やっと出揃います
【東京都文京区六義縁 2014/08/01 04:30 a.m.】
本日8月1日、金曜日。
日付変更直後にドゥサを倒したことで、かなり時間に余裕が出来たため、クウガは盲目の身で素振りをしていた。
最初は"周りに迷惑はかけられない"と一人で行こうとしていたのだが、そこで偶然お手洗いに起きてきていた立香に見つかってしまった。
後はズルズルと連れて行かれるだけである。
変身後でないと初見の場所を歩けないクウガには、断る理由が見つからなかった。
「ありがとう、ございます…………ですがなぜ、よくしてくれるのか」
「まー、ほら、せっかくだし。
目が見えない仲間をほっとけないし。
朝早くに公園で寝るっていうのも楽しそうだしね……」
「楽しくは…………ないのでは?」
「あ、ごめんごめん寝ぼけてたー……朝早くに公園で寝るのも気持ちよさそうだし」
「なる、ほど」
「むにゃ……あ、そうだ……名前貰った……って……?」
「はい」
「いい名前、だよね……んにゃ……五代空我……かっこいいし……」
「…………ありがとう、ございます」
クウガはとても嬉しそうにして、寝ぼけ状態の立香はむにゃむにゃしながら微笑んだ。
天然と寝ぼけ眼の二人はここまで来て、立香はベンチで眠り始め、クウガは剣を振り始めるのであった。
"何故か"自由に入れるようになっていたこの場所に、初めての場所で目も見えていないクウガが違和感を持つわけもなく、寝ぼけていた立香も違和感には気付かなかった。
日付変更直後に敵を倒すと、参加者以外のグセギス・ゲゲルに関わる戦士は、仕様上こうして一気に余裕ができる。
なにせ、次の日付変更まで他の誰も行動権を得られないのだ。
グセギス・ゲゲルの行動権付与タイミングは00:00のため、そこからグロンギの行動権使用まで20時間以上無駄に緊張が続くということも十分にありえる。
そういう意味では、メ・ドゥサ・レは人間側から見ていいタイミングでの襲撃をしてくれたと言えるだろう。
眠らなくていいクウガであれば、あと19時間と少しの時間を使える。
そうと決まれば、鍛錬だ。
「ふっ、ふっ」
ズ・クウガ・バは、グロンギの中でも少数派の、鍛錬を主とするタイプである。
才能が無いグロンギはさっさと死ぬし、本当に才能があるグロンギは人狩りをしているだけでトントン拍子に強くなっていくため、努力の必要が無いからだ。
ゲームでない努力は楽しくない。
楽しくないからやらない、という者もいる。
されど弱者のクウガはランスロットの力を使いこなせなければ、イコール死だ。
ランスロットには様々なスキルがあり、技能がある。
それをそのまま使うのは難しいことではない。
他のデミ・グロンギ同様にやればいい。
だが、彼はそうしなかった。技を体に取り込み、あくまで自分を昇華させるために使う。
少しずつではあったが、騎士クウガは騎士ランスロットの技をその血肉としていった。
その過程で、自然と自分の内側に向き合う。
「ランスロット、さん」
『なんでしょうか、マスター』
「トーコさんの話…………どう思ったか、聞いてもいいですか」
日本一人気のアイドルとなったグロンギと、日本一人気の政治家となったグロンギによる、搦め手での殺人ゲーム。
ランスロットは少し考え、ランスロットなりの答えを示した。
『あれはつまるところ……
「国を、殺す」
『私はあれをよく知っています。
国の中枢に毒となる人間を入れる。
外側からではなく、内側から毒を打つ。
国の舵取りをする者達の中に毒を混ぜることで、国は容易に骨を腐らせ崩壊する』
ランスロットは、裏切りの騎士である。
イギリスの祖、かつて滅びた国ブリテンを崩壊に導いてしまった騎士だ。
だが、しかし。
ランスロットがブリテンを滅ぼしたかったわけでも、ブリテンを滅ぼすための企みを計画していたわけではない。
ランスロットは今も昔も、ブリテンの王アーサーに敬意を表す騎士のままである。
ブリテンを滅ぼさんとしたのは、アーサー王の姉、モルガンだ。
モルガンは子であるモードレッドとアグラヴェインをブリテンの円卓に送り込み、円卓内の血縁者やランスロットを巧みに操り、ブリテンを崩壊に導いた。
国という総体をどうにかするには、あるいは滅ぼすには、その国における重要なポジションに『致命的な存在』を差し込むのが一番だ。
毒は一滴でも十分。
"ただの怪物一体"よりも、"国の舵取りをする一人"の方が致命傷になることもある。
国の多くを動かせるということは、国の多くの生死を左右できるということ。
そう、それは。政治家のグロンギである郷原忠幸のやり方、そのものである。
『……私のように、自覚なく、そうした駒の一人に成り果てる者もおります』
「…………」
『一度そうなると、その悪意を止めることはとても難しい。
国体を人体にたとえるならば、心臓が人体に反逆するようなものですから。
その郷原忠幸というグロンギ……私の知る、最も恐ろしい類の怪物達にも並ぶでしょう』
周囲に支持され。
周囲に頼られ、好まれ。
ごく自然に国を支え、最後に国を崩壊させる。
郷原は意識的にそういう存在となり、ランスロットは意識せずそうさせられた。
『今この国は、かつての
「そんなに…………滅びそう、かな」
『いえ、滅びはまだ遠いでしょう。
もちろん、日本とブリテンに大きな違いは多々ありますが……
国を滅ぼさんとした内患のダメージが国に蓄積しているという点で、どこか似ている』
「そう、かも」
『それならまだ、未確認生命体災害の方が滅びの要因としては強い』
「確かに」
『問題は、人と人の繋がりが脆くされている、ということです。
きちんと人が繋がっていれば国は内患でそうそう崩れません。
ゆえに悪意は人と人とを切り離す。
郷原というグロンギはおそらく、自分の死後に残るものを計算していたはずです』
「『不信』…………」
この世界のグロンギが世界に残した傷跡が、今もこの国に残っていて、異世界から来たグロンギの活動を後押しするというこの最悪。
人間からすれば喜ばしくない悪の連鎖だ。
『ですが。私はこの国が滅びに向かっていくとは、感じませんでした』
「それは…………?」
『先の橙子殿の話ですが。
それでも警察を信じる者の方がずっと多かった。
だからこそ今でもこの国は警察に治安を任せているのではないですか?』
「そう…………ですね」
『ブリテンにとっての騎士が、この国における警察なのでしょう。よく信じられている』
そしてよく結束している、と、ランスロットは警察を評価した。
昔からこうだった、というわけでもない。
だが二度の未確認生命体を越えた日本警察は、強くなった。
苦難を越えて結束し、強い意志で新たに警察に加わる若者も増えた。
十数年前に4号と警察に守られた子供達が、警察官になる世代になってきた。
『騎士の責務は、民を守ること。
悪しき民を守らないことではありません。
善き民だけを守ることではありません。
騎士が慮るは秩序と無秩序であり、正義か悪かはその後で良いのです』
「…………」
『この国の警察は、民を守る善き騎士のようですね』
普通の人間、普通の警察からすれば、とんでもない欠点こそあるもののランスロットの方こそ尊敬の対象だろう。
なにせ、伝説に語られる湖の騎士。
その気高さ、信念の強さ、騎士としての精神性は、欠点込みでも十分に尊敬に値する。
だがランスロットもまた、"この国の騎士"に敬意を表する。
一人一人に円卓の騎士ほどの力はない。
異世界からのグロンギを倒す能力もない。
けれども、"この国の騎士"こそが、この未熟な騎士の最高の仲間になると……ランスロットは確信していた。
そんな未熟な騎士だが、ランスロットの綺麗な言い分と、心の内でうっすらと感じるものを比較していて、違和感を覚えた。
「本当に?」
『―――』
「ワタシ達、は…………今は、一心同体」
『伝わるものもある……ということですか』
ランスロットは会話の流れの中で、理想の騎士として振る舞い、騎士の理想を語った。
けれどもクウガに歩み寄られて、少しばかり心を開く。
彼は理想の騎士だ。
だが裏切りの騎士でもある。
良き部分だけがランスロットの全てではなく、強き部分だけがその心の全てではない。
『……私は、理解してほしかったのでしょう。皆に、我が王のことを』
「王様…………アーサー王?」
『はい。ある者は言いました。
"王は人の心が分からない"。
私は……その言葉に、耐えられなかったのです。
人のために尽くした王。
人を愛した王。
国を、人を、守った王。
けれども王は周りの誰にも理解されず……王はモードレッドの反乱により、死したのです』
ブリテンは滅びた。
ランスロットの不貞と反乱をきっかけとし、モードレッドの反乱をトドメとして。
その原因が何か、と聞かれれば、ランスロットは一つだけ答えるだろう。
"皆が王を理解できなかったから"と。
『……そうあるべき規範を守る、騎士ではなく。一人の人間として言うならば』
理想の騎士は許すものだ、と、ランスロットはいつでもそう言うだろうが。
『私は、人を愛し守ったこの国の警察を、悪しざまに言う人々を、良く思えません』
同時に、ランスロットには許せないものがあり、そんな自分をずっと未熟に感じていた。
『私は報われてほしいと願うのです。人を守ると決め、立ち上がったその人に』
ランスロットは苦悩の果てに間違えた騎士。
王の妃との愛と、騎士の誓いを天秤にかけ、妃を選び、騎士の誓いを損なった。
そんな物語が今でも語り継がれている騎士だ。
彼は笑っていてほしかった。
誰にも理解されず、笑わぬ王であった主君にも。
いつも泣いていた主君の妻にも。
"騎士らしく生きていたい"という自分の願いを踏み躙ってでも、それが許されないことだと分かっていても、皆が笑える道を探したかった。
そして、失敗した。
本当は、周りの人の苦悩を皆に理解してほしかった。
皆の笑顔を守りたかった。
その果てに最悪の状況を呼び込み、破滅をもたらしてしまったことが、彼の後悔。
『ですが、皆が"そう"なってしまう気持ちも分かるのです。人々とは、弱いものだから』
ランスロットは不理解や自己保身ゆえに王を、警察を、責める者を好めない。
だが、理解はできる。
ランスロットはそういった者達を進んで責めようとはしない。
どうしてこの身が他の者を責められようか、と彼は思う。
他者を愚かしさを見るたびに、ランスロットは己の愚かさを戒める。
"自分が愚かではない"などと、思い上がらぬように。
ランスロットは人の弱さを糾弾する騎士ではなく、人の弱さに寄り添える騎士である。
『これが"人間である"ということでもある、と思うのです、マスター』
「"人間である"…………」
『ブリテンの魔術師、マーリンはこう言っていました。
人間社会は、絵であると。
人は一つの色で出来ていない。
多くの色で出来た人が多く集まり、絵が出来上がる。
"ハッピーエンドが最も美しい絵だ"―――と、マーリンは言っていました』
色彩こそが、人間だ。
『人は多くの"色彩"で出来ています。
社会はもっと多くの"色彩"で出来ています。
綺麗な色も、汚い色もある。
ただおそらく、そのどれもが人間らしい色彩であって……』
綺麗があって、醜いがあって。
好きがあって、嫌いがあって。
美しさも、多彩も、珍しさもある。
『人間の醜悪さがどうでもいいのではないですか、マスターは』
「そう…………なのでしょうか」
『今のところは、私がそう感じたというだけです。
マスターの橙子殿への反応を見て、私はそう思いました。
あなたに無いのはおそらく、マーリンに言わせれば"人らしい色彩"なのでしょう』
「人らしい、心?」
『はい、その通りです。
マスターの解答は、あれはあれで良いと思います。
人に失望せず、殺人を忌避する根幹的な生物性を見据え、それを肯定した』
けれども、とランスロットは続ける。若き後輩を諭す声色で。
『それは人間らしいとは言えません。どこかがやはり、ズレている』
「…………そう、ですか」
『あなたは人を醜いと思わなかった。
殺人に気軽に走らない平和な部分に目を向けた。
けれど普通の人間は、まず人間の醜さに何かを思ったはず。
貴方は泥中の虫が泥中の蓮を見上げるように、人間を見上げました』
「…………」
『貴方の願いを思えば、それはきっと良くないことだ』
ランスロットの言葉はクウガが間違っていると思うから……ではなく、人間になりたいというクウガの願いを考慮したもの。
『人間は、どこかに心を置きます。
善に。
悪に。
秩序に。
混沌に。
人間はそれぞれの信念や拠り所によって、そのどれかを選んでいます。
そこに完全な正解はなく……おそらくは間違いもない。
橙子殿の話は、十人居れば十人が厳密には違う感想を持つでしょう。
けれど感想のどこかには似通う場所が出る。それが人間というものなのです』
「共通点。人間らしさ」
『その通り。まずは感覚を合わせていくべきでしょう。
どうにもマスターは知識での感覚エミュレートが多い気がします。
なのでよく知らない部分に素直にコメントして引かれたりするのかと』
「ふむふむ」
『まずは立香……彼女とよく話し、よく学ぶべきです。
私は英霊として登録された者。
一般の感覚からは遠いでしょう。
普通の人間の感覚は彼女から学び、あわよくばそれをきっかけに男女の関係を持つのです』
「うん…………うん?」
ランスロットが彼を導く。それが良いのか悪いのかは脇に置いておこう。
『変わらぬことが美徳と言う者もおりましょう。
変わることが美徳と言う者もおりましょう。
貴方に変わって欲しい者も、そうでない者もいるはず。
現に私は貴方の変化を望みながらも、今の貴方を好ましく思う』
ズ・クウガ・バからすれば、これ以上の導き手など想像もできないほどに、ランスロットという先人は、尊敬できたし頼りになった。
『貴方は貴方のままで、変わればいい』
「…………はい」
クウガが頷く。
そして。
「そうね」
声は静かに。
少女の影が、少年の影と重なった。
「良いこと言うわ、あなた」
その頃、仮眠を終わらせた慎二と士郎が、書類をまとめていた。
桜も起きてきている。
できれば8/2のゲゲル行動権が発生する前にしっかりと睡眠を取っておきたいところだが、まだ第三次未確認生命体災害開始から12時間も立っていない。
ここで重要なのは初動だ。
スタートダッシュを素早く決めたい。そこは未確認生命体対策班の総意であった。
「衛宮ー、クウガの兄が0号だって話書いとく?」
「そうだな、書類には書けるだけ書いた方がいいだろ。コーヒー入ったぞ」
「おーありがとありがとって苦っ!
おい衛宮! 寝起きのコーヒーは甘くしろって前に言ったろ!」
「んー、あー、悪い悪い、そのまま飲んどいてくれ」
「ほんとあのさぁ、僕の好みくらい暗記しておいてほしいんだよねぇ、まったく」
渋々コーヒーを飲む慎二達の横で、会話を聞いていた桜が、疑問を抱く。
「兄? 未確認生命体第0号って女の子だったんじゃないんですか?」
「え?」
「は?」
「いや、だって、ちょっと話してた時に」
疑問は一つ。
「空我君は、『優秀な姉に勝てなくて』と言ってましたけど……」
少女は、白かった。
クウガと同じように、白い少女だった。
クリーム色な金髪、透き通った水色の瞳、けれど白い肌と白い服の方に強く印象を受ける。
とても綺麗で可愛らしい少女だった。
熟練の造形師が手間隙かけて美しい人形を作っても、こうはならないと言い切れるほどに。
年齢はおそらく15を超えたか超えないくらい。
身長は140あるかないか。
よく見れば透き通った水色の瞳は片方だけで、もう片方は真っ黒なオッドアイだ。
両耳に付いた金色のイヤリングの造形は……グロンギ族が身に付けているそれらと同じ。
微笑む所作は可愛らしいが、何故か素直に可愛らしい少女であると思えない。
何かが違う。
何かがおかしい。
何か、何か―――この少女がいるというだけで、世界が狂っているように感じられる、何か。
『なんだ、この少女は』
クウガの内側で、ランスロットの声が優しげなものから戦士のそれに切り替わる。
『どうして今……
マスターの声ならともかく、私の声を聞くなら……魂の中まで知覚できるほどの……』
「なん、で」
少女の声を聞いた瞬間に、クウガの足は震え、その手は剣を強く握った。
その声に、気配に、クウガは顔を真っ青にしてしまう。
その声を、少しだけ知っている。
その気配を、とても知っている。
少女は微笑み、少年の表情は強張っていた。
「なんで、生きてる」
「生きてるからよ? ふふっ、あなたはそういえば知らなかったわね」
くるり、その場で少女は一回り。
「ここで会いに来るつもりはなかったけど、でも、我慢できなくちゃったから」
少女の声は僅かに上ずっていて、隠しきれない興奮と、ほのかな好意が感じられた。
『マスター。油断せずに。この少女……あまりにも、何かが異様です』
「知ってる。根源接続者だ」
『……なんですって? いや、マスター、もしやこの少女と面識が?』
「名前は聞いてない、聞いてない、けど」
根源接続者。
全ての魔術師が目指す最終到達点、『根源』にその肉体を繋げた者。
全ての宇宙、全ての事象である『根源の渦』は、この世全ての物・この世の概念・この世全ての事象の源流。
そこに行けば全てを得られ、そこに至れば全ての知識が得られる。
つまりは―――
クウガ達の一族が二つ目の地球に到達した時、そこには一人の少女がいた。
生まれながらにして根源に繋がった、生まれた時から全知全能、そんな少女が。
グロンギの行う聖杯戦争に彼女は関わり、戦い、蹂躙し、最後に最強のグロンギと戦い……予想もしていなかったことが起き、最強と全知全能は相打ちとなった。
最後の互いの一撃は。
全知全能が創り上げた不死身の間を貫く銀の剣と。
最強無敵の蒼きプラズマが。
互いの心臓を貫いて、決着となった。
ゆえに、かの最後の戦いは、一族の間ではこう呼ばれる。蒼銀のゲゲル、と。
不死すら殺す全能の銀色と、自分の薄青色のプラズマが見劣りしかしない綺麗な蒼色のプラズマは―――今も、クウガの目に焼き付いている。
「
少女は微笑み、少年に名乗った。
「お前は……相打ちになったはずだ!
あの、何かを掴んだダグバと……ワタシの姉と一緒に!
両方死んだ!
ダグバもお前も!
地球の命まで巻き込んで、抑止力も全部潰して、二人で戦って、相打ちになった!」
「ええ、そうよ」
嫌な予感しかしない。
クウガは知っている。
愛歌の透き通った水色でない方の黒い目も、そのイヤリングも……『姉の』ものだ。
ン・ダグバ・ゼバの目で、ン・ダグバ・ゼバのお気に入りのイヤリングだ。
弟だから、知っている。
「
でも
一つではそのまま死ぬ命でも、二つ合わせれば一つの命には足りたから」
けれど、知らない。
こんな容姿をした姉は、知らない。
知らないはずなのに……その表情に、話し方に、どこか懐かしさを感じてしまう。
「さ、こっちに来て―――あなたのお姉ちゃんが、抱きしめてあげるから」
戸惑う少年の目の前で、少女はゆったりと、受け入れるように両腕を広げた。
同時刻。
藤丸立香は、誰にも気付かれないまま、いつしか教会の中にいた。
「むにゃ……カレーライス……」
寝不足で頭がハッキリしていない。
というか、思考がまだ半分寝ている。
何故ここにいるのか。
ここはどこなのか。
それも分かっていないのだが、立香の寝ぼけた頭はそこに疑問を持てない。
「エクストラターゲットが来るとはな……『ラ』の我々が何をしてもルール違反だ」
「ええ、そうでしょうね。試しに流していたこの香りに惹かれてしまったのでしょう」
本を片手に、そんな少女を見つめる青年がいた。
青年の目にはサングラス。落ち着いた色合いのレザーファッションがよく似合っている。
青年の横には、妙に妖艶な尼僧が椅子に座り込んでいた。
「殺生院。バルバは本当に無事なのか?」
「ええ、もちろんです、ブウロ様」
ブウロと呼ばれた青年に、殺生院と呼ばれた女性が笑みで応える。
「私はバルバ様のご厚意で、この体の表に出ているにすぎません……
お望みとあらば、いつでも表は代わりましょう。
私はただのか弱い女、バルバ様に気に入られた以外取り柄のない女でございます」
「それが危ういと言うんだ。
昔からずっとそうだ、バルバが気に入った存在は、大抵一族に大きな害を成す」
「あら」
「バルバに気に入られた貴様はその時点で信用できん」
妖艶な尼僧の額には―――薔薇のタトゥーがあった。
眠気が消えない。意識が正常に戻らない。甘い薔薇の香りが、立香の意識を夢に留める。
「我らは『ラ』であり。
聖杯戦争における『ルーラー』。
種族によって音は違えど、意は同じ。
リントがルーラーと呼ぶ其にすら相応しくないお前に『ラ』は……」
「ふふ。耳にタコが出来てしまいそうですわ」
「……」
「ええ、大丈夫です。
せっかく『ラ』の責務を任されたのですから。
"聖杯戦争の慣例"に従って……この教会から、
マリアチャペルの教会の中、妖艶な尼が笑みを浮かべる。
食虫植物の笑みだった。
その笑みに嫌悪感を覚えつつ、ブウロはエクストラターゲットの立香を見て、グセギス・ゲゲルに携わる者達とその力を脳裏に浮かべ、夢見心地な少女にささやく。
「喜べ少女。お前の願いは叶わない」
そこは教会。
地域で親しまれる教会で、変わった者が出入りしても違和感を持たれない教会。
そして、未確認生命体対策班の本拠から歩いて行ける教会でもある。
"慣例"をなぞるように、尼は教会に腰を据える。
二つの場所で、二人の女性が、クウガと立香と相対していた。
ン・ダグバ・ゼバお姉ちゃん
殺生院キアラ・バルバ・デ
やっぱりクウガと言えばその辺をうろうろしてて時々エンカウントするンとラですよね