過去の軌跡をなぞるように未来を見る。
あなたにとっては未知のこと。
私にとっては既知のこと。
人は人を好きになる。
わたしにとっては未知のこと。
あなたにとっては既知のこと。
私はあなたに恋をする。
白い雪。
真っ白に染まる山。
赤い雪。
真っ赤に染まる地。
血が流れて、私は笑って、あなたと殴り合う。
二人だけで。
二人きりで。
二人ぼっちで。
私は笑っている。
あなたが笑っていたかどうかは、覚えてない。
幸せだった。
救われた。
あなたに私は恋をする。
今のあなたではなく。
未来のあなたに。
お前は壊れている、と父は肯定してくれた。
あなたは欠けの無い完全、と母は肯定してくれた。
そんな両親を私は燃やした。
生きたまま燃やしてその悲鳴でも聞いてみれば、自分も何か変わるかもしれないかと思ったけれど、そんなことは全く無くて。いつものように、少し楽しいくらいに終わった。
「ゴセゼギギボザ*1―――ン・ダグバ・ゼバ」
両親と本気で殺し合って、覚えたのは失望だけ。
ああ。
つまらない。
少し面白く感じたのは悲鳴だけ。
両親ですら弱くて、歯応えがなくて、楽しくない。
気付けば、誰も私には敵わなかった。
あっという間に私は『ン』になり、一番上で挑戦者を待つ立場になってしまった。
ゲゲルはゲームで、娯楽だ。
けれど同時に、グロンギの階級付けでもあるもの。
一番上の『ン』は最後の最後まで何のゲゲルも行えず、下の階級が私への挑戦権を得られなかった場合には、私は何もできないことすらある。
ああ。
退屈だ。
退屈で、退屈で……たまのゲームに本気を出したら、つい、うっかり。
地球の上のグロンギ以外の全ての人間を、狩り尽くしちゃった。
確か、何千万人か居たと思う。
でも確か、一晩ちょっと遊んだら何百万人か焼き尽くしてしまって、そういうのを何度かやっていたら、他のグロンギが沢山遊んだのもあって皆死んでしまった。
私が14歳になる頃、だったかな。
やってしまった。
誰も私を楽しませてくれない。
誰も私を笑顔にしてくれない。
鬱憤が溜まって、溜めている間新しい力を組み上げて、自分の手番が来た時に思いっきり撃ち出して……そうしたら、皆滅びてしまった。
想像もしてなかった。
こんな簡単に滅びちゃうんだ。
ああ、玩具がなくなっちゃった。
リントも全部殺してしまった。
一匹も残ってないと人間は増えない。
二人くらい残しておけばよかったかな。
それでまた増えるまで待って……ダメだ。きっと私は我慢しない。我慢できない。
「クウガ」
弟を探してみる。
二歳年下の……信じられないくらいに弱い弟を。
弱いグロンギに生きてる意味はあるのかな。
私は無いと思う。
クウガは人生の何が楽しくて生きてるんだろう?
悪いことをしちゃったかな。
クウガが遊ぶために年齢一桁のリントを何人か取っておいてやればよかったかもしれない。
弱いグロンギはいつ死んでもいいと思うけど、どうにもクウガだけはまだ殺す気になれない。
なんでだろう。
リントがよく言う、家族に向ける愛とか?
愛?
愛じゃない?
どうなんだろう。
両親を殺しても結局何も思わなかった私に家族愛はあるんだろうか。
……まあ、いいや。
今のところ殺す気は起きないから、放っておいてたまに話せばいっか。
私には懐いてる気がするしね。
見つけた。
クウガを他のグロンギがバカにしてる。
あーあ。狩る相手が居なくなったから、もうクウガをいたぶるくらいしか娯楽が無いのか。
クウガを見下すグロンギの『ズ』達。
でも、私から見れば、大体似たり寄ったりの弱者でしかない。
皆同じだ。
皆弱い。
クウガと大差あるように見えない。
私が腕を一振りすれば、全部灰にできてしまう。
超自然発火は、私が初めて作った能力。
物体の眷属は熱を注ぐと水の眷属になって、水の眷属は熱を注ぐと空気の眷属になる。
でもその先に……沢山の力を注いだ物質が、『熱い雷』になる状態がある。
狙ったものを燃やして灰にするこの力を使えば、私以外のグロンギは楽しむ暇すらなく全て灰になってしまう。
思いつきで作った力だった。
火は、この世で唯一リントですら扱えるようになった"強き災"だったから。
嵐も、雷も、津波も、地震も。
全て人の手には余る。
まあ私は全部一人で起こせるけれども。
その中で、リントですら使えるようになっていたものが……山や草原に突然発生して、"強き災"の中でもとびっきりの破壊をもたらしていく、『火』。
思いつきで、私はそれを最初の能力にした。
―――そして、その最初の能力だけで、全てのリントと、全てのグロンギを殺せるようになってしまった。
私の、退屈と倦怠の象徴の一つ。
人も燃やせる。
リントが作った縄文の付いた土器も燃やせる。
海だって蒸発させられるし、雲だって炎に変えて消してしまえる。
火は"全てをなくしてしまう最も強き災"だった。
それはグロンギ以外の全ての人間にとってもそうだったようだ。
地球を飛んで見て回ったけれど、どこの人間にも火の神話があって、辺境には火の神がいたこともあった。
人の文明と一緒に消えて行く途中だった神様を踏み潰しながら、私は思った。
火は、最初の力にするには強すぎた。
自然は神様だ。
話は聞いてくれないし、神様にして崇めるしかない。
リントは特にそうしてた。
家も森も土地も、食べ物も道具も、そしてあらゆる動物も全部燃やす。
火は最悪の超常であり、異常であり、非日常であり、災厄だった。
次から次へと獲物を求めて燃え移り、燃えるものがなくなれば消える。
まるで、破壊だけが存在意義だって言ってるかのよう。
私が最初に火を選んだのは、何もかも破壊して最後には自分も消える火に、共感したから。
私はいつもこうだ。
自分が強すぎるから、いつも強い力を付けすぎる。
いつも欲しいものが手に入らない。
うっかりして、自分の力を低く見すぎて、何もかもを壊してしまう。
世界も、星も、人も、こんなにも脆いのに。
まだ15年も生きてないけど、私は全力で生きられない。
グロンギの皆はいいね。
私が一番上にいるから、強さの階段を何も考えず駆け上がっていくだけでいい。
『ン』にどんな景色が見えてるかも分かってない。
退屈。
楽勝。
私の人生はずっと、負けることが絶対にないゲームを、片手間にやっても楽勝なゲームを延々と繰り返してるだけ。
楽しい?
楽しいわけがない。
負けも失敗も絶対に無いゲームなんて途中からただ苦痛なだけ。
でも私の強さのせいで、私が失敗する可能性のあるゲゲルは絶対に作れない。
だから雑魚で遊ぶくらいしか楽しみがないのが私の人生で、もう本当に、その先がない。
何でも壊せる。
何でも倒せる。
私より強い生き物がどこにもいない。
二割も力を出せば一面の大森林だって平野にできる。
それが私。
何だって思い通りにできる。グロンギも、リントも、そうでない人間も。
だからよく考えないで絶滅させちゃったのが私だ。
……何でも思い通りにできるから、何も思い通りにならない。
リントは滅んでほしくなかったけど滅んでしまった。
グロンギはもっと強くなってほしいけどなってくれない。
ああ。
つまんない。
退屈と倦怠がなくなってくれればいいのに、その願いが叶わない。
誰も私に敵わないから叶わない。
グロンギができることなら全部私はできてしまう。
私は何でもできるから、欲しいものが何も手に入らない。
『対等の相手が欲しい』。
そんな私の願いが叶わないことは、本当はずっと分かっていた。
強敵と思えることもなく、弱者を踏み躙って無聊を慰めることももうできない。
死ぬまでもうずっと、私は楽しくないし、笑えないのかもしれない。
どうして、私は―――
手慰みに、どこかで殺した人間が持っていた綺麗な剣を手の中で弄ぶ。
確か、これを持っていたのがなんだか、誰かの弟子を名乗っていたような。
そういえばどこからか来ていつの間にかいた、あごひげのある万華鏡の魔力使いの男が、いつの間にかいなくなっていた。
あれの魔力の色と似ている気がする。
あれ、本気を出してくれれば強そうだったのに。
ふと、剣と一緒に見つけたリントの絵本が目に入った。
リントは石版に絵と文字を刻んで、何かを後世に残す。
それを"絵本"と呼んでいた。
気が向いたので少し読んでみる。リントの物語……か。ふぅん。
それは、王子様の物語だった。
退屈してたお姫様を王子様が救い出して、幸せな場所で楽しくくらしました、終わり。
バカみたいな話だ。王子様なんてどこにもいない。お姫様は助けてもらえない。
だってもしそんなのが本当にいるなら、リントは滅びてなかったんじゃない?
手の中で転がしていた剣に、もう一度意識を向ける。
理解。
掌握。
支配。
剣を手の中で弄びながら、"私"で侵食し、支配し、それが何であるかを理解する。
なぁるほど。
これは宝石の剣。それも特別な力を持った剣だったんだ。
試しに、腹を切るようにして腹の奥に宝石の剣をねじ込む。
血が吹き出て、肉が地面に落ちたが、剣を腹の中に収め終わるとすぐ塞がった。
石を体内に取り込み操ることにかけて、グロンギ族に勝る種族はいない。
そうして、取り込んで。
より深く、理解して。
私はその『宝石のような剣』の扱いを理解した。
「―――」
試しに200人ほどグロンギを殺して、その魂を捏ねて剣に込めてみた。
同族の魂の方が私にとっては使いやすい。
何ができるかは正確には分かってなかったけど、まあこのくらいなら試してみるのも楽しそうだったから。
剣が悲鳴を上げて、剣の中の色んなところが壊れて、私にとっては使いやすくなった。
宝石の剣を使って、世界の壁に穴を空ける。
宝石剣の副作用? かな。
ちょっと筋肉のどこかが切れた気がしたけど、一瞬で治り千分の一秒くらいでもう傷の跡も残ってないくらいには完治していた。
開いた穴に、力を注ぐ。
超自然発火と同じ要領で、けれど発火をさせる前、そういった作用が起こる前の高エネルギーを世界の穴に注ぎ込んでみた。
世界の穴が広がる。
人が一人通れるくらいには広がる。
隣の世界に行けるくらいに広がる。
穴の向こうから、リントが生きる生活特有の気配と匂いがした。
「ガヅラセ*2」
皆に集合をかける。
説明は後で良い。
「ギブゾ*3」
さあ、次の地球に行こう。
次の地球で人を狩ろう。
それが終わったら、その次の地球へ。
私は人を殺せるけど、私の退屈は殺せないから―――それを殺せるリントが居たら、いいな。
何をやっても楽しくない。
いいえ、何をしても達成感が無いんだわ。
だからずっと……わたしは、生きているのに死んでいた。
現実に王子様はいない。
探しても意味はない。
現実は、もっと、冷ややかで厳しい。
わたし達はそう言われながら育ってきた。
親に、師に、もしくは世界そのものに。
なのに、御伽噺の王子様がやって来てくれる、そんな話を―――心の何処かで、信じている。
「愛歌。聖杯戦争の準備はできたかい」
「はい、お父さん」
親がいた。
妹がいた。
でも、心底どうでもよく思っていた。
私は沙条家の長女。
生まれた時から根源に繋がっていて、全知全能で、根源に辿り着こうとする魔術師の家系・沙条の、『聖杯戦争に勝利し根源に辿り着く』という茶番に付き合っている。
分かるわ。
全ての根源であるその場所に行くことは、他のどんな夢を叶えることの代替にもなる、この世全ての夢を集めたようなものだから。
一族の悲願が、根源に辿り着くことなのは分かる。
でも私は、生まれた時からずっとその根源に接続しているから。
惰性でずっと、この茶番に付き合っている。
今よりもっと幼かった頃、試しに未来を全て見てみた。
私が思ってるほど、世界は簡単でも単純でもないと思いたくて。
―――でも、駄目だった。
私の人生全ては退屈に終わり、老衰で私は死ぬ。そこまで全部見えてしまった。
失望した私は、世界の全てに干渉して、未来を片っ端から組み直してみた。
世界は簡単に変えられたし、未来は簡単に決められた。
その瞬間、私にとってのこの世界の価値全てが消え失せた。
全てがどうでも良くなった。
世界は私にとって、自由に何でも消せて何でも書ける画用紙と等価値になった。
世界は脆い。
人類なんて簡単に消してしまえるし、大陸を全部海に沈めることと息をすること、その二つの難易度に大差はない。
私には何でも簡単にできる。
ただ、やらないだけだ。
だってこんな世界はあってもなくても、私には何もくれないもの。
それなら何も無い世界より、何かがある世界の方がまだ退屈しない可能性はある。
退屈で、倦怠しかない。私の心には虚無が満ちていて、生きている意味が感じられない。
私には何も無い。
何もかもがあるから、何も無い。
何でも出来て、何でも壊せて、何でも創れるから、欲しいものは何も手に入らない。
皆が懸命に造ろうとしてるものも、頑張って識ろうとしてる世界の真理も、全部手の中に。
蘇生魔術をかけて殺して蘇らせて、命を何千回とループさせて遊ぶことだって簡単。
だから他人の命も自分の命も、大切になんて思えないの。
幼い頃に読んだ本には、『簡単にできることに価値はない』と書いてあった。
ええ、そうね。
私もそう思うわ。
だって息をするのと同じくらいの難易度でできてしまうことを、ありがたがれる?
私は無理。
こんなことを、こんなものを、ありがたがる気持ちが全然分からない。
"世界一になったら嬉しい"って思う人間の気持ちは分かるけど、それなら、どんな世界一の人間も頭で思うだけで上回れてしまう私は、何を喜べばいいのか、教えてほしい。
思い通りにならないものがないから、本当は何も思い通りにならない。
退屈と倦怠を紛らわせたくてもその願いだけは叶わない。
何でもできるから、私は欲しいものが何も手に入らない。
『対等の相手が欲しい』。
そんな私の願いが一度は頭に浮かんだこともあるけれど、すぐに消えた。
だってそうだ。
私と対等な人間なんて、同じ全知全能以外にいるわけがない。
つまり、求めても手に入るわけがないってこと。
私を止められる人は……まあ、いるかもしれない。
私が気を抜いた時にでも、私を刺してしまえばいいだけだ。
それですらきっと、神様みたいな奇跡が必要だろうし、そうして私を殺した人間でさえ、きっと私と対等になんてなれない弱い人だろう。
私は誰にも寄りかからない。
私は誰にも頼らない。
私は誰の助けも借りない。
だって必要が無いから。
なんで、生まれてから一度も達成感を感じたことのない、努力も苦労も楽しめたことがない、不可能を見たことさえない私が、他人の力を必要としないといけないの?
こんな全能、本当に私に必要だったのかな。
本当に私に必要だったのは、無能だったんじゃないかな。
全知全能は、無知と無能だけには、なれない。
未来を全部知ってしまって、全てができると知ってしまった。
だからもう手遅れ。
死ぬまでもうずっと、私は楽しくないし、笑えないのかもしれない。
どうして、私は―――
全ての未来を見た。
全ての未来を変えられることを知った。
試しに地球の地軸を零時間でズラして、零時間で戻してみたりもした。
気まぐれに遠い星を砕いてしまったので、すぐにその星は戻した。
朝、顔を洗っている時に、未来をまるで違うものに置き換えて、全能の私以外は誰も全能の私がした所業に抵抗できないと分かって、未来を元の形に置き換えて、顔を拭きながら元に戻した。
何もかもが無価値。
何だったら価値があるの?
私にとっての価値って何?
簡単には手に入らないものだけが私にとっての価値?
そんなものはこの世にあるの?
世界だって、人類だって、私が息を吹けば全部消えてしまうようなものなのに。
何でも知ってる。
何でもできる。
私より強い生き物がどこにもいない。
一割も力を出せば星だって殺せる。
それが私。
そして、聖杯戦争と……ゲゲルが、始まった。
起こるはずだった聖杯戦争の地に、グロンギがやって来た。
何度も見た未来の光景。
全知の私が彼らの来訪を知らないわけがない。
私は過去を思い出すように未来を見て、過去の思い出を書き換えるように未来の事実を書き換えられる。
だから、グロンギ達の襲来なんて、私にとっては朝妹が抱きついてくる程度のことだった。
その程度のことである、はずだった。
生まれて初めての、『手も足も出ない』感覚に私は魅了されていた。
私の力で世界を越えて、私達は歩く異世界、生きた侵略異界常識となった。
どんな攻撃も、どんな神秘も通じない。
はず、だった。
でも私達は、知らなかった。
そんなものは―――
「ン・ダグバ・ゼバ……少し期待したけど、そこ止まりじゃしょうがないわね」
「ハッ、ハハハッ、ハハハッ……!」
「楽しい? 分かるわ。
ちょっと戦っただけでも分かったもの。
あなたは私と似てる。
きっと私の気持ちも少しは分かるのでしょう。
でも……きっと、全ては分からない。
私と互角にもなれないあなたには、きっと私は全部理解できないわ」
「……!」
「……私は、私が全力でぶつかっても勝てない相手には、きっと一生会えないだろうから」
沙条愛歌。
異世界のグセギス・ゲゲルで出会ったその強敵が、悲痛と諦観に満ちた表情を浮かべる。
どうでもいい。
敵のことなんてどうでもいい。
私はただただ、今このときが楽しかった。
グロンギとしての能力を全てぶつけても、千の能力が通じない。
沙条愛歌が万能の能力をぶつけて来るだけで千の能力は潰されて、その奥にはきっと億能さえあって、その本質は全能なんだ。
最強。
無敵。
ずっとそう言われていた私が、全能の前ではあまりにも弱く、あまりにも矮小。
私のこれまでの、"最も強き者としての苦悩"が、井の中の蛙でしかないと『力』のみで思い知らされる感覚が、楽しくて、楽しくて、仕方なかった。
こっちが平行世界から吸い上げた無限の魔力を使ってるのに、まるで相手になってない。
無限の魔力が、全能の魔力に押し負ける。
無制限が―――無尽蔵に、押し潰される。
ワクワクする。
ドキドキする。
ああ、ああ、なんて、楽しい。
私の人生に意味はあった。
ここにあった。
もう、周りは何も見えない。世界の全てが全く見えない。目の前の沙条愛歌しか見えない。
この戦いを終わらせたくない。
もっと、もっと長く、この戦いを。
でもそれには私が弱すぎる。
私が弱すぎて戦いにならない。
でも、もっと、もっと、味わいたい。戦いを味わい足りない。
足りない。
足りない。
味わい、足りない。
力が、足りない。
強くなりたいだなんて、思ったことは一度もなかった。
私は最初からグロンギの最強で、それからずっと最強だった。
強すぎる自分を疎ましく感じたことがないと言えば嘘になる。
私には強くなる必要が無かった。
全能に新たな能が要らないように、最強にこれ以上の強さは必要なかったから。
だから。
私は。
全てのグロンギが腹の奥に融合させている
「ガガバスゾゾ*4」
私は生まれて初めて、自分と同格以上の敵を倒すため死力を尽くす。
要素はあった。
願いを叶える魔石、ゲブロン。
濃い神秘、そしてゲブロンが持つ"源流の道筋"、つまりは根源への経路。
疑似の魔法である、平行世界に繋がる腹の中の宝石剣。
そして、沙条愛歌。
私は、そこに至る。
「ボンゲン・ビパボグ・ヅバガセダ・ギギンザ*5」
根源に至る。
肉体が急激に書き換わる音が、耳に痛かった。
私は全知全能だけど、それ以外にも道を極めたものはある。
ン・ダグバ・ゼバは私に敵わなかっただけで、十分に道を極めていた。
十分に究極だった。
星を滅ぼすことですら、あるいは可能だったかもしれない。
なのに。
「究極の……その先に、足を踏み入れたんだ」
ン・ダグバ・ゼバは、究極の先に到達していた。
全能に勝つために全能になる、そんな無茶苦茶を成し遂げていた。
白と金の二色であったダグバの怪人体は、その体の金色の量が爆発的に増えている。
「知ってる? グロンギのあなたは知らないかもしれないけど」
「……?」
「究極の先には根源がある、という考えで根源に至ろうとする魔術師は多いのよ。
究極の言語。
究極の人間の原型。
宇宙の時間の究極、宇宙の終焉。
究極というのは果てということで、一番端か真ん中か、一番上か下かってことだから」
究極に到れる者がそもそも一つの時代に一人も居ない。
究極の先に踏み込める者がそもそも、人類史全体で見ても指で数えられるほどしかいない。
けれど、もしも。
その
それは、"わたしと互角の存在となること"を意味する。
「ガガ・ダダバゴグ*6」
「ええ、踊りましょう」
そうして。
根源への繋げ方を習得したン・ダグバ・ゼバと私の戦いは、歴史家の手によって人類史に残るほどの最大級の決戦……否。
全知全能のラッシュ。
全てを知りながら全てを行い、書き換えられる全を知覚しながら書き換え合う
全能によって常時書き換えられる未来を見ることに意味はなく、常に未来が変わり続ける中、ありとあらゆる全ての行動が実行され、全宇宙の全法則が全事象によって喰らい合う。
それは勝利を目指すダグバとわたしの、全力をぶつけ合う全身全霊の削り合い。
大地は砕け、空は裂け、月は割れ、火星は
究極の力場によって空は覆われ、光差さない究極の闇がもたらされ、空は闇に覆われる。
最後の一秒は、全ての能力が互いに通じないと分かり、シンプルな一撃に懸けて相打ち。
怪物殺しの銀の刃。
全能殺しの蒼の光。
飾り気の無いそれに全力を込めて、互いの命を刈り取った、蒼銀の決着。
ダグバが崩れ落ちた。
わたしも崩れ落ちる。
ああ。
もっと。
この時間がもっと続けばいいのに。
楽しかったのに、終わってしまう。
わたしが死ぬから。
彼女が死ぬから。
終わってしまう。
もっと、もっと何か、何かないか。
できることは? ない。
わたし達の命は、力は、もうほとんど尽きてしまっている。
わたし達の戦いで開いた世界の穴から、グロンギ達が世界を渡っていく。
死んでいく。わたし達のたったひとつの命が失われていく。
ダグバは少し惜しそうにしていたけど、概ね満足そうだった。
わたしもきっと同じ顔をしている。
全力を出せない人生。
全力を出す意味がない人生。
何もかもが簡単で、退屈で、虚無だった。
でも最後に全力をぶつけ合えた。
出せなかった全力を出して、生の実感を得られた。
何でこんな力があったのか、使い途も必要もない全知と全能が何で備わってたのか、まるで分からない人生だったけど……最後の最後に、この力に意味と価値があるって思えた。
ダグバは笑ってる。
きっと幸せなのね。
私も幸せだった。
幸運に恵まれた。
……幸せ?
これが?
幸せ?
本当に?
なんでだろう。
これ以上のものなんて、これ以外のものなんて、求められるわけないのに。
諦めてるのに。
達成感とか。
人と力を合わせて得る気持ちとか。
当たり前のものに価値を感じる心とか。
別に欲しいなんて思ってない。
私にそんな人らしい心があるなら、家族がグロンギに殺された時に何か感じてるはず。
まともな人の心なんて無い。
私にも、ダグバにも。
なら、なんで。
わたしは―――今、この死を、受け入れていないのか。
なんでそうしたのか、わたし自身にも……分からなかった。
一つになった私達は、常に
心も、肉体も、力も混ざった。
幸い体格も結構似てて、髪の色も近かったから問題はなかった。
でも目の色は同じではなかったから、流石に左右違う目になった。
そうして私は変わり果てる。
変わり果てて、ようやくわたしは、私達は……本当に、美しいものを見た。
わたしはいつもわたしの未来だけを見ていた。
わたしの世界の未来だけを見ていた。
誰も変えられないわたしの未来を。
でも、もう違う。
私はわたしではなくなった。
わたしは次の世界での未来を見た。
だから、わたしが改めて見た未来は。
とても、私の心を踊らせた。
白い雪。
『君を、救いに来た』
真っ白に染まる山。
『誰とも違うからひとりぼっちになった君を、ひとりぼっちでなくするために』
あなたがいて、わたしがいた。
『私は……君と同じになった。全知にして全能である、究極の闇に』
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
私を殺せる存在はいるかもしれない。
でも、本当の意味でわたしと対等になってくれる人はいなかった。
"強すぎるからあなたは孤独なのだ"と、思ってくれて。
わたしの孤独と虚無を理解してくれて、私と同じになってくれた人は、初めてだった。
わたしを理解しようとして、わたしの全力を受け止めて、その上でわたしの全てを叩き潰して否定して……終わらせようと、してくれる人なんて、初めてだった。
真っ向からわたしを殺そうとする愚か者なんて、今まで一人もいなかった。
私は、わたしは、笑顔になって、吹雪の中を喜びで満たす。
『最後だ』
この人は、わたしを分かってくれている。未来のわたしは、そう思った。
『この世で最も多くの罪を重ねた獣。君の罪は―――ここで終わりだ』
赤い雪。
真っ赤に染まる地。
血が流れて、わたしと私は笑って、あなたと殴り合う。
二人だけで。
二人きりで。
二人ぼっちで。
わたしと私で、彼がぶつけてくれる想いを味わう。
私は笑っている。
あなたが笑っていたかどうかは、覚えてない。
幸せだった。
救われた。
ありがとう。未来のわたしは、ただひたすらにそう思っていて。
わたしと本気で殺し合う、『対等な相手』になってくれた彼に、わたし達は恋をした。
過去を見返すように、未来を見た。
恋をした日の日記を読み返すように、未来のその日を見た。
少し先の未来に、少し前の過去に見た通りに、私は人に恋をする。
あの未来に、わたしは運命と出会った。
過去に見たもの。
未来に見るもの。
わたしの運命は、あの雪山で見た、私だけの王子様以外にはありえない。
クウガはまだあの時の素敵な彼になれてない。
今の彼を見ていると、正直に言えばがっかりした想いもある。
でもいつかは、ああなってくれる。
ああなってほしい。
助けて導きたいとも思うけど、それが理由でああなれなくなったらと思うと、少し怖い。
私は未来を見るのをやめた。
私がまた未来を見て、好き勝手未来を変えたら台無しだ。
あの未来に辿り着くまでの日々を楽しむために、何も知らない恋のドキドキを守るために……私は、未来を見るのをやめた。
あの未来に行けるかな。
それとも、実はいけなくなってるかな。
期待もあって、恐れもあって、私は未来にワクワクしながら、彼を信じる。
私の王子様はきっとあの未来に来てくれると、そう信じて、胸のドキドキを抑える。
ああ、やだ……素敵。わたしは今、人生を楽しんでるのかもしれない。
わたしは人生を楽しんでいるのかもしれない。
信じられる根拠が無いまま、わたしの王子様が、あの雪山でわたしの全ての力と想いを受け止めて、わたしを全力を叩き潰して、わたしを殴り殺してくれると、信じてる。
恋した過去を思い出すように、私が恋をした未来を視た。
私にとっては既知のこと、あなたにとっては未知のこと。
分かる? 王子様。
きっとそれは、希望なの。
あなたがわたしに希望をくれた。
あなたが私に笑顔をくれた。
殺し合いをしましょう。
素敵に殺し愛ましょう。
わたしとあなたで、雪の中の二人の世界で。
わたしにとっての英雄は、あなた一人だけでいい。
あなたが勝ち残って、全てを守り切って私の前に立って、わたしと最後に戦う物語があったなら……それはとっても、綺麗な英雄譚だわ。
私はダグバ。
私には愛も恋もない。
けれど、愛歌にはあった。
私は愛歌。
私には戦いで繋がり、戦いに果てるだけで満足する異常性はない。
けれど、ダグバにはあった。
わたし達は欠落者。
私達は異常者。
普通の人間にあるものがなく、普通の人間には要らないものが多くある。
私達は溶け合った。
わたし達は与え合った。
今の私は、
でも。
恋を、しているから。
この恋が叶ってくれたらいいなと、心の底から思っている。
知らなかった。私は素敵な恋はできないけれど、わたしは狂うような恋ならできたんだ。
この世界に王子様はいない。
どの世界にも王子様はいない。
私にも、わたしにも。
でもそれならそれでいい、と今のわたしは思えてる。
わたしは、
なんで、こんな簡単なことに気付いてなかったんだろう。
ああ、クウガ。
私の、わたしの、王子様。
早く成ってね。究極の闇を持つ者に。
そうして、早く―――もうあなたに恋をしている、まだあなたに恋をしていない、昔のわたしと今のわたしと未来の私を、恋に落として。
とても素敵な、最後の戦いを、しましょう。
コロシアイの中には、コイもアイもあるんだから。
本人も二割くらい自分が何言って何考えてるのか分かってないです