強いんですよ小説版グロンギ……
藤丸立香に関しては、警察があれこれ工作することになった。
具体的には、立香が泊まる予定だった友達の家に交渉し、守秘義務の書類にサインさせ、口裏を合わせてもらい、立香が藤丸家の両親を騙して外泊継続を許してもらうという形になる。
立香はエクストラターゲットだ。
できれば警察の保護下、それも東京の警察総勢で守りに当たるのが一番安全である。
議題に上がったのは、警察が市民を騙すことに協力することの是非と、藤丸立香の同意があるとはいえ危険な状況に置き続けるということの是非。
緊急事態だからいいじゃんと言う者が多そうだが、警察官のほとんどが大真面目にここを語り合っていた。
結論から言えば、藤丸立香を東京に留め、未確認生命体対策班を始めとした各チームの総力を上げて守る、ということになった。
苦渋の決断だったと言える。
だが、市民への被害を抑えること。
藤丸立香の身の安全を考えること。
そして、それぞれの意思表示。
それらを総合して、藤丸家に立香が虚偽の情報を流し続けることが許可された。
「あの…………
エクストラターゲットが、逃げそうに、なったので…………
『ラ』の誰かが…………リツカの位置情報を、流した、のかも…………」
「え、マジ? それありなの?」
「『ラ』によって結、構方針は変わる、ので……確実にそうと、は言えません」
「……都外脱出系のプランは全部白紙だな」
今回の戦闘を鑑みて色々考察してみて、出て来た情報もある。
皆で考え、皆で決めた。
「全部終わる前に色々バレたら、4号にビートチェイサーとトライチェイサーを横流しした時みたいな問題になるかな……」と年配の刑事が言っていたとか。
警察のルールを厳守し、警察官として自分も保身するか?
ギリギリのところで、綱渡りしつつもできる限り何も犠牲にせず守ろうとするか?
最終的に皆が後者を選んだ、苦渋の決断の話であった。
【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/01 03:20 a.m.】
士郎は寝た。慎二も寝た。
二人は資料室で戦いの後も話し合っていたが、やがて戦いの中走り回っていた疲れが出て来たのか、寝始めた。
そんな二人に衛宮桜が風邪引かないようタオルをかけて、高ぶっていた神経が落ち着いてきた立香を連れて、寝床に入った。
どうやらこの分署の対策室は、対策班が何日も寝泊まりできるようになっているらしい。
仮眠室が十数人同時に布団を敷いて眠ってもなお余裕があるというのは、かなりの強みであるように思われた。
男二人が寝て、女二人が寝た。
今起きているのは、クウガ、カーマ、蒼崎橙子の三人だけである。
「―――っと…………いう、わけ、です。
それが、一年前、警告してから、今日までにあったことです」
「ふむ、そうか。目新しい情報はなかったが……五代の冒険の話は聞けた、と思っておくか」
「寝なくて、いいのですか?」
「私はそのくらいどうとでもなる。
というか、一晩に何度も戦ったお前こそ寝なくていいのか」
「ワタシは…………その、あれですので。治りますので」
「再生能力か? それがどうかしたのか」
「睡眠は、メンテナンス、です」
「ほう?」
「人間は…………睡眠を取る、ことで、メンテナンスを、します。
特に、脳の。
生物は…………自分で、自分のメンテナンスをする、機械、みたいなもの、です。
ある程度、壊れても、自分で自分を直せる…………そんな機能持ちの、機械。
だから、睡眠を取らない人間は…………メンテナンスをしない機械のように、壊れます」
蒼崎橙子はズ・クウガ・バを敵になる存在だとは思っていない。
が。
誰から教わるわけでもなく、人間をこういう視点で見ている存在は、やはり根底の部分が人間とは違う生物だと思わざるを得ない。
「グロンギは違うというのか?」
「いえ。ただ、ワタシは…………脳や神経を、修復状態に、置いています。
不眠の、不具合も、再生能力で…………治すように、設定、しています。
人体において。不眠の影響は…………所詮、一日あたりグラム単位の、もの、です。
肉や骨を大量に入れ替えるのに、比べれば、難しく…………はない、とい、うわけです」
「……そうか。カーマと言ったな? お前はどうだ」
「私はゲームで夜更かししてて、昨日の朝寝て夕方に起きて来たから、まだ平気ですよ」
「……」
橙子が一瞬言葉に詰まった。
「その…………こういう子なので」
「だらけているな……」
「他の人に責められる謂れは無いと思いますけどー?」
「やる時はやる子…………やればできる子、なので」
「そうか。まあ他の職員がどう思うかはともかく、私はそう思っておく」
「ちょっ……なんで私そっちのけで話してるんですか、拗ねますよ!」
だが橙子もすぐに、いい反応をする玩具を見るような目でカーマを見ていた。
くっくっ、と小さな笑い声が漏れるのが聞こえる。
「それで、あの、トーコさん…………この日本に、ついて」
「ああ、分かってるよ。
改めてこの日本の状況を説明しておこう。
明日からの戦いを越えていくには、知っておくべきことだからな」
ズ・クウガ・バは現在の日本で戦わなければならない。
しからばそこに問題が存在する。
ズ・クウガ・バは、この世界における日本で過ごしたことが、一度もないということだ。
実はカーマもないらしい。
よってクウガは、『日本人なら誰もが知っているやってはいけないこと』の数々を何も知らないという弱点を抱えている。
繁華街に日本人が多く居る戦いを避けるべき時間すらピンと来ていないというのが実情だ。
少なくとも、"避難がされていない公園は戦いやすい場所ではなく人が居やすい危険域"などの認識は持っておかなければならない。
「少し、長い話になる」
「はい」
「そうだな。
まず、第一次未確認生命体災害があった。
三万人以上死んだが、これは0号・ダグバが引き起こしたものだ。
ただもう十数年前のことだからな。
今の日本を知るなら、お前達の予備知識に、第二次の後の話を加えればいいだろう」
「そう…………で、すね」
「さて。第二次未確認生命体……とは、言うが。
実際これは、第一次ほど長続きしてない。
というかだな、一般人に第二次があったことが発表されたのは、事件終結後だったんだ」
「それは、聞いています」
「だがこれが露呈させた問題が二つ。
一つは『改正マルエム法』。
もう一つが……『未確認生命体が利用できる日本の国民意識』だ」
橙子は好きでもないが嫌いでもない、けれど面倒臭いとは思っている友人を語るような語り口にて、ここ一年の日本の流れを語り始めた。
2013年の第二次未確認生命体災害の最たる二つは、『人間になりすまし国民的美少女アイドルにまで上り詰めたグロンギ・伽部凜』と、『人間になりすまし国民の人気No.1政治家にまでなったグロンギ・郷原忠幸』によって引き起こされかけた。
すんでのところで警察及び4号達によって野望は阻止されたものの、郷原の殺人ゲームは成功していれば死者数160万人以上……人類史における戦争の死者数ランキングにすらランキングしてしまえるほどの、超絶規模の死者数となるところであった。
だが、阻止された。
災害が起きた時。
何もしなかった人間と、災害の被害を抑えようと現場で頑張ったものの大きな被害を抑えきれなかった人間、責められるのはどちらだろうか?
圧倒的に後者である。
"もっと何かできただろ"。
"無能"。
"税金でやってたくせに"。
"4号が最初からいなかったらこれかよ"。
第二次未確認生命体災害の被害を減らしたという功績は、相応に評価されなかったのだ。
半端な怪我は、痛みにならない。変化にならない。
ただ化膿して悪化する。
160万人死んでいれば、ともすれば警察は最悪の災害に立ち向かった勇者だったかもしれない。
"未確認生命体が強すぎた"になるからだ。
けれど、死者数が半端であった。
よって"警察が弱すぎた"になってしまったのだ。
人々は自分の生活圏、生存圏、安全圏が脅かされているかいないかで、反応をごっそりと変えてしまうものである。
遠い国の戦争は他人事でも、近所の殺人犯は他人事に感じられないのと同じように。
警察は最高の努力で人々の安全圏を守りきった。
守りきってしまったのだ。
更にここから、陰謀論が蔓延する。
なにせ、国民的アイドルに支持率最高レベルの政治家だ。
「あの二人が未確認生命体だったわけがない」
「いい人だった、私に笑いかけてくれた」
「あの二人を少しでも知ってるなら警察のこんな公式発表を信じるわけがない」
「そも皆、警察が前にも人間を未確認生命体だと思い込んで射殺したことあるの忘れてるよね」
と主張する人は多かった。
日本人全体で見れば、多くはなかったのかもしれないが。
……そう信じ込む人は、妥当と思えない程度には多かった。
その後押しになってしまったのが―――過去にあった、日本警察の警察官が、普通の人間を誤射殺害してしまった、ある事件である。
政治家として社会に潜伏していたグロンギ・郷原もこれを大いに宣伝していた。
風説とは?
とにかく口にした者が多いことのことだ。
だから皆知っている。
常識のように。
常識に刷り込まれたから。
そして。
一部の人々にとっては、伽部と郷原、二人のグロンギに対する好意と好感によるものだけが「二人は未確認じゃなかった」と主張する理由になっていたわけではなかった。
二人を支持し、二人を肯定し、二人に賛同していた過去の自分が、『未確認生命体に味方していた愚かな人間の行動』になってしまった……それが、とても大きかった。
一般人の多くにとって、これは受け入れ難いことだった。
受け入れ難いだけならいい。
だが、受け入れられないなら? どうしても受け入れられないなら、どうする?
"嘘だったことにする"しかない。
警察が、嘘を言っているということにするしかない。
二人がグロンギじゃなかったと信じるしかない。
そうやって、自分の心を守る人が――ごく少数ではあるが――じわりじわりと増え続けた。
自分は悪の味方なんてしていないし、自分は愚かではない、と結論付けるために。
社会に一定数存在した『人気なものをとりあえず嫌う』という層もそれに拍車をかけた。
「俺達は見抜いていた」
「前から気に入らなかったがその理由が分かった」
「人気アイドル、人気政治家、ってだけで支持してたバカいたよね」
「未確認生命体の味方してたバカ共のリストがこちらです」
と、自分達の優位性のアピール、そして人間になりすましたグロンギを支持していた層への攻撃と煽りを始めたのだ。
それはつまり、世間の大多数への攻撃であり、反論されにくい攻撃であった。
実際のところ彼らには元々賢さも慧眼もなく、普段からとりあえず人気のものや流行りのものを攻撃して、"社会の主流より自分が上に立っている気分になる"ことで鬱憤晴らしをしているだけの者達であった。
だが、そんな彼らに大義名分が与えられ、それに便乗する者も多いという最悪の流れ。
目眩がすることに、なんと伽部と郷原をグロンギと知らず支持していた人間の中から、過去の自分の発言を全て消し、「あの二人を支持してた奴ってバカしかいないじゃん」と言い始めるような人間も出始めた。
『人間になりすました未確認生命体を支持してた奴はいくらでもバカにしていい』という空気を作ろうとする者達が現れ、バカにされることに耐えられない者達は、伽部と郷原が未確認生命体であることが嘘だと主張するようになっていった。
この件に関して素直に自分の間違いを認め難い、そんな空気が蔓延していった。
あの二人は未確認生命体なんかじゃないんだと。
お前達こそ警察の嘘の発表に踊らされているバカなんだと。
そう主張する人間がいて、それをバカにしたい者達は"警察発表"という棍棒で更に殴る。
殴られた者達は、自分の攻撃に使われる発表をした警察を嫌う。
互いに一歩も引かない。
頑なに、頑なになっていく。
人間しかいないのに、怪物がいた時よりも互いへの憎悪が膨らんでいく。
殴る棒に使われた警察が、嫌われていく。
警察への嫌悪が増していく。
現実とネット、双方で嫌な風潮が広がっていく。
やがて警察の発表は全て嘘だったというコミュニティが膨らんでいき、彼らは自分の信じたいことだけを口にして、周りの人間が自分と同じことを言っているのを聞き続けて、自分の考えが正しいのだと確信していく。
警察は嘘つき。
自分達の見識が正しい。
嘘の発表で目障りな人間を殺して未確認生命体の駆除と偽装した悪の警察を笑え、警察に騙されて自分に噛み付いてくるバカ共を笑え、そして真実に気付いた賢さと慧眼を持つ自分達を誇れ。
そんな構図が、優越感を生む。
優越感が気持ちいいから、やめられない。
そう。
典型的な『陰謀論信者』である。
だがその数が多いということは、とても厄介なことだった。
たくさんの人が自分を肯定してくれていると、人は自分の思い込みが間違っているとは毛の先ほども思わない。それが、人間だ。
数を集めての署名活動、警察署前でのデモ活動は、警察に小さくない影響を与えるものである。
未確認生命体に関する警察の動きは、鈍化せざるを得なくなる。
一度は「伽部と郷原が未確認生命体ではなかった、警察は間違っていた、そう発表して謝罪してしまった方がいいのでは?」という阿呆らしい提案が警察内部から出たほどだ。
もちろん即座に却下されたが。
一般市民だけではない。
郷原を信じ、その人格に疑うところなしと肯定していた政治家達。
伽部というアイドルを全面的に肯定し推してきた各種出版社。
郷原に億単位の金を渡され、騙され、グロンギが人間社会に紛れ込むための経歴詐称を手伝った三大新聞。
伽部の怪しいところに勘付いていながら、警察の捜査を半ば妨害してまで伽部を守ろうとしたアイドル事務所。
郷原の力で与党の座を勝ち取った現与党。
伽部の影響で市場規模を跳ね上げた音楽業界。
国を代表するアイドルと政治家を企業イメージと密接に接続し、一体化させていた各企業。
未確認生命体に騙され、ゲゲルの準備で160万人に毒薬を飲ませていた製薬会社。
その毒薬を有効性が高い健康のための医薬品と太鼓判を押した厚労省。
その他、多数。
それらの者達は、二人が未確認生命体であるという事実を安易に認められない者達だった。
下手にコメントを出せば、「お前は未確認生命体に味方していたことを認めるんだな?」と言われかねない前提があった。
一般人ではない著名人達は、皆、発言の記録が残っていたからだ。
伽部と郷原を肯定した発言がテレビに、本に、ラジオに、残っていたからだ。
放送局には人気政治家を肯定していた人間、人気アイドルを肯定していた人間、そしてそれらの粗を探して引きずり降ろそうとする派閥がそれぞれいて、それが違う形で争っていたり。
郷原が与党最大の功労者であったために、これ幸いと政治家間で攻撃が始まり、与党内部での勢力争いや、野党から与党への攻撃が激化し、政治の舵取りに使われるべき議会の時間は、何の生産性もない政治家の攻防のために使われた。
権力闘争。
弱み探し。
"自分の世界"に空いた大穴を、周りの人間が自分のものにしようと競い合う。
「奴は未確認生命体の味方をしていたぞ」と言えば、目障りな奴を権力の椅子から蹴落とせる。
会社で、政党で、業界で、行政で、上にいる人を蹴落として、自分はもっと上へ、上へ。
未確認生命体なんかに騙されたバカは蹴り出して、自分が代わりにそこへ。もっと上へ、上へ。
それはもっと上に行こうとする欲望であり、未確認生命体のせいで劇的に低下してしまった"自分の世界"のイメージを回復しようとする使命感であり、"自分の世界"に未確認生命体が残した痕跡を全て消し去ろうという恐怖にも似た感情であった。
政治の世界が、製薬の世界が、その他多くの世界が……未確認生命体に類すると見られたものを蹴り出すことで、"元の自分の世界"を取り戻そうとしていた。
警察の陰謀だと本を書く者がいて。
それを全否定して警察の偉業を熱く語る著名人がいて。
昼のテレビ討論番組で「伽部凜と郷原忠幸は本当に未確認生命体だったのか?」という議題で罵倒じみた討論が繰り返され。
警察が未確認生命体と人間を間違え、人間を誤射した事件が何度も蒸し返され。
警察の奮闘を長々と褒め称えたホームページが、コメント欄で叩かれ炎上し。
インターネットには三桁のスレ番号が付いた荒れっぱなしの議論スレがあり。
SNSでは『伽部凜と郷原忠幸の話題禁止』の所が爆発的に増えた。
真実が明らかになった時。
手の平を返して伽部と郷原を猛攻撃した者達がいた。
手の平を返せないがために、未確認生命体と分かっているくせに、伽部と郷原は人間だと主張する者達がいた。
二人が未確認生命体であることを認められない人達を、愚かと笑う者達がいた。
それは、攻撃だった。
二人が未確認生命体であることを認めると、破滅してしまう者達がいた。
それは、逃避だった。
あの世で伽部凜と郷原忠幸は笑っていることだろう。
この二人は言ってしまえば、『人間が好む人間』をあっさりと演じ、人間に簡単に好かれ、周囲の人間全てをコントロールし、虐殺をしようとしただけだ。
二人にとっては難しいことですらなかったに違いない。
警察が有能でなければ、160万以上の人間はあっさり皆殺しにできていただろう。
なのに、そんな警察の足を、騙された人間達が足を引っ張っている。
グロンギにとって、ここまで笑えて、ここまで人間に失望したことは無いはずだ。
伽部凜。
リン・トギべ。
グロンギ語で「リント死ね」。
アイドルとして名乗ったその名は、リントを最大限に侮辱している。
伽部のライブで、人間達は「リン・トギべ!」と嬉々として連呼していたという。
郷原忠幸。
ある権力者の養子として、政治家として、人間として、彼はそう名乗った。
忠と幸……彼は、"リントがとても大切にするもの"を名前にしていた。
人間達はこの名前を見て、「あなたに相応しい名前ですね」と言ったという。
グロンギは、踏み躙る。
踏み躙るのが楽しいからだ。
心も、誇りも、命も。
それらを踏み躙るのが楽しいから、グロンギはただの動物ではなく、人間を踏み躙る。
ゆえにこその、最低最悪の人狩りなのだ。
いつもそうだ。
どの世界でもそうだ。
グロンギが踏み躙った傷は、すぐには治らない。
何年も、何年も、爪痕を残す。
「そうだ、だって未確認生命体は第一次で全滅して終息宣言が出されたじゃないか」
「今更未確認生命体が新しく現れるなんておかしい」
「あの二人は親とかも顔出ししてて、そっちはちゃんと人間だったっておかしい」
「あの二人が人間だった証拠だ」
「優しい笑顔の二人だった」
「他人に優しくし、笑顔にできるアイドルと政治家だった」
「そんな二人を未確認生命体だなんて言う警察は、悪に違いない」
「だって」
「あの二人が未確認生命体だったら、それを認めたらうちの会社のイメージは最悪になる」
「うちの会社は、それを認めたら潰れてしまう」
「うやむやにしたい、うやむやにできないかな」
「私達は、未確認生命体に加担してしまったんだ、人殺しに加担してしまったんだ」
「認めたくない」
「だって」
「未確認生命体は人間じゃないって、皆言ってたじゃないか」
「人間じゃないから殺しても大丈夫だって、駆除だって言ってたじゃないか」
「人間との和解はできない種だって言ってたじゃないか」
「凜ちゃんと忠幸先生が未確認生命体なら」
「未確認生命体は、人間と同じことができて、考えられて、同じになれるってことじゃないか」
「人間と同じじゃないか」
「怖い」
「まだ未確認生命体がいるかもしれないのが怖い」
「未確認生命体の駆除が、本当は殺人だったらと思うと怖い」
「明日、隣に未確認生命体がいるかもしれないのが怖い」
「警察官がただの人殺しに見えるのが怖い」
「信じた人が、好きになった人が、未確認生命体だったら」
「分かり合えたかもしれない未確認生命体を警察が沢山殺してて、私が喜んでたんだとしたら」
「分かり合えない未確認生命体が、私の友達のふりをして笑い合っていたら」
「怖い」
「未確認生命体が殺されるのが怖い」
「未確認生命体に殺されるのが怖い」
「だから、そんなことあるわけがない」
「凜ちゃんや郷原さんが未確認生命体なわけがないんだ。
嘘をついている悪者が、どこかに必ずいるはずなんだ」
人を未確認生命体だと思うのが苦痛で逃げるのか?
未確認生命体を人だと思うのが苦痛で逃げるのか?
逃げる。
心弱き人達は逃げる。
現実から逃げなければ、辛すぎるから。
そして、警察の発表を受け入れられない者達は警察を全力で猛攻撃するが、発表を受け入れた者達は、受け入れられない者達をバカにすることはしても、警察を全力で守ろうとはしない。
警察は人々の安全圏を守りきった。
第二次未確認生命体災害の死者を千数百人に抑えたのはもはや奇跡と言っていいだろう。
だから、多くの人がその偉業を理解しない。
守られたことを実感できず、ピンとこない。
『何もしなかった人』よりも、『助けようとして全部守りきれなかった人』が責められるのが、『助けるのに失敗した人』として責められるのが社会だから。
だから、警察の偉業を認めない人がこんなにも現れる。現れてしまう。
これこそがグロンギが嘲笑った『リントの愚かさ』であるのだが、彼らはそれに気付かない。
第二次未確認生命体災害から、まだ約一年。
日本警察はこの陰謀論を発端とする混沌の悪影響をまだ払拭できていない。
ここは日本。
素晴らしき国。
ここには戦士が守った自由と平和がある。
国も警察も、自分達がいくら悪意的に言われようと反撃しない。弾圧しない。暴力に訴えない。
市民には自分を守ってくれた人を全肯定する義務がない。
警察を良く言う自由も、悪く言う自由もある。
平和だから、無駄なことを語っていられる余裕がある。
未確認生命体を倒すためでなく、人間を倒すために時間と労力をひたすら費やしていられる。
その自由と平和を奪う者がグロンギで、それらから人を守るのが警察であり、未確認生命体四号だった。
皆言っていた。
皆願っていた。
『第二次なんてなかった、陰謀だ、第一次が最後だったんだ』と。
『流石に第二次が最後だろ』と。
皆、恐れていた。
未確認生命体が再来することを。
第二次を経てその恐れには、別の意味が多大に付与されていた。
伽部凜という、"今振り返るとありえないくらい人間に好かれた"アイドルがいたから。
郷原忠幸という、"今振り返るとありえないくらい人間に好かれた"政治家がいたから。
初めて会う人、ネットの向こうの人、新しく名が知られた有名人を、一般市民の心のどこかが「もしかして未確認生命体なんじゃないか?」と思う。
未確認生命体が生存している限り、隣人を疑う心が消えてくれない。
だから、絶滅したと思い込みたい。そうして人を信じていきたい。
そう思うような人間とて、少なくはないのだ。
第一次の時、4号/クウガを信じた者達がいた。
彼らは他人に振り回されない。
自分が見たものを信じ、その目で見た者の普段の行動から判断し、一度信じた者は誰がなんと言おうと最後まで信じ続け、信じた者を応援し続ける者達だった。
そうやって、第一次の時に4号を信じた者達の一部は、今も伽部と郷原を信じている。
だって、信じてるから。4号も、伽部凜も、郷原忠幸も。
そう考えている人間とて、少なくはないのだ。
警察を肯定し、賛美し、感謝する者がいる。
警察を否定し、疑問を持ち、責める者がいる。
信じる者がいた。
信じない者がいた。
自分のために何かをする者がいて。
他人のために何かをする者がいた。
全ては、この国がずっと平和で、ずっと自由であるからだった。
ただ一つだけ、言えることがある。
未確認生命体第4号も、警察も、この国に善人しか居ないなどとは思っていなかった。
皆が賢いだなどと考えたこともなかった。
それでも守った。
彼らは正義の味方ではない。
法と、秩序と、笑顔の味方として在った。
だから、民衆の愚かさは彼らを殺すことはできない。これまでも、この先も。
善のみ守る幼稚さで戦っていたなら―――彼らが勝つことは、無かっただろう。
改正マルエム法。
かつて日本の警察官が未確認生命体だと思い込み、普通の人間を射殺してしまった事件をきっかけに法改正を受けたもの。
人間側からのほぼ無制限なグロンギへの攻撃を許していたそれまでの法律を、がんじがらめに法で縛って、警察側の権限を縛るものである。
この法案を通したのが、他の誰でもなく郷原忠幸であった。
一言でまとめるならば、警察がグロンギに手加減することを強制する法だ。
この法案は郷原が後押ししていた「未確認生命体も人間なのではないか?」という主張と人権論が、最大の追い風となって実現した、とも言われている。
郷原がグロンギであると判明した以上、この法は改正すべき。
しかし、橙子がまとめた現在の日本の流れを見るに、すぐにそれは難しいだろう。
政治家になりすましたグロンギがぐちゃぐちゃにした政界は、すぐには正常化しまい。
よってこの法案に縛られた警察は、クウガが五代雄介に聞いていたほどには、クウガを助けてはくれないということだ。
全てを聞き終え、口を開いたズ・クウガ・バの第一声は。
「4号は…………皆に、愛されていたんですね」
橙子の予想した答えではなかったが、期待した答えではあった。
「そうだな」
カーマが、心底嫌そうにその言葉を噛みしめる。
「愛、ですかねえ」
「愛、だと思う」
けれど、クウガは言い切る。
「グロンギが、政治家になって、グロンギが有利な法律を作った。
グロンギを守る法律が通った。
これが、第二次の頃、通ったのは…………4号を守るため、だと思う」
その思考は、正解だった。
「知ってるかい、当時の未確認生命体融和運動のスローガンの一つを。
『いつかまた4号と同じ優しい未確認生命体が現れた時のために』
……だ、そうだ。
笑えるほどに無惨な話だ。
政治家になりすましたグロンギが、グロンギに有利な法を作れたのは……
この国の人間の多くが、ただただ純粋な気持ちで、4号が帰る場所を守ろうとしたからだ」
未確認生命体達を倒したのは、未確認生命体4号だった。
皆4号に親しみと好意を持った。
4号とは分かり合えるかもしれない。
じゃあ他の未確認生命体とも分かり合えるかもしれない。
もし新たに未確認生命体が出ても、4号のように仲間になれるかもしれない。
未確認生命体が人間に近いなら、人権だって与えるべきなのかもしれない。
郷原はそこまで誘導してから、「じゃあ警察が未確認生命体を簡単に射殺できないよう法律を整えましょう」「また4号みたいな方が出た時、友となるために」と、更に誘導を加えた。
こうして4号への好意を利用し、グロンギに有利な法が出来てしまった。
愛が悪に利用された。
愛が悪に転じてしまった。
最悪に皮肉な話だが。
この未確認生命体人権思想は、ズ・クウガ・バの出現によってある意味肯定されてしまった。
「改正マルエム法案が通ったのは、な。
国民には"グロンギを攻撃するな"ではなく、"4号を攻撃するな"に見えていたからだろう」
「グロンギを、警察官が、撃てなくする法律…………ですよね、聞いた限り、では」
「まあその解釈で間違いはない」
「愛…………」
「お前がそれを愛と思うなら、そいつはきっと愛なんだろうさ」
会話中カーマはずっと、嫌なことを聞いているぞと言わんばかりの表情で、嫌悪感と拒否感たっぷりの様子を隠しもしていなかった。
「愛って言えばなんでもちょっと擁護できそうなのは私ちょっとどうかと思いますけどね」
「カーマ」
「はいはい、分かってますよ」
クウガにたしなめられるが、カーマは口を止めない。
「ただ、クウガさんも知っておいた方がいいですよ。
人類史は積み重ねるほどに淀みを生む。
淀みは終わりを導く。
こういう歪み、醜さは、まさにそれです。
グロンギに利用されたから視点がズレて見えるだけでしょう。
最大の悪というものは、往々にして最大の愛から生まれるものです。大体そんなもんですよ」
カーマはこういうものをよく知っている。
伽部凜、郷原忠幸、未確認生命体第4号、それぞれに向けられた感情は形が違えど『愛』で……その愛が尽く、悪意の第三者に利用されていた。
グロンギは人間の愛くらいなら、容易に誘導して玩具にできる能力があったから。
愛を道具にする。
愛を利用する。
しまいには、愛を利用して自分の目的を達成し、罪の無い者を死に至らしめる。
"愛される"という手段を用いて第二次未確認生命体災害を起こした伽部と郷原に、カーマは激しい既視感を覚えていた。
だから不機嫌になっている。
「さて、感想でも聞いてみようか。クウガ、君はここまで聞いて、どう思った?」
橙子はそんなカーマを放っておき、クウガに問う。
ここで人間を否定するならよし。
問題を早めに表出させられた、ということ。
何も思わず、人間を受け入れるなら良し。
そういう怪物として扱うだけだ。
なんにせよ、橙子はここ一年の流れを話した上で、クウガの解答を聞き、その答えによってクウガの扱いを決めようと考えていた。
「いえ、その…………なんというか。人間の、醜さ? の話だったと、は思うんですが」
クウガは、特に深く考えず、思ったままを素直に口に出した。
「互いを、憎み合ってるのに、誰も殺し合いをしていない。
口で言うだけ。口で、負けて、引きずり降ろされても、力に訴えもしていない。
人間は、その…………計り知れないほど平和主義で、優しく、他人想いなのだな、と」
その答えは、橙子の予想にも、期待にもなかった解答だった。
だが蒼崎橙子に対しては、新鮮味ゆえに120点な解答だった。
殺さないなんて平和で優しい民族なんだなあ、と、クウガは思う。
最悪の悪党や魔術師ですら、人を沢山殺せばいつか誰かに裁かれてしまう人間社会は、クウガから見れば"皆が人の命の価値を認識している異様に優しい社会"なのであった。
「―――くっ、ふふっ、ははっ! そうか、お前はそう考えるのか!」
橙子は笑う。
この世界の魔術師は人でなしを自称する。
魔術師は根源に到達するため、他人の命を犠牲にすることも厭わない者が多い。
ゆえに、自分が人でなしであると認識する。
けれども。
グロンギの価値観に浸かったクウガから見れば、人を殺すのが悪いことだという認識を持っているだけで、とんでもなく優しい人に見えてしまう。
まして、他人を罵倒するだけで済ませるなんて。
他人の人格否定をするだけで済ませるなんて。
目障りな人間を権力の座から引きずり下ろすだけで済ませるなんて。
自分に全力で楯突いて来た者の悪評を広めるだけで済ませるなんて。
「死ね」と言うだけで殺さないなんて。
なんと優しいんだろう、とクウガは思う。
憎悪しているのに『この手で殺してやる』と決意もしない日本人が、クウガの目には、命を懸けて守るに足る優しさに満ちた人間に見えるのだ。
だって、それは。
自分の命も他人の命も大切にしないグロンギとは違うということなのだから。
嫌い合っているのに、同じ国という枠の中で、共存できているということなのだから。
嫌う者と同じ世界に生きるということを、ごく自然に出来ているということなのだから。
最終的には殺意に身を任せず、感情を飲み込めているということなのだから。
たとえ、罵倒し合い、否定し合い、醜悪な姿を見せる時があったとしても。
その価値観の総体が、クウガにはとても綺麗に見えた。
『敵』と『死』『殺す』以外の決着がつけられることの、なんと素晴らしいことか。
―――最初の地球で。
「要らないから」と言い同族を気軽に数百人、生きたまま燃やしたン・ダグバ・ゼバの姿を……クウガは今でも覚えている。
きっといつまでも忘れない。
「あの…………変、でした、か?」
「いや、お前はそれでいいんだ。
少なくとも私は気に入った。
実に悪くない。そうか、未確認生命体の騎士殿にはそう見えるんだな」
「?」
人間の価値観と怪物の価値観の間で揺れる、常に感性や考え方が変じ得る存在。
二つの価値観の間にあるのは虚空の境界。その境界の上で、少年は揺れている。
だが今のままでも、橙子視点興味深い価値観ではあった。
話を聞いていただけで、カーマはぶーたれる。
「あーやだやだ、ずっとこんなんなんだから、この未確認生命体……」
「それでいい、って、今…………言われたけれど」
「私はそうは思いませんー。もっと人間っぽい価値観にならないと絶対駄目だと思いますー」
「んー」
「大体そういう半端に人間で半端に怪物な価値観があったから立香さんビビらせたのでは?」
うっ、とクウガが言い淀み、カーマが指差しやーいっと笑う。
少年は人間を学んでいる。
一つずつ、一つずつ。
蒼崎橙子は、彼をどう扱うかを決めた。
「今日から公にはこの名を名乗れ。『五代空我』」
「―――え?」
「書類処理上の名前だ。
いかにも未確認生命体、といった名前だけでは混乱を招くからな。
戸籍もこの名前で用意した。名前はお前に馴染み深いものだが……どうだ? 変えられるが」
「…………あ」
クウガは思いっきり息を飲み、思いっきり嬉しそうにして、万感の想いを言葉に込めた。
「嬉しいっ…………ですっ…………!!」
今日から彼はズ・クウガ・バで、そして五代空我でもある。
クウガは他人の会話が耳に入らなくなった様子で、ジーンとしてその名前を噛み締めていた。
カーマは少し妬ましそうに、橙子が組んでいた腕を肘でつつく。
「ちょっとズルいんじゃないですか?
クウガさんにグロンギの名でない、リントのような名前を与えるなんて」
「あそこまで喜ぶとは思ってなかったさ。感情が綺麗な形で顔に出るんだな、あの子は」
「子供なだけです。怪物の子供、それ以上でも以下でもなく」
「辛辣だな」
「彼を大人扱いするなと言ってるんです。多くを求めないでください」
「男を甘やかすのが好きか?」
「好きですけど?」
ふっ、と僅かに口角を上げる橙子。その視線が鋭くカーマを捉えた。
「お前の正体を、早めに聞いたところで答えるか?」
カーマ。
ヒンドゥー教における愛の神。
その名は愛欲を意味し、カーマデーヴァとも言われる。
その手には恋の矢を持ち、恋愛感情を操る力を持つという。
そして最高位の魔王・マーラと同一視されることもある。
橙子レベルにもなれば、カーマが高位の霊体が弱りきったものであることくらいは、カーマの自白がなくとも理解することができる。
ならば後は、何故そんなものがここにいるのか。
その目的はなんなのか、ということだ。
「えー、答えるわけないじゃないですか」
「理由を聞いても?」
「私以外でめちゃんこ迷惑する人がいるから?
今の私、身の上を少し語るだけで良くない結果になりかねないんですよねえ」
カーマが迷惑をかけたくないカーマ以外……となると、その相手はかなり限られる。
「ふむ、まあいい。それなら話せることだけでいい、何か話せることはないか?」
「そーですねー。あ、そうだ。
抑止力が力負けして弾かれています。何か居るみたいですよ、この東京に」
「―――なるほど。良いヒントを貰った」
「私、他人に甘いことで定評がありますので」
何かがいる、というヒント。
そしてカーマがどこから来たかのヒント。
カーマが何を隠したいのかまでは推察できなかったが、いくつかの推測は立てられた。
「あと、藤丸立香さんですが。クウガさんが執着してるので、気を付けてくださいね」
「まあ、そうだろうな」
「……? あんまり意外そうにしませんね」
「怪物は普通の人間に惹かれる、と言うべきか。
異常者は普通の人間に惹かれる、と言うべきか。なんともまあ、懐かしい感覚だ」
「予測してたんですか?」
「いや、これは……懐古という名の期待でしかないものさ」
橙子は懐からタバコを取り出し、加え、火をつける。
未だ貰った名前に感動してしみじみとしているクウガを見て、思わず笑みがこぼれた。
殺人衝動があるべきなのに殺人衝動が無い怪物と、普通の女の子の藤丸立香。
一族の中で普通になれず、普通の人間にもなれず、これまで特別になるしか道がなかった少年にとって、普通の少女に向けるその感情は、どこか特別で。
そんな二人の関係に、橙子は懐かしさを感じる。
タバコの煙を、開けた窓の外に流した。
空には雲一つなく、綺麗な星空が広がっている。
あと数時間もすれば夜明けだろうか。
そうなれば、きっと綺麗な青空が広がるに違いない。
「今日は、良い青空になりそうだ」
懐かしい少年少女のことを思い出していた橙子の脳裏に、懐かしい思い出が他にも連鎖的に蘇っていく。
青空のような笑顔の冒険家のことを思い出し、橙子は空に煙を吐き出した。
煙がふんわりと、青空になる前の夜空に染み込んでいく。
部屋の中で名前をからかったカーマが、クウガの手でソファーに投げつけられている光景は、今は見なかったことにする。
そう決めていた。
第一戦、決着。そして次の開幕の始まり。
ということで準備出来次第、サーヴァントマテリアルと見返し用の用語集作っておいておきます。
サーヴァントマテリアルは随時更新、用語集は気が向いたら追加。
サーヴァントマテリアルは原作のあれと同じで『随時情報が更新』されます。
ゲームやってた時、メニュー開くと随時更新されてたあれが好きだったので。
真名推理とかできるあれが好きでした。
用語集は作中で解説された情報とそれ以外のものがまぜこぜになってます。
『用語集が言っていることは基本的に真実』です。
『キャラが作中で言っていることはそのキャラが知っていること、信じていること』です。
誰も知らないこと、登場していない人物しか知らないことも、用語集には記載されます。
この作品は小説ですが、原作がゲームでもあるので、ゲーム的にもお楽しみくださいませ。