疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

8 / 14
第8話「疾風走破と黒のドレス その2」

◇◆◇

 

「――それは私の管理能力が不足しているということかしら?」

「そうではありません。この機関の最も重要な要素は独立性だと言っているのです」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズ・ウール・ゴウンの執務室。

 ローブル聖王国での案件が観察期に入ったデミウルゴスは、(かね)てからの懸案であった情報機関を創設すべく守護者統括のアルベドとの意見調整を行っていた。

 

 デミウルゴス起案の情報機関は主人(あるじ)の直轄とし、既存組織と完全に切り離されたものであった。

 それは主人(あるじ)を除いたあらゆる存在を監視しなければならないからだ。

 そして、あらゆる存在の中にはデミウルゴス達守護者も含まれている。

 

 過去に守護者は二度の大きなミスを犯した。

 ミスの再発防止はデミウルゴスにとっての絶対課題である。

 そのためには守護者に対しても情報を秘匿する必要があった。

 しかしアルベドは情報機関の独立性には賛同したものの、あくまでも守護者統括――つまり自分――の管理下に置くべきと主張する。

 

「機関の独立性は重要だわ。でもその機関の機能と忠誠は誰が保障するのかしら?」

「アルベドの懸念は尤もです。構成員の、特に代表者の選抜は重要になります。該当者がいなければ当座は代理の者を立てて対応するしかないでしょう。ですが最終的な独立性の確保は必須です」

 

 アルベドはその相貌にいつもの微笑みを湛えている。

 デミウルゴスの頭脳をもってしても、その微笑みの意味を完全に読み解くことは出来ない。

 背後に控えるメイドや、天井に張り付く八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサッシン)はただ静かに待機している。

 

「……独立機関の代表者に適した者がこの世界に私――や、守護者の他にいるとでも?」

「居なければ育成しなければなりません。あるいはアインズ様にお心当たりの者を選抜していただくという手段もあります」

 

 魔導国の内政を執り行うためにアルベドはアンデッドたちに教育を施している。

 同じことを情報機関のために行えば優秀な管理者を生み出すことは可能なはずだ。

 それに絶対的支配者(オーバーロード)である主人(あるじ)は、その叡智と魅力を用いて山小人(ドワーフ)や聖王国騎士の中に信奉者を作り出している。

 今もなおデミウルゴスの知らない場所で人材を発掘し育てているかも知れない。

 

「代表者はさておくとして、その構成員についてはナザリックの内外を問わず集めたいところです。実動は現地の者に任せた方が何かと都合が良いでしょうからね」

「八本指のような者たちのこと?」

「そうですね。ああいった連中が他国にも居れば助かったのですが……」

 

 八本指はアルベドの管理下にあるが、現在はリ・エスティーゼ王国の支配計画に携わっており、新たに別の任務を与えることはできない。

 デミウルゴスが管理している獣人の社会は、良くも悪くも実直で個の強さを是とする気風が強く情報の収集や管理には不向きだ。

 属国であるバハルス帝国は、皇帝ジルクニフが強権を以って国を管理統制していたため、暗部を生み出すような組織はほぼ一掃されていた。

 観察中の聖王国はまだ国内が安定には程遠いため人材を発掘できる状況ではない。

 

 情報機関の設立にまつわる問題、特に人材不足は切実であった。

 

「――ズーラーノーンだったかしら? あれは使えないの?」

 

 アルベドは数カ月前に恭順してきた集団の名を挙げる。

 

「武力的には()()()()ですが渉外面での能力不足は否めません」

 

 デミウルゴスの見立てではズーラーノーンは不可侵の約束を取り交わした寄り合いに過ぎず、その構成員同士に組織といえるような結びつきはなかった。

 それに加えて、その構成員個々人も交渉事には不向きと思われる特徴が窺える。

 有り体に言えばコミュニケーションに障害のある者たちばかりなのだ。

 

「それに彼らはアインズ様が直々に魔法開発に当たらせています。もし使える人材が居たとしても、移動をお願いするのは極力控えるのが賢明だろうね」

「そうね……。アインズ様のご意思を妨げるような真似はすべきではないわ」

 

 アルベドの呟きはデミウルゴスに向いていないように聞こえた。

 

「ズーラーノーンといえば――」

 

 そんなアルベドを訝しく思いながらデミウルゴスは話題を()()修正する。

 

「エ・ランテルでひとり、任務を与えられている者が居るようだね?」

「……ええ」

「なんでもアインズ様が自ら勧誘されたとか」

 

 これはデミウルゴスが第六階層守護者であるアウラに聞いた話だ。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の将来に必要だと説明して、()()()を登用したという。

 女はデミウルゴスから見れば、武力的にも知力的にも重要とは思えない(取るに足らない)存在だった。

 だが主人(あるじ)は自らの傘下とした冒険者組合なる組織を再編する上で、その女の助言を受けたらしい。

 ナザリックにおいて最高レベルの知恵者――至高の御方は別格として――と自負するデミウルゴスとしては、それは不可解なことであった。

 

「アインズ様はエ・ランテルの冒険者組合を再編なされました。ズーラーノーンの女はその一助となるべく起用されたと聞きます」

「そうね……」

 

 主人(あるじ)の真意が分からなければ、知っている者に聞けばいい。

 その本質と目的を理解し主人が目指す先へと準備を整えることが正しい忠義であろう。

 自らの能力不足を嘆くのはその後でいいのだ。

 

 アルベドは冒険者組合の管理を主人(あるじ)から任され、資金繰りのための新しい商取引を提案したと聞く。

 冒険者組合再編の意図について理解、あるいは確認していてもおかしくない。

 

「アインズ様が冒険者組合を直接の傘下とした真意はなんでしょう?」

 

 アルベドがいつもの微笑みを止め視線を向けた。

 その視線には戸惑いとほんの少しの怒りが見える。

 

「……なぜそんなことを聞くのかしら? エ・ランテルは貴方の管轄ではないのだけれど」

「貴女の仕事を奪うつもりはありませんよ、アルベド。ただアインズ様の真意が分かれば、私の管理地域でも同様の効果や影響を生み出す物を準備できるかも知れないからね」

「――デミウルゴス」

 

 アルベドはいつもの微笑みに戻った。

 

「アインズ様のお考えは私たちの及ぶところではないわ」

 

 これは前にも聞いた言葉である。

 その言葉は絶対真理であるが、含まれている感情は前とは違うとデミウルゴスには感じられた。

 

「正直なところ私にもアインズ様の真意は完璧に掴めてはいないの。軍事、経済、外交のいずれにおいても冒険者組合より効率の良い政策はいくらでもあるわ。これが王国の馬鹿貴族あたりの思いつきであれば話は簡単なのだけれど……」

 

 デミウルゴスは首肯する。

 アルベドが自らの不明を認めることは珍しいが、至高の存在の智謀の前には仕方のないことだ。

 

「アインズ様が推し進めている以上、間違いなく二次三次の影響と成果を見込んでのことだろうね」

 

 冒険者組合の他にも、孤児院や劇場の建設、銀行事業や郵便事業の開始などあまり効率的とは思えない、場合によっては問題さえ生じかねない施設や機関を、主人(あるじ)はエ・ランテルにおいて許可推進していた。

 自らの不明を恥じながらも、これら全ての主人(あるじ)の行いがナザリックの利益に繋がることをデミウルゴスは確信している。

 バハルス帝国の内なる抵抗を数日で(くじ)き、ドワーフ王国に種族的依存心を植え付け、ローブル聖王国に新たな信仰対象(アイコン)を生み出した絶対者(オーバーロード)の策に間違いがある訳がない。

 主人(あるじ)が見据える行く末の一端でも分かればと願うが、ここナザリック地下大墳墓に至高の存在の姿はなかった。

 

「アインズ様は、今はエ・ランテルに?」

「……ええ。冒険者組合の催しに出席されているわ。モモンの姿で」

 

 アルベドは僅かに俯いた。

 その表情は窺い知れないが、その気持ちはデミウルゴスにも理解できる。

 主人(あるじ)に仕事をさせてしまっているという我が身の不甲斐なさであり、人間ごときが主人(あるじ)と時間を共有しているという怒りだ。

 

「すぐにお戻り、ということはなさそうですね」

「……そうね」

 

 英雄モモンの姿が必要であるならパンドラズ・アクターを用いれば済む話だ。

 

「パンドラズ・アクターではなくアインズ様自らがおいでになられている理由はなんでしょうか?」

 

 アルベドは答えなかった。

 これも彼女の理解外のことなのだろう。

 

 多大なリスクを負ってまで我らが主人(あるじ)が赴く必要はない。

 それでもなお主人(あるじ)自らがその身を投じる理由がある筈だ。

 例えば、そう。

 至高の存在の目的を理解し実行できる人物を保護するためであるとか――。

 

「……ズーラーノーンの女も催しとやらに出ているのですか?」

 

ギリィ

 

 何かとてつもなく硬い物質が軋む音がした。

 デミウルゴスは言葉を続ける。

 

「先日、リザードマンの村で祭事が行われたときもアインズ様はあの女をお連れになったとコキュートスから聞きました。そしてその祭事も冒険者組合に関係したものであったそうですね」

 

 執務室の温度が急激に下がったように感じられ、メイドと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサッシン)がぶるりと身じろぎした。

 

「ズーラーノーンの女がアインズ様の真の目的を理解しているということも考えられますか……」

 

 デミウルゴスの想像に過ぎないが、これは由々しき事態である。

 階層守護者やナザリックの下僕(しもべ)たちよりも、外の世界の人間が至高の存在を理解できていることなどあってはならない。

 

 だが、もしそうであるならばデミウルゴスが設立準備を行っている情報機関にとって理想的な人材であると言える。

 女だということでアルベドやシャルティアが不満に思うかも知れないが、リ・エスティーゼ王国の姫のようにナザリックに大きな益をもたらすのであれば反対はされまい。

 

「デミウルゴス」

 

 情報機関の理想形を思い描くデミウルゴスをアルベドが呼ぶ。

 その声には、ほんの僅かではあるが厳しさが含まれていた。

 

「アインズ様は()()()をどうお使いになるつもりだったのでしょうね?」

 

 その言葉はデミウルゴスに大きな衝撃を与えた。

 

「……戦術的にも戦略的にも我らナザリックのメンバーで十分に対応できうる範疇でしょう。急にどうしましたか、何か気になることでも?」

 

 デミウルゴスは受けた衝撃を内に秘めてアルベドに言葉の意図を確認する。

 単なる思い付きで質問をするほど彼女は愚かではないからだ。

 

「あの男は外の世界でどんな立場だったか覚えている?」

 

 そう言われてデミウルゴスは気付いた。

 あの男はバハルス帝国を拠点に請負人(ワーカー)という冒険者と似た立場で動いていた。

 帝国を拠点にする以前は、国や都市を転々としていたことも主人(あるじ)の巧みな尋問によって明らかになっている。

 デミウルゴスたち守護者に近い力を持ち、それでいて組織に縛られることなく世界を渡り歩ける存在がどれだけ有用な駒となりうるか。

 そういう理由があったからこそ主人(あるじ)はあの男を引き入れようとしたのではないか。

 

 だが、あの男は主人(あるじ)の勧誘を断った。

 それはナザリックに身を置くものからすれば許されざる敵対行為だ。

 だからこそデミウルゴスはアルベドの許可を取り付け守護者を引き連れ、あの男を討伐したのだが――、

 

「……あの男の討伐を許可したのはアルベド、貴女ですよ?」

「あら? 私は危険性を説いただけよ?」

 

 あのときの会話を思い出し、デミウルゴスは僅かに顔をしかめる。

 確かに守護者統括は討伐を命じてはいなかった。

 ただデミウルゴスに尋ねただけだ。

 あの男と世界級(ワールド)アイテムを野放しにして良いのか、と。

 

「そして許可したのは三人の守護者を外部に出すことだけ。守護者をどう使うのかはデミウルゴス、貴方の判断に任せていたつもりだけれど?」

 

 言葉には明確な毒が含まれていた。

 このような状況になると守護者統括は手強い。

 

「私たちはアインズ様がお作りになった冒険者モモンという手札を魔導国の統治に使ってしまったけど、それさえも見越した上で、あの男を引き入れようとしたのかも知れないわね」

「……ですが、あの男はアインズ様に従おうとしませんでした。討伐するには十分な理由だと思いますが?」

 

 主人(あるじ)の言葉に逆らいナザリックに背を向けたこと、それだけがデミウルゴスがあの男を誅戮した理由だ。

 決してあの男を妬み羨んだが故の判断ではない。

 

「ひとつ気になっていたのだけれど――」

 

 アルベドが目を僅かに細める。

 

「あの男はアインズ様のお誘いを本当に断ったのかしら?」

「……それはどういう意味ですか、アルベド?」

 

 アルベドの言葉に含まれる不穏さが、デミウルゴスの口調を厳しいものにした。

 

「アインズ様は例の宮廷魔術師を従属させるためにモモンの姿で帝国に赴かれたわ。そして同じ時期にあの男が帝国に居たことは分かっている。ナーベラルは会った覚えはないと言っていたけれど、彼女を誤魔化すくらいアインズ様にとっては造作もないでしょうし」

「……あの男が既にアインズ様の支配下にあった、と?」

 

 主人(あるじ)の部下を勝手に討伐したとなれば許されざる大罪だ。

 自分が三度目のミスを犯していたかも知れないことにデミウルゴスは身震いする。

 そしてアルベドはいつもの微笑みに戻った。

 

「あくまでも仮の話だわ。ただアインズ様が使おうと思っていた駒が消えてしまったから、冒険者組合を再編なさり、ズーラーノーンの女ごときを登用されたと考えたら整合性は取れるわね」

 

 執務室に満ちていた緊張感が嘘のように消失する。

 メイドも八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサッシン)も落ち着きを取り戻していた。

 だがデミウルゴスは違う。

 

 世界を自由に行き来できる冒険者を欲した主人(あるじ)はモモンという存在を作った。

 そのモモンをナザリックの下僕(しもべ)たちが世界征服の駒として使ってしまった。

 主人(あるじ)は次なる駒として、ユグドラシルから来た男を支配下に置いたものの、それを下僕(デミウルゴス)が討伐してしまう。

 新しい駒を作るために主人(あるじ)は冒険者組合を直接の傘下にし、その意を知るズーラーノーンの女の意見を取り入れ指導役として抜擢した。

 

 仮説とはいえアルベドの話は一連の出来事をかなり明確に説明できる。

 デミウルゴスはこの失態を取り戻すべく懸命に頭を働かせた。

 

「……もし、そうであるなら、我々は情報機関の設立を中断させてでも、新しい駒となるべき下僕(しもべ)を早急に用意しなければならないのでは?」

「ふふ……慌てないでデミウルゴス。整合性にばかり気を取られると真実を見失う。御像建設計画だってアインズ様が御諫めにならなければ、間違いに気付かないまま進めていたのかも知れないのよ。それに――」

 

 アルベドの微笑みがより深いものになる。

 

「あの男を討伐したときアインズ様はお喜びになったのでしょう?」

 

 回収した世界級(ワールド)アイテムを献上したとき、主人(あるじ)は満足そうにデミウルゴスを労ってくれた。

 あの労いの言葉に嘘はなかったと思いたい。

 主人(あるじ)の言葉を思い出し、デミウルゴスは胸を熱くする。

 

「そうだとしたら――」

「?」

「今、あのズーラーノーンの女を生かしておくことは正しいことなのかしらね……?」

 

 そのアルベドの呟きはデミウルゴスに向けたものではない。

 しかし彼の心を大きく揺さぶるものだった。

 何故ならそれは、デミウルゴスが心の奥底に抱き隠していた疑問でもあった。

 

 あの男の討伐が主人(あるじ)の言外の希望であったなら、その連れであったズーラーノーンの女を討つこともまた忠義に則した行いではないだろうか。

 

 デミウルゴスは俯き、心の中で任務と予定を整理する。

 ナザリックの日々の業務を滞らせる訳には行かないが、どこかでエ・ランテルに行く時間を作る必要がある。

 

「デミウルゴス」

 

 アルベドの声にデミウルゴスは顔を上げた。

 先ほどまでの苦悩はその顔にはない。

 

「貴方の能力は信頼しているのだけれど、いつまでも執務室に居て任務が果たせるのかしら?」

「大丈夫ですよ、アルベド。守護者統括との重要な打ち合わせができないほど、窮屈な予定は組んでいません。……ですが、そろそろ引き上げるとしましょう」

 

 情報機関設立に関する現時点での課題の抽出と共有はできた。

 代表者の選出は別の機会に話し合えばよい。

 

「情報機関の人材不足については把握しました。私の管轄でも候補者を選考しておきましょう」

「ありがとうございます」

 

 本心からの感謝を告げると、デミウルゴスは守護者統括に背を向け出口へと向かった。

 メイドが静かに素早く扉を開ける。

 

「アインズ様は慈悲深いお方――」

 

 デミウルゴスの背中にアルベドの声がかけられた。

 不変の真理に彼は頷く。

 

「そして部下の失態さえも勝機に転ずることのできる類稀なる知謀の持ち主」

 

 デミウルゴスは振り返りアルベドを見た。

 そこにあったのは揶揄ではなく諦観の笑顔だ。

 

「私たちの焦燥や苦悩ですらご存知なのかも知れないわね」

 

 デミウルゴスは思わず襟元を正すとアルベドと同じ表情を作った。

 

「……そうだね。正にその通りだと思うよ」

 

◇◆◇

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。