疾風走破の鬼畜レッスン   作:gohwave

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第9話「疾風走破と黒のドレス その3」

◇◆◇

 

 贅沢に設置された永続光(コンティニュアル・ライト)が大広間を昼間のように照らしていた。

 純白のクロスに覆われた多数のテーブルの上には贅を凝らした料理が並び、客の求めに応じて給仕が酒と食事を配っている。

 

 冒険者組合懇親会の会場はエ・ランテルの中央部にある元王国貴族の屋敷だ。

 王城近くの貴賓館ほど大きくはないが、王侯貴族の催し物には充分な広さと豪華さがある。

 警備や給仕を行っているのは全て人間であった。

 亜人やアンデッドが居ないのは招待客に対する配慮だろうか。

 

 懇親会は開始からすでに一刻ほどを過ぎていた。

 会場には楽団の演奏は流れておらず、ただ静かな会話の声だけが聞こえるだけだ。

 いわゆる舞踏会ではないため冒険者組合は楽団を呼ばなかったらしい。

 呼びたくても有名な楽団はエ・ランテルに残っていなかったという事情もある。

 

 そんな懇親会会場でクレマンティーヌは果汁酒(パンチ)をチビチビと舐めながら、レイナース・ロックブルズから借りた黒の()()()()()姿で懇親会の様子を眺めていた。

 

 懇親会が行われる前に同じ屋敷の別室で、漆黒の勇者モモンによる冒険者組合視察の報告が行われたらしい。

 モモンに視察を依頼し報告を受けたのは、魔導王への不信感を抱えていたエ・ランテルの有力者たちであった。

 そんなエ・ランテルの有力者たちに対し、冒険者組合長のプルトン・アインザックは懇親会への参加を呼びかけた。

 有力者とはすなわちエ・ランテルの経済活動に深く関わっている者のことであり、その多くは各種組合の組合長および組合長に準ずる者たちである。

 つまり多額の資金を動かせる人物であり、資金を集めたいアインザックが是が非でも懇意にしたい相手であった。

 

 モモンの報告によって不信感がどれだけ拭えたのかは分からない。

 だがアインザックの招待に応じて、冒険者組合の懇親会に参加した者は会場を賑わすほどには集まった。

 勿論、懇親会に招待されたのは、エ・ランテルの有力者たちばかりではない。

 バハルス帝国やリ・エスティーゼ王国からも、商人や銀行関係者など商取引に関わっている人間が招かれてもいた。

 流石に神殿関係者は姿を見せていないようだが。

 

 招待客の多くは従者に毒感知(ディテクト・ポイズン)が付与された指輪やペンダントを持たせている。

 冒険者組合もまた同様のマジックアイテムを用意し貸与して、中毒や毒殺への懸念を払おうと努力していた。

 

 そんな組合の苦労はどこ吹く風と、クレマンティーヌはひょいひょいと気軽に料理をつまんでは口に放り込んだ。

 黒の手袋は指抜きなので汚れはない。

 彼女が呑気に飲食する様子は、腹を空かした招待客に勇気を与えたようだった。

 冒険者組合の細心の気遣いも相まって、招待客の殆どは豪勢な料理と年代物の酒を大いに楽しむようになっている。

 そんな毒味役のように振舞っているクレマンティーヌだったが、内心は不機嫌の塊だった。

 

 黒のミニドレスに不満はない。

 帝国製ドレスは王国風のそれとは違い無駄に華美には作られていなかった。

 適度な装飾は装備者に負担を強いることがなく、むしろクレマンティーヌの好みである。

 このドレス、実はレイナースの衣装部屋にあったときには()()ではなかった。

 

 レイナースの衣装部屋には膨大な数のドレスがあったが、どれもが夜会に出席するための正装であった。

 そのためか裾が長く引きずるようなロングドレスばかりで、クレマンティーヌの好みではない。

 そこで彼女は手近な黒いロングドレスの裾を細剣(レイピア)でばっさりと斬り落としてしまった。

 ドレスを斬った瞬間(とき)のレイナースの表情は見物であったが、元貴族の彼女は針と糸ですぐに体裁を整えてしまう。

 貴族の嗜みとはかくも便利なものかと感心したが、これで決定的にクレマンティーヌはドレスを着る羽目に陥ったという訳だ。

 

 クレマンティーヌの好みに仕立て直されたドレスは、なるほど元貴族の持ち物だけあって着心地は悪くない。

 着るものが決まれば他の装備を選ぶのに時間はかけなかった。

 大きく露出した両脚には仕掛け済みのガーターリングを巻き、その奥の下着と手袋は手持ちの装備からそれらしい物を選んだ。

 細剣(レイピア)と獣の耳、尻尾はクレマンティーヌの標準装備(デフォルト)であり、懇親会だからといって外す必要はない。

 いつもより身体が軽い気がするのは装備の違いか、あるいはレイナースの入念なブラッシングと帝国式化粧術が奏功しているからだろうか。

 

 クレマンティーヌは既に指導員のリーダーとして招待客に紹介されていた。

 不機嫌の理由のひとつは、そのときの招待客の反応だ。

 

 懇親会は冒険者組合長であるプルトン・アインザックの挨拶で始まった。

 関係者からの祝辞(魔導王からの物もあった)がいくつか続き、魔術師組合のテオ・ラケシルの協力宣言を挟んで、それから指導員の紹介が行われたのだ。

 

 招待客を最も沸かせたのは、新しい指導員として紹介されたバハルス帝国大闘技場の武王ゴ・ギンだ。

 魔導王に敗北したものの武王の名声(ネームバリュー)は元王国領であるエ・ランテルでも健在である。

 

 次に招待客を沸かせたのは帝国四騎士のひとりレイナース・ロックブルズだ。

 帝国の武の象徴であり毎年のように行っていた戦争で王国を苦しめていた騎士団のトップの評価が低かろう筈がなかった。

 4人の指導員のうちのひとりであるゼンベル・ググーは、亜人ということで今回は懇親会の出席を免除されていた。

 そしてクレマンティーヌが指導員のリーダーとして紹介されたとき、会場を包んだのは微妙な雰囲気とひそひそ話だけであった。

 元漆黒聖典第9席次という肩書も、元ズーラーノーンという立場も殆どの人間には知られていないため仕方がない。

 仕方がないし、注目されるつもりも有名になるつもりもないが、明らかに侮られた雰囲気が伝わってくれば腹が立つ。

 

 その後、懇親会の目玉であったゴ・ギンはアインザックに連れられて、エ・ランテルの有力者相手に挨拶回りしていた。

 レイナースもまた白のロングドレス姿で鍛冶師組合の人間と立ち話をしている。

 クレマンティーヌはひとり豪華な料理の毒味役だ。

 

(ふん……。人気者は辛いよねー)

 

 クレマンティーヌは不機嫌を押し殺し、唇についた果汁酒(パンチ)をぺろりと舐める。

 

 怒りを露わにして暴れまわる真似も出来なかった。

 何故なら、不機嫌の最大の理由である漆黒のモモンが懇親会に参加しているからだ。

 

 屋敷に連行されて、クレマンティーヌが宿泊している黄金の輝き亭に花束を贈ってきた方のモモンではない。

 エ・ランテルの共同墓地でクレマンティーヌを惨殺した本物――要するにアインズ・ウール・ゴウン魔導王()()()()であった。

 あの不死者(アンデッド)は、よりによってモモンに成りすまして冒険者組合の視察にやってきたのだ。

 成りすましというのも変な話だが、偽物が来ると思っていたところに本物が来たとなれば、クレマンティーヌにとって成りすまし以外の何物でもない。

 それも魔導王への不信に端を発する冒険者組合の視察を魔導王本人が視察するのである。

 茶番劇ここに極まれり、というヤツだ。

 

 そんな茶番に気づいたのがクレマンティーヌだけだという事実も怒りに輪をかけた。

 

 何故気が付いたのかを説明するのは難しい。

 共同墓地での死の一戦が何らかの判別感覚を植え付けたとしか考えられない。

 

 いつも気楽にこなしていた訓練所での指導も全てが針の筵になった。

 魔導王とモモンとの違いに神経をすり減らし、冒険者組合長(アインザック)がそのことに気づかないことに腹を立て、モモン(魔導王)が見習いたちの前で、やたらとクレマンティーヌを褒めることに恐縮を通り越して恐怖した。

 美姫ナーベが居なかったことも、クレマンティーヌが秘密を漏らしたりしないか隠れて見張っていた可能性もあって、気が休まる瞬間さえない。

 そんな気疲れもあって仕事終わりのレイナースの連行に抗うこともできなかった。

 

 今この瞬間は会場にモモンは居ない。

 懇親会への参加を見送った有力者たちを、それぞれの邸宅まで送り届けているらしい。

 ただし成りすましが来ていた以上、別のモモンが動いている可能性もあり、いつ戻ってくるか全く予想がつかない。

 今日一日姿を見せなかったナーベもまた、どこかで暗躍しているかも知れないのだ。

 

 もう一度おもむろに会場を見回すがナーベらしき人物の姿はない。

 あるいは姿を隠して、今もこの会場のどこかで魔導王に逆らう者がいないか監視しているのだろうか。

 ナーベの美貌から放たれる氷柱のような視線を思い出し、クレマンティーヌは口の渇きを感じた。

 給仕から新しい果汁酒(パンチ)を受け取って口を湿す。

 気分が落ち着き、ようやく招待客の顔が目に入るようになってきた。

 

 多くの招待客が歓談している中央から少し離れた場所で、商人風の男がメイド姿のラビットマンと話している様子を見つける。

 冒険者組合員から応対されていないところを見ると、優先度の低い外部の人間なのだろう。

 アインザックから渡された招待客リストには無かった顔だ。

 男は従者のラビットマンと話しながら、ちらちらとクレマンティーヌを見る。

 勿論、クレマンティーヌから話しかけるような面倒はしない。

 そ知らぬ振りをして、調理肉をひとつふたつと口の中に放り込んだ。

 ふと、メイド姿のラビットマンには見覚えがあることに気付く。

 咀嚼しながら記憶を掘り起こそうとしていたクレマンティーヌに小さな影が近づいてきた。

 

「――失礼。冒険者組合の方……だね?」

 

 刺すような鋭い声に目を向けると、そこには上品なドレスに身を包んだ痩せた老婆が立っていた。

 細い眉の下には鋭い眼差しがあり、目の周りには加齢によって深い皺が幾重にも刻まれている。

 若い頃は多くの浮名を流しただろうことは整った容姿から窺えた。

 従者らしき者はひとりも連れていない。

 面倒事の予感でクレマンティーヌの機嫌がさらに低下する。

 うるせえ(ばば)ぁ!とシャットアウトできたらどれほど気分が良くなるだろう。

 だがクレマンティーヌは、その後の展開を脳裏に描いてしまった。

 

 有力者に愛想が悪い指導員

  ↓

 各種有力者が冒険者組合への出資を拒否

  ↓

 冒険者組合の資金集め失敗

  ↓

 原因はクレマンティーヌとアインザックが報告

  ↓

 冒険者組合に協力的でないとクレマンティーヌに魔導王が激怒

  ↓

 そういえばエ・ランテル(ここ)には娯楽が少ない

  ↓

 クレマンティーヌを生贄にした残酷ショーで資金集め

  ↓

 処刑

 

 先の蜥蜴村でクレマンティーヌは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)との戦闘を強制された。

 魔導王の力をもってすれば死者の大魔法使い(エルダーリッチ)どころではない、より難度の高い不死者(アンデッド)を召喚することなど造作もない筈だ。

 見たこともないようなおぞましい不死者(アンデッド)の群れにズタズタに引き裂かれる自分の姿を想像してクレマンティーヌの表情が固まった。

 指についた肉の油をぺろりと舐めると、表情筋を総動員して精一杯の愛想笑いを作る。

 

「……あぁ、ボナールさんね。衣料組合のお偉いさんが私に何の用?」

 

 老婦人――ガブリエラ・ボナールは少しだけ驚いた様子を見せる。

 会ったこともない冒険者組合の若い女が、自分の名前を知っているとは思わなかったのだろう。

 

 ――ガブリエラ・ボナール。

 

 資料によれば貴族向けの服飾取引で財を成した衣料組合の重鎮だ。

 エ・ランテルが魔導国の支配地になった後も、他の都市に移り住まず居残ったのだという。

 

(この年じゃ、そう長生きもできないか……。死ぬなら馴染みの場所で、ってとこか?)

 

 逃げられるだけの金がありながら魔導国から脱出しなかった理由をクレマンティーヌはそう解釈する。

 ボナール婦人が口を開いた。

 

「素敵な服の着こなしだね、お嬢さん」

「……あんがとさん。私はクレマンティーヌだよ。よろしくねー」

 

 簡単に自己紹介しながらクレマンティーヌは、素早く周囲に視線を巡らせる。

 応対を任せたいレイナース・ロックブルズは別の招待客と話していた。

 しばらくは自分が相手をするしかないようだ。

 その枯れ枝のような身体を蹴り飛ばして追い払いたいが、我慢して悪意を抱かれない程度の受け答えはしなければならない。

 冒険者組合の評判が落ちれば、次に落ちるのはクレマンティーヌの首なのだ。

 

「貴女のその衣裳(ドレス)……バハルス帝国のものだね?」

 

 ボナール夫人は服の話を続けた。

 

「……そだよー。帝国騎士様からの借り(もん)だけどね」

 

 衣料組合の人間らしい質問にクレマンティーヌは正直に答えた。

 別に渡して困る情報ではない。

 ボナール婦人はクレマンティーヌの言葉を噛み締めながら、ミニドレスに鋭い視線を向けた。

 

(たけ)は初めからその長さかい?」

 

 妙な質問にクレマンティーヌはほんの少し考え込む。

 からかう言葉はすぐには思いつかなかった。

 

「うんにゃ。最初は床につきそうなくらい長かったよー。かっこ悪いから剣ですっぱり切っちゃったけどね、けけっ」

 

 そう言ってクレマンティーヌは老婦人に腰の細剣(レイピア)を見せつけた。

 ちょっとした威嚇のつもりだ。

 老い先短いとはいえ怪我や死は怖いだろうという快楽殺人者の読みである。

 だがボナール婦人は細剣(レイピア)には目もくれず、クレマンティーヌの脚を見つめ続けていた。

 

(なんだ、この(ばば)ぁ? 他人(ひと)の脚ばっかジロジロ見やがって……)

 

 クレマンティーヌは男たちの情欲の視線には慣れていたが、同性からのそれを意識したことはなかった。

 そういう趣味の女が存在することは知っていても自分とは無縁の話の遠い世界の話だと思っている。

 薄気味悪くなって思わず周りを見ると視線を逸らすと、レイナースが早足でこちらに向かってくるのが目に入った。

 クレマンティーヌは砂を噛むような状況から、ようやく逃れられると安堵する。

 

「――あら? お話が弾んでいるようですわね?」

 

 早足で来たと感じさせない落ち着いた口調でレイナースが話しかけてきた。

 ボナール婦人は視線を上げ、今度はレイナースの姿を鋭くねめつける。

 

「ええ。こちらの――クレマンティーヌさんに帝国の流行(モード)について聞かせてもらっていたところだよ」

 

 レイナースはわざとらしく驚いてみせながら、冒険者指導員のリーダーと老婦人とを見比べる。

 クレマンティーヌは興味がないとばかりにそっぽを向いた。

 

「女として聞き逃せない話のようですわね。(わたくし)もお話に加えていただけませんか?」

「もちろんだとも。こんな老いぼれが帝国四騎士と服の話が出来るなんて、良い死に土産になるってもんさ」

 

 レイナースがその美貌に貴族の笑顔を浮かべた。

 

「ほほほ、聞いておりますわよ。ボナール様は魔術師組合長(テオ・ラケシル)様よりも長生きされるだろうってほどお元気だというお話を」

「……話の出所はテオだね? 生まれた頃から世話してやったのに人を化け物呼ばわりかい。後でひとこと言ってやんなきゃならないね」

「それだけボナール様に長生きしていただきたいというお気持ちだと思いますわ」

「はんっ。どうだかね」

 

 話の内容を薄ら寒く回りくどいと思いながらも、クレマンティーヌはレイナースの話術に感心する。

 冒険者組合の立場を下げることなく、それでいて話し相手を持ち上げることを忘れない。

 元貴族だけあって立ち居振る舞いは勿論のこと、会話の運びも堂に入っている。

 思い通りに派閥を作り、敵対者を陥れる技術なのだろう。

 この技術もまたクレマンティーヌが持ち合わせていない物であり、これから先も持つ必要のない物だ。

 レイナースとボナール婦人の会話に背を向け、するりとその場から離れる。

 老婦人の追いすがるような視線を感じたが、クレマンティーヌはそれを無視した。

 

 

 会場のあちこちで懇親という名の資金集めは続いていた。

 組合長であるアインザックと魔術師組合長のテオ・ラケシルは武王を連れての挨拶を続けている。

 ラケシルが招待客への説明より傍らのトロールばかり見ているのは、それだけエ・ランテルでも武王が知られていることの表れだろう。

 他にはウィナ、イシュペン、フェイといった組合員や、まだ冒険者見習いであるが名の知れているモックナックとベロテが、招待客に色々と説明をしている。

 

 それでも招待客の数は多く、その全てに対応できていない。

 優先度が低かったり資産額が少ないような招待客は後回しにされているのが実情だ。

 先ほどクレマンティーヌが見かけた商人も、まだ冒険者組合関係者とは話ができていないようだ。

 顔見知りらしい役人風の男と難しい顔をしながら言葉を交わしている。

 

(あれはバハルス帝国銀行の人間……ってことは、あのおっさんも帝国人かね。どんな縁で来たか知んないけど、ご苦労なこって)

 

 商人は銀行の人間との会話中も、何度もクレマンティーヌに視線を向けてきた。

 応対する気のないクレマンティーヌは無視を決め込む。

 

 果汁酒(パンチ)を舐めながら時間を潰していると、ファッション談義から解放されたらしいレイナースが滑るように横に立った。

 

 「はいはーい、おつかれさーん」

 

 クレマンティーヌは給仕のトレーから果汁酒(パンチ)のグラスを摺り取るとレイナースに渡した。

 面倒な応対を押し付けたのだ。

 この程度の(ねぎら)いはしてやってもいいだろう。

 

 グラスを受け取ったレイナースは渇いた口を湿すよう少しだけ唇をつけた。

 

「……ボナール様には帝国の衣料組合を紹介することになりましたわ」

「ふーん」

「大きな取引になるかも知れませんわね……」

 

 レイナースはその美貌に含みのある微笑みを浮かべる。

 貴族の会話をまだ引き摺っているようだ。

 

「誰かが儲かるってんならケッコーな話だね」

 

 レイナースは少し驚いた表情でクレマンティーヌを見た。

 

「なに?」

 

 別にどこで誰が取引をしようと誰が儲けようと興味はない。

 レイナースの驚き顔は面白いが、最も重要なのは自分の命だ。

 

「……いえ」

 

 レイナースの機先を制したようで、それ以上は言葉は続かなかった。

 余計な話が続かなければそちらの方がクレマンティーヌにとって有難い。

 そもそも大した話でもないのだろう。

 レイナースはそれ以上は語らず社交場(サロン)を見守る貴族のように会場全体を優雅に見回した。

 そんな彼女の視線が止まる。

 

「……」

 

 レイナースの視線の先に、あの小太りの商人の姿があった。

 

「……知ってんの?」

「バハルス帝国の方ですわ。名前はオスク」

「んー。聞いたことあるねー。けっこーな大物じゃなかった?」

「ええ」

 

 レイナースの微笑みに少し苦みが混ざった。

 何か嫌な思い出があるのかも知れないが、これもクレマンティーヌには関わりのないことだ。

 

「取引の規模は帝国で一、二を争うほどです。興業主もされていて大闘技場での興行を行うときに鮮血……失礼。皇帝陛下ともご面識があります。私も何度かお会いしたことがありますわ」

「もらった資料じゃ見なかったなー」

「私も存じませんでした。直前になって参加を要請されたのかも知れませんわね」

 

 招待されていない夜会(パーティ)、それも魔導王直轄組織が行う催しに自主的に参加をするとはどれだけ酔狂なのだろうか。

 いや、酔狂を通り越して自殺願望があるとしかクレマンティーヌには思えない。

 

 オスクがレイナースに気づいたようだ。

 自分と同じ帝国出身者を見つけて勇気が出たのか、オスクがメイド姿のラビットマンを引き連れて近づいてきた。

 面倒だ(ウザい)と思ったが、今は隣に面倒事を押し付けられる相手(レイナース)が居る。

 訳ありのレイナースと緊張感ありありのラビットマンの顔を楽しみながら、ここを離れる機会をクレマンティーヌは窺うことにした。

 

「――これはこれは」

 

 帝国の大商人は実に商人らしい笑顔を浮かべた。

 強い香水の匂いが鼻につく。

 

「お久しぶりですわ、オスク様」

 

 いつの間にか表情に混じっていた苦みは消え、レイナースは慈愛溢れる微笑みを浮かべていた。

 その見事な変わりようにクレマンティーヌは感心する。

 

「ご無沙汰しておりますロックブルズ様。そのようなお姿を見るのは初めてです。まるで舞踏会にでも迷い込んだ気分ですよ」

「ふふふ。ありがとうございます。こちらからご挨拶すべきところをご足労いただいて申し訳ありません」

 

 そう言うとレイナースは自分の顔に触れ、オスクは少し驚いた様子を見せた。

 彼女の顔が爛れていたというのは本当だったのかと、クレマンティーヌはひとり納得する。

 

「……ご健勝そうでなによりです。魔導王陛下のご慈悲の賜物でありますかな?」

「勿論ですわ。魔導王陛下にはジルクニフ皇帝陛下に勝るとも劣らないご恩を頂戴いたしました」

 

 レイナースとオスクが笑い合った。

 色々と含みのある会話なのだろうが、興味のないクレマンティーヌは強い香水の匂いを遮るために果汁酒(パンチ)のグラスを傾ける。

 レイナースの繊手がゆるやかにクレマンティーヌを指し示した。

 

「こちらが我々指導員の長であるクレマンティーヌです」

 

 紹介を受けてクレマンティーヌはグラスを上げてオスクに軽く会釈をする。

 個人的には最大級の譲歩だ。

 レイナースが優雅な動きでくるりと向き直った。

 

「クレマンティーヌ様、こちらが帝国で最も多くのお取引を営んでおられるオスク様ですわ」

 

 メイド姿のラビットマンからは緊張感が伝わってくる。

 だが主人(あるじ)であるオスクは従者とは対照的に目を輝かせた。

 

「これはこれは。クレマンティーヌ様も先ほどのご紹介がなければ貴族のご令嬢と見間違うところですな」

 

 クレマンティーヌは商人の世辞を軽く聞き流した。

 

「クレマンティーヌだよ。よろしくねー」

「……バハルス帝国で商いをやらせていただいておりますオスクと申します」

 

 期待していた反応がなかったのか、オスクは鼻白んだ様子を見せた。

 クレマンティーヌはすぐに視線を隣へと移す。

 

「そっちの()は?」

 

 メイド姿のラビットマンは依然緊張したままだ。

 

「……こちらは私の身の回りを世話させております。訳あって名前はお教えできませんが、よろしくお願いいたします」

「ふーん……。ま、いっか。ここは他所(よそ)の国だし、周りは商売敵だらけだからねー」

「いえいえ。決してそのようなつもりではありません。そういう契約で仕えてもらっているだけでして……」

 

 ラビットマンをジロジロと見るクレマンティーヌに大商人は必要以上に恐縮してみせる。

 雇っている方が立場が上だろうに、へりくだった物言いが気にかかった。

 こういう会話の押し引きが商人の技術なのだろうか。

 奇妙な既視感をクレマンティーヌは感じた。

 

「今、オスク様がエ・ランテルにお建てになっている劇場は、とても大きなものだとお聞きしましたわ」

 

 レイナースが口を挟んでくる。

 これはオスクに話しかける(てい)でクレマンティーヌに聞かせるつもりの言葉だ。

 目の前の商人はエ・ランテルに大金を落としている人物であり冒険者組合への協力が期待できる相手だから対応に注意しろということだろう。

 

 イラついたクレマンティーヌはレイナースに鋭い視線を向けた。

 ラビットマンを見かけたのが建設中の劇場の前だったことを思い出せたことは悪くなかったが。

 

 レイナースが振ってきた話題にオスクが反応した。

 

「帝国大闘技場ほど、とはいきませんが帝国にあるどの劇場よりも大きい物になりますよ。これも魔導王陛下のご尽力のおかげです」

「魔法や武芸だけでなく芸術にも理解があるとは。魔導王陛下の度量の大きさには何度も驚かされますわね」

 

 帝国商人と帝国騎士はやたら大げさに魔導王を褒め称える。

 クレマンティーヌは何度も頷いてみせるが、実のところ魔導王の業績に興味はない。

 むしろ緊張顔のラビットマンがメイドの衣装を着ている理由の方が気がかりだ。

 

「その……クレマンティーヌ様の御腰の剣は……もしかしてマジックアイテムでしょうか?」

 

 ひとしきり魔導王を褒め称えて満足したのかオスクがクレマンティーヌに話しかけてきた。

 

「そだよー。たまたま手に入ったんだけどね」

 

 単なる会話のきっかけだろうと軽く返す。

 

「や、やはりそうでしたか! ただの細剣(レイピア)とは違うと、何か感じておりました!」

 

 オスクの反応は思いのほか大きい。

 クレマンティーヌはオスクの瞳を覗き見る。

 小さいが抜け目がないであろう大商人の瞳がキラキラと輝いていた。

 邪心のようなものは感じられない。

 

(……まあ、デキる商人だったら本心を隠すのも訳ないか)

 

 どうせクレマンティーヌにだって他人の本性を見抜けるほどの観察力はない。

 人間の本心を探り、その奥まで見通せるのは魔導王くらいだ。

 仮に邪心があったとしても属国であるバハルス帝国の人間が魔導国で下手を打つ真似はしないだろう。

 

「んー? 見てみる?」

 

 眼を輝かせる帝国商人の顔と、その隣に立っているラビットマンの強張った顔の対比が面白かった。

 

「よ、よろしいのですか?」

 

 無理だと思っていたのか狼狽えるオスクに、クレマンティーヌは鞘ごと細剣(レイピア)を渡した。

 感謝の言葉を連呼するオスクもだが、レイナースとラビットマンが慌てる様子もまた面白い。

 オスクが細剣(レイピア)とクレマンティーヌを何度も交互に見る。

 帝国商人といえど他人が所有する魔法武器を触れる機会がそうある筈もない。

 クレマンティーヌが笑顔で頷いて見せると、帝国商人は細剣(レイピア)をおもむろに鞘から抜いた。

 

「これは……素晴らしい……」

 

 真紅に輝く刃を前にオスクの瞳が少し大きくなる。

 刃に顔を近づけると炎の輝きがオスクの顔を照らした。

 剣が放つ熱気を気にすることもなく、刀身を少しずつ傾け動かして舐め回すように凝視する。

 周囲に誰もいなければ頬ずりし舐め回したであろう狂気がそこにはあった。

 

「……お使いになったのですか?」

 

 刃から視線を外すことなくオスクが尋ねる。

 

「そだねー。これで何人も()()()よ、けけっ」

 

 “殺した”という部分をクレマンティーヌは強調した。

 言葉の意味に気づいたレイナースとラビットマンの緊張が高まったのがよく分かる。

 だが、そんなクレマンティーヌの脅しは帝国商人の耳には届かなかったようだ。

 

「そうですか! これには僅かな斬痕だけで刃こぼれがひとつもありません。剣と使い手の両方が優れていないと、こうはいきません!!」

 

 熱のこもったオスクの称賛に、流石のクレマンティーヌも毒気が抜かれた。

 

「……あ、ああ。うん。そりゃまあ、私だから、ね」

 

 ささやかな自賛もまたオスクの耳には届いていない。

 商人の興味は細剣(レイピア)の刃から柄の部分に移っていて、細かな紋様と彫刻を凝視している。

 商売人はクレマンティーヌが気にもしなかった部分にも注意するのだと改めて気づかされた。

 

「まことに失礼な話ですが――」

 

 オスクはそう切り出した。

 

「この業物(わざもの)をお譲りいただけるのでしたら交金貨で3千枚ご用意させていただきますが?」

 

 逃亡資金としては十分以上の額である。

 どこの国のどの都市で生きていくにしても、それだけあればクレマンティーヌが一生遊んで暮らせるだろう。

 即決で売り払いたくなる衝動を、クレマンティーヌはぐっと抑えた。

 

「今は金に困ってないなー。悪いけど」

 

 大金の誘惑を振り払ってクレマンティーヌは余裕のある態度を取った。

 

 どれだけ莫大な財を手にしても自分が死んでしまっては意味がない。

 結局のところ魔導国との縁を完全に切ってしまわなければ、遊んで暮らす筈の一生が一瞬で終わってしまう。

 それに――、

 

(よく分かんないけど、この剣が一番()()()()くるんだよね……)

 

 この炎の魔法が付与されている細剣(レイピア)は、クレマンティーヌの戦闘スタイルに最も適している。

 いつの間にか持っていたアイテムであり馴染むほど使った覚えもないのだが、妙に手放すのが躊躇われるのは事実だ。

 

「そうですか……」

 

 申し出を断られ気落ちした様子のオスクの手から、クレマンティーヌは素早く細剣(レイピア)を取り戻す。

 細剣(レイピア)が商人の手を離れて安心したのか、レイナースとラビットマンが小さく息をついた。

 

「……もしクレマンティーヌ様がお困りになった時には、まずは私のことを思い出してくだされば幸いです」

 

 すがるような顔で帝国商人が見つめてくる。

 

「うんうん。よろしくねー」

 

 残った感触を惜しむように何度も手を握り締めているオスクを見て、クレマンティーヌは後で細剣(レイピア)をしっかり洗っておくことを決意する。

 

「クレマンティーヌ様は、その業物(わざもの)を、たまたま手に入れたと仰いましたが……。もしかして、魔導王陛下から賜ったものなのでしょうか?」

 

 魔導王の話題を振られて動揺したが、なんとか表に出さないことには成功した。

 

「……そーだったら光栄なんだけどねー。これは前に旅してたときに見つけたモンだよ」

 

 クレマンティーヌは嘘をついた。

 どうして自分がこの武器を持っているのか分からない、などと本当のことを言う必要はない。

 

「でもねー」

 

 給仕から新しいグラスを受け取ると、クレマンティーヌはオスクににっと笑顔を見せる。

 

「この先、もっと(すんご)い武器が見つかるんじゃないかなー?」

 

 オスクの喉がぐびりと鳴った。

 

「もっと……凄い……伝説に謳われるような武器とか……ですか?」

「そーゆーの見つけたいよねー。ま、そのために冒険者組合(うちら)が頑張ってんだけど」

 

 自分らしくない冒険者組合寄りの発言だとクレマンティーヌは思ったが致し方ない。

 明日の命のためには、どこで聞いているか分からない魔導王と、その配下への配慮はどこまでも必要だ。

 

「そのようなマジックアイテムがそう簡単に見つかるはずが……。だが魔導国(この国)であれば……。いや、しかし……」

 

 オスクはクレマンティーヌの腰に下がっている細剣(レイピア)を何度も見返す。

 背後に立つラビットマンはあきれ顔だ。

 

「優れたマジックアイテムを発見するのは優れた冒険者だということ……。オスク様はご存じですわね」

 

 考えがまとまらない様子の帝国商人に、レイナースが優しく声をかけた。

 

「……魔導国の冒険者組合はそんな冒険者を生み出せる、と?」

「今日明日という訳には参りませんが、その兆しは見えております」

 

 迂遠な物言いにクレマンティーヌは胸中で苦笑いする。

 

 確かに他国と比較すれば魔導国の冒険者見習いの難度は高くなった。

 元々冒険者の層が薄いバハルス帝国はもちろんのこと、二組のアダマンタイト冒険者を有するリ・エスティーゼ王国よりも平均難度では上だろう。

 それが優れた冒険者が生まれる兆しと言えなくもない。

 だが、現実の――少なくともクレマンティーヌが想定している――探索の旅に出てマジックアイテムを見つけるには技術も力も経験も、まるで足りていないのが現状だ。

 無論、レイナースとて、その現状を知っているからこそ曖昧な言い回しをしたと言える。

 そんな彼女をからかいたい、そんな気持ちをクレマンティーヌはぐっと抑えた。

 

 何と言っても魔導国の冒険者組合は魔導王の直轄であり、懇親会会場(ここ)はクレマンティーヌの生死がかかっている戦場だ。

 後ろ向きな言動は極力避けなければならない。

 

「まあ、私らが稽古つけてるんだし……それに、これからは武王ちゃんも来るしねー」

 

 クレマンティーヌが小さく顎をしゃくった。

 冒険者組合長のアインザックが武王を伴ってクレマンティーヌたちに向かって歩いてきている。

 エ・ランテル有力者連中への武王の紹介をし終えたのだろう。

 一緒に回っていた魔術師組合長(テオ・ラケシル)は、どうやら衣料組合の婆さん(ガブリエラ・ボナール)に捕まったようだ。

 オスクの反応はかなり感情的だった。

 

「お、おお! 武……ゴ・ギン……。アインザックも。今回は無理を言って済まなかった」

「……かまわないさオスク。君と私との仲だ」

 

 オスクがアインザックに謝ったのは懇親会への参加を急に願い出たことだろう。

 だが恩を着せた風に装った冒険者組合長が内心大歓迎だったことは、その笑顔を見れば誰でも分かる。

 

 アインザックに限らず他人が喜んでいる様子を見るとクレマンティーヌは無性に腹が立つ。

 その笑顔を絶望に曇らせたくなってくるが、この場では難しい。

 仕方がないので横に立つ武王ことウォートロールのゴ・ギンを観察することにした。

 

 トロールは長い鼻と耳を持つ巨人である。

 醜い顔とたくましすぎる肉体とどこか調和を欠いており、人間に不愉快さを感じさせずにはいられない生き物だ。

 アインザックの傍らに立つ武王は顔も身体もトロールそのものと言っていい。

 だが武王の立ち姿にそんな不愉快さは見受けられない。

 長年の戦闘経験によって鍛えられ研ぎ澄まされた機能美がそこにはある。

 

(こんな亜人ばっかりだったら漆黒聖典の任務もやり難かっただろうね……)

 

 クレマンティーヌは自らの過去を思い出しながら()()()武王に感心した。

 

 アインザックへの挨拶もそこそこにオスクがトロールを正面から見据える。

 

「久しぶりだな……ゴ・ギン」

「オスクよ。お前の下を離れてから、俺の方はそう時間が経った気はしていないぞ?」

「……そうか。それだけ充実しているのだろうな」

「充実か……。そうかもしれん」

 

 満足そうな武王を見てオスクの表情が僅かに曇った。

 

 小太りの帝国商人はかつて、このトロールの飼い主だったらしい。

 それがどんな関係だったのかに興味はないが、それなりに気持ちの結びつきがあったのだろう。

 武王は帝国商人を静かに見つめ、それからメイド姿のラビットマンにも視線を向け小さく頷いて見せた。

 

「その装備はやけに軽装に見えるが……ただの武器ではないのだろうな」

 

 オスクは武王が装備していた革鎧に目を輝かせた。

 大闘技場での武王は全身鎧で戦っていたと聞くので、魔導国に鞍替えしてから手に入れた装備なのだろう。

 胸や肩などを部分的に覆うそれは、あつらえたようにトロールの巨体に合っている。

 作りや装飾は緻密で洗練されており、美術品などに興味のないクレマンティーヌにもその高い価値は判った。

 

「魔導王陛下がくれたものだ。数多くの魔法がかかっている。俺が強くなればもっと良い装備をくれると言っていた」

 

 トロールの言葉にオスクはその小さな目を見開いた。

 

「もっと良い装備……」

 

 ゴ・ギンの鎧をまじまじと見つめ、ごくりと喉を鳴らす。

 先程のレイナースの言葉を思い出したのか、オスクはクレマンティーヌの細剣(レイピア)にも視線を向けた。

 アインザックが身を守るような仕草をしたのは何故だろうか。

 

 オスクは小さくため息をつくと、寂しげな視線をトロールに向けた。

 

「お前が使っていた武具は保管している。必要が……あるとは思えないが、要るときはいつでも言ってくれ」

「ああ。わかった」

 

 武王は明らかに人間の帝国商人を気遣っていたことにクレマンティーヌは内心驚く。

 

(人間が出来てるねー、トロールの癖に。命令されて嫌々やってんだろうけど)

 

 クレマンティーヌは魔導王の顔を思い出し、慌ててそれを頭から振り払った。

 

「それにしても――」

 

 オスクは懇親会の会場をぐるりと一瞥する。

 

「闘技場でも声援に応じなかったお前が、こんな場に出てくるとはな……」

 

 武王が顔を歪めた。

 おそらくそれはトロールにとっての苦笑いなのだろう。

 

「魔導王陛下からの命令だからだ。挨拶など俺の性に合わん」

「そう言わないでくれ。冒険者組合(うち)にとって大事な催しなんだ」

 

 アインザックは笑顔で武王を窘める。

 これまでの挨拶でも同じようなやり取りが何度なく交わされたのか、妙に馴れ合う感があった。

 そんな生温い雰囲気がクレマンティーヌの鼻につく。

 

「そーだよー。大事な場なんだからしっかり顔を出して、冒険者組合を宣伝してもらわないとね」

 

 クレマンティーヌは笑顔で武王に話しかける。

 その言葉に込めたのは皮肉であり(あざけ)りだ。

 

 アインザック、レイナース、オスク、そしてラビットマンの顔に緊張が走る。

 武王の表情は分からない。

 こういう緊張感はクレマンティーヌの好物だ。

 

「……クレマンティーヌ、だったな」

 

 武王が名前を確認してきた。

 トロールには人間の区別がつきにくいのかも知れない。

 

「そっ! 魔導国冒険者組合指導員リーダーのクレマンティーヌさんだよー」

 

 言葉に冷ややかな感情をたっぷりと込める。

 この感情が亜人に伝わったことはクレマンティーヌの人生にはない。

 

「魔導王陛下の配下になったとき、俺に与えられた命令は強くなることだけだ。指導員(この任務)を引き受けたのも強くなれる可能性を求めてのこと」

「もしかしてアレ? 腕が立つから他の任務は手を抜くってことかなー?」

「……そんなことを言ったつもりはない」

「ってことはさー。ここで組合のために頑張ってる私よりも強かったりしちゃう?」

 

 懇親会をサボろうとした自分のことをクレマンティーヌは棚上げした。

 自分が挑発されていることは人間が出来ている武王にも伝わったようだ。

 

「どちらが強いかは知らない」

 

 巨体が纏っていた雰囲気が変わった。

 

「だが、強さを示せと言われたら出し惜しみはしない」

 

 その巨体から放たれる戦意に周囲の空気が張り詰める。

 ラビットマンが緊張した面持ちでオスクを庇うような位置に移動した。

 クレマンティーヌの見立てでは武王よりは強くなさそうだが、それでも用心棒の仕事をしているあたり職務への忠実さが窺える。

 

「クレマンティーヌ……殿の強さはリザードマンから聞いている。それを確認したいと思っていた」

 

 情報を漏らしたゼンベル・ググーを今度模擬戦で痛めつけてやろうとクレマンティーヌは思う。

 

「んー。ちょっと前までは自分でも強いと思ってたんだけどねー」

「……? 今は違うのか?」

 

 珍しいクレマンティーヌの自虐発言に緊張感がわずかに和らいだ。

 

「武王ちゃんも似たようなもんじゃない? 大闘技場の話は聞いたよー。あっ。今は()武王ちゃんだっけ?」

「ク、クレマンティーヌ君!」

 

 慌てたアインザックがクレマンティーヌの言葉を遮ろうとした。

 

「いい。この女の言うとおりだ」

 

 アインザックを制した武王は負けた事実を潔く受け入れているようだ。

 だが、そんなトロールの言葉の()()をクレマンティーヌは聞き逃さない。

 

「この女ぁ~? 女とか言っちゃう~?」

 

 自分の頭よりも遥かに高い位置にある武王の顔を挑発的に見上げた

 

「ちっちゃな人間の女相手だと、そーゆー扱いになるんだ。()武王ちゃんは」

 

 武王の顔が先ほどとは違うかたちに歪んだ。

 アインザックとレイナースの顔面は蒼白となり、ラビットマンは緊張顔で警戒している。

 オスクだけが何かに期待するように事の成り行きを見守っていた。

 

 冒険者組合関係者同士による諍いは、たちまちのうちに周囲に伝播したようだ。

 豪勢な食事と酒を楽しんでいた招待客は手を止め、クレマンティーヌと武王に注目していた。

 

「揉め事でしょうか? あの不機嫌そうな女……指導員の長と紹介されていましたが……」

「相手は武王だぞ? あんな小さな身体でよく歯向かえるもんだ」

「背格好は隣の四騎士の重爆と同じくらいだぞ」

「重爆だって武王には勝てないんだろう?」

「武王は落ち着いているな。挨拶のときも暴れそうな雰囲気はなかった。トロールは皆、ああいう感じなのか?」

「いや。彼は特別だ。普通のトロールは人間を見るなり襲い掛かってきて食べてしまうらしい。前に冒険者から聞いたことがある」

「突っかかっていったのは、女の方からみたいですね」

「なんて命知らずな……組合内での序列争いか?」

「どれだけ威勢が良くても、あの体格差では……」

「そもそも、あんなお嬢さんが冒険者に何を教えているんだ?」

「武芸の他にも冒険者に必要なことはあるだろ? 罠の解除とか」

「確かに。交渉や読み書きの能力だって優秀な冒険者には必要だ」

「君も冒険者に指導してるんだろう、ベロテ。どうなんだ実際のところは?」

「あ、いや……彼女……クレマンティーヌ様は……」

 

 招待客と組合関係者が小声で会話し合う中、クレマンティーヌは自分より遥かに巨大なトロールに危険な笑顔を向けていた。

 武王の表情は判り難いが憮然としているのは明らかである。

 そしてこの喧騒は、より危険な存在を呼び寄せてしまったようだ。

 

 最初に気づいたのは、やはりクレマンティーヌである。

 

「こ、これは……モモンさ――ん。今日は……その……お疲れさまです」

 

 笑顔を止め直立不動となり先ほどまでの挑発的な態度は完全に消え失せていた。

 漆黒の鎧に身を包んだ偉丈夫の登場にアインザックの表情は安堵の笑顔になる。

 

「なにか問題があったのかな?」

「モ、モモン殿!? もう戻ってこられたのか?」

「ご安心ください、アインザック組合長。皆さん無事に送り届けました」

 

 懇親会への参加を拒否した有力者のことだ。

 送り届けた筈の有力者が、既に別の存在にすり替わっているかも知れないと、クレマンティーヌはひとり恐怖する。

 

「流石はモモン殿だ。こんな短い時間で……」

 

 アインザックが驚き感心する中、モモンがちらりと武王を見た。

 

「こちらが武王――ゴ・ギン殿か……」

「? ああ……。俺がウォートロールのゴ・ギンだ。武王とは魔導王陛下に負けるまでの名だ」

「大闘技場で長らく君臨していたのだろう。魔導王に負けたからといって君の活躍が失われる訳ではないさ」

 

 武王を労うモモンをアインザックとオスク、そしてレイナースが眩しそうに見ている。

 何かを言いたそうな武王から目を逸らしたモモンは、次にクレマンティーヌたちを向いた。

 

「……これはクレマンティーヌ殿。そちらのレイナース殿も。あー、美しいドレス姿だな、二人とも。なんというか……そのまま舞踏会にだって出られそうだ」

 

 モモンは帝国商人と同じことを口にした。

 

「ありがとうございます。美しい物をよくご存じなモモン様にそう言われますと面映ゆいですわ」

「あ、ありがとうございマス、はい」

 

 レイナースの貴族仕草の隣でクレマンティーヌは硬直した表情で礼を言った。

 

「そのお話しようでは、モモン様はダンスも嗜んでおられるようですわね」

 

 貴族感溢れるレイナースの問いかけに、アインザックが大げさに驚いた顔を見せる。

 

「モモン殿がダンスを!? それならば次は冒険者組合として舞踏会を行った方が良いかな? 勿論、魔導王陛下のご許可を取り付けなければならないが」

「あら? 魔導王陛下は芸術にもご理解の深いお方のはず。オスク様の劇場建設も快くお許しになられたのでしょう?」

 

 オスクは英雄を見つめる憧れの表情から一転、商人の顔になった。

 

「舞踏会ともなればご入用も多いでしょう。この私も微力ながら協力させていただきますよ」

「いやいや。君ほどの商人が微力とは謙遜が過ぎるぞ、オスク。君の助けがあれば素晴らしい舞踏会は保証されたようなものだ」

 

 アインザックが空々しく帝国商人を褒めちぎる。

 話が面倒な方向に流れ始めたとクレマンティーヌは思った。

 

 冒険者組合が主催して舞踏会が行われようものなら、今回の懇親会のようにクレマンティーヌも強制的に参加させられるのは明白だ。

 ダンス自体はすぐに覚えられる自信はあるが、ひらひらした格好で着飾って人前で踊ってみせるなど死んでもやりたくない。

 いや、殺されるとなればクレマンティーヌとしては、やらざるを得ないのではあるが。

 

 面倒な話の流れを断ち切ったのは話題の起点だったモモンだ。

 

「い、いやいやいや。それには及ばない。まだまだエ・ランテルは混乱している。その……全ての有力者が協力的になった訳でもない。それに……そう。亜人種への配慮も必要だ。舞踏会を開くには時期尚早だろう。魔導王だってそう考える筈だ」

 

 モモンはやたらと饒舌に舞踏会への異論を唱えた。

 言いたいことは多々あるが、舞踏会を開催しないのであればクレマンティーヌは大賛成である。

 

「それはそうと……先ほどの様子ではクレマンティーヌ殿と武――ゴ・ギン殿に、少々わだかまりが見受けられたようだが」

 

 一瞬だけアインザックとレイナースの表情が歪んだことにクレマンティーヌは気付いた。

 二人としてはその話題を蒸し返して欲しくなかったのだろう。

 

「いやいやいや。冒険者指導員同士によるただの意見交換であって、わだかまりなんてそんな大げさなものでは――」

 

 慌てて取り繕おうとするアインザックを、モモンが片手を上げて制した。

 

「それで、ゴ・ギン殿は?」

「別に何もない。俺は魔導王陛下の命令に従うだけだ」

 

 モモンの問いかけに武王はぶっきらぼうに答える。

 

「……ふむ。ではクレマンティーヌ殿はどうお考えなのかな?」 

「わ、私は……そのー……武王さんには……もっと前向きに冒険者組合へ協力して欲しいなーと思いまして……」

 

 クレマンティーヌは緊張の面持ちで受け答えした。

 レイナースの訝るような視線が煩わしいがどうしようもない。

 モモンはヘルムの顎に手を当て、何か考える振りをする。

 

「これは我儘な話であるのだが――」

 

 そう前置きをすると、

 

「私は武王と称されたゴ・ギン殿の力を見てみたいと思っている」

「モ、モモン殿、それは……」

 

 モモンは手を上げて再びアインザックを制する。

 

「クレマンティーヌ殿」

「は、ハイっ!」

「貴女もまた、私と前に戦ったときよりも腕前が上がったようだ……と魔導王から聞いている」

 

 クレマンティーヌはかくかくと頷いた。

 ここは頷くしかない。

 

「どうだろう? ここで君たち二人が一度全力で戦ってみるというのは? お互いの力量が判れば、それぞれの立場ややりようが解るというもの」

 

 アインザックとレイナースが驚き、そしてラビットマンが心配顔になる。

 関係者でない気楽さか、オスクだけは期待に目を輝かせていた。

 

「しかしモモン殿。クレマンティーヌ君もゴ・ギン――殿も重要な人物なのだ。そんな彼らが戦って、その……怪我でもしたら、冒険者組合にとって大きな損失となる」

「……なるほど。組合長の心配は尤もだ。だが、雨降って地固まるという言葉もある。命をかけた争いの末に確たる信頼が生まれても不思議ではない」

 

 そんな言葉をクレマンティーヌは聞いたことがなかったが、それを口にしないだけの思慮深さはあった。

 モモンは親指で背中の大剣を指し示した。

 

「それに、もし致命的な事態になりそうなときは、私がこの剣で二人を止めてみせよう」

 

 自信に満ち溢れた漆黒の英雄の仕草に、周囲の招待客からため息が漏れる。

 

「モ、モモン殿が……そこまで言うのであれば」

 

 アインザックは不承不承頷き、レイナースは心配そうにクレマンティーヌと武王を見比べていた。

 モモンは武王――ゴ・ギンに歩み寄る。

 

「帝国大闘技場を沸かせた武王の力を見せてもらえないだろうか?」

 

 乞われたゴ・ギンはモモンに鋭い視線を向けた。

 

「力を見せろと言われたら是非もない」

 

 その言葉はやや不満げであるが武王は了承する。

 モモンは素早くクレマンティーヌに向き直った。

 

「クレマンティーヌ殿も……それでよろしいかな?」

「モ、モモンさ――んが、それをお望みならば」

 

 了承するクレマンティーヌを見て、漆黒のヘルムが満足そうに頷いた。

 何かを推し量ろうとするようなレイナースの視線が煩わしい。

 アインザックとラビットマンは心配顔で、帝国商人はひとり目を輝かせている。

 

 冒険者組合主催の懇親会という場において帝国大闘技場を沸かせた武王の勝負が決まった。

 周囲で見守っていた招待客と冒険者組合関係者は、突然の出し物の決定に驚いている。

 

 懇親会会場が大きくどよめく様子を確認したモモンは満足そうに頷いた。

 

「では決まりだな。戻ってくるときに見たが、この屋敷の庭はかなり広いようだ。そこで存分に二人の力を見せてくれ」

 

◇◆◇

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