疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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 前回までのあらすじ

 アンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)、アインズ・ウール・ゴウンの卑劣な罠によって若く美しい女戦士クレマンティーヌは命を落とした。
 幸運にも蘇った彼女は仲間であるはずのズーラーノーンの幹部たちに騙され、再びアインズ・ウール・ゴウンに囚われてしまう。
 クレマンティーヌが死亡している間に、アンデッドの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は自らの名を冠したアインズ・ウール・ゴウン魔導国を建国しており、ズーラーノーンはその軍門に下っていたのだ。
 アンデッドの王は、かつて自分が手にかけた若き美貌の女戦士を脅迫し、自国の尖兵を育成することを命じる。
 だが若く気高いクレマンティーヌは圧倒的強者に対しても屈することはなかった。
 命令に従う振りをして、支配から逃れる(すべ)を模索することにしたのだ。
 魔導王の支配地であるエ・ランテルで魔導王の愛人である眼鏡のメイドやナーベラ――ナーベと遭遇し、漆黒のモモン(偽者)とその棲家(すみか)で圧迫面接を受けながらも決してクレマンティーヌの意思が挫けることはない。
 リザードマンの村では魔導王が召喚した死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を討伐させられ巨大な蟹を押し付けられながらも、自由と真実を獲得するその日まで彼女は進み続けるのだ――。


第7話「疾風走破と黒のドレス その1」

◇◆◇

 

 この数ヶ月の間、我が身に降りかかった出来事をクレマンティーヌは思い返していた。

 

 魔導国の冒険者指導員になってからというもの、常に死の恐怖がつきまとい気持ちの休まるときはなかった。

 戯れに腕や足を断たれたり、処罰として首をもがれたりするようなことは、()()()()()ない。

 それどころか豪華な食事と寝心地の良い寝台を与えられて、富裕貴族の食客のような扱いを受けている。

 命じられた指導員としての労働も、厳しさや過酷さとは無縁の生温いものだ。

 これら全てがクレマンティーヌの努力と才能の賜物であることはまぎれもない事実だ。

 しかし、この生温さは酷く薄っぺらなものであり、ひと皮剥けば苦痛と恐怖を煮詰めた悲惨な事態に裏返ることをクレマンティーヌは知っている。

 毒が甘く美味であるように、炎が美しく鮮やかであるように、快楽は全ての存在を静かに腐らせ焼き尽くすものなのだ。

 特に不死者(アンデッド)がもたらす快楽というものは――。

 

 こんなとりとめのない追想に(ひた)ってしまうのも、レイナース・ロックブルズの繊指(せんし)がクレマンティーヌに快楽を与えているからだ。

 そして追想と快楽は永遠に続くわけでもない。

 ()()()()は刻々と近付きつつあった。

 

「――ねぇ。どーしてもイかなきゃダメ?」

「ダメですわ」

 

 帝国女騎士の言葉は無慈悲だ。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の首都エ・ランテル。

 三重の城壁からなるその城砦都市は、その中央部に魔導王の居城を含む行政施設が設けられていた。

 施設のほとんどは、リ・エスティーゼ王国統治時代の貴族の屋敷を改装したものであり、その中にバハルス帝国の領事館も含まれている。

 帝国領事館は魔導国に住む帝国民の保護と援助を行う施設だ。

 その業務のほとんどは広大な領事館敷地内中央にある本館で執り行われていた。

 本館の周囲には副次的な業務を行う別館が建ち並び、その中のひとつが冒険者組合特別指導員の任に就いているレイナースの屋敷となっている。

 本館に比べ、ふたまわりほど小さく簡素な装飾の屋敷であるが、大小二十を超える部屋を有しており貴族の別宅としては申し分のない規模だ。

 そんな屋敷の二階でクレマンティーヌとレイナースは一糸まとわぬ裸身となっている。

 そこは大浴場と呼ぶべき広さと設備を持つ浴室で、二人は身を清めていたのだ。

 

 半ば強制的にここに連れて来られたクレマンティーヌは、レイナースの手によって身体の隅まで洗われ清められた。

 肩まである金髪も帝国貴族式であろう繊細さでアワアワにされ懇切丁寧に(すす)がれ、今は女騎士の手によって洗髪ともマッサージともつかない奉仕を頭部に受けている。

 

 クレマンティーヌが身を清められる理由は、冒険者組合主催の懇親会に出席するためだ。

 そしてレイナースが共に入浴している理由は、クレマンティーヌの逃走を阻止するためであった。

 

「懇親会っつってもさー。結局のところモモンさ――んの報告会にかこつけた金集めでしょー? 指導員の紹介なんてアンタと()()()()()だけで充分じゃないかなーって……?」

 

 そう。

 冒険者組合長のプルトン・アインザックが懇親会を開催した理由は組合の資金を集めるためであった。

 冒険者組合はその運営資金の全てをアインズ・ウール・ゴウン魔導国の予算で賄っている。

 そのことに危機感を抱いていたアインザックが憂慮を魔導王に伝えたところ、ほどなくして魔導国の金融部門から企画が提案されたらしい。

 その提案を実行するためにアインザックはモモンの冒険者組合査察に合わせて懇親会を開催することにしたのだ。

 

 資金集めの夜会(パーティ)など自分には無関係な話だと聞き流していたクレマンティーヌだったが、懇親会で指導員を紹介すると聞いて内心大いに慌てることになった。

 とりあえず出席要請には笑顔で応じて当日にすっぽかすつもりだったところを、アインザックの命を受けたレイナースに捕まり、彼女の屋敷まで連れてこられたのだ。

 ここは懇親会の会場である貴賓館は目と鼻の先であった。

 

「出資者の方々に冒険者組合(わたしたち)の指導体制をお見せすることは重要ですわ」

「そりゃまそーだけどさー……」

 

 レイナースの言うことは尤もである。

 投資をしてもらうためには有利な情報は出来るだけ開示した方がいい。

 確かに帝国騎士として有名だったレイナース・ロックブルズが指導者をしていることは、冒険者組合にとって有利な情報になるだろう。

 ()()()()()については尚更だ。

 だが自分(クレマンティーヌ)の存在はほとんど知られていない。

 知られている訳がない。

 そんな出自不明の女を紹介されても、事情を知らない人間は困惑するだけだろう。

 

 レイナースの手が離れた。

 帝国式頭皮マッサージが終ったようなのでクレマンティーヌは身体を起こす。

 

「クレマンティーヌ様の湯浴みはこれで終わりですわ。ドレスの着付けをお手伝いしますから少しお待ちになってください」

 

 レイナースは洗髪器具を片付けると、自分の長い金髪を整え始めた。

 その仕草に白い乳房が(かす)かに揺れ、水滴が肌の上を滑らかに流れ落ちる。

 この身体と長い髪は夜会装備(パーティドレス)がさぞかし映えるだろうとクレマンティーヌは思った。

 だが、そんな薄くひらひらしたドレスを自分が装備した姿は想像できない。

 

「せめてさー。装備はいつものに……まかんない?」

(わたくし)は今夜の懇親会に、()()()クレマンティーヌ様を連れてくるよう組合長から仰せ付かっています」

 

 クレマンティーヌの精一杯の譲歩にも、レイナースの美貌は揺るがなかった。

 鏡に映るその横顔には、請け負った任務を確実に遂行するという強い意志が宿っている。

 そんな弱者の決意がクレマンティーヌの(かん)に障った。

 

「――だったらさー。私がどーしても嫌だって言ったらどーする? 無理やり言うこと聞かせちゃう?」

 

 本気(それ)と分かるようなクレマンティーヌの問いかけにレイナースの手が止まる。

 

 強者に言うことを聞かせるためには、それを上回る力が必要だ。

 少なくとも今のレイナースにクレマンティーヌを従わせるだけの力はない。

 

 実物と鏡に映るふたつの美貌が苦悩に歪んで見えた。

 そんな()()()()表情にクレマンティーヌは思わず口元を緩ませる。

 ふと、自分がいつもの装備で懇親会に出席したときのことを考えた。

 

 いつもの装備で懇親会に出席する

  ↓

 招待客から不評を買う

  ↓

 冒険者組合の評判が低下する

  ↓

 冒険者組合の評判が低下したことに魔導王が激怒する

  ↓

 そういえば検証されていない呪いの装備があった

  ↓

 クレマンティーヌの身体が装備実験に使われる

  ↓

 呪いで発狂

  ↓

 処刑

 

 骨や棘で装飾された禍々しい鎧を装備して、死の呪いにのた打ち回る己の姿をクレマンティーヌは幻視した。

 浴室の熱気とは関係のない汗がこめかみのあたりを流れ落ちる。

 

「ま、まあ、この先、何があるか分かんないかー。一度、正装を試すのも、いー機会かもだね、うん。あはっ、あははっ」

 

 引き攣った笑顔でそう言うと、レイナースは安堵の表情を浮かべた。

 

「……手持ちのドレスは全てこちらに持って来させています。きっとお好みに合う物が見つかると思いますわ」

 

 心の中で舌打ちしつつ、クレマンティーヌは自分の持ち物に帝国製ドレスに合う下着があったかどうかを考えていた。

 

◇◆◇

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