疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第10話「疾風走破と黒のドレス その4」

◇◆◇

 

 戦いの場は屋敷の庭だ。

 

 空はすでに闇に染まっていたが、魔法の松明(たいまつ)が庭のあちこちに立てられ、まるで昼間のような明るさを見せている。

 懇親会の招待客はその殆どが庭に出ていて、松明に照らされ向かい合うゴ・ギンと人間の女を見つめていた。

 屋敷の外に姿を見せていないわずかな客もまた、バルコニーに出たり窓から顔をのぞかせたりして勝負の行く末を見守っている。

 そして最も明るい庭の中央に、漆黒の鎧に身を包んだ戦士モモンが立っていた。

 

「これより冒険者組合のクレマンティーヌ嬢と元武王ゴ・ギン殿の模擬戦を行ってもらう。勝敗はどちらかが敗北を認めるか、あるいは私が勝負があったと判断したときに決まるものとする。双方、異論はないかな?」

 

 ゴ・ギンはおもむろに頷いた。

 相対する人間の女――クレマンティーヌも小さく頷く。

 モモンはマントを大きく翻すと周囲の客に聞こえるよう大きな声で言った。

 

「彼らの凄まじい技はその強力さゆえに、ときに大きく逸れてしまう可能性がある。だが、それらは全てこのモモンが食い止め、決して怪我人や損害を出さないことをここに約束しよう。皆さんは安心してこの勝負の行方を最後まで見届けて欲しい」

 

 唸りのようなため息が周囲から聞こえてきた。

 大闘技場の歓声よりは小さなものだが、それでも客たちの期待と安堵の大きさはゴ・ギンにも伝わる。

 モモンの口振りに安心したのか、屋敷から出てくる客の姿も見えた。

 (モモン)の言葉は傲慢であり、ゴ・ギンの技を軽んじているようにも聞こえる。

 だが――、

 

(……今はこっちだ)

 

 ゴ・ギンは向かい合ったクレマンティーヌをその小さな瞳で見据えた。

 

 ここまで小さな人間と1対1(サシ)で戦った経験はない。

 背丈が一番近かったのは魔導王であるが、クレマンティーヌはその魔導王よりも更に一回り小さい。

 果たしてどのような戦い方をするのだろうか。

 

 ゴ・ギンは頭を巡らせ自分が戦う舞台を確認する。

 屋敷の庭は広大で、二人だけで戦うには広すぎるほどだ。

 土と砂がムラなく混ざった地面も滑らかで、戦いの邪魔になるような物は落ちていない。

 

(この広さを使う、のか?)

 

 小さな者が大きな者に挑むとき、その素早さを武器とすることは多い。

 広い範囲を有効に使って相手の一撃を身軽に(かわ)しつつ、百撃を与えて大きな者を打ち倒す。

 古今東西、全ての企てに通じる戦略であり、昔話や神話で語られる勝負事の大半はこの図式に当てはまる。

 そして、そんな相手の殆どをゴ・ギンは打ち破ってきた。

 

(あのときは、そんな素振りを見せなかったが……)

 

 実は懇親会の前にゴ・ギンはクレマンティーヌと顔を合わせていた。

 そのときの彼女は今日ほど攻撃的な態度ではなかった。

 交わした言葉は簡単な挨拶だけで、ただゴ・ギンをジロジロと見ていたことだけを覚えている。

 それが今日になって明らかに挑発するような態度をとってきた。

 周りの人間への誇示なのか、あるいは何か別の要因があるのだろうか。

 だが、ゴ・ギンにとって態度が変わった理由などどうでも良い。

 新たな勝負は歓迎すべきものだからだ。

 

 ゴ・ギンはもう一度クレマンティーヌを見る。

 その装備は戦闘のための物には見えない。

 身体を覆っている部分は、見物している多くの人間と同じかむしろ少ないくらいだ。

 頭や首どころか手足もほとんどむき出しで、胴体部分などは薄く外皮が透けて見える部分さえあった。

 無論、見た目の脆弱さがそのままの弱さではないことは十分に理解している。

 ゴ・ギンが装備している革鎧もまた、かつて身に付けていた全身鎧よりも軽装に見えるがその防御力は遥かに勝っていた。

 

 クレマンティーヌが小さく足踏みをする。

 素早く身構えるゴ・ギンに、クレマンティーヌは小さく首を傾げて口を開いた。

 

「さすがにこれじゃあ戦えないかなー」

 

 そう言うと履いていた踵の高い靴を脱いで素足になる。

 少なくとも靴はマジックアイテムではないようだ。

 獣の耳と尾はクレマンティーヌ自身の物ではないようだが、ただの飾りではないだろう。

 両脚に巻いている黒いベルトにも何か魔法の効果があるのかも知れない。

 そして、最も注意すべきは彼女が使うであろう細剣(レイピア)だ。

 それは魔法を帯びているのか炎のように揺らめきながら赤く輝いている。

 

(火の魔法か……)

 

 火は酸と並んでトロールの再生能力が利かない傷を生み出す属性だ。

 魔導王から貰った防具は酸や炎に対してある程度の耐性が付いている。

 それでも攻撃の全てを遮断できる訳ではなく、防御部分を抜かれたら剣傷は大きなものになるだろう。

 ゴ・ギンは緊張感で己の得物を握りしめた。

 この得物(メイス)もまた魔導王から貰ったものだ。

 かつて使っていた棍棒の半分の大きさもないが攻撃力はより高い。

 使い手の筋力を増大させる効果もある。

 

 クレマンティーヌは脱いだ靴を傍らの女――レイナース・ロックブルズに渡し、その場で二度三度と跳ねた。

 別段、不都合はないようでゴ・ギンは少し安心する。

 全力が出せない相手と戦えば、自分の強さを見誤ることになるからだ。

 ゴ・ギンはクレマンティーヌの所作に集中し、その瞬間を待った。

 

 そして、モモンがおもむろに手を上げる。

 

「それでは……始め!」

 

 漆黒のガントレットが振り下ろされ、周囲が静まり返った。

 ゴ・ギンとクレマンティーヌ、どちらにも動きはない。

 

 ゴ・ギンは全身に緊張感を(みなぎ)らせ魔法のメイスを正眼に構えたままだ。

 クレマンティーヌは細剣(レイピア)を肩に担ぐようにしてだらりと立っていた。

 

「あんれー? もしかしてー私にビビっちゃったりしたー?」

 

 先に攻撃を仕掛けてくると思っていたのだろう。

 動かないゴ・ギンに戸惑っているような言葉だ。

 ゴ・ギンは何も言わず、構えたメイス越しにクレマンティーヌを見据える。

 どんな小さな動きも見逃すつもりはなかった。

 

「……んー? なんか、ちょっと拍子抜けー」

 

 クレマンティーヌは肩口で細剣(レイピア)をぶらぶらさせながら挑発するが、ゴ・ギンは反応しない。

 相手が挑発に乗らないと悟ったのか、クレマンティーヌが細剣(レイピア)を眼前でくるりと回した。

 夕闇に真紅の輝きが円を描いた。

 

 ゴ・ギンの予想通り剣には炎の魔法が付与されているようだ。

 その一撃は致命的なダメージをもたらすだろう。

 クレマンティーヌに勝つためには、あの剣の攻撃を(かわ)し続ける必要がある。

 

「うんじゃま、いきますよーっと」

 

 クレマンティーヌは小さな身体を折り曲げると、正面のゴ・ギンから背中や尻が見えるほどの前傾姿勢になった。

 

 初めて目にするその異様な体勢にゴ・ギンは刮目(かつもく)する。

 細い身体に力が(みなぎ)り、それは相手を射抜くために引き絞られた弓のようだ。

 そして――、

 

 クレマンティーヌの初動を感知した瞬間、ゴ・ギンは武技を発動した。

 

 <疾風加速>

 

 移動系の基本武技を使うとゴ・ギンは相手から逃れるように動いた。

 拡張された意識がクレマンティーヌの動きを認識する。

 

 クレマンティーヌは移動系の武技を発動したようだ。

 読みが外れたのか大廻りになってはいたが、その武技はゴ・ギンのそれに勝る速度があった。

 クレマンティーヌの細剣(レイピア)が届くまではほんの()()である。

 だが、僅かな距離と武技とで生み出した貴重な一瞬だった。

 彼女の()()()()()()()()()に合わせ、ゴ・ギンは懸命に腕を伸ばしてメイスの位置を整える。

 

――ぱん――

 

 軽い破裂音と共にメイスから腕に衝撃が伝わった。

 薙ぎ払ったほどの感触ではなかったが、それでも十分な手応えをゴ・ギンは感じた。

 背後の招待客ぎりぎりの位置で立ち止まって視線を上げる。

 

 赤い輝きが糸のように流れた。

 

 魔法の灯りに照らされた黒く薄い服と白い身体、そして炎を(まと)った剣の煌めきが(ひるがえ)り、二度三度と地で跳ねる。

 

 ゴ・ギンは追い撃ちを考え、それを自制する。

 手応えはあったが、それが誘いである可能性もあるからだ。

 

 ゴ・ギンはメイスを正眼に構えた。

 対するクレマンティーヌは両の足で立っているものの、その装備は大きく破れ白い皮膚が露わになっている。

 敵を迎え撃つべく細剣(レイピア)を構えてはいるが、その剣先は細かく震えていた。

 それが欺瞞(ぎまん)ではなく真に傷を負った者の姿だとゴ・ギンは判断する。

 

 クレマンティーヌの用いた武技はゴ・ギンの<疾風加速>よりも遥かに速かった。

 かつてのゴ・ギンであれば、その場に立ち止まり迎撃しようと試みただろう。

 だが、先の魔導王との戦いでは同様の戦術に対応できず大きな傷を負った。

 突進してくる相手の二の手を読み取れなかったからだ。

 

 だからこそゴ・ギンは薙ぎ払うために待ち構えることを避けた。

 <疾風加速>で引いて僅かな時間を稼ぎ、突進してくるクレマンティーヌの道筋にメイスを置いた。

 ゴ・ギンのメイスは(あやま)たず女戦士の突進を弾き飛ばした。

 クレマンティーヌは己の武技で作り出した速度でメイスに殴られたも同じだった。

 

 ゴ・ギンとクレマンティーヌの位置は先ほどとは逆になっている。

 ウォートロールと女戦士、それぞれの状態を見た招待客たちが戦況を理解しどよめいた。

 女戦士――クレマンティーヌが口元を手で拭った。

 

「んー。ちょっと……予想外。聞いてた話と違うねー」

 

 クレマンティーヌ(この女)武王時代(かつて)のゴ・ギンの戦い方を知っていたようだ。

 知識が実戦で覆されることは珍しくない。

 だが――、

 

「……俺も学んだということだ」

 

 ゴ・ギンの呟きが聞こえたか、クレマンティーヌはその大きな目を見開いて、そして奇妙な形に顔を歪ませた。

 

「トロールが“学んだ”ねぇ。……脂っこいものを控えるようにでもなったかなー?」

 

 軽い口調で煽りながらクレマンティーヌは唾を吐く。

 そこに赤い物が混じっていることをゴ・ギンは見逃さなかった。

 傷が内臓に達していたら、それは致命的な結果をもたらす。

 ゴ・ギンはメイスを僅かに下げた。

 

「軽い怪我ではないようだが……ここまでにするか?」

 

 ここで死ぬのはクレマンティーヌにとっても本意ではない筈だ。

 魔導王が命じたであろう冒険者組合の仕事はこの後も続くと聞いている。

 

「ああン?」

 

 クレマンティーヌはゴ・ギンを睨みつけ、それから青白い顔を大きく歪ませた。

 

「アンタが降参するなら止めてやるよ?」

 

 女戦士の言葉にゴ・ギンは鼻白み、そして小さく笑う。

 バハルス帝国の大闘技場で降伏を促されながらも、死ぬまで魔導王に抗った自分を思い出したからだ。

 クレマンティーヌの強がりは、あのときの自分と同じ戦士としての矜持であろう。

 

「……無礼だったようだな。では続けよう」

 

 そう言ってゴ・ギンはメイスを構えなおした。

 女戦士は一瞬だけ緩んだ様子を見せ、すぐに顔を元のように()()()()

 

「ふん。面白(おんもしろ)いトロールだね、アンタは」

 

 クレマンティーヌがちらりと漆黒の鎧(モモン)を見る。

 モモンがその言葉通りに女戦士を救ってくれることを願っているのだろうか。

 しかしゴ・ギンに手加減の意思はなく、その攻撃を漆黒の戦士が止められるとは思っていない。

 

「そんじゃ……そろそろ片を付けるとしますかねー」

 

 クレマンティーヌが余裕の態度を見せていることは気になるが、敗北するまで死の間際のその瞬間まで、冷静だった戦士は多く知っている。

 そして、いずれもが優れた技を持つ戦士だったこともゴ・ギンは覚えている。

 

 クレマンティーヌは再び小さな身体を大きく曲げた。

 その細い身体にもう一度あの爆発的な瞬発力を溜めているのだろう。

 

(……速度を変えてくるか? それとも方向か?)

 

 優れた戦士は同じ手を繰り返すことはない。

 一度破られた技であればなおさらだ。

 ゴ・ギンには彼女が繰り出す()()()を想像し、その全てに対処する用意があった。

 

「ちゃっ!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に、クレマンティーヌの足元が破裂した。

 集中していたゴ・ギンの視界の中で女戦士の顔が大きく膨らんだ。

 ゴ・ギンは既に<疾風加速>を発動させ、細剣(レイピア)の接近をわずかでも遅らせようとする。

 

 クレマンティーヌの顔は右へと流れる。

 ゴ・ギンは自らの身体を左へと流す。

 ほんのわずかの失望がゴ・ギンの拡大した意識を掠めた。

 

(速さは同じ、方向も同じ……か)

 

 風景が静止した中でクレマンティーヌだけが飛ぶように近づいてくる。

 だが、それは先ほどと同じ、繰り返された動きだ。

 ゴ・ギンは腕を伸ばし、もう一度メイスを()()()として――、

 

(――!?)

 

 違和感を感じた。

 すぐに違和感の正体を理解する。

 数本の針が足に刺さっていた。

 

(落ちていた……いや、違う!)

 

 最初に庭を見回したとき、そんなものは落ちてなかった。

 では今、何故、針が落ちているのか。

 それも移動するゴ・ギンに刺さるような場所に。

 

 再生能力を持つトロールにとって致命的な傷ではない。

 だが、わずかな逡巡が命取りだった。

 

 クレマンティーヌが炎の線を引きながら迫ってきた。

 その小さな影はゴ・ギンに確実な死をもたらす。

 

 ゴ・ギンは()()()()死を覚悟し――、そして漆黒の風が吹いた。

 

「……!?」

 

 ゴ・ギンに二度目の死は訪れなかった。

 死を受け入れたトロールと死をもたらす細剣(レイピア)の間に、巨大なグレートソードが収まっている。

 クレマンティーヌの刺突はモモンによって、がっちりと食い止められていた。

 

「勝負あり、だ」

 

 漆黒の戦士の良く通る声が勝負の終了を宣言し、周囲の人間が大きな歓声を上げた。

 

 ゴ・ギンは敗れたのだ。

 

◇◆◇

 

 クレマンティーヌとゴ・ギンの戦いは、大部分の招待客には理解できなかったようだ。

 当たり前である。

 素人に理解できるような戦いをクレマンティーヌはしたつもりはない。

 

 招待客に囲まれたモモンがプルトン・アインザック組合長に促されるかたちで、戦いの()()()()を説明している。

 戦い方という商売道具をバラされることは業腹であるが、それがモモン(魔導王)である以上、クレマンティーヌが抗うことはできない。

 話を聞かされるのも不愉快なので目立たないよう注意をしながら場を離れる。

 屋敷の庭に撒いた長針を回収するという理由もあった。

 

 腿のベルトに仕込んでいた長針(これ)は、殺傷力には欠けるが足止めや牽制には役に立つ。

 ゴ・ギンがこちらの様子を窺っているようなので、時折、拾った針をひらひらと見せびらかしてやる。

 この程度の優越感は勝者として味わってもいいだろう。

 

 レイナース・ロックブルズに借りた黒のドレスは大きく破れ、黒い下着が露わになっている。

 下着はマジックアイテムであり、打撃への軽減効果を確認していたのでこれ幸いと使わせてもらった。

 それでもトロールの――こちらもまた何らかの魔法が付与されたであろう――メイスの威力を完全に封じることは出来ず、クレマンティーヌは口の中を切ってしまった。

 元武王の攻撃がその程度で済んだのは、彼女の用意周到さがあったからこそだ。

 

 一部の招待客がクレマンティーヌを遠巻きに見つめている。

 殆どが男であり、その視線はドレスの破れから露わになった手足や胸元に向いていた。

 

 別にクレマンティーヌとしては肌を晒すことに抵抗はないし、むしろ見せることで男たちが狼狽する様を楽しんだりもする。

 とはいえ冒険者組合の指導員という立場上、いつまでも場末の踊り子の真似をしていても仕方がない。

 何か羽織るものをレイナースに持ってきてもらうことにしよう。

 そう思って帝国女騎士を探そうと振り返ったクレマンティーヌの肩に、ふわりと真紅の布がかけられた。

 

「んんー? 気が利くね……ひっ!!」

 

 そこには漆黒の全身鎧が立っていた。

 

「モ、モ、モ、モ、モモ、モモンさ――ん!!!」

 

 モモンの肩を飾っていたマントがない。

 それが自分の肩にかけられているのだと理解するまで少し時間がかかった。

 

「あー、そのー、なんだ。若い女性がみだりに肌を晒すのは良くない……と思うぞ」

 

 周囲からどよめきが上がる中、クレマンティーヌの思考は千々乱れる。

 モモン(魔導王)の行動は理解不能だが、正しく行動しなければ肌だけでなく臓物を晒すことになる。

 

 こんなもの触りたくもないとマントを突き返す

  ↓

 モモン(魔導王)からの厚意を無下にした

  ↓

 反逆の意思あり

  ↓

 そういえば腕試ししたがっている配下がいた

  ↓

 建設中の新劇場のこけら落としでクレマンティーヌの首を落とす

  ↓

 処刑

 

 いつもより手順の少ない処刑への一本道が、クレマンティーヌの脳内に再現される。

 

「し、し、失礼しま、しました! も、モモンさ――ん……」

 

 反吐が出そうな不快感と恐怖に襲われながら、なんとか言葉をひねり出した。

 モモン(魔導王)はわずかにクレマンティーヌから顔を背けている。

 

「あー、いや……別に失礼をした訳ではないのだが。もしかして迷惑だったかな?」

「そ、そ、そんなことはありません! あ……あ、ありがとうございます」

 

 漆黒の鎧を見ないようクレマンティーヌは顔を伏せ、モモンもまた彼女を見ることなく組合長たちのいる方へと視線を流す。

 周囲が二人を静かに見守っている風なのが、クレマンティーヌにとっては腹が立つ。

 

「その、なんだ……。ドレスの損傷が酷いようだな。こちらで修理……直す手配をしよう」

「け、け、け、結構です。巻物(スクロール)ですぐに戻せます」

 

 クレマンティーヌは即座に固辞する。

 服の汚れを落とす生活魔法の巻物(スクロール)が、魔法の袋(インフィニティ・バッグ)の中に入っていたはずだ。

 そもそも自分が着た服を魔法詠唱者(マジック・キャスター)――それもアンデッドの――に渡したら、どんな呪いや魔法をかけられるか知ったものではない。

 

「そうか? 遠慮をする必要はないぞ。こちらの勝手な願いで戦ってもらった上での損害だからな。責任の多くは私にある」

「お、お、お気持ちだけで幸いです。組合との関係を誤解されたらま……へい……モモンさ――んにご迷惑がかかりますです、はい」

 

 心底残念そうに食い下がる――間違いなく演技であろう――をするモモン(魔導王)を、クレマンティーヌはなんとか押し留めた。

 気が付くとショールを手にしたレイナースが傍らに立っている。

 

(おせ)ーんだよ、このクソ騎士が! 私の首が落ちたらどーすんだ!!)

 

 クレマンティーヌはレイナースに恨みを込めた視線を向けた。

 白いドレス姿の女騎士は戸惑いの表情を浮かべながら、同僚と漆黒の戦士を見比べている。

 その表情に(いささ)か不穏なものを感じたクレマンティーヌだが、解決を優先すべき問題は別にあった。

 

「こ、このマントは……いつお返しすれば……?」

 

 これが高位階の魔法が付与されたマジックアイテムだということは判る。

 おそらくは桁外れの価値があるだろうが、正直いってクレマンティーヌとしては一瞬たりとも持っていたくない。

 そうかといって投げ捨てる訳にも売り飛ばす訳にもいかず、とにかく返却の手筈をはっきりさせて心の安寧を取り戻したかった。

 モモン(魔導王)はクレマンティーヌに(ヘルム)を向ける。

 

(……なに? 何か不味いことを言った……?)

 

 クレマンティーヌの脳内で後悔と走馬灯が、さながら回転系武技のように飛び回った。

 

「あー、うん、そうだな……。お互い忙しい身だからな……。後日、モモ……私の屋敷にでも持ってきてくれ。別に急ぐ必要はない。同じ……ような装備はいくつか持っているからな」

「は、はい! 早急にすみやかに洗ってお返しいたします!!」

 

 元秘密結社幹部の死刑執行が回避されたのだ。

 クレマンティーヌの声が少し裏返ってしまったのは仕方がないだろう。

 

「さすがはモモン殿。我が冒険者組合の指導員への心遣い、心より感謝します」

 

 大仰な身振りをしながら冒険者組合長アインザックがゴ・ギンを引き連れて近づいてきた。

 ぶん殴りたいほど鼻につくアインザックの言動だが、今のクレマンティーヌにとってはモモン(魔導王)から距離を取る良いきっかけになるのはありがたい。

 

「なるほど。モモン様は強さだけでなく女性の扱い方も心得ておりますのね」

 

 ちらちらとクレマンティーヌに視線を送りながら、レイナースもまた組合長に合わせるように漆黒の戦士を持ち上げる。

 何故だか帝国女騎士が何度もまばたきしてみせるのが妙に鬱陶しい。

 これについては別の場所、別の手段で追及しなければならないと、クレマンティーヌは心に刻んでおく。

 

 モモン(魔導王)のご機嫌取りを二人に任せて、クレマンティーヌはじりじりとモモンから離れることにした。

 それからアインザックの後ろで所在なさげな様子のゴ・ギンに近づく。

 どうしても確認しておかなければならないことがあるからだ。

 

 戦闘前の絡みで慎重になったのか、ゴ・ギンから何かを言う気配はなかった。

 モモン(魔導王)たちを見ながらクレマンティーヌが話しかける。

 

「ゴッちゃんってさー。私のことどっかで聞いた?」

 

 何かを考えたのかそれとも言葉を選んでいたのか、トロールの返答には少し間があった。

 

「……どうして、そう思った?」

「んー反応がねー。なんか、こっちのやり方を知ってるみたいだったからさ」

 

 クレマンティーヌの攻撃に対して、初見であの対応をしてくるなら、トロールへの認識が根本から改めなければならない。

 そうではなくゴ・ギンがどこかで“学んだ”のであれば、それは今後のためにも明らかにしておきたかった。

 

「魔導王陛下だ」

「……?」

 

 クレマンティーヌはその言葉をすぐに理解できなかった。 

 ゴ・ギンも足りないと思ったのだろう。

 すぐに言葉を付け加えた。

 

「……お前の、あの技は、帝国の闘技場で魔導王陛下が俺に見せた(もの)と同じだった」

 

 ウォートロールの言葉にクレマンティーヌは愕然とした。

 ほんのわずか眉根が寄る程度の表情変化に抑え、なんとか平静を装ってみせる。

 彼女の視線の先には魔導王(モモン)が居る。

 

 ゴ・ギンはクレマンティーヌを見つめ、それから顔を少し歪めた。

 

「それでも俺は勝てなかった。陛下の技を研ぎ澄ませた、お前――クレマンティーヌ殿の技に負けたのだ」

 

 モモン(魔導王)は組合長や女騎士と歓談しているが、時折こちらを窺っているようにも見える。

 クレマンティーヌは心に浮かぶどす黒い感情を表に出さないよう抑えつけた。

 

「クレマンティーヌ殿は優れた戦士であり、そして陛下の忠実な部下なのだな。あの技からは陛下への敬意と忠誠を感じた」

 

 負けた癖にゴ・ギンは妙に機嫌が良さそうだ。

 クレマンティーヌは表情筋を総動員して顔を笑顔のかたちにする。

 

「あ……ああ、うん。それは、なんとも……光栄な話だね」

 

 クレマンティーヌは思わず真紅のマントを握りしめ、愛想笑いの顔のまま憤怒に打ち震えた。

 

(あンの骨野郎……。私の戦い方(もん)パクってやがった)

 

◇◆◇

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