疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第12話「疾風走破と蒼の薔薇 その2」

◇◆◇

 

 この季節の眩しい日差しの中、近づいてくる一団をクレマンティーヌは目を細めて眺めていた。

 リ・エスティーゼ王国に二組しかいないアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇だ。

 先頭に立っているのが、リーダーであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラだろう。

 

 その歩みには隙が無く、優れた神官戦士であることがよく分かる。

 金色の(ベール)のような髪は柔らかく波打ち、美貌と肌は生命力に溢れている。

 年齢は二十歳そこそこだと聞いているので、クレマンティーヌより()()若い。

 首には聖印を下げ、水着であろう薄青の上下に同じ色の腰布を巻いていた。

 

 そのアインドラの横を仮面をつけた小柄な女が歩いている。

 まるで子供のような体躯だが足取りには隙が無くどこか尊大な印象を受ける。

 蒼の薔薇でただ一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、名前はイビルアイだとクレマンティーヌは記憶していた。

 身に付けている赤いミニドレス風の装備からは青白い手足が大きく露出しており、おそらくこれも私服か水着なのだろう。

 その肌の白さは特別な種族の故か、あるいは魔法研究に明け暮れていたためか。

 

 二人の後ろを歩く四角い女がガガーランだろうか。

 前に立つアインドラよりふた回りほど大柄だ。

 身体にぴったりと張り付いた赤白縞模様の装備を身に付け、鍛えられた四肢を誇示している。

 風花聖典によるとクレマンティーヌと()()()()()()()戦士だという情報に間違いはなかった。

 手も足も首も岩のように太く、愛用の細剣(レイピア)で切り落とすには骨が折れそうだ。

 

 初めて間近で見る蒼の薔薇は、武装の有無に関わらず強者の雰囲気を漂わせていた。

 

 アインドラがクレマンティーヌたちを確認し一瞬だけ眉を顰めた。

 だが、すぐに元の微笑に切り替えると、少し歩調を速めて真っすぐこちらへと近づいてくる。

 クレマンティーヌは身体を起こすと、すでに立ち上がっているレイナースに目で合図した。

 挨拶は貴族出身であるレイナースの仕事だ。

 

「本日はご足労いただきありがとうございます。私たちが蒼の薔薇です」

 

 ここリ・ロベルはリ・エスティーゼ王国領だ。

 アインドラとしては魔導国の人間であるクレマンティーヌたちが訪れてきたという認識なのだろう。

 あるいはこの場所を指定したのが蒼の薔薇側だったのか。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン魔導国冒険者組合で客員指導員をしておりますレイナース・ロックブルズです。こちらが指導員の長の――」

「クレマンティーヌだよ。よろしくー」

 

 クレマンティーヌは軽い口調で片手を上げる。

 

「それで――」

「その前にさ」

 

 クレマンティーヌはレイナースの言葉を遮った。

 

「罠とかないの分かるよねー。姿を見せてくんないかな?」

 

 蒼の薔薇三人の間に緊張感が走り、レイナースだけが戸惑いの表情を浮かべている。

 やがて蒼の薔薇が目くばせをすると、アインドラが小さく右手を動かした。

 それに呼応して、ふたつの人影がじわりと滲み出すように現れる。

 ひとつはクレマンティーヌの斜め前に。もうひとつは――

 

「きゃっ」

 

 レイナースが大きくのけぞる。

 彼女の顔のすぐ真横に人影が現れたからだ。

 

 それはアインドラよりやや小柄で、顔と身体つきが似ている二人の女だった。

 似ていると言うよりクレマンティーヌの目には同じに見える。

 背格好だけでなく髪型も全く同じだ。

 身を隠す技能を持っているあたり盗賊か暗殺者なのだろう。

 それぞれが赤と青の――おそらく水着であろう装備を身に付けている。

 その色だけが違いだ。

 

「……目聡い」

「……眼福」

 

 赤い方はクレマンティーヌに鋭い視線を向け、青い方は熱い視線でレイナースを見ていた。

 

「これは……失礼をいたしました。彼女たちが身を隠していたのはお察しの通り用心のためです。決して貴女がたに害をなすためではありません。リーダーである私から謝罪させていただきます」

 

 アインドラは聖印を握り頭を深く下げた。

 おそらく形式に則った謝罪なのだろう、レイナースが驚いた表情で蒼の薔薇のリーダーを見つめている。

 だが、どれだけ形式に則った真摯な謝罪であろうが、クレマンティーヌには関係ない。

 

「分かってたから気にしないけど……。貸しにしとくねー」

「ふふ。お手柔らかにお願いいたします」

 

 ネチネチと責め立てても良かったが、クレマンティーヌは引いておくことにした。

 

「お見えになったのが人間の……女性の方で少し安心いたしました」

「んー? アンデッドや亜人が来ると思ってた?」

「いえ。そこまで考えていた訳ではありません。ですが、多くの種族で成り立っている国とお聞きしていましたので、人間種以外の御使者であったとき失礼なく対応できるかどうか気にかけておりました」

「まあ最初だからね。魔導王陛下がご配慮くださったんじゃないかな?」

 

 クレマンティーヌが魔導王の名を出すとガガーランが僅かに眉を顰める。

 他のメンバーの雰囲気から察するに、魔導国に対して良い印象を持っていないのは間違いない。

 

(そりゃ大好きな国じゃあないよねー)

 

 クレマンティーヌはほんの少しだけ蒼の薔薇に親近感を抱く。

 横ではレイナースがカフェの従業員に5人分の椅子と飲み物を用意させていた。

 さすがに貴族出身だけあって、よく気が回ることだと感心する。

 

「お二人とも、素敵なお召し物ですね」

 

 蒼の薔薇が思い思いの場所に椅子を動かしている中、アインドラがクレマンティーヌに話しかけてくる。

 

「あー、これねー。魔導国(うち)の流行りの水着だよー」

 

 クレマンティーヌが笑顔でそう返すと、レイナースは僅かに眉を(ひそ)めアインドラは驚きの表情を見せる。

 

「引き合いがあれば、そのうち王国でも手に入るようになるんじゃない?」

「それは、楽しみですね」

 

 冗談だと察したのかアインドラは無難に切り返し、その横に立つ青水着の盗賊だけが何故だか鼻息を荒くしていた。

 ふいに大きな影がクレマンティーヌに近づいてくる。

 

「――アンタと会うのは二度目だな?」

 

 話しかけてきたのは巨大な女(ガガーラン)だ。

 

「……ん? そーお? 覚えてないなー」

 

 話には何度も聞いているが、クレマンティーヌは蒼の薔薇と実際に会うのは初めてだ。

 ズーラーノーンに居たときは王都に行ったことはないし、漆黒聖典時代にも直接関わった記憶は無い。

 

「あの胡散臭い男はどうした?」

 

(カジットのことを知っている? 不味(まず)ったか?)

 

 どうやら蒼の薔薇はアンデッド事件のことを知っているようだ。

 あの事件のときエ・ランテルは王国領だった。

 当時の都市長だった人物は王都に戻ったと聞いている。

 元都市長の報告で王国の冒険者があの事件のことを把握していてもおかしくない。

 そのことに気づかなかった不注意をクレマンティーヌは悔やんだ。

 

 蒼の薔薇がどこまで情報を押さえているのか知っておきたい。

 だが、余計な情報を与えたり、特に横に居るレイナースに過去を詮索されることは避けなければならない。

 

(殺していいんなら色々出来んだけどね)

 

 今回の任務では人傷沙汰は許されていない。

 その指示を出したのはプルトン・アインザック(どうでも良い相手)だが、背後に存在する魔導王は最重要にして優先、しかも特別事項だ。

 

(ここはトボけるっきゃないか……)

 

 クレマンティーヌはそう判断する。

 

「んー誰だろ? 私ってば彼氏多いから分かんないんだよねー。生きてるほう? それとも死んでるほう?」

 

 ガガーランは訝しげな表情を浮かべた。

 レイナースがまた驚いた顔を見せるが、その理由は分からない。

 

「……どう思う?」

「話す気がないのは分かる。人違いの可能性もなくはない」

 

 クレマンティーヌを見ながらガガーランは赤い方の盗賊と話している。

 青い方は先ほどから変わることなく荒い息でレイナースの全身を舐め回すように眺めていた。

 

「どうやら、こっちの勘違いだったみたいだ。気にしないでくれ」

 

 察しが良いのか、時間の浪費を避けたのか、ガガーランは詮索を打ち切ってくれた。

 

「有名人は心配事が多いから大変だねー」

 

 内心安堵しつつもクレマンティーヌはガガーランたちを気遣う振りをする。

 気遣いついでに蒼の薔薇が関わった事件の話を振ってみることにした。

 

「そーいえば、この国でヤルダなんとかが暴れたとき蒼の薔薇さんは大活躍したんでしょ。アダマンタイト級冒険者の戦い、見たかったなー」

 

 クレマンティーヌの言葉にアインドラは僅かに目を伏せた。

 他のメンバーもまたそれぞれ険しい表情を浮かべている。

 

「いえ。ヤルダバオトの件で我々は何も出来ませんでした……。全ては今、そちら――魔導国に居られるモモンさんのご活躍の成果です」

 

 チビの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が力強く何度も頷いていた。

 その表情は分からないが、なんとなく自慢げな雰囲気なのが察せられる。

 蒼の薔薇はモモンの正体を知らないのだろうか。

 

本気(マジ)……? それともこっちを引っ掛けようとでもしてんの?)

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の建国後、エ・ランテル市民を守護するためにモモンは魔導王の部下になった。

 出自不明の英雄が抗うこともなく、出自不明の不死者(アンデッド)の王の下に就いたのだ。

 両者が裏で結託していたと考える者が居てもおかしくない。

 アダマンタイト級の冒険者ともなれば、すでにモモンの正体に()()()を付けているのではないかとクレマンティーヌは思っていた。

 あるいは魔導王の関係を知っているクレマンティーヌだからそう見えているだけで、外部から見ればモモンは英雄のままなのだろうか。

 もし蒼の薔薇がモモンに疑念を抱いていないとすれば、下手に探りを入れるとクレマンティーヌの立場と命を確実に(おびや)かすことになる。

 

「あー、まあ、当事者だと感覚が違うのかなー?」

 

 クレマンティーヌはさっさと話を打ち切ることにした。

 気を遣いながら喋るのは反吐が出るほどムカつくが、自分の生死に関わる問題だから仕方がない。

 チビの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が何か言いたそうにしていた。

 聞くと面倒なことになりそうなので、気付かない振りをしてやり過ごすことにする。

 レイナースが横目でチラチラと様子を窺っているのは、モモンについて気になることでもあるのだろうか。

 

「それで用件はなんだ? 世間話をするために金を払った訳ではないだろう」

 

 チビの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が口を挟んでくる。

 仮面か魔法の影響で声がくぐもって聞こえるが、その口調は明らかに焦れていた。

 無視をされたので腹を立てたのかも知れない。

 良いタイミングだと判断したクレマンティーヌは、レイナースに目くばせをすると本題に入ることにした。

 

「そんじゃ単刀直入に言うね。蒼の薔薇さんにはさ、魔導国の冒険者になってもらいたいんだよねー」

 

◇◆◇

 

 リ・ロベルに赴くクレマンティーヌが魔導王から最初に命じられたのは海運商人とやらに会うことだ。

 

 組織の末端を締め付けるためなら自分のような可憐な女子より、直属のモンスターかアンデッドが行った方が良いのではないかとクレマンティーヌは思う。

 相手を油断をさせて失策を誘おうとでもしているのだろうか。

 

「そして、もうひとつの任務なのだが――」

 

 どんな態度で商人に会えば良いのか。

 どんな事態を引き起こすことが魔導王にとっての最適なのか。

 それを考えているうちに次の任務が振られてくる。

 慌ててクレマンティーヌは魔導王の言葉へと意識を集中する。

 

「――リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇と、その……移籍交渉をしてもらいたい」

「畏まりました」

 

 クレマンティーヌは即座に任務を引き受けた。

 

 どうせ魔導王の命令に逆らうことなどできないのだ。

 任務の内容など後から考えればいい。

 魔導王の口調が少し遠慮がちに聞こえたが、それはクレマンティーヌの勘違いだろう。

 横に座っている冒険者組合長が、やたら大袈裟に驚き喜んでいる様が煩わしかった。

 クレマンティーヌの脳内にある「逐電するときの復讐リスト」のランキングをアインザックが駆けあがっていくのが分かる。

 

「……大丈夫か? 蒼の薔薇だぞ?」

 

 魔導王の言葉に蒼の薔薇って誰だっけ、とクレマンティーヌは考え、それが王国所属の冒険者チームの名だということを思い出した。

 

(たしか王国に二つしかないアダマンタイト級で、リーダーは王国貴族の出で、女ばかりのチームで……)

 

 他国に――それもアンデッドの国に鞍替えすることなど、天地がひっくり返らない限りありえない冒険者チームだ。

 そして魔法ひとつで天地をひっくり返しそうな魔導王に喜色満面のアインザックが話しかける。

 

「おそらく彼女には勝算があるのでしょう。もしかすると蒼の薔薇とは旧知であったりとか?」

「なに……? 蒼の薔薇と面識が?」

 

 アインザックは勝手に他人の交友関係を想像し、それに魔導王が素直に反応した。

 

他人(ひと)の過去を捏造すんじゃねーよ! 骨野郎から怪しまれたらどうすんだ!!)

 

 クレマンティーヌは激怒したが、それを表に出すことはなんとか抑えた。

 逐電復讐リストのランキングトップにアインザックが躍り出たことを感じながら、クレマンティーヌは深々と頭を下げる。

 

「……いえ。残念ですが、私は蒼の薔薇と面識はありません。それでも魔導王陛下のご命令とあれば、いかなる難行であっても命を賭して挑むつもりです」

 

 思っていないことを口にするのは簡単である。

 何故なら考える必要がないからだ。

 

「さすがは冒険者組合きっての魔導王陛下の忠臣、クレマンティーヌ……君ですな」

 

 嫌みとも皮肉とも聞こえるアインザックの言葉に、右手が殺意で震えるのが分かった。

 魔導王はちらりと冒険者組合長を見て、それからクレマンティーヌへと視線を戻す。

 

「ふむ。それは心強い。だが、あー、その……なんだ。この任務について事を急ぐ必要はない」

 

 アインザックが驚きの表情で魔導王を見た。

 これはクレマンティーヌも同じ気持ちだ。

 

「確かに蒼の薔薇は有名な冒険者チームだ。彼女らを招聘できればそれは魔導国にとって大きなせんで……成果となるだろう。だが、その……最初から有名な冒険者を借りたのでは、我が国……の冒険者組合の優秀さが伝わらないからな」

 

 アインザックの表情が険しいものに変わる。

 クレマンティーヌは表情を変えることなく次の言葉を待った。

 

「それに蒼の薔薇のような国を代表する冒険者ともなれば、全てをなげうって我が国の冒険者になることは難しい。……そうだったな、組合長?」

「……はっ! た、確かにその通りです」

「困難を即座に成し遂げようとすればどこか問題が生じる。問題はひとつやふたつではないぞ」

 

 アインザックの顔面が蒼白になった。

 この様子では、蒼の薔薇を招聘する計画は冒険者組合長が提案したもののようだ。

 余計なことをしやがってと思いつつ、クレマンティーヌは魔導王の企みを水面下に感じ取る。

 

 おそらく魔導王は王国で何か事件を起こす計画を進めているのだろう。

 そのため今は蒼の薔薇の取り込む時期ではないと判断しているのだ。

 そして蒼の薔薇に別の役割を与えるつもりなのかも知れない。

 

(公開処刑の生贄とか……ね)

 

 魔導王がアインザックを見る。

 組合長が酷く動揺しているのがクレマンティーヌには感じ取れた。

 自分の提案が魔導王から否定されたのだ。

 命の危険すら感じていることだろう。

 

「そう悲観するなアインザック。私は、お前たちのし、指導……そう。お前たちの指導と育成の成功を望んでいる。借り物の冒険者に頼らずともな。それは時間――私にとっては、ほんの僅かなものだが――が、解決できると信じているぞ」

 

 蒼白だった組合長の表情が和らぐ。

 中年男がころころと表情を変えても、別にクレマンティーヌとしては面白くもなんともない。

 気がかりなのは魔導王が信じる、と口にしたことだ。

 

 信じるという行為は、それが裏切られたときに大きな鋭い牙を剥く。

 冒険者組合がどうなろうとクレマンティーヌの知ったことではないが、その牙に自分がズタズタにされるのは御免だ。

 

 そもそも魔導王は先々蒼の薔薇を取り込みたいのだろうか。

 言葉通りであるならば、今回の交渉は失敗して招聘できない方が良いように思える。

 

(でも……そんなに簡単な話じゃないよねぇ)

 

 クレマンティーヌは交渉に失敗した時のことを考える。

 

 蒼の薔薇の招聘を失敗

  ↓

 任務が遂行できない愚か者は魔導国に不要

  ↓

 そういえば新しい指導員は人肉食のトロールだ

  ↓

 新指導員の歓迎料理の食材には旧指導員(クレマンティーヌ)を使おう

  ↓

 処刑

 

 ゴ・ギンの舌に合うよう様々な調理法を試される自らの姿をクレマンティーヌは幻視する。

 では、蒼の薔薇をエ・ランテルに連れてくる方が良いのかというとそうとも断言できない。

 

 蒼の薔薇の招聘に成功

  ↓

 リ・エスティーゼ王国に仕掛けていた計画が頓挫

  ↓

 支配者の真意を見抜けぬ愚か者は魔導国に不要

  ↓

 そういえば新しい指導員は(以下略)

 

 どちらに転んでもクレマンティーヌは解体され、エ・ランテルの肉屋の店頭に並んでいるように思える。

 

(……こりゃアレか? 私を処分す(ハメ)るための罠か?)

 

 クレマンティーヌは視線だけを動かして魔導王とアインザックを見比べる。

 組合長は感極まった眼差しで魔導王を見つめており、そしてアンデッドの髑髏顔からは感情が読み取れない。

 

(アインザックはどうでもいいとして……)

 

 とにかく処刑の口実を与えないことがクレマンティーヌの最優先だ。

 それには魔導国の絶対的支配者(オーバーロード)である魔導王の言質(げんち)を取るしかない。

 魔導王が僅かに頭を巡らせ、クレマンティーヌは素早く目を伏せる。

 

「――とはいえ、蒼の薔薇が冒険者としての現状に不満を抱えており、未知を探求したいと心から願っているのであれば、我が魔導国の……冒険者組合の門戸は常に開いている。そのように伝えるのだ。クレマンティーヌよ、良いな」

「はっ! 陛下のお言葉、蒼の薔薇の心に強く刻まれること間違いありません」

 

 クレマンティーヌは深々と頭を下げた。

 頭を下げながら魔導王をどう誘導すべきかを考える。

 

 まずは自らの行動を明示しつつ、それとは悟られないように簡単な目標設定を認めてもらうことだ。

 幸い今回は魔導王自ら任務が抱える問題を明示してくれた。

 そんな人間の不文律をアンデッドが遵守するかどうかは分からないが、ここに賭けるしか手立てがない。

 クレマンティーヌはおずおずと口を開いた。

 

「蒼の薔薇はリ・エスティーゼ王国を代表する冒険者です。陛下が懸念されている通り、その移籍には多くの問題が付いて回ります。ですが、今回の交渉結果がどうであれ、今の陛下のお言葉は確実に彼女たちの心に残るでしょう。幾度か交渉を重ねさえすれば、いずれ陛下が望む結果が得られると存じます」

 

 要するに、今回の交渉が駄目でも次の機会があるから私を殺さないでね、という遠回しかつ切なる願いである。

 そんなクレマンティーヌの思惑に気付いているのかいないのか、アンデッドの王は髑髏の顎に手を当て小さく頷いていた。

 

「……ふむ。何事も一度で成し遂げられることばかりではない。急いては事を仕損じるとも言う。今回は言わば、飛び込み営業……ではないが、営業の第一歩ということになるな」

 

 営業の第一歩。

 どこかで聞いたような言葉だったが、どこで聞いたのかクレマンティーヌは思い出せなかった。

 

「なるほど。クレマンティーヌ君が魔導王陛下の理念と我が冒険者組合の実情を蒼の薔薇に伝えておけば、次からの交渉が滞りなく進むという訳ですな」

 

 横からアインザックがしゃしゃり出てくる。

 機嫌の良さそうな声がクレマンティーヌの(かん)(さわ)った。

 

「すでに蒼の薔薇にはリ・ロベルに来てもらうことを了解してもらっております。王都リ・エスティーゼの冒険者組合に()()()()私の知人が居りまして、彼に随分と骨を折……尽力してもらいました」

 

 アインザックが懸命に自分の人脈を誇示する。

 それを感心する様子は魔導王にはなく、もちろんクレマンティーヌも何も思うところはない。

 応接室に満ちた乾いた空気に、アインザックが小さく咳ばらいをする。

 

 結局のところクレマンティーヌは魔導王と組合長の計画に嵌められたのだ。

 誰が見ても分かる巨大な落とし穴に無理やり投げ込まれたという方が正しいかも知れない。

 蒼の薔薇と交渉することは決まっていて、後は任務を現地(リ・ロベル)に向かうクレマンティーヌに押し付けるだけだったのだ。

 

(回りくどいことをしやがって……)

 

 それでもレイナースを連れて行けるのは幸いだ。

 説明などの事務的な手続き(面倒事)を全部押し付けられる。

 

「お、恐れながら魔導王陛下」

 

 アインザックの少し震えた声が応接室に響いた。

 クレマンティーヌがゆっくりと顔を上げると、魔導王の視線はすでに冒険者組合長に向いている。

 

「……どうした?」

「蒼の薔薇との交渉におきましては、モモン殿にも依頼をするのはいかがでしょうか? リ・エスティーゼで共に戦った彼の言葉であれば、蒼の薔薇も心を動かすのでは?」

 

 アインザックの提案にしては至極まともだとクレマンティーヌは感じた。

 

「んん? モモン? モモンか……。そうだなデ……ヤルダバオトの一件で共に戦ったモモンであれば、蒼の薔薇も移籍に前向きとなるかも知れないな……」

 

 魔導王は顎に手を当て考える仕草を見せた。

 奸智に長けた魔導王が本当に考えているかどうかは分からない。

 すでに決まっている手順を、どう言葉にするか考えているだけのように見える。

 

 クレマンティーヌとしては本物と偽物、どちらのモモンであれ蒼の薔薇との交渉を全て引き受けてくれるなら大賛成だ。

 問題は組合長が「モモン殿にも」と言ったことである。

 もし、今回のリ・ロベルに同行してくるなんてことになるようなら、どちらのモモンであれ大反対だ。

 無論、クレマンティーヌに拒否する術はなく、命令があれば粛々と従う他に術はないのだが。

 

 危険極まる提案をした組合長への怨嗟を押し隠し、引き攣った笑顔でクレマンティーヌは、思案中の魔導王を見つめる。

 そして救いは眼前のアンデッドからもたらされた。

 

「――だが、今は無理だ。(モモン)にはエ・ランテルでやってもらう事が残っているからな」

 

 アインザックの気落ちした様子が伝わってきた。

 クレマンティーヌは心の中で喝采を上げる。

 

「とはいえ冒険者であった彼を、いつまでもエ・ランテルに縛り付けておくのも考え物だ。魔導国の冒険者組合としては優秀な彼――のチームを上手く活用したいだろうからな」

「は、はい。私としても彼ら漆黒との関係をより強固なものにしていきたいと考えております」

 

 組合長の言葉を聞いて魔導王が僅かに固まり、そして視線が動いたようにクレマンティーヌには感じられた。

 

「そう……そうだな。彼らとは上手く付き合ってもらわなければな」

 

 魔導王が噛みしめるように呟くと、アインザックは満足そうに頷いた。

 モモンの正体を知っているクレマンティーヌとしては、とんだ茶番だと感じているが、それを面に出すことはない。

 魔導王の視線が目の前にあるのだ。

 

「クレマンティーヌよ」

「はっ」

 

 急に名を呼ばれても、今のクレマンティーヌに隙はない。

 

「冒険者組合におけるお前の価値は非常に高い。先ほど命を賭すと言ったが、無闇に命を捨てるような行いはするな。良いな」

「はっ。魔導王陛下の慈悲深いお心遣いに感謝いたします」

 

 まずは魔導王への感謝の言葉だ。

 そして価値が高いと言うのは明らかな嘘だとクレマンティーヌは看破している。

 つまるところモモンの正体をバラせば命がないぞと、遠回しに言っているだけに過ぎない。

 

「そ、そうだ! そうだったクレマンティーヌ君!」

 

 アインザックが何かを思い出したようだ。

 

「今回の交渉はだな、あくまでも話し合いで……。その、なんというか……リ・エスティーゼ王国に害を与えたくはないのだ。くれぐれも人傷沙汰は自重してくれたまえよ」

 

 おずおずと組合長が釘を刺してきた。

 クレマンティーヌは腹を立てつつも、ここで感情をぶちまけるような真似はしない。

 

「……はい。魔導国冒険者組合の代表として失礼のないよう行動いたします」

 

 真正面にいるアンデッドの手前、クレマンティーヌはアインザックを立てた。

 アダマンタイト級冒険者への引き抜き交渉だけで十分な害だろうと思ったが、それも口にはしない。

 

「そうだ。事を荒立てずに済むならそれに越したことはない。共存共栄が一番だからな」

 

 最後の魔導王の言葉への突っ込みも、クレマンティーヌはなんとか奥歯で噛み殺した。

 

「それは良か……おほん。よろしく頼む、クレマンティーヌ君」

 

 威厳を保とうとするアインザックの事は、すでにクレマンティーヌの意識にはない。

 理解に苦しむ交渉役に任じられ、それをどうやって果たすべきかに切り替わっていた。

 

 交渉に成功したら駄目で、失敗しても駄目。

 得意の剣もご法度で、相手の心証を損ねるのも避けなければならない。

 

(こんなん私に命令するこっちゃないだろ……)

 

 頭を抱えたくなる状況だが、それでもクレマンティーヌの心に小さな期待が芽生えている。

 

(噂のアダマンタイト級冒険者。一度、(ナマ)で見ておきたいよね)

 

 蒼の薔薇を見る機会が訪れたのだ。

 アダマンタイト級冒険者が、どれほどの力を持っているのか(じか)に見極めることができる。

 

 これだけは、強さを是とする戦士クレマンティーヌの(あらが)い難い欲であった。

 

◇◆◇

 

「ほう? 私たちに魔導国の冒険者になれと?」

 

 クレマンティーヌの言葉を仮面のチビ(イビルアイ)が確認する。

 即座に拒否されると思っていたクレマンティーヌにとっては意外な反応だ。

 蒼の薔薇のメンバーは皆、イビルアイを注視している。

 このチビが蒼の薔薇の実質的な意思決定者なのか、あるいは魔導王かアインズ・ウール・ゴウン魔導国と因縁があるのだろうか。

 

 クレマンティーヌは警戒しながらも努めて笑顔を維持する。

 

「悪い話じゃないと思うんだけどなー。魔導国(うち)の冒険者組合の話は聞いてるよね?」

 

 チビ(イビルアイ)は尊大に腕を組んだまま他のメンバーの様子を窺う。

 

「……いや、知らん。教えてくれ」

 

 そう言ったのはガガーランだ。

 

 これが嘘なのはクレマンティーヌも分かる。

 魔導国の冒険者募集は、魔導王本人が帝国大闘技場で大々的に行ったと聞いていた。

 あらゆる情報を集め精査して生き残ろうとする冒険者――それも最高位のアダマンタイト級冒険者チームが、その程度のことを知らない筈がない。

 

(ま、魔導国(こっち)からの情報も欲しいよねぇ……)

 

 魔導国の人間から直接情報を得ること。

 これが今回蒼の薔薇がアインザックの要請に応じた目的なのは間違いないだろう。

 

 場所が王国の都市(リ・ロベル)であっても、魔導国の人間と会えば蒼の薔薇にとっては悪評になる。

 強大な敵国である魔導国とリ・エスティーゼ王国の、それも王族ではない武装集団が会うのだ。

 少しでも国政に触れた者であれば、そこに内通や裏切りを見出すのはごく自然なことである。

 貴族であるアインドラがそれに気づかぬ筈もない。

 それでもなお、こうして交渉の席に赴いたのは、それだけ蒼の薔薇とリ・エスティーゼ王国が魔導国への対応に苦慮している表れなのだろう。

 

(情報を集めてどうにかなるモンじゃないけどさ)

 

 魔導王とその配下の化け物たちを思い出しながら、クレマンティーヌは蒼の薔薇に少なからず同情する。

 

「そんじゃさ。説明してやってよ。蒼の薔薇さんたちに」

 

 クレマンティーヌが促すとレイナース・ロックブルズは力強く頷いた。

 帝国女騎士は背筋をピンと伸ばし、訓練所の座学のように熱をこめて説明をした。

 

 レイナースが語った内容は以下の三点だ。

 

 魔導王が掲げる冒険者像とその目的。

 冒険者組合の規模と育成環境。

 多くの有力者から支持を得ている財務状況。

 

 露出過多の水着姿でなければ、そのまま組合の説明手本になりそうな見事なものだった。

 バハルス帝国の要職を任されているだけあって、要点を上手く押さえてあって無駄がない。

 組織人としての経験に乏しいクレマンティーヌでは、こんな説明はできなかっただろう。

 

 初めは胡散臭そうに聞いていた蒼の薔薇も、すぐにレイナースの話に聞き入っていた。

 最も熱心だったのは青装備の盗賊であるが、そこには別の執着心が宿っているようで冒険者組合に興味があるのかどうかは分からなかったが。

 

「まるで冒険者の学校」

「帝国魔法学院みたいね」

「皇帝の入れ知恵じゃないか」

「だから四騎士が?」

「商売敵が増えるわね」

「アイテムの集中を懸念」

 

 蒼の薔薇は各々が感想を交わしながら納得しているようだ。

 多分に誤解も混じっているようだが、面倒なのでクレマンティーヌは訂正しない。

 極端な反感さえ持たれなければ、ある程度は事実と違う方が後々好都合だ。

 

 ガガーランが軽く手を上げる。

 

「質問、いいか?」

「うーん。国家機密じゃなきゃ教えるよ」

 

 考える振りをしてクレマンティーヌは了解した。

 岩のような外見に似合わず、質問の前に手を上げる律義さに、ガガーランへの評価を修正する。

 

「その冒険者見習いって奴らから死人は出てないのか?」

「今のところは出ていませんわ」

 

 すぐにレイナースが応じた。

 

「怪我人はしょっちゅーだけどねー」

 

 クレマンティーヌは両手を広げ首をすくめてみせた。

 蒼の薔薇は意外そうな表情で顔を見合わせる。

 強大なアンデッドが冒険者のひよっこたちを虐待しているとでも思っていたのだろう。

 次に手を上げたのはアインドラだ。

 

「費用は全て住民の皆さんの支援で(まかな)っているのですか?」

「詳しい内訳は存知ませんが、現在、組合の予算の半分以上は国からと聞いています」

「立ち上げは魔導王陛下のポケットマネーだって組合長が言ってたけどね」

 

 ガガーランが小さく口笛を吹いた。

 

「羽振りの()い話だな。魔導国はそんなにもうかってんのか?」

「どうだろうね。魔導王陛下が大金持ちなだけかもよ~」

 

 クレマンティーヌは曖昧な物言いをする。

 予算は力であり、その配分は国家運営の指針だ。

 相手の推測を事実だと認めるような真似をクレマンティーヌはしない。

 

「冒険者組合は人間だけでやっているのか? 組合長は人間なのだろう? アンデッド……や亜人もいるのか?」

 

 くぐもった声で質問したのはイビルアイ(チビ)だ。

 こちらは腕を組んだままそっくり返っており魔導国への反感を隠していない。

 

「冒険者組合にはアンデッドも亜人も所属していますわ。ただし冒険者見習いにアンデッドはおりません。何人かのアンデッドの方が職員には居られますが」

 

 レイナースの言葉に蒼の薔薇は皆、理解不能といった表情を浮かべる。

 

 それはそうだろう。

 生者を憎むアンデッドが、生者に混じって働いていますと聞いて納得できるほど人間の頭は柔軟ではない。

 

「魔導王陛下からの推薦でもあれば、アンデッドの冒険者もすぐに出てくるかもね」

 

 配下の強さを知っているクレマンティーヌがそう付け加えると、蒼の薔薇の視線が何故かイビルアイに集中した。

 仮面で表情は分からないが、不機嫌そうな様子は変わっていない。

 このイビルアイ(チビ)はアンデッドか亜人に個人的な恨みを持っているのだろうと、クレマンティーヌは考える。

 しばらく無言が続き、質問が終わったと判断したレイナースが姿勢を正した。

 

「魔導王陛下は蒼の薔薇の皆さんの能力を認め期待しておられます。どうでしょう? ()()魔導国の冒険者組合に来ていただけませんか?」

 

 蒼の薔薇は皆、どこか苦々しげな顔だ。

 仮面を着けたイビルアイだけはその表情が見えないが、不機嫌そうな雰囲気は十分に伝わってきた。

 

「魔導王陛下が求めてんのは冒険と発見だってよ~? アンタたちも色々思うとこあんでしょ。ただの武力扱いってのには、さ。それともアレ? これからも偉いさんたちからの高額依頼でモンスター討伐に明け暮れちゃう?」

 

 レイナースの丸出しの背中を眺めながら、クレマンティーヌが補足しながら煽った。

 魔導王の物言いを自分なりに伝えたつもりだ。

 

 彼女たちが何を考えて冒険者の道を選んだのかは分からない。

 ただ武力を振るいたいだけなら国や貴族の強力な兵として生きれば良いのだ。

 かつてのクレマンティーヌのように。

 

 浪漫だ発見だと、子供じみたことを夢見たからこそ冒険者という立場を選んだのだろう。

 それなら武力に乏しいリ・エスティーゼ王国より、国を守る必要のない魔導国の方が(くすぶ)ることなく夢に邁進できる筈だ。

 しかし――

 

(アンデッドの国なんて信用できないよねー)

 

 蒼の薔薇が考えていることがクレマンティーヌには手に取るように分かる。

 今の蒼の薔薇は断る理由を探しているのだ。

 

 レイナースが説明した魔導国冒険者組合は所属する者には理想的だ。

 そして魔導国もまた圧政を敷いている様子はなく、明らかに王国よりも国民を厚遇している。

 どこか人道に(もと)る仕組みや出来事があれば、それを理由に拒絶できただろう。

 蒼の薔薇はクレマンティーヌたちに質問しながら問題点を探していたのだ。

 だが、それを見つけることができなかった。

 

 理屈で否定できないとき最後の判断基準は感情や肌感覚になる。

 これは生死のかかった場では重要な判断基準であるが、アンデッド側の合理的な勧誘に対して感覚で拒否するというのは、生きた人間として哀しくも情けないものだ。

 

 そんな思い悩むアダマンタイト級冒険者を見るのは楽しいが、一方、これはクレマンティーヌにとって不味い状況でもあった。

 ここで蒼の薔薇に明確な意思表示を求めたら、断るにしても承諾するにしても覆すのが困難になってしまう。

 それは、曖昧決着で繋がる筈のクレマンティーヌの首が、五割の確率で落ちてしまうのだ。

 

(逃げ道を作んなきゃね……)

 

 弱敵に逃げ道を与えるのは被害を抑制するための兵法の基本だ。

 これは交渉事にも通じる真理であった。

 

「そんじゃ今回の――」

「その……モモン様は冒険者組合に、どう……なんだ?」

 

 交渉の一時休止を告げようとした言葉はイビルアイに遮られた。

 

 漠然とした質問の意味が分からずクレマンティーヌは、腹を立てる前に戸惑った。

 レイナースも訳が分からないようで困った表情のまま振り返る。

 

「……どうって何の話?」

 

 チビ(イビルアイ)が尊称付きでモモンを呼んでいた理由を気にしながら、クレマンティーヌは質問の意図を問う。

 

「えーっと、あの……そ、そうだ! モモン様はエ・ランテル(そっち)の冒険者組合に所属していたのだろう? 魔導王が組合をいじったことを何か言ってなかったのか?」

 

 レイナースがもう一度クレマンティーヌを見て小さく頷く。

 表情が妙に生暖かい理由はよく分からない。

 

「モモン様は現在、冒険者組合と直接のお付き……関係はございませんわ。組合の再編時に助言を頂いたという話は存じませんが、魔導王陛下のエ・ランテル統治にご協力くださっています」

「そんな馬鹿なことがあるかぁっ!」

 

 仮面の下から大きな叫び声が響いた。

 水着姿の小さな身体が細かく震えている。

 レイナースの説明の、どこに怒る理由があったのだろうか。

 

「王国民を虐殺したんだぞっ、魔導王はっ! あ、あ、あのモモン様が……そんなアンデッドに加担なんかする筈ない!!」

 

 今度はレイナースの表情が険しくなる。

 

「魔導王陛下は立派な方ですわ。前の戦争にもお心を痛め被害に遭った人たちを救済する政策をいくつも行われています!」

 

 帝国女騎士がイビルアイに劣らぬ熱量で言い返した。

 露出度の違う水着姿で大きいのと小さいのが睨み合う。

 

 イビルアイの憤りはどうやら本物のようだ。

 こちらの様子を窺う素振りもなく、蒼の薔薇の他のメンバーも諦観というか、哀しげな表情でイビルアイとレイナースを見比べている。

 女騎士の声が大きくなった。

 

「魔導王陛下はジルクニフ皇帝からの要請に応じ、心ならずも魔法を使っただけです。戦争という場において、戦う相手に慈悲を与えることの危険性は冒険者の方であればご存じでしょう。そして陛下は戦後、魔導国の国民となった者には手厚い支援を行なっておりますわ。では、リ・エスティーゼ王国では被害に遭われた方にどのような支援をなされているのですか?」

 

 蒼の薔薇の表情が苦々しいものになった。

 イビルアイの小さな肩が細かく震え、仮面の模様までも悔しそうに見える。

 

「そ、そんなに偉くて慈悲深いアンデッドだったら冒険者なんかに頼らず、魔導王が自分で冒険に出ればいいだろうが!」

「うーん。すでに陛下はいくつも偉業を成し遂げてるんだよねー」

 

 思わずクレマンティーヌは口を出した。

 イビルアイの怒る様子があまりに面白かったからだ。

 

「そうです! 危機に瀕していたローブル聖王国やドワーフの国を陛下はお救いになられました。慈悲深い統治と比類なき偉業。こんなことを両立できる人がアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の他にいるでしょうか?」

 

 レイナースがエ・ランテルで聞いた話を付け加える。

 その熱のこもった様子に、クレマンティーヌは少し不安を感じた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 イビルアイの仮面の下から悔しそうなうめき声が聞こえる。

 

「……だ、大体、魔導国にはモモン様がいるだろう。あの方……のチームだったらどんな冒険だって容易く成し遂げられる筈だ」

 

 絞り出すようなイビルアイの反論をレイナースは余裕で受け止めた。

 

「先ほども説明しましたがモモン様は現在、魔導王陛下の要請を受けて、エ・ランテルの統治にご協力いただいているのです。冒険者組合(私たち)の要請に応じるためにはもう少し時間が必要ですわ」

 

 レイナースがチラチラとクレマンティーヌの顔を窺っている。

 女騎士はモモンの正体に感づいているのだろうか。

 クレマンティーヌとしては非常に気になるところだが、下手に踏み込んで自ら墓穴を掘る真似はしたくはない。

 

 正体はさておいてもエ・ランテルにおけるモモンの影響力は大きい。

 冒険者組合長のアインザックでさえもモモンとの繋がりを維持しようと躍起になっていた。

 先日の懇親会とその結果にも出たように冒険者組合への支援や協力は、モモンのお墨付きがあればこそだ。

 そんな審査機関として機能している存在を冒険者として取り込んでしまっては、エ・ランテルで経済活動を行う他の組合や団体から大きな反発を招くことになるだろう。

 

「ふん。モモン様は魔導王を監視してるのだ。お前たちの甘言に乗ってエ・ランテルを離れる訳がない」

 

 イビルアイという勇ましいチビの魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、モモンの信奉者であることはどうやら間違いないようだ。

 いささか度が過ぎているようでもあるが。

 

「そんなことはありませんわ。モモン様は冒険者組合にもご協力いただいています。先日だって冒険者組合が催した夜会にご出席くださいましたわ」

 

 冒険者組合を(くさ)すイビルアイの物言いが気に入らないのかレイナースが強く反論した。

 そして、その言葉はイビルアイのみならず、蒼の薔薇のメンバーにも衝撃を与えたようだ。

 

「夜会……? モモン様が……?」

「これは驚き」

「あの時は祝賀会もお断りされたのに……」

 

 レイナースが自慢気に胸を張り、豊かな双球がふるりと弾んだ。

 ちらりと振り向いた女騎士が親指を立てる。

 その仕草に不穏なものを感じながら、クレマンティーヌはキンキンに冷やされたグラスから果実水を飲もうとして――

 

「それに、こちらに居られるクレマンティーヌ様はモモン様と親しくされているのですよ?」

「ン何だとぉ!?」

「……ぶほっ!」

 

 口に含んだ果実水をクレマンティーヌは派手に噴き出した。

 咳き込む彼女をよそにレイナースが言葉を続ける。

 

「クレマンティーヌ様はモモン様から花を頂いたこともあるのです。これもモモン様がクレマンティーヌ様と冒険者組合を信用していればこそですわ」

 

 蒼の薔薇の一同が唖然としていた。

 クレマンティーヌは狼狽していた。

 

「あ、あ、あれは、そーいうのじゃなくって……」

 

 クレマンティーヌは頭の中で色々と言葉を探したが上手い言い訳が見つからない。

 何を話してもモモンの正体に触れることになりそうな気がした。

 大体、花を貰った理由は自分でも分からないのだ。

 クレマンティーヌは蒼の薔薇を横目で窺う。

 

「モ、モモン様が……」

「こいつは驚き」

「ナーベだけじゃない?」

「英雄色好み?」

 

 一同が驚愕の表情を浮かべた中、一番小さな魔法詠唱者が最も大きな衝撃を受けていた。

 

「……ぐぬぬ。私だって……こんな立場じゃ……。近くにさえ居たら……」

 

 クレマンティーヌは殺意の視線をレイナースに向けたが、何故か分かってるような笑みを返される。

 こんな話がエ・ランテルに広がれば、魔導王とその配下からどんな扱いを受けるか知れたものではない。

 ここはクレマンティーヌとして、なんとしても否定しなければならなかった。

 

「だからー、モモンさ――んと私は、そんな関係じゃ――」

「お前ごときがモモン様を気安く呼ぶなあっ!!」

 

 クレマンティーヌの否定はイビルアイの叫びにかき消された。

 この非常事態を招いた張本人のレイナース・ロックブルズは、招聘の目的を忘れたのか、してやったりの表情で胸を張っている。

 ここに居る全員をぶち殺して全ての証拠を隠滅したいところであるが、こうも目撃者が多い場所ではどうすることもできない。

 

 レイナースへの怒りを押し隠して、クレマンティーヌは恐る恐るうつむいて肩を震わせているイビルアイに声をかける。

 

「あ、あのー、イビルアイ……さん?」

「……勝負だ」

「え?」

 

 イビルアイが顔を上げた。

 仮面の模様が憤怒の表情に見える。

 

「モモン様に、お前らのような破廉恥な女は相応しくないと証明してやる!!」

「いや、その……勝負ったって……ねぇ?」

 

 イビルアイの背後に居る蒼の薔薇のメンバーに同意を求めるが、彼女らは憐憫と諦観が入り混じった表情を浮かべるだけで何も話そうとしない。

 その無責任さにクレマンティーヌはアインドラを睨みつけたが、蒼の薔薇のリーダーはそっと目を伏せてしまった。

 

「剣でも魔法でも、なんでもいい! 私と勝負しろ!!」

 

 イビルアイの振舞いはまるで駄々っ子だ。

 そこに優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)と思しき威厳はない。

 

「私たちは魔導王陛下のご命令でここに来てんのよ。命のやり取りをしないように厳命されちゃってね」

 

 横目でレイナースを睨むが、自慢げな表情に変化はない。

 先程まで水着姿を恥じらっていたのが嘘のようだ。

 その自信満々な様子もまたイビルアイに見せつけているものなのだろう。

 

「勝ち負けがつくなら盤駒戦(パルデン)だろうが札遊び(カルデン)だろうが球技(ポボリ)だろうが構わん。お前には絶対に負けん。それともなんだ。私には勝てないから勝負したくないのか!?」

「なにをこのチ――」

 

 チビと言いかけて思いとどまったクレマンティーヌだったが、頭の隅でひとつ(ひらめ)くものがあった。

 

「そうだ! 勝敗がつく遊びだったらひとつ知ってるよ。ここ向けのヤツ」

 

 リ・ロベルの砂浜とレイナースを見てクレマンティーヌは微笑んだ。

 腰を落としてイビルアイに視線を合わせる。

 

「私が知ってる球技(ポボリ)なんだけど、それでいーい?」

 

 まるで子供に言い聞かせるようにクレマンティーヌは問いかける。

 これはイビルアイを挑発することが目的だ。

 

「ああ、いいとも。何であろうが負けん。私はお前たちより上の存在だからな」

 

 相手が乗ってきたことにクレマンティーヌはほくそ笑む。

 

「負けないって言ってたけどさー。もし負けたらどーする?」

「そんなこと、天地がひっくり返ってもありえんっ!」

 

 クレマンティーヌは身体を起こすと、ぷいと後ろを向いた。

 

「やっぱ、ただの遊びなんだねー。何の罰もないんじゃあ勝とうが負けようが言いたい放題じゃん? 言ったことに責任を負わないと、誰かさんも相手にしてくんないんじゃあないかなー?」

 

 クレマンティーヌはゆっくりと振り返る。

 蒼の薔薇の他のメンバーが憐みの表情で見つめる中、仮面のチビが激怒しているのがはっきりと分かった。

 

「だ、だ、だったら、お前たちの希望通り、私がエ・ランテルに行ってやるっ!!」

「おいおい」

「えーやだー」

「イビルアイ……」

 

 他のメンバーが反対の声を上げるが、興奮しているイビルアイはお構いなしだ。

 

「んー。イビルアイちゃんだけー? 私は蒼の薔薇全員に来てもらうよう命令されたんだけどなー」

「蒼の薔薇全員が欲しいんだったら仲間の説得は私がしてやる。それなら文句ないだろう」

「そんな勝手に……」

「イビルアイ暴走中」

「あの……リーダーは私なんだけど?」

 

 明らかに意思統一が図られていない状況でイビルアイだけが自信満々だ。

 

「大丈夫だ。どんな競技だろうと私は絶対に負けん。こんな痴女どもに負ける筈がない」

 

 装備の肌面積が勝敗に影響するとは思えないが、イビルアイの思い込みはどこまでも突き進むようだ。

 

 痴女と言い切られてレイナースは憮然としている。

 この程度の中傷は聞きなれているクレマンティーヌはニンマリと笑う。

 クレマンティーヌはテーブルから少し離れると、イビルアイたち蒼の薔薇とレイナースに向き直った。

 

「そんじゃ目的も決まったから遊びのルールを説明するねー。蒼の薔薇の皆さんも、そしてレイナースもしっかり頭に叩きこんでちょーだい」

 

◇◆◇

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