究極の闇、『ン・クウガ・ゼバ』   作:ルシエド

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りつかおる


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 人の死を、それも直前まで好感を持っていた警察官の死を見てしまい、子供達の無残な石化まで見てしまったことで、藤丸立香の心は不安定な状態にあった。

 クウガを見て、良い感情と悪い感情のどちらもが出てきて、どちらもまぜこぜになってしまうともう真っ当に接することができなくなってしまう。

 

 だが皮肉にも、未確認生命体によってもたらされた不安定は、未確認生命体の介入によって払拭された。

 発言を見ている限りクウガを人間サイドから引き剥がしたがっていたようだが、立香の知ったことではない。クソくらえである。

 

 立香が心を切り替えるのに必要だったものは、たった一つ。

 『クウガをもう一度信じようとする心』である。

 

 ズ・クウガ・バの残酷で無慈悲な選択こそが、クウガもまた未確認なのだという認識を立香に浸透させ、その心に不安を呼んだ。

 その不安を切り払うための、信じようとするきっかけが必要だったのだ。

 そう、例えば。

 『やむなく仲間を死なせるしかなかったクウガ』との対比になる、『特に意味もなく同族の仲間をバカにする男』だとか。

 リントの文化を褒めていたクウガと違い、文化人の対極のような発言もしてくれれば最高だ。

 

 あとは、気付くことができれば、それでいい。

 ズ・クウガ・バと、未確認生命体達は近いところがあったとしても、遠いところもあるのだと。

 

 ガルメの計算のクウガに対しては極めて正しかったと言える。

 クウガとドゥサの戦いにおいても、何かを予測していたようだ。

 警察のこともよく把握し、警察に護衛されている立香との会話を見事成功させて見せた。

 ただし。

 藤丸立香の性格だけは、完全に読み間違えていた。

 ガルメの予想を、邪悪に対し怒ることができるただの人間だけが、覆していた。

 ここで藤丸立香を口車に乗せられていたら、ある理由からガルメはグセギス・ゲゲルの勝者と成る可能性がグッと上がっていたというのに。

 

「……まさかもまさかだ。

 あいつのことをロクに知りもしない……

 少ししか繋がりのないリントが、ここまで怒りを見せるとは。

 仲間に言われたことと約束を愚直に守るところを嘲笑って楽しみもしないリントが、何故」

 

「へ?」

 

「次はクウガと話すことになるだろうな、俺は。伝えておけ」

 

 声が途絶える。

 どうやらどこぞへと去ったらしい。

 新たな未確認の登場に恐れも緊張も感じていた立香が肩の力を抜き、大きな溜め息を吐いて、近くの木に寄り掛かる。

 

 なんだか、物凄く疲れてしまった。

 けれど、膝を折りたくはなかった。

 今、何もかも投げ出して座り込みたくはなかった。

 

「未確認はそういうところ……嘲笑ったりするんだ」

 

 クウガは仲間に言われたことや約束を守る未確認であると、立香は知った。

 敵から言われなければそれにも気付けないほど、立香はクウガのことを知らなかった。

 

―――カーマ、カーマ…………このお茶菓子、とても美味しい。これは、凄いことだよ

―――ちょっと静かにしててくださいクウガさん

 

 カーマに言われて素直に受け入れ、すぐさま静かにしていたクウガの姿を思い出す。

 

―――子供を頼―――

―――リツカ。ここからは、指示に、従って欲しい

―――う、うん

 

 あの時、最悪の形ではあったけれども、警察官のあの叫びと頼みを聞こうとしていたのは、クウガだけではなかったのか。

 他人のことを何も考えていない泣いていた子供も、助かる方法を何も考えず生き残る方法を彼に丸投げしていた立香も、同じ。

 クウガ以外の誰も、あの警察官の願いを叶えようと考えることすらしていなかった。

 

 安易にクウガの指示を聞くことを約束し丸投げしてしまった自分を、その上でクウガに対し怒ってしまった自分を、立香は一度省みる。

 同じ状況になれば立香はまた同じように受け入れられないだろう。

 当たり前のように、非人道的な行為に攻撃的な感情を覚えるだろう。それが彼女だ。

 

 だがその上で、彼女の心はクウガという存在を受け入れつつあった。

 

 そして、最後に。

 

―――死にたくない、助けて!

―――分かった。君はワタシが守る

 

 今回もまた、自分の腕を犠牲にしてでも約(・)束(・)を(・)守(・)っ(・)た(・)のだと、少女は再認識する。

 

 クウガはなにがいけなかったのだろう。

 未確認に生まれたことか。

 弱いことか。

 慈悲と無慈悲を半端に持ってしまっていることか。

 それとも……『人間として当たり前で普通のこと』を知らないことだけが、彼の欠点なのか。

 

「……私」

 

 一度心を立ち止まらせ、立香はこれまでのことを改めて振り返り、クウガに対し向き合った。

 

 そして、思う。

 

 彼に何かを言えるほど、自分は何もしていないのだと。

 

「私、守られるだけで、まだ何もしてない」

 

 悲しみがあった。

 怒りがあった。

 感謝があって、後悔があった。

 

 それは人の中に芽生える覚悟と勇気を創るための、原材料であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎達を探していた立香は、予想外のメンツに目を丸くする。

 士郎、慎二、カーマの三人が、背の高い樹の下で何やら話し込んでいた。

 

「不味いな。まだ制限時間切れてないのか」

 

「前回がボーナスタイムなら前回だけ時間が短かったんじゃないか?」

 

「というか前回はリントをじっくり殺してたんですよ。

 その後、偶然見つけた立香さんを殺しに行ったんです。

 クウガさんとの戦いが始まるまでに時間を随分浪費してたんです」

 

「こっちに誘導しないと街がヤバくなる可能性がある」

 

「どう誘導する?」

 

「どう、って」

 

「餌が無いだろ。あの子を餌にするわけにもいかないし」

 

「カーマちゃんはそれやるべきだと思いますけどねー」

 

「できるか。

 本人があれだけ怯える子なのに、強要はしたくない。

 かといって、未確認からすれば無力な人間がたくさんいる街の方が魅力的だ」

 

「本格的に街に取り返しのつかない被害を出される前に、なんとかこっちに引き寄せないと」

 

「そうなんですよねえ。

 グロンギは人殺しが好き。

 サーヴァントは殺した人の魂を喰らえば強くなる。

 なので虐殺ってグロンギにとってもサーヴァントにとっても最高の相性なんですよ?」

 

「え、おま、そういうことは早く言えカーマ!」

 

 どうやら、戦いは新たな局面に突入したらしい。

 先程まではドゥサがエクストラターゲット一点狙いで襲撃し、それをクウガが迎撃し、結果として街が巻き込まれる形であった。

 だが今、ドゥサは立香を見失っているらしい。

 いいことだ。

 一面だけを切り取って見れば。

 ゲゲルの時間が限定的である以上、ドゥサは行動権の消費時に宣言した内容の範囲で、時間を無駄にしない選択を選ぶだろう。

 立香を諦めて街での虐殺を始めることは、十分にありえることだった。

 

 そこでカーマが、会話している自分達に近付いてくる立香に気が付いた。

 

「あら、こんばんはぁ」

 

「こんばんは。カーマちゃん、どうしたの?」

 

「いえ、クウガさんに呼ばれたんですよ。

 何か気付いたことはないか、勝機になりそうなものはなかったか、と。なので"無い"、と」

 

「……」

 

「クウガさんに応えた後、手空きになったのでこの二人の話に加わっていました」

 

「俺や慎二と比べればカーマの方がずっとあの異世界グロンギについて詳しいからさ」

 

 カーマ。

 呼ばれればすぐにやって来る、謎の存在。

 世界を渡るグロンギに関してはクウガと同レベルの知識を有し、人間に協力的ではあって……けれども、目的や思考の一切が察せない謎の女の子。

 信頼関係があるとは言い難いが、今は最高の味方であってくれている一人だ。

 

「そんで藤丸はどうしたのさ。僕達のどっちかに何か用?」

 

「慎二と話したんだが、都外への避難はもう少し待ってくれ。必ずすると約束するから」

 

 大人二人は、それぞれの在り方に沿って立香を気遣った。

 慎二は自分達に何か用があるならさっさと片付けてやろうと合理的な発言をし、士郎はその内心を慮って安心させるための『強い言葉』を選んだ。

 けれども、そうではない。

 立香が求めているのはそれではない。

 立香は二人に、二人が想像もしていないことを頼みに来たのだ。

 

「私は……」

 

 立香は一瞬言い淀む。

 その言葉を言うのには、勇気が必要だった。

 その言葉を言ってしまえば、とても恐ろしい事の真ん中に置かれることは間違いなかった。

 でも、それでも。

 立香はもう、何もしないのも、何も決めないのも、嫌だったから。

 

 そんな立香の背中を、カーマが押し始めた。

 

「立香さんは

 『一生懸命人間のふりをしているロボット』

 とか

 『人間になろうとしているロボット』

 とかを見たら、何を思います? どういう風に接します?」

 

「え? ええっと、頑張れーとか応援して、手伝ってあげられることとか考えるかな……?」

 

「じゃあ、

 『一生懸命人間のふりをしているグロンギ』

 とか

 『人間になろうとしているグロンギ』

 を見たら、何を思います? あなたなら、どういう風に接しますか?」

 

「それなら……あ」

 

 立香は一つ目のカーマの問いに答え、二つ目のカーマの問いに答えようとしたところで、何かに気付いてはっとする。

 

 カーマの後ろで、カーマの言葉を聞いていた士郎と慎二も何故か驚いていた。

 

「あの、カーマちゃん、それって」

 

「何もできない人間なりに頑張ろうとする子へのご褒美です。大大大ヒントですよ」

 

 カーマは綺麗な顔で、可愛らしく微笑んだ。

 会話を聞いていた士郎がカーマに確認する。

 

「カーマ、お前この子を気に入ってるのって……そういうことなのか?」

 

「ええ、そういうことです。戦闘力とかそういうところは全く期待していませんから」

 

 藤丸立香のどこか、何かが、カーマの琴線に触れていて、その部分にカーマは何かを期待していて……ゆえにこそ、カーマは立香の背中を押す。

 

「立香さんは思ったことをそのまま言えば良いんです」

 

「思ったことそのまま……」

 

「大丈夫。普通に考えて、普通にすればいいんですよ。貴方らしく」

 

 月明かりの下、カーマは普段の微笑みよりもずっと少女らしい微笑みを浮かべた。

 

 カーマに背中を押されて、立香は慎二と士郎の目を交互に、まっすぐに見た。

 

「私にできることで、成せることで……戦います、私も!」

 

 そしてまっすぐに、言葉を叩きつける。それは刑事に立てる誓いのようなもの。

 

「あんな奴らのために、もう誰かの涙は見たくないんです!」

 

 笑っていた。

 未確認生命体は、笑っていたのだ。

 時にクウガを、時に人間を、殺して、傷付けて、踏み躙って、笑っていた。

 

「色んな人が泣いてて……でも、あいつらは笑ってて!

 クウガ君だって……顔には出さなくても、あれは、きっと心の奥で泣いてて……!」

 

 踏み躙られた人の涙があった。

 大切な人を目の前で石にされた涙があった。

 そして。

 変身し、仮面のように顔の下で、涙を流す心があった。

 

―――あの…………あの警察官の、方の、ことですが

 

 あの時はまだ心が不安定だったことで立香は気付かなかった。

 けれど、落ち着いて振り返ることができた今なら分かる。

 あの時のクウガの様子のおかしさと、行動のおかしさに。

 

 人間でない怪物はあの時、心で泣いていたのだ。

 

 直前までドゥサに襲われていてギリギリで助けられたなら、第一声はドゥサについての警告、そして能力についての解説であるのが妥当。

 でなければ車が即座に石化させられる可能性すらあるのだから。

 けれどクウガはそうしなかった。

 第一声が謝罪で、求めたものは責める言葉であった。

 

 未確認生命体に人の心はない。

 どこかが違って、何かがズレていて、決定的に常識がおかしい。

 人とは似て非なる怪人の心のみがそこにある。

 最も人間らしい心を持つクウガですら、一度は立香に拒絶されてしまったほどだ。

 

 けれども。

 怪物の心が泣かないのかと言えば、そんなことはない。

 怪物だって涙を流す。彼らには彼らの悲しみがあり、悲しみは悲しみだ。

 

 あの場に居た誰もが気付かなかった『クウガの涙』に、少女は気付いた。

 

 普通の人間は、普通の人間が流す涙のみを理解する。

 異常な人間、理解できない怪物、自分から遠い偉人の涙を、凡人は理解しないし気付かない。

 有名人が心で流す涙は、一般人のほぼ全てが理解もしないし気付きもしないものだろう。

 それでいい。

 普通に生きている分にはそれでいいのだ。

 

 有名人の泣いた心が自分に群がる週刊誌や民衆を嫌っているだとか、大衆の身勝手な思考や言動が偉人を苦しめているだとか、怪物にも心があるだとか、知っても嫌な気持ちになるだけだ。

 そこを理解する必要性は全く無い。

 それらの心に歩み寄る必要などどこにもない。

 

 だが、もしも、英雄や怪物が持つそういった"気付かれない悲しみ"に気付き、慮り、その心に歩み寄ろうとする心が有るならば。

 そんな心を持つ人間がいるならば。

 普通の人間でも、心にあるその部分が特別ならば。

 

 その心そのものが、『英雄とも怪物とも向き合う資質』と言えるだろう。

 

「私なんかにできることなんて全然無いことは知ってます。

 でも、こんな私にも、何かが出来るなら……

 それが私の、本当にやりたいと思えることなんです!」

 

「藤丸……」

 

「だから、見ててください! 私、絶対に中途半端はしません!」

 

 恐れを知らぬことを勇気と言うのではない。

 恐れを乗り越えるから勇気なのだ。

 

 自分が強いから安心して強者に立ち向かえることを勇気と言うのではない。

 自分が強くなくても立ち向かえる心を勇気と言うのだ。

 

 勇気があるから平気なのではない。

 平気ではないけど、勇気を出して立ち向かう。

 なればこそ、その魂は輝けるのだ。

 

「お願いします! 私を、皆の笑顔を守るために、囮でもなんでも使ってください!」

 

 怪物が、ズ・クウガ・バが心で泣いていると、そう気付いた時―――藤丸立香の心の奥に、決断に必要な最後の勇気の火が灯った。

 

 仮面の下で流れる涙に気付けないような自分にはなりたくないと、立香は思う。

 泣いている顔を見たことがないことを理由に、"あいつは泣かないんだな"なんて思ってしまったら、見えていない涙をことごとく見逃してしまうかもしれない。

 英雄が心で流す涙に気付けない者は、英雄に寄り添うことはできない。

 

 立香の言葉とクウガへの理解を聞き、間桐慎二はふと、あることを思い出していた。

 昔警察署で聞いた話だ。

 「4号の涙に皆が気付けていれば、もう少し……いや、忘れてくれ」と誰かが言っていた。

 誰だったか。

 誰だっただろうか。

 慎二は記憶を探り、警察でただ一人"4号の涙"というよく分からないものについて言っていた、一度だけ会ったことのある警察官のことを思い出そうと、頭の中を探って回る。

 そして、その警察官の名前が―――一条(いちじょう)薫(かおる)であったことを、思い出した。

 

 慎二が"未確認生命体が涙を流す"などという、普通の人間なら誰も言いそうにないことを言っている人間を見るのは、生涯でもこの二回しかなかった。

 

「お願いします! 間桐さん、衛宮さん!」

 

 クウガは弱い。

 なのにあれやこれやとやらかして後悔して、心で泣きそうになる少年だ。

 その心の一端に立香の理解が及び始めているらしい。

 しからば、戦士の心に涙が流れないようにしてやるには、どうしてやればいいのか。

 

 それはとても難しいことで、定められた答えがなく、各々が各々らしく懸命に考えていかなければならないことだった。

 

「衛宮、どうしよっか」

 

「決められるのは慎二だけだぞ。ここでその権限持ってるのはお前だけなんだ」

 

「……そうなんだよねえ」

 

 慎二は立香の申し出を聞くべきか悩む。

 確かに立香を囮にしてこの森に引き込み、時間切れまで逃げ回るのが最適解だ。

 逆に立香を用いないなら誘導は上手くいかないだろうし、ドゥサが街で人間の密集地を探し始めるのは時間の問題だろう。

 罪の無い少女を囮にしてしまおうとする合理こそが、この場合の最適解。

 

 けれどもやはり躊躇ってしまう。

 慎二にも、人の心があるからだ。

 最善手は分かっていても、それを中々選べない。

 

「でもお前だけのせいはしない。何かあったら、俺も一蓮托生だ」

 

 されど、カーマの言葉が立香の決断の最後のひと押しになってくれたように。

 

 士郎の言葉が、慎二の決断の最後のひと押しとなってくれた。

 

「悪い。危険な仕事をしてくれ、藤丸」

 

「はい!」

 

「集合! 僕の周りに一回全員集まれ!」

 

 立香の勇気と決断が、少しばかり何かを変えた。

 

 きっと、いい方向に。

 

 そんな彼女の決意と言葉を、目無き怪物の二つの耳が聞いていた。

 

 

 




 最初の戦いで守った普通の人間が、「危ないしお前に任せておけばいいな」と言ったなら不幸。
 「君にだけ任せておくわけにはいかない」と隣に立ってくれたなら幸福。
 りつかおる。
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