それ以外に言葉が見つからない。

 この時代に来て佐為はまだ2戦目の筈、こちらは改良の進んだ布石も織り交ぜながらの勝負。

 だと言うのに、相手は明らかに序盤緩めていた筈なのに、盤面は5目半のコミを含めてどうにか五分、更に主導権はずっと握られっぱなしときた。

 凄い、凄すぎる。これが神に選ばれし天才、藤原佐為。

 

 その一手一手の読みの深さに驚嘆する。

 こちらも何とか食い下がってはいるが、正直に言って偶然以上の力で勝てるイメージは"現状"沸かない。

 別にこの一番だけではない、棋士としての根本的な力の差を感じると共に、喜びすら沸き起こる。

 間違いない。この先私はもっと高く、もっと楽しい碁をこれから数えきれない程打てる……!

 

 

「え──」

 

 

 佐為の長考が終わる。

 そして放たれた一手に、今しがた感じていた喜びは吹き飛び、冷水を頭から浴びせられたような悪寒が走った。

 

 ──この手は……取れない。

 

 四方に広がる戦場、その全てがギリギリの危うい均衡を保っていたのだが、その中でも最も細かい勝負になり、逆に言えば私にとって勝ち目があった左下段に打ち込まれた一手に呼吸が止まる。

 

 こちらが攻める為に、勝利する為にこの一局の中で構築してきた布石がその効力を失い、逆に佐為には、私から見ても何本かの──彼にはもっと多くが見えているのかもしれない──選択肢が出来た。

 仮に凌ぎきったと仮定した所で待っているのは、不利な状況でのヨセ勝負。

 ヨセは閃きではない、上手さだ。その勝負に、よりによって千年碁を極めてきた佐為に勝てるか?

 

 答えはノーだ。考えるまでもない結末を導き出す。

 

 さあどうしようか。手堅く今の一手で生まれたリスクをとにかく消し続けて不利なヨセまで粘るか?

 それとも碁が崩れるリスクを冒してでも右上を攻めるか?

 

 結論を出すのにそう時間はかからなかった。

 碁笥に手を突っ込み白石を掴み、碁盤へと導く。私が選択したのは──右上

 こんな楽しい碁で挑戦しないで、一体いつ挑戦する?

 

 分が悪い賭けに身を投じる。さあ、ここからが大勝負だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ……ごめんねヒカル。最後は碁が壊れちゃった」

 

「そんなことないだろ。強かったぜ」

 

 分からないくせに適当言ってるな?

 そんな本音をグッと飲み込む。ここまで綺麗に上回られてしまったら拗ねたくもなる。

 投了を宣言した後、悔しさが押し寄せる。

 

 これ程までにやられたのはいつぶりだろうか。碁盤を眺めてみる。

 最後の賭けに私は敗れた。細かいヨセを待つまでもない中押し負け。しかしながら、その結果以上に濃い碁であったことは間違いない。

 悔しさの後にやってくる充足感。

 初めの一歩としては上々だろう──もちろんこの結果は悔しすぎるが。何せ完全に上をいかれたのだから。

 

 

「じゃあ折角だし検討を──」

 

「君達──この碁は一体」

 

 驚きに満ちた声が後ろから響く。

 しまった。あまりの楽しさに失念していた自分を恥じる。この場には一人プロがいて、私もその存在を良く理解していた。だと言うのに、小学生同士でこんな碁を打ってその異常性に気付かれないわけがないじゃないか──!!

 

 

「あの、これは──」

 

「棋譜並べです。先生この間言ってたじゃないですか。上手い人の碁を並べるのはそれだけでも勉強になるって」

 

「そうだっけ……? けどこの棋譜は面白いね。どちらも相当レベルが高い……黒が秀策流だけど、そこを昇華させたようなアレンジも入っていて、白もそこには至らないけど綺麗で尚且つ大胆な……プロの中でもレベルが高い人なんだろうけど」

 

 助け船を出したのは意外なことにヒカルだった。

 原作でもずば抜けていたクソガキっぷりを遺憾無く発揮し、流れるように納得の行く嘘をつく。

 しかしながらそれを咎めることはしない。今は間違いなく私が助けられているのだから。

 この流れに乗っかることにしよう。

 

 

「そうなんです! あ、もうこんな時間! 私もう帰らなきゃ! それじゃあヒカルもまたね!」

 

 我ながら酷い大根役者だが押し通すしかない。

 白川先生の制止を振り切り碁石を片付けると、そのまま公民館を出る。

 出てこないところを見るとヒカルは先生に捕まっているのかもしれないが──まあそれは仕方あるまい。

 

 ごめん、と一旦振り返り頭を下げ、私は家路を行く。

 

 今日は完敗だ。だと言うのに、私の心は晴れやかだった。

 これだけ楽しい碁をこれから何度でも打てると思うと楽しみで仕方ない。

 この後はまた時間を見つけて搭矢アキラの碁会所へ行って、その後時期を見計らって院生になろう。

 伊角さん、和谷、本田さんに同じ女流になる奈瀬さん、魅力的な人はまだまだいるのだから。

 

 

 

「ヒカルも綺麗な打ち方するから本当目の前に佐為がいるみたいだったなー……あれ──」

 

 何度目になるか分からない今日の振り返り、その中で一つのモヤモヤと言うか、違和感にたどり着き、夕陽を背中に受けながら足を止める。

 そうだ、あまりに綺麗な流れすぎて気に求めなかったけど……

 

 

「この頃のヒカルって、もっと初心者丸出しの打ち方してなかったっけ?」

 

 

 

 

 

 





星木ちゃん、違和感を覚える

それではまた!

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