疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第4話「疾風走破とエ・ランテルの詰所」

◇◆◇

 

「バハルス帝国の騎士さんだねー。聞いたことあるよ」

 

 クレマンティーヌは目を細めて金髪の麗人を眺めると、うんうんと何度も頷いてみせた。

 

 レイナース・ロックブルズは強者である。

 冒険者の等級で言えばミスリルからオリハルコン級の力を持っている。

 周辺国でも広く名が知られており、戦えばおそらくアインザックが勝つことは難しい。

 エ・ランテルの組合に所属している冒険者で、彼女を倒せる者は1人を除いてはいないだろう。

 

 そんな戦士を前にしてクレマンティーヌは、先ほどまでと変わることなくソファーにもたれてリラックスしている。

 ロックブルズの強さに興味がないのか、あるいは隙を見せないように抑制しているのか。

 それとなく様子を窺ってみてもアインザックには見抜けない。

 

「名前が知られているようで何よりですが、改めて自己紹介させていただきますわね。先ほどプルトン・アインザック組合長様からご紹介いただきました騎士のレイナース・ロックブルズと申します」

 

 ロックブルズは椅子から立ち上がって優雅に頭を下げた。

 

「……クレマンティーヌだよ。よろしくねー」

 

 ソファーに座ったまま簡潔に自己紹介すると、クレマンティーヌは女騎士を値踏みするように眺める。

 そんな彼女の視線が気にならないのか、ロックブルズは微笑を浮かべたままソファーに腰を降ろした。

 

「帝国の騎士さんが、なんでまた、この国の冒険者組合の手伝いに来たの?」

「それについては私から話そう」

 

 アインザックがそう言いながらロックブルズに視線を向けた。

 彼女は目を伏せ了承の意思を示す。

 

 魔導国と帝国が安全保障条約を締結した際、アインズ・ウール・ゴウン魔導王とジルクニフ皇帝の間で冒険者組合のことが話題に上ったらしい。

 まだ形になっていなかった魔導国の冒険者組合に皇帝は強い興味を持ったようで、人材の育成や交流などについての提案を魔導王に積極的に行ったという。

 周辺国随一の教育国家であるバハルス帝国の皇帝ならではのエピソードである。

 そんな皇帝からの提案を受けて、人材交流を目的として帝国から派遣された人員の第一号がレイナース・ロックブルズであった。

 バハルス帝国においてフールーダ・パラダインに次ぐ最大級の戦力を派遣してきたことに魔導王はいたく感激したという。

 魔導王はロックブルズを預かる代わりにとデス・ナイトにも勝る強大なアンデッドを贈与しようとして、皇帝が慎ましくも辞退したという美談をアインザックは魔導国の広報紙で目にした。

 

「鮮血帝からのご指名かー。そりゃお疲れさん」

 

 労いの言葉なのか皮肉なのか、クレマンティーヌが軽く言葉を返した。

 ロックブルズは自らの髪で隠れた顔の右側にそっと手を触れながら微笑を見せる。

 美貌の持ち主なだけにその仕草がアインザックには不気味に見えた。

 

「バハルス帝国に仕える身でありますが、この国に来てアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下には多大なるご恩をいただきました。非才の身ではありますが魔導国のためにお手伝いをして、帝国との絆をより深いものにしたいと存じますわ」

 

 そんなロックブルズの言葉を聞いて、アインザックの心に小さな疑問が浮かぶ。

 少し前に聞いた話では、ロックブルズがこの国を訪れたのは今朝のことだったらしい。

 まだ半日も経っていないなかで魔導王にこれほどまで忠義を感じているのは何故だろうか。

 そういう演技を彼女がしているだけなのか。

 だがアインザックはロックブルズの言葉に真実の重みを感じていた。

 

「クレマンティーヌ様が冒険者の育成に憂慮されているご様子を耳にして感銘を受けましたわ。是非とも(わたくし)にご協力させてくださいませ」

「……別に憂慮ってほど、心配はしているつもりはないんだけどねー」

 

 クレマンティーヌがそう言いながら横目でアインザックを見る。

 ロックブルズが隣の応接室で話を聞いていたことへの非難の視線だ。

 

「あ、いや、なんだ……。別にロックブルズ嬢を隠していた訳ではなくてだな……。彼女を冒険者組合へ迎えるにあたって、能力や技能を応接室(そっち)で聞かせてもらっていたのだよ」

 

 アインザックはしどろもどろになりながら説明するが、クレマンティーヌの冷たい視線は変わらない。

 

「組合長の言う通りですわ。ですが、すぐにご挨拶をしなかった私には大きな責任がありますわね。隣室で盗み聞くような真似をして申し訳ありません」

 

 ロックブルズが深く頭を下げた。

 クレマンティーヌが苦笑いする。

 

「別にいーよー。同じ組合の指導員同士なら情報の共有は大事だもんね」

 

 帝国の女騎士の気遣いにアインザックは人心地ついた。

 本気で怒っていた訳ではないだろうが、クレマンティーヌが時折見せる肉食獣のような視線はアインザックを酷く動揺させる。

 

「それでー、訓練の話。騎士さんも交えて続ける?」

 

 クレマンティーヌがアインザックに確認を入れる。

 だが彼としては今日魔導国に来たばかりの女性に仕事の話はしたくはなかった。

 帝国と比べても未熟な育成制度を、説明も無しに見せたくない気持ちもある。

 

「いや。ロックブルズ君はエ・ランテルに来たばかりだ。これから先の準備もあるだろうから今日のところは引き上げてもらおう」

「……ま、それもそーか」

「ふふふ。お気遣い感謝いたしますわ」

 

 クレマンティーヌは簡単に納得し、ロックブルズは顔の右側に触れながら感謝の言葉を述べた。

 

「ロックブルズ君には屋敷を用意している。係の者に案内させよう」

 

 立ち上がったロックブルズだったが、ふいに身体を屈めて座っているクレマンティーヌの顔を見た。

 

「クレマンティーヌ様とは一度お手合わせ願いたいですわね」

 

 その言葉にアインザックは肝を冷やす。

 

 ロックブルズはクレマンティーヌの力を試したいのだろうか。

 あるいは真の序列を決めたいのか。

 そんな挑発的な言葉だったが、クレマンティーヌの反応は意外に淡白だ。

 

「明日以降だったらいつでもねー。訓練が終わった後だったら地下広場、使っていーよね?」

 

 アインザックは曖昧に頷いた。

 強者同士の対決を見てみたい戦士としての興奮と、指導員が傷つくかも知れないという組合長としての心配が入り乱れる。

 クレマンティーヌとロックブルズの間に割り込むように移動したアインザックは、帝国騎士に執務室の外に出るよう促した。

 そのままロックブルズを組合の入口まで誘導する。

 手の空いていた女職員に声をかけ、彼女を屋敷まで案内するよう頼んだ。

 

 考えの読めない美女同士の会話はアインザックの精神に大きな負荷となる。

 今日の仕事はここまでとアインザックが執務室に戻ると、美女のひとりクレマンティーヌが変わらずソファーに座っていた。

 

 すぐに帰るものだと思っていたアインザックはなんとなく裏切られた気持ちになる。

 自分の机に戻るがクレマンティーヌと話すことは何もない。

 アインザックの執務室がしばし沈黙に包まれる。

 

 沈黙を破ったのはクレマンティーヌだ。

 

「あの騎士子ちゃん、エ・ランテルに屋敷があんの?」

「そうだ。しばらく滞在してもらうことになったからな」

 

 そう説明して、すぐにアインザックは不味いと感じる。

 新しい指導員の方を優遇していると、クレマンティーヌに思われたかも知れない。

 慌てて言葉を付け加える。

 

「屋敷といっても帝国の人間に使わせる領事館みたいなものだ。予算は外交関係からも出ているから組合(うち)からの支出はそう多くはない。黄金の輝き亭の宿泊費に比べたら微々たるものだな」

 

 言外に帝国の女騎士よりもクレマンティーヌの方を優遇しているとアインザックは訴えた。

 

「ふーん」

 

 クレマンティーヌが素っ気無く呟く。

 アインザックの思惑が伝わったかどうか、その表情からは窺い知れない。

 

「そんなに金がかかってるんだー、私はー」

 

 クレマンティーヌが横目でアインザックを見る。

 それは秘密結社(ズーラーノーン)の幹部の鋭い視線だ。

 

 恩着せがましく聞こえたのだろうか。

 背筋に冷たいものを感じたアインザックは、慌てて何か別の言い訳を考える。

 上手い言い訳が思いつかず焦るアインザックをよそに、クレマンティーヌはぷいと視線を正面に戻した。

 

「ところで組長さー。王国時代のエ・ランテルって責任者だれ? その人、まだここに居るー?」

「組合長だ」

 

 アインザックはまず呼び方を訂正する。

 

「ここはランポッサ王の直轄領だった。そのときの都市長はすでに自領に戻られている」

「……そっかー」

 

 クレマンティーヌの曖昧な返事にアインザックは不穏の種を感じ取った。

 都市長に恨みを持っているのだろうか。

 

 かつてエ・ランテルで起きたアンデッド事件解決の立役者はモモンだ。

 直接倒されたクレマンティーヌはモモンには勝てない。

 それならばと都市の責任者に復讐することを思いついてもおかしくない。

 

「……都市長に何か用件でもあるのかね?」

「んな大したことじゃあないんだけどねー。ちょっと聞きたいことがあって」

「私で良ければ話を聞くが……」

 

 アインザックが彼女の真意を尋ねた。

 

 もし冒険者組合の指導員が他国の貴族に害を及ぼしたら外交問題になる。

 どれだけ武力に勝ろうとも彼女の上司はアインザックだ。

 部下が問題を起こせば、その管理責任を問われることは間違いない。

 

「ここでさー。前にアンデッドが大量発生した騒動があったじゃん?」

 

 その言葉を聞いて顔にこそ出さなかったがアインザックは驚いた。

 クレマンティーヌが現れてからというもの、ずっと聞きたくて聞けなかった話題だ。

 そんな話題を彼女の方から振ってくるとは思っていなかった。

 

「騒動の犯人として私が捕まったんだよね?」

「……覚えていない、のか?」

「そりゃそーだよ。死んでたんだからね。まど……モモンにこう抱きしめられちゃって」

 

 クレマンティーヌは自分の身体を抱いてみせる。

 二の腕に押された彼女の豊かな胸がぐにゃりと盛り上がった。

 だが今のアインザックには彼女の言葉の方が興味深い。

 

「そっから先のことが分かんなくってさ。生き返るまでに何があったか知りたいんだよねー」

 

 アインザックは死んだ経験はない。

 当然、蘇生した経験もないのでクレマンティーヌの言葉をそんなものかと受け入れるしかない。

 それでもパナソレイ元都市長への復讐が目的ではないことにアインザックは安心する。

 

「私の死体、色々と調べられたんでしょ? それってこの街で? それとも王都に持ってっちゃった?」

 

 アインザックはどう答えるべきか少し悩んだ。

 今の立場でその情報を隠す理由はない。

 だがここで明かした情報が冒険者組合の、延いてはアインズ・ウール・ゴウン魔導国の不利益にならないという確信が持てない。

 

「君のした……身体は、確かにこの街で、その……調べられていたな」

 

 慎重に言葉を選びながらアインザックは事実を告げる。

 言葉を濁して誤魔化すには冒険者組合長であるアインザックの立場は高すぎた。

 

 クレマンティーヌが童女のような明るい顔になる。

 

「そーなんだ! それってどこで? 場所知ってる?」

 

 アインザックは考える。

 どう彼女を誘導すれば冒険者組合の、そして魔導王の利となるのか。

 

「よかったらその場所まで案内してくれないかなー。どぉーお? 若い子とのデートだよー? 組長は奥さんがいるんだっけ? 大丈夫、大丈夫。私はそーゆーの気にしないから」

 

 無言の冒険者組合長にクレマンティーヌはここぞとばかりに畳み掛けてくる。

 アインザックは腹を決めた。

 

「……それを話す前に君に聞きたいことがある」

「なんでもいーよー。おっぱいの大きさ? 好きな体位? 初体験した年齢とか?」

「アンデッド《事件》についてだ」

「……あー」

 

 クレマンティーヌの挑発的な笑顔が一転してやさぐれた。

 強者の機嫌を損ねる真似が危険なことは、元冒険者であるアインザックは知っている。

 だが冒険者組合長でありエ・ランテルの平和と繁栄を願う彼としては、命を賭しても全容を知らなければならない事件だ。

 初体験の話はその後で聞けばいい。

 

「あの《事件》では、君はどういう役回りだったのかね?」

「役回り……役回りねぇ……。そんな大したことはしてないよー」

 

 クレマンティーヌは顔を上げ、執務室の天井を見上げる。

 

エ・ランテル(ここ)を離れたかったんだよね。そんで相談したんだよ、カジっちゃんに」

「……カジっちゃん?」

「あ……。ああ! カジット・バダンテールね。ズーラーノーンの一人。アンデッドを大量に召喚した張本人だよー。確か、そいつも捕まったとき死んじゃってたんじゃないかなー?」

 

 アインザックは小さく頷いた。

 死体が酷く焼け焦げていて、まともに調査できなかったことは口にしない。

 

「そしたら仕事を手伝うように言われてねー。あー。私ってば、ホント不運」

「君はあの事件の首謀者ではなかったと?」

「ぜーんぜん。私はアンデッドの召喚なんてできないし。魔法だって使えないしね。そりゃお手伝いはしたよー。人を攫ったりとかね。でも言われたとーりにせっせと働いただけだよ」

 

 クレマンティーヌの言葉はとりあえず辻褄があっている。

 彼女が魔法を使えないことはアインザックも魔導王から聞いていた。

 そうであるならクレマンティーヌはカジットという魔法詠唱者(マジック・キャスター)の用心棒役だったのだろうか。

 呪文詠唱中の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は総じて無防備になる。

 クレマンティーヌに守られるなら心強いだろう。

 

 そこまで考えたアインザックは別のことにも気がついた。

 

「その……真犯人のバダンテールも、なんというか……蘇ったのか?」

 

 クレマンティーヌは腕を組んで考え込む。

 

「うーん。一度生き返ったことは間違いないんだけどね……。今も生きてるかどうかは分かんないな。魔導王陛下だったら知ってるんじゃないかなー、たぶん」

 

 その言葉にアインザックは衝撃を受けた。

 

 やはり魔導王はズーラーノーンと関わりがあった。

 エ・ランテルを手に入れるためにズーラーノーンを使ってアンデッド事件を起こしたが、その野望を英雄モモンに阻まれてしまう。

 それならばとバハルス帝国と手を組んで戦争を仕掛け、魔導王はエ・ランテルを手に入れたのだろうか。

 

 その可能性に気付いたアインザックは酷く気落ちした。

 真の冒険者という言葉に浮かれて、魔導王の甘言にまんまと自分は騙されてしまった。

 冒険者組合や訓練所なども、あのアンデッドにはただの戯言なのだ。

 もはやクレマンティーヌの好きな体位も初体験の年齢もどうでもいい。

 

「どったの組長? なんか元気なくなったー?」

 

 クレマンティーヌは呑気に気遣かった。

 そんな彼女をアインザックは哀れむ。

 この童顔の強者もまたアインズ・ウール・ゴウンに利用されているだろう。

 強者といってもあのアンデッドにとってはアインザックらと違いはない。

 

「……君と、その……バダンテールは、ズーラーノーンの一員なのだな?」

 

 アインザックは念のために確認する。

 真実を知った今となってはもはやどうでも良い。

 それでも最後まで情報を集めようとするのは、冒険者としてのアインザックの性分だ。

 

「そだよー。カジっちゃんはわりと古株だったみたいだね。私は新入りの方じゃないかな?」

「ズーラーノーンになったのはいつ頃のことだ?」

 

 クレマンティーヌが僅かに顔を顰める。

 

「なんか細かくない? まぁいいけど。……えーっと。アンデッド騒動の1年くらい前だったかな? 誘われたのは」

「そのときに魔導王陛下に会ったという訳か……」

「え?」

「……え?」

 

 互いの言葉に顔を見合わせる。

 我に返ったのはクレマンティーヌの方が早かった。

 

「私が陛下と会ったのはアンデッド騒ぎの……ずっと後だよ。わりと最近のことだね」

 

 そう言うクレマンティーヌの言葉には覇気がない。

 だからという訳ではないがアインザックは彼女を疑った。

 とぼけ方は真に迫っていたが、そう思わせるための演技くらい彼女ならできるだろう。

 ずっと以前から魔導王にそういう指示を受けていたのか、あるいは魔法で操られでもしているのかも知れない。

 

「――ねぇ」

 

 クレマンティーヌが甘えた声を出す。

 

「もう充分聞いたっしょ? 私が居た場所に連れてって欲しいなー」

 

 アインザックは考える。

 衛兵詰め所の安置所は何度も調査をしたが分からなかった。

 分からなかったのはクレマンティーヌたちの死体が消えた理由だ。

 記憶がないとは言っているものの、消えた本人を交えて検証すれば不明な点が明らかになるだろう。

 こちらが見落としていた何かを見つけ出すかも知れない。

 無論、証拠隠滅の恐れもあるのだが。

 

「……分かった。案内しよう」

「やったー! ありがとー! どーする? 今から? 私、ちょっと汗臭いけどいーよね? んん? もしかして組長、そっちのほーが好みだったりして?」

 

 クレマンティーヌは明るい笑顔で矢継ぎ早にまくし立てるがアインザックは渋面を崩さない。

 

「今日は無理だ。許可が要る」

「……許可? 誰の?」

 

 クレマンティーヌの顔からすっと表情が消えた。

 

「無論、魔導王陛下だ。これは冒険者組合の領分ではない」

「……あー、そのー、別に許可とか……そんな大した話じゃないし。別にいいんじゃないかなー、なんて」

「そうはいかん。今の私は魔導国の人間だ」

 

 愚図るクレマンティーヌにアインザックはぴしゃりと言った。

 アインズ・ウール・ゴウンの真実に気付いた今となっては気乗りはしない。

 だがアインザックとしては、与えられた立場を弁え、筋を通すことが重要に思えた。

 

 ふとアインザックはソファー向こうの指導員を見る。

 何故だかクレマンティーヌの顔は引きつっていた。

 

◇◆◇

 

(どーして!!!! こうなったッ!!!!)

 

 それは今のクレマンティーヌの心情だ。

 

 午後のエ・ランテルの大通りは、それなりに賑わっている。

 その賑わいの中、奇妙な行列が進んでいた。

 

 先頭をアインザックが、そのすぐ後ろをクレマンティーヌが歩く。

 クレマンティーヌの後ろで自慢げに胸を張って歩いているのが美貌のメイド。

 そのメイドの後ろを歩くのが、エ・ランテルの統治者であり絶対者(オーバーロード)のアインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。

 さらに魔導王の後ろには、いつも引き連れている守護天使が並んでいる。

 

 人間の住人は魔導王から距離を取って遠巻きに見たり、軽く会釈して通り過ぎたりしている。

 ゴブリンの集団は素早く整列すると、魔導王に敬意を払った礼を見せる。

 道路を工事していたドワーフは、魔導王を賞賛する言葉を捧げる。

 そして魔導王が敬意を受けるたびに、美しいメイドは自慢げにその胸を張ってみせる。

 

 クレマンティーヌはただひたすらにアインザックの後ろを付いていった。

 そこに渦巻く感情は怒りと恐怖、そして、ほんの少しの羞恥心だ。

 

 今日の訓練が終わった後、すぐにクレマンティーヌは冒険者組合へと足を運んだ。

 死体安置所を見学する許可が下りたことをアインザックから聞いていたからだ。

 

 軽い足取りでアインザックの執務室の扉を開くと、ソファーにアインズ・ウール・ゴウン魔導王が座っていた。

 クレマンティーヌは即座に膝を突いて臣下の礼を取った。

 アインザックの話では魔導王の立会いの下で、死体安置所の現場検証を行うのだという。

 そう説明する冒険者組合長はやけに明るい表情をしていた。

 

 機嫌の良いアインザックに疑問を抱きながらも、クレマンティーヌは急性の頭痛腹痛吐き気に襲われた。

 だからといって今日は気分が悪いから後日にしますと、逃げ出すことはできない。

 深々と頭を下げて、見学の許可が降りたことを魔導王に感謝する。

 こうしてクレマンティーヌは、奇怪なパレードの一員として大通りを練り歩くことになったのだ。

 

 監視者と思しき気配を、反対側の通りから感じた。

 だが今は精神的圧力に抗うことに必死でそちらに構っている暇はない。

 

 クレマンティーヌのちょっとした自分探しが、よりによって魔導王の監視付きになってしまった。

 正直言って自分を探すどころか、自分を失わないようにするので精一杯だ。

 道中、何度か魔導王が話しかけてきたが、恐怖に慄きどんな返事をしたかも忘れてしまった。

 おそらく礼を失した態度ではなかったのだろう。

 クレマンティーヌはまだ生きているのだから。

 

 一行が到着したのは中央の詰め所だった。

 そこは冒険者組合と魔導王の居城の間に位置している。

 やや居城寄りであるためクレマンティーヌとしては、なるべく近付きたくなかった場所だ。

 近付きたくなかった根本原因は、今、彼女のすぐ後ろに立っている。

 

 恐怖と驚きで固まる人間の衛兵、そして何事もないように見回りを続けるデス・ナイト。

 その中をアインザックに連れられて向かったのは、詰め所内の地下にある死体安置所だ。

 冒険者訓練所の広場を見慣れたクレマンティーヌにはその部屋は狭く薄暗く感じられた。

 

「本来は犠牲になった衛兵を一時的に置いておく場所です。例の事件は状況が特殊だったため、都市長の屋敷の近く……今の陛下の城に一番近いこの中央詰め所の安置所に移動させたのです」

 

 アインザックの更なる説明によれば、ここに置かれたクレマンティーヌとカジット・バダンテールの死体は翌日の朝になる前には消滅したのだという。

 衛兵達に被害は無く、目撃者も居ない。

 煙のように消え去ったとしか思えないとアインザックは付け加えた。

 

「――衛兵に見張らせては居たのですが、事件の規模が大きすぎて、その……遺体ということもあって、目を離してしまったようです」

 

 警備の不備を悔やみながらも、アインザックからは混乱している様子が窺える。

 消えた死体のひとつが蘇り、この場に戻ってきている状況が飲み込めないのだろう。

 戻ってきている張本人のクレマンティーヌはそう思う。

 

「……ふむ。衛兵の数については考慮の必要があるな」

 

 魔導王は眼窩に紅い炎を灯し、ゆっくりと安置所を見回した。

 

「はっ。ですが現在は陛下のお力によって万全の監視体制が構築できております。犯……容疑……重要な証拠を見失うことはありません」

 

 クレマンティーヌをチラチラと見ながら、アインザックはそう断言した。

 魔導王は小さくそうか、と頷く。

 

「少し薄暗いようですかな。衛兵、灯りを――」

 

 アインザックが控えていた衛兵に指示を出そうとする。

 

「<永続光(コンティニュアル・ライト)>」

 

 呪文と共に安置所の天井が輝き始め外のように明るくなった。

 その魔法を使ったのは魔導王だ。

 

「何も陛下自らが魔法をお使いにならずとも!」

「気にすることはない。私にとってこの程度の魔力など、力を使ったうちにも入らん」

 

 魔導王は骨の片手を挙げて鷹揚に返事をした。

 後ろに立つメイドが瞳を潤ませ死の支配者を見つめている。

 

「もったいないお言葉。衛兵に成り代わり感謝申し上げます」

 

 アインザックが膝を突き、続いてクレマンティーヌも膝を突いて魔導王に感謝の意を示す。

 

「陛下のお陰で見易くなっただろう。気になる場所があれば好きなだけ調べたまえ」

「はっ。ですが……よろしいのですか?」

 

 クレマンティーヌは魔導王に伺いを立てる。

 魔導王もまたここに用事があるのではないかと思ったからだ。

 

「今回、私が同行したのはおもし……この都市の責任者として警備事情を見ておきたかったからだ。現場検証はお前たちが自由にするがいい。なんだったら私は少し離れていよう」

 

 魔導王は骨の手を軽く上げる。

 

「そんな! 我々の都合で陛下に動いてもらう訳には行きません。陛下はそこで自由におくつろぎください。さあ、クレマンティーヌ君!」

「は、はい! それでは、御前(おんまえ)、し、失礼いたします」

 

 魔導王の前で深く頭を下げてから、クレマンティーヌは安置所を調べ始めた。

 

「君の死……身体はこの台に置いてあった。もうひとりの……ば、バダンテールはその向こうの台だったな」

 

 自分の死体が置かれていた安置台を、自分で調べるというのは奇妙な感覚だ。

 台を見ても触っても何かが分かるというものではなく、自分の身体がここにあったという記憶もない。

 

 クレマンティーヌは目の端で魔導王の様子を窺う。

 天井や壁の細工を眺めているが、強く関心を抱いているような雰囲気は無い。

 調べている彼女やアインザック、安置台にも興味を持っているようには見えない。

 メイドは魔導王の視線と挙動しか見ておらず、獅子の顔をした守護天使からはそもそも意思というものを感じない。

 

「……何か思い出したかね?」

 

 アインザックが小声で話しかけてきた。

 クレマンティーヌはただ首を横に振る。

 軽口のひとつでも返したいところだが、魔導王が見ている前で下手な真似はできない。

 

 安置台の周りを丹念に調べる。

 魔導王が見えない位置に来るだけで安心してしまう自分が情けない。

 

(台の上には何も無し……と。ま、当ったり前だよね。結構、時間経ってんだから)

 

 死体安置所はその全体が石造りだ。

 部屋、壁も床も安置台も石で出来ている。

 磨り減りや角の欠けなど経年に伴う劣化はあるが、特に変わった箇所は見当たらない。

 クレマンティーヌは調べる範囲を拡げることにする。

 

 台の横に細かい傷が無数にあった。

 おそらく衛兵の腰に提げた剣が作ったものだろう。

 自分の死体も衛兵の手によって台に乗せられただろうが、ここから自分に関係したものを見つけるのは難しそうだとクレマンティーヌは思う。

 

 続けて石の床を調べる。

 床に手をつけ、その感触を直に確かめた。

 ただの石の床の感触。

 その中に丸く磨り減った箇所を見つけた。

 少し考えて、それが武技を使って駆け出した跡に似ていることにクレマンティーヌは気付く。

 つい先日、共同墓地で自分の足跡を見ていなかったら分からなかっただろう。

 

 これを蹴り出しの跡だと仮定して、その進んだ先を探す。

 安置所の出入り口付近に向かう方向に、もうひとつ似た跡を見つけた。

 残っていたのは、この二つだけだ。

 

 足跡が二つしか見当たらないのは当然だ。

 武技発動中の歩幅は極端に広い。

 不可解なのは進んだであろう先が入口からずれていることだ。

 

(……真っ直ぐ入口には向かっていない? でも壁にぶつかった形跡もない、か)

 

 魔導王の視線に注意しながら、クレマンティーヌは死体安置所の入口横の壁に触れてみる。

 

(ここに向かって私は走り出した? 逃げ出すためか? あるいは何か標的があったのか……?)

 

 壁には何の仕掛けもなく、クレマンティーヌは答えが出ないまま安置台に戻った。

 アインザックが不思議そうな顔で見ている。

 

「……何があったのかね?」

 

 クレマンティーヌは頭を小さく左右に振った。

 

「ここって魔法阻害かかってる?」

 

 小声で別のことをアインザックに尋ねる。

 

「とりあえず転移魔法は阻害できるよう施されている。だが強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)に対して効果があるかは分からんな」

 

 アインザックの言葉に魔導王が反応した。

 

「魔法阻害を突破して転移することは私でもできないだろう。ただ気付かれず出入りするだけならいくつか方法はあるな」

「たとえば……不可視化ですか?」

 

 組合長の解答に魔導王が鷹揚に頷いた。

 その姿を見つめるメイドの瞳が潤んでいる。

 

「不可視化魔法への対策もあるにはあるが――」

 

 魔導王はもう一度、死体安置所をぐるりと見回した。

 

「現在、全ての取調べは我が居城で行うことになっているからな。ここに過度の魔法防御を施す必要はないだろう」

 

 その言葉を聞いて、クレマンティーヌはひとつの可能性を思いついた。

 クレマンティーヌの死体を持ち去ったのは魔導王ではないだろうか。

 

 このアンデッドには動機がある。

 それはモモンの正体が魔導王であるという情報の隠蔽だ。

 リ・エスティーゼ王国には復活魔法の使い手が居て、莫大な代償にさえ目を瞑れば死者を蘇らせることが出来る。

 魔導王もまた帝国の大闘技場で復活魔法を使って見せたという。

 死者が死者のままで居続けない以上、クレマンティーヌの口を本当に封じるなら死体を回収しなければならない。

 魔導王の力があれば誰にも気づかれずにこの安置所から死体を持ち出すくらい容易だろう。

 分からないのはクレマンティーヌを蘇らせた理由だ。

 床に残された足跡も謎を深める原因となっている。

 

 考え込んでいたクレマンティーヌの横で、おほんとアインザックが咳払いをした。

 

「ここでの確認は終わったのか?」

 

 組合長の問いにクレマンティーヌは小さく頷く。

 結局、何かが明らかになることは無かった。

 今後は別の方向から調べなくてはならない。

 

「あー。クレマンティーヌ君は、これから宿に……黄金の輝き亭に帰るのかね?」

 

 アインザックが妙な聞き方をする。

 今日の組合での仕事は終わった筈だ。

 だが、今は魔導王が同行している。

 何か予定外の仕事が出来たとしてもおかしくない。

 

「仕事があるなら冒険者組合に戻りますが?」

 

 魔導王が見ている。

 いつものような軽い調子での受け答えはしない。

 

「……いや。別に今日急いで君がやるような仕事は残っていないが……」

 

 アインザックがちらちらと魔導王を見る。

 その視線の意味と目的がクレマンティーヌには分からない。

 

「あ……。そうだ。そういえば――」

 

 何かを思い出したように魔導王が呟いた。

 クレマンティーヌは素早く身体を死の支配者に向け、背筋を伸ばして拝聴の構えを取る。

 

「あー、そのー。お前……クレマンティーヌは今も黄金の輝き亭に泊まっているのだったか?」

「は、はい! お、おかげ様で何不自由のない素晴らしい生活を頂戴いたしております」

 

 クレマンティーヌの即答に魔導王が何事かを考えるように骨の指を顎に当てた。

 何か気に障ることを口にしたかとクレマンティーヌは内心で焦る。

 

「そうだな……。宿での生活で不都合はないか? くつろぎ辛いとか、好きなことができないとか、食事が合わないといったことはないか?」

「いえ! そんなことはございません! かつてない素晴らしい生活を送らせていただいておりますっ!!」

 

 クレマンティーヌの視界の隅に映るアインザックの表情が固い。

 どこかすがるような視線で魔導王を見ている。

 

「それならば良いが……」

 

 これは何かの前振りだろうか。

 クレマンティーヌが考えていると、次に魔導王は組合長に話しかける。

 

「先日、アインザックからの要望があった組合職員の住宅の件だ」

 

 クレマンティーヌにとって興味の無い話だ。

 だが、そんな素振りは露ほども見せず拝聴の構えは崩さない。

 このアンデッドの前で油断することは死に繋がるからだ。

 

「銀行には許可を出した。あとは組合の担当者と話をして貸付条件を決めさせるといいだろう」

「ありがとうございます。これで職員からも住宅購入を考える者が出てくるでしょう」

「住宅購入の促進は我が国の方針でもある。家を持てば更に欲しい物も出てくるだろうし、勤労意欲も湧こうというもの」

「正に仰る通りです」

「これからは所得を上げることが国の課題となるだろう。とりあえずは冒険者組合の職員から豊かな生活をしてもらって、魔導国の経済発展に貢献してもらわないとな」

「職員一同、陛下のご期待に応えられるよう尽力する所存です」

 

 前もって示し合わせたような奇妙な会話が続いている。

 アインザックの言葉もどこか空々しい。

 魔導王と組合長の間で何が行われているのだろうか。

 

「……職員といえば、クレマンティーヌよ」

 

 魔導王がその頭蓋を巡らせた。

 クレマンティーヌの身体に緊張感が走る。

 

「お前も立派な冒険者組合の職員だ。自分の家は欲しくないか? 黄金の輝き亭は冒険者組合には近いが、訓練所までは少々距離があるようだが?」

 

 唐突に住宅の購入を勧められてクレマンティーヌは内心で慌てた。

 

 脚力には自信のある彼女だ。

 冒険者組合や黄金の輝き亭があるエ・ランテルの中央地区から、城壁外にある訓練所までの移動を気にしたことはない。

 そもそも魔導国に家など欲しくない。

 管理が面倒だし、個人的な荷物は全て魔法の袋に収まっている。

 いずれ逃亡する場所に家など買ってどうするのか。

 どう考えても逃亡資金の無駄でしかない。

 

「……いえ。これといって気に――」

 

 自分には不要だと言おうとしたところで、クレマンティーヌの脳裏にとある考えが浮かんでくる。

 

 家を買わない

 ↓

 魔導国に定住の意思なし

 ↓

 逃亡の可能性あり

 ↓

 そういえば近頃人間が恐怖を失っている

 ↓

 見せしめが必要

 ↓

 処刑

 

 エ・ランテルの大広場で磔にされ、闇妖精(ダーク・エルフ)の少女に鞭打たれる自分の姿をクレマンティーヌは幻視する。

 

「そ、そういうことでしたら、すぐにでも家の購入を検討いたします!」

「おお。なるほど。そうかそうか」

 

 魔導王は上機嫌そうに何度も頷いた。

 組合長も心なしかほっとしたような笑顔を浮かべている。

 

「とはいえ良い物件はすぐに買い手がつくものだ。優遇はできるが基本的には早い者勝ちだからな。急いだ方が良いぞ」

「はっ!」

 

 本心を隠してクレマンティーヌは力強く返事をした。

 魔導王はアインザックを見る。

 

「組合長も銀行との交渉を急がせなければならんな」

「はい。ありがとうございます、陛下」

 

 アインザックは満足そうに頷いた。

 組合長が何に感謝しているのかクレマンティーヌには分からない。

 

「ところでだ――」

 

 魔導王の声の調子が変わった。

 

「ここでの検証は終わりということだな?」

 

 アインザックがクレマンティーヌを見る。

 クレマンティーヌは慌てて何度も頷いた。

 

「私はこれからクレマンティーヌと話がある。アインザックはこのまま組合に戻るがいい」

 

 その言葉にクレマンティーヌは恐怖に包まれた。

 思わず組合長に助けを求めるような視線を向ける。

 だがアインザックはクレマンティーヌには目もくれず、魔導王を残念そうに見つめるだけだ。

 それから諦めたように深く頭を下げると、何も言わずに出入り口から姿を消した。

 

 死体安置所に死にも似た沈黙が訪れる。

 

 魔導王が骨の手を小さく動かした。

 びくりとクレマンティーヌの身体が反応するが、その対象は守護天使だ。

 獅子の顔をした守護天使が呪文を唱えると、クレマンティーヌの耳に届いていた周囲の音が急に遠くなる。

 魔導王は満足そうに頷くと、クレマンティーヌを見た。

 素早く膝を突いて臣下の礼を取る。

 

「あー。組合長がお前のことを心配していたぞ」

 

 その言葉を聞いて、クレマンティーヌは自分の血の気が引くのを感じた。

 

 自らのこれまでの行動を顧みたが心配されるような理由が分からない。

 何か気づかぬうちに失敗をしでかしたのだろうか。

 クレマンティーヌが言い訳を探しているうちに、魔導王が言葉を続けた。

 

「アインザックは、私とズーラーノーンの関係を誤解していた」

 

 クレマンティーヌは顔を伏せ、震えそうになる身体を抑えている。

 

「ここで起きた()()アンデッド事件を、だな。あれを私が起こしたものだと疑っていたのだ」

「魔導王陛下にあらぬ疑いを生じさせましたこと、深く深くお詫び申し上げます!」

 

 クレマンティーヌは即座に謝罪の言葉を告げた。

 その言葉は、あまりに不甲斐なく震えている。

 

「良い。今日、お前が冒険者組合に姿を見せる前にアインザックには説明をした。それで誤解は解けた筈だ」

 

 なるほど、とクレマンティーヌは思った。

 第三者のアインザックから見たら、誰が起こしたにせよアンデッドが絡んだ事件には違いない。

 より強力なアンデッドである魔導王が現れたら、事件の黒幕と考えるのも自然だ。

 

 この街に多大な被害をもたらした存在の元で働いていると誤解すれば、アインザックは心中穏やかでなかっただろう。

 そんな疑念が、この安置所に来る前に払拭されていたのだ。

 組合長の表情がやけに明るかったのはそれが理由か。

 クレマンティーヌの中で謎がひとつ解決する。

 

「実際のところ、あの事件については私も詳細は知らないが、お前――クレマンティーヌとカジットが引き起こしたもの、そういう認識で良いのだな?」

「はい。陛下のご理解に間違いはございません」

「ズーラーノーンもあの事件については把握していなかったようだしな。部下には自由にやらせる方針という訳か」

 

 部下という言い方には引っかかったが、魔導王の言葉を正すような命知らずの真似をクレマンティーヌはしない。

 ズーラーノーンが縦にも横にも自由な組織であったことは間違いない。

 

「ふむ。そういうかたちが組織としては理想なのかも知れんな。大まかな目標を示して、後は部下の自主性に任せる……。ただ、そのためには部下の個性を理解しておく必要が……ごほん」

 

 魔導王は咳払いをして言葉を切った。

 まるで考えがつい口に出た風を装っているが、そんなことは絶対にありえない。

 間違いなく聞かせることが主目的だとクレマンティーヌは理解している。

 彼女は“自主性”と“個性の理解”を頭に入れておくことにした。

 

「お前の……その、ズーラーノーンとその仲間たちについて現状を伝えておこう」

 

 クレマンティーヌの喉がぐびりと鳴る。

 恭順したとはいえ一度は敵対した組織の人間――不死者(アンデッド)もいるが――だ。

 どんな恐ろしい目に遭っているかも知れず、しかもその運命はクレマンティーヌにも容易に降りてくる。

 

「彼らには今、私の支配地で魔法の研究を進めさせている。できれば冒険者の育成もさせたかったところだが、使える魔法が死霊術系に偏り気味でな」

 

 魔導王は首を竦める仕草をすると、それを見た美貌のメイドが瞳を潤ませる。

 

 ズーラーノーンたちが生きて魔導王の下で研究をしているという話が驚きだった。

 あるいは彼らが生きていると錯覚させるのが狙いなのか。

 ズーラーノーンから洩れて困るような情報は今のところ無い筈だ。

 彼らとは過去に手を組んでいた以上の思い入れは、クレマンティーヌにはない。

 

「育成には神殿の協力もほしいところだ。回復魔法の使い手は冒険を有利にするからな」

 

 魔導王の言葉に同意するようにメイドが力強く頷いている。

 クレマンティーヌもまた小さく頷いてみせるが、胸の内では別のことを考えていた。

 

(神殿勢力がアンデッドに協力するワケないだろうが。ていうか神殿との交渉なんか私に振ってくれるなよ。そーゆーのはアインザックに頼め。冒険者組合長に)

 

 クレマンティーヌの思いが通じたのか魔導王は神殿について、それ以上は何も言わなかった。

 

「そういえばクレマンティーヌよ。お前はかつて私と戦ったことを覚えているか?」

 

 神殿よりも危険な話題が振られて彼女の息は止まりかけた。

 

「ははっ。魔導王陛下の偉大さを理解できぬ愚か者でありました」

 

 滲み出る脂汗も気にならず、ひたすらに謝罪の言葉を紡ぐ。

 ひれ伏すクレマンティーヌにメイドが鋭い視線を向け、何故か魔導王は口ごもった。

 

「あ、いや、その……。それはもう良い。それでだ。あのときのモモンは私だったが、今、エ・ランテルを守護しているモモンは別人だ。戦士としての能力は同じだがな」

 

 ひれ伏しながらクレマンティーヌは魔導王の言葉を考える。

 別人であることは知っていたが、それをあえて自分に伝える意味はなんなのか。

 

「もし、お前がモモンに違和感を感じているのであれば原因はそのあたりにあるだろう。あれも、その……なんだ。悪い奴ではないから、あまり嫌ってくれるな。何か問題があれば私に言ってくれて構わない」

「はい」

 

 その言葉は理解不能であったが、クレマンティーヌは深々と頭を下げる。

 

 魔導国に来てから、モモンに会ったことは無い。

 エ・ランテル界隈ではモモンを魔導王の楔と見ている者も居るようだが、クレマンティーヌはそれが間違いだと知っている。

 だが魔導王の口振りでは、単なる部下とも違う存在であるようだ。

 このこともまたクレマンティーヌは頭の隅に留めておくことにする。

 

「お前の仲間たちにも念を押してはいるが、私がかつてモモンだったことについては他言無用だ」

 

 直接、釘を刺してきた、とクレマンティーヌは思った。

 

「今更、洩れたところで困る情報でもないが……。ようやくエ・ランテルも落ち着いてきたところだ。住んでいる街で騒ぎが起こるのも困るだろう?」

 

 別にエ・ランテルの騒ぎなど彼女にとってはどうでも良い。

 だが魔導王の警告に逆らうことはできない。

 逆らった者は皆、死んでしまうからだ。

 それはかつてのクレマンティーヌ自身に他ならない。

 

「私は全然構わないのだが、でみ……部下がな。彼らは少々厳しいというか過激というか、そういう手段に走りやすいのでな。うん」

 

(そういう手段って……どういう手段だ?)

 

 人間は身体の部分や末端から傷つけた方が長く楽しめる。

 爪や指、目や耳や鼻、そして性器といった具合にだ。

 そんなクレマンティーヌが好むような残虐行為さえ、魔導王とその部下にとっては児戯なのだろうか。

 彼女の背筋に冷たいものが走る。

 

「わ、ワタクシは陛下に逆らうような真似は今後一切いたしません!」

「うむ。お前のことは信じている。冒険者組合の指導員を無碍に失うことを私は望んでおらん。お前が優秀な指導員であることはアインザックから聞いている。特別に賞与を与えても良いくらいだ」

「魔導王陛下のお言葉、身に余る光栄であります!」

 

 美貌のメイドが今もまた厳しい視線を向けていることにクレマンティーヌは気づいた。

 魔導王への忠誠を誓った者に向ける視線としてはあまりに鋭い。

 胸の内が悟られぬよう今後の行動をより注意するべくクレマンティーヌは決意する。

 

 そろそろ魔導王の話は終わりだろうか。

 クレマンティーヌは様子を窺うが、魔導王にはまだ話すことがあるようだ。

 

「それと……。お前はユリ――ユリ・アルファと話をしたようだな」

 

 やはり魔導王に伝わっていたのだ。

 クレマンティーヌは自らの不注意を悔いるが、今更どうしようもない。

 

「……陛下に近しい方とは露知らず、無礼な対応をしたことをお許しください」

 

 もはや謝罪の言葉も思いつかず、クレマンティーヌはただただ平伏する。

 

「?……あ、ああ。それについては次から気をつけてくれればいい。それより冒険者のレベ……育成に時間がかかっているようだな」

「申し訳ありません! そ、早急に問題点を洗い出して――」

 

 魔導王の骨の手が上がるのを見て、クレマンティーヌは言葉を止めた。

 

「いや。人間の成長に時間がかかるのはよく理解している。それに私はアンデッドであるから待つことに苦はない。まぁ千年や万年もかかると言われたら少し考えるがな」

 

 魔導王は笑った。

 クレマンティーヌもなんとか笑ってみせる。

 酷く引き攣った笑みではあったが。

 

「……だが育てる立場としては、すぐに成果が出ないのもやり甲斐がなかろう」

「いえ。決してそのようなことは――」

 

 否定しようとするクレマンティーヌを、魔導王がもう一度骨の手で制した。

 

「良い。育成の助けになるアイテムをこちらで用意する。それを訓練のときに使うといいだろう。それと、そのときに試してもらいたい方法がある」

 

 魔導王の語る育成方法はどれも常識外れの内容だった。

 クレマンティーヌが魔導王の話を聞き終えて中央詰め所を出る頃には、外はすでに夕方になっていた。

 

◇◆◇

 

(なるほどねぇ……)

 

 冒険者見習いの女、ファチル・ジェロジアは察した。

 

 人数の増えた見習いをいくつかの集団(クラス)に分けることは組合の方から聞いていた。

 割り振り表を見たときはぴんと来なかったが、こうして地下広場に集まっている20人ほど顔ぶれを見るとその理由が分かる。

 

 チームに所属していない者。

 役割が不明確な者。

 丸っきりの駆け出し。

 

 ひと言で言えば冒険者に向いていない者(落ちこぼれ)たちだ。

 

 ファチルは自分を冒険者に向いていない者(落ちこぼれ)だとは思っていない。

 だが、そう判断される事情は理解している。

 

 ファチルはローブル聖王国の生まれだ。

 厳格な両親に反発して10年ほど前に国を出た。

 国や街、村を渡り歩いて様々な仕事をした。

 やがて請負人(ワーカー)となり、商人の護衛として訪れたエ・ランテルで冒険者登録を行って冒険者になった。

 他所者(よそもの)であり頼る身内がなかったファチルの苦渋の選択だ。

 だが王国の文字が読めなかったファチルは、他の冒険者チームの手伝いをして金を稼ぐことになる。

 いくつもの冒険者チームの手伝いをするため便利屋になるしか道はなかった。

 

 ときに前衛として剣を振るい、ときに後方から弓を射る。

 巻物(スクロール)で攻撃魔法を放ち、ポーションで負傷者を回復させる。

 

 日々の糧を得るために働いた結果、特定の技能を磨くことができず、ファチルは中途半端な冒険者になっていたのだ。

 それが、この集団(クラス)に振り分けられた原因である。

 

 特定の所属チームを持たなかったファチルは、貰える分け前も多くは無かった。

 高位の依頼が引き受けられないため冒険者として等級が上がらない。

 

 ファチルがそんな状況に鬱屈していたとき、エ・ランテルでアンデッドの大量発生事件が起きた。

 鉄級の彼女は組合の指示で警備に当たっていて、やがて事件は夜明け前に解決する。

 そしてファチルは耳にした。

 漆黒の英雄モモンの噂を。

 

 天を衝くほど巨大なアンデッドをたった一撃で葬り去ったと聞いた。

 無数のアンデッドが蔓延る中を、無人の野を行くが如く突き進んだと聞いた。

 事件の元凶であった秘密結社の幹部を、いとも容易く討伐したと聞いた。

 

 それらの噂を検証するべく、ファチルはモモンに関する噂を集め始める。

 

 希少なポーションを気軽に他の冒険者に与えたらしいこと。

 正義と規律を重んじ報奨金の多寡で依頼を差別しないこと。

 第三位階魔法を使える美姫ナーベとは主従関係にあるらしいこと。

 失われた国の王族ではないかという者が居た。

 南方の出身者だと断言する者も居た。

 

 知れば知るほど強く高潔な姿を見せるモモンに、ファチルは憧れるようになった。

 

 モモンとナーベはエ・ランテルの近郊に出現した強大な吸血鬼を討伐し、最高位(アダマンタイト級)冒険者となる。

 ファチルが小さな依頼の手伝いに追われる中、モモンとナーベは大きな依頼をいくつも終わらせていた。

 

 同じ冒険者である劣等感よりも憧れが勝ったのは、ファチルが女だったからだろうか。

 いずれ伝説になるであろう英雄と、同じ時代に同じ場所を同じ冒険者として生きる喜びにファチルは感謝した。

 モモンが王都で大悪魔を撃退したという話を聞いて、ファチルはひとりで祝杯を上げたりもした。

 王国内の墳墓調査にモモンが参加すると聞いたときは、メンバーに加われないかと交渉したが、これは鉄級冒険者のファチルには許されなかった。

 

 それからカッツェ平野の戦争を経て、エ・ランテルはアインズ・ウール・ゴウン魔導王の支配地となる。

 魔導王への恐怖からファチルは移住を考えた。

 故郷を捨てた身でもあり、移住することに抵抗は無かった。

 そして自分の命は何よりも惜しい。

 

 だが入城してきた魔導王にモモンが正義を示したとき彼女はその考えを改めた。

 英雄と同じ困難に立ち向かおうと、エ・ランテルに留まることを決めたのだ。

 

 やがて冒険者組合が魔導王の直轄となり、ファチルの立場は冒険者から見習いへと変わった。

 見習いは食事の心配はなく僅かながらも給金が出る。

 だが、そんな現状に甘える気はファチルにはない。

 一刻も早く正式な冒険者となり英雄モモンの助けとなる。

 それがファチル・ジェロジアの目標になった。

 

 かつては鉄級の冒険者に位置づけられていたファチルだが、自分自身はより高位の――金級程度の能力は持っていると自負している。

 そんな自分が今、組合から冒険者に向いていない者(落ちこぼれ)に分類された。

 事情は理解は出来るが納得はできていない。

 目の前でぼーっと指導員が来るのを待っている、明らかに冒険者としての経験のない少年と自分が同じ立場である筈がないではないか。

 

「あんたさぁ――」

 

 ファチルは少年に話しかけた。

 

「この集団(クラス)が、どんな理由で分けられたか分かる?」

「あ、いえ。……分かりません」

「だろうねぇ、ふふ」

 

 ファチルは思わせぶりに含み笑いをする。

 

「どんな理由なんです?」

 

 少年が真っ直ぐに聞いてきたことをファチルは意外に思う。

 このくらいの年齢だと強がって聞き返さなかったり、知ったかぶりするのが普通だ。

 

「……ファチル・ジェロジアだよ。あんたは?」

「エストです。エスト・マシオン……」

 

 突然の自己紹介にも、少年――エストは即座に対応した。

 意外に会話慣れしているのかも知れない。

 

「エスト君だね。この集団(クラス)はね。デキる奴を集めたんだよ」

「本当ですか?」

 

 疑わしそうな言葉とは裏腹に、エストの顔は嬉しそうだ。

 騙し甲斐のある餓鬼だとファチルは思う。

 

「そうでなきゃ私はここにいないだろ? 私は金級の冒険者だったんだ」

「ええ? 金級って凄いじゃないですか! ジェロジアさん」

「しっ!」

 

 ファチルはエストの口の前に指を置いた。

 

「大きな声で言うんじゃないよ。今はみんなと同じ見習いなんだ。変に意識されるのも嫌だしね」

「分かりました。他の人には言いません」

 

 エストの素直さにファチルの中に更なる悪戯心が芽生えた。

 

「そういえばエスト君、前に訓練で私の真似をしてたよね?」

 

 ファチルは女にしては大柄で、エストは男にしては小柄だ。

 背格好が似ているファチルの準備運動を、エストが真似していたことは覚えている。

 

「あ……はい。身体の大きさが近かったので参考にしました……不味かったですか?」

「不味いも美味いも……ホントだったら指導料を取るところだよ」

「……そうですよね。それが普通ですよね」

 

 エストの顔が曇り、ファチルは心の中で舌を出す。

 

「僕、お金が無いんですよ。ここに来るときと、装備を買うときに使ってしまって……」

「ん? 来るって……どっから? あんた、王国の人間じゃないの?」

「僕はバハルス帝国の生まれです」

 

 ファチルは帝国に行ったことはない。

 若く急進的な皇帝には興味があったが、モモンに比べると魅力に乏しいと考えていた。

 

「帝国ねぇ……。帝国で何をしてたんだ?」

「商人の見習いをしてました」

「商人の見習いから冒険者の見習い? そりゃまた大胆な転職だ」

 

 帝国出身と商人。

 これらをどう利用したら自分の得になるのかファチルは考える。

 この若さだと大した商いは任せてもらえず、使えるようなコネは持っていないだろう。

 ただし両親がそれなりの立場にあるなら貸しを作っておいて損ではない。

 

「まぁ金がないんだったら仕方ないか。指導料については、そのうち別のかたちで返してもらおうかね」

 

 そんな話をしているうちに、地下広場にいつもの指導員の女が姿を見せる。

 指導員の手には禍々しい鎖のついた首輪があった。

 指導員はよく通る声で話し始める。

 

「陛下がね。あんたたちが直ぐに強くなれるようアイテムを貸してくださったよー。はーい。慈悲深い魔導王陛下に拍手、拍手」

 

 見習いたちがぱちぱちと手を叩いた。

 

「でも、今日はまだお試し期間だからねー。これ一個しかないから実験できるのはお一人様限り。どーする? 誰か犠牲……じゃなかった希望者のヒトは居るかなー?」

 

 ファチルはエ・ランテルを支配し、その支配を以ってモモンを従えた魔導王が嫌いだった。

 魔導王を賞賛するクレマンティーヌ指導員も好きではなかった。

 同じ女でありながら、恐ろしいほどの強さを身につけているところも好きになれない点だ。

 

 そんな負の感情を抜きにしても指導員が手に掲げたアイテムはあまりに禍々しい。

 

「……何あれ? 魔導王ってやっぱ人間を奴隷にするつもりなんじゃ」

「ジェロジアさん……。あれ、凄いですよ?」

 

 その言葉を聞いてファチルはエストを見る。

 彼の目は輝いていた。

 

「凄いって、あの首輪が? ……首輪だよ、鎖つきの?」

 

 他の見習いもファチルと同じ印象を抱いているようで、明らかに怪しみ不安を感じて二の足を踏んでいる。

 

「それ、僕が装備しますっ!」

 

 エストが力強く手を上げた。

 見習いたちがエストに注目し、指導員が笑顔になる。

 

「良くぞ言ってくれましたー。やっぱこーゆーのって、エストちゃんが最初に飛びつくと思ったよ。はい。みんなも拍手、拍手」

 

 ぱちぱちと手を叩く指導員と、あまりに能天気なエストがファチルの気に障る。

 

 駆け出そうとした彼の足を思わず引っ掛けるとエストが派手に転んだ。

 周囲から小さな笑い声が聞こえる。

 見習いたちには気付かれなかったようだが、ファチルは指導員の冷ややかな視線を感じた。

 慌ててエストに駆け寄る。

 

「ほらほら。浮かれるんじゃないよ」

 

 気遣うように起き上がったエストのズボンについた砂を払ってやった。

 指導員からの視線には気付かない振りをする。

 エストはぺこぺことファチルへ頭を下げ、指導員の元まで走っていった。

 

「そんじゃ、エストちゃん以外は、自主錬に励んでちょーだい」

 

 クレマンティーヌ指導員はそう言ったが、自分の訓練に集中する見習いは一人もいない。

 剣を振ったり走ったりしながらも、皆、横目で指導員とエストを見ている。

 ファチルもまた他の見習いと同様に、自己鍛錬をしながら成り行きに注目していた。

 

 エストは指導員に言われるままに首輪を装備した。

 装備した途端、彼は脱力したように膝を突く。

 それからなんとか立ち上がったが、その動きは極端に鈍い。

 

(……ほら見ろ。アンデッドが貸し出すアイテムなんて、絶対に呪われるに決まってる)

 

 ファチルはそう思う。

 アンデッドの目的なんてものは、生の支配と略奪しかない。

 

「準備ができたよーだねー。……そんじゃこっちに来てちょーだい」

 

 指導員の声で地下広場の大きな扉が開いた。

 見習いたちの視線が集まる中、扉の奥から姿を現したのはスケルトンの集団だ。

 

(……え!? なに!?)

 

 見習いたちの間に緊張が走る。

 ファチルを含めた全員が訓練を止め、武器を手に身構えた。

 

「あー。大丈夫、ダイジョーブ。魔導王陛下からお借りしたモンスターだよー。気にせず訓練を続けてちょーだい」

 

 そう言われてすぐに納得できるものではない。

 決して強いモンスターではないが、アンデッドという疲労や痛みを感じない異形の存在は、近くに居るというだけで生者を不安にさせる。

 スケルトンたちはいずれも武器を持たず、ただ虚ろな眼窩を正面に向けたまま並んで立っていた。

 

 見習いたちが見守る中、動きの鈍いエストがゆるゆると剣を持ち上げ、1体のスケルトンに向けて振り下ろした。

 振り下ろすというより重さに任せて落としただけの剣を受けてスケルトンがぐらりとよろける。

 与えたダメージはかなり少ない。

 他のスケルトンは動く気配を見せず立ち尽くしたままだ。

 

「んー。これじゃ時間がかかり過ぎるかなー」

 

 そう言うなり指導員は拳でスケルトンを殴りつけた。

 エストの剣が当たったときよりも派手な音がして、スケルトンがバラバラになる。

 

「このくらいならどーぉ?」

 

 下半身は動きを止めたが、スケルトンの上半身はまだ動いている。

 片腕でもがいているスケルトンの上にエストが剣を落とした。

 それでスケルトンは動きを完全に止める。

 

 それから指導員がスケルトンを弱らせ、エストが剣でとどめを刺す。

 アンデッドを憎むどこかの神殿が執り行う儀式のように、彼らは何度も同じことを繰り返した。

 

 やがてスケルトンが全部居なくなったところで、エストは謎の儀式から解放される。

 首輪はすでに指導員が回収していた。

 装備したら二度と外れないといった悪質なアイテムではなかったらしい。

 

「後で治療部屋で検査してもらってねー」

 

 そんな指導員の声を受けつつ、エストは汗だくでファチルの近くまで戻ってきた。

 

「ちょっと……何? ホントに大丈夫なの?」

「は、はい。“ぱわぁれべりんぐ”という訓練方法らしいです」

 

 そんな訓練方法があったことをファチルは知らなかった。

 

「あの首輪はなんだったの? エスト君、随分辛そうだったけど」

「“けいけんち”を増やすアイテムだそうです。頭がぼーっとするし、目が霞むし、全身がだるくなったりしたんですけど」

 

 酷く身体に悪そうなアイテムだ。

 後遺症が残ったりしないのだろうかとファチルは思う。

 治療部屋に行くよう指導員が言っていたのは、それが理由なのかも知れない。

 ファチルはエストの腕を抱えた。

 

「治療部屋に行くんだろ。手を貸すよ」

「大丈夫です。ひとりで行けますから」

 

 思ったよりも強い力でエストに押し返され、ファチルは少し腹を立てた。

 初心者は経験者の言うことを聞いていればいい。

 ファチルはもう一度、足を引っ掛けて転ばせようとする。

 

()っ!」

「あ、ごめんなさい。大丈夫でしたか?」

 

 エストの足元に忍ばせたファチルの足が弾かれるように蹴り飛ばされた。

 それは訓練に入る前とはまるで違う力強さだ。

 

「……」

「どうしました? ひょっとして怪我しました?」

「……いや。なんでもないよ。治療部屋には私も用があるんだ。ついでだから気にすんな」

 

 もう一度身体を寄せると、ファチルは強引にエストの腕を抱えた。

 エストも諦めたのか、今度は押し返すような真似はしない。

 

「ありがとうございます。ジェロジアさん」

「……ファチルだ」

「?」

「ファチルでいいよ。エスト君」

 

 別に名前で呼ばれたくなった訳ではない。

 親から貰った姓が好きではなかったことを思い出しただけなのだ。

 

◇◆◇

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