疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第11話「疾風走破と蒼の薔薇 その1」

◇◆◇

 

~~~~~~~~~~

 前略

 糞ったれの兄さまへ

 

 暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 糞兄さまのことなので、今日もせっせと汗水垂らしながら怪物共を率いて亜人殺しに精を出していることかと思います。

 

 貴方の愛しい可愛い妹君は現在リ・エスティーゼ王国の避暑地リ・ロベルで優雅に過ごしております。

 これもひとえにアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のお心遣いによるものです。

 

 糞兄さまがこんなことをお聞きになったら、アンデッドに心などあるものかと激怒され、頭に血が上って死んでしまうかも知れません。

 

 それでも魔導国でのお仕事は労働時間は短く、それでいて対価が多いという優れた労働環境なのは紛れもない事実でございます。

 

 やっぱり魔導王陛下はすごいです。

 

 人間の守護を目指しながら人間を酷使し殺しているスレイン法国の糞神官さまにも、糞兄さまから待遇の改善をご提案されてはいかがでしょうか。

 

 他に伝えることはありません。

 

 忠実なるギガント・バジリスクたちと、ついでにお父さまとお母さまにもよろしくお伝えください。

 

 糞兄さまの親愛なる妹クレマンティーヌより

 草々

~~~~~~~~~~

 

 クレマンティーヌは魔導国で郵便事業が始まっているとレイナース・ロックブルズに聞いていた。

 エ・ランテル内なら翌日、国交のある国ならば3日とかからず手紙を相手に渡せるらしい。

 到着までの期間の短さもさることながら、1通につき銅貨数枚という料金の安さもあって、レイナースは日に何通もの私信をバハルス帝国へ送っているそうだ。

 目を輝かせながらそんなことを語る彼女からクレマンティーヌは手紙を出すよう勧められていた。

 

 クレマンティーヌは読み書きを法国で学んだが、それは彼女にとって報告書を書くための技術でしかない。

 これまで手紙を書いたことは一度もなかったし、これからも書くことはないだろう。

 それでも物は試しと、今も狂信者として働いているであろう糞兄への手紙などを考えてみたが、なんとも酷い内容であり別に楽しくもない。

 

 元貴族であるレイナースには手紙を出す意義や楽しみがあるのだろう。

 だが、クレマンティーヌには手紙を出す意義も楽しみも思いつかない。

 

 魔導国の――特にエ・ランテル市民の――中で文字が読めて書ける人間がどれだけ居るのかクレマンティーヌは知らないし興味もない。

 手紙のやり取りをしているのはレイナースしか見かけないので、おそらく広まってはいないのだろう。

 こんなものは政争と色事に明け暮れる貴族か、王族付きの書記にでも任せておけばいいのだ。

 

 そんなことをつらつらと考えていたクレマンティーヌは、リ・エスティーゼ王国の港湾都市リ・ロベルに居た。

 

 リ・ロベルは王国西側にある港湾都市で王族の直轄地だ。

 北方のリ・ウロヴァールと並ぶ海上交易の要であり、ローブル聖王国やアーグランド評議国との交流によって、王国の中でも独特の景観と文化が成立している。

 また神殿や学問所が多いリ・ロベルは、貴族子息の留学地や避暑地としても人気が高い。

 都市を治めている王族は勿論のこと、有力貴族もまたその多くがリ・ロベルに巨大で豪勢な別荘を構えて自らの財と美意識を誇示している。

 それは王宮のサロンで行われる政争の写し絵(カリカチュア)でもあった。

 

(隣が魔導国じゃ派閥もクソもないけどね……)

 

 国王と貴族連中がどれだけしのぎを削ろうとも、リ・エスティーゼ王国は冬枯れに残った枯れ葉のようなものだ。

 魔導王のくしゃみ――するかどうかはさておいて――ひとつで、吹き飛ぶことは明白である。

 やがて訪れるであろう王国のどす黒い先行きに思いを馳せながら、クレマンティーヌは冷たい果実水に口をつけた。

 

 大きな屋根が強い日差しを遮りクレマンティーヌの肌を守ってくれている。

 ここは浜辺が目と鼻の先にある屋外のカフェだ。

 王家別荘の近くにある高級宿屋の出店で、泊り客に海を見ながら優雅にくつろいでもらうために用意されたものである。

 食事や飲み物の味もデッキチェアの寝心地も、魔導国の物ほどではないにせよ悪いものではない。

 高級宿屋のカフェとしての体面は十分に守られていた。

 

 クレマンティーヌがリ・ロベル滞在している理由はただひとつ。

 ()()()()()アインズ・ウール・ゴウン魔導王からの命令を受けたからだ。

 

◇◆◇

 

 懇親会の後日のことである。

 エ・ランテルの冒険者組合で組合長のプルトン・アインザックから魔導王への報告が行われた。

 

 豪華なソファに魔導王が、美貌のメイドとイジャニーヤ風のモンスターを背後にして座っていた。

 テーブルを挟んだ向かいのソファには誇らしげに新たな出資者と支援者について説明しているアインザックが、そしてその横には何故かクレマンティーヌが座っていた。

 

 報告の内容は明らかに経営側の話である。

 現場の人間――特にクレマンティーヌには全く無関係だと思われた。

 だが、魔導王の前に座らされた以上、彼女がすることは決まっている。

 クレマンティーヌは背筋を伸ばし、アインザックの話を神妙な面持ちで、時折頷いてみせながら聞いている振りをするのだ。

 

 組合長の報告は魔導王の卓越した叡智には単純過ぎるのだろう。

 髑髏の眼窩に揺らぐ炎が、チラチラとクレマンティーヌの様子を窺っているように見える。

 視線を感じる度に彼女は緊張感に身を引き締め、自分の命が即座に絶たれないことを祈っていた。

 

 組合長の報告がひと段落して、魔導王の視線がクレマンティーヌから離れる。

 彼女は緊張をわずかに緩めるが完全に弛緩はしない。

 魔導王の背後から美貌のメイドとモンスターが鋭い視線を向けているからだ。

 

「懇親会の開催は成功だったということか。あれだけ招待客に受けたのだから当然……と聞いている」

「?……はっ。恐縮です、陛下」

 

 アインザックと共にクレマンティーヌは頭を下げる。

 魔導王の呟きはいかにも隙だらけだが余計な反応をすれば彼女の首が落ちる。

 懇親会にモモン(魔導王)は参加したが、魔導王は参加していないのだ。

 

「これだけ多くの支援と出資が得られたのは、組合長であるアインザックの手柄と言えるだろう」

「とんでもございません!」

 

 アインザックは大きく首を横に振った。

 

「懇親会を提案下さったのはアルベド様です。私は頂いた内容通りに場を設けただけに過ぎません」

「……ほう。アルベドの提案であったか」

「はい。遣わされたアンデッドの方に、そうお聞きしました」

 

 魔導王はアインザックの言葉を反芻しているようだ。

 

「そうか……。アルベドは私の最も信頼する宰相である。彼女ほど私の望みを理解している者は他にはいないだろう。そうだ。今後も組合の運営について不明な点が出たときは彼女に助力を乞うと良いだろう」

「はい。アルベド様には組合員一同、心より感謝いたしております」

「うむ。お前たちの謝意は私から彼女に伝えておこう」

「ありがとうございます、陛下」

 

 アインザックに合わせてクレマンティーヌも頭を下げる。

 

 テーブルの上には大量の報告書が積み上げられている。

 書類の多さは懇親会で得られた出資と支援の数が、それだけ増えたことを示している。

 冒険者組合の訓練所を視察したモモン(魔導王)のお墨付きを受け、魔導王に従うことを決めた層がこれだけ残っていたのだ。

 これはある意味、即座に魔導王に従わなかった粛清のためのリストとも言える。

 魔導王が言葉を続けた。

 

「確かに懇親会の提案はアルベドの功績であろう。しかしながら現場で働いた者たちが懇親会の成功に寄与したことは紛れもない事実である。組合長だけでなくプレゼ……説明にあたった職員や警備に駆り出された冒険者見習いも含めてだ。その働きに応じた報酬は与えてしかるべきだろう」

 

 アインザックがもう一度大きく(かぶり)を振った。

 

「私を含め職員も冒険者見習いたちも皆、十分過ぎる額の給金を頂いております」

 

 魔導王の申し出を組合長は辞退しようとした。

 その様子にクレマンティーヌは何やらわざとらしさを感じる。

 

「それはその通りだが……いや。サービ……予定外の任務には相応の代価を与えなければならない。では特別な報酬とはいかないが拘束時間に応じた給金を支給することにしよう」

「……はい。ありがとうございます。魔導王陛下の慈悲深い配慮に、冒険者組合を代表して感謝いたします」

「うむ。そして組合の就業時間外でもある。金額も割増する必要があるな」

「では、事務方にはそう手続きするよう伝達いたします」

 

 アインザックが魔導王の指示を白紙に書き留めている間、クレマンティーヌは別の事を考えていた。

 

 魔導王はたまに時間外という概念を口にしていた。

 これまで日付単位でしか任務を行ってきていないクレマンティーヌとしては馴染みのない感覚である。

 人間よりも長大な時間を持っている筈の不死者(アンデッド)が、細かく時間単位で生者を動かそうとしているのだ。

 起床(おはよう)から就寝(おやすみ)まで、生者を管理するつもりなのだろうか。

 

(それはさておいて……)

 

 アインザックの芝居じみた挙動は、どうにもクレマンティーヌの(かん)に障る。

 魔導王と組合長の会話の流れには、前もって打ち合わせていたような雰囲気があるのだ。

 魔導王はテーブルの上の報告書を改めて示した。

 

「これだけの出資と支援が増加したのだ。これは冒険者組合への期待の表れと判断すべきだろう」

「はい。我々も気が引き締まる思いです」

 

 魔導王は小刻みに頷いてアインザックがそれに同意する。

 

 その会話を聞いた瞬間、クレマンティーヌは理解した。

 

 冒険者組合への期待とは優れた冒険者を輩出することである。

 見習いの技量は今も不十分であり未踏の地に送り出せる冒険者はまだいない。

 その責任は指導員の長であるクレマンティーヌにあるのだ。

 

 冒険者組合への期待

  ↓

 現在の育成は進みが遅い

  ↓

 育成期間の短縮には組合と見習い双方への圧力が必要

  ↓

 圧力をかけるためには見せしめが最適

  ↓

 レイナース・ロックブルズはバハルス帝国と関係が深い

  ↓

 ゼンベル・ググーはリザードマンとして保護対象である

  ↓

 ゴ・ギンは武王として名が知られている上に採用したばかり

  ↓

 そういえば後ろ盾がなく後腐れもないクレマンティーヌがいた

  ↓

 冒険者組合関係者の前でクレマンティーヌを糾弾

  ↓

 見せしめのため処刑

 

 組合職員と見習いが集まる地下広場の壇上で、無惨に首をもがれる己の姿をクレマンティーヌは幻視した。

 死の運命から逃れる手段を思いつかず狼狽するクレマンティーヌに魔導王が話しかける。

 

「クレマンティーヌよ。ん……どうした? 何か考え事か?」

「ひゃ、ひゃい! な、なんでもありません! ……何かございましたでしょうか?」

 

 魔導王とアインザックが顔を見合わせた。

 それから魔導王はもう一度クレマンティーヌに髑髏の顔を向ける。

 

「勿論だ。懇親会でのお前の働きは見事であった……と聞いている」

 

 その場で見てただろうが、お前の目は節穴か、とクレマンティーヌは思ったが、それを口にするほど愚かではない。

 そして処刑とは風向きが違うことに少しだけ希望の光を見る。

 

「まずは魔導国とバハルス帝国の……組合同士の取引だったな?」

 

 魔導王はアインザックに声をかけた。

 

「はい。そして、クレマンティーヌ……君の仲介で、双方の衣料組合から冒険者組合は大きな信用を得ることができました」

 

 魔導王は深く頷いた。

 

「信用は成果だ。その価値はときに金銭よりも大きい。お前が帝国で作られたドレスを着ていなかったら取引は生まれず冒険者組合が信用を得ることもできなかっただろう」

 

 死の運命がわずかに遠ざかったこと感じたクレマンティーヌだったが油断はしない。

 礼を失わない程度に(かぶり)を振ってみせる。

 

「恐れ多い話でございます、陛下。直接の仲介を行ったのはレイナース・ロックブルズ殿です。私は彼女の服を借りて着ていただけに過ぎません。真に称えられるべきは彼女の交渉能力であろうかと」

 

 魔導王とアインザックが目を合わせた。

 

「……なるほど。帝国出身のロックブルズ嬢が貢献したことは明らかであるな。彼女にも何か考えておかねばなるまい」

 

 魔導王の言う“考える”とは何だろうか。

 人間には想像もつかないほど残酷で恐ろしい処刑や拷問の方法を生み出せるのか。

 

「しかしながらクレマンティーヌよ。お前の働きは衣料組合との取引だけではない」

 

(……え? まだ何かやったの私?)

 

 モモン(魔導王)のマントは生活魔法の巻物で洗濯してすでに屋敷に返却した。

 何も不自由がなかった黄金の輝き亭を引き払い、新たに自分の金で買った住居に移り住んでもいる。

 魔導王にも組合長にも恨まれる筋合いはないはずだ。

 

「あれほど名の知られた武王――ゴ・ギンと戦い勝利を治めたことは冒険者組合の良い宣伝になった」

「しかもドレス姿のままでしたからな。招待した客人たちも冒険者組合(我々)の力を皆、口々に称賛してくれました。最初はどうなることかと思いましたが……」

 

 アインザックが恨みがましい視線をクレマンティーヌに向けた。

 

「それは悪いことを……んんっ。良い。彼女の――クレマンティーヌに間違いはない。その……確信があっての行動だったのであろう。事実、素晴らしい成果が得られたのだからな」

 

 魔導王がクレマンティーヌを擁護してくる。

 

 当たり前だ。

 

 ゴ・ギンに勝負を仕掛けたのはクレマンティーヌの意思ではない。

 訓練所の視察に来ていたモモン(魔導王)から内々に下された命令だった。

 

夜会(パーティー)で喧嘩吹っ掛けろとかありえねーだろ、常識的に考えて……)

 

 大なり小なり(いさか)いを好むクレマンティーヌであるが、時と場所はわきまえているつもりである。

 魔導王の直轄組織が主催する懇親会で騒動を起こすくらいなら、受付嬢に交じって組合の説明でもやってた方が絶対に安心で安全だ。

 

「あの晴れやかな場におきまして、騒がしい真似をしましたこと深くお詫びいたします」

 

 戦う相手のゴ・ギンと直接の上司であるアインザックに話が通じてなかった不満を押し隠し、クレマンティーヌは頭を下げる。

 それでもアインザックの恨み節は続いた。

 

「確かに素晴らしい成果ではありましたが……陛下が招いてくださった武王を傷つけるところでした。モモン殿の制止がなければどうなっていたことか……」

「そ、そうだな。モモンには感謝せねばなるまい。武王を殺さずにすんだのだからな」

 

 アインザックの横やりでモモン――どちらのモモンかは不明だが――を称える話になっている。

 クレマンティーヌとしては業腹だが、己の命を長らえることを考えたら、この流れに乗らないワケにはいかない。

 

「手加減ができず申し訳ありません。モモン……様に及ばぬ己の力に恥じ入るばかりです」

 

 ここにきて何回頭を下げたのだろうか、とクレマンティーヌはとりとめもないことを考える。

 死の支配者(オーバーロード)を前にして、時折顔を上げられるだけで良しとするしかない。

 

「……うむ。そこは精進してもらいたいところだな。だが、悪いことばかりでもないな」

「陛下?」

 

 アインザックが不思議そうな表情で魔導王を見た。

 

「モモンが冒険者組合の抑止力になり得ると証明できたのだ。組合としては痛し痒しだが、市民の安心が得られたことは大きい」

「おお! それは確かに。あの戦いの後、冒険者組合(我々)を見る外部の目が和らいだように思います」

 

 アインザックが能天気に納得している。

 そこの骸骨頭がたまにモモンをやってんだ、とクレマンティーヌは大声で叫びたくなった。

 魔導王が頷きながらクレマンティーヌを見る。

 

「だが、いずれはモモンを超えるような冒険者を生み出してもらいたいものだな」

 

 無茶を言うな。

 

 それを口にすることは勿論許されない。

 そうかといって安易に同意するのも危険である。

 

「陛下のご慈悲に報いることができるよう精進いたします」

 

 クレマンティーヌは曖昧な言葉でお茶を濁すことを選ぶ。

 そんな彼女の思惑が伝わったのか伝わっていないのか、魔導王は再度大きく頷いた。

 

「うむ。お前の揺るぎない忠誠が、更なる成果をもたらすことを確信している」

 

 クレマンティーヌは何やら重い荷物を背負わされたような気がした。

 それは魔導王の背後に立つメイドとモンスターの視線が鋭くなったことと無関係ではあるまい。

 

「あーそういうことだからアインザック組合長。クレマンティーヌの行動は全て魔導国と冒険者組合を思っての事だ。今後は彼女の振舞いを即座に判断を下さず長期的に……そう。猶予をもって見るように命ずる」

「え……? はっ、承知しました、陛下」

 

 釈然としない雰囲気を漂わせながら組合長は命令を受け入れた。

 魔導王は眼窩の炎をチラチラ動かしているが何を考えているのか分からない。

 

 これはある意味、組合長を超える権限を与えるようなものだ。

 だが、クレマンティーヌとしては呑気に受け入れることは出来ない。

 大きな権利には、得てして厳しい責任が伴うものだ。

 

(うっかりやらかしたら、この骸骨かその部下が直接粛清しに来るってこと? それともまた面倒事を直接命令されるとか?)

 

 魔導王のお墨付きに重大な秘密、あるいは残忍苛烈な罠が隠されていることは間違いない。

 しかし、とりあえず、今は、感謝の言葉を捧げることが最優先だ。

 

「魔導王陛下のご配慮に感謝いたします。今後はアインザック組合長とも連携しつつ事態の対応に臨む所存です(これ、嫌みじゃないからね! 会話の流れだから! ここで私が感謝しないのは変だから!)」

 

 クレマンティーヌは心の中で懸命に釈明しながら頭を下げた。

 恐る恐る魔導王の様子を窺うと髑髏の眼窩に浮かぶ炎がわずかに細くなった気がする。

 それがどんな意味を持つのかは、やがて訪れる運命で判断するしかない。

 

「あ、ああ。無論、君のことは信用しているから……よろしく頼むよクレマンティーヌ……君」

 

 どうでも良いことを口にしながらアインザックは魔導王をちらりと見た。

 

「……そういう訳で懇親会での見事な働きを賞して、陛下から君に特別休暇を与えてはどうかとご提案いただいた」

「特別休暇、ですか?」

 

 何やら胡散臭い話だ。

 内心(いぶか)るクレマンティーヌを後目に、アインザックは嬉しそうに話し続ける。

 

「我が組合では労働日を査定の対象として給金を算出している。それは君も知っているだろう」

 

 クレマンティーヌは神妙な表情を作って小さく頷いてみせた。

 初めて話を聞いたとき面倒くさいと思ったことはおくびにも出さない。

 

 冒険者指導員であるクレマンティーヌの給金は、その金額は決まっていない。

 決められた労働日数と働きによって月毎に得られる額が変わってくる。

 そして休息日は労働日ではないため、当然給金とは無関係だった。

 

 ところが今回、労働日として査定する休息日をクレマンティーヌに与えるとアインザックは言っている。

 そしてこれらは全て、魔導王から提案してきたものらしい。

 

「いわゆる有給休暇ということだな。今後の事を考えた試験運用でもある」

 

 魔導王が組合長の説明に付け加えた。

 

(今後って何だ? 人間に余計に金を払って何の得になる?)

 

 どれだけ考えてもクレマンティーヌには目的が分からない。

 休憩させた方が人間の肉が美味くなるとか、アンデッド化に抵抗がなくなるとか、人間からは理解しづらい理由なのだろうか。

 

「ありがたいお話です」

 

 とりあえずは感謝の言葉だ。

 

「ですが、魔導王陛下にこの身の全てを捧げ、尽くすことが私にとっての報酬です。これ以上のものを頂くわけには参りません」

 

 クレマンティーヌは心にも思っていないことを口にする。

 アインザックは苦笑いを浮かべたが、別に心の中を読んだわけではなさそうだ。

 

「そ、それは、そうかもしれないが……クレマンティーヌ君。しかしだねぇ……」

「はっはっは」

 

 魔導王が突然笑い出した。

 アインザックが戸惑い、クレマンティーヌは緊張に身を引き締める。

 

「クレマンティーヌよ。お前の忠義と無欲は理解した。では、その上で二日間エ・ランテルを離れることを命ずる。これは組織としての冒険者組合の訓練でもあるのだ」

 

 どうやら嘘をついたことに対する処罰ではないらしい。

 魔導王はクレマンティーヌを、そして次にアインザックを見る。

 

「お前たちが冒険者組合のために日々尽力しているのは承知している。だが、個人の無理によって成立するような組織は避けなければならん。無理をしていた誰かが抜けたときに、その組織が機能しなくなっては困るからな」

 

 どうやら魔導王が冒険者組合の存続を望んでいるのは間違いないようだ。

 そしてそれは、クレマンティーヌの居る居ないに関わらず、ということらしい。

 その言葉の真の意味は明白だった。

 

(いつでも私を殺せるようにするってことか……)

 

 そう分かっていても目先の安全は何よりも重要である。

 

「はっ。それでは訓練のため二日間の休暇を謹んで受領いたします」

 

 表情不明の魔導王と安心顔のアインザックが顔を見合わせて頷き合った。

 二人の思い通りに事が進んだのだろう。

 腹立たしいことだが、今のクレマンティーヌには抗う(すべ)はない。

 

 エ・ランテルを離れてどこに行こうかと考えかけたクレマンティーヌだったが、その答えはすぐに向こうからやってきた。

 

「クレマンティーヌにはリ・エスティーゼ王国のリ・ロベルに二日間滞在することを命じる。良いな?」

「はっ!」

 

 すぐさまクレマンティーヌは平伏して了解した。

 魔導王から命じられたらどこであろうが行くしかない。

 それが竜の住処やスレイン法国であってもだ。

 

「……なんでも有名な場所らしいな」

 

 少し間を挟んで魔導王は呟くように言う。

 

「は、はい。王国でも有数の観光地です」

 

 応対するアインザックの作り笑顔はなんとも胡散臭い。

 

「そうだ。どうせ行くのであればレイナース・ロックブルズを共にするのはどうだ? 観光地であればひとりよりふたりの方が楽しめるだろう」

「それは良いお考えです、陛下。ロックブルズ嬢への良い褒賞になりましょう」

 

 打てば響くような骨芝居にうんざりしながら、クレマンティーヌはそこに事態の変化を感じ取った。

 

 レイナースを連れて行くのはどういうことだろう。

 リザードマンとトロールの指導員が入ったから女、というか人間の指導員をまとめて処分するつもりなのか。

 もしかするとクレマンティーヌが知らないうちに、魔導国とバハルス帝国との関係が終わっていたのかも知れない。

 

「どうした? 他に連れて行きたい者がいるのか? あるいはひとりの方が良かったのか? それではロックブルズには別の褒美を考えるが……?」

 

 魔導王の問いかけにクレマンティーヌは慌ててかぶりを振った。

 

「い、いえ! レイナース・ロックブルズ殿と共にリ・ロベルに向かいます」

「……そうか?」

 

 魔導王がわずかに首を傾げる。

 髑髏の顔と禍々しい衣装が相まって、恐ろしい殺人魔法の前振りに見えた。

 アインザックは作り物でない明らかにほっとした表情を浮かべている。

 

「そこでだ。クレマンティーヌにはひとつ……いや、ふたつほどリ・ロベルでやってもらいたいことがあるのだが……」

 

 魔導王の物言いは妙に歯切れが悪い。

 ほら来た、とクレマンティーヌは納得する。

 

 リ・ロベルでは厳しくも辛い任務が待っているのだろう。

 それがどんな任務なのかは考えても無駄だ。

 リ・ロベル行きもそこで行う任務も変わることはないのだ。

 それならレイナースにも一緒に酷い目に遭ってもらおう。

 自分だけがアンデッドの理不尽に付き合わされるのは御免だ。

 

 そう考えながらクレマンティーヌは魔導王の話に耳を傾けた。

 

◇◆◇

 

 そしてクレマンティーヌとレイナースがリ・ロベルを訪れたのは懇親会の報告から1週間ほど過ぎた今朝のことだ。

 

 リ・ロベルの近郊までは転移の魔法で来たので手間も時間もかからなかった。

 転移魔法を行使したのは黒衣の少女――魔導王直属の配下――である。

 少女はレイナースに妙に艶のある声で話しかけていた。

 バハルス帝国からの客人であるレイナースであるが、魔導国でそれなりの地位を作りつつあるのだろうか。

 魔導王の信頼を得ている組合長プルトン・アインザック同様、今後の応対には注意する必要がありそうだ。

 

 都市への入城はほぼ素通りだった。

 魔導王から渡されたメダルを見せると入国管理官は目を逸らして、すぐに都市(まち)へと入れてくれた。

 魔導国は王国にとっての敵国であることから多少の抵抗を予想していたが、どうやら事前に話がついていたようだ。

 魔導王がしない根回しや段取りの大切さをクレマンティーヌは改めて感じさせられる一件である。

 

 早々に指定された宿屋に行き部屋に荷物を置くと“水着”に着替え、レイナースにも“水着”に着替えさせる。

 それからひとつめの任務である港に向かって海運商人と会った。

 魔導国からローブル聖王国へ送る物資の中継を請け負った商人だ。

 

 巨躯の海運商人は浅黒く日焼けしていた。

 王国の裏組織である八本指に所属していてかなりの大物らしいが、薄着の女二人に対して驚くほど低姿勢で接してきた。

 裏組織の人間さえも、いや裏組織の人間だからこそ魔導国の恐ろしさを理解しているのだろう。

 クレマンティーヌはいつもとは逆の立場で魔導国の恐ろしさを知らされたのである。

 

 海運商人との打ち合わせが終わるといったん宿屋に戻ってから昼食を済ませた。

 そして今は浜辺のカフェで果実水のグラスを傾け、傍から見たら優雅なひとときを過ごしている。

 

「――あのおっさんガタイ良かったねー。海賊とかやってんのかな?」

 

 テーブルの向こうのレイナースに声をかけた。

 

「……そ、そうですわね。かつてはそのような行為もあったようですが……。今は完全に手を引いて近海で略奪が行われないよう監視をしているとか」

 

 レイナースは周囲を気にしながら海運商人の情報を語った。

 今回の任務では彼女に報告を任せている。

 聞き取りも実地調査も書類作成も全てレイナースの仕事だ。

 

「まー海賊がニコニコ笑顔で救援物資を持ってきても、聖王国の騎士さんたち困っちゃうよね」

 

 クレマンティーヌは軽く言ったが、海賊の方がアンデッドよりはマシじゃないのかと内心では思わなくもない。

 

 魔導王は個人でヤルダバオトを倒した後、次に国として聖王国に対して支援物資を送っている。

 聖王国へは幾度となく物資を送り届けており、遅延や欠品は一度も起きていないと海運商人は繰り返し語っていた。

 これまで問題が起きたことがないのに、わざわざクレマンティーヌたちに顔合わせをさせた理由はなんだろうか。

 後々、問題が起きたときに始末する相手の顔を覚えさせるということは考えられる。

 

「おっさんたちが物資を横流しでもしたら処刑すんのは私たちなんだよねー。どう? 顔は覚えた?」

「……え、ええ。それは私たちの任務でしょうけど……。そんなことは起きないと断言できますわ」

「うん……。そだね」

 

 魔導王の顔に泥を塗る行為を誰ができるものか。

 自殺志願者でも別の手段を考えるだろう。

 魔導王の怒りを買ったら、そもそも真っ当に死ねるかどうかさえ分からないのだ。

 

 海運商人は魔導国が、そして魔導王がどれほど恐ろしいかを知っていた。

 念のために末端の管理を注意するよう忠告したが、直立不動で返事をしたあの様子なら言う必要もなかっただろう。

 

 海運商人がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配下にあるということは、リ・エスティーゼ王国の海の出口のひとつが魔導王の手に落ちているということである。

 では、その先はどうなのか。

 

「リムンだっけ? 荷物の行先」

 

 リムンはローブル聖王国の港湾都市だ。

 ヤルダバオトとの戦争によって大きな被害を被ったそうだが港は問題なく機能しているらしい。

 

「は、はい。そこで聖王国側に物資を渡していますから、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の管理はリムン(そこ)までですわね」

 

 本当にそこまでなのだろうか。

 あの狡猾な魔導王が支援物資に罠を仕込んでいないことがあり得るだろうか。

 どんな罠なのかは想像できないが、魔導国からの支援が聖王国に悪影響をもたらすことは十分に考えられる。

 あるいは魔導国の配下がすでに国政に関わっていて、支援物資という名の毒を聖王国国内に取り込んでいる可能性もある。

 いずれにしても聖王国は魔導国がなければ国が成り立たない状況だ。

 聖騎士の国が本来滅すべきである不死者(アンデッド)に保護されていくという酷い皮肉にクレマンティーヌは眉を顰める。

 

 そしてリ・ロベルにはもうひとつ交易先があった。

 

「評議国とはどんな感じだって?」

 

 リ・ロベルは王国とアーグランド評議国との交易の窓口でもある。

 

「カッツェの大虐さ……戦争とヤルダバオト討伐戦の後は大商(おおあきな)いがないそうです」

 

 帝国騎士はきちんと聞き取り調査をしていた。

 

 評議国は人間国家とは積極的に交渉を行っていない。

 存亡の危機にある国に対して、取引や援助を申し出るようなこともない。

 とはいえ不死者(アンデッド)に対して良い印象を持っているとは考えにくく、魔導国の活動に横槍を入れてくることは十分に考えられる。

 

「邪魔されたりとかは?」

「輸送の際に評議国からの接触は、今のところないと言っていましたわ」

 

 情報に漏れが無いのは流石である。

 

「横槍がないならけっこー。こっちのやることにあんま興味がないのかね、ドラゴンさんたちは」

「評議国が人間国家に干渉してくることは、良くも悪くもまれですわね」

「種族が違えば興味もないか」

 

 魔導国は人間の国じゃないけどね、と思いながらクレマンティーヌはレイナースに軽く同意した。

 無関心は強い種族だからこそできることだ。

 弱い種族はひたすら相手の動向や機嫌を窺わなければならない。

 エ・ランテルに居るクレマンティーヌがまさしく()()だ。

 

 魔導国に対して無関心を装えるほどの力があるならば、クレマンティーヌの逃亡先の候補になりそうだ――が。

 

(こっちには逃げらんないよね。元漆黒聖典の私がさ……)

 

 スレイン法国とアーグランド評議国は表向きは無関心を装いながら、水面下では互いに牽制しあっている関係だった。

 それぞれが情報を得るために個人の命を奪うことなど日常茶飯事だったし、今もそれは変わっていないだろう。

 事実、漆黒聖典時代にクレマンティーヌは評議国の亜人を情報集めのために何度も殺したことがある。

 

(私があっちに行こうものなら良くて情報を引き出すための虜囚。普通は情報を引き出した後に処刑だね)

 

 それでも魔導国に居続けるよりは安全のような気もする。

 だが、クレマンティーヌが欲しているのは安心して振舞える自由であって、首にかけられた縄をほんの少し緩めることではない。

 評議国は逃亡先の候補として最下層に置いておくことにした。

 

「このまま順調に支援が続けば聖王国の復興も近いんじゃない? 魔導王陛下のご慈悲には聖王国もさぞ感謝してるだろうね」

「全くその通りですわ」

 

 レイナースはしみじみと呟いた。

 その真に迫った物言いにクレマンティーヌはびくりとする。

 

(こいつ……もしかして、あの不死者(アンデッド)に洗脳されてる?)

 

 魔導王の配下である黒衣の少女とも親しげであった。

 それがレイナースの交渉術によるものではなく洗脳の結果である可能性はないだろうか。

 そして以前の彼女に洗脳を匂わせるものがなかっただろうか。

 

 そう考えるとレイナースの過去の言動がどれも怪しく思えてくる。

 

 聖王国は魔導国の保護下にあり、評議国は逃亡先としては不向き。

 そして同行しているレイナースは魔導王の忠実な下僕(しもべ)

 

 つまるところクレマンティーヌの逃げ道がない。

 

(なるほど……今回の任務にはそういう目的があったのね……)

 

 魔導国の支配は盤石で逃れることは不可能だとクレマンティーヌに分からせること。

 

 それが今回のリ・ロベル派遣の目的なのだろう。

 海運商人との顔合わせという任務にも意味はない。

 そして、おそらくは次の任務にも……。

 

「ど、どうされました?」

 

 レイナースの声にクレマンティーヌは我に返った。

 絶望的な状況に顔が険しくなっていたようだ。

 すぐに笑顔を取り繕う。

 

「んー、あんま楽観的過ぎるのもどうかと思っただけ。物を知らない莫迦がやらかすことだってあるしね」

 

 過去の自分を思い出し、クレマンティーヌはひとり自虐する。

 だが、それを聞いたレイナースはぽかんと驚きの表情を見せた。

 

「どったの?」

「……い、いえ。なんでもありませんわ」

 

 レイナースは慌てて顔を伏せた。

 疑われるようなことを言ったのかとクレマンティーヌは不安になる。

 しかし俯くレイナースからは、さすが、とか、私も、とか妙な呟きが聞こえるが、疑われている様子ではないので無視しておくことにした。

 

「とりあえず、さ」

 

 クレマンティーヌは声をかける。

 

「担当者は有能で従順、輸送経路も問題なしってことだね。報告の方はよろしくー」

「ええ。分かりましたわ」

「港の男たちにモテたって書いてもいいよ」

 

 レイナースが頬を赤らめ目を伏せた。

 

「あの……待ち合わせの時間はまだ先なのでしょう? 我々は宿屋に待機していても良いのではありませんか?」

 

 小刻みに身をよじらせる帝国女騎士をクレマンティーヌは面白そうに眺める。

 

「相手を待たせたくないからねー」

 

 レイナースの提案をあっさり却下した。

 

「こっちは……まあ依頼者ではあるんだけどさ。先の話は向こうが決めることだからね」

「そ、それは分かりますが……」

 

 女騎士の困り顔をクレマンティーヌはニヤニヤ顔で見つめた。

 浜辺では使用人を引き連れた王国貴族の子女や親子連れが散策を楽しんでいる。

 そんな彼らがクレマンティーヌとレイナースを見ては、驚いたり険しそうな表情を浮かべたりしていた。

 理由は二人の装備にある。

 

 クレマンティーヌとレイナースは肌を大きく露わにするマジック・アイテムの“水着”を装備しているのだ。

 

 クレマンティーヌの装備は胸と腰だけを覆う黒い布だ。

 いつの間にか彼女の持ち物になっていた無限袋(インフィニティ・バッグ)に入っていたもので、懇親会のときにも下着代わりに装備してゴ・ギンの打撃を緩和してくれた。

 水を吸って重くなることもなく、それでいて肌触りも滑らかで身体を動かす邪魔にもならない優れ物だ。

 

 クレマンティーヌはレイナースにも予備のマジック・アイテムを貸し与えた。

 それは股から肩まで伸びた金色の紐で、小さな生地が辛うじて股間と胸を隠すようになったものだ。

 装備者の羞恥心を試すようなマジック・アイテムは漆黒聖典時代に見たことがあった。

 それでも、ここまで肌を晒すものはクレマンティーヌも見るのは初めてで、これを見つけたときは驚いたものだ。

 無論、そんな気持ちはおくびにも出さず、まるで当然のような顔をしてレイナースに手渡した。

 彼女に拒否されないよう懇親会のときにドレスを借りた礼だと言うのもしっかり付け加えた。

 

 レイナースの啞然とした顔は実に良い見世物だった。

 

 渋る彼女に無理やり装備させ、港町の海運商人のところへ同行させた。

 流石に気の毒だったので、腰巻だけは巻くことを許してやった。

 道中、そして商人との打ち合わせの間と、労働者たちからの好奇の視線は女騎士の羞恥心をさぞかし抉ったことだろう。

 そんなレイナースが無理をして真面目にふるまう様が面白くて、クレマンティーヌは笑いをこらえるのに苦労したほどだ。

 彼女の尻が思いのほか大きいことが分かったこともひとつの収穫であった。

 

 独特の景観と文化を持つリ・ロベルとはいえ王国であることに変わりはない。

 伝統と格式を重んじる気風は存分に残っている。

 貴族の別荘と高級宿屋に近い浜辺の周辺は港付近とは明確に区切られていて、所謂労働者の男たちの好奇の視線はない。

 代わりに伝統や格式を重んじる貴族や富裕層の蔑む視線が、容赦なくレイナースのむき出しの肌へと降り注ぐのだ。

 貴族社会とは縁もゆかりもないクレマンティーヌとしては痛快なことこの上ない。

 

「あ、あの、そういえばクレマンティーヌ様は、リ・ロベルに来られたことがあるのでしょうか?」

 

 小声で聞いてきたレイナースはしきりに自分の胸元を隠そうとする。

 だが、そうすることで別の場所がさらけ出てしまい、今度はそこを隠そうとして胸元がまろび出る。

 諦めてしまえばいいのにと思うが、元貴族のレイナースには切り替えが難しいのだろう。

 もぞもぞと(うごめ)く帝国女騎士をクレマンティーヌは面白そうに眺める。

 

「んーどうだろ? 覚えてないなー。もしかしたらちっちゃいころに来たかもね」

 

 クレマンティーヌは嘘をついた。

 漆黒聖典、ズーラーノーン、どちらに所属()たときもリ・ロベルを訪れたことはない。

 

「物売りの方とはお知り合いのようでしたが?」

「テキトーに話を合わせただけだよー。物売りの婆さんの話術なんじゃない?」

 

 この屋外カフェに向かう途中、道行く人にレイナースの水着を見せようとクレマンティーヌは物売りを冷やかしたのだ。

 物売りの婆さんがやけになれなれしい口調で西瓜(すいか)を勧めてきたが、元々買い物をするつもりもなく調子を合わせるだけ合わせてあしらった。

 レイナースは納得がいっていない様子だが、クレマンティーヌはそれ以上の説明はしない。

 

「今日は魔導国の看板を背負ってんだから。愛想良くして悪目立ちは避けなきゃねー」

 

 組合長から止められてさえなければ、道中二、三人は斬り捨てられたのに、と宿屋に置いてきた細剣(レイピア)にクレマンティーヌは思いを馳せる。

 

「……この装備は目立ちすぎるのではありませんか?」

 

 もぞもぞと動きながらレイナースは弱音を吐いた。

 

「大丈夫、ダイジョーブ。目立っても悪い方じゃないからね。私だってこれ装備してるし、港の人たちもみんな大喜びだったよ」

「そ、そうでしょうか……」

 

 港の男たちの視線を思い出したのだろう。

 レイナースは全身を紅潮させて目を伏せる。

 

「男はこーゆーの好きだかんねー。懇親会でもみんな私を見てたっしょ」

「それは……そうですけど……。でも……いや……これなら……?」

 

 急にレイナースが恥じらいを忘れ何やら夢想に埋没していった。

 

 騎士と言っても彼女は女である。

 自分の見た目には気を遣うし、ドレスで着飾ることを好む。

 惚れた相手を帝国に残してきたとしてもおかしくない。

 

(アンデッドばかりの魔導国に居たら人間が恋しくもなるだろうしね)

 

 クレマンティーヌは物思いに耽るレイナースを生暖かい目で眺めた。

 

 ふいにレイナースの表情が引き締まると、カフェの外へ鋭い視線を向けた。

 理由は分かっていた。

 クレマンティーヌも()()を察したからだ。

 

 ()()は王家別荘の方からクレマンティーヌたちに向かって真っすぐ歩いていた。

 鋭い日差しが照りつける中、揺らめく影が次第に女たちの輪郭を形作っていく。

 

 彼女らこそがリ・エスティーゼ王国に存在する二つのアダマンタイト級冒険者チームの一つ、蒼の薔薇であった。

 

◇◆◇

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