疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第13話「疾風走破と蒼の薔薇 その3」

◇◆◇

 

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは戸惑っていた。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国からリ・エスティーゼ王国の冒険者チーム、蒼の薔薇に依頼が来たのである。

 正確に言えば魔導国の冒険者組合長からだ。

 それでも敵国からの依頼に変わりはない。

 

 ラキュースはそれが間違いではないのかと二度、王都の冒険者組合長に確認した。

 だが、依頼者に間違いはなく、依頼も正式な手順に則ったものだと眉を顰めた組合長に説明される。

 依頼内容は至極単純なものだ。

 

 面会希望。

 ただ、それだけだった。

 

 王都冒険者組合長が訝し気な視線を向ける理由がラキュースにはよく分かる。

 先の戦争でリ・エスティーゼ王国はバハルス帝国と魔導国の連合軍に大敗し多くの犠牲者を出した。

 結果として王国経済の多くを支えていた都市エ・ランテルを奪われ、経済的に困窮した王国は戦争被害者への支援が今も満足に行えていない。

 そんな不倶戴天の仇でもある敵国からの依頼である。

 冒険者組合長が蒼の薔薇を疑いの目で見るのも当然だろう。

 

 そんな疑惑の視線を浴びる中、ラキュースは幾度かの交渉を経て魔導国冒険者組合と面会することにした。

 面会場所は王国内であり王族直轄領のリ・ロベルである。

 これは友人であり第三王女のラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフからの進言であった。

 

 リ・ロベルは現在、魔導国がローブル聖王国へと送る支援物資の中継地点になっている。

 蒼の薔薇が視察と称して訪れても、魔導国の関係者が姿を見せても不自然な場所ではない。

 加えて王族の直轄領であれば、魔導国が何かを企てたとしても行動に制限ができるだろうという狙いもあった。

 

 様々な思い抱えたラキュースは、面会の場に現れた()()()女性二人に驚かされた。

 アンデッドの国から人間が来たことではなく、彼女たちの水着姿があまりに肌を露わにしたものだったからだ。

 

 ひとりはラキュースの知っている人物だった。

 

 バハルス帝国の四騎士のひとりであるレイナース・ロックブルズである。

 帝国最高戦力の一人が冒険者組合の小間使いをしているのだ。

 この裸同然の格好は従えた国の人間を辱めるためのものなのだろうかともラキュースは考える。

 

 そしてもうひとりは剣呑な雰囲気を漂わせた――おそらく戦士職の――女性だった。

 

 女性――クレマンティーヌもまたロックブルズほどではないが、大胆に肌を晒した水着姿だ。

 こちらは帝国騎士と違って肌を晒すことに抵抗が無いようで恥じる素振りを見せなかった。

 念のためにと身を潜めさせていたティアとティナが即座に見抜かれたところを見るに、その感覚はロックブルズより優れているようだ。

 魔導国での立場も上位にあるのかロックブルズに指示を出し、ロックブルズも抵抗なく従っている。

 人間ではあるが魔導王の直属の部下なのだろうとラキュースは推測した。

 

 そんな彼女たちの目的を聞けば、蒼の薔薇に魔導国冒険者組合へ来てほしいという移籍の誘いだった。

 提案自体に驚きはない。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国にとってリ・エスティーゼ王国は敵国である。

 王国の戦力にもなる蒼の薔薇は魔導国から見たら邪魔な存在でしかない。

 ラキュースとしても貴族の一員である以上、()()()()が訪れたら死ぬまで戦うつもりであった。

 

 魔導国は不死者が統べる国である。

 人道的な統治が行われているとは考えにくい。

 冒険者組合からの勧誘という体にしたのもただの方便だろう。

 ラキュースも蒼の薔薇の他のメンバーもそう思った。

 だが、ロックブルズが語った魔導国の冒険者は驚くべきものだった。

 

 衣食住が保障された上で冒険者になるための教育が行われている。

 運営が住民から取り立てた金だけでなく、その多くを国の予算で賄っている。

 冒険者見習いの中には亜人もいて、種族間の垣根が取り払われている。

 

 それは方便というには、あまりにもラキュースにとって都合の良すぎる、理想的な冒険者組合であり冒険者の在り方であった。

 

 戦争の道具でもモンスター相手の盾でもない、ただ未知への挑戦を願う冒険者を魔導王は求めているという。

 蒼の薔薇に対して冒険者として特別扱いはしない。

 訓練用の迷宮を踏破することで実力を示さなければ探索の旅に出ることは叶わない。

 

 アンデッドの王が用意する訓練用の迷宮。

 

 これに心を躍らせられない冒険者がいるだろうか。

 

 発見したアイテムを魔導国が管理したり、国の特使として行動が制限されることも――アンデッドではなく人間の――常識の範囲内である。

 ラキュースが憧れているものは冒険であり、手に入るアイテムはそれに付随するものでしかない。

 そもそも冒険者として行動に制限があるのは今も同じだ。

 

 国や立場に(わずら)わされることなく未知に挑めるのであればどれほど素晴らしいだろう。

 そこには吟遊詩人に謳われるような出会いや発見が溢れているのだ。

 

 帝国の大闘技場で魔導王が冒険者への(いざない)いを語ったことを多くの冒険者が知っている。

 そして理想の冒険者を実現化するだけの力が魔導国にはあるのだ。

 

 夢を語るだけ、理想を掲げるだけなら誰でもできる。

 だが、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は自らその足で冒険へと赴いていた。

 

 アゼルリシア山脈でフロストドラゴンを討伐しドワーフ王国の窮地を救った。

 ローブル聖王国で王国にも大きな被害をもたらした、あのヤルダバオトを討伐した。

 

 これらは伝聞であるが、国家元首の行いとして驚天動地の話であり、もはや伝説と言っても過言ではない。

 この冒険譚を吟遊詩人からではなく、魔導王本人の口から聞かせてほしい。

 ラキュースの心の奥底にはそんな願いすらあった。

 

(でも……)

 

 リ・エスティーゼ王国の貴族であるラキュースが魔導国に行くことは許されない。

 許されるはずもない。

 

 それはアルベインの一族と領民、そして友人であるラナーを裏切ることになる。

 無論、生者として、神官戦士として、アンデッドに対する不信感もある。

 

(この申し出を断ったらどうなるだろうか?)

 

 ラキュースは考える。

 彼女たちは蒼の薔薇を力づくで連れて行こうとするだろうか。

 

 ロックブルズの、そして帝国四騎士の強さは王国でも知られている。

 だがそれは英雄と呼べるほどのものではない。

 平均的な戦士――例えばクライムのような――であれば苦戦は必至だが、自分やガガーランであれば御せる強さだ。

 

 問題はクレマンティーヌという女戦士の方である。

 

 直接会った今もなお、彼女の強さがラキュースには分からなかった。

 強者であれば強者なりの、弱者であれば弱者なりの力が感じられるものなのだが、彼女から伝わってくる力は何もない。

 

(イビルアイほど強くはないと思うのだけれど……)

 

 力を隠すということは、それは強者であることを意味する。

 ラキュースたち蒼の薔薇というアダマンタイト級冒険者相手の交渉を任されているのだ。

 弱者を使いに出すようなことを魔導国がすると思えない。

 

 クレマンティーヌは煽情的な水着の他に、派手好きの冒険者が好むような獣を模した耳と尻尾を装備している。

 左手薬指には指輪も着けていた。

 そのいずれかが能力を隠ぺいするマジックアイテムなのかもしれない。

 自分の指に付くただの飾りでしかない指輪(アーマーリング)を見て、ラキュースは少し憂鬱な気分になる。

 

 そんなラキュースの気分とはお構いなしに、蒼の薔薇最強のメンバーであるイビルアイが魔導国の使者に勝負を挑んでしまっていた。

 

◇◆◇

 

 イビルアイは激怒していた。

 

 必ず、かの淫蕩卑陋(いんとうひろう)の女を除かなければならぬと決意した。

 イビルアイには男女の機微がわからない。

 イビルアイは、魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。

 (いにしえ)の魔術書を懸命に読み解き、長らくモンスターと戦ってきた。

 それでもイビルアイの願いは叶わず、それから二百年を超える時間が過ぎてしまった。

 

 彼女の長年に亘る空虚な心を漆黒の大英雄モモンは強さと偉大さで満たしてくれた。

 イビルアイは二百五十年ぶりに他人を信じること、頼ることの大切さを思い出せたのだ。

 だが現実は、イビルアイとモモンに大きな試練を与えてきた。

 神話の世界から蘇ったような恐ろしい魔法詠唱者(マジック・キャスター)が現れたのだ。

 

 魔導王と称するその魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、その魔法でリ・エスティーゼ王国の大軍を退け王国の都市を奪ってしまった。

 そして奪った都市――エ・ランテルを恥知らずにも、自らの名を冠したアインズ・ウール・ゴウン魔導国と命名する。

 

 エ・ランテルはモモンが活動拠点とする都市だった。

 平和と安寧を好むモモンはエ・ランテルの住民を守るため、心ならずも魔導王の傘下となることを選んでしまった。

 おそらくそれは砂を噛むような屈辱であっただろうとイビルアイは推察している。

 無論イビルアイにとっても、モモンを支配することは許されざる蛮行である。

 たとえそれが悪の魔導王を屠るための漆黒の英雄の作戦であったとしてもだ。

 

 イビルアイはエ・ランテルに行くことを懸命に(こら)え、その時を待った。

 モモンから、魔導王を倒すために力を貸してほしい、という要請がくるのは間違いないからだ。

 

 だが、魔導王はエ・ランテルを平和裏に支配していた。

 迫害も圧政も行われたという話はイビルアイには伝わってこなかった。

 モモンからの要請が無かったということがエ・ランテルの平和を証明していた。

 おそらく魔導王はモモンの反乱を恐れ、そしてイビルアイの参戦を恐れたのであろう。

 

 エ・ランテルが平和であるということは、モモンがイビルアイを呼ぶ理由がないということである。

 どれだけモモンに会いたくてもイビルアイの強さが、蒼の薔薇の立場が、それを許さない。

 日々焦燥に駆られていたイビルアイと蒼の薔薇の元に、魔導国の冒険者組合から面会の依頼が舞い込んできた。

 

 魔導国の情報が欲しいラキュースたち蒼の薔薇は、その依頼に応じることにした。

 情報が欲しいのはイビルアイも同じである。

 是が非でもモモンのことを聞かなければならない。

 来訪する魔導国の関係者がアンデッドだろうが亜人だろうが、イビルアイはモモンの情報を聞き出すつもりだった。

 

 面会の場に現れたのはアンデッドではなく人間の女が二人だ。

 ひとりはバハルス帝国四騎士のひとりレイナース・ロックブルズ。

 そして、もうひとりは王都で見かけた怪しげな男が連れていた女である。

 

 彼女らの過去はどうでも良い。

 イビルアイもまた他人には話せない複雑な遍歴を経て今を過ごしている。

 問題はクレマンティーヌと名乗ったその女が、よりによってモモンと親しくしていると話したことだ。

 

 それを聞いたイビルアイの頭に流れていない筈の血が上った。

 

 クレマンティーヌの人となりをイビルアイは知らない。

 だが、こんな娼婦が呆れるほどの破廉恥な装備を身にまとった女が、モモンと親しい筈がない。

 イビルアイはそう断言できる。

 

 ナーベはまだいい。

 彼女は美しく、王都のヤルダバオト騒ぎのときにイビルアイと共に戦い、共に傷ついた仲だ。

 

 ところがこのクレマンティーヌという女はどうだ。

 見るからにヘラヘラと締まりのない口元で、その挙動に真剣さのかけらもない。

 それでいて全てを知っているような口ぶりで他人を煽ってくる。

 こんな礼節と羞恥心をどこかに置き忘れたような女が、モモンと同じ都市に住み同じ空気を吸っているというだけでイビルアイは虫唾が走る。

 

 モモンから花を貰ったと言っていたが、おそらく、いや間違いなく儀礼的な物だ。

 この女にそんな価値はない。

 

 英雄色を好む?

 

 冗談ではない。

 

 それをしないからモモンは大英雄なのだ。

 

 こんな色欲だらけの女と関わってはモモンの魂が(けが)れてしまう。

 モモンと並び立つに相応しい品位というものを、格の違いというものを教えてやらなければならない。

 だが、今回の交渉前にイビルアイは魔導国の関係者と戦うなと厳しく言い含められていた。

 

 蒼の薔薇が魔導国に手を出すことの危険性は十二分に承知している。

 国とは無関係な冒険者が、戦争のきっかけを作っては本末転倒だ。

 戦うことが駄目ならば勝敗が付く遊びや競技で良い。

 イビルアイは吸血鬼であり、その身体能力は人間のそれを凌駕している。

 誰が見ても分かるようはっきりと優劣をつけて、クレマンティーヌがモモンに相応しくないことを自覚させるのだ。

 そこで、かの淫婦が悔い改めて反省する姿勢を見せるならそれでいい。

 イビルアイは吸血鬼であるが鬼畜ではない。

 人として女としての正しい在り方を教え、モモンと同じ時代を生きることの幸運を教えてやらなくもない。

 クレマンティーヌはむせび泣き、イビルアイとモモンに感謝することになるだろう。

 

 提案された競技は単純なもので、まるで砂浜で競うために作られたようなものだった。

 硬く弾力のある球を敵味方に分かれた二人組で打ち合い相手の陣地に落としたり、ミスを誘ったりして得点とし、その得点を争う球技だ。

 イビルアイやラキュースたちは勿論のこと、相手方のロックブルズも知らない球技だったが、その規則(ルール)と公平さはすぐに理解できた。

 どこか不公平な規則(ルール)でもあれば(とが)め、追及して恥をかかせてやろう。

 そう考えていたイビルアイの企みは実行できず仕舞いだった。

 

「そちらさん人数多いからさ。二人は審判やってくんない? そっちとこっちをひとりずつ見る感じで」

 

 提案したのはクレマンティーヌだ。

 ティアが鼻息荒く魔導国チームの審判を引き受け、蒼の薔薇はラキュースの指示でティアが審判をすることになった。

 ガガーランは、

 

「こいつは俺向きじゃなさそうだからラキュースに任せるわ」

 

 と、やる気のない素振りで見物する方に回った。

 勿論、これが演技であることをイビルアイは知っている。

 優秀な戦士であるガガーランは、クレマンティーヌという得体の知れない女の実力を、客観的に見定めるつもりなのだ。

 時に感情的になるイビルアイにとって、このガガーランの冷静さ思慮深さには何度も助けられている。

 イビルアイはチームのサインでガガーランの判断を褒めた。

 

「イビルアイと私、ラキュースが御二方のお相手をします。それでよろしいですか?」

 

 イビルアイが口を開く前に、ラキュースが魔導国の二人に話しかけた。

 クレマンティーヌ(こんな女)に真っ当な対応は不要というイビルアイの考えを察したのだろう。

 蒼の薔薇のリーダーはラキュースである。

 不平不満は飲み込まなければならない。

 

「そんじゃ最後に確認するけど、これは競技だからねー。魔法や武技は反則だから使っちゃダメだよー」

 

 クレマンティーヌが子供に言い含めるような物言いをした。

 わずかに腰を曲げ視線を下げているのはイビルアイを挑発するのが目的なのだろう。

 

「当たり前だ。そっちこそ隠れて反則するなよ。うちのメンバーが見てるんだからな」

 

 その言葉にティナが了解のサインを出す。

 ティアは、その視線が帝国女騎士に集中し過ぎている感があるが、これはこれで致し方ない。

 とにかく身体能力でクレマンティーヌ(この女)を完膚なきまでに叩き伏せれば良いのだ。

 イビルアイの力をもってすれば、魔法など必要ない。

 その筈だったのだが――

 

 跳んだり走ったりするたびに恥知らずの女(クレマンティーヌ)は、だらしなくまろび出した胸や尻の肉をぶるぶると震わせる。

 そんな唾棄すべき光景を目の当たりにしながらイビルアイとラキュースの二人(ペア)は少しずつだが確実に追い込まれていった。

 

 競技は残酷なほど公平である。

 身内であるティアとティナが審判をしているので、むしろ蒼の薔薇の方が有利とも言えた。

 

 魔法や武技を使わない競技は身体能力の差で、その勝敗が決まると言っても過言ではない。

 イビルアイは吸血鬼として人間を超えた身体能力を持っている。

 それは街で絡んでくる冒険者程度なら素手でも簡単にいなせるほどだ。

 

 イビルアイの見立てではラキュースと帝国女騎士の身体能力は同等であった。

 水着姿への羞恥のためか、少し動きが制限されているところも同じようで競技的な優劣はない。

 つまり苦戦の原因は、イビルアイとクレマンティーヌの差にあった。

 

 吸血鬼であるイビルアイは自分と同等以上の運動能力を持った人物をモモン以外に知らなかった。

 ヤルダバオトやメイドの悪魔は悪魔だからノーカンだ。

 そして網の向こうに立つ女はイビルアイと同等の運動能力を見せた。

 

(もしや……神人か?)

 

 イビルアイはそう考えたが、今は勝負の真っ最中であり相手の正体が分かっても現状を打破する手段がない。

 運動能力が同じであるなら、ほんの僅かな差が絶対的な壁として立ちはだかる。

 壁といっても胸の大きさのことではない。

 イビルアイとクレマンティーヌの身長、そして手足の長さの違いのことだ。

 

 もう少し、あとちょっとのところで、どうしても手が届かず球を取りこぼしてしまう。

 互いの陣地を区切っている網の高さも、ほんの少し背の低いイビルアイに不利に働いていた。

 

 イビルアイと比べて、クレマンティーヌには胸と尻に余分な肉がある。

 無駄だと思っていたその肉が、体格差を埋めるほどの(かせ)になっていないのが腹立たしい。

 いつの間にか周囲に集まっていた見物人は、その余分な肉にばかりに注目して声援まで送っている。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国を(くじ)き、リ・エスティーゼ王国を助けようと考えているイビルアイに対して、この仕打ちは許されない。

 イビルアイの中で王国民を守護(まも)ろうという意識が急激に低下していく。

 

 戦闘時であれば意識することなく使える飛行(フライ)の魔法を、逆に意識して使わないようにしなければならない。

 この枷もまたイビルアイの動作を一拍遅らせる要因になっていた。

 

 そんなイビルアイの焦燥を感じ取っているのだろう。

 クレマンティーヌはまるで弟子を諭すように、どこまでも上から目線の助言や激励してくる。

 

「んー。初めてにしちゃ上手いんじゃなーい?」

「よくそこまで追いついたと思うよ。もーちょっとだったねー」

「危ない危ない。次はもっと手前に落とすからね」

「あちゃー気付かれちゃったかー。流石アダマンタイト級冒険者。抜け目ないなー」

 

 様々な煽り言葉を浴びせられてもイビルアイはどうすることもできない。

 悔しさと情けなさと心細さで心が次第に追い詰められていく。

 

 決められた得点毎に陣地の交代まであって、競技はどこまでも公平に作られていた。

 そんな公平さの中で三回勝負を一勝一敗で終え、最後の勝負になっている。

 一勝はしているが露骨に譲られての勝利であり、一敗は大差での敗北だ。

 最後の勝負もすでに終盤となっていて、あと一回ミスしたら蒼の薔薇の負けになる状況であった。

 

 勝負であれば得点するために相手の居ない場所を狙うものであるが、魔導国から来た淫婦たち、というかクレマンティーヌはイビルアイとラキュースが返せるように球を打っている。

 自分たちの勝利を確信して遊んでいるのだ。

 

「えーっと。あと1点で負けだけどイビルアイちゃん分かってるー?」

「う、うるさい! 見物人は我々の逆転勝ちを見たがっているんだ。全部こちらの作戦通りなんだ!!」

 

 クレマンティーヌの安い挑発にイビルアイは言い返したが最後は涙声になってしまった。

 このときほど仮面が有り難かったことはない。

 イビルアイは思わず蒼の薔薇のメンバーに視線を走らせる。

 組んで戦っているラキュースは勿論のこと、敵の動きを観察しているガガーランも、審判をしているティナも一様に同じ眼差しでイビルアイを見つめている。

 イビルアイを見ていないのはロックブルズを注視しているティアだけだ。

 

(やめろ! 気の毒そうな目で私を見るな)

 

 イビルアイの目が悔し涙で滲む。

 涙の向こう、(ネット)の先に立つのは、未だ水着を恥じらう帝国女騎士と、慎みのかけらもない猫耳尻尾の痴女だ。

 あの厭味ったらしい緩んだニヤケ顔に結晶散弾(シャード・バックショット)を叩きこんでやりたい。

 それも最強化(マキシマイズ)したヤツをだ。

 だが、魔法を使えばその時点でイビルアイの反則負けになる。

 

(私はイビルアイ。伝説にすら謳われる女。どれほど強大だとしても――それでも戦う!)

 

 負けるわけにはいかない。

 負けることを考えて戦いに挑むものなどない。

 しかし、それでも、負けてしまったら――

 

 戦闘時であれば<飛行(フライ)>に割いていたイビルアイの思考の領分(リソース)がふと働いてしまう。

 

 競技に負ける

 ↓

 約束通りエ・ランテルに行くイビルアイ

 ↓

 イビルアイは漆黒のモモンと再会

 ↓

 せっかく来てくれたからとモモンがイビルアイに魔導王討伐の助勢を頼む

 ↓

 モモンとイビルアイが力を合わせて魔導王を討伐

 ↓

 愛し合う二人は結ばれる

 

 エ・ランテルを解放し、モモンと並んで市民の大歓迎を受ける自分の姿をイビルアイは幻視する。

 

 ナーベの力も借りればより早く魔導王を倒せるだろう。

 そのため一時的にエ・ランテルの冒険者組合に所属することも作戦としては悪くない。

 モモンが臥薪嘗胆、魔導王の部下として恥辱の日々を過ごしているのだ。

 イビルアイがその辛さを分かち合わなくてどうする。

 エ・ランテルを魔導王の手から解放するなら、こちらの方が早いとも思える。のではないか。

 

(……もしかして状況としては悪くないのでは?)

 

 イビルアイの仮面の下の顔が緩んだ。

 そのときである。

 

「あ――」

 

 敵陣地から漏れた声がイビルアイを現実へと引き戻す。

 

 意図したものではないのか、イビルアイたちを弄ぶように規則的に返されていた球が力なく舞い上がった。

 球は陣地を区切る(ネット)に当たり、ゆらりとイビルアイたち蒼の薔薇の陣地へと入った。

 (ネット)に沿って滑るように力なく落下していく。

 それは強打に対応するために距離を取っていたイビルアイとラキュースの手の届かぬ先。

 イビルアイの意識が拡大し、刻一刻と球と地面が近づくのが分かる。

 

(今のは嘘だ! 私は、私は負けるわけにはいかない!!)

 

 エ・ランテルに行く前に、モモンと再会する前に、恥を晒す真似が出来る訳がない。

 モモンの笑顔が、逞しい背中が、イビルアイから遠ざかっていく。

 そして――

 

 イビルアイの意識が飛んだ。

 

◇◆◇

 

「――蒼の薔薇は魔法を使って反則負けになった。そういうことだな」

「はっ」

 

 ここは魔導国冒険者組合の中にある組合長の部屋だ。

 部屋の中にはクレマンティーヌと魔導王、そして部屋の主であるプルトン・アインザックがいる。

 魔導王を警護しているのであろう黒衣のモンスターと日毎に代わる美貌のメイドは口を開くことが無く、もはや背景と化していた。

 いつものように魔導王は上座に座り、クレマンティーヌは不本意ではあるがアインザックと並んで座っている。

 

 本日のクレマンティーヌの指導(仕事)は終わっていた。

 その後、アインザックからの呼び出しを受けて、来たくもないここにいる。

 言わば予定外の仕事だ。

 

 蒼の薔薇との交渉を終え、リ・ロベルから戻ったのは昨日のことである。

 戻ったその足で冒険者組合に出向いて交渉の経緯を記した報告書とリ・ロベル土産を提出した。

 報告書を書いたのはレイナース・ロックブルズだが、クレマンティーヌが一言二言と助言をしている。

 実質上クレマンティーヌが書いた報告書だといっても過言ではない。

 

「勝負に勝ったのに……どうしてかね?」

 

 横から問いかけたのはアインザックだ。

 

 蒼の薔薇との球技対決はクレマンティーヌたちが勝利となった。

 イビルアイが空を飛ぶ魔法を使ったために蒼の薔薇の反則負けになったのだ。

 クレマンティーヌは、そんな彼女たちの健闘を称えると交渉終了を伝え、魔導国移籍を保留にしてしまった。

 

 組合長としては自分が推し進めた案件が成功寸前でご破算になったようなものだ。

 詰問口調になっても仕方がないとクレマンティーヌは考える。

 そしてクレマンティーヌがそれに腹を立てることも仕方のないことだ。

 

 釈明すべきは横のアインザックではない。

 目の前で怪しげな黒い光――そうとしか表現できない――を漂わせるアンデッドだ。

 クレマンティーヌは(こうべ)を垂れ、前方の魔導王に意識を集中した。

 

「任務を命じられた際、魔導王陛下から賜ったお言葉に従って交渉を留めることにいたしました」

 

 魔導王がもぞりと動くのをクレマンティーヌは気配で感じた。

 何かを言われる前に急いで説明しなければならない。

 

「蒼の薔薇はリ・エスティーゼ王国を代表する冒険者チームです。陛下のお言葉にもあったように、性急に所属を変えさせるような真似をすれば彼女たちの立場は勿論のこと、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と王国の関係もより複雑になってしまいます」

 

 魔導王の動きが収まった。

 そしてアインザックからの無言の圧が消失する。

 上司であるアンデッドの言葉が盾になっては、クレマンティーヌを責めることもできないだろう。

 彼女は言葉を続ける。

 

「蒼の薔薇と技能的な交流を行ったことで、こちらの能力の高さは伝わりました。また彼女たちの能力についても噂通り優秀であったと判断いたします」

 

 これは報告書にレイナースが書いていたはずだ。

 そうは言っても魔法や武技を除いた基礎身体能力であり、その上、アインドラとイビルアイの二人だけのものであるのだが。

 クレマンティーヌは僅かに顔を上げ、魔導王が話を聞いていることを確認する。

 

「魔導王陛下が掲げられた冒険者像に蒼の薔薇は強く感銘を受けていました。また魔導国冒険者組合の在り方にも惹かれておりました」

「それは……報告書にもあった、な」

 

 アインザックが発言の裏付けをする。

 レイナースがきちんと書いていたのか心配していたが杞憂だったようだ。

 

「今、移籍を無理強いするよりは、有利な状況で交渉を留めておいて、適切な時期に蒼の薔薇との再交渉に臨めば、真なる忠義と大きな成果を得られると信じております」

 

 魔導王は静かに佇み話しだす雰囲気はない。

 そんなアンデッド上司を気にしながら、アインザックが恐る恐る口を開いた。

 

「つまり蒼の薔薇と……もう一度交渉を行うのかね?」

 

 その問いにクレマンティーヌは小さく頷く。

 

「そして次の交渉には、私より相応しい人物が必要かと存じます」

「クレマンティーヌ――君よりも相応しい……人物?」

「はい。私は腕に覚えがあると自負しておりますが、ここエ・ランテルや王国の人間にしてみれば名を知られていない小娘でしかありません」

 

 クレマンティーヌとしては口惜しいが、これは客観的な評価である。

 先日の懇親会で多少知名度が上がったかも知れないが、それでも知る人ぞ知るという存在に変わりはない。

 

「そんな小娘が王国冒険者の代表である蒼の薔薇を引き抜いたとあっては、魔導国ではいざ知らず王国民からの強い反発に遭うでしょう」

 

 魔導王の表情は――当然ながら――変化はなく、目の端に移るアインザックは何度も頷いている。

 

「蒼の薔薇と再交渉し招聘するに足るのは、エ・ランテルそして王国で名の知られた存在です。それは……そう。漆黒の英雄モモン――様、そして我が冒険者組合のアインザック組合長くらいではないかと」

 

 魔導王の頭が僅かに震えた。

 クレマンティーヌの視界の隅に映るアインザックの表情がぱあっと明るくなる。

 

「……んんっ。た、確かにモモン殿は王国民に知られているし、わ、私も……まあ、王都の冒険者界隈に顔が利かないでもないが……」

 

 アインザックがなにやらまんざらでもない表情を浮かべた。

 

「ふむ」

 

 静かに呟いたのは魔導王だ。

 クレマンティーヌは即座に集中して、続く言葉を聞き漏らさないよう注意した。

 

「蒼の薔薇との再交渉役にはモモンか……アインザックが望ましいということか」

 

 魔導王は髑髏の頭をおもむろに巡らせ冒険者組合長の明るい顔を見る。

 

「はっ。王国の反発も少なく、またエ・ランテル市民にも歓迎されるでしょう」

 

 クレマンティーヌがそう補足すると、魔導王はソファーに深く座り直した。

 

「クレマンティーヌよ」

「は!」

 

 魔導王の言葉の調子が変わった。

 何かやらかしたのかとクレマンティーヌは死の恐怖を感じる。

 

「お前は自分が成果を上げることではなく、組合長(アインザック)の顔を立てることを選んだのか?」

「はっ。……い、いえ! これが最も効果的な手段であると思って進言いたしました」

 

 クレマンティーヌは素早く頭を下げた。

 視界にちらちらと入ってくる組合長の驚き顔が鬱陶しいこと、この上ない。

 

 蒼の薔薇――特にイビルアイ――の反応を見る限り、再交渉に最適なのはモモンだろう。

 それ以外は誰がやっても同じとクレマンティーヌは考えるが、自分がしなくて済むのであればそれに越したことはない。

 たとえ交渉に失敗したとしても責任を取る(殺される)のはそいつだ。

 

(そいつだけ……だよね? うん、そう。大丈夫。間違いない)

 

 連帯なんとかという嫌な考えが一瞬よぎったが、クレマンティーヌはその思い付きを強引に振り払った。

 魔導王がもう一度アインザックを見る。

 

「なるほど……。アインザックよ。良い部下を持ったことに感謝するのだな」

「ははっ。魔導王陛下から引き合わせいただいたときから、私はクレマンティーヌ殿()の能力を疑ったことはありません」

 

 魔導王とアインザックはしばらく見つめ合った。

 さっきまで案件を反故にしたと疑っていたじゃねーかと思ったが、それは面に出さずクレマンティーヌは僅かに目を伏せるだけに留める。

 

「再交渉時期はこちらで判断しよう。そのときは……良いな、アインザック。期待しているぞ」

「はっ。陛下のご期待に沿えるよう全力を尽くします」

 

 アインザックに合わせて、クレマンティーヌもまた深々と頭を下げた。

 

「ところでクレマンティーヌよ」

「はっ」

 

 クレマンティーヌは魔導王の言葉に考えずとも返答できるようになっていた。

 そして返答した後で降りかかるであろう恐怖に怯えるようにもなっている。

 

「お前とレイナースが蒼の薔薇と行ったというビー……球技は広く知られているものか?」

 

 魔導王の質問は想定から大きく外れていた。

 クレマンティーヌは慌てて回答をひねり出す。

 

「い、いえ。知っていたのは私だけです。ロックブルズも知りませんでした」

 

 魔導王が真正面からクレマンティーヌを見据えた。

 クレマンティーヌの言葉を疑っているのだろうか。

 アンデッドの重圧で考えがまとまらず、クレマンティーヌは正直に話すことしかできない。

 

「この球技をどこで覚えたのかは私にも分かりません。狭い範囲……私の周辺のみなどでで行われていたものかも知れません」

 

 そう言ってからクレマンティーヌは自分が大きな失敗をしたと感じる。

 競技の出どころを知るために自分の過去が探られる可能性に気づいたからだ。

 

 クレマンティーヌは目を伏せ、湧き上がる死の恐怖に耐える。

 だが、魔導王は顎に手を当て、しばらく考える素振りを見せたが、クレマンティーヌの過去に触れる様子はなかった。

 

「……そうか。人気のある競技ではないのだな」

 

 と、どこか残念そうな口ぶりで呟いただけだ。

 

「そういえば報告書と併せて土産を貰ったが、あの菓子は向こう(リ・ロベル)で売っていたものかね?」

 

 アインザックの能天気な質問にクレマンティーヌは脱力する。

 

「……はい。評議国のものと聞いて珍しいので買ってみました」

 

 亜人国家の菓子とは珍しいと思ったが、おそらくリ・ロベルの商人がでっちあげた(まが)い物だろう。

 それで魔導王が僅かでも評議国に意識を向けてくれたらいい。

 そんな気持ちもあった。

 魔導国は西の評議国とも争うこととなれば、クレマンティーヌが東に逃げる時間が稼げるというものだ。

 そうはいっても土産を買うとは馬鹿なことをしているとクレマンティーヌは自分で思う。

 だが、国や組織に気を使っているという姿勢を見せることは重要だ。

 実利第一のスレイン法国やズーラーノーンであれば気にする必要もないが、ここは魔導国である。

 魔導王に関係するものを蔑ろにしていると思われたら、菓子の代わりに自分が化粧箱に詰められてしまうだろう。

 

「土産か……。私までは届いてなかったようだが」

 

 クレマンティーヌは一瞬ヒヤリとした。

 しかし土産は報告書に添えてアインザックに渡している。

 だから魔導王に届いていないのは受け取った者の怠慢だ。

 自分に責はないとクレマンティーヌは断言できる。

 

「れ、連絡担当の方に報告書と一緒にお渡しいたしました」

 

 アインザックが慌ててそう言っているので、魔導王直属の部下――おそらくはアンデッド――に責任があるということだ。

 

「……なるほど。私は菓子を食べる身ではないからな。部下が不要に思ったのかも知れん」

「配下の方は優秀です。決して魔導王陛下を(ないがし)ろにしたものではないと存じます」

 

 アンデッドであろう魔導王の部下に気を遣っているのが面白かったが、そんなアインザックを茶化す勇気は今のクレマンティーヌにはない。

 

「分かっている。しかし評議国の菓子とはどんなものなのか興味深いな。色々と楽しませてもらうぞ」

 

◇◆◇

 

 クレマンティーヌは安堵した。

 

 クレマンティーヌは心の底から安堵していた。

 また一日、命を繋ぐことができた。

 足の運びも軽くなり、歩幅が思わず広くなる。

 無意識のうちに武技<疾風走破>が出てしまいそうだ。

 気配隠しのフードの中、クレマンティーヌは口の端が緩むことを抑えられない。

 

 リ・ロベルで蒼の薔薇とやり合った球技は実に面白かった。

 生意気なチビの魔法詠唱者(イビルアイ)を散々(なぶ)ることができたのだ。

 

 イビルアイの身体能力にクレマンティーヌは驚かされた。

 ただの人間かどうかは分からないが、元漆黒聖典第九席次と同等の動きができていたのだ。

 あれに魔法を加えた実戦ともなれば、クレマンティーヌたちの苦戦は必至だっただろう。

 

 だが、あの砂浜で行ったのは武技や魔法の使用を禁じた競技であった。

 競技というものは総じて体格差が勝敗に反映するものだ。

 見た目の派手さで気付かれなかったようだが、クレマンティーヌたちが装備していた水着(マジックアイテム)の物理ダメージ軽減効果も大きかった。

 

 身長や手足の長さの違いによって生まれた僅かな“差”をクレマンティーヌは着実に積み重ねた。

 イビルアイの様子はまるで癇癪を起こした子供のようだった。

 あの様子では仮面の下で泣いていたかも知れない。

 イビルアイはじわじわと着実に追い詰められ、ついには反則である魔法を使ってしまったのである。

 

 魔法を使ったのは無意識だったのだろう。

 イビルアイは狼狽(うろた)えていた。

 蒼の薔薇の他のメンバーは1名を除いて皆、複雑な表情を浮かべていた。

 

 クレマンティーヌは彼女たちの狼狽ぶりをたっぷりと楽しんでから、リーダーであるアインドラに礼を言った。

 交渉の席についてくれたこと、競技(遊び)に付き合ってもらったことの礼である。

 それから魔導国冒険者組合への移籍を検討してくれるよう頼んで交渉中断を申し出たのだ。

 

 アインドラと話しながら、しばしば挑発的な視線を向けたがイビルアイは何も言わなかった。

 仲間がいる手前、挑発に応じて魔導国に行ってやる、と言えなかったのだろう。

 仮面で表情が見えないイビルアイだったが、その全身から怒りと悔しさと情けなさが溢れ出ていた。

 アインドラが丁寧に礼を言いながら青い方の盗賊をレイナースから引き剥がし、クレマンティーヌの思惑通りに交渉は終了したのである。

 

 盗賊の性癖はさておいて蒼の薔薇、特にイビルアイがモモンに対して執着していることは判った。

 それが男女の愛情なのか、共に戦った仲間への親愛かまでは分からない。

 あの執着は何かに利用できそうでもあるが、絡んでいるのは()()モモンである。

 迂闊に触れたら火傷などという生易しいトラブルでは済まない危険性は大きい。

 レイナースにはきつく口止めをしたし、クレマンティーヌもまた触れない方が賢明だ。

 

 蒼の薔薇との交渉を終えた後、翌日の帰還予定までは丸一日何もすることがなかった。

 

 レイナースは早々に落ち着いた私服に着替え、リ・ロベルを隈なく散策していたらしい。

 クレマンティーヌが外出したのは、港の屋台で土産を買ったときだけだ。

 残りの時間は宿屋の寝台と浜辺の寝椅子でだらだらと過ごした。

 任務と休暇を兼ねた二人の出張はこうして終了となった。

 落としどころの難しい任務であったが、クレマンティーヌはなんとか生き残ることに成功したのだ。

 

 魔導王とアインザックには、蒼の薔薇が魔導国への移籍に肯定的であるかのよう報告書に記し、口頭でも同じように伝えた。

 

(蒼の薔薇……来るワケないよねー)

 

 立場を考えれば蒼の薔薇が魔導国に来ることはないとクレマンティーヌは確信している。

 だが、再交渉をするのはモモンかアインザックになるのだ。

 失敗してもクレマンティーヌの命や立場が脅かされることはない。

 

 責任を押し付けた結果、アインザックに手柄を譲った形になった。

 どうにも気持ちの悪い状況になったが、もう自分とは無関係の案件である。

 それを許容するくらいの寛容さはクレマンティーヌにもあった。

 

 ローブル聖王国への物資搬入については、ほとんど何も聞かれなかった。

 出発前に予想した通り魔導王にはどうでも良い任務だったのだ。

 それでもクレマンティーヌは担当者の顔は覚えている。

 漆黒聖典時代からの癖で人の顔を忘れたことがない。

 いつ命じられても間違うことなく始末できる。

 

(……あれは何なんだろうね?)

 

 気がかりというほどではないが、判断に困る出来事をクレマンティーヌは思い出した。

 

 あの魔導王が蒼の薔薇と行った球技や土産に興味がある様子を見せたことだ。

 アンデッドの王はアーウィンタールの大闘技場に現れたり、エ・ランテルに劇場を作らせたりしている。

 人間の趣味や嗜好に興味があるのだろうか。

 

(そんなはずはないか……)

 

 魔導王が求めているのは、ただ生者を集める手段なのだ。

 集めた生者をどうするかと言えば、アンデッドがやることなど“死”しかない。

 リ・エスティーゼ王国との戦争で魔導王は、10万を超える人間を嬉々として殺したのだ。

 今のエ・ランテルの繁栄も後の破壊と殺戮のためだと考えた方が腑に落ちる。

 

 クレマンティーヌの頬から笑いが消える。

 ごくりと唾を飲み込むと彼女はエ・ランテルの大通りを見渡した。

 

 夕刻が迫った道を多くの人と亜人が行き交っている。

 スケルトンによって整備された道を飾る街灯にひとつふたつと火が灯り始めた。

 この火が訪れる夜の闇から住民を守る。

 魔導王は住民を夜の闇から守ってどうするのだろう。

 

 かつて夜の闇はクレマンティーヌの庭であった。

 

 だが、今は違う。

 

 魔導王が生み出す夜の闇はクレマンティーヌをへし折り、切り刻み、燃やし尽くした。

 そんな苦悩と騒乱に満ちた闇に居続ける理由はない。

 一刻も早くこの都市から、魔導国の支配から逃れるのだ。

 

 クレマンティーヌは街灯から逃れるように横道へと入った。

 

(そういや、あの土産、届いてる……よね?)

 

 クレマンティーヌはマントを借りた礼として評議国の菓子をモモンに贈りつけていた。

 近年魔導王が始めた郵便事業とやらのお陰で、クレマンティーヌはモモンの屋敷まで足を運ばなくて済んだ。

 魔導王陛下万歳である。

 またレイナースが変な誤解をするかも知れないが仕方がない。

 魔導王に渡しているからいいだろうと思わなくもないが、それは危険な考えである。

 魔導王とモモンは別人なのだ。

 

 煉瓦の壁へと寄りかかると、クレマンティーヌはこれからのことを考える。

 とりあえず今の自分には何も問題はない筈だ。

 明日、冒険者見習いを痛めつけるために、腹を満たして家に帰って寝れば良いだろう。

 

 自宅に戻る前にどこかで食事をするか、何か食べる物を買って帰るか。

 そう考えたクレマンティーヌは、屋台か宿屋でも覗こうと表通りへ続く道を見た。

 いつの間にか目の前に地味なマント姿の冒険者が立っている。

 その存在に今の今まで気付かなかったことよりも、美しすぎる顔にクレマンティーヌは驚愕した。

 

 それは美姫ナーベであった。

 

 周りを気にする余裕はない。

 クレマンティーヌは慌てて膝を突く。

 

「立ちなさい人間。おしゃべりは不要です」

 

 何か言葉を発する前にナーベがぴしゃりと言った。

 

「ついてきなさい」

「は、はいっ!」

 

 一瞥をくれただけでナーベはすたすたと横道の奥へと進んで行った。

 クレマンティーヌとしては、ただ黙ってついていく他に道はない。

 しばらく二人は無言で歩く。

 

(ナーベラル……じゃなくて、ナーベだね、今は)

 

 ナーベが進んでいるのはクレマンティーヌの自宅とは逆方向。

 魔導国の行政施設が集まるエ・ランテルの最内周部に向かっている。

 クレマンティーヌが最も行きたくない方角だ。

 

 行先はモモンの屋敷なのだろうか。

 クレマンティーヌは千々に乱れる心の中で、モモンの用件を推測する。

 

 返却したマントに何か問題があったのか。

 贈った評議国の菓子が(かん)に障ったのか。

 あるいは直接持っていかなかったことに腹を立てたか。

 

 こんなことならレイナースから誤解されることを恐れずに、モモンの屋敷に直接土産を持っていけば良かった。

 先ほどまでの解放感は煙のように消え去っている。

 クレマンティーヌの心にあるのは冷たい闇のような不安だけだ。

 

 以前、ナーベからモモンの屋敷に案内されたときと同じように、最内周部入城門にたどりついた。

 あたりはすでに暗くなっていて、門の手前に馬型の禍々(まがまが)しいモンスターが引く豪華な馬車が停まっている。

 おそらくアンデッドであろう馬型のモンスターはピクリとも動かず静かに佇んでいた。

 窓にはカーテンがかけられており、馬車の中は見えないようになっている。

 

(魔導王の馬車? それとも配下のモンスターか?)

 

 クレマンティーヌはどんなモンスターが馬車に乗っているのか気になった。

 気にはなったが魔導国(ここ)では余計な好奇心はクレマンティーヌを殺す。

 目を伏せて横を通り過ぎようとすると――

 

「乗りなさい」

 

 ナーベから馬車に乗るよう促された。

 

(屋敷じゃない? ……この中にモモンが?)

 

 クレマンティーヌは思わず唾を飲み込んだ。

 手摺に手をかけて振り向くと、ナーベは眉根を寄せ早く乗るよう顎を僅かに動かした。

 不機嫌そうに歪んでも美姫という二つ名は揺るがない。

 クレマンティーヌは意を決して馬車に乗り込み、そして硬直した。

 

「ようこそ。会うのは二度目……いや三度目かしら?」

 

 豪華な馬車の奥、血のように赤黒い天鵞絨(びろうど)で覆われたソファーに、白いドレスに身を包んだアインズ・ウール・ゴウン魔導国の宰相アルベドが座っていた。

 

◇◆◇

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