究極の闇、『ン・クウガ・ゼバ』   作:ルシエド

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 見えるものはなく、ゆえによく聞こえる耳があり、それ以上に鋭敏な感覚の肌がある。

 

 クウガは肌でその場の空気を感じ、静かに彼女の言葉を聞いていた。

 肌で感じられる空気が、少しずつ熱くなっていくのが、ゆったりとではあるが明るくなっていくのが感じられる。

 少女の決意が空気を変え始めていた。

 どうやら、まだ高校生になったばかりの少女の覚悟を聞いて、奮い立たないような男は警察勢に一人もいなかったらしい。

 士気の高さは見て取れずとも肌で感じられるほどに高まっていた。

 

 これが『前を向く希望』で、これが自分が生み出せないものなのだと―――クウガは本能で理解し、理性で受け入れ、心で納得していた。

 あの時立香を助けた自分が何よりも誇らしく、そんな彼女を非人道的なことで怒らせてしまった自分が、みじめでみじめで仕方なかった。

 

 希望を生み出し守ることができる戦士が4号だとすれば、ズ・クウガ・バはそれとは違う。

 

 彼はまだ、何にも成れていなかった。

 

 立香に対する劣等感と尊敬の想いは裏表。

 クウガにとって、劣等感は生まれた時から身近なものだった。

 ン・ダグバ・ゼバの弟であるということは、そういうことである。

 よってクウガは劣等感に振り回されることも、劣等感かららしくないことをすることもない。

 ただ、悲しいだけだ。

 

 劣等感。

 人間にも未確認生命体にもあるもの。

 この世界における未確認生命体3号、ズ・ゴオマ・グあたりは劣等感が強い例になるだろう。

 未確認生命体にとって劣等感やそこに起因する上昇志向は、"例を見ない"と言うほど珍しいものではないのである。

 

 見上げるように、少女に目を向けた。目の無い彼に見ること叶わず。

 

 藤丸立香が今どんな顔をしているのか分からないことを、クウガは少し残念に思っていた。

 

 

 

 

 

 クウガを探し始めた立香は、ほどなくしてベンチに座っているクウガを見つけた。

 立香の接近を肌で感じ取ったのか、足音を聞いたのか、クウガが立香の方に顔を向ける。

 申し訳なさそうな様子に見えるのは、立香の目の錯覚ではないだろう。

 

 腕の欠けた姿が、とても痛々しい。

 それは立香を守ったせいで失われたものだが、クウガは気にした様子も見せていない。

 むしろ、母に悪かった点数のテストがバレた後の子供のように、立香の視線が気まずそうで申し訳無さそうな様子を見せていた。

 立香が、クウガの横に座る。

 

「痛くない?」

 

「大丈夫」

 

「……ごめんね」

 

「約束した、こと、だから」

 

 二人は人間と未確認生命体。

 心の基礎に違う生命体の考え方がある、違う価値観で育った二人だ。

 けれど今、その胸の内にはどこか似た気持ちがある。

 

 自分で覚悟を決めたことなら、大怪我をしても後悔はしない。

 大怪我をしても、誰かのせいにはしない。

 

 恐れがないわけではないが、自分の意志で決めて戦場に立った。

 自分のためというより、他人のために。

 

 そして、本当は、"自分にもっと力があったら"と思っている。

 自分の無力さを痛感している。

 だから、自分にできる何かを探している。

 

「ワタシは…………リツカにまだ話していないことが、ある。沢山、ある」

 

「クウガ君の嗜好が未確認生命体のそれの反転状態(オルタ)なこととか?」

 

「! どこで、それを」

 

「あー、内心では気にしてたんだ。さっきちょっと―――」

 

 立香は先程ガルメが出現――姿は見せなかったのに出現と言うのも妙な話だが――したことを話し、そこで聞いた話もした。

 クウガの雰囲気が一気に張り詰め、予想していなかった"立香が殺されていたかもしれない隙"に真剣な思案が始まる。

 はたして運が良かったのか、悪かったのか。

 

 ガルメが参加者だったなら、行動権がない今日はエクストラターゲットを殺すのはルール違反になるため、どんなにイラッとしても殺せない。

 どんなにイラッとしても殺せないのだ。

 イラッとしたら軽い気持ちでリントを殺すガルメの性格をクウガは知っており、心底ヒヤリとすると同時に安堵していた。

 

 ガルメからすれば、"プレイヤーじゃなかったらここでぶっ殺してたとこだぞクソアマ"といったところだろうか。

 安全圏から好き勝手ズバズバ言った立香の言葉は案外効いていたのかもしれない。

 

「ガルメが、参加者……」

 

「すっごく嫌な感じだったけど、知り合い? 友達ではないだろうけど」

 

「ガルメが、ワタシのことを、友人と言っていたなら…………嘘じゃない、多分」

 

「ええ……あれで? いや流石に勘違いじゃない? え、本当に?」

 

 こくり、とクウガは頷く。

 

「ガルメは見下せる友人、自分を全肯定する友人、が好きなタイプ…………だったと思う」

 

「それ最悪って言わない!?」

 

「よく…………ガルメに言われてた。

 お前は…………生まれて来たことが、罪だって。

 グロンギとしては、何もかも、無価値だって。

 お前みたいな、グロンギの恥は…………ここに生まれてくるべきじゃなかった、って」

 

「……え」

 

「リントに、生まれて来るべきだったのが、間違えてこっちに来たんだろ塵、って」

 

 クウガは評価を粛々と受け止めている。

 同時に、立香は気付いた。

 気付いて、ガルメに対して苛立った。

 

 この少年の自己評価、自己認識、自己定義は、自分で考えたものと他人に教えられ気付かされたものが入り混じって出来上がっている。

 自分が思う自分。

 他人が思う自分。

 その二つが混ざって"自分はこういうやつなんだ"という評価・認識・定義ができるのだ。

 

 なら、周りに未確認生命体しか居なかった子供はどう育つのか。

 近くにガルメのような者しか居なかった子供はどう育つのか。

 ガルメが立香に気軽に言っていたようなことが日常になっていたら、どうなるのか。

 

「ガルメは、真実を、言ってる。

 ワタシは…………グロンギを殺すことには、高揚と幸福を、感じる。

 楽しい。そう思う自分が心のどこかに居る。だから…………殺すしか、できない」

 

 ()()()()のだ。

 

 例えば。

 人を殺すのが楽しくないのは、人間的には素晴らしい個性である。

 だがグロンギ社会においては社会不適合者で生きる価値がないゴミとなる。

 ならば、クウガの自己評価は"社会不適合者で生きる価値がないゴミ"となる。

 "素晴らしい個性"とはならない。

 

 子供の価値観がおかしいのは親の責任だ、と言う者は少なくない。

 『人間の価値観は周囲によって大きく左右されるから』である。

 

 本人の価値観が理由で周囲から嫌われるのは、その者だけのせいなのか?

 子供が人間基準で異常な思考をして責められるのは、その者に原因があるのか?

 罪の無いリントの小さな子供を躊躇いなく使い潰せるのは、とても常識的なグロンギであり、極めて非常識な人間だ。

 その常識を責める権利を、人間は持っているのか?

 唯一無二の正しい常識は、誰が決める?

 

「ワタシは…………おそらく、反転しただけのグロンギで…………優しさの類は、持っていない」

 

 クウガの自己認識、自身に対する結論は、おそらく苦悩の果てに作られたものだ。

 異常個体が馴染めないグロンギ一族の中で確立した考え方だ。

 それは立香にも分かる。

 分かるのだが。

 クウガが自分を否定するようなことを言っているのが、なんだかとても嫌だった。

 

「未確認生命体4号は…………優しさがあったけど…………ワタシには、きっと全然、無い」

 

「そんな」

 

「ガルメは、嘘は言ってない。

 あの男は…………相手が本当のことだと、思ってること、を言うのが。

 最終的に、一番よく効くことを…………知ってるから。だから、そういうこと」

 

 ズ・クウガ・バを悪く言うメ・ガルメ・レの言葉を、クウガが肯定している形になった。

 立香はなんだか、無性に腹が立ってしまう。

 出会ってから何度も目にしてきた素直さが。

 性格の悪い奴に「お前に価値はない」と言われ、「そうかワタシに価値はないんだ」と思ってしまう素直さが。

 なんだか無性に腹が立った。

 

 クウガに腹を立てているようで、その実ガルメに腹を立てていた。

 

「そんなことないよ」

 

「なんで、そう言えるのか…………分からない」

 

「え? え、えーと、乙女の勘?」

 

「?」

 

 クウガが首をかしげる。

 

「未確認生命体にはないの? 『乙女の勘』って概念」

 

「はい」

 

「そっか。じゃあ覚えておいてね。私の乙女の勘は、結構当たるんだからっ」

 

「結構…………?」

 

「……当たるから!」

 

 立香は良い人と悪い人の違いを、正確に分かりやすく定義化できない。

 歴史の本や神話の本を読んで、良い人と悪い人を定義化することもできない。

 学者がするような善悪の文章定義は小難しくて出来やしない。

 

 だから心で決めるのだ。

 この人はいい人で、この人は悪い人だ、と。

 立香の心は、クウガを悪い人だなんて思えなかった。

 どこか何かが間違っているとは思っていても、彼女にとってはそれだけだった。

 

 例えば、歴代の聖杯戦争という戦いにおいて、サーヴァントのやらかした過去と目の前のサーヴァントの心を見て、「信用できない」と思うマスターと「信じられる」と思うマスターがいるのと同じように。

 何をもって信じるのか。それもまた、人の個性である。

 

「今は見失ってるだけで、絶対どこかにあるよ。クウガ君の優しさ」

 

「そういう…………もので、しょうか」

 

「そうそう。私の友達を悪く言うガルメの台詞なんて信じちゃダメってこと」

 

「え。友…………達?」

 

「うん。クウガ君が私をどう思ってるか分からないけど、私にとってはそう」

 

 友達なんてまともに出来たことがない未確認生命体がいて。

 友達なんて簡単にしてしまっていいと思う人間がいた。

 

「私の中の友達の定義って

 『その人の悪口を聞いたらむかっとする』

 だから。私にとってはもう、クウガ君は友達に思える人なんだよ」

 

 少年にとって初めて出来た、自分への悪口を不快に思う、ごく普通の子な友達だった。

 

「……迷惑だったかな?」

 

 立香が照れくさそうに笑って、頬を掻いた。

 

 ズ・クウガ・バにとって、こんなことを言ってくれる同年代は、初めてだった。

 こんなことを言ってくれる人間も、立香を入れて二人しか知らなかった。

 スタンスが変わる。

 心が変わる。

 閉じた瞳の奥の心に、ゆったりと言葉と心が染み込んでいく。

 

「いいえ」

 

 そうして、『人類のためにエクストラターゲットを守るグロンギ』が消えて。

 

 『友達を守るために戦うグロンギ』が、生まれた。

 

 それは、未確認生命体の心が激変したからこそ生まれたものではなく。

 

 未確認生命体を友達と呼んでくれる、他者との付き合いがちょっと上手い人間によるもの。

 

「とても、嬉しい」

 

 クウガが笑う。とても嬉しそうに笑う。

 "初めて"を教えるのは少女から少年に対してだけではない。その逆もある。

 この笑顔もまた、立香がその生涯で似たものを他に見たことがないほどに、彼女の心に初めて覚えるものを残すほどに、儚くも綺麗だった。

 

「友達の言うこと、なら…………信じてみます」

 

「うんうん」

 

 言葉は人を変える。

 心でぶつかることで人は変わる。

 ありきたりな人も、怪物へと成り果ててしまったグロンギも、それは同じ。

 変わらない人に言葉をぶつけることに意味はないが、そうでないなら意義はある。

 

 「お前はこういう奴だ」とガルメ達が言い続け、クウガの中で定着した自己評価を、「君はそういう人だと思う」という立香の言葉が、少しだけ押し出した。

 周りの人間が言葉を尽くし心を尽くせば、彼はいつか『何か』になるのかもしれない。

 それが何かは、分からないが。

 きっと、悪いものにはならないだろう。

 

 クウガは立香や警察の面々と数時間しか付き合いがない。

 その数時間でも、クウガが素直に他人の言葉を受け止めていることは皆理解している。

 それは彼の個性なのだ。

 良くも、悪くも。

 

 

 

「ワタシは、人間に、なりたかった…………今も、なりたいと…………思ってる」

 

 

 

 何故なら。

 それが、彼の願いだから。

 ズ・クウガ・バが、変化していく自分を拒絶することは、無いのだ。

 

「居場所が、ほしい」

 

 絞り出すように、クウガは言った。

 

「ワタシが受け入れられる種族が、世界が、家が、あってほしい」

 

 滲み出すように、クウガは言った。

 

「リントに、なりたかった。

 だって…………皆、グロンギを殺すと喜ぶ。

 グロンギを殺すと笑う。

 皆の幸せが、グロンギの殺害と、イコールで。

 ワタシは…………グロンギを殺すのが、楽しいから…………

 人間を殺すのが、楽しくないから…………

 嗜好が、反転してるらしいから…………

 人間を殺すのが楽しくなくて、グロンギを殺して喜ぶ人間の中なら…………

 ワタシの居場所が有るんじゃないかって…………そう、希望を、持てたんだよ…………」

 

「―――」

 

 その願いは切実で、凄絶で、それでいて哀れさに満ちていた。

 

 人間の味方をする理由の根本にある感情が、あまりにもみじめで、もの悲しかった。

 

「出会ってすぐに『ああ、人間だ』って、心底、思ったのは…………

 ユースケと…………リツカくらいで…………普通にいい人なのが、なんだか、暖かくて」

 

「五代雄介さん?」

 

「はい。

 凄い人で、優しい人で…………

 人間が持ってる、本当に凄いところは…………

 痛みを感じない強い心とか、誰にも負けない強さじゃなくて…………

 ごく普通の人の、とても優しい心にあると…………気付かせてくれて…………

 人間も…………グロンギも…………傷付けることを躊躇う、かっこいい、人だった」

 

 クウガを理解したからこそ生まれた不安、不信があった。

 それが一度は立香にクウガを否定させた。

 

 クウガを理解したからこそ消えた不安、不信があった。

 理解から生まれる不信があるなら、理解から生まれる信頼が無いはずがない。

 

 理解が無いからこそ生まれる戦いがある。

 理解があるからこそ生まれる歩み寄りがある。

 友達関係というものは、言い換えれば相互理解を進める最も分かりやすい関係だ。

 

「だから、ワタシは、人間の心が欲しいのに、それがなくて…………苦しい」

 

―――ワタシは…………まだ…………リントの心が、完璧には、分かってなくて…………

 

 一つ、一つ、立香はクウガへの理解を進めていく。

 かつて本当に理解はしていなかったクウガの言葉を、一つ、一つ、再理解していく。

 

 聖杯戦争は、出会いと願いの戦いだ。

 誰かと誰かが出会い、始まる。

 誰もが願いを持ってやって来る。

 そして、その中で見つけられる願いもある。

 

 ズ・クウガ・バの願いは、『人間になりたい』という想い。

 

 グロンギの中に居場所がなかった少年は、そこに居場所を求めた。

 受け入れられることを求めた。

 それは心の底より湧き出た願い。

 

 もしかしたら、凄く辛い想いをして、させたりもするかもしれない。

 それでも、それが正しいかどうかではなくて、彼が聖杯戦争の戦いに加わった一人として、叶えたい願いが、それなのだ。

 人間になりたいという願いを叶えたいのなら。

 人間を守り救うという、"グロンギらしくなく人間らしいこと"をするしかない。

 

「あのさ」

 

 だからか自然と、立香は"そう"言っていた。

 

 心が思ったことがそのまま、口から飛び出していた。

 

「私達、お互いに欲しいものを、互いにあげられると思うんだ」

 

「欲しい…………もの?」

 

「うん。

 私は人が皆持ってる心。

 あなたは人を守れる力。

 特別心が強いわけじゃないけど、特別力が強いわけじゃないけど、でも、持ってはいる」

 

「―――!」

 

 クウガが驚き、息を飲む。

 その発想は彼にはこれまでなかったもの。

 未確認生命体の多くが持たなかったもの。

 『友のために助け合い力を合わせる』という、発想であった。

 

 邪魔者を排除するのに他グロンギと共闘するくらいは、未確認生命体もする。

 仲間面して同族を利用することもある。

 けれど、人間の友達と支え合う道を選んだグロンギなど、ありえない存在であると言える。

 

「クウガ君に足りない心は、私が教えられるように頑張る。

 クウガ君は私を守ってくれてるから、そこはそのままでいい。

 でも一つだけ、新しく約束してほしいことがあるんだ。私のお願いなんだけどね」

 

「お願い?」

 

「私だけじゃなく、他の人もちゃんと守ってほしい。

 命だけじゃなく、ここも守ってほしい。

 人を守るってことは、一つだけを守るんじゃないってことを、知ってほしいんだ」

 

 人間になりたい、人間の輪の中に入りたいと思うなら、してはならない間違いがある。

 

 その間違いを、クウガの願いに立香の願いを重ねて、もう繰り返さないようにする。

 

「今日みたいなことはしないで。

 見てて辛く悲しくなるようなことはしないで。

 一緒に心を合わせて、力を合わせて……

 私達だけじゃ全然届かなくても、二人合わせて、いつかかつての4号みたいに」

 

 かつて、伝説があった。

 伝説を塗り替えた、未確認生命体第4号がいた。

 旧き時代を超え、新たなる時代を作ったのが『クウガ/4号』であった。

 

 

 

「ううん。もっと多くの人を助けられるヒーローになろう!」

 

 

 

 そして今新たに、伝説の世界に足を踏み入れた若人達がいた。

 

「二人で一人の…………ヒーロー?」

 

「うん」

 

「ワタシは…………未確認生命体。君達リントにとって、悪魔のような、存在で…………」

 

「じゃあ悪魔とどこまでも相乗りしなきゃいけないわけだ。大変そうだけど、頑張らないと」

 

「っ」

 

 目が見えないクウガにも見える、魂の輝きがあった。

 

 目が見えないからこそ見える、目には見えない輝きがあった。

 

「それは、とても、とても…………良さそうだ」

 

 ズ・クウガ・バは、心中で誓う。

 

 いつの日か必ず、この少女を平和になった世界へと連れて行くことを。

 

 この少女に、いつまでもこんな寄り道をさせたくない。

 

 藤丸立香には……いつかまた、日の当たる幸せな場所に戻ってほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クウガの手を立香が引く。

 そうして二人が警察の皆が集まっているところに行くと、皆は二人を暖かに迎えてくれた。

 その中で一人だけ、クウガをあまり良い感情のこもっていない目で見ている者がいた。

 慎二である。

 クウガは迷った。

 今、余計なことをするべきか。

 それともなあなあで済ませて、戦いの対策を相談することに集中するべきか。

 合理を重んじるクウガは、なあなあで流してすぐにドゥサとの戦いの話を始めようとしたが、ふと、思い留まって、立香の方を見た。

 

「私と向き合ってくれたみたいに、皆と向き合うのも、大切なことだと思うよ」

 

 なるほど、と納得したクウガは慎二の前に向き合うように座る。

 

 慎二は少し驚いたようだが、皆が見ている前でクウガと一対一で話し始めた。

 

「今の僕の考えが勘違いだったら、僕も謝ってやらないでもないけど」

 

 慎二は、これでもかと責める口調で言葉を紡ぐ。

 

「あの怪物を、お前一人だけで倒そうとしてた?」

 

「はい」

 

「……やっぱ、か。

 戦闘で、僕ら人間の助力を求めてる気配も様子も全く無かったし」

 

 だがそれは、クウガだけを責める口調ではなかった。

 慎二の口調は何故か、クウガに向けられた言葉であるにもかかわらず、クウガだけを責めるようなものではない………そんな、口調であった。

 

「僕さ、心底嫌いな人種ってのが一つあるんだよね」

 

「なんで…………しょうか」

 

「自分にできないことが分かってるのに。

 自分にできることが分かってるのに。

 自分にできないことにこだわり続けて、周りに迷惑かける奴。

 自分にできないことをやってる"善い奴"見て、みじめな気持ちになる奴」

 

 慎二の後ろで、何も言わず静かに、衛宮士郎が手持ちの弓を磨いていた。

 

「そういう奴ってさ……自分を改めないと嫌われ者のピエロにしかなれないんだよ」

 

「―――」

 

「お前の家族の、ダグバだっけ?

 未確認生命体第0号の平行世界存在。

 お前はそいつになれないよ。

 なりたいものになれないって認めるしかないんだ」

 

 家族に対する劣等感で歪みに歪んだ自分が嫌いな兄貴(しんじ)は、家族に対する劣等感のせいで『一人の強さ』にこだわっていた(クウガ)に、痛烈な言葉を叩きつける。

 力の面で、クウガはダグバに劣等感を持ち。

 心の面で、クウガは立香に劣等感を持ち。

 それが、その眼を曇らせていた。

 

 ……クウガは知らないが。かつて家族と衛宮士郎に対する嫉妬で心をおかしくし、心の強さも良さも何もかも無い状態になってしまっていた、間桐慎二のように。

 未来に劣等感とみじめさが原因で一人の少年が歪む前に、慎二は言葉の針を刺す。

 間違えてはいけない部分に、そっと。

 

「認めろよ。一人で敵を倒したがってるお前は、力が無いから、誰にも勝てないんだって」

 

 間桐慎二にしか言えないことがあり。

 

 間桐慎二にしか教われないことがあった。

 

「認めて……その辺にいるお人好しに、『力を貸してください』とでも言えば良いんだよ」

 

「―――」

 

 まあ、要約してしまえば一言だ。

 

 "バカなこだわりはさっさと捨てて『助けて』と言え"、である。

 

「ありがとう…………ございます」

 

「実質『お前雑魚なんだから身の程わきまえろ』って言っただけだけどね、僕は」

 

「ありがとう、ございます」

 

「いやだから」

 

「ありがとうございます、です」

 

「……どういたしまして」

 

 クウガの素直さ、愚直さ、真っ直ぐさ。

 おそらくは生来のものであろうそれに当たり負けしてしまった慎二を見て、士郎が笑う。

 士郎は慎二の肩をぽんぽんと叩き、更に笑った。

 友人同士の笑みである。

 

「俺は慎二のこと嫌いじゃないし、親友だと思ってるぞ」

 

「は? 何それ? 気遣ってるつもり? 似合ってないよ衛宮」

 

「まったく」

 

 "お前はそんな人間じゃないぞ"と慎二に言わないのが、士郎が彼の友人たるゆえんであった。

 

 クウガは立ち上がる。

 立香が手を貸そうとするが、クウガは手でそれを制した。

 目が見えないまま、知らない土地の地面を歩き、クウガは皆の前に立つ。

 そして、不格好な姿勢で、頭を深々と下げた。

 

「力を…………貸してください」

 

 人の心を知らない未確認生命体が、人を守るために、人に捧げる願い事。

 

「ワタシを…………助けて…………ください…………!!」

 

 一人、また一人と口を開く。

 

 一人、また一人と、返答を返す。

 

 肯定以外の返事を口にした人間は、その場に一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 カーマは一人、偵察に出ていた。

 ドゥサの現在位置確認と、それの報告である。

 この先どう戦況が転がったとしても、偵察能力の無いクウガがドゥサと戦うには、ドゥサがクウガと立香の位置を知らず、クウガ達がドゥサの位置を把握した状態で作戦を開始する必要がある。

 

 そんなわけでカーマは勝手に前に出て、勝手にドゥサの現在位置を報告していた。

 果たして、彼女は何を考えているのか。

 何を目的としているのか。

 クウガ以外は、あまり知らない。

 

「さて、偵察に来たものの、どうしたものか」

 

 そんな中。

 カーマは、足が動かないことに気付いた。

 見ると、一瞬で麻痺した足が石化を始めている。

 

「え、うわっ」

 

 何故?

 視線は通していないのに?

 そう思ったカーマが周りを見て、察した。

 ドゥサが見た金属のポールに反射して、そこに映った服飾店の大きな鏡に反射して、そこに映った新品の蛇口に、カーマの足が映っていたのだ。

 魔眼の多重化によって発現する干渉力が、更に上がっていっている。

 時間経過で魔眼の性能が更にドゥサに馴染んでいっている。

 

「えっ……ちょっ……鏡の反射にすら石化効果が追加され始めたのは流石に何これ」

 

 まだ能力が伸びている、ということは。可能性は、ある。

 

 カーマは自分の魔力感覚に集中し、自分に残っていた残り滓のような能力で、デミ・グロンギとして在るメ・ドゥサ・レの霊基状態を感知した。

 

 そして、"変わる寸前の霊基"を、それが反映される寸前の身体を知覚した。

 

()()()()()()()()()……? え、冗談じゃないんですけど……」

 

 連絡を打とうとしたスマートフォンが、カーマの手の中から滑り落ちる。

 

 思考が行動に変わる一瞬、そのほんの一瞬で石化は完了。

 

 スマートフォンに一文字を打つことすら叶わず、カーマの全身は石化した。

 

 

 




 今クウガ本編で言うと2話の真ん中くらいです
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