疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

11 / 14
挿話「重爆と黒のドレス」

◇◆◇

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国を訪れてからレイナース・ロックブルズは幸せだった。

 不死者(アンデッド)が支配する国で、彼女は間違いなく生を謳歌していた。

 

 レイナースは就寝前にドレスを試着することを日課にしている。

 一度に着てみるドレスは二着。

 それ以上着ることはない。

 着付けは手間がかかるが、それが二着しか身に着けない理由ではない。

 手に入れながら、これまで着ることのなかったドレスをできるだけ長く楽しみたいと考えているのだ。

 

 姿見に映る二着目のドレスを着た自分を見つめ、レイナースは自らの幸せを噛みしめる。

 朝晩の入浴は心の底から楽しめているし、純白のシーツのベッドの寝心地は素晴らしく、屋敷の住み心地は最高だ。

 これら彼女の全ての幸せはアインズ・ウール・ゴウン魔導王から与えられたものだった。

 

 かつてレイナースを支配していたのは、その身にかけられた呪いだ。

 呪いによって彼女は愛情と名誉を失い、残された“武”のみで生きることを強いられた。

 その武を認め騎士へと取り立ててくれたのは、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。

 レイナースは皇帝の力を借りて、失った愛情――裏切った両親と婚約者への復讐を果たした。

 だが、怨恨は解消できても彼女にかけられた呪いは解けなかった。

 レイナースの顔の半分は呪いによって(ただ)()み、それは彼女の心をもけがしてしまう。

 

 (けが)れを持たない全ての女を憎んだ。

 顔を見て表情を曇らせ目を逸らす男たちを憎んだ。

 そして何より、(けが)れた自分の顔を憎んだ。

 

 傷を癒すと聞けば、レイナースはどんな高価な薬や巻物でも手に入れた。

 帝国内の全ての神殿に寄進を行い、解呪の魔法を依頼した。

 あらゆる手を尽くして呪いを解く手立てを探し、それでもなお見つからなかった。

 帝国主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインでさえ、彼女の呪いを解くことはできなかったのだ。

 

 日毎にレイナースの復讐日記は犠牲者の数と与える罰の苛烈さを増していった。

 そして解呪後の夢日記の内容は、ドレスを着る、心の底から笑うなど、よりささやかなものへと変化していく。

 

 転機は突然訪れた。

 

 降って湧いたように出現した地下墳墓を拠点とした人外の国家アインズ・ウール・ゴウン魔導国だ。

 レイナースの雇い主である皇帝ジルクニフは圧倒的な武力を持つ魔導国を恐れ、その力の矛先が自国に向かないよう同盟を申し出ることにした。

 

 同盟は即座に効果を見せた。

 バハルス帝国と敵対していたリ・エスティーゼ王国を魔導国が――いや、魔導国の王であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王が、ただひとつの魔法で、完膚なきまでに叩き潰してしまった。

 その惨劇は凄まじく、王国の民のみならず帝国騎士に戦争と殺戮の恐怖を植えつけたほどであった。

 

 そして帝国四騎士のひとりであるレイナースの心にも強い感情が植えつけられた。

 それは恐怖ではない。

 周辺国最高の魔術師フールーダをも凌ぐであろう魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン魔導王の存在であった。

 

 優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であれば、レイナースにかけられた呪いを解けるかも知れない。

 その可能性が彼女の心を捉えて離さなかったのだ。

 呪いが解けるのならば魔導王が髑髏の顔を持つ不死者(アンデッド)であっても気にならなかった。

 

 レイナースは即座に魔導国へと下りたいと考えた。

 魔導王の前に這いつくばり、その足に接吻して、自分にかけられた呪いを解いてもらうよう願い出たかった。

 彼女が皇帝への暇乞いを思いとどまったのは、地下大墳墓で見た化け物たちの軍勢の存在があったからだ。

 軍勢の末端に居た死の騎士(デス・ナイト)でさえ、レイナースが勝てる相手ではない。

 彼女には戦力として魔導王に捧げるだけの“武”を持ち合わせていなかった。

 

 また皇帝を案内をしたメイドたちや謁見の場で見た側近と思しき女たちは、呪いが解けたレイナースをも遥かに凌ぐ美貌を持っていた。

 レイナースには女として魔導王に捧げるだけの“美”も持っていなかった。

 

 差し出す物のない人間の女(レイナース)に、魔導王が興味を持つはずがない。

 

 そう考えた彼女は帝国四騎士という立場を活かして、魔導国への手土産になりそうな国政の情報を探すようになる。

 無論、そんな企ては鮮血帝(ジルクニフ)に即座に看破され、レイナースは行政の場から遠ざけられてしまった。

 

 手土産になりそうな情報が得られないまま時は過ぎ、復讐日記にジルクニフの名と処罰方法が記されそうになった頃、レイナースは皇帝から直々に魔導国への出向を命じられた。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王が優秀な()()()戦士を探していると知った皇帝が彼女を推薦したのだ。

 

 厄介払いの意図は確実にあっただろう。

 

 それでも魔導王からの要請に対して自分を選んでくれたことにレイナースは強く感謝し、復讐日記にジルクニフの名を記すことは止めにした。

 

 手土産もなく身ひとつで魔導国を訪れたレイナースは、不安と恐怖を抱えたままエ・ランテルの王座の間で魔導王と対面する。

 地下墳墓のそれより狭く見すぼらしい玉座の間においても、闇の輝きを(まと)った魔導王は死と恐怖の権化に見えた。

 魔導王の圧があったからこそ、その傍らに立つ白いドレスを着た――おそらく人外であろう――宰相の美しさを見てもなんとか舌打ちせずに済んだのは幸いだった。

 

 煌びやかな黄金の王座に座る不死者(アンデッド)の王はレイナースの訪問を(ねぎら)うと、彼女を招致した理由を語ってくれた。

 エ・ランテルで冒険者を育てる育成機関の指導者を求めている、と。

 かつて魔導王が、バハルス帝国の大闘技場で宣言したことは偽りではなかったのだ。

 

 誰かを指導した経験は少なかったが、それでも自分が伝授できるであろう武芸とその難度をレイナースは懸命に説明した。

 更には基礎学問や周辺国家の事情、果ては礼儀作法の指導も出来ると彼女は訴えた。

 レイナースが饒舌になったのは、己の武が魔導国では価値がないと感じていたからだ。

 

 彼女の売り込みを聞き終えた魔導王は美貌の宰相と一言二言交わすと、これから先の事は育成機関の責任者に聞くように言った。

 

 魔導王との謁見が終わりそうだった。

 

 謁見が終わってしまっては、次に魔導王の目に留まるのは何時(いつ)になるか分からない。

 呪いが解けるか解いてもらえるかも分からず、ただ漫然と不死者(アンデッド)の国で任務に当たるのは帝国に居たときより状況が悪化する。

 そう考えて狼狽したレイナースは、突然その場で膝を突き平伏した。

 それから自分が呪いという不安を抱えており、これが解ければ冒険者の育成に邁進でき、より速やかに冒険者の育成が進むと訴えたのだ。

 

 思えば命知らずの無謀さであり、今でも動きを止めた魔導王と鬼気迫る宰相の表情を思い返すたび恐怖と自責の念で身震いをしてしまう。

 だが、この訴えはレイナースにとって最大かつ最高の結果をもたらすことになった。

 訴えを聞いた魔導王は彼女の顔を魔法で確認すると、地下墳墓の玉座の間でも見た黒衣の美少女を呼び出して呪いを解くよう命じたのだ。

 

 エ・ランテルの狭い王座の間で見てもその少女は限りなく美しく、また胸が不自然なほど大きかった。

 

 この可憐な少女が魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだろうか。

 帝国主席魔法詠唱者(フールーダ)でも解けなかった呪いを解けるのだろうか。

 この少女は魔導王の愛妾だろうか。

 舌打ちして気分を損ねたら呪いを解いてもらえないのではないか。

 

 様々な疑問が浮かぶ中、少女は片膝を突くと這いつくばっているレイナースの顎を指でくいと持ち上げた。

 間近で見る少女の肌は青白くまるで人形のようだった。

 少女はレイナースを見ると、ちろりと小さな舌を出した。

 羞恥と恐怖でレイナースは身を震わせることしかできなかった。

 

 羞恥は完璧な美を持つ少女に己の醜い顔を晒しているから。

 恐怖は死よりも恐ろしい魂そのものが汚される予感を感じたからだ。

 

 ガタガタと震えているレイナースを前に少女は呪文を唱えた。

 鈴のような声で唱えられた呪文はあっさりと――本当にあっさりとレイナースの呪いを解いてしまった。

 

 レイナースはしばし呆然とした。

 いつの間にか目の前に鏡があることも気にならなかった。

 帝国では見たどんな鏡よりも美しく透き通った楕円の世界。

 そこに映るレイナースの顔には、痣も膿も瘡蓋(かさぶた)も張り付いていなかった。

 小刻みに震えながら自分の顔に触れた。

 震えていたのは、それがただの幻影で、本当の顔に痣が残っていることが怖かったからだ。

 そして指先が触れたのは滑らかな、遠い昔に触れていた肌だった。

 呪いを受けてからそれまで毎日、食事に気を使い体調に気を使い保湿に気を使った瑞々しい肌がそこにあった。

 

 レイナースは号泣した。

 

 泣いて泣いて這いつくばって少女のつま先に口づけした。

 魔導王の気配が少し遠のき、黒衣の少女が淫靡に微笑んだように感じた。

 感謝の言葉を何度も何度も繰り返した。

 魔導王の足元の床に額をこすり付け、少女に向けたものに倍する勢いで感謝の言葉を重ねた。

 

 後から後から涙が溢れた。

 様々な感情が同時に湧き出てきて言葉にならなかった。

 

 それからしばらくの間、自分が何をしたのかレイナースは覚えていない。

 貴賓室で我に返ったレイナースは即座に冒険者組合へと赴いた。

 与えられた屋敷へ行くのも後回しにした。

 組合長と打ち合わせ、同僚に挨拶をし、その翌日からは冒険者見習いに指導を開始した。

 それが魔導王への唯一の恩返しだと思ったからだ。

 

 姿見の前で何度もドレスを翻し、レイナースは柔らかな椅子に腰を下ろした。

 鏡に映った彼女の顔からは呪いの(ただ)れは消え失せ、もはや前髪で隠す必要はない。

 それでもレイナースは髪型を変えず顔の半分を隠していた。

 呪いの事を知っている相手を驚かせたいという悪戯心と、自分が気付かないうちに再発するのではないかという恐怖心があるからだ。

 事あるごとに右頬に触れては(けが)れていない滑らかな肌を指先で確認するのが、今のレイナースの癖になっていた。

 

 冒険者への指導は今のところ順調だ。

 レイナースは武芸を教え、周辺の国際事情を教え、礼儀作法まで教えている。

 自らが売り込んだとはいえ礼儀作法を指導するよう言われたとき彼女は少し驚いた。

 だが、魔導国の冒険者はいずれ国の顔として、他国との交渉を行う可能性があると冒険者組合長に説明されて納得した。

 今では武芸や座学と同程度に時間をかけ、見習いだけでなく冒険者組合の職員全体に指導を行うようになっている。

 そんなレイナースの指導の甲斐あって、先ほどまで行われていた懇親会でも招待客に対して失礼をした冒険者組合の人間は――ごく一部を除いて――いない筈だ。

 

(久しぶりの素晴らしいひとときでしたわ……)

 

 懇親会のことを思い出してレイナースは薄く微笑んだ。

 

 ドレス姿を人前で披露したのは何年振りだっただろうか。

 招待客はレイナースのドレス姿に皆、好意的な反応を見せた。

 これは久しく満たされることのなかった彼女の自尊心を大いにくすぐってくれた。

 レイナースは会場に訪れた招待客と気分良く挨拶を交わし、豪勢な料理や珍しい酒を味わいながら会話を楽しむことができた。

 そして会話を楽しむだけでなく、バハルス帝国四騎士という肩書を活かして、エ・ランテルの有力者たちに冒険者組合の宣伝を十二分に行った。

 しかし――。

 

(また、差を付けられましたわ……)

 

 レイナースは滑らかな顔を少し顰めて、純白のベッドの上に置かれた黒いドレスを見た。

 

 ロングドレスだったそれは裾を大きく切り取られて、今では両脚を露出する大胆な意匠に作り替えられていた。

 大立ち回りの末にぼろぼろになっていたが、生活魔法の巻物(スクロール)によって洗濯補修が施され、あつらえたばかりのような輝きを放っている。

 この黒い輝きはレイナースの好みであるが、それでもこの先、彼女がこの黒いドレスを着ることはないだろう。

 

 脚を晒すことへの羞恥心もある。

 だがこのドレスを着ない一番の理由はこれを着た同僚が、懇親会でドレス以上の輝きと働きを見せたからだ。

 

 それは着こなしだけではなかった。

 確かに丈の短いドレスで大胆に懇親会会場を闊歩する彼女の姿は確かに開放的で美しかった。

 エ・ランテルの衣料組合長の目に留まり、レイナースの仲介を経て、バハルス帝国帝都(アーウィンタール)の衣料組合と交渉が行われることになった。

 この交渉は確実に大商(おおあきな)いになり、双方の衣料組合と仲介した冒険者組合にも大きな利益をもたらすことになるだろう。

 

 働きはそれだけには留まらない。

 

 最も招待客を注目させ驚愕させたのは、このドレスを着たまま今回の懇親会の目玉である武王と戦ってみせたことだ。

 

 武王の名を知る者はエ・ランテルにも多い。

 バハルス帝国大闘技場で無類の強さを誇った武王が指導員になると知れば、多くの者は冒険者組合の将来性に期待するだろう。

 これは武王を帝国から引き抜いた魔導王の慧眼があってこそだ。

 そしてレイナースの同僚――クレマンティーヌは、高名な武王に勝って冒険者組合の指導員が武王だけでないと、証明してみせたのだ。

 しかも、この黒いドレスを着て、である。

 

 武辺で名を知られたレイナースであっても武王に勝つことは今はまだ不可能だ。

 

 今後、別の夜会(パーティ)が行われたときに、このドレスを身に付けようものなら間違いなくクレマンティーヌと比べられ、そして落胆されることになる。

 魔導王への忠義を示したいレイナースとしては、それだけは避けなければならなかった。

 

 レイナースは髪をまとめると夜間着に着替えた。

 薄手で肌が透ける夜間着もまた、魔導国に来てから着るようになった物だ。

 生地の柔らかな感触を意識するたびに、魔導王への感謝の気持ちが増していくのが分かる。

 

(魔導王陛下に尽くさねばなりません。彼女のように……)

 

 クレマンティーヌはレイナースにとって希望でもある。

 歴とした人間である彼女は魔導王から寵愛され重用されているのだ。

 これは同じ人間種であるレイナースもまた、魔導王に認められ寵愛される可能性があるということにもなる。

 

 レイナースはクレマンティーヌと背格好が似ている。

 腰回りはややレイナースの方が大きく、呪いの解けた今なら器量は負けていない。

 武芸やモンスターに関する知識はクレマンティーヌの方が優れ、国際事情や礼儀作法については明らかにレイナースに分があるだろう。

 

 総合的に見て人的価値は五分だとレイナースは判断しているが、こと実績となると大きく後れを取っていると言わざるを得ない。

 

 クレマンティーヌの行動は全て冒険者組合と魔導国の益となっている。

 見習いの戦力的向上、市井の優れた人材の発掘、エ・ランテルの経済への貢献。

 それらの中にはレイナースが気付けなかったこともある。

 

 おそらくクレマンティーヌは常に魔導王と魔導国の利益を考えているのだろう。

 そうでなければこれほどまでの貢献ができる訳がない。

 

 かつて彼女は大犯罪者であったらしく、言動の節々にそれを匂わせるものがある。

 それでも現在の行動は全て、魔導王と冒険者組合のためになるものになっており、クレマンティーヌのような強者に、忠義を尽くされる魔導王の素晴らしさには胸が熱くなる。

 

(それにしても……)

 

 レイナースはほんの少し顔をほころばせた。

 

 剣で武王を圧倒するほどの力を持ち、冒険者組合に驚くほど貢献してみせるクレマンティーヌが、エ・ランテルの英雄モモンと顔を合わせると騎士に憧れる乙女のように不器用になるのである。

 恋愛物語(ロマンス)でよくある光景だ。

 これは意外であり、また自然なことだとレイナースには思えた。

 

 クレマンティーヌとモモンはかつて命を賭けた戦いを行ったと聞いている。

 それまで負けを知らなかったであろうクレマンティーヌはその戦いで敗北した。

 しかもその相手は異性だったのだ。

 気にならない方がおかしいではないか。

 

 一方のモモンはと言えば、彼もまたクレマンティーヌに好意を抱いているように見える。

 懇親会での会話は丁寧かつ慎重でありながら、彼女の強さに興味があることを隠そうとはしなかった。

 それでも踏み込んだ会話には不慣れなようで、レイナースと組合長が思わず助力したほどだ。

 

 モモンはナーベという美貌の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と組んでいるそうだが、最近では行動を共にする機会が減っているらしい。

 それに英雄と称えられる存在であれば、(めかけ)の一人や二人を持っていても不思議はない。

 前に組合長は色街の綺麗どころを集めてモモンを接待したことがあると言っていた。

 そのときのモモンは如才なく接しつつも、女たちの誰とも深い関係にはならなかった。

 おそらく彼が求めているのは、ただ美しいだけでなく、並び立って戦えるだけの力を持った女なのだろう。

 

 このようにモモンは武に長け礼儀を(わきま)えた好男子であり、それでいて情に流されず実利を見極めることのできる人物でもある。

 かつての自分であれば恋焦がれて夢中になっただろうとレイナースは思う。

 だが、現在の彼女の心は魔導王アインズ・ウール・ゴウンの物だ。

 魔導王に仕え、奉仕し、忠義を尽くすことが今のレイナースの最大の喜びである。

 だからこそ自分はモモンに興味がないとクレマンティーヌには目くばせで訴えたつもりだった。

 もし伝わっていないようであれば折を見て、明言しておかなければならない。

 

(問題はその先……ですわね)

 

 冒険者組合指導実習生改め客員指導員のレイナースとしては、立場的に二人を微笑ましく見守るだけとはいかない。

 組合の発展を考え状況を管理誘導する必要がある。

 

 冒険者組合の指導員であるクレマンティーヌ。

 エ・ランテルの守護者である漆黒のモモン。

 

 二人が深い関係になることでどのような変化が起こり得るだろうか。

 

 まず注意すべきはエ・ランテルにおける冒険者組合の立場だ。

 

 クレマンティーヌがモモンと親しくなれば冒険者組合の信用は高まると思われる。

 この都市でのモモンの信用と信頼は、それほどまでに絶大だ。

 事実、彼の存在があったからこそ冒険者組合主催の懇親会に多くの招待客が参加した。

 この影響力が利用できるなら、それに越したことはない。

 

 両者それぞれへの思慕の念によるやっかみがあったとしても、それが冒険者組合に大きな影響を及ぼすことはないだろう。

 クレマンティーヌに恋慕している男の存在は知らないが、モモンに憧れている女は冒険者見習いや組合の女職員にかなりの数がいるようだ。

 それでも魔導国の民度は他国に比べて極めて高く、もし風説の流布などが行われたとしても、根拠のない悪評で市民が冒険者組合に反発を抱くことはないように思える。

 

 これらのことを踏まえると、クレマンティーヌとモモンが深い関係になることは、冒険者組合にとって益のあることだと言っていいだろう。

 

 次に考えなければならないのは当事者の感情が及ぼす影響である。

 

 交際を重ね関係が深まり心が安定することで今よりも大きな働きができるかも知れない。

 あるいは愛に溺れ互いの事で頭がいっぱいになり任務が滞ることも考えられる。

 人間の感情、特に恋愛にまつわる事柄は予測がつかないものだ。

 

 モモンの感情については正直レイナースには分からないことだらけだ。

 それでも組合長が催した接待への対応を聞くかぎり、モモンが恋愛感情で身を持ち崩すことはなさそうだ。

 

 気がかりなのはクレマンティーヌである。

 

 これまでの彼女の仕事ぶりには文句のつけようがない。

 冒険者の育成や発掘はもとより、組合の宣伝をしっかりと行い、新しい取引のきっかけまで作ってしまう。

 説明もなく動いて、こちらが緊張を強いられるのはいただけないが、これまで得られた成果は完璧と言っていい。

 そんな彼女は時に自分の感情を優先し、他人を試そうとすることがある。

 懇親会を欠席する素振りを見せたのも途中までは本気に見えた。

 

 身に付けている耳や尻尾のアクセサリーと同様に、クレマンティーヌは獣のように移り気なのだ。

 モモンとの関係が深まるにせよ疎遠になるにせよ、そちらに気を取られて指導が疎かになったり、魔導王から下された任務に支障が出たりすることは起こり得る。

 それは魔導王の後押しを受けている冒険者組合としては最悪の事態だ。

 

(……でも、本当に最悪の事態なのかしら?)

 

 レイナースは最悪の事態のその先を考えてみる。

 

 クレマンティーヌの任務が滞って魔導王陛下が困る

  ↓

 そういえば冒険者組合にはレイナース・ロックブルズという人間の女がいた

  ↓

 なるほどレイナースの働きはクレマンティーヌに勝るとも劣らない

  ↓

 それによく見るとレイナースはなかなかの器量良しではないか

  ↓

 あの美しさならば魔導王陛下の傍にいても差し支えない

  ↓

 レイナースを魔導王陛下の側室に!

 

 玉座に座する魔導王の傍に立つ我が身が見えて、思わずレイナースは身悶えした。

 

 

(これは進めるべき……ですわね)

 

 レイナースは確信する。

 クレマンティーヌとモモンの関係を支援することが冒険者組合と、そしてレイナース・ロックブルズにとって得策であると。

 

 クレマンティーヌの働きが向上すれば冒険者組合の発展に繋がり、それは魔導王のためになる。

 もし彼女の働きが疎かになったとしても、それは魔導王にレイナースの忠義を見てもらうきっかけになる。

 

 どちらに転んでも良いことづくめだ。

 

 無論、クレマンティーヌと同じ働きをするのは並大抵のことではない。

 彼女の能力と魔導王への忠誠は本物で、レイナースがその高みに到達するにはこれまで以上の努力と忠誠心が必要だ。

 そして、それだけの覚悟をレイナースは心に秘めている。

 

 姿見で夜間着姿の自分をもう一度だけ確認してから、レイナースはベッドに横になった。

 明日もまた魔導王のため冒険者組合のために尽力しなければならない。

 そして何より睡眠不足は肌の大敵だ。

 

 この先訪れるであろう薔薇色の日々を夢想しながら、レイナース・ロックブルズは深い眠りについた。

 

◇◆◇

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。